研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


国際シンポジウムに向けての研究会

 当研究所が主催する国際研究集会「『かたち』再考―開かれた語りのために」の開催に先立ち、当日の議論を深めるため、第一セッションでご発表いただく小沢朝江氏(東海大学、日本建築史)をお招きし、9月9日(火)15時より企画情報部研究会室において研究会を行いました。
 小沢氏は、「近代における「様式」の創造と構築 ―巡幸・巡啓施設をめぐって」の題目で、明治初期の行在所(アンザイショ)や御小休所(オコヤスミショ)といった巡幸施設の建築のかたちを対象に、明治天皇行幸は洋風化された皇室像を印象付けるものであったという一般の理解に反して、用いられたのは和風建築が圧倒的に多かったこと、洋風建築が用いられた場合も置畳・御簾などの調度によって近世までの玉座のかたちが作られたことを指摘され、異文化に由来するかたちを受容する際にも、かたちと人の間の既成の関係が踏まえられていることを明らかにされました。
 建築の分野では、かたちの背後にある人の思惑や受容のあり方の類似性の考察が加わってはじめて分類が可能となることがうかがえ、かたちをめぐる諸分野の考察方法を見直すきっかけとなりました。


企画情報部研究会

第八回白馬会展覧会出品目録

 9月24日、当部研究会において、「新出資料 『第八回白馬会展覧会出品目録』」と題し、植野健造氏(福岡大学人文学部教授)による研究発表がありました。白馬会は、黒田清輝と中心にした明治中期の洋画の美術団体です。1896(明治29)年に第一回展を開催後、1911(明治44)年に開催するまで、13回の展覧会を開催しました。同氏は、これまで白馬会研究をかさねていたのですが、新出の資料は、唯一知られることのなかった第八回展(1903年)の出品目録でした。この八回展には、当時東京美術学校に在学中の青木繁の作品も入選し、最初の白馬賞を受賞していました。しかし、出品目録がこれまで発見されていなかったために、当時の新聞、雑誌等の報道によってその出品作を推察するということにとどまっていました。また、黒田をはじめ、同会会員たちの出品作についても同様な状況でした。それが、この出品目録によって、たとえば青木繁の場合は、「闍威弥尼」等の神話や古代仏教に由来した題名と点数(14点)を知ることができました。今回の発表で紹介された目録は、その点でたいへん貴重な資料といえます。なお、この出品目録は、『美術研究』において「研究資料」として紹介する予定です。


佐渡市・小木のたらい舟製作技術の調査

観光用のたらい舟には透明なFRPがまいてある
船外機をつけ、FRPをまいた現役のイソネギ用たらい舟

 9月10~11日にかけて、新潟県佐渡市の小木半島周辺に伝承されるたらい舟製作技術(2007年国指定無形民俗文化財)について調査を行いました。地元でハンギリとも呼ばれるたらい舟は、小回りがきき、安定性が高いことから岩礁の多い入り江で行われるイソネギ(磯漁)に盛んに用いられてきました。
 たらい舟はスギ板を張り合わせてマダケのタガで締めることによって作られます。いわゆる桶樽の製作技術を応用したもので、佐渡市ではこうした技術を伝承していくため、2009年にたらい舟職人養成講座を開くなど後継者育成に努めていますが、伝承者は数名にとどまるという厳しい状況が続いています。その背景のひとつには、そもそもたらい舟の需要が減少し、それによって生計を立てにくいこと、また技術練磨の機会が少ないことが挙げられます。たらい舟は小木半島の北面海岸のイソネギにおいて現役で使われていますが、イソネギ自体が以前ほど盛んでないことに加え、昭和60年代からたらい舟にFRP(繊維強化樹脂)加工を施すようになって耐久性が向上したため、新しいたらい舟の需要がなかなか見込めないのが現状です。
 たらい舟製作のような民俗技術は人々の暮らしとともにあり、生業や社会生活の変化、新技術の導入によって技術自体の需要が失われると、あっという間に衰退してしまいます。一方で、そうした社会環境の変化に伴って技術や用途を変容させていくことで、技術が伝承されていくのも、また事実です。小木では昭和40年代から民間業者によるたらい舟乗船が始まり、現在では佐渡観光の代名詞のひとつになるほど知られるようになっています。かつては能登半島や富山などでも伝承されていたたらい舟漁およびたらい舟の製作が佐渡にのみ濃厚に残ったのは、たらい舟の観光資源化による新しい需要の創出、また人々のたらい舟に対する意識の変化などがあったとも考えられます。
 ただし、そのたらい舟観光においても、10年ほど前に作り溜めしておいた舟にFRP加工を施して順次使っているのが現状ということで、たらい舟の製作技術伝承は更なる変化の局面に立たされていると言えます。


