研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


黒田清輝と久米桂一郎の交遊をおって――第7回文化財情報資料部研究会の開催

フランス留学中の久米桂一郎(左)と黒田清輝
明治28(1895)年4月1日付久米桂一郎宛黒田清輝書簡の一部。結婚したばかりの黒田が、フランス語を交えて自身の結婚観を綴っています。

 洋画家の黒田清輝(1866~1924年)と久米桂一郎(1866~1934年)は、ともにフランスでアカデミズムの画家ラファエル・コランに画を学び、アトリエを共用するなど交遊を深めた仲でした。帰国後も、二人は新たな美術団体である白馬会を創設、また美術教育や美術行政にも携わり、日本洋画界の刷新と育成に尽力しています。
 久米桂一郎の作品と資料を所蔵・公開する久米美術館と、黒田清輝の遺産で創設された当研究所は平成28(2016)年度より共同研究を開始し、その交遊のあとをうかがう資料の調査を進めています。なかでも二人の間で交わされた書簡は、公私にわたり親交のあった彼らの息吹を伝える資料として注目されます。令和元(2019)年12月10日に開催された第7回文化財情報資料部研究会では、「黒田清輝・久米桂一郎の書簡を読む」と題して、塩谷が久米宛黒田の書簡について、久米美術館の伊藤史湖氏が黒田宛久米の書簡について報告を行いました。
 今回の調査の対象となった書簡は、彼らが留学より帰国した後の明治20年代後半から大正時代にかけて交わされたものです。当時の書簡で一般的に用いられていた候文ではなく、口語体の文章で制作の近況や旅先の印象を伝えあい、時には身内に解らないようにフランス語を交えて内心を吐露したりしています。また明治43(1910)年から翌年にかけて、久米が日英博覧会出品協会事務取扱のため渡英した際の書簡では、博覧会の様子や師コランとの再会、現地の画家との交流等について詳細に報告され、当時の洋画家のネットワークをうかがい知る資料ともなっています。
 発表後は、書簡の翻刻にあたりご尽力いただいた客員研究員の田中潤氏と齋藤達也氏も交え、意見交換を行いました。本研究の成果は、次年度刊行の研究誌『美術研究』に掲載する予定です。

文化財の記録作成とデータベースに関するセミナーの開催

報告の様子(参加者の内訳)

 文化財の目録は、博物館・美術館・資料館などの展示収蔵施設や自治体にとって最も重要な情報の一つであり、文化財の調査研究、保存管理はもちろんのこと、展示や貸出など活用の計画を立てるための基礎的な情報ともなります。また、文化財の視覚的な情報を記録した写真も調査研究のための資料であるとともに、目録とともに管理することで、文化財及び関連の情報のより適切な保存や活用を可能とします。このように、文化財の記録の作成や、作成した記録のデータベース化は、文化財の保存と活用に必須といえますが、予算や技術面での制約などから困難を感じる関係者も多いようです。そこで、文化財情報資料部では、令和元(2019)年12月2日に標記のセミナーを開催しました。
 セミナーでは、文化財の記録作成及びデータベース化の意義について実例を交えて述べるとともに、文化財情報資料部文化財情報研究室が近年取り組んでいる、無償で提供されているシステムを用いた文化財データベースの構築について紹介しました。また、同研究室画像情報室から、文化財に関する情報を記録する手段としてのさまざまな写真の撮影について、その考え方と具体例を紹介しました。
 当日は、文化財の保存や活用の実務に携わる方を中心に、120名余りのご参加を賜りました。また、参加者から日常業務に関連した多くのご質問を頂戴したことからも、このテーマに対する関心が非常に高いことを実感しました。初回である今回は包括的な内容としましたが、今後は、より具体的なテーマを設定したセミナーや、実習形式のワークショップなど、多角的な情報発信を展開していく予定です。

日本中世のガラスを探る-第8回文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子

 令和元(2019)年12月24日に開催された第8回文化財情報資料部研究会では、東海大学非常勤講師の林佳美氏が「日本中世のガラスを探る—2018・2019年度の調査をもとに—」という題目で発表されました。
 氏は長年東アジアのガラス史について取り組んでおいでですが、今回の発表は学位論文をまとめられた後の平成30(2018)年度より始められた日本国内で出土する13世紀から16世紀のガラス製品の集成と実見調査による成果の一端についてお話いただいたものです。日本の中世のガラスについてはこれまでほとんど作例が知られていなかったことによりその実態はほぼまったく不明でした。しかし近年、文献記録やこれまで知られていた資料に加え、京都や博多などでのこの時期に前後する出土品が知られるようになったことなどにより、今後の位置付けが期待されるようになっています。林氏は、13世紀から16世紀の日本出土ガラスの研究課題として①全体像の把握、②製作地の判別、③通史的・広域的視野からの考察の3点を示したうえで、これまでに行われた伝世資料や出土資料への検討作業によって得られたガラス器の製作技術や由来などに対する具体的な見解を示されました。
 また今回の研究会では、ガラス工芸学会の理事である井上曉子氏にもコメンテータとしてご参席いただき、研究者の少ないなかで地道に進められているガラス史研究の最前線についてのさまざまな話題や議論が行われました。

