研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


「文化財の記録作成とデータベース化に関するセミナー シリーズ「ディジタル画像の圧縮~画像の基本から動画像まで~」その1 ディジタル画像の基礎」の開催

会場の様子

 文化財の記録作成(ドキュメンテーション)は、文化財の素材や形状、色などの情報を把握し、得られた情報を調査研究や保存修復の計画策定、活用に役立てるために不可欠な過程です。文化財情報資料部文化財情報研究室では、このような文化財の記録作成のための写真撮影や、記録を整理・活用するためのデータベース化に関する情報発信を行っています。その一環として令和2(2020)年12月23日、新型コロナウイルス感染拡大防止対策を講じたうえで、標記のセミナーを東京文化財研究所セミナー室で開催しました。
 シリーズ「ディジタル画像の圧縮~画像の基本から動画像まで~」は全部で3回を予定しており、第1回目の今回は、画像圧縮についてよりよく知るための基本的な内容としました。最初に今泉祥子氏(千葉大学大学院工学研究院准教授)が、アナログ画像との違いや各ファイル形式の特徴、解像度による情報量の変化など、ディジタル画像の性質について解説しました。次に、城野誠治(文化財情報資料部専門職員)が、光源ごとのスペクトルの特徴の違い、文化財写真に適した光源やその配置など、ディジタル写真撮影の際の光や色の扱いを中心に解説を行いました。
 現在、JPEG、MPEG4など、圧縮された画像や映像はとても身近な存在です。しかし、文化財の写真撮影や画像保存の計画を立てようとしたとき、圧縮によってどのような情報が失われるのか、TIFFやRAWで保存しさえすれば適切と言えるのかなど、疑問を持つこともあるのではないでしょうか。私たちは今後も一連のセミナーを通じて、文化財の画像による記録の作成や保存・発信にあたって参考となるような情報を発信する予定です。


屋外彫刻の保存における問題を考える―第6回文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子

 令和2(2020)年12月21日、文化財情報資料部では、野城今日子(文化財情報資料部アソシエイトフェロー)が、「屋外彫刻を中心とした「文化財」ならざるモノの保存状況についての報告と検討―シンポジウム開催を見据えて―」と題した研究発表をおこないました。
 日本には、全国各地の公共空間に屋外彫刻が設置されています。それらは、地域にとって重要な意味を持つ、かけがえのない存在です。しかし、多くの屋外彫刻はメンテナンスがされず、放置された状態にあり、さらに近年では安全性の問題から作品が撤去された例があります。そもそも、屋外彫刻は一般的に「文化財」として認識されておらず、ゆえに適切な保護体制の整備が進んでいません。
 本研究会では、このような屋外彫刻の問題を解決すべく、発表者から事例紹介と問題点が提示され、参加者とのディスカッションがおこなわれました。また、今回は、長年にわたり地域での屋外彫刻のメンテナンス活動に携わっている大分大学の田中修二氏と東海大学の篠原聰氏を招き、保存活動の現場が抱えている課題などについてコメントしていただきました。
 屋外彫刻の保存に関しての問題は、行政、教育、歴史など多岐にわたる問題が複雑に絡み合っており、簡単には解決できません。この問題の情報共有と解決方法を探るために、今後、シンポジウム開催を検討しています。


「箕のかたち―自然と生きる日本のわざ」展の開催

展示の様子
西宮神社の十日えびすの福箕(兵庫県)

