研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
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研究会の様子
3月24日(火曜日)午後2時より、部内の研究会室において、企画情報部アソシエイトフェロー・河合大介が「反芸術・脱主体化・匿名性―山手線事件と赤瀬川原平を中心に―」、同・橘川英規が「観光芸術多摩川展パノラマ図を観る―富士山、機関車、少女、井戸―」というタイトルで研究発表を行いました。
河合の発表では、1960年代の美術に国際的に共通して見られる特徴のひとつとして「作品の〈脱主体化〉」があることを指摘し、同時代の日本美術においてはそれが〈匿名性〉というかたちをとってあらわれたことを、1962年に中西夏之らが行った山手線事件およびその影響をうけた当時の赤瀬川原平の活動に関する資料の分析を通じて検証しました。
橘川の発表では、観光芸術研究所が行った最初のイベント「観光芸術多摩川展」を、ドローイング《観光芸術多摩川展パノラマ図》と中村宏氏制作映像作品《Das Kapital》を用いて、その様子をふり返りました。これは昨年9月に開催されたPoNJA-GenKon設立10周年記念シンポジウムで行った発表内容に加えて、その後の調査により構成したものでした。
当日、研究会には、画家の中村宏氏、美術作家で戦後美術研究者の嶋田美子氏にもご参加いただきました。中村氏は、橘川の発表からご臨席いただき、発表後の質疑応答のなかで、観光芸術研究所や中村氏ご自身の当時の作品および活動について説明いただく機会を得ました。
『美術画報』所載図版データベース、運慶作毘羯羅大将像の検索結果
『美術画報』は、明治27(1894)年6月に、『日本美術画報』として画報社より創刊された美術雑誌です。当時の作家による“新製品”に加え、江戸時代以前の美術工芸品も“参考品”として掲載され、明治期にどのような作品が古典として認められていたかをうかがうことができます。同誌は明治32年に『美術画報』と誌名を変えながら、大正末年まで継続して刊行されました。
このたび当研究所のホームページでは、『日本美術画報』『美術画報』に掲載された図版を作者名・作品名などで検索できるよう、データベース上での公開を始めました。
http://www.tobunken.go.jp/materials/gahou
現在は『日本美術画報』初篇巻一(1894年6月)から五篇巻十二(1899年5月)までの図版を掲載しておりますが、これ以降の巻についても順次公開する予定です。また三篇巻十二(1897年6月)まで、冊子を繰るようにご覧いただけるブックビューワーでの公開を行なっておりますので、あわせてご利用ください。
仏教彫刻史に大きな足跡を残された久野健氏の資料を整理し、国内外に所在する仏教彫刻の写真類の目録を公開しました。件数にして7000件以上に及ぶ膨大な資料は、当研究所の研究員であった久野氏が収集されたものです。同氏が2007年に亡くなられた後、ご遺族より当研究所にご寄贈いただきました。
久野氏は1944年に当研究所の前身である美術研究所に入所後、1982年の退官まで38年間にわたって仏教彫刻史の研究に従事されました。退官後は自宅に隣接して仏教美術研究所を設立・主催し、長年にわたって収集された資料を研究者の利用に供されました(久野氏の略歴はこちらをご参照ください。
写真資料の大部分は都道府県の寺社ごとに分類された仏教彫刻の写真で、日本全国の仏像を網羅的に把握されようとする、なみなみならぬ氏の気迫を感じさせます。なかには修理中の仏像を写した写真なども含まれているたいへん貴重な資料群となっています。その調査の成果の一部は、地域ごとに主要な仏像についての解説をまとめた久野氏監修の『仏像集成』(学生社)に反映されています。
ご所蔵者名・作品名等で検索できるようにいたしましたので、本資料の閲覧を希望される場合には、あらかじめ「利用申込書(word・PDF)」にご記入のうえ資料閲覧室にお申込みください。
関根祥六師の録音風景
3月13日、能楽シテ方観世流の重鎮関根祥六師の謡《卒都婆小町》の録音を行いました。《卒都婆小町》は能の作品のなかでも最奥の秘曲とされる老女物の一曲で、長年芸を積んだ役者にのみ許される曲です。零落し、百歳になろうという老女小野小町の心境を、通常とは少し異なる複雑な技巧で謡われました。4月以降も引き続き老女物の録音を行う予定です。
講演会の様子
石﨑武志 前東京文化財研究所副所長は、平成26(2014)年9月末日で退職され、東北芸術工科大学文化財保存修復研究センター教授として研究活動を続けておられます。一区切りとして研究成果について、標記講演会「文化財を取り巻く環境と保存-特に水に関わる諸問題について-」(平成27(2015)年3月6日(金)、地下1階セミナー室)を開催いたしました。
ご専門の土壌物理を基に、土中水分が凍結してアイスレンズができる仕組みや移動する様子をわかりやすく解説いただきました。また、石材への雨水の浸透を水分熱移動解析で研究しアユタヤの石仏の風化原因の解明に生かした事例や高松塚古墳解体時の低温制御の方法など、土壌・レンガ・土壁等、多孔質材料中の水分移動に注目して、歴史的建造物、土蔵、石造物、露出遺構の保存に研究成果を応用されたことをお話しいただきました。文化財保護分野の研究者の数は少ないので、研究を進めるには大学等他の研究機関との共同研究を組むのも良い手段である、との言葉が印象的でした。
