研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


4月施設見学

実演記録室で説明を受けるサウジアラビア人専門家の方々

サウジアラビア人専門家 6名
 日本を代表する各種機関を視察したいと来訪。無形文化遺産部長による業務内容の説明を受けました。


東京国立博物館との平安仏画共同研究

千手観音像のカラー高精細画像撮影

 文化財情報資料部では、東京国立博物館とともに、東博所蔵の平安仏画の共同調査を継続して行ってきました。毎年1作品ごとに東京文化財研究所の持つ高精細のデジタル画像技術で撮影し、細部の技法を知ることのできるデータを集積してきましたが、本年度より「仏教美術等の光学的調査による共同研究」として覚書を交わし、これまでのカラー高精細デジタル画像に加え、近赤外線画像、蛍光画像、顔料の蛍光X線分析、透過X線画像による多角的調査な光学手法を用いた共同研究をあらためて発足することになりました。これらデータからは、目視では気づかれることのなかった意外な技法を多角的に認識することができ、それらが平安仏画の高度な絵画的表現性といかに関連しているかを両機関の研究員が共同で探ってゆきます。2017年4月27日には、国宝・孔雀明王像と同・千手観音像の全画面のカラー分割撮影を行いました。得られた画像データは東京国立博物館の研究員と共有し、今後その美術史的意義について検討し、将来の公開に向けて準備を進めてまいります。


文化財情報資料部研究会の開催―「おいしい生活」第三次産業への転換期の日本の文化を考察する

日本万国博覧会(大阪、1970年)の会場風景

 「おいしい生活」は、1982年に西武百貨店が打ち出したキャンペーン広告のコピーです。物質的な豊かさを求める高度成長期が終わりを告げ、このコピーが謳うような個性的なライフスタイルを築こうとする時代に、アーティストはどのように呼応したのか――4月25日に行なわれた文化財情報資料部研究会での、山村みどり氏(日本学術振興会特別研究員)による発表「「おいしい生活」第三次産業への転換期の日本の文化を考察する」は、そんな1980年代の社会と文化の淵源を探ろうとする試みでした。
 山村氏によれば、80年代末から90年代にかけて登場したアーティストにとって、1970年に大阪で開催された日本万国博覧会は大きな影響を及ぼしたといいます。多くの日本人を熱狂させた万博には、当時の美術家もパビリオンの設計や展示に参画したものの、一方で情報産業や都市化を受け入れた姿勢に批判的だった現代美術家は、一般大衆との乖離を深めていくことにもなりました。しかしながら、より若い世代のアーティストはむしろ都市での日常的な生活感覚に寄り添った制作活動を展開していきます。70年代から80年代にかけて西武百貨店を中核とする流通系のセゾングループが、時代の先端を行く美術、音楽、演劇、映画を発信する文化戦略を打ち出した、いわゆる“セゾン文化”は、そうしたしなやかなアーティストの感性を育む役割を果たしたといえるでしょう。
 研究会には埼玉県立近代美術館の前山祐司氏も出席し、70年代~80年代の文化状況についてご発言いただきました。参加者の多くが同時代を体験していることもあり、専門の枠をこえて熱のこもった意見が交わされました。なお今回の発表内容は、REAKTION BOOKSから出版される『Japanese Contemporary Art After 1989』の第一章としてまとめられる予定です。


『無形文化遺産と防災―リスクマネジメントと復興サポート』の刊行

無形文化遺産と防災―リスクマネジメントと復興サポート

 2016年12月9日に開催された第11回無形民俗文化財研究協議会の報告書が3月末に刊行されました。本年のテーマは「無形文化遺産と防災―リスクマネジメントと復興サポート」です。近年多発する災害から無形文化遺産を守るためにどのような備えが有効なのか、また被災後にどのようなサポートができるのかについて、課題や取り組みを共有し、協議を行ないました。
 無形文化遺産は、たとえ災害がなくとも常に消滅の危機に晒されています。こうした防災への取り組みが、少子高齢化や過疎化、生活の現代化などによる日常的な消滅・衰退のリスクに備えることにも繋がるのではないかと期待されます。
 PDF版は無形文化遺産部のホームページからもダウンロードできますのでぜひご活用ください。


