研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


7月施設見学

第2化学実験室で説明を受ける京都府議会文化・教育常任委員会委員の方々

京都府議会文化・教育常任委員会委員 13名
 文化財の保存及び活用に向けた取組の調査及び施設視察のため来所。
 保存科学研究センターの早川副センター長による業務内容の説明を受けました。


美術とジェンダー、この20年の歩み―文化財情報資料部研究会の開催

栃木県立美術館「揺れる女/揺らぐイメージ フェミニズムの誕生から現在まで」展チケットより

 社会的・文化的な男女の違いを意味する“ジェンダー”を視点にすえた美術史研究は、1970~80年代に英米で展開されました。日本でも90年代に美術史学会のテーマに採り上げられ、全国の美術館で展覧会が開催されるなど注目を集めました。それから20年あまりを経て、ジェンダー研究はどのような進展を遂げたのか――「日本の美術史研究・美術展におけるジェンダー視点の導入と現状」と題した小勝禮子氏による発表は、その歩みを跡づける内容でした。
 1997年に栃木県立美術館で開催された「揺れる女/揺らぐイメージ フェミニズムの誕生から現在まで」の企画者である小勝氏は、同展をきっかけのひとつとして議論の応酬がなされた、いわゆる“ジェンダー論争”の当事者でもあります。論争を通して浮かび上がったのは、現実の社会と切り離された“美術”という別世界が存在するのかどうか、という論点であり、小勝氏は今日でもそのような認識の差は美術界に広く認められるといいます。2004年から06年にかけて社会問題となった“ジェンダーフリー・バッシング”に対して、美術史研究者も交えて抗議活動が行なわれたことは、社会と美術の動きが連動したひとつの例といえるでしょう。
 発表後には、コメンテーターとして山村みどり氏(日本学術振興会特別研究員)より、米国でのジェンダー研究の現状についてご発言いただきました。また金子牧氏(カンザス大学)や水野僚子氏(日本女子大学)も出席され、とくに水野氏からは日本の古美術研究におけるジェンダー論の諸例をご紹介いただき、美術とジェンダーをめぐって多角的な意見交換が行なわれました。
 なお今回の小勝氏の発表内容は、2016年刊行の『ジェンダー史学』12号にまとめられていますのでご参照ください。


「鵜飼船プロジェクト」の終了と進水式

完成した船とプロジェクトメンバー
進水式では船を3度ひっくり返して航行の安全を祈願する「舟かぶせ」の儀礼も行われた

 5月22日から岐阜県立森林文化アカデミーで行なわれていた「鵜飼船プロジェクト」が無事に終了し、完成した全長約13メートルの鵜飼舟が7月22日の進水式で披露されました。
 このプロジェクトは、アメリカ人船大工のダグラス・ブルックス氏らが実際に鵜飼船をつくりながら造船技術を記録・継承することを目指したもので、岐阜県美濃市の船大工・那須清一氏(86歳)の指導のもとに行われました(5月の活動報告も参照)。作業にはアメリカ人船舶デザイナーのマーク・バウアー氏や、森林文化アカデミーで木工を専攻する古山智史氏も加わり、アカデミーに設置された仮設の船小屋において一般公開で行われました。東京文化財研究所は調査・記録担当としてプロジェクトに参画し、ほぼすべての工程を映像記録に収めました。今後は技術習得に役立つ記録とは何かを検証しながら、記録の編集・作成作業を進め、来年度末にはダグラス氏との共著となる報告書や、映像記録を刊行する予定です。
 プロジェクトはこれで一旦終了しましたが、鵜飼舟やその造船技術の活用・継承・普及事業は今後も各方面で続けられます。今回完成した鵜飼船は、長良川で川舟の体験観光事業を行っている団体「結の舟」が購入し、川舟文化を広く一般に紹介しながら、活用をはかっていくことになります。また、森林文化アカデミーでは、このたび学んだ伝統的な造船技術を用いて、より小さく扱いやすい船を造ることができないか、検討をはじめています。技術は時代の需要がなければ継承されないことから、現代にあった船のかたちを柔軟に模索していくのです。
 生きた技術を継承していくためには、単に学術的な記録を作成するだけでなく、現代的な活用や一般への認知・普及をあわせて図っていく必要があります。東京文化財研究所では今後も様々な専門分野の機関・個人と連携しながら、よりよい技術継承のかたちを探っていきたいと考えています。


