研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
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試作中の日本美術年鑑所載文献データベース
『日本美術年鑑』(以下、『年鑑』https://www.tobunken.go.jp/joho/
japanese/publication/nenkan/nenkan.html)は日本国内における一年間の美術界の動向を一冊にまとめたデータブックで、昭和11(1936)年に東京文化財研究所の前身である帝国美術院附属美術研究所で初めて刊行されて以来、現在も刊行が続けられています。2025年1月刊行の令和4年版からは、長らく『年鑑』を構成していた項目のうち「定期刊行物所載文献」を掲載せず、データベース上でのみ公開するという大幅なリニューアルを行いました。
令和7(2025)年6月5日に開催された文化財情報資料部研究会では、黒﨑夏央(当部アソシエイトフェロー)が「『日本美術年鑑』の現状と課題」と題して発表を行いました。この度の『年鑑』のリニューアルについて報告するとともに、今後の『年鑑』の課題についても検討しました。東京で入手できるメディアを情報源としている『年鑑』に掲載される展覧会情報は、おのずと関東地域に偏るという問題点があります。その打開策のひとつとして、他機関との連携による新たな情報収集を提案しました。発表後のディスカッションでは、当研究所で『年鑑』の刊行を続け、編年的な歴史記録を編んでいくことの意義や、他機関との連携に際して予想される問題点などについて意見が交わされました。
今後は、『年鑑』独自の項目である「展覧会図録所載文献」のさらなる充実を目指すとともに、美術界を記述・把握するためにこれまで培ってきた分類体系を反映したデータベースの構築と、所内で入力した「定期刊行物所載文献」の情報を即時に公開する仕組みの導入を考えています。長い歴史を歩んできた『年鑑』の刊行事業を継続するだけでなく、現代的な情報提供のあり方をふまえて、多くの方にとってより利用しやすい情報発信ができるよう努めてまいります。
6月11日(水)、韓国・国立文化遺産研究院から研究員の来訪がありました。
国立文化遺産研究院は、韓国の様々な文化遺産の研究調査をおこなう、国家遺産庁傘下の機関です。1969年に設置された「文化財管理局文化財研究室」にルーツをもつ同機関は、現在、2課6室1チーム(行政運営課、研究企画課、考古研究室、美術文化遺産研究室、建築文化遺産研究室、保存科学研究室、復元技術研究室、安全防災研究室、デジタル文化遺産研究情報チーム)体制で運営しており、さらに地方に7ヶ所の研究所(慶州、扶余、加耶、羅州、中原、ソウル、完州)と文化遺産保存科学センターを擁する機関です。
同研究院では、2023年よりアメリカのゲッティ研究所が運営管理する「ULAN」(Union List of Artsist Names: 芸術家の人名情報を提供するデータベース https://www.getty.edu/research/tools/vocabularies/ulan/)に韓国の美術家に関する情報を提供しています。一方、当研究所ではこれに先立ち、2016年よりゲッティ研究所と共同事業に取り組んでおり、「GRP」(Getty Research Portal: 世界各地に所蔵される美術関連図書のデジタルコレクション https://portal.getty.edu/)に所蔵図書のデジタルデータと書誌情報を提供してきた実績があり、そのような先行事例として今回の来訪に至りました。
キム・ウンヨン室長(美術文化遺産研究室)をはじめとする5名の研究員は、橘川英規(文化財情報資料部近現代視覚芸術室 室長)と田代裕一朗(文化財情報資料部文化財アーカイブズ研究室 研究員)による案内のもと、当研究所での取り組みについて説明を受けたのち、意見交換をおこないました。国は違えど、東アジアという文化圏のなかで共通項も多いそれぞれの美術文化について、どのようにしたら情報を効果的に欧米圏に発信できるのか、また今後お互いに協力できることはあるのか、活発に意見を交わすことができました。
当研究所は、ゲッティ研究所と共同事業をおこなっている日本国内唯一の機関です。そのようなプライオリティをもとに、さらに交流の輪を諸外国に広げていきながら、日本と海外を繋ぐ研究交流の「ハブ」としての役割も果たすことで、当研究所がより多角的に日本の学術に寄与できれば幸いです。
[GRPにおける当研究所所蔵資料のコンテンツ]
・博覧会・展覧会資料 Japanese Art Exhibition Catalogs(951件)
・明治期刊行美術全集 Complete series of Japanese Art of Meiji period (64件)
・印譜集 Compilation of Artist’s Seals(85件)
・美術家番付 Ranking List of Japanese Artist(61件)
・織田一磨文庫 Oda Kazuma Collection (135件)