『選定保存技術資料集―A Guidebook for selected Conservation Techniques―』の刊行

 東京文化財研究所では平成26年度より選定保存技術に関する調査研究を進めてきました。そして平成28年度にはその成果として『選定保存技術資料集―A Guidebook for selected Conservation Techniques―』を刊行いたしました。
 選定保存技術とは、文化財を保存するために欠くことのできない伝統的な技術・技能のうち、保存の措置を講ずる必要があるとして国により選定されたもののことです。そこには、歴史的建造物を修理するための技術である「建造物修理」、仏像などの木彫像を修理するための技術である「木造彫刻修理」、重要無形文化財でありユネスコ無形文化遺産でもある「小千谷縮・越後上布」の原材料である苧麻を生産する技術である「からむし(苧麻)生産・苧引き」などが含まれます。
 こうした技術は広義の無形の文化遺産と言うことができますが、「重要無形文化財」や「重要無形民俗文化財」、あるいは「ユネスコ無形文化遺産」などに比べると、こうした技術は一般的にほとんど知られておらず、また多くの技術は、技術の継承などに課題を抱えています。また海外においても、こうした文化財を保存するための技術を国の制度で保護するという考え方は、まだまだ広く知られていません。
 そこで本書では、平成28年度現在、これまで選定保存技術に選定された技術についての概要を収録し、さらにその技術の保持者・保存団体の情報についても収録しました。さらに選定保存技術を国内外に広く知ってもらうために、日本語・英語の併記という形式をとりました。
 本書が国内外において、文化財の保存技術を守るために活用されることを願っています。なお本書は無形文化遺産部のウェブサイトにてPDF版公開を予定しています。


『日韓無形文化遺産研究Ⅱ』の刊行

 東京文化財研究所無形文化遺産部は2008年より大韓民国国立文化財研究所無形遺産研究室と研究交流をおこなっています。2013年に国立文化財研究所無形遺産研究室は国立無形遺産院へと組織改変されましたが、研究交流はそのまま継続され、2016年からは第3次研究交流が開始されました。本書は2011年から2015年までの第2次研究交流の成果をまとめた報告書で、以下の7編の研究論文が収録されています。

  • 「韓国の仏教儀礼に関する覚え書」(高桑いづみ)
  • 「日本における無形文化財芸能種目の伝承現状と伝授教育の実態―狂言と神楽を中心に―」(李明珍)
  • 「染織技術保護における原材料と用具」(菊池理予)
  • 「日本の無形文化財保護制度の実際と運用―今後の政策研究における成果導出のための研究課題模索を中心に―」(方劭蓮)
  • 「無形の民俗文化財としての「民俗技術」とその保護」(今石みぎわ)
  • 「日本の無形文化財における選定保存技術の研究―カラムシ生産技術の事例を中心に―」(李釵源)
  • 「小正月・テボルムをめぐるいくつかの問題―無形民俗文化財の指定に関わる問題提起として―」(久保田裕道)

 それぞれの論文は日本語・韓国語で併記され、日本・韓国の両国の読者がこの研究成果を共有できるようにしています。
 日本と韓国では、無形文化遺産の内容やその保護制度において多くの共通性がみとめられますが、その研究や保護へのアプローチには異なる面もみとめられます。両国それぞれの課題を互いに比較することで、それぞれ自国の文化遺産をさらに深く知ることができるようになると思います。本書が両国の無形文化遺産に関わる多くの人々に活用されることを願っています。なお本書は無形文化遺産部のウェブサイトにてPDF版公開を予定しています。


『琉球絵画 光学調査報告書』の刊行

『琉球絵画 光学調査報告書』表紙

 東京文化財研究所では、平成29年3月に『琉球絵画 光学調査報告書』を刊行しました。琉球絵画という呼称は美術史学の中で確立されたものではありませんが、琉球王朝時代に琉球の地で描かれた絵画のことを指しています。中国や日本の絵画の影響を大きく受けつつ、これらの絵画とは異なった枠組みが必要であるとの観点から付けられた呼称です。琉球絵画の多くは第二次世界大戦の戦禍により消失してしまい、十分な研究が行われることなく現在に至っています。
 東京文化財研究所では平成20年度以降、沖縄県内外に所在する琉球絵画作品の光学調査を実施してきました。本報告書では、沖縄県立博物館・美術館と沖縄美ら島財団所蔵作品の中から、11作品について高精細カラー画像と蛍光X線分析による彩色材料調査結果を掲載しました。琉球絵画に関する光学調査が実施されたのは初めてのことであり、その調査結果を公開することは、琉球絵画への理解を深めるうえで大いに役立つものであると考えています。本報告書が、琉球の絵画史のみならず、日本の絵画史・美術史等の研究に広く活用されることを願っています。本報告書は、全国の都道府県立図書館等で閲覧可能です。


