研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


長谷川等哲についての研究発表―令和6年度第7回文化財情報資料部研究会の開催

研究会風景

 文化財情報資料部では東京文化財研究所の職員だけでなく、外部の研究者も招へいして研究発表を行っていただき、研究交流を行っています。11月の研究会では山口県立美術館副館長の荏開津通彦氏に「長谷川等哲について」と題してご発表いただきました。長谷川等哲については、これまで『岩佐家譜』に岩佐又兵衛の長男・勝重の弟が、長谷川等伯の養子となり、長谷川等哲雪翁と名乗って、江戸城躑躅間に襖絵を描いたことが記録され、『長谷川家系譜』に載る「等徹 左京雪山」、また『龍城秘鑑』が江戸城躑躅間の画家として記す「長谷川等徹」と同人かとされてきました。等哲の作品としては「白梅図屛風」(ミネアポリス美術館蔵)が知られていましたが、現存作例・文献も少なく、未詳のことが多い画家です。今回の荏開津氏の発表では、最新の研究成果をふまえて「長谷川等哲筆」の落款のある「柳に椿図屏風」など、等哲筆とみなされる作品を多く提示し、聖衆来迎寺の寺史『来迎寺要書』に同寺の「御相伴衆」として長谷川等哲の名が現れること、また、備前国・宇佐八幡宮の「御宮造営記」に、歌仙絵筆者として長谷川等哲の名が記されることなど新たな文献情報をあげ、長谷川等哲の画業について考察しました。発表後の質疑応答では、コメンテーターとしてご参加いただいていた戸田浩之氏(皇居三の丸尚蔵館)、廣海伸彦氏(出光美術館)のほか、長谷川等伯に関する数多くの業績をお持ちの宮島新一氏をはじめ多くの研究者の方々にご参加いただき、活発な研究討議が行われました。


和泉市久保惣記念美術館での調査

和泉市久保惣記念美術館での絵巻物の調査
「山崎架橋図」の調査

 大阪府にある和泉市久保惣記念美術館は、昭和57(1982)年に開館した和泉市立の美術館で、日本東洋の古美術作品を中心に所蔵し、展覧会をはじめさまざまな文化振興活動を行っています。令和6(2024)年1月に、東京文化財研究所は和泉市久保惣記念美術館と共同研究に関する覚書を締結し、同館所蔵作品の調査研究を行っています。令和6(2024)年3月には鎌倉時代の絵巻である「伊勢物語絵巻」と「駒競御幸絵巻」(ともに重要文化財)について光学調査を行いました。また令和6(2024)年11月には、「山崎架橋図」や「枯木鳴鵙図」(ともに重要文化財)などの掛軸の作品について、光学調査を行いました。今回の調査では特に「山崎架橋図」の下部に記されている銘文をより識別しやすい画像を記録できないか、ということや、宮本武蔵によるすぐれた水墨画作品として知られる「枯木鳴鵙図」の表現について、材料や技法に注目して調査撮影を行いました。今回得られた調査成果をもとに共同研究を実施していくとともに、和泉市久保惣記念美術館での展示や教育普及活動に活かしていただけるように進めて参ります。


東京藝術大学の一行を迎えて(資料閲覧室)

資料閲覧室を見学する一行

 令和6(2024)年11月26日、東京藝術大学美術学部の一行が、「工芸史特講演習」の一環で東京文化財研究所の資料閲覧室を訪問しました。

 片山まび氏(東京藝術大学美術学部教授)が引率する大学院生・学部生の一行は、文化財情報資料部文化財アーカイブズ研究室 研究員・田代裕一朗による案内のもと、昭和5(1930)年以来集められてきた当研究所の蔵書を見学するとともに、その活用方法に関する説明を受けました。なお今回の見学にあたっては、工芸史研究における活用価値の高い売立目録コレクションに重点を置き、田代が自身の調査研究で得た知見を交えつつ、より深く「売立目録」という資料を理解できるよう構成しました。

 文化財アーカイブズ研究室は、文化財に関する資料の情報提供、そして資料を有効に活用するための環境整備に日々取り組んでいます。とくに研究員が日々進める調査研究が、このような取り組みと並行して進められ、両輪を成している点は当研究所ならではの特徴です。

