研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
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美術研究センター(ソウル館)
美術研究センター(果川館)
Larchiveum (清州館)
検索システム(果川館)
令和8(2026)年5月1日、韓国 国立現代美術館と東京文化財研究所は、「学術・文化交流及びその他の活動に関する協定書」を締結しました。本協定は、文化財情報資料部文化財アーカイブズ研究室が中心となって進めたもので、両機関が所蔵する近現代美術資料に関する調査研究、同資料および学術情報に関するデジタル情報の共有、日韓近現代美術に関連するシンポジウム・研究会等の共同事業、職員交流を推進することを目的とするものです。
国立現代美術館は、韓国を代表する近現代美術館であり、果川、徳寿宮、ソウル、清州を拠点として、展覧会、作品収集、保存、教育、研究に加え、アーカイブ事業にも積極的に取り組んでいます。同館の美術研究センターでは、韓国近現代美術研究の基盤を整備するため、作家・建築家・批評家などの個人アーカイブ資料や、国立現代美術館の展覧会・教育・研究活動の過程で生成された資料を収集・整理・保存し、公開しています。これらの資料は、国立現代美術館公式サイト内の「アーカイブ検索」から検索することができます。
また、清州館には、図書館(Library)、アーカイブ(Archive)、ミュージアム(Museum)を組み合わせた空間として「Larchiveum(ラキビウム)」が設けられています。Larchiveumでは、国立現代美術館の所蔵品を中心とした韓国近現代美術に関する多様なコンテンツを収集・管理しており、来館者は館内で資料を自由に閲覧することができます。資料を保存・管理するだけでなく、来館者が美術資料に親しみ、調査・研究や学習に活用できる場として運営されている点も、同館のアーカイブ事業の特徴といえます。
これらのアーカイブ資料のうち閲覧可能なものについては、利用者が所定の手続きを経て申請することで、果川館またはソウル館の美術研究センターにおいて、原本またはデジタル資料を閲覧できるようになっています。開室情報や利用案内は、国立現代美術館の「Library and Archive」から確認できます。さらに同館は、オンライン研究プラットフォーム「MMCA Research Lab」を運営しており、韓国近現代美術に関する年表、論考、用語解説、研究会記録などを公開しています。このように、アーカイブ資料を単なる保存対象にとどめず、研究・教育・情報発信に広く活用している点に特徴があります。
東京文化財研究所では、これまでも文化財アーカイブズ研究室を中心に、美術に関する所蔵資料の調査・整理・保存・公開に取り組むとともに、国内外の関係機関との情報共有を進めてきました。今回の協定締結を契機として、今後は両機関が所蔵する近現代美術資料に関する情報交換や共同調査を進めるとともに、資料のデジタル化やシンポジウム・研究会の開催を通じて、日韓の近現代美術研究に資する基盤形成を図っていきます。あわせて、アーカイブ資料の効果的な活用方法についても情報交換を行い、より充実した活用へとつなげていくことを目指します。
参照URL
・国立現代美術館 アーカイブ検索
https://www.mmca.go.kr/research/archiveSearchList.do
・国立現代美術館 図書検索
https://www.mmca.go.kr/bookArchive/searchBookList.do
・国立現代美術館 Library and Archive
https://www.mmca.go.kr/eng/bookArchive/bookArchiveMain.do
・MMCA Research Lab
https://www.mmcaresearch.kr/
橘川英規からアーカイブズ資料について説明を受ける一行
令和8(2026)年5月21日、韓国 国立中央博物館図書館より、チョン・ヘウン氏(教育課・主務官)、ペ・ジニ氏(教育課・学芸研究官)、チョン・ジェホ氏(教育課・司書)が、東京文化財研究所の資料閲覧室を訪問しました。
韓国を代表する国立博物館として知られる国立中央博物館の図書館は、博物館に併設する形で博物館関連の国内外専門資料を収集・整理し、利用者および関連分野の研究者に専門的な情報を提供しています。考古学、歴史学、美術史学など、博物館に関わる分野の単行本約11万冊、学術誌約4万冊等を所蔵しており、所蔵資料の性格としては東京文化財研究所の資料閲覧室と近しいといえます。
当日は、文化財アーカイブズ研究室の橘川英規と田代裕一朗による案内のもと、昭和5(1930)年以来収集されてきた当研究所の蔵書、資料閲覧室の利用環境、資料保存と公開に関する取り組みについて説明をおこないました。さらに、博物館・文化財研究機関における専門図書館の役割、資料の整理・保存・活用、利用者サービス、デジタル化の現状と課題などについて、活発な意見交換をおこないました。