・前田青邨文庫 Maeda Seison Collection(269件)
・貴重書 Rare Books (335件)
・版本 Japanese Wood Print Books(210件) 他
資料閲覧端末を案内するキム・ダルジン所長(キムダルジン美術研究所)
イ・グヨル寄贈資料の保存状況を案内するイム・ジョンウン研究員(Leeum美術館)
美術アーカイブの現況を説明するイ・ジヒ学芸研究士(国立現代美術館)
文化財情報資料部のプロジェクト「文化財に関する調査研究成果および研究情報の共有に関する総合的研究」(シ01)では、国内外諸機関と連携しながら、当研究所の文化財に関する調査研究の成果・データを国際的標準に見合うかたちに整え、効果的に共有していくための研究を行っています。
令和7年度は、ITそして文化面での取り組みが近年注目される韓国(大韓民国)における美術アーカイブの現況を調査するため、6月23日(月)から26日(木)まで、橘川英規(近現代視覚芸術室長)と田代裕一朗(文化財アーカイブズ研究室 研究員)の2名が韓国を訪問しました。
両名は、まず韓国における美術アーカイブの先駆けというべき「金達鎮美術研究所」を訪問し、キム・ダルジン所長、アン・ヒョレ主任と面会しました。同研究所は私設のアーカイブですが、笹木繁男寄贈資料の受入などを通して現代の美術作家資料を収集してきた当研究所との共通点が多く、資料の保存と活用に関して有益な意見交換を行うことができました。続いて韓国の代表的な私立美術館である「Leeum美術館」を訪問し、イム・ジョンウン研究員による案内のもと、資料閲覧室について伺うとともに、韓国を代表する現代美術評論家であった李亀烈(イ・グヨル、1932~2020)寄贈資料などオーラルヒストリーの実施と合わせて収集されたアーカイブ資料などを見学しました。さらに2023年にソウル市立美術館が新たにオープンした「ソウル市立美術アーカイブ」を訪問し、ユ・エドン学芸研究士、チョ・ウンソン記録研究士と面会し、韓国における最新の資料保存設備とそれにともなう管理システム、またAIを活用して構築された美術に関するシソーラス(美術知識の体系的語彙構造システム)を視察することができました。そして韓国を代表する近現代美術館である「国立現代美術館」を訪問し、イ・ジヒ学芸研究士による案内のもと同館のアーカイブを見学しました。国立現代美術館は、日本の「現代美術館」とは異なり、19世紀末以降のいわゆる近代美術もその範囲に含めている点が特徴です。果川館、徳寿宮館、ソウル館それぞれの施設を見学したのち、キム・インへ学芸室長と面会し、両館が有する資料の特性を踏まえた美術アーカイブの構築について意見交換をおこなうことができました。
韓国では2000年代以降、美術アーカイブの整備が急速に進んでいます。AIなど先進的なデジタル技術を活用した資料の保存と活用はもちろん、大学院等で記録・文書保存を専門的に学んだアーキビスト(archivist)が、各所でアーカイブの運営に携わっている点が注目されました。
今回の現況調査は、日本における美術アーカイブの未来を考えるうえで大きな収穫がありましたが、同時に当研究所のソフト・コンテンツを改めて認識する機会にもなりました。国立現代美術館では「超現実主義と韓国近代絵画」展(4月17日~7月6日、徳寿宮館)が開催されていましたが、展示を企画したパク・ヘソン学芸研究士は、昨年11月に当研究所で、戦前に日本で活動した韓国人学生などの資料調査をおこなった研究者でした。久々に再会を果たすとともに、同氏による案内のもと、調査成果が還元された展覧会を見学する貴重な機会を得ることができました。
当研究所が1930年以降蓄積してきた資料には、東アジアの近代を考えるうえで貴重な資料も多数含まれています。長年にわたる近代美術資料の集成や、近年進めているアーカイブズの公開を通じて、こうした資料の重要性に着目し、それを研究に活用しようとする動きが東アジアの研究者のあいだにも広がりつつあります。引き続き、諸機関と連携しながら、それらを効果的に発信することで国際的な認知を高めると同時に、広く研究者に活用してもらうことで東アジアの近代美術史研究に資することができれば幸いです。
床の隙間から侵入したシロアリの食痕の目視調査と生体の観察
食害のある漆扉部材の目視調査とサンプリング箇所の確認
彩漆蒔絵による装飾の目視調査
タイ・バンコクに所在するワット・ラーチャプラディットは1864年にラーマ4世王によって建立された王室第一級寺院です。寺院の拝殿の窓や出入口には、建立当初から多数の日本製の漆塗りの部材(以下、漆扉部材)がはめこまれています。漆扉部材は伏彩色螺鈿や彩漆蒔絵で花鳥や中国の故事などが描かれた装飾性の高いものですが、年月を経て傷みが生じているため、タイ文化省芸術局が修理を行い、当研究所は修理に対する技術協力や調査研究を行っています。
人々の祈りの場である拝殿の雰囲気を保つため、修理が終わった漆扉部材は元の位置に戻します。しかし、漆扉部材には虫損と思われる傷みも確認され、何の対策もせず部材を元の位置に戻しても同様の損傷が生じうることから、漆扉部材の現地保存のための調査研究を同寺からの受託研究として立ち上げ、令和7年(2025)6月9日~11日に現地調査を行いました。