 世界的に見ても高い価値を誇る当研究所の貴重な資料が、これからの未来を担う学生に活用され、長期的な視野に立って文化財に対する認識と研究発展に寄与することを願っております。

※文化財アーカイブズ研究室では、大学・大学院生、博物館・美術館職員などを対象として「利用ガイダンス」を随時実施しています。ご興味のある方は、是非案内(利用ガイダンス|東京文化財研究所 資料閲覧室) をご参照のうえ、お申込みください。


「第58回オープンレクチャー かたちを見る、かたちを読む」開催

講演風景(逢坂裕紀子氏)
講演風景(川島公之氏)

 令和6(2024)年11月1日、2日の2日間にわたって、東京文化財研究所セミナー室で「第58回オープンレクチャー かたちを見る、かたちを読む」を開催しました。文化財情報資料部では、毎年秋に「オープンレクチャー」を企画し、広く一般から聴衆を募って、研究者の研究成果を発表しています。
 今回は、1日目に、「データベースにおける検索とキーワードの関係について」(文化財情報資料部 主任研究員・小山田智寛)と「AI時代におけるデジタルアーカイブ -文化の保存・継承・活用に向けて」(国際大学 GLOCOM研究員・逢坂裕紀子氏)の講演がおこなわれ、文化財デジタルアーカイブにおける将来的な可能性が示されました。
 また、2日目には、「韓国陶磁鑑賞史 -韓国におけるコレクションの形成」(文化財情報資料部 研究員・田代裕一朗)と「中国陶磁鑑賞史 -近代のわが国における中国陶磁鑑賞の受容と変遷」((株)繭山龍泉堂代表取締役、東京美術商協同組合理事長・川島公之氏)の講演がおこなわれ、韓国陶磁や中国陶磁に対する価値観の移り変わりが紹介されました。
 両日合わせて一般から138名の参加者があり、聴衆へのアンケートの結果、回答者のおよそ9割から「たいへん満足した」、「おおむね満足だった」との回答を得ることができました。


写真展「生きている遺産としてのスーダンの嗜み―混迷の時代を超えて―」の開催(たばこと塩の博物館)

ギャラリートークの様子(10月26日)
関連シンポジウムの様子(11月10日)

 写真展「生きている遺産としてのスーダンの嗜み―混迷の時代を超えて―」が、10月5日~11月17日までの会期で、たばこと塩の博物館(東京都墨田区)で開催されました。
 この展覧会は、たばこと塩の博物館と科学研究費事業「ポストコンフリクト国における文化多様性と平和構築実現のための文化遺産研究」(代表:無形文化遺産部長・石村智)の共催で実施され、東京文化財研究所の後援、駐日スーダン共和国大使館の協力を得ました。
 この展覧会では、日本国際ボランティアセンター(JVC)スーダン事務所の今中航氏、京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科(ASAFAS)の金森謙輔氏、ジャーナリストで8bitNews代表の堀潤氏、スーダン科学技術大学教授のモハメド・アダムス・スライマン氏から提供された写真のほか、大英博物館、東京国立博物館、駐日スーダン共和国大使館のコレクションからの写真を含む12点の写真が展示されました。中でも、モハメド・アダムス・スライマン氏から提供された写真は、武力紛争の只中にあるスーダンの日常生活を捉えた貴重なものであり、写真を提供してくださったスライマン氏に心より感謝申し上げます。
 10月26日にはギャラリートークを開催し、石村智による展示解説と、ブループリント(注1)制作者の熊谷健太郎氏による、ブループリントの原材料として欠かせないアラビアゴムとスーダンの関係についてのトークが行われました。
 11月10日には関連シンポジウムを開催しました。前半はパネルディスカッションで、青木善氏(たばこと塩の博物館)、金森謙輔氏、堀潤氏、関広尚世氏(京都市埋蔵文化財研究所)、清水信宏氏(北海学園大学)が報告を行った他、今中航氏と坂根宏治氏(日本国際平和構築協会、元JICAスーダン事務所所長)がオンラインで報告を行いました。またアリ・モハメド・アハメド・オスマン・モハメド氏(駐日スーダン共和国大使館臨時代理大使)からはビデオメッセージを寄せていただきました。なお全体の司会は石村智が務めました。さらにパネルディスカッションの最後には、日本在住のスーダン人青年がコメントを寄せました。
 後半には、REIKAスダニーズ・ダンスグループ(Reika、Miyuki、Yoko、Reiko、Miho、Akiko、Yoko)によるパフォーマンスが行われました。最後の曲では、観客も一緒になってスーダンのダンスを踊りました。シンポジウムには80名が参加し、大盛況でした。
 会期中、博物館のミュージアムショップでは、このシンポジウムのパネリストたちが執筆した書籍『スーダンの未来を想う―革命と政変と軍事衝突の目撃者たち―』(関広尚世・石村智編著、明石書店、2024年)の販売も行われました。
 最後に、この展示にご協力いただいたジュリー・アンダーソン氏(大英博物館)、モハメッド・ナズレルデイン氏(テュービンゲン大学)、アリ・モハメド・アハメド・オスマン・モハメド氏(駐日スーダン共和国大使館臨時代理大使)に感謝申し上げます。