国や制度は異なるものの、文化財および博物館資料を収集・整理し、研究者や学生をはじめとする利用者に提供していくという点において、両機関には多くの共通課題があります。今回の来訪を契機として、今後も資料情報の共有や専門図書館・アーカイブズに関する交流を深め、東アジアにおける文化財研究の基盤整備に寄与していきたいと考えています。
国立中央博物館図書館
https://www.museum.go.kr/MUSEUM/contents/M0610010000.do
ヒナゲシの咲く風景、バスの車窓から
黒田清輝通り、グレー=シュル=ロワン
ラファエル・コランによる天井画見学、オデオン座、パリ
緑濃い草に紙吹雪を散らしたようなヒナゲシの花。茎が細く、真っ赤な花弁だけが浮いているように見えるヒナゲシは、印象派の画家たちや留学中の黒田清輝の風景画でもなじみ深い、フランスの春から初夏を彩る花です。
この度、フランスで開催された「東京国立博物館2026年賛助会員特別ツアー 黒田清輝ゆかりの地を訪ねて」に随行しました。東京文化財研究所は黒田記念館内に創立された美術研究所を前身とし、平成19(2007)年に同館が東京国立博物館に移管されたのちも黒田清輝に関する調査研究を進め、展示業務などにも携わっています。
本企画は、沖松健次郎氏をはじめとする東京国立博物館職員諸氏と、またガイド・コンフェランシエールで、黒田清輝の同国での足跡を調査してきたモアンヌ・前田恵美子氏とほぼ1年間かけて準備したもので、現地ではモアンヌ氏ご夫妻ともう一人のガイド・コンフェランシエールの井上ゆかり氏にも同行頂きました。ガイド・コンフェランシエールはフランスの国家資格で、同国の美術館などでガイドを行うには必須の資格です。
フランスでは、明治18(1885)年から黒田が暮らし、初めて絵画教育を受けたパリと、農村風景を愛し滞在したグレー=シュル=ロワン(パリから70㎞ほど南に位置するコミューン、以下グレー)などを訪ねました。グレーには19世紀後半を中心に外国人芸術家によるコロニーが存在し、黒田が初めて訪れた明治23(1890)年頃にも、最盛期は過ぎていたものの多くの外国人芸術家が滞在していました。グレーでは彼等の歴史が記念されており、平成13(2001)年には「黒田清輝通り」が創設され、日本語とフランス語による銘板が掲げられています(フランス語で黒田は一般的に「Kouroda」と書きますが、日本人が親しみやすいように「Kuroda」が採用されたそうです)。黒田が《読書》を描いたオテル=シュヴィヨンは、現在は芸術家たちのためのアトリエ兼滞在施設として、スウェーデンの財団によって運営されています。同地で制作された絵画作品は市庁舎にも所蔵され、当日は我々一行のための展示が披露され、市を挙げて歓迎して頂きました。熱意ある歓迎の背景には、同市が芸術家の歴史のみならず、彼等の愛した景観を現在進行形で守り伝えているという事実があります。黒田が見たのと変わらぬ風景をいま見ることができるのは、電線を極力通さないなどの規制も含め、人々がグレーの環境を守ってきたおかげです。
パリでは、パンテオンやオルセー美術館など黒田たちが学んだフランス近代美術の殿堂をはじめ、黒田の師であったラファエル・コランによる通常非公開の作品の見学、黒田の旧居住地をはじめとするゆかりの地散策を行いました。
帰国した黒田は、近代美術の基礎づくりにおける指導的役割を担い中枢に上りつめた半面、必ずしも絵画制作に専念できたわけではありません。しかし多忙を極める中でも、庭の植物や郊外の農地などの何気ない風景に目を留め、絵筆を走らせ続けた黒田の原点は、フランスでの自由で真摯な画学生生活の中で養われたことを、今回のツアーは改めて教えてくれました。
会議中に披露されたパンソリのパフォーマンス
春香祭の様子
大韓民国の南原市で開催された国際会議「2026 International Forum for Promoting Good Safeguarding Practices of Intangible Cultural Heritage(無形文化遺産保護のグッド・プラクティスを推進する国際フォーラム2026)」に東京文化財研究所の石村智が参加しました。この国際会議は南原市と無形文化学センター(Center for Intangible Culture Studies (CICS))の主催によるもので、令和8(2026)年4月30日から5月1日にかけて開催されました。
この国際会議のテーマは「Increasing the Visibility of Good Safeguarding Practices: Rethinking Approaches in the Context of Underrepresented Regions(保護のグッド・プラクティスの可視性を高める:過小評価されている分野のコンテキストにおけるアプローチの再検討)」でした。ユネスコ無形文化遺産保護条約には「緊急に保護する必要がある無形文化遺産の一覧表(緊急保護一覧表)」「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表(代表一覧表)」「保護のグッド・プラクティスの登録簿」の三つの一覧表および登録簿がありますが、「保護のグッド・プラクティスの登録簿」については国際的にも知名度が低く、その登録件数も少ない(令和7(2025)年時点で43件)ことが課題となっています。その可視性を高めるための方策を議論するのが今回の会議の目的でした。
