研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


展覧会「記録された日本美術史―相見香雨、田中一松、土居次義の調査ノート展―」の開催

展覧会のパンフレット表紙
実践女子大学香雪記念資料館での展示風景

 東京文化財研究所ではかつて当研究所に在籍していた研究職員の資料の収集し、研究アーカイブとして活用しています。このたび実践女子大学香雪記念資料館と京都工芸繊維大学美術工芸資料館の共同主催による展覧会「記録された日本美術史―相見香雨、田中一松、土居次義の調査ノート展―」において、当研究所所蔵の田中一松(1895〜1983)のノート、調書、写真など約70点の資料を初公開致しました。この展覧会では、相見香雨(1874〜1970)・田中一松・土居次義(1906〜91)という、明治から昭和にかけて日本美術史研究をリードした3人の研究者の調査ノート類を一堂に出陳しています。展示を通じて、先人の研究者がどのように作品を見て、記録していくかを追体験するという企画です。田中は幼少期から絵が巧みで、生涯にわたる作品のスケッチの見事さは筆舌に尽くし難く、現在のデジタル全盛の時代でも、手で記録を取ることの重要さを教えてくれます。東京の実践女子大学での展示は平成30(2018)年5月12日から6月16日の32日間に計953人の来場者にご高覧頂き、好評のうちに閉幕致しました。京都工芸繊維大学での展示は平成30年(2018)年6月25日から8月11日の日程で開催されます。


明治大正期書画家番付データベースの公開

「明治大正期書画家番付データベース」一覧ページ
「書画家人名データベース」の「黒田清輝」のページ。画面下部に関連画像が表示される。

 このたび、当研究所では明治大正期に刊行された書画家番付61点のデータベース(http://www.tobunken.go.jp/
materials/banduke)を公開いたしました。このデータベースは、美術史家、青木茂氏のコレクションを元に、特定研究江戸のモノづくり(計画研究A03「日本近代の造形分野における「もの」と「わざ」の分類の変遷に関する調査研究」)の成果として平成16(2004)年に作成された、専用アプリケーションのためのデータベースを再構成したものです。
 再構成にあたっては、特定のアプリケーションに依存しないよう、汎用的な技術を用い、さまざまな機器から利用できるよう注意しました。さらに、細部の判読性を考慮し、高解像度での再撮影を行いました。
 また、当初より人名と分類がデータ化されていることを活かし、人名を中心としたデータベース(http://www.tobunken.go.jp/
materials/banduke_name)を新たに作成し、当研究所所蔵の画像資料へリンクいたしました。番付は単体では人名のリストにすぎませんが、その周辺に多くの存在を予感させます。リンクされた画像資料からその一端を感じていただければ幸いです。
 最後になりますが、青木茂氏をはじめ当初のデータベース作成に関わられた方々、そして現在の本資料の所蔵館である神奈川県立近代美術館および同館学芸員の長門佐季氏に感謝申し上げます。


カリフォルニア大学ロサンゼルス校におけるアーカイブズの収受・保存・提供をめぐって――文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子
ヨシダ・ヨシエ文庫ファインディングエイドの一部

 平成30(2018)年5月23日に開催された文化財情報資料研究会は、「カリフォルニア大学ロサンゼルス校におけるアーカイブズの収受・保存・提供―ヨシダ・ヨシエ文庫を例に 」と題して、橘川が発表を行いました。発表者は、本年2月、カリフォルニア大学ロサンゼルス校において日本人評論家であるヨシダ・ヨシエの文庫が開設したことを機に、同校のアーカイブズ収受・保存・提供に関わる部署の視察、各関係者との協議を行いました。この発表では、現地での視察・協議を踏まえ、UCLAやその図書館群の概要、アーカイブズの取り扱いを報告するとともに、アーカイブズをめぐる予算規模、人員配置に恵まれない国内機関における、より効果的な方法について検討するものでした。研究会には、所外からUCLAへの寄贈に携わった嶋田美子氏、ヨシダ・ヨシエと関わりの深い画家の美術館「原爆の図・丸木美術館」の岡村幸宣氏らにご参加いただき、発表後のディスカッションで専門の立場から意見が交わされました。戦後日本美術を牽引した作家や関係者が鬼籍に入りはじめた昨今、そのアーカイブズを散逸させず、永続的な機関でアクセスを担保することについて、当研究所がその役割の一端を担うことへの期待も、改めて寄せられました。