第14回無形民俗文化財研究協議会の開催

総合討議の様子

 令和元(2019)年12月20日に第14回無形民俗文化財研究協議会が「無形文化遺産の新たな活用を求めて」をテーマに開催され、行政担当者、研究者、保護団体関係者など、約170名の参加を得ました。
 文化財保護法の改正により、昨今、文化財の活用が広く叫ばれるようになりました。また令和2(2020)年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、無形文化遺産を活用した様々な文化プログラムも実施・計画されています。しかしながら、無形文化遺産をどのように活用するのか、そもそも活用すべきなのかの議論は、十分に行われていません。一方で、多くの無形文化遺産が消滅の危機にあり、継承に資するための新たな活用の途が模索されています。
 そこで今回は様々な地域、立場の4名の発表者にお越しいただき、ふるさと納税制度や伝統文化親子教室事業などの既存の制度を活かした活用の在り方、地域を越えたネットワーク構築による活用の在り方、映像等によって一般社会へ魅力を伝えていくための活用方法などについて、具体的な事例を交えて報告をいただきました。その後、2名のコメンテータとともに総合討議を行い、活発な議論が交わされました。
 協議会のすべての内容は令和2(2020)年3月に報告書として刊行し、後日、無形文化遺産部のホームページでも公開する予定です。

ユネスコ無形文化遺産保護条約第14回政府間委員会への参加

代表一覧表に記載された「ドミニカのバチャタの音楽と舞踊」(ドミニカ共和国)の実演

 令和元(2019)年12月9日から14日にかけて、コロンビアの首都ボゴタにてユネスコ無形文化遺産保護条約第14回政府間委員会が開催され、本研究所からは2名の研究員が参加しました。
 今回の委員会では、日本から提案された案件はありませんでしたが、「緊急に保護する必要のある無形文化遺産の一覧表(緊急保護一覧表)」に5件、「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表(代表一覧表)」に35件の案件が記載され、「保護活動の模範例の登録簿(グッド・プラクティス)」に2件の案件が登録されました。その中には、ドミニカ共和国の「ドミニカのバチャタの音楽と舞踊」、タイの「ヌア・タイ、伝統的なタイのマッサージ」、サモアの「イエ・サモア、ファインマットとその文化的価値」(以上、代表一覧表)、コロンビアの「平和構築のための伝統工芸の保護戦略」(グッド・プラクティス)などが含まれています。中でもコロンビアの「平和構築のための伝統工芸の保護戦略」は、麻薬組織との長年にわたる戦いが終結し、国が復興していく上で無形文化遺産が積極的な役割を果たしていることを示す事例として、国際的にも注目されるものでした。
 一方で今回の委員会では初めて、一覧表に記載された案件が抹消される決議もなされました。ベルギーの「アールストのカーニバル」(代表一覧表)は、カーニバルで用いられるフロート(山車)に、ユダヤ人を茶化したモチーフや、ナチスを想起させるようなモチーフが繰り返し使われ、各方面からの抗議に対しても関係コミュニティは「表現の自由」を根拠に従いませんでした。そのため、無形文化遺産保護条約の精神に反し、代表一覧表の記載基準を満たさなくなったという理由により、その抹消が決議されました。たとえ文化的な活動や実践であっても、人種差別を肯定するものは許さないという国際社会の意思が示された場面でした。
 無形文化遺産はその使い方によっては、人々に勇気や誇りを与え、また異なる文化の人々の対話をうながす力となり得ますが、一方で自らの文化的優位性を強調し、他者を否定したり排除したりする力ともなり得ます。無形文化遺産が政治的に利用されることに警鐘を鳴らし、それが平和や相互理解のために用いられるように促すことも、私たち専門家に求められる役目であると感じました。