筆者は「Good Safeguarding Practices vs. Representative List: Comparing Two Cases of Traditional Architecture Craftsmanship(保護のグッド・プラクティスvs代表一覧表:二つの建造物の伝統的修理技術の比較)」と題した発表を行い、日本の「伝統建築工匠の技:木造建造物を受け継ぐための伝統技術」と、ドイツ・オーストリア・フランス・ノルウェー・スイスの「ヨーロッパの大聖堂の工房もしくはバウヒュッテンの製造技術と消費の実践:ノウハウ、伝承、知識の発展と革新」を取り上げ、前者は代表一覧表に記載されているのに対して後者は保護のグッド・プラクティスに登録されていることを指摘し、その内容について比較検討した結果を報告しました。
会議が開催された南原市は「春香伝」という物語の舞台として知られています。「春香伝」はもともと李氏朝鮮時代の説話で、妓生の娘と両班の息子の身分を越えた恋愛を描いた物語です。伝統芸能パンソリ(代表一覧表に記載)の演目として演じられるとともに、小説や映画にも翻案されてきました。南原市ではこの物語を記念した「春香祭」が毎年開催されており、会議の二日目はその模様を見学しました。「春香祭」は昭和6(1931)年に始まり、今回で第96回を数えました。会議では、市民によって長年にわたり開催されているこの祭りは「保護のグッド・プラクティス」にふさわしいとする議論もなされました。
日本においても「保護のグッド・プラクティス」の登録簿についてはこれまでほとんど注目されてきませんでしたが、今後はこうしたアプローチも再検討すべきであると感じました。
発表の様子
パネルディスカッションの様子
令和8(2026)年5月31日に開催された日本科学史学会公開シンポジウム「近現代日本の科学技術史資料の保存を考える:何を、どうやって残すのか?」(主催:日本科学史学会、一橋大学大学院言語社会研究科)に、保存科学研究センターの千葉毅研究員がパネリストとして登壇しました。千葉研究員は「文化財としての科学技術史資料 —近代交通動産文化財を中心に—」と題した報告を行いました。
千葉研究員の報告では、まず「科学技術史資料」が日本の文化財保護法においてどのように位置付けられてきたかを概観しました。続いて、交通・輸送に関連する文化財を主な対象に、国・都道府県・市町村それぞれの指定制度における現状を紹介しました。
特に航空機については、高い科学技術的価値を持つと考えられるにもかかわらず、国の重要文化財や都道府県指定文化財となった事例はなく、市町村指定にとどまる例がわずかにあるのみという実態を紹介しました。その背景として、航空機を「文化財として評価する」という考え方が社会に十分浸透していないこと、文化財として適切に評価できるだけの調査・研究が進んでいないこと、軍事・戦争関連の資料への忌避感といった要因の可能性を指摘しました。
実機(実際の機体)全体が文化財に指定されている唯一の事例として、鹿児島県南九州市指定文化財である陸軍四式戦闘機「疾風(1446号機)」(令和2(2020)年指定)を取り上げ、この指定が型式としての在地性が積極的に評価されたものであると紹介しました。さらに、平成7(1995)年に旧知覧町が購入して以来、南九州市で保存・調査が継続的に行われていることにも触れ、調査による新たな知見だけでなく、所有者が関係者とともに機体を守り続けてきた保存の取り組みそのものが新たな価値を生み出していると指摘しました。これは、機体の歩んできた歴史(ライフヒストリー)の中で、地域との結びつき(在地性)を改めて築き直す営みとも言えると述べました。
また、行政による文化財指定制度に加えて、学術団体や業界団体による認定制度についても言及し、行政の評価と車の両輪として重要な役割を果たすことを指摘しました。
一方、近現代の科学技術史資料には消耗しやすいものが多く、長期保存がそもそも難しいケースが少なくありません。現在、こうした資料は急速に失われつつある状況にあり、「何を残すのか(裏を返せば、何を残さないのか)」という難しい選択に、行政・研究者・博物館・愛好家など多様な主体が連携して向き合っていくことの重要性を訴えました。
パネリストによる報告の後、ともに登壇した有賀暢迪氏、齊藤有里加氏、菱木風花氏を交えたディスカッションが行われました。関連資料のまとまりとしての保存、指定を受けていない文化財が大量に失われるリスク、事故などに関する資料の文化財としての評価のあり方、企業博物館の継続性など、幅広いテーマについて、会場の参加者も加わりながら活発な議論が展開されました。
なお、シンポジウムの概要は日本科学史学会の学術誌『科学史研究』に掲載される予定です。
研究会の様子
『絶代至宝帖』(1919年刊)より