 無形文化遺産部では、2020(令和2)年12月2日から2021(令和3)年1月28日まで、「箕(み)のかたち―自然と生きる日本のわざ」展を、共同通信社本社ビル汐留メディアタワー3Fのギャラリーウオークにて開催しています(共催:千葉大学工学研究院、公益財団法人元興寺文化財研究所/監修:箕の研究会)。
 箕は脱穀した穀類の殻やごみだけを風で飛ばし、実を取りだす作業に使われる道具です。米などの食べ物を口にするために不可欠な基本の道具であると同時に、手近な容器としても日々の暮らしのなかで当たり前に用いられてきました。高度経済成長期以降、その使い手・作り手ともに減少の一途をたどっていますが、国では3件の箕づくり技術を重要無形民俗文化財(民俗技術)に指定するなど、保護をはかってきました。
 箕は樹木や竹などの自然素材を使って作られます。同じ編み組み細工であるカゴなどが、通常1~2種類の自然素材で作られるのに対し、箕は4~5種類の異なる素材を編み組んで作るのが一般的です。このため、箕づくりの技術は編み組み技術の集大成と言われるほど複雑・高度であるとともに、地域ごとの植生を反映した多様なかたちが生み出されてきました。
 本展では、箕というかたちに凝縮されてきた自然利用の高度なわざ・知恵に焦点をあて、14枚のパネルでその素材や製作技術を紹介しています。また、企画展に合わせ、ウェブページ「箕のかたち 資料集成」も公開しており、箕の製作技術の記録映像を多数公開しています(https://www.tobunken.go.jp/ich/mi)。このウェブページは会期終了後も引き続き公開しておりますので、ぜひご覧ください。
 (入場無料、平日9~19時、土日祝10~18時、12/20のみ臨時休館)


「第15回無形民俗文化財研究協議会」の開催

協議会の動画視聴ページ

 第15回無形民俗文化財研究協議会が「新型コロナ禍における無形民俗文化財」をテーマにして、オンライン配信で開催されています。動画視聴ページは、令和2(2020)年12月25日~令和3(2021)年1月31日まで公開予定です。
(リンク:https://tobunken.spinner2.tokyo/
frontend/login.html

 現在、新型コロナウイルス感染症(covid-19)の影響が続いています。多くの人が密集する可能性がある祭礼や行事は、中止や規模縮小を余儀なくされました。こうした制限を受け、無形民俗文化財の伝承者は従来通りの活動が出来ない状況にあります。
 そこで今回は、コロナ禍における無形民俗文化財の保存・活用のあり方を探ることを目的として、協議会を開催することにいたしました。当研究所から3名、行政・博物館の立場から3名、各地の伝承者5名が動画で発表を行いました。そこでは、各分野・各地域の現状や課題が報告されるとともに、感染対策の実例、オンライン配信やクラウドファンディングといったIT技術の活用など、コロナ禍における新たな実践の紹介がなされました。そして、当研究所久保田とご発表いただいた伝承者5名で総合討議を行い、コロナ禍あるいはポストコロナで祭りを継続・再開できるのか、開催するためにはどうしたらよいのかについて、活発な議論が交わされました。
 協議会のすべての内容は令和3(2021)年3月に報告書として刊行し、後日、無形文化遺産部のホームページでも公開する予定です。