国際研究者フォーラム「無形文化遺産研究の展望―持続可能な社会にむけて」開催報告

国際研究者フォーラムの参加者

 令和元(2019)年12月17日、18日に、国立文化財機構アジア太平洋無形文化遺産研究センター(IRCI)主催と文化庁が主催する国際研究者フォーラム「無形文化遺産研究の展望―持続可能な社会にむけて(Perspectives of Research for Intangible Cultural Heritage: Toward a Sustainable Society)」が本研究所で開催されました。本研究所は共催機関として、本フォーラムの企画から運営まで全面的に協力しました。
 本フォーラムの目的は、無形文化遺産がいかに持続可能な開発目標(SDGs)の達成に貢献できるかを議論することです。SDGsとは、2001年に策定されたミレニアム開発目標(MDGs)の後継として、2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標です。17のゴール・169のターゲットから構成され、地球上の「誰一人取り残さない(leave no one behind)」ことを誓っています。 SDGsは発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいるものです。
 本フォーラムでは、とりわけ無形文化遺産と関連があるものとして「開発目標4. すべての人々への、包摂的かつ公正な質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する」と「開発目標11. 包摂的で安全かつ強靭(レジリエント)で持続可能な都市及び人間居住を実現する」が取り上げられました。そしてそれに対応する三つのセッションが立てられました。セッション1「まちづくり―無形文化遺産と地域振興(Community Development: ICH and Regional Development)」では、おもに無形文化遺産を通じた地域の文化、社会、経済の振興について議論されました。続くセッション2「まちづくり―環境と無形文化遺産(Community Development: Environment and ICH)」では、おもに無形文化遺産を通じて都市景観や自然環境を守る取り組みについて議論されました。さらにセッション3「人づくりからまちづくりへの提言(Discussion from Education Perspective)」では、上のふたつのセッションの議論を踏まえて、おもに教育の観点から無形文化遺産がどのような貢献が出来るかについて議論されました。最後にこれらのセッションを通したディスカッションがなされました。
 本フォーラムには、国内から10名、アジア太平洋地域から10名の専門家が登壇しました。今回の登壇者の多くは文化遺産や教育に関する専門家でしたが、そのうちの数名は自身が無形文化遺産の伝承者・実践者であったことも注目すべきことでした。そのうち、自身はミクロネシアとグアムとフィリピンにルーツを持ち、現在はミネソタ大学で教鞭をとるヴィンス・ディアス(Vince Diaz)教授の話は印象的なものでした。彼は現在、太平洋地域のカヌー文化の復興に取り組んでいるのですが、「太平洋の先住民にとっては自然と人間は一体のものであり、自然を守るということは人間が人間らしく生きていくことと同じである。カヌーは自然と人間をつなぐもののひとつであり、カヌー文化の復興は自然を守るだけでなく私たちが人間らしさを取り戻していくプロセスでもある」という趣旨の話をされました。伝統的な知識や世界観の中にこそ、SDGsを達成するための知恵があることを示唆しています。
 無形文化遺産は、グローバル化や現代化の波の中で危機に瀕するものが多いことは確かです。しかし一方で、そうした波の中で失われていったものを回復する力の源泉にもなりうるものだと思います。SDGsを通じて、そうした無形文化遺産の積極的な側面に光を当てることになった本フォーラムは意義深いものであり、国際的に発信していく内容のものであったと感じました。

ケルンにおけるワークショップ「漆工品の保存と修復」の開催

クリーニングの実習

 海外の美術館や博物館に所蔵されている日本の漆工品の保存と活用を目的として、令和元(2019)年12月2日から6日にかけて、ケルン市博物館東洋美術館(ドイツ)にてワークショップ「漆工品の保存と修復」を開催しました。東京文化財研究所は、同美術館の協力のもと平成19(2007)年より本ワークショップを毎年実施しています。本年は、作品の保管や取り扱いにおいて必要となる知識や技術を中心とした基礎編を実施し、欧米より6名の保存修復技術者が参加しました。
 講義では、漆の化学的性質、漆工品の構造や主な加飾技法、劣化と損傷、適切な保管環境などについて取り上げました。木地に漆を塗布する実習も行い、参加者が漆の性質をより深く理解できるよう努めました。また、日本における保存修復の事例を紹介し、修復の理念や技術について解説をしました。加えて、損傷部分の養生やクリーニングといった応急的な処置の実習も行いました。最終日の質疑応答では漆塗膜表面の劣化や損傷、その処置方法などについて活発な意見交換がなされました。
 このように、漆工品やその保存修復のための材料と技術に関する基礎知識を海外の保存修復専門家に伝えることによって、国外にある漆工品がより安全に保存され、活用されていくことを期待しています。

アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査VIII

ICCの様子
動的コーン貫入試験の様子

 東京文化財研究所では、カンボジアにおいてアンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ寺院遺跡の保存整備事業に技術協力を行っています。令和元(2019)年12月1日から21日にかけて、アンコール遺跡救済国際調整委員会(ICC)における同遺跡東門解体工事の経過報告と、同門基壇部や床面にみられる不同沈下の原因調査のため、職員および外部専門家計6名の派遣を行いました。
 12月10から11日にAPSARA本部で開催されたICCでは、同機構のセア・ソピアルン氏とともに報告を行い、4名の専門委員による現地調査結果も含めて、解体時の調査成果を活用しながら今後の修復工事を進めていくことが承認されました。また、APSARA機構担当者やカンボジア国内外の専門家と意見交換を行い、最新の情報を収集しました。
 不同沈下の原因調査では、旧地表面を検出した後、東門基底部の状態確認のため、南東入隅と北西入隅の2カ所を基礎下端まで掘り下げました。その結果、同門基礎は整形の粗い砂岩の外装とラテライトの下地、内部の盛土で構成されていることが確認できました。また、基礎全体が肌理の細かい砂による人工の土層の上に据えられていることが確認されました。この砂層は、建物の建設に伴う基礎安定化のための地業層と考えられ、他の寺院遺跡でも同様の事例が報告されています。
 また、床面の石材を部分的に取り外し、東京大学生産技術研究所・桑野玲子教授らの協力のもと、動的コーン貫入試験装置を用いた基礎盛土の耐力調査を行いました。その結果、外装下地のラテライトの脆弱性および基礎盛土の強度が場所によって異なることがわかり、それが不同沈下の原因の一つと推測されます。
 今回得られた調査成果を基に、東門の本格的な修復へ向けて、基礎構造の改善方法等を検討していきます。

第53回オープンレクチャーの開催

講演会の様子

 文化財情報資料部では、令和元(2019)年11月1日、2日の2日間にかけて、オープンレクチャーを東京文化財研究所セミナー室において開催しました。毎年秋に、ひろく一般の聴講を公募して、当所研究員の日頃の研究成果を、外部講師を交えて講演するものです。なお、この行事は台東区が主催する「上野の山文化ゾーンフェスティバル」における「講演会シリーズ」の一環でもあり、さらに11月1日の「古典の日」にちなんだ行事でもあります。
 本年は、1日に「大徳寺伝来五百羅漢図と『禅苑清規』―描かれた僧院生活―」(文化財情報資料部研究員・米沢玲)、「広隆寺講堂阿弥陀如来坐像のかたちと込められた願い―願主「永原御息所」の人物像を起点として―」(慶應義塾志木高等学校教諭・原浩史氏)、2日に「日本唯一の伝世洋剣、水口レイピアの調査と研究」(文化財情報資料部広領域研究室長・小林公治)、「SPring-8による刀剣研究最前線:制作技術の解明に向けて」(昭和女子大学歴史文化学科・田中眞奈子氏)という4題の講演が行われました。両日合わせて151名に参加いただき、アンケートの結果、回答者のほぼ9割から「大変満足した」「おおむね満足だった」との回答を得ることができました。当所研究員の研究動向や新知見を公開することで、一般のみなさまに文化財について楽しく学んでいただくよい機会となりました。

甲賀市水口町郷土史会記念事業における「十字形洋剣」についての講演

水口郷土史会での講演

 これまで足かけ6年にわたり、文化財情報資料部を中心に調査と研究を行ってきた甲賀市水口の藤栄神社所蔵「十字形洋剣(水口レイピア)」については、令和元(2019)年度、調査にひと区切りをつける形で、主に国外専門家を対象としたICOM京都大会での発表(https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/818986.html)、また当研究所第53回オープンレクチャーにおいての一般の方々を対象とする講演により成果の公開をはかってきたところです(https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/819076.html)。これらに引き続き11月9日、この洋剣が現在まで伝世されてきた甲賀市水口でも水口町郷土史会創立60周年記念事業での講演という絶好の機会をいただき、共に調査を行ってきた甲賀市教育委員会の永井晃子さんと「藤栄神社所蔵「十字形洋剣」の謎に挑む」と題した報告を行い、この剣に対する調査結果やその歴史的意味などについて地元の方々にお伝えしました。当日は藤栄神社の向かいというまさしく地元の会場におよそ100名ものみなさまがご参集くださり、この調査についての報告に熱心に耳を傾けていただきました。
 この講演の実施でようやく本調査に関わる責務の一端が果たせた気がしますが、今後は共同して調査にあたった研究者と共に調査報告書の作成へと軸足を移し、この洋剣研究に対する一応のまとまりをつける予定です。