虚空蔵菩薩像・千手観音像(東京国立博物館)の共同研究調査

蛍光X線分析による彩色材料分析

 東京文化財研究所は東京国立博物館と共同で、同館所蔵の仏教絵画作品に関する光学的調査研究を行っています。この共同研究の一環として、平成30(2018)年5月22、23日に、虚空蔵菩薩像及び千手観音像を対象に、高精細カラー画像の分割撮影と蛍光X線分析による彩色材料調査を行いました。平安時代後期の代表的な仏画作品は、特に洗練された美意識と高度に発達した表現技法によって描かれており、その繊細優美な描写は重要な特徴と言えます。これまでの調査研究で、平安仏画の高精細カラー画像、近赤外線画像、蛍光画像などを取得しましたが、さらに今回の蛍光X線分析では、尊像の顔、身体、着衣、装飾品、持物、光背、天蓋、背景など主要な部分の彩色材料を網羅的に調査しました。今回得られた分析結果は、それぞれの作品を理解するために有益であるばかりか、日本美術史研究全体においても重要な指標となります。今後、さらなる調査の実施とその結果の検討を行い、平安仏画の研究資料として公開する準備を進める予定です。


大韓民国国立無形遺産院との研究交流

復元された済州島の碾磨と碾磨小屋
国立無形遺産院での研究発表会の様子

 東京文化財研究所無形文化遺産部は平成20(2008)年より大韓民国の国立無形遺産院と研究交流をおこなっています。本研究交流では、それぞれの機関のスタッフが一定期間、相手の機関に滞在し研究をおこなうという在外研究や、共同シンポジウムの開催などをおこなっています。本研究交流の一環として、平成30年(2018)年4月23日から5月7日までの半月間、無形文化遺産部音声映像記録研究室長の石村智が大韓民国に滞在し、在外研究をおこないました。
 今回の在外研究の目的は、植民地時代の朝鮮半島において日本人研究者がおこなった人類学・民俗学的研究の動向を調査し、その今日的意味を批判的に問い直すというものです。今回の研究では特に、京城帝国大学助教授として終戦まで朝鮮半島で活動し、帰国後に東京大学で日本初となる文化人類学研究室の設立に携わった、泉靖一教授(1915-1970)の足跡をたどる調査をおこないました。
 在外研究の期間の前半は、泉が1930年代と60年代に調査をおこなった済州島を訪れ、泉が実際に調査に入った村落を訪れて聞き取り調査をおこなうなどの調査をおこないました。その結果、済州島の社会は昭和23(1948)年から昭和29(1954)年まで続いた四・三事件の影響で大きく変容し、村落の住民もほとんどが入れ替わってしまうほどであったことがわかりました。しかし幸いにも今回、泉が最初に調査をした30年代からずっと同じ村落に住み続けている老人に会うことができ、村落の変容の具体的な様相を明らかにすることができました。また泉は自身の調査を通じて、製粉のための碾磨(ひき臼)を共同所有する複数の家族が済州島の社会集団を構成する一単位であるとみなし、それを「碾磨集団」と定義しました。しかし今回の調査を通じて、碾磨の使用は50年代から60年代にかけてほぼ消滅し、その背景には社会変化だけでなく製粉作業の機械化の影響があることも分かりました。
 在外研究の後半では、国立無形遺産院がある全州に滞在し、国立無形遺産院のスタッフたちと交流を深めつつ済州島の調査内容を整理し、その成果を研究発表会で報告しました。
 今回の在外研究を通じて、戦前・戦後の時期を通じて済州島をはじめとする大韓民国の社会が大きく変容したこと、そして過去の人類学・民俗学的調査の資料は、そうした変容過程を理解する上でも、今日的な意義を持っていることを確認することができました。
最後に、今回の研究交流において、調査のサポートをしてくださった李明珍さん(国立無形遺産院)と李德雨さん(神奈川大学)に感謝いたします。