ユネスコ無形文化遺産保護条約第15回政府間委員会のオンライン傍聴

 令和2(2020)年12月14日から19日にかけてユネスコの無形文化遺産保護条約第15回政府間委員会が開催されました。本来はジャマイカで開催される予定でしたが、世界的な新型コロナウイルス禍の影響を受けて、今回は完全オンラインで開催されることとなりました。事務局はパリのユネスコ本部に置かれましたが、議長国のジャマイカをはじめ、委員国や締約国はそれぞれの場所からオンラインで会議に参加しました。また会議の様子はユネスコのウェブサイトからリアルタイムで中継され、その模様を本研究所の2名の研究員が傍聴しました。
 今回の委員会はこうした変則的な形での開催であったため、審議される議題の数も最小限とし、また一日の会議時間もパリの現地時間で13時30分から16時30分(日本時間で21時30分から翌日0時30分)となりました。こうした制約のある中での開催となりましたが、「緊急に保護する必要のある無形文化遺産の一覧表(緊急保護一覧表)」に3件、「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表(代表一覧表)」に29件の案件が記載され、「保護活動の模範例の登録簿(グッド・プラクティス)」に3件の案件が登録されました。また、緊急保護一覧表に記載された案件のうち1件では、無形文化遺産基金からの国際的援助の要請も承認されています。
 このうち日本からは「伝統建築工匠の技:木造建造物を受け継ぐための伝統技術」が代表一覧表に記載されました。この案件には、国の選定保存技術に選定された17の技術(「建造物修理」「建造物木工」「檜皮葺・杮葺」「茅葺」「檜皮採取」「屋根板製作」「茅採取」「建造物装飾」「建造物彩色」「建造物漆塗」「屋根瓦葺(本瓦葺)」「左官(日本壁)」「建具製作」「畳製作」「装潢修理技術」「日本産漆生産・精製」「縁付金箔製造」)が含まれています。これまで日本から提案された案件で一覧表に記載されたものは、国の重要無形文化財および重要無形民俗文化財がほとんどですが、今回初めて国の選定保存技術からの記載が実現しました。日本には世界に誇るべき歴史的な木造建造物が数多くありますが、それらが今日まで伝えられてきたのは、それを修理したりメンテナンスしたりしてきた多くの職人や技術者がいたからです。今回の記載は、そうしたいわば「裏方」のわざに光を当てることになったという意味においても意義深いことといえます。また、有形と無形の文化遺産の関連を示す事例としても、国際的に評価する声がありました。
 他の締約国から提案された案件については、例えば大衆的な屋台文化に関連した「シンガポールのホーカーの文化:多文化都市の状況における食事の料理と実践」(シンガポール)や、日本でも愛好家の多い「太極拳」(中国)などが代表一覧表に記載されました。こうした生活文化に関連した案件の提案が多いのも、国際的な動向の一つといえます。また「ヨーロッパの大聖堂の工房もしくはバウヒュッテンの製造技術と消費の実践:ノウハウ、伝承、知識の発展と革新」(ドイツ・オーストリア・フランス・ノルウェー・スイス)がグッド・プラクティスに登録されましたが、これは大聖堂の建設・修理に携わる芸術家と職人の共同組合「バウヒュッテン」に関連したものです。これは日本の「伝統建築工匠の技」と内容的に似ていますが、日本ではこれを代表一覧表に提案したのに対し、「ヨーロッパの大聖堂の工房もしくはバウヒュッテンの製造技術と消費の実践」は遺産の保護活動の例として提案したという点で、アプローチが異なるのも興味深いところでした。
 なお今回の委員会の議長国がジャマイカということもあって、2018年に代表一覧表に記載されたレゲエ音楽のBGMが随所に盛り込まれたオンライン中継となりました。本来であれば多くの人が現地で生のレゲエ音楽に触れるはずであっただけに、残念ではありましたが、それでも初のオンライン委員会を成功裏に終わらせた議長国ジャマイカと事務局であるユネスコのスタッフの方々に敬意を表したいと思います。


実演記録「常磐津節(ときわづぶし)」第一回の実施

常磐津節実演記録の様子(左から常磐津秀三太夫、常磐津菊美太夫、常磐津兼太夫、常磐津文字兵衛、岸澤式松、岸澤式明)