現地では、拝殿の状況やシロアリ等の木材を食害する生物の有無の確認、虫損が見られる漆扉部材の目視調査を行いました。当初、部材の虫損が最近のものではなく、すでに収束している可能性も考えましたが、調査の結果、床のわずかな隙間から建物内にシロアリが侵入しており、食害を受けるおそれがあることがわかりました。今後、とりうる対策をタイ側に提案し、漆扉部材の現地保存に役立てていただく予定です。
また漆扉部材に関する調査も併せて行いました。漆扉部材に用いられた材料や技法については不明な点が存在するため、目視調査を実施し、採取した少量の脱落片については科学分析を予定しています。得られた結果を通じて、今後の漆扉部材の修理や復元の方針について提言していく予定です。
加工したスプーンで樹皮を剥ぐ
外皮を剥いで内皮を取り出す
福西氏と和紙漉く真剣な面持ちの子どもたち
福西氏の説明に聞き入るノリウツギ採取に関わる方々
文化財修復に用いられる宇陀紙を漉くためには、ノリウツギから得られる「ネリ」が欠かせません。初夏の強い日差しのもとでノリウツギの樹皮を剥ぎ取り、外皮を丁寧に手作業で削って内皮を取り出してくださっているのが北海道・標津町(しべつちょう)の方々です。また、野生株に頼らない栽培のために、ノリウツギの苗木づくりも始動しています。
令和7(2025)年6月24~27日、東京文化財研究所の研究員・アソシエイトフェローの4名(保存修復センター分析科学研究室長・西田典由、同センターアソシエイトフェロー・一宮八重、無形文化遺産部無形文化財研究室長・前原恵美、同部アソシエイトフェロー・小田原直也)が、標津町でのノリウツギの樹皮剥ぎ取り、外皮削りの工程を視察し、苗木作りの様子や関係者の談話と併せて記録撮影しました。また、標津町文化ホールで行われた小学生・一般を対象とした福西正行氏(国の選定保存技術「表具用手漉和紙(宇陀紙)製作」保持者)によるワークショップ等の普及事業にも参加、その様子も映像に収めました。これらの映像は、今後編集を経て、文化財の継承にかかる研究・教育・普及のために活用される見込みです。
令和5年(2023)11月2日、当研究所は標津町との間で文化財修復材料の連携・協力に関する協定書を締結しました。ノリウツギを安定的に確保するための取り組みや普及事業を記録・発信していくことも、こうした連携・協力に資することが期待されます。
ヨシの外径計測(栗田商事にて)
すでに3mを超すほど育っているヨシ
無形文化遺産部では、無形文化財を支える原材料調査の一環として、篳篥(ひちりき)の蘆舌(ろぜつ)に使用されるヨシの調査を行っています。このたび、篳篥(ひちりき)演奏家で蘆舌(ろぜつ)も製作される中村仁美氏に同行していただき、令和7(2025)年6月16日、渡良瀬遊水地のヨシ原で調査を実施しました。平成24 (2012)年7月にラムサール条約湿地に登録された渡良瀬遊水地は、全面積のうち2,500haが植生に覆われ、その約半分がヨシ原とのことですから、日本有数規模のヨシ原と言えます。
今回の調査では、まず栗田商事株式会社を訪問し、篳篥の蘆舌に適した太いヨシを選別し、試材として提供していただきました。今後、複数の蘆舌製作者に試作を依頼し、蘆舌としての渡良瀬のヨシの適性を検討する予定です。
渡良瀬遊水地では、近隣4市2町(栃木県栃木市・小山市・野木町、群馬県板倉町、茨城県古河市、埼玉県加須市)の行政、地元自治会代表、関連団体から成る渡良瀬遊水地保全・利活用協議会が組織されています。協議会はオブザーバーに国交省、環境省を迎え、環境学習のガイドブック作成等による啓蒙活動を行いながら渡良瀬遊水地の将来像を考えたり、イノシシによる獣害や治水について議論を重ねて要望書を提出したりしているとのことです。
また、ヨシ原を健全に保つためには毎年ヨシ焼きを実施する必要がありますが、渡良瀬では関連する4市2町と関係消防署、渡良瀬遊水地利用組合連合会、アクリメーション振興財団、利根川上流河川事務所でヨシ焼き連絡会を作り、ヨシ焼きを実施しています。
国産ヨシの需要は限定的でヨシ・オギの事業者が5軒にまで減少する中、事業者、行政、自治会、関連団体とのネットワークによって渡良瀬のヨシ原が保たれ、その理解促進のための試みが続いています。一部の雅楽演奏家に篳篥蘆舌に向いているとも言われる渡良瀬のヨシについて、引き続きその特性を探り、用途について検討していきたいと思います。
楮を育てるため、農業用マルチシートをかけて雑草対策を行っている様子
福西氏から楮原料(白皮)について説明を聞く
文化財や美術工芸品の保存修理に用いられる用具や原材料は多岐にわたりますが、その多くが担い手の後継者不足や原材料の入手困難といった課題に直面し、将来的な継続使用が危ぶまれています。こうした状況に対応するため、文化庁は令和2(2020)年度より「美術工芸品保存修理用具・原材料管理等支援事業」を開始しました。これを受け、東京文化財研究所では保存科学研究センター、文化財情報資料部、無形文化遺産部が連携し、受託研究「美術工芸品修理のための用具・原材料と生産技術の保護・育成等促進事業」に取り組んでいます。本報告では、文化財修理に欠かせない和紙の原料である楮(こうぞ)の栽培地および、楮繊維を得る際の煮熟(しゃじゅく)工程に用いる木灰使用の現地調査について紹介します。
