研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
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ポスター発表の様子
掲示ポスター
東京文化財研究所は、令和4(2022)年度より文化庁が進める「文化財の匠プロジェクト」の一環である「美術工芸品修理のための用具・原材料と生産技術の保護・育成等促進事業」に携わっております。令和7(2025)年10月3日、一般社団法人国宝修理装潢師(そうこうし)連盟が主催する第 29 回定期研修会において、本事業の成果である「文化財(美術工芸品)の修理記録データベース」についてポスター発表を行いました。
国宝修理装潢師連盟は、絵画、書跡・典籍、歴史資料といった美術工芸品を中心とした文化財の保存修理を専門に行う技術者の集団であり、現在の加盟工房は10社、所属する登録技術者は約140名に及びます(令和7年時点)。同連盟は、国の選定保存技術である装潢修理技術の保存団体に認定されており、年に一度開催される定期研修会には、各地から多くの修理技術者や専門家が集います(令和7年度の参加者数は376名)。
当日は、朝賀浩・皇居三の丸尚蔵館特任研究員ならびに綿田稔・文化庁文化財第一課主任文化財調査官より、肖像画と水墨画の鑑賞と保存にまつわる講演が行われました。また、各加盟工房により修理事例の報告がなされる中、東京文化財研究所は「文化財(美術工芸品)の修理記録データベースについて―「美術工芸品修理のための用具・原材料と生産技術の保護・育成等促進事業」事業報告―」という表題にてポスターセッションに参加し(発表者:山永尚美・小山田智寛・田良島哲・江村知子(文化財情報資料部))、データベース構築にあたっての調査手順、データ構造、収録範囲、今後の展望と課題、またその利用方法について報告しました。
会場では、修理技術者、博物館関係者、美術工芸品の修理を学ぶ大学院生などから多くの質問や感想をお寄せいただき、あわせて様々な理由から近年継承が困難になりつつある修理記録についても情報を得ることができました。こうして得られた知見は本プロジェクトへと還元し、引き続き修理記録の資源化やデータベースの運用に活かしていきたいと考えています。
ジュゼッペ・トゥッチ・コレクションを顕彰する展示(ローマ・文明博物館)
イタリア下院附属歴史公文書館の調査室
アリナーリ写真財団の外観
文化財情報資料部では、日本に関する美術資料およびその背景となる歴史的資料の調査を行っています。令和7(2025)年10月にはイタリアを訪問し、ローマおよびフィレンツェにおいて関連資料の調査を実施しました。
ローマのEUR地区に設立された文明博物館(Museo delle Civiltà)にはかつてイタリア国立東洋美術館およびピゴリーニ国立先史民族博物館の所蔵であったコレクションが収蔵されています。同館の東洋美術部門(Arti e Culture Asiatiche)のピエルフランチェスコ・フェーディ博士と面会し、作品調査および所蔵資料の照会を行いました。基盤となるジュゼッペ・トゥッチのコレクションをはじめ、ラグーザ夫妻のコレクションを含むピゴリーニ・コレクションに関する有意義な情報交換を行うことができました。
そして、ローマのリオーネ・ピーニャ地区にあるイタリア下院附属歴史公文書館(Archivio Storico della Camera dei Deputati)を訪問し、同館ディレクターであるパオロ・マッサ氏と面会しました。面会では、ムッソリーニ政権期における日本との文化交流および美術外交に関する一次資料の所在を確認することができました。これらの資料は、日伊間の外交関係における美術行政の実態を示す貴重な記録であり、当時の文化政策を考察するうえで極めて重要な史料といえます。
同館は、サルデーニャ王国期の1848年に議会活動を支援する目的で創設され、1865年にモンテチトリオ宮殿へ移転後、百年以上にわたり議会の知的基盤として機能してきました。1988年に一般公開が開始され、2007年には上院図書館と連携する「議会図書館センター(Polo Bibliotecario Parlamentare)」が設立されています。
イタリア下院の文書遺産は、1848年から今日に至るまで下院によって作成・取得された原資料および議会政治に関わる私的文書群から構成されており、同館のウェブサイトでは、電子化された目録や写真資料、デジタル・アーカイブなどを閲覧することができますhttps://archivio.camera.it/。
フィレンツェでは、アリナーリ写真財団(Fondazione Alinari per la Photographia)を訪問し、同財団ディレクターであるクラウディア・バロンチーニ氏と面会しました。19世紀にイタリアで最初の写真館として創立されたフラテッリ・アリナーリ社の事業を継承し、写真の保全と写真文化の普及を使命とする同財団は、美術館の開館準備中であり、現在はウェブサイト上で所蔵資料を公開しています。東文研の所蔵する森岡柳蔵旧蔵資料はこのフラテッリ・アリナーリ社による写真が大多数を占めるほか、矢代幸雄によるイタリア美術の写真もまた、同社に所属した写真師との関係が知られています。面会においては、東文研の所蔵するこれらの資料について、また東文研の活動について説明し、情報交換を行いました。