『絶代至宝帖』は東京帝室博物館での「十大仏画」展の開催を受けて刊行された平安仏画の豪華画集で、森鷗外が序文を寄せています。
森鷗外(1862~1922)といえば、「舞姫」や「山椒大夫」「高瀬舟」といった名作を生み出した文豪として、その名を知られています。小説家として活動する一方で、陸軍の軍医としての地位も極めた鷗外ですが、晩年の4年間に帝室博物館(現在の国立博物館)の総長を務めたことはあまり知られていないかもしれません。
4月24日の文化財情報資料部研究会では、長らく東京国立博物館に勤められ、現在は当研究所客員研究員の田良島哲氏に「大正期の帝室博物館経営と総長森鷗外 展示と「国際化」を中心に」の題でご発表いただきました。鷗外が帝室博物館総長に就任したのは大正6(1917)年12月、当時の博物館は時代遅れの「高等物置」と揶揄され、運営の「積弊」が指摘される状況にありました。新風を吹き込むことを期待された鷗外は、展示の改革や博物館の国際化を試みます。各時代の風俗を可視化するような展示のあり方を模索する一方で、平安仏画の名品を一堂に集めた「十大仏画」展の開催に尽力。また英国画家フランク・ブラングィンの銅版画を受贈し、オズワルド・シレンやラングドン・ウォーナーといった欧米の美術史家の来訪を受けています。田良島氏の発表では、こうした帝室博物館での鷗外の事績が雑誌記事や関係者の日記・回想を通して明らかにされ、従来の鷗外像に再考を促すものとなりました。
『タイ所在日本製漆工品に関する調査研究(3)―日本製漆工品と漆工材料調査』表紙
報告書所載の図版(バンコク国立博物館所蔵 黒漆蒔絵扇形葉巻入箱)
東京文化財研究所は、平成3(1992)年以来タイ王国文化省芸術局と共同で、タイに所在する文化財の調査研究を実施してきました。平成23(2011)年からは、バンコクの王室第一級寺院ワット・ラーチャプラディットの日本製漆扉部材に関する調査研究や、芸術局が行う漆扉部材の本格修理への技術的な支援を行っています。
この漆扉部材のほか、タイには図書館、博物館、寺院、宮殿など様々な場所に日本製漆工品があります。また、漆工に関する日タイ両国の交流は物品にとどまらず、20世紀の初頭には複数の日本人の漆工専門家がタイに渡り、王室関連の什器や調度などの制作や修理を行いました。
令和8(2026)年3月に刊行した標記の報告書には、第4期中期計画(令和3年度~令和7年度)の活動のまとめのほか、芸術局と共同で実施した様々な調査に関する報告を掲載しました。これらの報告には、ワット・ラーチャプラディットの漆扉部材に関する知見をいっそう深めるために令和6(2024)年に日本とタイで実施した、漆工材料調査に関する調査、日本の漆工品にも古くから影響を与えた北部タイの漆工品の調査、王室第一級寺院ワット・ボウォンニウェート、バンコク国立博物館及び国立博物館中央収蔵庫の日本製漆工品に関する調査や、タイで活動した日本人漆工専門家のひとりである三木栄(1884–1966)がその柄に蒔絵をほどこした、儀式用うちわに関する調査の成果が盛り込まれています。
本報告書は東文研資料閲覧室のほか、都道府県図書館等でご覧いただくことが可能です。令和9(2027)年は日本とタイとの外交関係の樹立から140年の記念の年でもあり、両国の交流に関する調査研究を一層深めてまいりたいと思います。
保存科学センターでは、令和7(2025)年度に「紫外可視近赤外分光光度計」「大型真空凍結乾燥機」を新規導入し、「顕微赤外分光光度計」を更新しました(図1)。これらの機器についてご紹介します。
紫外可視近赤外分光光度計
試料に光を照射すると、その構造によって光の吸収パターン(スペクトル)が変化しますが、それによって物質の構造や濃度を分析する装置です。文化財の業界においては、特に色の数値化でも多用されます。大型積分球と、ファイバー式の外部積分球も付属しており、様々な試料の分析が可能です。
顕微赤外分光光度計(更新)
赤外分光光度計は、特に有機物の構造解析においては最も基本となる分析装置と言えます。例えば、紙の接着に用いられている糊の種類・繊維製品の繊維の種類・文化財に付着してしまった汚染物質などを分析する際には、まず赤外分光分析を行うことが多く、保存科学研究センターにおいて最も利用頻度が高い分析機器です。通常の赤外分光分析に加え、顕微赤外分光分析も可能であり、大きさが数µm程度しかないような微小な資料でも分析可能です(図2)。
大型真空凍結乾燥機
真空凍結乾燥(フリーズドライ)は、凍らせた水分を昇華させることで、変形を少なく資料を乾燥させる装置です。水害等で濡れてしまった文書資料も、効率よく安全に乾かすことができます。今回導入された大型真空凍結乾燥機は、多くの被災資料を一度に処理できるため、文化財防災の現場での活用が期待されます。
これらの装置を用いて文化財分析を今後も進めていきます。

図1 新規導入・更新機器の写真
A:紫外可視近赤外分光光度計
B:顕微赤外分光光度計
C:大型真空凍結乾燥機
図2 顕微赤外分光光度計による繊維分析