セインズベリー日本藝術研究所での協議と講演

協議の様子
講演会の様子Photo by Sainsbury Institute / Andi Sapey

 イギリス・ノーフォークの州都であるノリッチ(Norwich)にあるセインズベリー日本藝術研究所(Sainsbury Institute for the Study of Japanese Arts and Cultures; SISJAC)は、欧州における日本の芸術文化研究の拠点のひとつです。このSISJACと東京文化財研究所は、平成25(2013)年より「日本藝術研究の基盤形成事業」として、日本国外で発表された英文による日本芸術関係文献のデータをSISJACから提供いただき、当研究所のウェブサイトで公開するという事業を共同で進めています。そうした事業の一環として、毎年、文化財情報資料部の研究員がノリッチを訪れて、協議と講演をおこなっており、令和元(2019)年度は江村知子、米沢玲の2名が11月20日から23日にかけて滞在し、その任に当たりました。
 協議では、SISJACから提供いただいたデータへのアクセス件数の問題や、全般的なデータ採録における表記やウェブリンクの問題などを協議し、よりよいデータ構築と活用に向けて共同事業を継続していくことを確認しました。
 また、11月21日には、江村がノリッチ大聖堂のウェストン・ルームにおいて「日本絵画にみる四季の表現 The Expression of the Four Seasons in Japanese Paintings」と題した講演をおこない、同研究所のサイモン・ケイナー(Simon Kaner)所長に通訳の労をとっていただきました。この講演は、SISJACが毎月第三木曜日に開催する一般の方向けの月例講演会の一環でもありましたが、今回は150名ほどの参加者があり、講演終了後も活発な質疑応答がおこなわれました。同地における日本美術に対する関心の高さがうかがえました。今後もセインズベリー日本藝術研究所との連携を効果的に進めながら、日本美術の国際発信をおこなっていきたいと思います。

博物館の環境管理に関するイラン人専門家研修III

東京文化財研究所における講義
国立民族学博物館における講義

 東京文化財研究所は、平成29(2017)年3月にイラン文化遺産手工芸観光庁およびイラン文化遺産観光研究所と趣意書を取りかわし、5年間にわたって、同国の文化遺産を保護するためさまざまな学術分野において協力することを約束しました。
 平成28(2016)年10月に実施した相手国調査の際、イラン人専門家から、首都テヘラン市では大気汚染が深刻な問題となっており、その被害が文化財にもおよび、イラン国立博物館に展示・収蔵されている金属製品の腐食が進行していると相談されました。そこで、イランにおける博物館の展示・収蔵環境の改善を目指し、平成29(2017)年度より研修事業を実施してきました。
 令和元(2019)年度も、イラン文化遺産観光研究所から2名、イラン国立博物館から2名、計4名のイラン人専門家を日本に招聘し、11月25日から29日にかけて、研修事業を行いました。 
 まず、東京文化財研究所において、佐野保存科学研究センター長と呂俊民先生が中心となり、博物館環境に関する講義を行ったほか、昨年度、イラン国立博物館で実施した大気汚染調査の成果に関して報告を行いました。また、佐藤生物科学研究室長と小峰アソシエイトフェローが中心となり、文化財の生物被害防止に関して講義を実施しました。
 その後、京都国立博物館と国立民族学博物館などを訪問しました。京都国立博物館では降幡順子先生に防災対策について講義していただき、同館の防災システムを見学しました。国立民族学博物館では、日髙真吾、和髙智美、河村友佳子、橋本沙知の各先生方に、同館における環境管理や空調管理、生物被害対策などについて講義していただいたほか、展示室や収蔵庫を見学しました。ご協力いただいた各位および各機関に改めて御礼申し上げます。
 東京文化財研究所は、今後もイランの文化遺産を保護するための協力活動を行っていく予定です。

「文化財修復処置に関するワークショップ -ゲルを使用した修復処置-」「文化財修復処置に関する研究会 -クリーニングとゲルの利用についてー」開催報告

 近年は文化財への注目が広がる中、多様な材料から成る作品に保存修復処置を行う必要が出てきており、従来の処置技術では対処困難な事例が多く見受けられます。特に、作品の価値を損なわずに作品上の汚れ除去を考える必要性が高まっています。
 これらのニーズを受けて保存科学研究センターでは、イタリアの保存科学者パオロ・クレモネージ氏をお招きし、令和元(2019)年10月8日から10日にクリーニングの基礎的な科学知識とゲル利用に関するワークショップを開催しました。また翌10月11日には、日本及び西洋における文化財のクリーニングについて、現場問題提起と最新の研究紹介を目的に、文化財修復処置に関する研究会も開催いたしました。
 ワークショップにおいては、午前は座学をセミナー室で行いました(参加者56名)。午後からは会議室に場所を移し、参加者を21名に絞らせていただき、実際に文化財修復で使用するクリーニング溶液の調製方法や、クリーニングの実作業に関する研修を行いました。
 研究会においては、クレモネージ氏による「欧米におけるクリーニング方法 ―ゲルの適用と最新の事例―」のほか、国宝修理装潢師連盟理事長の山本記子氏より「東洋絵画のクリーニング」、写真修復家の白岩洋子氏より「紙及び写真作品の処置におけるゲル利用の可能性」をお話しいただき、実際の東西の修復現場における状況をご紹介いただきました。保存科学研究センターからは「西洋絵画におけるクリーニング方法発展の歴史的背景」を鳥海秀実、「文化財クリーニング手法の開発 ―近年の研究紹介―」を早川典子から報告しました。

アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査Ⅶ

クレーントラックによる解体作業
東門内部で発見された彫像頭部

 東京文化財研究所では、カンボジアでアンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ寺院遺跡の保存整備事業に技術協力を行っています。同遺跡における東門修復工事の開始に伴い、工事中の助言と記録作業等の実施のため、令和元(2019)年9月7日から11月5日にかけて職員および外部専門家計6名の派遣を行いました。
 本工事では、APSARAが工事の実施を担当し、本研究所は主に修復方法等に対する技術支援および調査研究面での協力を行っています。
 9月12日に地鎮祭を行って工事関係者全員で安全を祈願した後、屋根の解体を開始しました。解体にはクレーントラックを使用し、各石材に番付を付したうえで頂部から順に石材を取り外し、1段進捗する毎に現状の計測や調書の作成など必要な記録作業を行うとともに、取り外した石材についても個別に実測や写真撮影、破損状況等の記録作業を行いました。
屋根の解体が完了した後、建物内部に浸入した樹根や蟻塚を除去し、崩落していた石材を取り出しました。回収した石材は約70個で、屋根やペディメントの部材が大半を占めることから、経年により自然に崩壊した様子が窺えます。また、この作業中、崩落した石材の下から、観音菩薩と思われる彫像の頭部(高さ56センチ程)が、南翼の西壁面に立て置かれた状態で発見されました。未解明の点が多いタネイ寺院の歴史をひもとくうえでも貴重な資料と考えられます。写真や後述の3Dスキャンによる現状記録の後、詳細な調査にむけてAPSARAの管理施設に収容しました。
石材の回収完了後は、東京大学生産技術研究所大石研究室の協力を得て3Dレーザースキャンによる壁体および室内部の精密な記録作業を行い、あわせて建物の詳細調査とSfMによる壁面の記録等を行いました。その後、10月16日より壁体部分の解体に着手し、必要な記録等を行いながら安全に作業を進め、予定した範囲の解体を11月5日に完了しました。
 これら解体に伴う一連の調査を通して、樹根や蟻塚が石材の目地の細かな部分まで入り込み、建物が変形する一因となっている様子が確認できました。また、基壇および床面には不同沈下が認められることから、基礎構造に何らかの欠陥が生じている可能性が推測できます。建物の構造的健全性を回復するためには劣化メカニズムの解明とこれを踏まえた基礎構造の改善が不可欠であることから、引き続き12月にも職員等を派遣し、基壇の部分的な発掘調査および地盤調査を実施する予定です。
 このほか、9月18日にAPSARA本部で開催された、プレアヴィヒア寺院の保存整備に関する国際調整委員会(ICCプレアヴィヒア)に出席し、最新情報を収集しました。今後もAPSARA側との協力を継続するとともに、各国の専門家らとの意見交換や情報収集等を行いながら、アンコール遺跡における適正な修復事業のあり方を模索していきます。

イタリアにおける震災復興活動および遺跡保存に関する調査

ラクイラのサンタ・マリア・パガニカ教会
整備が行き届いたポンペイの街並み

 東京文化財研究所では、バガン遺跡(ミャンマー)において寺院壁画の保存修復ならびに2016年に発生した地震による被災箇所の修復事業に技術協力を行っています。同遺跡の整備計画に反映させるべく、令和元(2019)年10月9日から27日にかけて同じく地震からの復興活動や遺跡保存への取組みが続くイタリアを訪問し、ラクイラ市とポンペイ遺跡の2箇所で調査を実施しました。
 平成21(2009)年のアブルッツォ州震災から10年が経過した今もラクイラ市における復興活動は続いており、現地で修復事業に携わる専門家の話によると、復興状況は全体の50%程度に留まるそうです。被災した建造物の多くが壁画やストゥッコ装飾を有することから、それぞれの素材を複合的に捉えた修復計画が必要となり、事業の内容が複雑化することで進捗状況に影響がでているとのことでした。しかし、こうした点に配慮しながら続けられてきた復興活動の成果は、歴史的景観の保全という形で顕著に表れていました。
 一方、広大な面積を有するポンペイ遺跡では、維持管理を主な目的とする整備事業が100年以上にわたり続いています。遺跡を管理するポンペイ考古学監督局との面談では、遺跡全体を包括的に整備することの難しさや、時代と共に変わりゆく保存修復方針の変化とどのように向き合っていくべきかについて意見交換を行いました。
 今回の調査を通じて、複数の素材で構成された文化財の保存修復では総合的観点から計画を立てることがいかに大切であるかを改めて確認することができました。また、広大な遺跡を後世に伝えていくためには、維持管理への取り組みが重要であり、文化財への負担を最小限に留める最善の方法であることを実感しました。令和2(2020)年1月に計画しているバガン現地調査では、今回の調査結果を報告するとともに、バガン遺跡に適した保護活動のあり方について現地専門家とともに検討を重ねていく予定です。