[森岡柳蔵旧蔵資料]
https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/2056691.html
今回の訪問を通じて、イタリアにおけるアーカイブは、記録の保存のみならず、「記憶を守る聖域」として位置づけられていることを強く感じました。このような認識は、文化財を「共有知」として扱ううえで、欠くことのできないものであり、知の「共有」と「責任」のあり方を見つめ直す貴重な示唆を得るものとなりました。
川島氏による発表風景
山口氏による発表風景
質疑応答の風景(左:川島氏、右:山口氏)
東京文化財研究所が所蔵する重要な図書コレクションとして「売立目録」があります。売立目録とは個人や名家が所蔵する美術品を「売立会(入札会)」で売却するために作成・配布された冊子で、当研究所には明治時代後期から昭和時代までに発行された売立目録が計2,532冊所蔵されています。これは公的な機関としては日本最大のコレクションで、美術品の来歴調査などに日々活用されています。
この「売立会(入札会)」において、美術品は、世話人・札元による仲介のもと、独自の入札方式で競られました。これは高額を提示して競り上がっていくオークションとは異なり、日本的な商慣習に裏打ちされたものでした。しかし現在、売立目録自体は頻繁に参照されている一方で、その制度的背景や運営の実態については十分に理解されているとは言いがたく、「売立会(入札会)=オークション」と混同される例も少なくありません。日本の美術市場は、欧米とは異なる独自の取引形態のもと、発展・展開してきた点に特徴があります。研究者が美術市場のメカニズムを知り、資料に対する理解を深める機会として第7回文化財情報資料部研究会「美術市場のメカニズムを知る」を令和7(2025)年10月9日に開催しました。
研究会では、研究会の企画者である田代裕一朗(文化財情報資料部)による司会のもと、まず川島公之氏(東京美術商協同組合 理事長、繭山龍泉堂 代表取締役社長)が、「売立、交換会について」と題して日本型の美術市場について解説し、つづいて山口桂氏(クリスティーズジャパン 代表取締役社長)が「オークションについて」と題して欧米型の美術市場を紹介しました。両氏の発表を通じて、日本と欧米における美術市場の構造的な違いが浮かび上がり、また発表後には質疑応答の時間も設けられ、研究者にとって普段深く知る機会がない美術市場のメカニズムを両氏から直接学ぶ貴重な機会となりました。
美術史研究は、美術館・博物館の学芸員や大学教員といった職業的研究者の知見のみによって支えられているものではありません。文化財情報資料部研究会が、こうした多様な視点を取り込み、広く研究に資する知見を獲得する機会となれば幸いです。
(参考)
売立目録デジタルアーカイブに関して:https://www.tobunken.go.jp/japanese/uritate.html
専門端末の予約に関して:https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/application/application_uritate.html
筆づくりの様子
筆の里工房の見学
文化財の修復に欠かせない用具や原材料は多岐にわたりますが、後継者や原材料が不足し存続の危機にあります。文化庁は、そのような事態を改善するため、令和2(2022)年より「美術工芸品保存修理用具・原材料管理等支援事業」を開始しました。これを受け、保存科学研究センターは、文化財情報資料部・無形文化遺産部と連携して受託研究「美術工芸品修理のための用具・原材料と生産技術の保護・育成等促進事業」に取り組んでいます。
本報告では、令和7(2025)年10月21日に実施した、広島県熊野町の筆づくりの現地調査について紹介いたします。
筆は日本において伝統的に用いられる筆記道具の一つですが、美術工芸品の修復でも用いられます。特に漆工品の復元模写に用いられる蒔絵筆は製作できる技術者が少なく、存続が危ぶまれている用具の一つです。初音調度(徳川美術館所蔵)の復元模写事業では、当時の精密な技法を忠実に再現するため、使用する筆も当時と同じ良質のものが求められました。
今回の調査では、筆の里工房と株式会社白鳳堂の2カ所を訪問し、熊野の筆づくりの歴史と技術の概要を把握した上で、実際に筆づくりの現場の視察を行いました。いくつもの工程で丁寧に悪い毛が取り除かれる様子や、たくさんの種類の毛の中から特性を見極めて選定されるところなどを拝見し、使い手が求める理想の書き味にするため作り手がたゆまぬ努力をされてきたことを実感しました。
筆づくりの現場でも用具・原材料の調達については、例に漏れず困難を抱えています。最も重要な毛の調達だけではなく、筆の根元をくくるための苧糸(からむしいと)や、作業工程で必需品となる櫛、軸に用いられる良質な竹など、まだまだ解決していない問題が山積しています。これまで、白鳳堂副会長・髙本美佐子氏率いる作り手と室瀬智弥氏を中心とした使い手である目白漆芸研究所が直接連携をすることで、美術工芸品修復に必要な筆の確保が少しずつ現実的になってきていますが、今後はさらに文化庁と東文研も交えて、より連携を強めながら取り組んでいきます。