令和7(2025)年6月9日~10日に奈良県吉野町と五條市の楮畑4か所を訪問しました。芽掻き(次々とでてくる脇芽を取り除きます。残した梢に栄養を集中させるなどの効果があります)という作業や、下草刈りなど手間のかかる作業が丁寧に行われている様子や、栽培における工夫や課題についてお話を伺いました。こうした栽培管理を担う人々は年々減少しており、原材料の安定供給の観点からも重要な課題です。
内皮に赤褐色の筋が生じる原因の解明(繊維に色がつかないようにこの赤筋を取り除く必要があり、その結果、使用可能な原料が減少してしまいます)や、以前は見かけなかった虫への対策など課題はつきません。
また、和紙にチリや着色があると文化財修理には適しませんが、今回訪れた福西正行氏、上窪良二氏の紙漉き工房では、楮や木灰を厳選するだけでなく、異物を一つひとつ刃物で切り取る繊細な工程(チリ切り)が重ねられていました。木灰から得られるアルカリ性溶液は楮の繊維を抽出するうえで不可欠ですが、良質な繊維を得るための灰の調達も難しくなりつつあります。今後は、和紙原材料間の相互作用や、様々な品種から得た木灰の特性を科学的に解明し、具体的な課題解決に向けた分析等を進めていきます。あわせて、専門家や関連分野の知見をつなぐネットワークのハブとしての機能を強化し、製作技術や工程の記録にも引き続き取り組んでいきます。
「明治大正美術史編纂事業資料」のうち「菱田春草傳 傳記篇其一」 美術研究所の研究員だった小高根太郎氏が、1938年に日本画家菱田春草の評伝をまとめたもの。その成果は1940年に『美術研究資料』の第9輯として公にされています。
当研究所のウェブサイト「アーカイブズ資料」では5月1日に「明治大正美術史編纂事業資料」の情報を公開しました。
https://www.tobunken.go.jp/joho/
japanese/library/pdf/
archives_TOBUNKEN_MEIJITAISHO02.pdf
明治大正美術史編纂事業とは、戦前、当研究所の前身である美術研究所で行なわれていた、明治・大正時代の美術に関する資料収集、および作家の評伝作成を主とする編纂事業です。東京府美術館(現在の東京都美術館)で朝日新聞社の主催により1927(昭和2)年に開催された「明治大正名作展覧会」の反響が大きかったことを受け、明治大正美術史編纂委員会が設置、朝日新聞社から寄附された同展覧会での利益をもとに1932年に美術研究所にて編纂事業がスタートしました。今日、当研究所が所蔵する明治・大正期の美術書や美術雑誌は、その多くがこの事業によって収集されたものです。
今回、リストが公開となった資料群は、明治大正美術史編纂事業にたずさわった研究員が執筆した作家の評伝、あるいは原資料の書写といった手稿の類です。「高橋由一油繪史料」(東京藝術大学蔵)のような、すでに公刊されたものもありますが、なかには現存が不明の資料を書写したものも含まれ貴重です。閲覧にあたっては事前予約が必要ですが、
https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/special_collection/index.html
美術研究所時代の日本近代美術研究の息吹を伝える当資料をご活用いただければ幸いです。
資料閲覧室の光学調査画像閲覧専用端末
全6巻の画像一覧
詞書部分の拡大画面
令和元(2019)年にドイツのライプツィヒで発見された住吉廣行筆「酒呑童子絵巻」(以下ライプツィヒ本)について、国内外の研究者と協働して研究を進めています。2025年5月22日よりライプツィヒ本全6巻の全貌を概観できるデジタルコンテンツとして東京文化財研究所資料閲覧室にて公開開始しました。絵巻物は横に長く展開する絵画形式で、紙の本に印刷する場合、全体を見せようと思うと画面は小さくなってしまい、細部を詳細に観察することは困難です。デジタルコンテンツでは各段を自由にスクロール・拡大・縮小して見ることができ、詞書部分には翻刻したテキストを併せて表示しています。ライプツィヒ本の第1巻と第6巻は6月15日までサントリー美術館にて開催されていた「酒呑童子ビギンズ展」で初の里帰りを果たし一般公開され、展覧会は好評のうちに閉幕しました。このデジタルコンテンツでは出陳されなかった第2〜5巻の全ての各場面をご覧いただけます。ご利用の際は資料閲覧室の利用案内をご覧ください。
https://www.tobunken.go.jp/joho/
japanese/library/library.html
研究会の風景
文化財情報資料部では、海外の優れた研究者を招聘し、研究会を開催しています。今年度は、米国メトロポリタン美術館よりティム・T・ザン氏をお招きし、5月21日に「没倫紹等(墨斎)筆《葡萄図》について」と題する研究会を開催しました。