「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣(その10)

アガンチェン寺屋根の瓦葺仕様調査
サンクーにおける歴史集落保全に関するワークショップ

 昨年度より引き続き、標記事業を文化庁より受託してネパールへの技術支援を実施しています。本年は既に2・3・4・5月にそれぞれ現地調査ミッションを派遣しました。
 カトマンズ・ハヌマンドカ王宮内アガンチェン寺周辺建造物群の修復に関しては、これまでに仕上げ塗層を剥離し終えた内壁の煉瓦積み面を対象に、詳細な仕様や改造痕跡等の調査を行いました。一見同じような煉瓦積みでも年代によって材質や寸法、工法等が異なり、壁体や開口部を改変した箇所にはその痕跡が遺されています。上部から崩落した瓦礫等で塞がれていた亀裂部も清掃して観察を行った結果、17世紀の創建以来度々加えられてきた各種の増改築の履歴を辿る手掛かりを数多く得ることができました。また、この過程で未知の壁画の存在が明らかになるなど、今後の調査でさらに解明すべきテーマも増えつつあります。王宮内でも特に重要な建物として後世の改築部でも非常に手の込んだ仕事がされていることや、過去の歴史を知るための物的証拠としての価値の高さについてもさらに認識を深めているところです。
 JICA派遣専門家のもとで修復工事に向けた準備が進められており、そのための具体的な工法検討やネパール側関係機関との協議等にも協力しています。手続き面での様々な困難からまだ着工に至っていない現状ですが、上記のような文化遺産としての価値を最大限に保存できるようにチーム一丸となって努力していきたいと思います。
 他方、カトマンズ盆地内の歴史的集落保全に関する協力も継続しています。平成30(2018)年5月には、歴史的街区や集落を所管する各市行政の担当者が集まるワークショップを世界遺産暫定リスト記載ながら地震で甚大な被害を受けたサンクー集落で開催しました。歴史的水路網の保全をテーマに、6市からの参加者が都市計画の専門家を交えて各市における現状や課題を議論し、6項目の提言をまとめました。この成果は今回参加が叶わなかった市の関係者にも共有される予定で、各歴史的集落の保全にとっての一助となることが期待されます。


シリア人専門家を対象とする紙文化財保存修復研修の実施および同国文化遺産関連資料の提供

紙文化財保存修復研修
シリア文化遺産関連資料の提供

 中東のシリアでは平成23(2011)年3月に紛争が始まり、終結をみないまま既に7年の月日が経過しています。人的被害のみならず、紛争の被害は貴重な文化遺産にも及んでいます。
 日本政府とUNDP(国連開発計画)は、平成29(2017)年から文化遺産分野においてシリア支援を開始し、平成30(2018)年の2月からは、奈良県立橿原考古学研究所を中心に、筑波大学や帝京大学、早稲田大学、中部大学、古代オリエント博物館などの学術機関がシリア人専門家を受け入れ、考古学や保存修復分野に関するさまざまな研修が始まっています。
 東京文化財研究所も、平成30(2018年)5月15日から30日までの2週間にわたり、シリア人専門家2名を日本に招聘して紙文化財の保存修復に関する研修を実施しました。国立国会図書館および国立公文書館の協力のもと行ったこの研修では、文書資料や書籍などの基本的な修復方法や保存方法を学んでもらいました。
 一方、平成30(2018)年1月には、シリア北西部にあるシロ・ヒッタイト時代の神殿址アイン・ダーラ遺跡が空爆され深刻な被害が生じたというニュースが報道されました。この遺跡では、平成6(1994)年から平成8(1996)年にかけて、東京文化財研究所が保存修復事業を行っていました。そこで、この事業を率いた西浦忠輝名誉研究員から当時の関係資料を提供いただき、今後の同遺跡の修復に役立ててもらうべく、上記研修に招聘したシリア人専門家を通じてシリア古物博物館総局に提供しました。また、併せて東京文化財研究所が所蔵する、和田新が昭和4(1929)年から翌年にかけてアレッポやダマスカス、パルミラなどを撮影した貴重な古写真のデータも提供しました。


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