開講式後の集合写真
分子模型を使用した基礎科学の講義
廃液処理方法についての講義
保存科学研究センターでは、文化財の修復に関して科学的な研究を継続してきています。令和3(2021)年度より、これらの研究で得た知見を含めて、文化財修復に必要な科学的な情報を提供する研修を開催しています。対象は文化財・博物館資料・図書館資料等の修復の経験のある専門家で、実際の現場経験の豊富な方を念頭に企画されています。
今回で5回目となる本研修は、令和7(2025)年9月30日~10月2日までの3日間で開催し、文化財修復に必須と考えられる基礎的な科学知識について、実習を含めて講義を行いました。文化財修復に必要な基礎化学、接着と接着剤について、紙の科学・劣化、生物劣化への対応、実験器具や薬品の使用上の注意や廃棄の方法などについて東京文化財研究所の研究員がそれぞれの専門性を活かして講義を担当しました。
今年度も全国から多数のご応募をいただきましたが、実習を含む内容のため全員にご参加いただくことは叶わず、16名の方にご参加いただきました。修復技術者の皆様からのご要望を踏まえ、より実践的で現場に役立つ内容を企画しました。限られた時間の中ではありましたが、実際の現場課題に対する科学的な対処方法の提案や、参加者同士の交流、情報交換が活発に行われました。開催後のアンケートでは、「非常に有益であった」との高い評価を多数いただきました。また、今後修復現場で活用したい科学的知見に関する具体的なご要望も寄せられました。これらのご意見を踏まえ、今後も同様の研修を継続的に実施していく予定です。
開講式後の集合写真
保存科学研究センターでは、令和元(2019)年度以降、文化財の保存修復に関する研修事業に力を入れており、海外の専門家を招聘し、関係機関と連携して研修を実施してきました。昨年度までは国立アートリサーチセンターとの共催でしたが、本年度は新たに国立西洋美術館とも協働し、三機関による共同開催として本研修を実施しました。
本年度の研修テーマには、東洋絵画における表装と同様、古くから絵画作品と深い関わりを持つ「額縁」を取り上げました。額縁は、絵画を鑑賞するうえで作品と切り離すことのできない存在でありながら、国内ではその重要性に対する理解が十分に浸透しておらず、保存修復に関する情報も極めて限られているのが現状です。こうした状況を踏まえ、イギリスのヴィクトリア・アンド・アルバート美術館修復課の上級修復士であるバロウ由紀子氏を講師としてお招きし、令和7(2025)年10月29日から31日の3日間にわたり、文化財保存修復に関するワークショップ「額縁の歴史・技法と保存修復について」を開催しました。
午前の講義は当研究所セミナー室で行い、イギリスにおける額縁の歴史や製作技法から、現代の保存修復の実際に至るまで幅広くご講義いただきました(参加者67名)。午後は国立西洋美術館の保存修復室に会場を移し、事前に選ばれた15名の参加者がギルディング、色合わせ、クリーニングなど、イギリスで行われている保存修復技術を実践的に学びました。
また、11月1日には講演会「イギリスと日本における額縁の歴史と保存」を併催し、バロウ氏からはイギリスにおける額縁修復の歴史や修復士の仕事について、東京都美術館学芸員の中江花菜氏からは日本における洋風額縁の歴史についてご講演いただきました(参加者69名)。
三機関の協力によるワークショップ開催は初めての試みでしたが、額縁に関する理論と実践の両面を包括的に学ぶことができ、今後の保存修復の発展に資する有意義な研修となりました。
ファイラカ島での無人航空機(UAV)測量の様子
3Dモデル作成に取り組む受講者
文化遺産国際協力センターは、令和7(2025)年度文化遺産国際協力拠点交流事業「デジタル技術を用いたバーレーンおよび湾岸諸国における文化遺産の記録・活用に関する拠点交流事業」を文化庁より受託しています。その一環として、令和7(2025)年10月10~17日にかけて「考古遺跡の無人航空機(UAV)測量に関するワークショップ」をクウェートで実施しました。本研修では、これまで同交流事業のもと実施したバーレーンや日本での研修を発展させ、都市や要塞といった考古遺跡の広域測量に焦点を当てました。
国立文化芸術文学評議会(NCCAL)・考古学博物館局、クウェート大学と共同で実施した本研修には、両機関とクウェート国立博物館の専門家計15名が参加しました。受講者はUAVやGNSS(全球測位衛星システム)、3Dデジタル・ドキュメンテーションの各手法について講義を受けた後、実際にサンプルデータを使い考古遺跡の3Dモデルの作成に取り組みました。また、クウェート東部に位置するファイラカ島において、ヘレニズム時代の遺構を対象とするUAVを用いた測量を全員が行い、撮影データを用いて3Dモデルを作成し、考古遺跡の広域測量と調査研究へのデータの活用方法を習得しました。
クウェートに限らず、湾岸諸国は多数の文化遺産を有している一方で、文化遺産を記録・保存する人材の不足が懸念されています。このような効率的な手法を学ぶことで、それらの課題の解決の一助となることが期待されます。