 無形文化遺産部では、令和2(2020)年12月25日、東京文化財研究所の実演記録室で常磐津節の音声記録(第一回)を行いました。
 国の重要無形文化財・常磐津節は、1747年に初代常磐津文字太夫(ときわづもじたゆう)が江戸で創始。リズムやテンポが極端に変化せず、ほどよい重厚感を併せ持つため、歌舞伎舞踊や日本舞踊と結びついて今日まで伝承されています。浄瑠璃(声のパート)はセリフと節(旋律のある部分)のバランスがよく、三味線は中棹三味線をヒラキ(撥先の広がり)の大きな撥で演奏するので、音に適度な重みがあります。また、段物(義太夫節(ぎだゆうぶし)に由来する作品)から能狂言に取材したもの、心中道行もの、滑稽味のある作品まで、多彩なレパートリーを持つことも常磐津節の特徴です。
 今回は、古典曲《忍夜恋曲者(しのびよるこいはくせもの)》―将門―」の全曲収録を行いました。この作品は常磐津節の代表曲でありながら、近年は全曲演奏されることが少なくなりました。全曲通すと約40分かかる大曲で、「オキ」(登場人物が現れる前の部分)→「道行」(登場)→「クドキ」→「物語」(合戦の様子を語る)→「廓話」→「踊り地」(踊りの見せ場)→「見現し」(正体の露見)→「段切れ」という明確な構成と各部分の曲趣が際立ちます。演奏は、常磐津兼太夫(七代目、タテ語り)、常磐津菊美太夫(ワキ語り)、常磐津秀三(ひでみ)太夫(三枚目)、常磐津文字兵衛(五代目、タテ三味線)、岸澤式松(ワキ三味線)、岸澤式明(しきはる)(上調子(うわぢょうし))の各氏です。
 無形文化遺産部では、今後も演奏機会の少ない作品や、貴重な全曲演奏の実演記録を継続していく予定です。
 なお収録は、新型コロナウイルス感染症対策のため、歌舞伎の舞台でも使われているマスクを着用して行いました。


文化財の材質・構造・状態調査に関する研究会 「文化財に用いられている鉛の腐食と空気環境」

研究会の様子

 保存科学研究センターの研究プロジェクトである「文化財の材質・構造・状態調査に関する研究」では、様々な科学的分析手法によって文化財の材質・構造を調査し、劣化状態を含む文化財の文化財の物理的・化学的な特徴を明らかにするための研究を行っています。そして分析科学研究室では、近年全国で顕在化している鉛の腐食に関する問題にも取り組んできました。
 そこで本研究の総括を目的として、美術史(長谷川祥子氏(静嘉堂文庫美術館)、伊東哲夫氏(文化庁))、保存科学(古田嶋智子氏(国立アイヌ民族博物館))、保存修復(室瀬祐氏(目白漆芸文化財研究所))の専門家をお招きし、令和2(2020)年12月14日に研究会「文化財に用いられている鉛の腐食と空気環境」を開催しました。研究会では、鉛を使用した美術品の紹介、鉛の腐食の問題に関する現状と課題、鉛の腐食に関する材料工学的な基礎知識についてのご講演をいただきました。さらに、空気環境と鉛の腐食に関する調査事例、鉛の腐食と修復に関する事例等の報告を通じて、最新情報の共有とディスカッションを行いました(参加者:20名)。


九重の土砂災害記念碑レプリカ墨入れ式

新宮市役所での墨入れ風景
展示されたレプリカ

 令和2(2020)年12月5日に、九重の土砂災害記念碑レプリカ墨入れ式が新宮市役所で開催されました。新宮市九重地区は、平成23(2011)年に起きた紀伊半島豪雨で被害を受けた地域ですが、この地には江戸時代に起きた同じような土砂災害を記念した石碑が残されています。文政4(1821)年に建てられたこの九重土砂災害記念碑は、かつては藪に覆われていて、碑の表面には様々な汚れが沈着して銘文が読みにくい状態でしたが、東京文化財研究所では、この記念碑を詳細に計測して三次元印刷することで、実際の碑では確認しにくかった文字を読み出すことに貢献していました。今回この三次元印刷された記念碑のレプリカを使って、新宮市役所で住民への防災意識の啓蒙を目的としたイベントが開催されました。イベントでは、色情報のない凹凸情報だけで打ち出されていたレプリカの文字に、九重区の区長、新宮市教育長、碑文の読み出しに関係した研究者、そして一般市民らが順番に墨入れを行っていき、最終的には記念碑の内容が素人目にもわかりやすい状態でレプリカが展示されることになりました。このイベントを通じて、江戸時代に起きていた土砂災害に対して市民が思いを馳せることに貢献し、地域の防災意識を高めることに寄与することができました。


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