(注1)ブループリント(シアノタイプ)とは、青色の発色を特徴とする19世紀に発明された写真方式。機械図面や建築図面の複写(青写真)によく用いられた。現在では実用としてはほとんど用いられないが、その独特の表現から美術作品として用いられる。


韓国文化財保存科学会第60回秋季学術大会への参加

学会開会式
研究発表の様子

 令和6(2024)年11月8~9日に、韓国・全州市 全北大学国際コンベンションセンターにて開催された、韓国文化財保存科学会第60回秋季学術大会に参加しました。

 今年の大会では、特別セッション「気候変動に対する文化遺産の防災と予防保存」にて日韓共同して発表が行われました。特別セッションでは日本から国立文化財機構文化財防災センター長の高妻洋成氏、三の丸尚蔵館の建石徹氏、そして東京文化財研究所保存科学研究センター研究員・芳賀文絵が発表を行いました。また、ポスターセッションで保存科学研究センター研究員・千葉毅が日本における航空資料の保存について、韓国の指定文化財との比較を挙げながら日本の制度上の課題について報告しました。

 今回の特別セッションでは、災害発生時に国、行政として文化財の救出にどのように対応していくのかが議論された後、個別の地域において実際の気温上昇に応じて、例えばシロアリの種による被害状況の変化の報告等が行われました。日本からは東日本大震災で被災した資料の保存をはじめ、資料が被災したことに起因する文化財からの揮発成分の調査、そして資料への影響について報告しました。

 災害への対応は、その被害を予測し予防するだけでなく、より多様な対処方法等について情報を共有し、知見を広く持つことにより、柔軟な対応が可能となり、いわゆる災害に対してレジリエンス(回復力、復元力、弾力性)の高い体制を持つことができると考えられます。今後も日韓共同した交流を継続することで、より良い文化財保存のための動きがとれるよう協力していきたいと思います。


イコモス2024年次総会/学術シンポジウムへの参加

主要な参加者が登壇した学術シンポジウムのオープニングセレモニー
会場となったオウロプレト歴史都市の風景(1980年ユネスコ世界遺産登録)

 令和6(2024)年11月13日~15日にかけて、ブラジル・オウロプレトで開催されたイコモスの2024年次総会/学術シンポジウムに参加しました。イコモス(ICOMOS = International Council on Monuments and Sites)とは、昭和39(1964)年に採択された「歴史的な建造物および場所の保存と修復のための国際憲章(べニス憲章)」のもとに昭和40(1965)年に設立された専門家や学識者等で組織される文化遺産保護の第三者機関(NGO)です。現在では全世界で10,000名以上の会員を擁しており、その活動は、ユネスコの諮問機関として世界文化遺産の価値評価等の審査を行うことでもよく知られています。
 今年の学術シンポジウムは、ベニス憲章採択60周年の節目を捉え、「ベニス憲章の再検討:批判的な見地と今日的課題への挑戦(Revisiting the Venice Charter: Critical Perspectives and Contemporary Challenges)」がテーマに掲げられ、4本の基調講演と4回のラウンドテーブルを中心に、国際的な遺産保護の現状や将来展望について活発な議論が展開されました。その中では、気候変動や人口移動、地域間不平等などの様々な社会問題が関係するようになっている21世紀の遺産保護の潮流にあって、ベニス憲章は国際規範としての役割を十分に果たせなくなっているとの意見が主流を占める結果となり、最後に、ベニス憲章にかわる新しい国際憲章の起草を強く勧告する「オウロプレト文書(Ouro Preto Document)」が採択され、会議は幕を閉じました。
 東京文化財研究所では、今後もこうした国際会議への積極的な参加を通じて、文化遺産保護に関する国際情報の収集と蓄積に努めていきます。