文化遺産国際協力センターとバーレーン文化古物局は、令和7(2025)年10月28日から30日にかけ、3Dデジタル・ドキュメンテーションに関するワークショップをバーレーン王国国立博物館で共催しました。このワークショップは、文化遺産の保護における3Dデジタル・ドキュメンテーションの導入を進めているバーレーン王国から技術移転の要請を受けて始まったもので、これまでにバーレーンでのワークショップや日本でのスタディーツアーを開催しています。今回のワークショップでは、中級者向けに「建造物の3D計測」をテーマとし、バーレーンから11名、アラブ首長国連邦から2名、計13名の文化遺産担当の専門職員らを参加者として迎えました。
初日は、建造物の3D計測の撮影手法やデータの活用事例に関する講義の後、世界遺産「真珠の道」にあるファクロ邸を実習会場として、参加者自身が3D写真測量やスマートフォンのLidar機能を用いた建造物の記録に取り組みました。2日目は、午前に国立博物館の展示室を3Dレーザースキャナーで記録する実習を、午後にジャナビーヤ古墳群で3D写真測量とRTK-GNSS測量を用いた遺跡の計測手法を学ぶ実習を行いました。最終日には、前日に記録した3D計測データを活用するための実習を行いました。参加者らは、前日に自分たちで記録した博物館展示室の3D計測データを用いて、オンラインで公開可能なデジタル博物館のコンテンツを作成し、さらに、前日に撮影した写真からジャナビーヤ古墳群の3Dモデルを作成して、産業技術総合研究所と奈良文化財研究所が共同で開発した全国文化財情報デジタルツインプラットフォーム「3D DB Viewer」上で公開する実習を行いました。
参加者らは、考古学や建築学など各自の専門分野において、日常の業務でこうした技術を発展的に活用しようという意欲が高く、熱心に実習に取り組んでいました。さらに発展的な内容のワークショップの開催についても参加者から要望が寄せられており、今後もバーレーン側のニーズに合わせながら知見共有の場を継続していきたいと思います。
本ワークショップは文化庁委託「デジタル技術を用いたバーレーンおよび湾岸諸国における文化遺産の記録・活用に関する拠点交流事業」の一環として行っています。
キルティプルの歴史的民家のインベントリー作成のためのワークショップ
令和7(2025)年10月15~19日にかけ、ネパール・ルンビニ仏教大学でICOMOS Scientific Symposium 2025が開催され、文化遺産国際協力センターより淺田が参加しました。
ネパールでは、令和7(2025)年9月、政府に対する抗議デモが過激化し、政府庁舎や外資系の高級ホテル等が放火されるなど、一時的に政情不安が高まっていました。しかし、暫定政権の発足により事態が早期に沈静化したことを受けて、ICOMOS総会とシンポジウムは予定通りネパールで開催されることとなりました。
ICOMOS Scientific Symposium 2025は、紛争(Conflict)、災害(Disaster)、平和(Peace)と、大きく3つのサブテーマによってセッションが構成され、各国からの参加者が発表を行いました。紛争のセッションでは、現在、紛争が進行している当事国から発表があり、深刻な被害の実態が報告されました。また、本年はネパール・ゴルカ地震の発生からちょうど10年という節目の年でもあり、ゴルカ地震の震災復興に関するイベントもカトマンズで開催されました。文化遺産を取り巻く課題が拡大、複雑化しているなか、自分たちのコミュニティの中だけで解決できない問題を抱える地域にとって、このような国際的な専門家の交流の場があることの重要性が、強く印象付けられました。
また、今回の渡航に合わせて、キルティプル市における歴史的民家の保存活用に向けた共同調査に関する協議も行いました。この共同調査は、キルティプル旧市街に残る歴史的民家の保存に向けたプロセスの構築を目的とするもので、これまでにパイロットケーススタディとしての民家調査や、旧市街に残る歴史的民家の簡易悉皆調査などを行っています。キルティプルにおいても、9月の抗議デモで市庁舎が放火され、さらに庁舎の備品が強奪の対象となるなどの被害がありました。行政が通常の機能を取り戻すまでにはまだまだ時間がかかることが想定され、政治的に不安定な状況の中で何ができるのか、市や調査メンバー、地元コミュニティも交えて話し合いました。一方で、これまでの調査を通じて歴史的民家の保存に志を持つネパール人専門家の協力の輪も広がりつつあります。行政支援を待つのではなく、自分たちでできることから始めようという、新たなネットワークの胎動も感じられます。
研究会の様子
リーフレット表紙
東京文化財研究所は令和6(2024)年に和泉市久保惣記念美術館と共同研究の覚書を締結し、同館所蔵作品の調査研究を行っています。「山崎架橋図」は現在の京都府乙訓郡大山崎町と京都府八幡市の間、桂川・宇治川・木津川が合流して淀川になる地点で、宝積寺の本尊・十一面観音が老翁に化身して山崎橋を架けた、という奇談を描いています。画面には橋の工事にまつわる劇的な霊験譚と人々の風俗表現が、天王山と男山の風景や宝積寺の景観描写の中に溶け込むように表されています。この作品は美術史だけでなく、歴史学や国文学の研究においても注目されてきました。現在では経年変化により、微細な表現や画面下方の縁起文は見づらくなっていますが、画面に存在する情報を最大限引き出すことを目指して2回にわたり光学調査を実施してきました。