「タンロン・ハノイ文化遺産群の保存」ユネスコ日本信託基金事業

GIS研修における基準点の確認
植民地期建築実測図の一例
成果報告シンポジウム

 ベトナム・ハノイの世界遺産「タンロン皇城遺跡」を対象に、ユネスコ・ハノイ事務所から委託を受けた東文研が日本側の実施主体となって2010年度から実施してきた本事業も、本年末をもって終了となります。ここでは昨年度後半以降の現地での活動内容をまとめてご紹介します。
1)GISに関する研修ワークショップ(2012年12月27-28日、2013年5月15-18日、9月10日)
 タンロン遺産保存センターの担当スタッフを対象に、遺跡管理のためのGIS(地理情報システム)構築に向けた実習等を日越双方の講師により行いました。文化遺産管理へのGIS活用の基礎から、遺跡内の測量基準点を用いたベースマップの補正、データベースの作成法等を扱い、スタッフが自ら基本的作業をこなせる段階まで到達することができました。
2)考古遺物に関する第2回ワークショップの開催(2013年1月23-24日)
 タンロン遺産保存センター、社会科学院考古学研究所、同都城研究センター、奈良文化財研究所とともに開催しました。今回は本遺跡から出土した屋根瓦と日本古代の出土瓦の比較による瓦葺技法の検討を中心に、寺院遺跡の発掘現場や陶磁器窯跡の合同見学等も行い、日越の専門家が知識と意見を交換しました。
3)社会学ワークショップの開催(2013年3月4日)
 タンロン遺産保存センター、ハノイ国家大学ベトナム学開発科学院と共催で、タンロン遺跡の社会経済的価値評価をテーマとしました。アンケート調査の結果や関係者への聞き取りに基づく日越専門家の発表および討議を行い、本遺跡の今後の活用のあり方について活発な議論が交わされました。
4)植民地期建造物群の実測調査(2013年5月20-24日)
 本遺跡内に残るフランス植民地期の軍事関係建物を越側と共同で実測調査しました。遺産管理の基礎資料として、文化財的価値を有するこれらの建物の正確な現状記録を作成することを目的に、新規と補測を合わせて7棟を調査しました。既調査分10棟を含む作成図面を実測図集として刊行するほか、データ一式を越側に提供する予定です。
5)遺構保存に関する調査(2013年8月8-9日)
 遺構が存在する土中の水分移動を計測するため発掘区内に設置してきたセンサーからデータを回収するとともに、保存処理した煉瓦の暴露試験体も結果分析のため回収しました。また、事業終了後も同様の計測ができるよう、機材の扱い方やデータ分析の方法等について越側へのレクチャーを行いました。
6)成果報告シンポジウムの開催(2013年9月11-12日)
 本事業の各分野を担当した専門家と関係者が一堂に会し、これまでの成果を総括するとともに、今後に向けた課題等について意見を交換する場として、シンポジウムを開催しました。2日間にわたって9本の発表があり、日越両国とユネスコ・ハノイ事務所から約60名が参加しました。日越友好年の本年、その記念事業の一つにも位置づけられたこのシンポを通じて、様々な側面から見た本遺跡の重要性を再確認するとともに、適切な保存措置に関する研究や、遺産管理のための計画づくり、保存管理体制の整備に向けた技術移転・人材育成など、多岐にわたる本事業の成果を改めて実感することができました。目下、年末の最終報告書刊行に向けて、日越双方で作業を進めているところです。