没倫紹等(〜1492)は、一休宗純(1394〜1481)の弟子であり、師の教えに深く帰依し、その没後は教えの伝承に尽力しました。「墨斎」とも号した没倫にとって「筆」は、一休の思想を継承・表現し、その没後の会下を維持するための重要な手段のひとつであり、一休にまつわる墨蹟や頂相の画賛、詩画軸などを遺しています。《葡萄図》(メトロポリタン美術館所蔵)もその一例といえます。
ザン氏は、メトロポリタン美術館本と東京国立博物館所蔵の《葡萄図》とを比較し、それぞれの表現の差異や背景を丁寧に検討しました。さらに、メトロポリタン美術館本に添えられた五言絶句に現れる「驪珠(黒い龍の顎下にあるとされる珠)」という語が葡萄の比喩であり、この賛文においてそれが、没倫にとって頓悟によって得られた智慧の象徴であったと解釈しました。また、没倫がその葡萄に自らの指で触れ、指紋を付すという行為については、悟りを得たことを示すとともに、書画における「酔墨」の伝統に基づく描法と読み解きました。このような描法は、賛文のなかで没倫が強調した「酔」という表現と対応しており、一休から受け継いだ禅風を称える意図が込められていると論じました。
ザン氏の発表は、《葡萄図》における詩的象徴と視覚的表現、さらには身体的痕跡をともなう制作技法とのあいだにある緊張関係を巧みに捉えたものでした。没倫が遺した痕跡を通じて、仏教的智慧の継承や師・一休への深い敬意が、「三絶」、すなわち絵画・書・詩という複合的な表現においていかに結実しているかを明らかにし、研究会参加者に深い印象を与えました。本研究会は、東アジアにおける禅僧美術への国際的研究視野を広げる貴重な機会となり、今後の共同研究や資料研究にも新たな視座をもたらすものとなりました。
今後も引き続き、海外の優れた研究者を積極的に招聘し、国際的な学術交流の場を充実させてまいります。
林家正雀師の実演の様子(「水門前」より)
林家正雀師と宮信明氏の対談の様子
令和7(2025)年5月23日、東京文化財研究所地下セミナー室で研究会「東京文化財研究所における実演記録事業(落語)―林家正雀師の正本芝居噺―」を開催しました。
無形文化遺産部では、古典芸能を中心とする無形文化財のうち、一般に披露される機会の少ないジャンル、演目を選んで実演記録事業を実施しています。この事業の一環として2013 年より実施してきた林家正雀師の正本芝居噺の実演記録が、このたび60演目に及ぶのを機に、当研究会で芝居噺の実演記録を総括することになりました。
当日は、無形文化遺産部無形文化財研究室長・前原恵美による開会のあいさつ・趣旨説明ののち、無形文化遺産部客員研究員・飯島満氏による発表 「東京文化財研究所における正本芝居噺の実演記録事業」、京都芸術大学准教授・宮信明氏による発表「正本芝居噺の世界」をお聞きいただきました。
続けて、林家正雀師による「将門」(素噺)と『真景累ヶ淵』より「水門前」(道具入り)の実演記録の撮影を、参加者の見守る中で実施しました。
また、林家正雀師と宮信明氏による対談では、正雀師が芝居噺に惹かれ、習得されるに至ったエピソードや、芝居噺の今後についての思いを語っていただき、最後は無形文化遺産部部長・石村智の閉会のあいさつで締め括りました。
正雀師氏による実演記録(落語 正本芝居噺)の公開可能な記録映像は、近日中に当研究所資料閲覧室で視聴可能となる見込みです(視聴開始の際には当研究所ウェブサイトでお知らせします)。
今後も無形文化遺産部では、披露の機会が稀少な古典芸能等の記録を継続し、可能なものについては適切な方法で公開して、無形文化財の継承に資するべく努めてまいります。
会場の様子
研究発表の様子 ポスターセッション
研究発表の様子 オーラルセッション
令和7(2025)年5月6日~9日、イタリア・ペルージャで開催された「TECHNART 2025」に、保存科学研究センターから保存環境研究室室長・秋山純子、分析科学研究室アソシエイトフェロー・紀芝蓮、研究補佐員・寺島海の3名が参加しました。
TECHNARTは文化遺産に対する科学的アプローチを主題とする国際学会で、今回の会期では、蛍光X線マッピング分析(MA-XRF)や粉末X線回折マッピング分析(MA-XRPD)、ハイパースペクトルイメージング(RIS)などの非接触・面的分析の応用例に加え、機械学習を用いた画像解析、環境に配慮した修復材料の開発など、最新の研究動向が紹介されました(TECHNART2025プログラムprogram.pdfを参照)。
紀はポスターセッションにて、香川県指定有形文化財『高松松平家所蔵博物図譜』に用いられた緑色色材を対象に、ハイパースペクトルカメラによる反射スペクトルと主成分分析(PCA)を用いた材料分類・推定を試みた研究成果を発表しました。大量の分光データに統計的手法を組み合わせた本手法は、絵画材料や技法の理解に有用であることを示しました。発表を通じて得られた議論や意見交換においても、色材データベースの整備や多次元データ解析の高度化が国際的な共通課題であることも改めて確認されました。
