研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


桑山玉洲の旧蔵資料に関する復原的考察―令和5年度第4回文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子

 令和5(2023)年7月25日に開催された第4回文化財情報資料部研究会では、文化財情報資料部広領域研究室長・安永拓世が「桑山玉洲の旧蔵資料に関する復原的考察」と題し、オンラインによる研究発表をおこないました。
 桑山玉洲(1746~99)は、江戸時代中期に和歌山で活躍した文人画家で、絵はほぼ独学ながら、京都の文人画家である池大雅(1723~76)などと交流し、独自の画風を確立した人物です。『絵事鄙言』などの優れた画論を著したことでも、高く評価されています。
 この玉洲の子孫にあたる和歌山の桑山家には、玉洲ゆかりの資料が伝来していましたが、一部は売却され、残っていた資料も、戦後、行方不明となっていました。しかし、近年、桑山家の縁戚の家から一部が再発見された経緯があります。再発見された桑山家旧蔵資料は、画材道具や印章、玉洲旧蔵の中国書画などを含む点で、貴重な資料とみなされるものです。加えて、東京文化財研究所には、昭和19(1944)年に桑山家で調査した際の写真が残されており、桑山家旧蔵資料の散逸前の状況を知ることができます。
 発表では、まず、現存する桑山家旧蔵資料の中から玉洲旧蔵資料を抽出し、美術史的な意義を考察しました。そのうえでおこなったのが、現在は失われた桑山家旧蔵資料を、当研究所の調査写真や売立目録から補い、桑山家旧蔵資料を復原的に提示する試みです。こうした復原的研究は、東文研アーカイブの活用に関する今後の可能性を探るものでもあります。
 発表後には、オンライン上で質疑応答がおこなわれ、キャビネット版台紙貼写真など東文研アーカイブ活用の展望や、昭和19(1944)年の当研究所による桑山家の調査について、議論が交わされました。こうした復原的研究により、残された資料のみならず、失われた資料の価値や意義が再検討されることで、資料が残される意図への考察も深まることが今後期待されるでしょう。


香取秀真旧蔵資料の目録公開

香取秀真(『日本美術工芸』第185号、1954年3月から転載)
「香取秀真旧蔵資料」の一部

 文化財アーカイブズ研究室は、プロジェクト「専門的アーカイブと総合的レファレンスの拡充」の成果として、「香取秀真旧蔵資料」の情報をウェブサイトに公開しました。
 香取秀真(1874 – 1954)は、明治から昭和時代にかけて活動した金工家、金工史家、歌人で、金工界のみならず広く工芸界の中心的存在として工芸の発展振興に尽力しました。香炉・花器・釜・梵鐘など古典的モティーフを引きつぎながら、豊かな技術を生かした作風で知られ、また東洋金工史の研究に大きな業績を挙げました。「香取秀真旧蔵資料」は、氏の没後、昭和39(1964)年に遺族により東京文化財研究所に寄贈され、そのなかには、日記や作品制作のための意匠図案に加えて、日本各地の金工品に関する調査記録も含まれており、香取秀真研究だけでなく、日本金工史の研究においても有益な資料といえます。このたび、資料保全作業・目録整理などを行い、「香取秀真旧蔵資料」として公開いたしました。公開にあたっては、文化財情報資料部研究補佐員・田村彩子を中心に準備を進め、さらに旧職員の中村節子氏から、この資料群に関するさまざまな情報をご提供いただきました。
当研究所が長年にわたって蓄積してきた資料群を、文化財に関する研究課題の解決の糸口として、また幅広い分野の新たな研究を創出する契機として、ご活用いただければ幸いです。
※資料閲覧室利用案内
https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/library.html
アーカイブズ(文書)情報は、このページの下方に掲載されています。実際の資料は資料閲覧室でご覧いただけます。
※香取秀真旧蔵資料
https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/pdf/archives_KATORI_Hotsuma.pdf