アルメニア共和国における染織文化遺産保存修復研修の開催

天然染料を用いた染色の実験
エチミアジン大聖堂付属博物館所蔵資料の分析
修了式の様子

 令和元(2019)年10月7日から17日の間、アルメニア共和国において、同国教育科学文化スポーツ省と共同で染織文化遺産保存修復研修を開催しました。本研修は、平成26(2014)年に東京文化財研究所と同国文化省(当時)が締結した、文化遺産保護分野における協力に関する合意に基づくもので、平成29(2017)年度から通算で3回目の実施となります。
 今回の研修は、これまでと同様に佐賀大学芸術地域デザイン学部の石井美恵准教授と刺繍専門家の横山翠氏を講師として、歴史文化遺産科学研究センターとエチミアジン大聖堂付属博物館の2会場で行い、アルメニア国内の博物館や美術館など7機関から14名が参加しました。歴史文化遺産科学研究センターでは、藍やアカネなどの天然染料を用いた絹布や綿布の染色を行い、実際の染織文化遺産に用いられている染料を特定するための標準試料を作成しました。そして、エチミアジン大聖堂付属博物館では同館の所蔵資料を用いて技法の分析を行いました。
 最終日の修了式では、東京文化財研究所所長の齊藤孝正から、研修生一人一人に修了証書が授与されました。3年にわたって実施してきた研修事業は今回をもって終了となりますが、これまで学んだ内容をもとに、アルメニアの人々が自らの手で文化遺産の保存修復を行うだけでなく、その技術や知識を次の世代へ継承してくれることを願っています。

国際研修「ラテンアメリカにおける紙の保存と修復」の開催

刷毛の使い方の実習
研修参加者との集合写真

 令和元(2019)年10月30日から11月13日にかけて、ICCROM(文化財保存修復研究国際センター)のLATAMプログラム(ラテンアメリカ・カリブ海地域における文化遺産の保存)の一環として、INAH(国立人類学歴史機構、メキシコ)、ICCROM、当研究所の三者で国際研修「Paper Conservation in Latin America: Meeting with the East」を共催しました。本研修は、INAHに属するCNCPC(国立文化遺産保存修復調整機関、メキシコシティ)を会場に平成24(2012)年より開催しており、日本の伝統的な紙、接着剤、道具についての基本的な知識と技術を教授し、それらを応用して各国の文化財の保存修復に役立ててもらうことを目的としています。今回はアルゼンチン、ブラジル、チリ、コロンビア、メキシコ、ペルー、スペイン、ベネズエラの8カ国から9名の文化財修復専門家が参加しました。
 研修前半(10月30日-11月6日)は、日本人専門家が講師を担当し、日本の文化財保護制度、修復に関連する和紙や接着剤等の材料、我が国の選定保存技術のひとつである装潢修理技術に関する講義のほか、これらの材料や伝統的道具を使用した裏打ちの実習を当研究所で数ヶ月間装潢修理技術を学んだCNCPCの職員とともに行いました。
 後半(7日-13日)は、当研究所で「国際研修 紙の保存と修復」を修了したCNCPCとスペインの講師が担当し、材料の選定方法や洋紙修復分野への応用について講義と実習を行いました。
 このような技術交流を通じて、研修参加者が日本の修復材料や道具、技術についての理解を深め、それらの知識が各国の文化財保存修復に有効に活用されることを期待しています。

CIDOC 2019(第25回ICOM京都大会2019)での発表

日本語の漢字における異体字の例
総合検索における異字体検索の仕組み

 ICOM(国際博物館会議)は1946年に創設された、博物館に関する情報の交換や共有を目的とした非政府機関です。3年ごとにICOMのすべての委員会が参加する大会が開かれますが、今年は京都で開催されました。文化財情報研究室からは3名の職員が参加し、博物館コレクションのドキュメンテーションを専門とする委員会、CIDOCにて日本語の検索の問題について「Two solutions for orthographical variants problem(表記ゆれに対する二つの解決方法)」と題した発表を行いました。
 漢字やひらがな、カタカナを使い分ける豊かな表記は日本語の特徴の一つです。しかしこの特徴は、情報検索の現場では、例えば龍と竜、藝と芸のような表記ゆれとなってあらわれ、検索漏れの原因となります。発表では特に人名の表記に焦点をあて、当研究所のウェブデータベースで行っている表記ゆれへの対応について報告しました。
 このような表記ゆれは日本語に特有の問題ではありません。例えば、英単語の単数形で検索した際に、複数形も結果に含めるには、システム的な工夫が必要です。文化財には普遍的な価値がありますが、一方でそのドキュメント化には、それぞれの地域に由来する問題が存在します。システムの立場からも、文化財における普遍性と地域性の問題について考えていきたいと思います。