今回の研究会では江村知子が「山崎架橋図の光学調査について」と題した発表を行い、コメンテーターとして和泉市久保惣記念美術館長の河田昌之氏より、「山崎架橋図」の研究史と課題についてご発言いただきました。令和7(2025)年3月に刊行した「山崎架橋図」のリーフレットは、近日、東京文化財研究所リポジトリで公開予定です。さらに、より多くの研究者が高精細画像を閲覧できるように、デジタルコンテンツの作成とウェブ公開も計画しています。この共同研究の成果が広く活用され、作品への理解が深まることを目指してまいります。
研究会風景
研究会風景
令和7(2025)年9月16日、第5回文化財情報資料部研究会が開催されました。今回は二つの研究発表が行われ、狩野派の規範性とその継承について多角的に議論が深められました。
水野裕史氏(筑波大学准教授)は「探幽様式としての孔子像―図像の規範化をめぐって」と題し、狩野探幽が確立した様式の意義について報告しました。探幽様式は近世絵画において高い規範性をもち広く受容されましたが、道釈人物画への影響、とりわけ孔子像に関しては従来十分に論じられてきませんでした。
中世に基本像容が成立していた孔子像を、探幽は整理・簡略化し粉本として再構築しました。その図像は諸藩の孔子廟や藩校に広く伝わり、礼制空間にふさわしい「標準図像」として定着したと考えられます。水野氏は『公用日記』(天保15年・1844)の記録を紹介し、探幽様式の孔子像が制度的基準として扱われていたことを明らかにしました。また、各藩に伝わる作例には独自の解釈や装飾が加えられる例もあり、規範が一方的に固定されるのではなく、継承と変容の両面が見えてくる点が強調されました。さらに近世後期には、呉道玄様式や中世的要素を参照する傾向も現れ、探幽様式が唯一の規範でなくなっていく動向についても触れられました。
つづいて小野真由美(文化財情報資料部日本東洋美術史研究室長)が「狩野常信の詠歌活動に関する一考察」と題し、狩野常信(1636~1713)の文芸活動について報告しました。常信は木挽町狩野家の当主であると同時に優れた歌人でもありました。和歌会への参加記録や歌集を通してみると、詠歌活動は大名や文化人との交流を広げ、狩野家における地位の向上に寄与したことがうかがえます。また、和歌と画業との関わりを検討することで、画家であり歌人でもあった常信像を改めて評価する試みがなされました。
今回の二つの発表は、狩野派における規範の形成とその継承、そして絵師個人の個性や独自性に光を当てるものでした。規範性を静的にとらえるのではなく、時代や地域に応じて変容する動的な姿を見出す契機となり、有意義な研究会となりました。今後も狩野派研究を、規範と個性の双方から捉える視座へと発展させていきたいと考えています。
受贈図書の一部
資料閲覧室では、このたび陶磁史研究家であった吉良文男氏(1941~2022)の旧蔵図書を受贈しました。
美術専門出版社であった座右宝刊行会に入社し、斎藤菊太郎氏のもと「編集者」として活動を始めた吉良氏は、『世界陶磁全集』(1975年~全22巻)、そして『世界美術大全集』東洋編(1997年~ 全18巻)などの編集に携わりながら、世界各地を取材し、編集と研究(陶磁史)を両輪で展開させていきました。昭和59(1984)年には後に東南アジア陶磁史上重要な発見となるタイ北西部のターク県メーソート出土の陶磁器をいちはやく現地から日本に報告したことでも知られています。多岐に渡る業績のなかでも特に東南アジア陶磁史、韓国陶磁史の研究にとりわけ大きな足跡を残し、東洋陶磁学会常任委員を長く務め、また平成11(1999)年には第20回小山冨士夫記念賞を受賞されました。
文化財情報資料部では、このたびご遺族のご協力をいただきながら、プロジェクト「日本東洋美術史の資料学的研究〔シ02〕」の一環として、令和7(2025)年1月に田代裕一朗研究員が、香川の自宅に遺された旧蔵図書の調査をおこない、東南アジア陶磁、韓国陶磁に関する外国書を中心にその一部を受贈しました。これらのなかには、日本国内の図書館に所蔵がなく、研究所が唯一の所蔵機関となる図書も含まれています。一連の資料は、巨視的に見た時、単に陶磁史の領域に留まらず、アジア文化の理解にも役立つ日本唯一の手がかりにもなると思われます。日本における中核的な文化財研究機関として、目先の意義や成果だけを追い求めるのではなく、長期的な視座に立って、先学が積み上げた遺産を大切に継承し、日本の「知」に資することができれば幸いです。
学術的に非常に貴重な資料をご寄贈くださったご遺族様にこの場をお借りして篤く御礼申し上げます。
セミナーの様子(山下好彦氏撮影)
新作舞踊「螺鈿扉の舞 日タイの喜楽」
実物を用いた制作用具や材料に関する解説
令和7(2025)年9月10日、タイ・バンコクのワット・ラーチャプラディットでのタイ文化省芸術局(以下、「芸術局」)主催の学術セミナー「ラーチャプラディット 美の鑑賞」に二神葉子(文化財情報資料部文化財情報研究室長)が参加しました。ワット・ラーチャプラディットは1864年にラーマ4世王が建立した王室第一級寺院で、拝殿の窓や出入口の扉には、寺院建立と同時期に日本で制作された漆塗りの部材がはめ込まれています。東京文化財研究所は扉部材について、修理への技術的な支援と調査研究を行うとともに、同寺からの受託で、修理後の扉部材を現地保存するための調査研究を実施しています。