令和5年度博物館・美術館等保存担当学芸員研修(上級コース)の開催

空調に関する講義の様子
屋外資料に関する講義の様子
文化財害虫同定実習の様子
実験室見学の様子

 令和5(2023)年7月10日~14日に「令和5年度博物館・美術館等保存担当学芸員研修(上級コース)」を開催しました。
 昭和59(1984)年以来、東京文化財研究所で開催してきた「博物館・美術館等保存担当学芸員研修」は、令和3(2021)年度より「基礎コース」「上級コース」として再編され、博物館・美術館等で資料保存を担当する学芸員等が、業務に必要となる知識や技術について、基礎から応用まで、幅広く習得できることを目的として実施しています。「基礎コース」は保存環境を中心とした内容で文化財活用センターが担当し
https://cpcp.nich.go.jp/modules/
r_db/index.php?controller
=dtl&t=db_kenshukai&id=8
)、「上級コース」は保存環境だけでなく文化財保存全般を当研究所保存科学研究センターが担当し実施しています。
 令和5年度の上級コースでは、保存科学研究センターで行っている各研究分野での研究成果をもとにした講義・実習や外部講師による様々な文化財の保存と修復に関する講義を実施しました。講義・実習テーマは以下の通りです。初日には所内の見学も行いました。
・文化財修復原論
・文化財の科学調査
・空気質(空気質について/空気汚染の文化財への影響/空気質の改善・換気の考え方)
・保管環境に関する理論と実践(空調)
・文化財IPM概論・実習
・修復材料の種類と特性
・屋外資料の劣化と保存
・近代化遺産の保護
・多様な文化財の保存と修復(文化財レスキューについて/一時保管施設の環境管理/博物館現場で日常的に実践できる文化財防災)
・博物館の防災
・民具の保存と修復
・大量文書の保存・対策
・紙本作品等の保存と修復
・写真の保存・管理
 研修後のアンケートでは、研修全体を通して満足度が高かった様子がうかがえました。「実践的な知識を体系的に知ることができた」「最先端の研究を知ることができ、刺激を受けた」という感想が聞かれました。一方で、もう少し研修時間にゆとりを持たせて欲しいといったご意見や今後のフォローアップのご要望もいただきました。引き続き、保存担当学芸員の方々にとって有益な研修となるよう、研修内容を検討していきます。
昨年度は新型コロナウイルス感染対策のため受講者数は18名でしたが、今年度は感染状況が多少落ち着いていることに鑑み30名での開催となりました。受講者の所属は規模や館種も多様ですが、現場での悩みや問題意識は共通することも多く、受講者間の意見交換や交流も大きな意味を持つと考えています。ぜひこの研修で得られたネットワークも今後につなげていただければと思います。


ノリウツギの安定供給に向けての調査(2)

宇陀紙の紙漉き、標津町のノリウツギが用いられている
越前和紙で用いられるノリウツギ
標津町に大量に自生しているノリウツギ
樹皮を採取する様子(標津町)

 令和4(2022)年12月の活動報告においてノリウツギから採取するネリに関する報告を行いました。本報告はその続報となります。
昨年から、標津町で採取されたノリウツギが各地の紙産地に出荷されるようになり、紙漉きの際のネリとして利用されていますが、ネリが黒変するなどの問題が生じた産地が一部見られました。黒変原因を分析した結果、黒変は、ネリ抽出の際の加熱・外樹皮に含まれるタンニンの混入・防腐剤不使用の三条件が揃って発生することが確認されました。よって、外樹皮を丁寧に取り除くか、防腐剤を少量添加することで黒変を解消できることになります。この成果は文化財保存修復学会第45回大会(国立民族博物館、令和5(2023)年6月24~25日)にて報告済で、多数の質問を頂くなど実り多い発表となりました。
 また、ノリウツギを用いて漉かれる宇陀紙(奈良県吉野郡吉野町)と越前和紙(福井県越前市)の産地を相次いで訪問し(宇陀は3月6日、越前は7月19日)、紙漉き現場の調査を実施しました。いずれの産地でもノリウツギ不足は大きな問題となっており、標津町からの供給には期待しているとのことでした。また、産地によって、あるいは職人によって、ノリウツギのネリの利用方法は様々であることが改めて確認され、要望に合わせた供給方法を検討することが求められます。さらに、7月27日には標津町を訪問し、ノリウツギ樹皮の採取の現場に立ち会い、採取方法の調査や記録撮影等を実施しました。今年はすでに約200kgのノリウツギ樹皮が採取され、各地の紙産地へと出荷が行われています。
 今後もノリウツギの安定供給を目指して活動を続けていきます。


「海外調査のための3次元計測実習」の開催

3Dモデル作成のために写真撮影を行う受講生

 近年、文化遺産の世界では、Agisoft社のMetashape、iPhoneのScaniverseなどを用いた3次元計測が急速に普及しています。これらの技術の導入によって、作業時間が大幅に短縮されただけではなく、これまでと比べようのない高精度で文化遺産のドキュメンテーションが可能になってきています。 
 今回は、日本における3次元計測の第1人者である公立小松大学の野口淳氏を講師にお招きし、海外で文化遺産保護に携わる日本の専門家を対象に、令和5(2023)年7月15日~17日にかけて「海外調査のための3次元計測実習」を開催しました。まずは日本の専門家に3次元計測の手法を学んでいただき、各々のフィールドで海外の専門家に普及していただく、これが今回、実習を開催した目的です。 
 考古学や保存科学、建築の分野から25名もの専門家の方々にご参加いただきました。受講生は、3日間の実習において、Agisoft社のMetashapeを利用した3次元計測の技術を学び、iPhoneのScaniverseなども体験しました。 


to page top