「ICOM京都大会ICFA委員会における研究成果の公表と情報の共有「水口レイピアー日本で造られたヨーロッパの剣」」

ICOM京都大会ICFA委員会での発表風景

 令和元(2019)年9月1日(日)より7日(土)までの一週間、国立京都国際会館をメイン会場として開催された第25回ICOM(国際博物館会議)京都大会のICFA(International Committee for Museums and Collection of Fine Arts)委員会(美術の博物館・コレクション国際委員会)が3日に開催した個別セッション2「アジアの博物館における西洋美術、西洋博物館におけるアジア美術」において、文化財情報資料部の小林公治が甲賀市教育委員会の永井晃子氏と共同で、Minakuchi Rapier, European Sword produced in Japan(水口レイピア、日本で造られたヨーロッパの剣)と題して発表を行いました。
 17世紀初め頃にもたらされたヨーロッパ製の細形洋剣を日本国内で模して製作されたこの水口レイピア(甲賀市藤栄神社所蔵十字形洋剣)については、2013年以来国内外の専門家と共同で調査と研究を行ってきたところであり、その経過と成果についてはこれまでもこの活動報告で一部を報告してきましたが(第10回文化財情報資料部研究会「甲賀市藤栄神社所蔵の十字形洋剣に対する検討」の開催 https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/243895.html、甲賀市水口藤栄神社所蔵十字形洋剣に対するメトロポリタン美術館専門家の調査と第7回文化財情報資料部研究会での発表 https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/247392.html)、今回の発表では、これまでの調査後に新たに実施した大型放射光施設SPring-8での剣身部分析結果や、その後の歴史的検討を含めた全体的な内容を加えたほか、地球規模での文化交流が起きた17世紀の日本にこうした洋式剣が存在し、さらにそれに良く似せた模造品の製作がこの当時に行われ現在まで伝世していることを欧米を含む世界に向けて発信することを目的として行ったものです。
 満席の発表会場からは洋式剣が模造製作された背景にはどのような意識があったのかといったさまざまな質問や議論がなされ、こうした文化財が日本に存在することに対して広い関心が示されました。

南蛮漆器の成立過程と年代-第6回文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子

 令和元(2019)年9月24日に開催された今年度第6回文化財情報資料部研究会では、文化財情報資料部広領域研究室長の小林公治が「南蛮漆器成立の経緯とその年代―キリスト教聖龕を中心とする検討―」と題した発表を行いました。
17世紀前半を中心に京都で造られ欧米に輸出用された南蛮漆器が、いつどのようにして始まったのか、という問題についてはいまだ確定的な見解がありません。またキリスト教の聖画を収める箱である聖龕は、これまで南蛮漆器のそればかりが注目されてきましたが、発表者は、日本のセミナリオで絵画を学んだヤコブ丹羽が描いたという救世主像が収められている東京大学総合図書館所蔵聖龕など、隠れキリシタン集落として知られる茨木市の千提寺・下音羽地区に伝えられてきた国内向けキリスト教聖龕と世界各地に所蔵される南蛮漆器聖龕とを総合的に検討し、双方に認められる無文の飾金具を持つ一群を、年代がほぼ確定される豊国神社所蔵蒔絵唐櫃や高台寺蒔絵と南蛮漆器文様を併せ持つ岬町理智院所蔵豊臣秀吉像蒔絵螺鈿厨子、さらに古様の蒔絵棚飾金具などと比較した結果、それらが16世紀末から17世紀初めにかけての年代が想定される最古の聖龕群であるとの判断を得ました。
 またこうした古式聖龕への判断は、発表者が過去に検討した南蛮漆器書見台とも整合的であり、その成立年代は聖龕よりもやや遅れる17世紀初め頃と想定されるという見解も得られました。
 本発表で行った検討は、南蛮漆器の成立経緯や年代を探ることを目的として行ったものですが、こうした見解が認められるのであれば、それは聖龕の中に収められている聖画や額縁の制作者や制作地、また豊臣秀吉や徳川幕府による禁教令と布教活動との関係など、17世紀初めを前後する時期の日本におけるキリスト教信仰や交易の実態といったさまざまな問題を再考するきっかけにもなるものかと思われます。
 当日は、初期西洋画修復家である武田恵理氏や鶴見大学小池富雄氏、また桃山時代の漆工品展覧会を開催されている美術館からなど、多くの関連分野研究者にもご出席いただき、手法的な側面を含め活発な討議が行われました。

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