寺島はオーラルセッションにて、江戸期の絵画に対して実施した二次元的な分光分析の事例を発表しました。発表では、欧米で油彩画などに用いられたスマルト(コバルトガラスを砕いた青色顔料)が日本絵画でも使用されていたこと、その用法や彩色効果について新たな知見を報告しました。今回の学会では、アメリカやポルトガルからもスマルトに着目した発表があり、国際的関心の高さがうかがえるとともに、多面的な議論を通じて理解を深める有意義な機会となりました。
なお、海外の研究チームには保存科学や文化財科学の専門家のみならず、分析装置のハードウェアやソフトウェアの開発者なども参画して学際的なアプローチが取られています。日本でも分野横断型の研究が進展しており、今後はこうした発表の場をさらに充実させることが研究の深化に繋がると感じました。本学会参加を通じて得た知見を、今後の研究活動の一層の充実に活かしてまいります。
採取場でのフノリ生育の様子
上対馬漁協との協議
保存科学研究センターでは、文化庁から「美術工芸品に用いられる用具・原材料の調査」研究委託を受け、文化財情報資料部・無形文化遺産部とともに事業を遂行しています。令和7(2025)年5月13日-14日にフノリと呼ばれる材料の調査のため、長崎県対馬市を訪れました。
フノリは紅藻類フノリ科フノリ属をまとめた呼び名でマフノリとフクロフノリが主に活用されています。フノリを脱色し天日干しして板のような状態にしたものを板(いた)布(ふ)海苔(のり)といいます。板布海苔の状態・あるいは海藻の状態のまま煮溶かして作った糊は、美術工芸品の製作(織物・漆喰・筆など)や文化財修復の現場で多く使われます。特に文化財修復では、洗い流せば水に溶けてきれいに取り除けるというフノリの特性が大変重宝され、作品の表面保護の「表打ち」に用いられています。表面の汚れも同時に取り除く効果があるため、文化財修復においてなくてはならない材料のひとつです。
しかしその一方で人材不足や環境変化による収穫量の減少により、フノリを入手するのが難しくなってきています。
糊として使われるフノリのほとんどは対馬や五島列島で採取されています。この度の調査では、文化庁の岡村一幸氏と、板布海苔製造の貴重な担い手となっている株式会社大脇満蔵商店の大脇豊弘氏とともに、長崎漁業協同組合連合会の担当者同行の上で漁業協同組合のある上対馬町と美津島町を訪問しました。フノリの用途とその重要性について漁民の方へ東文研からお話しし、長崎県対馬振興局農林水産部対馬水産業普及指導センターの才津真子氏からは安定供給のための手法のご紹介をして頂きました。これらを元に検討協議も行いましたが、長崎県からご教示のあった増殖の取り組みに非常に関心をもって下さり、大変貴重な話し合いの場となりました。その後、採取場の視察も行い、生育状況の調査も行いました。
用具・原材料の調達が困難になっている今、様々な分野の機関が連携・協力しながら進めていくことの重要性を改めて認識する貴重な機会となりました。
キルティプルの歴史的民家のファサード構成要素の調査
ネパール・キルティプル市の旧市街は、「キルティプルの中世集落」として世界遺産暫定リストに記載されています。しかし、急速な都市化や2015年のゴルカ地震後の被害などを受けて、その街並みは大きな変化に晒され続けています。特に、旧市街内に残る個人所有の歴史的民家は地震後も年々数を減らしており、その全容は明らかではありません。
東京文化財研究所とキルティプル市は、歴史的民家保存のためのパイロットケーススタディ(https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/2385246.html)と並行して、旧市街内に残る歴史的民家のインベントリー作成に向けた悉皆的調査を行っています。2025年5月23日~31日に行った職員1名の派遣では、キルティプル市職員および現地専門家と共に、歴史的民家のインベントリー作成に向けた調査を継続しました。前回、2024年7月に行った現地調査では、137件の民家をインベントリー掲載の候補物件として抽出しましたが、今回の補足調査により、その数は全164件となりました。また、これらの民家の保護の優先度やその基準を議論するための材料として、全ての候補物件を対象にファサードの構成要素に関する調査も行いました。これらの調査から、キルティプルの旧市街を構成する歴史的民家の特徴や、街並みに重ねられた時代の層が徐々にみえてきました。
今後、調査で収集した歴史的民家の構成要素を分析し、キルティプル市の歴史的民家を特徴づける外観基準について現地専門家らと議論していく予定です。本共同調査によるインベントリーが、市内に残る歴史的民家の記録としてだけでなく、その保存に向けた法的支援の枠組みを整備するための基礎資料となることを期待しています。
ヒシャーム・エルレイシー博士
ミロスラフ・バールタ博士
東京文化財研究所では、2025年5月10日(土)に、「考古学と国際貢献:エジプト考古学と国際協力の軌跡(Archaeology and International Cooperation in Egypt)」と題したシンポジウムを開催しました。2021年以降、毎年テーマとする地域を変えて継続しているこの連続シンポジウムでは、文化遺産の考古学的な調査研究の成果報告を中心に、史跡整備や人材育成といった国際協力事業についても情報を共有し、文化遺産保護の推進を目的としています。今回はエジプトを取り上げ、当事国であるエジプトと調査研究を主導する国の一つであるチェコ共和国からそれぞれ招聘した研究者による基調講演と、日本人研究者による国際協力の各現場からの報告の2部構成で行いました。