国際研修「紙の保存と修復」

裏打ちのデモンストレーション

 8月26日から9月13日まで、ICCROMとの共催で国際研修「紙の保存と修復」を行いました。今年は世界各国から文化財関係に従事する60名程の応募があり、その中から選抜されたアメリカ、アラブ首長国連邦、ドイツ、カナダ、オーストラリア、イギリス、マレーシア、スイス、ボリビア、グアテマラの所属機関から10名が参加しました。この研修では紙、特に和紙に着目し、材料学から歴史学まで様々な観点からの講義を行いました。実習では、欠損部の補修、裏打、軸付けなどを行って巻子を仕上げ、和綴じ冊子の作製も学びました。見学では、修復にも使用される手すき和紙の産地である岐阜県美濃地方を訪れて和紙製造の現場および美濃市美濃町伝統的建造物群保存地区を見学しました。また、日本における紙の保存修復のための環境について学ぶため伝統的な表装工房や道具・材料店も訪れました。この研修での技術や知識が、海外で所蔵されている日本の紙文化財の保存修復や活用の促進につながり、ひいては海外の作品の保存修理にも応用されることが期待されます。


大エジプト博物館保存修復センタープロジェクトへの協力―染織品研修の実施―

染色実習の様子

 国際協力機構(JICA)が行う大エジプト博物館保存修復センター(GEM-CC)プロジェクトへの協力の一環として、GEM-CCのエジプト人スタッフ8名を対象とした染織品研修を当研究所で実施しました。研修員は、染織品など有機遺物の保存修復士5名と収蔵庫管理者1名、および機器分析を担当する科学者2名で構成され、染織品保存修復士である石井美恵客員研究員を総括講師として9月2日〜13日までの2週間行われました。
 研修では、東京都立産業技術研究センターの朝倉守氏のご協力を得、合成染料の染色機構や光による退色、耐光堅牢度試験について講義していただきました。また、当研究所で保存科学を専門とする藤澤明アソシエイトフェローの指導により、材料試験法についても実習を交え学びました。加えて染色や展示品のマウント作製実習のほか、博物館収蔵庫や修復現場の視察なども実施しました。
 研修を通して、保存修復士や収蔵庫管理者、科学者といった異なる立場の者が互いに協力して作業にあたり、分析や評価、意見交換を行うことの重要性についても理解を促しました。研修員は短い期間の中で多くのことを吸収していました。
 本プロジェクトでは、研修内容をGEM-CC内により広く浸透させ、全体の底上げを図るためにも、研修員が学んだ知識や経験を自らが指導者となって同僚に教え伝えていくことで、スタッフ間の協力体制を構築、強化していくことを目指しています。


文化遺産国際協力コンソーシアム第13回研究会「文化遺産保護の新たな担い手―多様化するニーズへの挑戦」の開催

パネルディスカッション風景

 2013年9月5日(木)に、東京文化財研究所セミナー室にて標記研究会を開催しました。文化遺産保護の分野で民間団体の活動を目にすることは増えてはいるものの、その活動の理念や達成すべき目標について話を聞き議論する機会は多くありません。こうした状況を受け、文化遺産国際協力コンソーシアムにおいても、学術分野の活動の把握に留まらず、より多様な民間分野との連携を検討する場が不可欠だと考え、この度研究会を開催しました。
 まず、公益社団法人企業メセナ協議会事務局長の荻原康子氏より「企業による芸術文化支援、その多様な広がりと現状」として、法人メンバーを中心としたメセナ活動を振り返りつつ、現状を分析し、最近の変化と今後のメセナ活動の発展の可能性についてご発表いただきました。
 続いては、メリルリンチ日本証券株式会社CSR推進責任者の平尾佳淑氏より「バンクオブアメリカ・メリルリンチの文化財保護プロジェクト」として、具体例に東京国立博物館と協力して行っている文化財保護プロジェクトを挙げながら、企業の行うCSR(企業の社会的責任)活動の意義と目的、またそこで達成すべきパートナーシップの構築による事業の波及効果についてご報告いただきました。
 次の講演では、公益財団法人住友財団常務理事の蓑康久氏より「公益財団法人住友財団の文化財維持・修復事業助成について」として、財団の設立経緯背景とその特徴、及び過去20年に亘って文化遺産保護への助成をなさって行ってきたご経験についてお話しいただきました。
 パネルディスカッションでは、司会にジャーナリストの嶌信彦氏をお迎えし、すべての講演者に加えて、公益財団法人文化財保護・芸術研究助成財団専務理事の小宮浩氏にご登壇いただきました。事業の継続性の困難さと重要性、経済状況と支援の在り方、事業関係者同士のパートナーシップの構築、事業運営に必要なリーダーシップ等、多岐に亘る内容について議論いただき、今後の文化遺産保護の担い手を考える機会となりました。


to page top