JIS L 0803準拠の多繊交織布の一部をマッピングした結果。この領域は、経糸はPET繊維、緯糸はレーヨン・アクリル・絹からなっているが、きれいなマッピングができている。この分析は反射分析で実施した。更新前の従来の機器ではこのような分析は困難であったが、装置の進歩により非接触非破壊での分析性能が可能となり文化財分野においては非常に有益である。
機那サフラン酒製造本舗鏝絵蔵全景
良好な状態が確認された鏝絵
東京文化財研究所では、「スタッコ装飾及び塑像に関する研究調査」の一環として、新潟県長岡市に所在する旧機那サフラン酒製造本舗土蔵鏝絵の保存修復に関する調査研究を継続して行っています。令和6(2024)年度までに、鏝絵を構成する漆喰に対する無機修復材料を用いた補強処置および補彩技法の検討を進め、その成果をもとに保存修復を実施しました。
これを受け、令和8(2026)年4月20日から23日にかけて、処置後の保存状態を確認するため現地調査を行いました。本鏝絵は、日本海側特有の高温多湿な夏季環境に加え、冬季には積雪や凍結の影響を強く受ける、過酷な条件下に置かれています。今回の調査では、補強処置を施した箇所を中心に詳細な観察を行いましたが、鏝絵自体に大きな損傷や新たな剥離・剥落は認められず、無機修復材料による補強が良好な状態が維持されていることを確認しました。
本鏝絵に対しては、従来も損傷に応じた修理が繰り返し行われてきました。しかし、その多くは応急的な補修にとどまり、とりわけ合成樹脂系材料を用いた処置では、その後の経年劣化によって硬化や変色を生じて鏝絵自体に負担を与える結果に至った箇所も確認されました。これに対し、本研究では、文化財としての価値を長期的に守り伝える「保存修復」という理念に基づき、地域特有の気候環境や材料特性を考慮した恒久的処置方法の確立を目指しました。特に、耐久性と安定性に優れた無機修復材料の使用は、国内の鏝絵保存修復においては初めての本格的導入事例であり、今回の経過観察によって、その有効性を示す重要な知見が得られました。
今後も継続的に経過観察を行いながら、さらに検証を重ねていく予定です。本研究の成果が、国内各地に残る鏝絵文化財の保存修復に向けて、新たな指針の一つとなることを期待しています。
「山崎架橋図」デジタルコンテンツ トップページ
画像比較ページ
縁起文のページ
東京文化財研究所は令和6(2024)年に和泉市久保惣記念美術館と共同研究の覚書を締結し、同館所蔵作品の調査研究を行い、令和7(2025)年9月には「山崎架橋図」についての研究会を開催しました。(https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/2403901.html)このたび「山崎架橋図」の光学調査の成果を広く公開することを目指してデジタルコンテンツを作成し、オープンアクセスのデジタルコンテンツとして公開を開始しました。日本語と英語で作品や調査手法などについて解説し、作品のカラー高精細画像、近赤外線画像、蛍光画像を自由自在に拡大・縮小して比較することができます。古美術作品は経年変化によって画面表面が見づらく、描写内容や細部表現を肉眼で識別することが難しいのが通例ですが、近赤外線画像では墨の線描が克明に観察することができ、蛍光画像では修復の際に施された補絹の状態や彩色材料の違いなどを認識することができます。また画面下部の縁起文は、文字を識別しやすくするような撮影手法・画像処理技術を開発しました。これまでの研究では江戸時代後期の附属文書による縁起文が参照されてきましたが、絵画表面上の文字情報が得られやすくなったことで、より深い考察が可能となります。今後の研究の進展が期待されます。鎌倉時代の息吹が感じられる絵画空間をぜひご鑑賞ください。
富山本法寺、風入法要の様子
デジタルコンテンツの画面
富山県富山市の古刹・本法寺に伝わる法華経曼荼羅図は、『法華経』28品の内容を図解した大画面の絵画で、22幅一具(セット)の大規模な作例として他に類をみません。鎌倉時代末期の嘉暦元年から3年(1326~28)にかけて製作されたと考えられ、年代が分かっている点でも貴重です。例年、8月6日の風入法要では堂内に法華経曼荼羅図が掛けられ、絵解きが行われており、地域に根付いた信仰のあり方が現在まで継承されていることが実感できます。
東京文化財研究所では本法寺法華経曼荼羅図の研究に長年取り組まれてきた原口志津子氏(奈良大学)より、調査で撮影された高精細画像のデータをご寄贈いただき、法華経曼荼羅図全22幅のカラー画像と赤外線画像、そして付属資料の画像を見ることができるデジタルコンテンツを作成、令和8年(2026)3月に東京文化財研究所(資料閲覧室)での限定公開を開始しました。
(https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/library_collection/index.html#digitalcontents)。
本法寺法華経曼荼羅図は極めて貴重な作例であるにも関わらず、点数の多さからまとまって展示されたことが殆どなく、また、書籍に掲載されている図版にも限界があるため細部の観察が十分にはできませんでした。この度公開したデジタルコンテンツでは画面の各部分を拡大して見ることができ、さらに赤外線画像との比較も可能です。これを機に多くの方に法華経曼荼羅図の豊穣な世界を知っていただければ幸いです。デジタルコンテンツのご利用については東京文化財研究所のウェブサイトをご覧ください。