セミナーは芸術局のパノムプート・チャントラチョート局長の開会挨拶で始まりました。午前の第1部は「芸術の継承と創造、二つの国の遺産」と題し、漆扉部材の修理事業について同寺の僧侶や芸術局の専門家が報告を行い、日本側からは、二神が漆扉部材の修理及び調査研究事業のコンセプトについて報告しました。また、「統合から創造的な着想へ、未来への拡大」と題された午後の第2部では、いずれも東京文化財研究所の職員が参加した、扉部材の現地保存に関する令和7(2025)年6月の調査や、令和6(2024)年11月のタイ北部での材料調査の概要を芸術局の専門家が報告しました。日本側からは、漆扉部材に用いられた伏彩色螺鈿技法の特殊性について山下好彦氏(漆工品保存修復専門家・研究者)が報告、令和6(2024)年6月に芸術局と共同で行った、伝統的な材料に関する日本での調査について二神が報告しました。
当日はこのほか、扉部材や材料に関する実物やパネル展示、芸術局による新作舞踊「螺鈿扉の舞 日タイの喜楽」の発表、屋台での和食の提供などのアトラクションもあって、盛況を博しました。筆者にとっても、東京文化財研究所の活動についてタイの幅広い関係者に報告する機会として有意義な一日となりました。
セッション3のディスカッション
津寬寺での座禅の体験会
令和7(2025)年9月17日・18日に大韓民国のソウルで開催された国際フォーラム「2025 World Forum for Intangible Cultural Heritage」に当研究所の石村智(筆者)が参加しました。
この国際フォーラムは大韓民国国家遺産庁とアジア太平洋無形文化遺産国際情報ネットワークセンター(ICHCAP)の共催により毎年開催されているもので、今回のテーマは「無形文化遺産の経済的活動を探る(Exploring Economic Activities of Intangible Cultural Heritage)」で、無形文化遺産の経済的な側面に関して議論が行われました。
フォーラムは、アハメド・エイウェイダ(Ahmed EIWEIDA)氏による基調講演と、セッション1「無形文化遺産の経済的価値を探る(Exploring the Economic Value of ICH)」、セッション2「コミュニティ中心の経済的活動と持続可能な開発(Community-Based Economic Activities and Sustainable Development)」、セッション3「無形文化遺産の倫理的な商業化(Ethical Commercialisation of ICH)」、特別セッション「地域の視点:韓国における無形文化遺産の経済的活動(Local Perspectives: Economic Practices of Intangible Cultural Heritage in Korea)」によって構成され、世界各地の専門家(シンガポール、東ティモール、香港、ネパール、インド、インドネシア、マレーシア、ボツワナ、フィリピン、日本、そして大韓民国)が、発表者もしくはモデレーターとして参加しました。
筆者はセッション3で「保護しながら振興する:日本における工芸技術の二つの指定制度(Protecting while promoting: Two designation systems for traditional crafts in Japan)」と題した発表を行いました。日本の工芸技術においては、文部科学省の「文化財保護法」による重要無形文化財の指定制度と、経済産業省の「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」による伝統的工芸品の指定制度があり、前者は工芸技術の保護を主な目的としているのに対し、後者はその振興を主な目的としています。しかし両者は矛盾するものではなく、相互に補完しながら工芸技術の存続に貢献しているという状況を説明しました。
セッション3のディスカッションでは、無形文化遺産と知的財産権に関する課題も議論されました。とりわけ無形文化遺産がコミュニティの手を離れ、過度な商業化や脱コンテキスト化の状況に陥ってしまうことへの懸念が表明されました。筆者は、日本の伝統工芸に関して、外国から安価な模倣品が輸入されることへの危惧について説明しました。また以前、外国の有名人が自分のデザインしたブランドに「Kimono」という名称を付けようとしたため、日本国内から大きな批判の声が上がったことを紹介しました。さらにこのディスカッションでは無形文化遺産と人工知能(AI)との関係についても言及されましたが、こうした問題はまだ日本では本格的に議論されていないと筆者は感じました。
日本でも「文化財の活用」というスローガンが叫ばれて久しいですが、今回のフォーラムに参加して、保存と活用の両立は依然として重要な課題であることを再確認しました。その上で、コミュニティが主体的にその保存と活用に関わることで、その文化財/文化遺産の価値をより高めることが出来る可能性についても、考えるきっかけとなりました。
なお本フォーラムの会場はソウル市街地の北にある津寬寺(Jingwansa)という仏教寺院でした。開会式では「水陸齋(Suryukjae)」と呼ばれる仏教儀礼のデモンストレーションが行われ、また昼食には伝統的な精進料理が振舞われました。さらに最終日のフォーラム終了後には座禅の体験も行われました。