聖ミカエル教会(ケシュリク修道院)での保存修復共同研究

保存修復に関する実地研究の様子
国際シンポジウムでの発表

 文化遺産国際協力センターでは、トルコ共和国のカッパドキアに位置する聖ミカエル教会(ケシュリク修道院内)を対象に、現地専門機関や大学と協力しながら内壁に描かれた壁画の保存修復に関する共同研究事業を進めています。今年の6月には、安全に研究活動を行うための環境整備について現地関係者と協議し、足場の設置や水道の整備など、多方面でご協力いただけることとなりました。(聖ミカエル教会(ケシュリク修道院)保存修復共同研究に係る協議::https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/2087011.html

 令和6(2024)年10月25日~11月9日にかけて現地を訪問し、ネヴシェヒル保存修復研究センターと共同で、剥離した漆喰層の補強や、壁画表面に付着した煤汚れの除去方法など、保存修復に関する実地研究を行いました。いずれについても有効的な方法を見出すことができ、その結果、これをもとにした保存修復計画を立案するに至りました。また、11月6日には、カッパドキア大学で開催された当該事業に係る国際シンポジウムに参加し、事業目的や進捗状況について報告しました。
 この共同研究は、東京文化財研究所が中心となり、トルコの専門機関や大学に加え、欧州の専門家も参加する国際的なプロジェクトに成長しています。学術的な調査にとどまらず、文化財の保存や活用に携わる多くの人々に役立つような活動を目指していきます。


世界遺産研究協議会「世界遺産の柔らかい輪郭」の開催

案内チラシ(表面)
研究協議会風景

 文化遺産国際協力センターでは、平成28(2016)年度から世界遺産制度に関する国内向けの情報発信や意見交換を目的とした「世界遺産研究協議会」を開催しています。令和6(2024)年度は「世界遺産の柔らかい輪郭-バッファゾーンとワイダーセッティング-」と題し、資産の適切な保護を目的としてその外側に設定される周縁部に焦点を当てました。今回は、令和6(2024)年11月25日に東京文化財研究所で対面開催し、全国から地方公共団体の担当者ら84名が参加しました。
 冒頭、文化遺産国際協力センター国際情報研究室長・金井健からの開催趣旨説明に続き、鈴木地平氏(文化庁)が「世界遺産の最新動向」と題して、今年7月にニューデリーで開催された第46回世界遺産委員会における議論や決議等について報告を行いました。その後、松田陽氏(東京大学)が「世界遺産の周縁における遺産概念の広がり」、文化遺産国際協力センターアソシエイトフェロー・松浦一之介が「イタリアのバッファゾーンとワイダーセッティング-景観保護法制に基づく遺産価値の広がり-」と題した講演を、続いて佐藤嘉広氏(岩手大学)が「『平泉』のバッファゾーンとワイダーセッティング」、木戸雅寿氏(滋賀県)が「彦根城世界遺産登録としてのバッファゾーンとワイダーセッティング」、正田実知彦氏(福岡県)が「HIAにおけるワイダーセッティングの捉え方-宗像・沖ノ島の事例とWHSMFの講義から-」と題した事例報告を行いました。その後、登壇者全員が世界遺産の価値(OUV)のあり方、世界遺産の保護を支える日本国内の制度的課題、さらには世界遺産制度の将来像について意見交換を行いました。
 これらの講演、事例報告、意見交換をつうじて、近年導入されたワイダーセッティングは明確に定義することが難しいものの、有形・無形の二つの側面からアプローチが可能なことや保護と活用を両輪とする枠組みで捉えることが可能なことなどが浮き彫りになりました。また、このような資産周縁の管理そのものが現在の国内の法制度では非常に難しいという課題も再確認できました。こうしたテーマも含め、当研究所では引き続き文化遺産保護に関する国際的な制度研究に取り組んでいきたいと思います。


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