はじめに、日本のエジプト考古学の先駆者である東日本国際大学総長の吉村作治先生よりご挨拶をいただきました。
第1部では、まずエジプト観光考古省・考古最高評議会のヒシャーム・エルレイシー博士より、”Recent and Ongoing International Joint Projects for the Egyptian antiquities.”というタイトルで、ヌビア遺跡救済キャンペーンのアーカイブ紹介と、フランス・韓国・ドイツとの共同による遺跡整備事業、そして近年の発掘調査成果についてご講演いただきました。続いて、チェコ共和国カレル大学チェコ・エジプト学研究所のミロスラフ・バールタ博士からは、”Cooperation on the pyramid fields: Abusir and Saqqara”と題して、これまでのチェコ隊によるアブシール遺跡の発掘調査の歴史や、19世紀末にフランス人考古局長が発掘を実施したものの断片的な報告しかなされていない北サッカラの通称Mariette Cemeteryの再発掘プロジェクトについてご報告いただきました。
第2部では、エジプトにおいて発掘調査や保存修復、人材育成を行っている日本の8つのプロジェクト:クフ王第2の船保存修復・復元プロジェクト(黒河内宏昌・山田綾乃)、イドゥートのマスタバ墓壁画保存修復(吹田真里子)、北サッカラ遺跡発掘調査(河合望)、ルクソール西岸アル=コーカ地区発掘調査(近藤二郎)、アメンヘテプ3世王墓壁画保存修復(西坂朗子)、GEM-CC (Conservation Center), GEM-JC (Joint Conservation) プロジェクト(谷口陽子)、アコリス遺跡発掘調査(花坂哲)、コーム・アル=ディバーゥ遺跡発掘調査(長谷川奏)について、それぞれの取り組みと成果が発表されました。
本シンポジウムには多数の研究者や大学院生も参加し、考古学的知見の深化と国際的連携の重要性を改めて確認するとともに、文化遺産保護における学術的貢献の新たな展望を期待させる貴重な機会となりました。
また調査隊や大学の別を超えて活動の軌跡を紹介できたことは意義深く、招聘した海外専門家からも日本の研究者による成果を俯瞰する好機であったとの評価を得ました。
ハンブルク工芸美術館にて調査風景
日本でつくられた美術作品等は欧米を中心に海外の多くの機関にも所蔵されていますが、海外ではそれらの保存修復に精通した専門家はごく限られるため、作品の劣化や損傷が進んでいても適切な時期に適切な手法で修復を行うことが困難な場合があります。その結果、展示や活用ができなくなるだけでなく、損傷がさらに進行してしまうおそれもあります。
こうした状況に鑑み、本事業では、海外の博物館・美術館・図書館が所蔵する日本古美術品のうち保存修復を要する作品を対象に、保存修復の支援を行っています。
2025年5月26日から29日にかけて、ドイツのハンブルク工芸美術館(Museum für Kunst und Gewerbe Hamburg)が所蔵する池田孤村筆《月に秋草図屏風》(二曲一隻)について、詳細な現状調査を実施しました。同館では、本作品の状態を危ぶんでおり、近年は展示されていない状況にあります。今回の調査では、絵具の剥離・剥落、下貼りや裏打ち紙の脆弱化などの損傷や劣化が認められ、早急に修復が必要であることを確認しました。さらに、過去に行われた解体修復によって、唐紙や縁木の位置と向きがオリジナルと異なっていることが判明しました。
一方、昨年度は、バウアー財団東洋美術館(スイス)、リートベルク美術館(スイス)、ポズナン国立博物館(ポーランド)の各館において、作品調査および現地での保存修復に関する助言を実施しました。これらの調査の結果を受け、目下、リートベルク美術館所蔵《御幸図屏風》(八曲一隻)の修復を日本国内で開始するための準備作業を進めています。
南部シェムガン県での民家調査の様子
北西部ガサの石造民家
東京文化財研究所では、平成24(2012)年以来、ブータン内務省文化・国語振興局(DCDD)と協働して、同国の伝統的民家建築に関する調査研究を継続しています。同局では、従来は法的保護の枠外に置かれてきた伝統的民家を文化遺産として位置づけ、適切な保存と活用を図るための施策を進めており、当研究所はこれを研究・技術面から支援しています。5月13日~23日にかけて行った現地派遣では、当研究所職員2名と外部専門家1名が渡航し、DCDD職員2名と共に、主にブータン中部・南部・北西部地域の民家を踏査しました。
DCDD側が事前に収集した所在情報等を基に、南部シェムガン県では、石造民家3棟、版築造民家1棟および竹や木を使った木造軸組構造の民家1棟を調査し、中部トンサ県では、版築造民家3棟、石造民家6棟を、北西部ガサ県では石造民家2棟を調査しました。このうち、旧家とされる上層民家の中には、非常に分厚い堅牢な石積壁をもつものも確認されました。