口頭発表の様子
スタディツアーで訪問したノートルダム大聖堂
令和7(2025)年9月8日から12日にかけて、フランス・パリのソルボンヌ大学で開催された「第15回国際石材保存修復会議(Stone 2025)」に参加し、口頭発表を行いました。
石材や煉瓦で構成される彫刻や建造物の保存修復に関する国際的な会議で、4~5年ごとに開かれています。会議には、石材や煉瓦の劣化現象を研究する保存科学者や地質学者、保存修復の実務に携わる技術者、建築学・建築物理の専門家など多彩な参加者が出席しました。発表内容は、大気汚染や塩類風化による損傷の基礎研究や調査技術、新しい修復技術や保存処置の実践例、さらには持続可能な保存に向けた環境制御や気候変動の影響評価に至るまで幅広く、学際的な議論が交わされました。
今回の発表では、保存科学研究センター・保存環境研究室で実施している岩窟内に建てられた仏堂の保存を目的とした岩窟内の空調に頼らない湿気環境改善の試みについて報告しました。発表後には、同様に高湿度環境に課題を抱える文化財の保存に携わる研究者や、持続可能な保存環境制御に関心を持つ研究者から多くの質問や意見をいただき、今後の共同研究の可能性についても意見交換を行うことができました。
今後も研究成果の国外発信を積極的に行うとともに、各国の最新の知見を収集し、日本の文化財保存に活かしていきたいと考えています。
ゲティ研究所での研究報告会の様子
研究者交流の様子
地球温暖化が世界的な課題となる中で、平成26(2014)年には国際文化財保存修復学会(IIC)と国際文化財保存修復委員会(ICOM-CC)から共同宣言が行われるなど、資料保存の現場においても地球環境に配慮した持続可能な保存環境管理の在り方が求められています。保存科学研究センター・保存環境研究室では、こうした背景を踏まえ日本の文化財保存に適した持続可能な保存環境管理手法を探る研究を進めています。
その一環として令和5(2023)年8月にゲティ研究所(Getty Conservation Institute)とオーストラリアのビクトリア国立美術館の共催で開催された、「気候変動下における管理戦略ワークショップ―持続可能な保存環境と資料の応答のモニタリング(Changing Climate Management Strategies Workshop:Sustainable Collection Environments and Monitoring Object Response)」に参加し、その後も継続してゲティ研究所の研究員と交流を続けてきました。
令和7(2025)年9月24日~26日に、ロサンゼルスのゲッティ研究所(Getty Conservation Institute)を訪問し、ワークショップから2年を経て、東京文化財研究所とゲティ研究所それぞれにおける研究の進展について報告を行い、意見交換を実施しました。東京文化財研究所からは、保存環境研究室研究員・水谷悦子と客員研究員の京都大学大学院工学研究科准教授・伊庭千恵美が報告を担当しました。日本の気候条件や文化財の材料構造の特異性、損傷リスク評価に求められる計測手法などについて活発な議論が交わされました。
ディスカッションの後には研究施設を見学し、多様な専門分野の研究者と交流する機会も得られました。日本の事例は温帯湿潤気候に属する国々における文化財の保存環境管理の問題を考えるうえで、有益な知見を提供するものです。今回の訪問を通じて、国際的な視点から保存環境研究を見直すとともに、今後の共同研究の方向性を探るうえで大変有意義な機会となりました。
旧青戸飛行場に残るトーチカ。後ろには開聞岳が見える。
トーチカに混入するサンゴ(今回の調査で発見されたもの)
踏査の様子
東京文化財研究所保存科学研究センター修復技術研究室では、南九州市との共同研究の一環として、同市内に残るアジア・太平洋戦争期のコンクリート構造物の保存に向けた調査を行っています。その中で、旧青戸飛行場に残る2基のトーチカについては築造時の記録がほとんど知られておらず、誰がいつ、何の目的で作ったのか、どんな材料が用いられ、それらはどこで調達されたのか、といったように分かっていない点が多くあります。
令和7(2025)年9月、トーチカのコンクリート材料調達の一端を明らかにすべく、南九州市文化財課の坂元恒太氏、知覧特攻平和会館の八巻聡氏、神奈川県立生命の星・地球博物館の田口公則氏とともに現地調査を行いました。これまでの調査で、トーチカのコンクリートには、海棲と考えられる貝の破片、海岸で見られるような周囲がすり減った陶磁器やガラスの破片が混ざっていることが明らかでした。このことから、コンクリートを作る際に必要となる砂を近隣の海岸の砂浜から採取し、その際に貝殻、陶磁器破片やガラス破片が混入したものと推測していました。加えて、この度の田口氏の観察により、トーチカのコンクリートには1〜2mm程度の黒色砂や緑色透明のかんらん石(オリビン)の砂、そして珊瑚の破片が複数混入していることも判明しました。これらの組み合わせは開聞岳周辺の海岸で見られる堆積物との共通性が高かったため、この情報を新たな手がかりとして、近隣の海岸や河口を踏査しました。