https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/library_collection/index.html
なお、公開にあたっては本法寺様からご協力とご高配を賜りました。心より御礼を申し上げます。
※所属は当時のものです。
研究会の様子
令和8年(2026)3月16日に開催された第10回文化財情報資料部研究会では米沢玲(文化財情報資料部)と奧健夫氏(武蔵野美術大学)による研究発表が行われました。
まず米沢は「調査報告 長谷寺 銅造十一面観音立像」と題して、奈良・長谷寺の十一面観音立像の概要について報告しました。長谷寺像は鎌倉時代に制作された金銅仏で、長谷寺本尊を模した十一面観音立像と考えられています。米沢は本像について様式や図像に検討を加え、さらに鋳造技法に特異な点がみられることを指摘しました。
続いて奥氏による「蓮華王院本堂千手観音・二十八部衆像再考」と題した研究発表が行われました。京都・蓮華王院本堂(三十三間堂)は長寛二年(1164)に建立されたものの鎌倉時代の大火によって焼失し、文永三年(1266)に再建されたことはよく知られています。奥氏は本尊千手観音像の眷属である二十八部衆像について、まず『山槐記』の記事から創建当初には存在していたことを前提とし、現存する像の多くが平安時代の創建当初に制作されたものであること、また鎌倉時代に再興された像も基本的には創建当初像に倣った姿であることを指摘しました。二十八部衆像の制作年代に関しては作風に加えて制作技法の特徴を挙げて論証し、文化財修理の現場に長年携わってきた奥氏の知見に基づいた非常に説得的な内容でした。さらに、二十八部衆像のうち婆数仙像には中国・五台山に対する信仰が反映されている可能性について論じ、後白河院による創建当初の構想にも言及しました。
奥氏の発表は二十八部衆像の研究史に大きな一石を投じるもので、終了後には参加者から活発な意見が交わされ大変有意義な研究会となりました。
柳澤孝資料の一部
データベース画面
東京文化財研究所の前身である美術研究所に長らく奉職した柳澤孝氏(1926〜2003)は日本仏教絵画史の第一線の研究者として晩年まで活躍し、緻密かつ極めて鋭い観察眼によって研究史の基礎となる論文を数多く執筆しました。柳澤氏の没後、自宅に保管されていた大量の写真フィルムはそのほとんどが教鞭をとっていた慶應義塾大学美学美術史研究室に寄贈されましたが、研究所の職務に関わって撮影されたとみられるフィルムは文化財情報資料部で受け入れました。
柳澤氏の没後から20年以上を経て、国内外で行なった調査で撮影されたポジフィルムおよび収集した紙焼き写真のコレクション計1,297点をすべてデジタル化し、東京文化財研究所のウェブサイトでデータベースを公開しました。
https://www.tobunken.go.jp/materials/yanagisawa_film
ポジフィルムの中には当時まだ珍しかった赤外線ビデオカメラで撮影された作品画像が含まれており、戦後の早い時期から科学的手法を文化財調査に取り入れていた美術研究所の軌跡を知る上でも大変貴重なものと言えます。デジタル化した画像は資料閲覧室内で公開しています。ご利用についてはウェブサイトをご覧ください。
https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/application/application_image.html
菅沼貞三旧蔵資料の一部(資料閲覧室)
資料整理の様子
菅沼貞三氏(1900~1993)は、東京文化財研究所の前身である美術研究所に勤務したのち慶應義塾大学教授として日本近世絵画、特に文人画の研究に取り組み、多くの論文・書籍を執筆しました。慶應大学在職時に氏が収集した資料は長らく美学美術史学の研究室に保管されていましたが、研究室を引き継いだ河合正朝氏(慶應義塾大学名誉教授)から令和4年(2022)に東京文化財研究所に寄贈されました。資料の大半は台紙貼りの紙焼き写真で、文人画を中心とした近世絵画の他に、障壁画や建築、彫刻など同じく慶應義塾大学文学部教授で日本彫刻史研究の泰斗であった西川新次氏(1920~1999)が収集した写真資料も含まれています。文化財情報資料部では、安永拓世氏(成城大学)の協力を得て資料の整理と目録化を進め、この度ウェブサイトですべての資料の目録およびフィルムのデジタル画像を公開しました(https://www.tobunken.go.jp/materials/suganuma_print)。とりわけ文人画と障壁画の資料の中には現在は所在不明の作品や撮影当時から所蔵者が変更となった作品も含まれており、現在の作品研究においても非常に有効な資料群と言えます。なお、実際の資料は資料閲覧室のキャビネットに保管されており、来所して閲覧することができます。資料閲覧室の利用方法はウェブサイトをご覧ください。