津波被災資料の安定化処置に関する現地調査

陸前高田市立博物館(旧生出小学校)
紙資料の脱塩を行う水槽の水質調査

 2011年の東北地方太平洋沖地震により引き起こされた大津波は、地域にとって貴重な文化遺産に多大なる被害をもたらしました。震災から6年を経た今も、被災地での津波被災資料の処置は継続されています。今年度、当所は岩手県陸前高田市からの受託研究として、被災資料の処置中に発生する問題や作業環境について保存科学的な面からの研究を行い、改善策の提案を目指しております。
 2017年7月25、26日に陸前高田市立博物館において、被災資料処置現場の現地視察と研究計画の打ち合わせを行いました。陸前高田市立博物館は現在、閉校になった旧生出小学校校舎を仮収蔵施設としており、校庭では民具、1階では紙資料の泥落しや脱塩作業、標本資料の分類作業を行い、処置が完了した資料は2階や校庭、体育館内に設置された収蔵庫で保管されています。
 2日間という短い調査ではありましたが、現地のみなさまの協力のおかげで、作業環境改善に有効な空気環境を評価するためのガスサンプリングや、処置方法改善のための基礎データを得ることができました。作業環境については、温湿度測定を現在も継続して行っております。これらの分析やデータ解析を通じ、現地で発生している問題解決に繋げていければと考えています。


バガン(ミャンマー)における煉瓦造寺院外壁の保存修復

震災により崩壊した外壁の修復処置
ミャンマー宗教文化省 考古国立博物館局バガン支局での会議の様子

 平成29年(2017)7月6日~31日までの期間、ミャンマーのバガン遺跡群内Me-taw-ya寺院(No.1205)において、壁画保護のための雨漏り対策を主な目的とする煉瓦造寺院外壁の保存修復を行いました。昨年度より継続して行ってきた、寺院を構成する各種材料に関する科学分析や物理試験の結果をもとに、課題となっていた現行の修復材料や施工方法を見直しました。そして、昨年に発生した地震による被害が最も大きかった箇所の修復処置を、新旧材料の適合性に配慮しながら無事に終えることができました。
 また、ミャンマー宗教・文化省からの参加要請を受け、7月27日に開かれた「第10回 バガン遺跡の地震被害に関する専門家会議」の場において、これまで行ってきた一連の活動内容について発表を行いました。その結果、緊急性を要する今日のバガン遺跡復興に向けた取り組みに役立つ内容であるとの高い評価をいただき、今後協力関係をより一層深めてもらいたいとの要望を受けました。
 こうした現地の期待に答えるためにも、今後も一貫性を持った保存修復活動を続けていくとともに、現地専門家と意見交換を重ねながらバガン遺跡群に適した保存修復方針を組み立てていく予定です。


ベルリンにおけるワークショップ「日本の紙本・絹本文化財の保存と修復」の開催

基礎編における紙の講義
応用編における屏風作製実習

 海外に所在する書画等の日本の文化財の保存活用と理解の促進を目的として、本ワークショップを毎年開催しています。本年度はベルリン博物館群アジア美術館において、平成29(2017)年7月5~7日に基礎編「Japanese Paper and Silk Cultural Properties」、10~14日に応用編「Restoration of Japanese Folding Screens」をベルリン博物館群アジア美術館及びドイツ技術博物館の協力のもと実施しました。
 基礎編には欧州7カ国より11名の修復技術者及び学生が参加しました。参加者は、接着剤、岩絵具、和紙等の紙本・絹本文化財に使用される材料についての基礎講義を受け、絹本絵画や墨画の実技及び掛軸の取り扱い実習等を行いました。
 応用編では選定保存技術「装潢修理技術」保持認定団体の技術者を講師に迎え、6カ国9名の修復技術者に対し屏風の保存と修復についての実習と講義を行いました。実習では、装潢修理技術に基づく屏風の修復のためにはその構造や機能を理解することが必須であるという視点のもと、受講生が下張りから本紙の貼り付けまで各自で行って屏風を作製しました。両編では活発な質疑応答やディスカッションが行われ、日本の修復技術や材料の応用例等の技術的な意見交換も見られました。
 海外の保存修復の専門家に日本の修復材料と技術を伝えることにより、海外所在の日本の紙本・絹本文化財の保存と活用に貢献することを目指し、今後も同様の事業を実施していきたいと考えています。