踏査の結果、開聞岳から北西に10kmほどに位置する浜で、トーチカに含まれる砂、貝や珊瑚、陶磁器、ガラスといった組み合わせと、よく似た構成の砂礫を確認することができました。またその場所はトーチカのある青戸飛行場と海岸とをつなぐ路線(石垣・喜入線 大正6〔1917〕年開通)があり、距離も5km程度と材料の調達・運搬に適していた場所であることも判明しました。
現在、これまでの調査結果も踏まえながらこの度の調査結果を整理しており、近日中に報告書として刊行する予定です。
手すき和紙(本美濃紙)工房見学
装潢修理技術実習にて
令和7(2025)年、国際研修「紙の保存と修復」を政府間機関ICCROM(文化財保存修復研究国際センター)と共催しました。今年は年8月25日から9月12日の日程にて、10名の研修生が参加しました。1992年に始まった本研修ですが、常に人気が高く、今年の応募者は166人でした。
長い繊維が特徴であるコウゾで作られる和紙は、薄くて丈夫で、耐久性があり、文化財を損傷しない安全性の点からも優れています。そのため、各国々の美術品などの修復に用いられます。研修では、紙や文化財保護制度に関する講義や、国の選定保存技術である「装潢修理技術」の実習を行いました。研修生は既に、紙の保存修復家として経験を積んできていますが、修復実習では、日本の道具や材料の使い方を含む正しい情報を確認する機会になりました。終了後のアンケートにおいても好評で、帰国後に同僚や教え子と経験を共有するとともに、知人にも本研修を勧めるとのことでした。
また、本研修では、研修生同士、研修生と日本の専門家である講師、現地見学での修復材料や道具の製造者との交流も目的にしています。このような交流は、参加者にとって利益になるだけではなく、日本の専門家や道具材料の製造者にとっても、良い機会になります。国内外の文化財保存修復の担い手、文化財を修復するための道具や材料の作り手の懸け橋になることも念頭に置き、今後の研修も行っていきたいと考えています。
ソンマ・ヴェスヴィアーナ遺跡でのクリーニングテスト
セリヌンテ遺跡公園収蔵庫でのスタッコ装飾調査
文化遺産国際協力センターでは、令和3(2021)年度より、運営費交付金事業「文化遺産の保存修復技術に係る国際的研究」の一環として、スタッコ装飾および塑像に関する研究調査を進めています。
ギリシャ・ローマ時代の考古遺跡を対象とした研究を推進するため、令和7(2025)年9月8日から26日にかけてイタリアを訪問し、ソンマ・ヴェスヴィアーナ遺跡、ポンペイ遺跡公園、セリヌンテ遺跡公園を訪問しました。
ソンマ・ヴェスヴィアーナ遺跡では、東京大学を中心とする調査団によって発掘されたローマ時代の装飾門を対象に、前年度に作成した研究計画書に基づき、設置されているスタッコ装飾の技法や材料に関する調査を行うとともに、現代的な保存修復手法に関する各種実験を実施しました。
一方、シチリア島のセリヌンテ遺跡公園では、管理所長と面会し、本研究の趣旨および目的についてご説明させていただきました。内容をご理解・ご納得いただいた結果、遺跡公園が所蔵するギリシャ時代のスタッコ装飾を研究対象とすることについて正式な同意を得るとともに、全面的なご協力をいただけることとなりました。また、神殿に使用されている石灰岩に物理的および化学的要因による劣化がみられることから、その劣化抑制方法についても研究してほしいとの要望がありました。
さらに、パレルモ文化財監督局においても、本研究の趣旨をご理解のうえご検討くださり、彼らの管轄下にあるパレルモ近郊のローマ時代遺跡についても研究対象として検討してはどうかとのご提案をいただきました。
以上のように、本研究の意義に対する理解と協力の輪が、関係機関を中心に着実に広がりつつあることが確認されました。今後は、今回訪問した各遺跡を主軸にギリシャ・ローマ時代のスタッコ装飾の技法および材料に関する比較調査を継続し、その構造や特性についての理解を深めるとともに、これらの保存修復方法やサイトマネジメントのあり方についても研究を進めていく予定です。
研究協議の様子
令和7(2025)年8月5日、イギリス・セインズベリー日本藝術研究所(SISJAC)の所長サイモン・ケイナー氏と研究員であるユージニア・ヴォグダノワ氏が東京文化財研究所を来訪し、共同研究「日本芸術研究の基盤形成事業」に関する協議を行いました。平成25(2013)年から開始した本事業では、SISJACの職員からイギリスを中心とした日本国外における日本美術研究に関する文献や展覧会情報を、総合検索(https://www.tobunken.go.jp/archives/)に提供してもらっているほか、文化財情報資料部の研究員が毎年イギリスを訪れて講演会やワークショップ、作品調査を行っています。
今回の研究協議ではデータベース事業の報告のほか、12月に予定されている研究員の訪英について話し合いました。協議の後半では、データベース事業を担当しているSISJAC職員のマシュー・ジェームズ氏がイギリスからオンラインで参加し、日本国外における情報収集の方法や基準、またデータの入力方法について具体的に検討することができました。移動が制限されたコロナ禍の3年間は渡英や訪日が叶わず、研究協議は主にオンラインで行なっていました。現在は職員同士の対面での研究交流を再開することができましたが、特に海外の連携機関とはオンラインを併用して協議を行うなど、今後も利便性を図りつつ交流を続けてまいります。