研究会風景
東京文化財研究所の所蔵資料は、主に研究者に向けて公開され活用されていますが、収集経緯を含めた資料の歴史に光があたることは、実はそう多くありません。今回は「木村荘八自筆資料」という大正から昭和を通じて活動した洋画家の木村荘八が遺した資料を対象に、在職中に資料収集を主導した田中淳氏(客員研究員、大川美術館館長)と、文学研究の立場に基づいて近年調査を進めてきた新井由美氏(奈良工業高等専門学校准教授)に登壇頂き、この資料の意義を解き明かし、研究成果を報告して頂きました。演題は「東京文化財研究所における木村荘八資料の収集経緯について」(田中淳氏)、「木村荘八「パンの会」制作に関する諸問題 ―東文研所蔵資料「木村荘八制作ノート 自昭和五年至昭和廿一年」を中心として」(新井由美氏)です。
まず田中淳氏は、木村荘八資料を東文研で所蔵し、他機関と連携して翻刻・研究を行ってきた30年近くにわたる経緯を報告し、また家中に手帳を置き手当たり次第に書くメモ魔であったという、木村本人と交流のあった資料旧蔵者による証言などを紹介しました。
次に新井由美氏は、資料の中で昭和初期の日記を対象とし、時系列が錯綜する資料の状況を整理した上で、木村の代表作のひとつである油彩画《パンの会》(1928年、北野美術館蔵)を中心に、絵画制作に関係する記述について論じました。
田中氏の語った「メモ魔」というイメージと、新井氏の指摘した、同じ日記帳の中で別時期に書かれた内容が入り混じる木村の記述スタイルとが完全に一致していたこともあり、質疑応答の時間には、実際の資料を見ながら木村荘八の人間像に迫る意見が活発に交わされました。
本研究会は、美術史研究者と文学研究者が集い、ひとりの画家の記録を通して昭和初期の状況について意見を交換する、貴重な機会となりました。
國華社旧蔵写真資料データベース
このたび文化財情報資料部では「國華社旧蔵写真資料データベース」を公開しました。
『國華』は明治22年(1889)に岡倉天心や高橋健三らによって創刊された日本および東洋美術を対象とする研究雑誌です。現在も刊行が続く美術雑誌としては世界で最も歴史あるもののひとつであり、かつて散逸の危機にあった日本美術の価値を世界に紹介し、文化の保護を啓発することを目的として誕生しました。誌名の「國華」は創刊の辞の一節「美術は国の精華なり」に由来するもとされます。
國華社旧蔵写真資料は、この130年を超える歴史を持つ『國華』の編集過程において、長年にわたり蓄積・保管されてきた写真資料群です。創刊当初より図版の質に徹底してこだわり、創刊時は写真印刷術の第一人者であった小川一真を起用したコロタイプ印刷や、一流の職人による木版画などを用いて美術作品を再現してきました。本資料群は、こうした厳格な編集作業の系譜のもとに作成された記録を基礎としています。これらの写真資料は、美術史研究における重要な基礎資料です。
これらの貴重な資料を研究に役立てるため、國華社より寄贈を受けた資料の一部を「國華社旧蔵写真資料データベース」として公開いたしました。本データベースは研究利用における即時性と資料の共有を重視し、随時内容の追加・更新を行ってまいります。
https://www.tobunken.go.jp/materials/kokka-sha_photo
迫内祐司氏による発表の様子
ディスカッションの様子
近現代美術の研究において、作品を生み出す作家を対象とするのはもちろんですが、作家や作品を評価し、文筆を通して後世に伝える批評家について調査し、考察することも重要です。3月4日の文化財情報資料部研究会では、『日本画壇争闘史』(1924年刊)、『南画と文人画の鑑賞』(1934年刊)、『半古と楓湖』(1955年刊)等、多くの著作を残した添田達嶺(1888~1971)をテーマに、2名の研究者による発表が行なわれました。
迫内祐司氏(小杉放菴記念日光美術館学芸員)による発表「添田達嶺とその資料について」では、これまでほとんど知られることのなかった達嶺の生涯と業績が詳らかにされました。続く堀宜雄氏(福島県立美術館専門員)の「書簡資料にみる添田達嶺と東西日本画家との交流」では、遺された達嶺宛ての書簡の中から、金島桂華、土田麦僊、堂本印象、堅山南風、酒井三良といった東西の日本画家によるものを紹介、その交流の一端をひもときました。
この度のお二人の研究は、出光美術館の助成を受けて行なわれた、添田家に伝わる資料群の調査に基づくものです。研究会には、この調査に加わった伊能あずさ氏(川越市立美術館学芸員)、田邊健氏(小杉放菴記念日光美術館学芸員)も参加、また達嶺の孫である江中(添田)里子先生(昭和女子大学名誉教授)にもご出席いただきました。発表後のディスカッションでは、江中先生の回想も交えながら、達嶺の美術史における位置、そして遺された資料群の今後の活用について意見が交わされました。
煉瓦造建築における現場計測の様子
実験室での予備測定の様子