エスファハーン(イラン)における木製文化財の虫害に関するワークショップ開催

ワークショップの様子
歴史的建造物の被害状況の調査

 イランの歴史的建造物の多くにおいて主要建材はレンガや土壁ですが、屋根裏や梁、窓枠などには木材も使用されています。昨年度に実施した事前調査では、エスファハーンを含むイラン中央部から南東部にかけて「シロアリ」の被害が多く、歴史的建造物を保存する上での大きな課題となっていることがわかりました。「シロアリ」は木材の害虫として有名で、日本でも過去には多くの被害が見られましたが、徐々に防除対策が確立されてきました。その知見を活かして、イランにおける歴史的建造物や木製文化財の適切な保存対策の検討に資するため、4月17日から19日にかけてエスファハーンにて「木製文化財の虫害に関するワークショップ」を開催しました。
 本ワークショップには日本側からは文化遺産国際協力センターの友田正彦、山田大樹、保存科学研究センターの小峰幸夫(以上、東文研)、および外部専門家として環境文化創造研究所の川越和四上席研究員が参加しました。イラン側からはエスファハーンのみならず、ヤズド、テヘラン、ギーラーンなどの各地から20余名の専門家が集まりました。1日目および3日目には双方から、両国の歴史的建造物の材質や構造、虫害事例やモニタリング調査に関する発表が行われました。また2日目には、具体的な対策等について議論するため、シロアリに加害されている歴史的建造物を参加者全員で訪れ、被害状況の調査や、環境に悪影響をおよぼさないIGR剤(Insect Growth Regulator:昆虫成長制御剤)の設置試験等を実施しました。
 本ワークショップ終了後、イラン文化遺産・手工芸・観光庁は、エスファハーンにシロアリ防除に関する研究室を新たに設置する検討を始めていると伺いました。今回のワークショップがイランの貴重な文化遺産の保存に少しでも貢献できたことと思います。


絵金屏風の返却を終えて

積込の様子

 平成22年に誤った薬剤によるガス燻蒸で変色し、当所を交えて関係各所で対応方針について協議し決定した方法に基づき、画面の安定化処置等を平成24年から進めてきた絵金屏風5点が、4月17日に絵金蔵(高知県香南市)に返還されました(当所搬出は4月14日)。作品の安全を第一に、画面の安定化処置として(1)屏風装の解体、本紙の薬剤除去のためのクリーニング、(2)絵具層の剥落止め、本紙補修、本紙裂けの手当て、裏打紙の取り替え、補修個所への補彩、(3)下地、襲木、裏貼唐紙、金物等の新調、二曲屏風への仕立て が行われたものです。各屏風は、ガスバリア袋、屏風袋、段ボール装の順に梱包され、美術品専用車で陸路、搬送されました。
 返還者の公益財団法人熊本市美術文化振興財団の立会いの下、5点の屏風が無事に収蔵庫に収められ、絵金蔵運営委員会、赤岡絵金屏風保存会、高知県および香南市の関係者の方々はお喜びの様子でした。あいにくの雨天でしたが、トラックが到着し作品を搬入する間は雨が止み、関係者のみなさまの気持ちが通じたかのような天候でした。今後は、絵金蔵における保存環境について助言をしていく予定です。


イタリア中部地震における壁画を有する被災建造物に関する調査

サン・クリストーフォロ教会被災状況(外壁)
サン・クリストーフォロ教会被災状況(内部壁画)

 平成28年(2016)8月24日にイタリア中部のペルージャ県ノルチャ付近を震源として発生したM6.2の地震により、周辺地域では甚大な人的・物的被害が出ました。また、ミャンマー中部においても同日にM6.8の地震が発生し、バガン遺跡群では数多くの仏塔寺院やその中に描かれた壁画に傷みが生じました。当研究所では、バガン遺跡群内にあるMae-taw-yat祠堂(No.1205)を対象に、煉瓦造建造物および壁画に適した保存修復方法の策定と人材育成を目標に据えた事業を実施してきました。しかし、地震による被害が発生したことを受けて対処すべき項目が新たに加わり、一部方針の変更を余儀なくされました。
 そこで、壁画やストゥッコ装飾を有する建造物を複合文化財として捉えた対処法及び保存修復理念に関する意見交換を目的に、平成29年(2017)4月20日から27日にかけてイタリアの被災地域を訪れました。復興活動に携わる現地専門家の話しでは、被害規模が大きかったことから作業は遅れているとのことでしたが、被災状況を把握するうえでの対応の仕方や、保存修復手順の組み立て方など、学ぶべきことの多い視察調査となりました。
 今回の調査は、主に聖書にまつわる宗教壁画を有する教会が中心でしたが、バガン遺跡では仏教壁画の描かれた寺院が対象となっています。制作された時期や目的、使われた技法は異なりますが、被災文化財救済活動を進めるうえでの理念は共通しています。今後も国際ネットワークを活用しながら、複合文化財に関する適切な復興事業のあり方について研究を進めていきます。


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