第41回世界遺産委員会への参加

「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」に関する審議の様子
世界遺産委員会の開会式が開催されたヴァヴェル城

 第41回世界遺産委員会が、平成29(2017)年7月2日~12日にポーランドのクラクフで開催されました。本研究所も現地に職員を派遣し、世界遺産条約の履行に関する動向について情報収集を行いました。
 世界遺産一覧表への記載に関する審議では、諮問機関の勧告を覆して委員会で記載が決議される事例が目立ちました。今回、世界遺産一覧表には21件の資産が記載されましたが、このうち、諮問機関が記載にふさわしいと評価したのは、日本の「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」など13件に過ぎません。このように委員会で諮問機関の勧告が覆されるのは、諮問機関の専門家が関係締約国の提出した文書や情報の内容を十分に理解していないことに起因するとの指摘もあります。一方で、委員国が世界遺産登録のもたらす様々な利益を意識して、政治的判断を重視し、専門家の評価を軽視した結果だと指摘されることもあります。今回の世界遺産委員会の議長は、委員会での議論が政治的であると繰り返し懸念を表明しましたが、議論の傾向が大きく変わることはありませんでした。
 世界遺産条約の締約国は、自国の世界遺産を保護する責務を負っています。保護のための体制が不十分であったり、資産範囲や緩衝地帯が適切に設定されないまま、世界遺産一覧表に記載されてしまうと、こうした責務を果たすのは困難になります。世界遺産委員会の「政治化」は、世界遺産に対する各締約国の関心の高さを反映していると言えます。しかし、このような関心の高さが「贔屓の引き倒し」をもたらさないよう、各締約国は遺産保護のために必要な専門知識に基づき対応していくことが必要だと感じました。


アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査

図1 危険個所調査
図2 トレンチの発掘と確認された溝状遺構(SfMにより作成)

 東京文化財研究所では、アンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ遺跡保存整備計画策定に技術協力しています。平成29(2017)年7月16‐30日にかけて、考古発掘調査および建造物の危険個所調査を同遺跡において実施しました(図1)。
 今回の発掘調査は寺院正面である東参道の遺構確認を主目的とし、奈良文化財研究所の協力を得ながら、APSARA機構のスタッフと共同で行いました。事前に外周壁東門から東方の東バライ貯水池土手にかけての延長100m余の範囲で下草・灌木類を伐採したところ、同土手上面にラテライト造のテラス状構造物が存在することが初めて確認され、ここを起点に東門に至る参道の存在が強く推定されました。
 まず東門の東方約12mの位置に東西2m×南北10mのトレンチを設定し発掘を実施したところ(図2)、現地表下50cmで東西方向に走る溝状の遺構が確認されました。溝状遺構は幅2m程度で、溝内には無数の細かいラテライト粒(直径1cm~5mm)が充填されており、参道の可能性が考えられました。また、溝状遺構の両脇には、こぶし大ほどの砂岩礫が敷き詰められていました。
 また、この溝状遺構の続きを検出することと当初の地表面を確認することを目的に、東門に沿う形で東西2m、南北2.5mのトレンチを設定し掘り下げました。このトレンチでは、現地表下50cmのところで、砂岩礫が敷かれた面が全面に広がり、溝状遺構を確認することはできませんでした。
 東参道のさらに詳しい様相と新たに発見されたテラス状遺構の全容を把握するため、11月にも現地調査を再度行う予定です。
 一方、本遺跡はアンコールの他遺跡に比べて人手が加わっていない廃墟的景観が大きな魅力となっている一方で、これ以上の崩壊を防ぐことが来訪者の安全面からも求められています。このため、伽藍全体の構造学的リスク評価に基づいて支保工等を計画的に設置・更新することが急がれます。SfM1)写真測量技術による立面図の作成と危険個所のチェック作業を中軸線上の主要建物から順に実施することとし、手始めに2棟を対象にその作業手順の確立に努めました。この作業はAPSARA機構のスタッフが引き続き実施中です。
 周辺環境も含めた遺跡の良好な保存を図ると同時に、現地を訪れた人々がその意味と価値をより良く理解できるようにするため、学術的な解明と有効な保存整備の実現に向け、さらに協力を深めていきたいと思います。
註1 SfMとは「Structure from Motion」の略で、地形や遺跡、遺構などをデジタル・カメラで多方向から撮影し3Dモデルを作成する技術のことです。


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