保存科学研究センターでは、令和7(2025)年度に片側開放型H-NMRを導入しました。材料中に含まれる水分は、塩の析出や凍結による物理的破壊、膨張・収縮に伴う損傷、さらにはカビの生育など、さまざまな劣化現象を引き起こします。そのため、材料内部の水分状態を把握することは、文化財の損傷リスク評価や適切な保存方法を検討するうえで重要な要素の一つです。片側開放型H-NMRでは、装置から磁場を与えることで、水分に含まれる水素のNMR信号を検出します。この信号の強さや変化を解析することで、水分量や水の運動性の違いを、把握することが可能です。
令和8(2026)年3月には、海水の毛管上昇に伴う塩類析出により壁面の劣化が進行している煉瓦造建築を対象として、片側開放型H-NMRを用いた現地調査を実施しました。本調査では、装置導入後初の現場適用事例として、非破壊で深さ方向の含水率分布の測定を行いました。従来の非破壊による含水率測定手法では、取得できる情報が材料表面に限られるものや、平滑な面にしか適用できないといった制約があり、劣化した壁面の内部情報を把握することが困難でした。これに対し、本手法では表面状態に依らず、材料内部の深さ方向の含水率分布を取得することが可能となりました。本調査は、東京文化財研究所保存科学研究センター、京都大学、名古屋大学、奈良文化財研究所による共同研究として実施している、煉瓦造建築の塩類風化対策を目的とした材料施工および環境調整手法に関する研究の一環として行われたものになります。
今後は、水分量の把握にとどまらず、適切な保存対策手法を検討するうえで必要な材料物性を非破壊で評価する手法へと応用を広げるとともに、その他の材料や文化財への展開を図っていきます。
ポンペイ考古学公園事務局
ナポリ国立考古学博物館
文化遺産国際協力センターでは、壁画をはじめとする不動産文化財を主たる対象として、保存・活用に関する理念的枠組みと実践的技術の両側面から国際共同研究に取り組んでいます。これにより、保存修復および維持管理の水準向上に資する基盤の強化を図るとともに、その成果を活用した文化遺産保護に関する国際協力事業の推進を目指しています。
令和8(2026)年2月24日から3月13日にかけてイタリアを訪問し、ウルビーノ大学、フィレンツェ大学、ならびにイタリア国立研究評議会の研究者と協議を実施しました。主たる議題は、保存修復材料の現状における課題の整理と、その改善に資する研究の方向性を検討することです。協議を通じて、各機関が共通の問題意識を有していることを確認し、今後は国際共同研究の枠組みのもとで連携し、具体的研究を推進していくことで合意に至りました。
また、ナポリ国立考古学博物館およびポンペイ考古学公園の訪問に際しては、ローマ時代の壁画およびスタッコ装飾の保存修復に関する現状把握を行うとともに、既存手法の課題や改善の可能性について現地研究者と意見交換を行いました。その結果、同遺跡公園が管理する壁画およびスタッコ装飾について、本研究の対象として提供を受けるとともに、保存修復技術の高度化に向けた研究に対する協力を得られることとなりました。
今後は、研究活動の一環として、ローマ時代の壁画およびスタッコ装飾を主たる対象とし、今回協議を行った各機関との連携のもと、材料研究および保存修復技術の体系化を進めていく予定です。本取組みは、文化遺産保存分野における国際協働の深化とその実践的展開に向けた重要な基盤形成の一端を担うものです。さらに、これにより得られる成果を日本国内外における文化遺産の保存修復および維持管理の実践に還元し、各地の文化遺産の持続的な保護と活用に資することを目的としています。
酒呑童子絵巻(根津美術館所蔵)デジタルコンテンツ
伝狩野山楽筆「酒呑童子絵巻」トップページ
住吉弘尚筆「酒呑童子絵巻」第3巻第3段部分
令和7(2025)年5月に東京文化財研究所資料閲覧室内での画像閲覧専用端末で、住吉廣行筆「酒呑童子絵巻」(6巻、ライプツィヒ・グラッシー民族博物館蔵、以下ライプツィヒ本)のデジタルコンテンツの公開を開始したのに続き[令和7(2025)年5月活動報告:https://www.tobunken.go.jp/
materials/katudo/2391511.html]、根津美術館所蔵の伝狩野山楽筆(3巻、以下伝山楽本)と住吉弘尚筆(8巻、以下弘尚本)の酒呑童子絵巻のデジタルコンテンツを限定公開しました。伝山楽本は謹直な描線と濃密な彩色によって絵巻という画面形式を最大限活かして酒呑童子の物語が躍動的に表されています。また弘尚本は他に例のない8巻からなる酒呑童子絵巻として根津美術館での展覧会などでも注目され、ライプツィヒ本を継承する作品です。絵巻という横に長く続く画面形式から、伝山楽本も弘尚本も、絵巻全体の画像を概観することのできる紙の書籍などは存在していません。コピーやプリントアウトなどはできない閲覧限定コンテンツですが、豊富な描写内容を持つ絵巻の各場面を自由に拡大して見ることができます。研究資料としてご活用いただければ幸いです。
https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/
library/library_collection/index.html
このデジタルコンテンツは科研費・基盤研究B「酒呑童子絵巻の研究」(22H00623)の成果の一部です。