ブータンの伝統的民家は、首都ティンプーが位置する西部地域では版築造、東部や標高の高い北部では石造が支配的で、東西の境界は中部ブムタン県付近にあることがこれまでの調査で明らかになっています。今回の調査では、南部および北西部における石造民家の建築的特徴を確認し、西部主体の版築造との分布域の境界の一端を把握しました。こうした構法の違いは、地形や自然資源、あるいは材料調達や技術者の問題、各家の家格や社会的地位など、さまざまな条件によって規定されると考えられ、今後、ふたつの構法の所在範囲や併存のあり方を詳しく調査することで、民家の建築構法の変遷や伝播について更なる手がかりが得られることを期待しています。
本調査は、科学研究費助成金基盤研究(B)「ブータンにおける伝統的石造民家の建築的特徴の解明と文化遺産保護手法への応用」(研究代表者 友田正彦)により実施しました。
データベース間のリレーションシップ
東京文化財研究所は、令和4(2022)年度より文化庁が進める「文化財の匠プロジェクト」の一環である「美術工芸品修理のための用具・原材料と生産技術の保護・育成等促進事業」に携わっております。本事業で行っている文化財の修理記録データベースの公開については既にご報告している通りですが(https://www.tobunken.go.jp/
materials/katudo/2391276.html)、公開に引き続いて、令和7(2025)年4月17日に本データベースに関する研究会を行いました。
研究会では、データベース構築の実務にあたった小山田智寛(東京文化財研究所 主任研究員)、山永尚美(東京文化財研究所 アソシエイトフェロー)、田良島哲(東京文化財研究所 客員研究員)より、本データベースの作業フローや構成、典拠となる資料の現状や国指定文化財の修理記録の公文書としての位置づけ、そして今後の運用について報告いたしました。続けて行われたディスカッションでは、従来の博物館や美術館等の収蔵品のデータベースと修理記録の関係や情報を取集する範囲等、報告内容に関する質疑にとどまらず様々な問題提起が行われました。
文化財の修理という行為に対して、経年劣化や何らかの理由による損傷に対してやむを得ず行う行為という印象が持たれていることは否定できません。そのため、修理の仔細を伝える修理記録それ自体が表立って注目されることはありませんでした。しかしながら元来、文化財は適切な周期で修理しないと保存できないということや、過去の修理記録が未来の修理や文化財の保存のための大きな助けとなることは近年認識がひろがってきました。本データベースの公開をきっかけとして、文化財の修理記録についての議論や整理が進むことを期待いたします。
体験型イベントを視察するシェイク・ハリーファ文化古物局総裁
講演者
令和7年(2025)年4月に大阪・関西万博が開幕しました。中東のバーレーンも、万博にパビリオンを出展しています。これにあわせパビリオンの総責任者であるバーレーン文化古物局総裁シェイク・ハリーファ王子が来日されました。
東京文化財研究所は、長年、バーレーンにおいて文化遺産保護のための国際協力事業を行っています。シェイク・ハリーファ王子からの依頼もあり、この機会を生かして、より多くの方にバーレーンの文化遺産の魅力を知っていただくため、4月20日にバーレーン文化古物局と共催という形で、東京文化財研究所において講演会・体験型イベント「バーレーンの歴史と文化」を開催しました。
バーレーンや日本の専門家、古墳の伝道師まりこふんさんらが講演を行ったほか、来場者にはVRゴーグルを着用して遺跡の内部を探索していただくなど、各種のXRコンテンツを通じてバーレーンの歴史と文化を楽しんでいただきました。
「動植綵絵」デジタルコンテンツ
「春日権現験記絵」巻17・18報告書
「世界図」報告書
東京文化財研究所では先人が守り伝えてきた貴重な文化財について先端的な科学技術を用いて調査・記録を行い、その成果を一般に公開しています。このたび皇居三の丸尚蔵館収蔵作品・東京文化財研究所光学調査デジタルコンテンツとして伊藤若冲筆「動植綵絵」(全30幅)をウェブ公開しました。https://www.tobunken.go.jp/doshokusaie/このウェブサイトでは、宮内庁三の丸尚蔵館(当時)と東京文化財研究所が平成13~20年(2001〜2008)度に共同研究として実施した光学調査によって撮影された伊藤若冲筆「動植綵絵」の高精細写真、蛍光X線による彩色材料分析のデータ等を公開しています。また鎌倉時代の代表的な絵巻作品としてしられる「春日権現験記絵」(全20巻)については、平成29年(2017)年度から2巻ずつ収載した報告書を発行してまいりましたが、このたび10冊目の報告書を刊行し、シリーズ最終巻となりました。また「萬国絵図屏風」については、関連作品である「世界図・四都図屏風」(神戸市立博物館)、「チュニス戦闘図・世界地図屏風」(香雪美術館)、「泰西王侯騎馬図屏風」(サントリー美術館、神戸市立博物館)、「泰西王侯図」(長崎歴史文化博物館)などの画像も掲載した総合的な報告書として刊行しました。今後の研究に活用していただけたら幸いです。