ご退職後、当研究所名誉研究員・保存修復科学センター客員研究員として研究にご協力いただいています。(外部からの参加者:53名)
ペンジケント遺跡出土壁画の写真撮影風景
フルブック遺跡出土壁画断片の整理作業風景
3月3日から3月8日までタジキスタン国立博物館、フルブック博物館、及び国立古代博物館において、遺跡出土壁画断片の調査・整理・撮影を実施しました。
タジキスタン国立博物館には、ソグディアナの都城址ペンジケント遺跡から出土した壁画4点(7~8世紀製作)が所蔵・展示されています。類例が限られている貴重な学術資料であるこれら壁画の美術史的価値と保存状態を詳細に理解する目的で、描画技法・修復状態の調査、そして、細部に亘る写真撮影を実施しました。
また、フルブック博物館においては、1980年代前半の発掘以降、ほぼ未整理のまま保管されていたフルブック遺跡出土の壁画断片(10~11世紀頃製作)の整理・写真撮影を実施しました。壁画断片は1つの木箱の中に積み重ねて収蔵されていたため、まずは一層ずつプラスティック・コンテナに移し換え、それぞれに整理番号を付して記録していきました。そして、コンテナ毎に写真撮影を行うと同時に、各断片の保存状態を記録し、保存修復作業に活用できる基礎的な情報を得ることができました。
さらに、タジキスタン国立古代博物館に収蔵・展示されているカライ・カフカハI遺跡出土の壁画断片(8世紀頃製作)の現状を記録すべく、肉眼で詳細に観察しました。
今回の調査成果は、今後タジキスタン共和国において関連する壁画断片の保存修復作業が実施される際に有効に活用されることが期待されます。
模擬壁画片を用いた修復実習
文化庁委託文化遺産国際協力拠点交流事業の一環として、ミャンマー文化省考古・国立博物館局の職員である壁画修復専門家2名を、2015年3月9日から3月13日の期間で日本に招へいしました。研修では壁画の保存修復に関する講義・実習、修復工房の見学、寺院壁画の視察を行い、日本で行われている壁画修復について理解を深めていただきました。
研修の前半では、日本の壁画(装飾古墳、古墳壁画、寺院の漆喰壁画、板絵など)の歴史、材質・技法的な特徴や修復事例に関する講義、古墳壁画修復に使用される材料・技術についての講義、および模擬壁画片を用いた修復実習を行いました。研修生は新たに知る材料や技術に対して強い関心を抱き、活発に質問を行っていました。また、絵画や書籍等日本の美術作品の修復を行っている修復工房を訪問して実際の修復作業を見学するとともに、修復における基本方針についてもお話を伺いました。研修の後半では京都・奈良を訪問し、法界寺、法隆寺、薬師寺に残る壁画の視察を行い、講義で紹介した壁画を間近に観察しながら壁画修復に関する意見交換を行いました。今後、本研修内容をミャンマーでの壁画修復事業に役立てていただけるよう、協力を続けていきたいと考えています。
ヴィクトリア国立美術館における調査風景
海外で所蔵されている日本美術作品は、日本文化を紹介する上で大切な役割を担っています。ところが、海外には日本の作品の保存修復専門家が少ないことから適切な処置がなされず展示が困難となっている作品も少なくありません。こうした日本美術作品の保存と活用を目的として、当研究所では在外日本古美術品保存修復協力事業を行っています。本事業では在外作品の修復協力やワークショップを実施して作品の保存と修復に努めています。今回はこうした修復協力事業における候補作品を選出するための調査として、オーストラリアで所蔵されている日本絵画作品の調査を行いました。
3月16日から19日にかけて、ヴィクトリア国立美術館とオーストラリア国立美術館を訪れました。メルボルンのヴィクトリア国立美術館はオーストラリア最古の美術館であり、一方キャンベラのオーストラリア国立美術館は国内最大規模を誇る美術館です。今回の調査では、計8件(14点)の掛軸、巻子、屏風作品の詳細な状態調査を行うとともに、美術史的観点からの調査も行いました。この調査結果をもとに作品の美術史的評価や修復の緊急性などを考慮し、本事業で扱う修復候補作品を選定していきます。また、今回の調査で得られた情報は所蔵館に提供し、今後の作品の展示計画、保存修復計画の策定に役立てていただきたいと考えています。
2015年度カレンダー:文化財を守る日本の伝統技術
文化遺産国際協力センターでは、文化財の保存のために必要不可欠な選定保存技術にかんする調査を進めています。選定保存技術保持者および選定保存技術保持団体の方々から作業工程や作業を取り巻く状況や社会的環境などについて聞き取り調査を行い、作業風景や作業に用いる道具などについて撮影記録を行っています。この調査の成果公開・情報発信の一環として、2015年度版の海外向けのカレンダーを2種類(壁掛け型・卓上型)作成しました。このカレンダーは「文化財を守る日本の伝統技術」と題し、2014年度の調査のなかから、和紙製造・漉き簀編み・左官・本藍染め・檜皮採取・たたら製鉄・蒔絵筆を取り上げました。全ての写真は当所企画情報部専門職員・城野誠治の撮影によるもので、それぞれの材料や技術の持つ特性を明確に示す一瞬をとらえる視覚的効果の高い画像で構成し、各図の解説は英語と日本語で掲載しています。このカレンダーは諸外国の文化財関係の省庁・組織などに配付し、広く海外の人々に日本の文化財を守り伝える技術や日本文化に対する理解の促進につなげていきたいと思います。