研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
| ■東京文化財研究所 |
■保存科学研究センター |
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ソウル大学校中央図書館「見える収蔵庫」/手前には資料展示用のケースが設けられている(撮影時は展示替えのため資料なし)。天井照明には調光機能があり、区画ごとに照度を調整できる。
ソウル工芸博物館 工芸図案の保管展示
文化財情報資料部のプロジェクト「文化財に関する調査研究成果および研究情報の共有に関する総合的研究」(シ01)では、国内外の諸機関と連携しながら、文化財関連資料の保存・活用に関する研究を進めています。その一環として、令和7(2025)年度に引き続き、韓国における美術アーカイブの現況を調査するため、令和8(2026)年9月28日(月)から10月1日(木)まで、橘川英規(文化財アーカイブズ研究室長)と田代裕一朗(同室研究員)の2名が韓国を訪問しました。
9月29日(火)には、国立中央博物館を訪問し、ジョン・ヘウン主務官、ジョン・ジェホ司書らの案内のもと、図書館を見学しました。特に印象的だったのは、開架エリアの一角に設けられた個人文庫です。金載元(キム・ジェウォン)初代館長や崔淳雨(チェ・スヌ)元館長らの旧蔵書が寄贈者ごとにまとめられており、蔵書を通じて研究者の学問的関心や活動の軌跡を伝える展示方法は、当研究所における研究者アーカイブの公開にも参考となるものでした。また、キム・ヨンミン学芸研究官の案内のもと、1945年以前に撮影された文化財写真のガラス乾板約3万8千点を収める専用収蔵庫を見学しました。同館では、キム氏が中心となり、1987年以降、写真の複製や目録化、デジタル化を段階的に進め、2019年には公開画像の高画質化も実施しています。ガラス乾板は当研究所にも共通する所蔵資料であり、技術の進歩に伴うデジタル画像の再作成や、原板の長期保存をめぐる課題について意見を交わしました。一連の整理事業の経緯は、将来の技術的変化も見据えた原資料の継続的な保存の重要性を示すものでした。
9月30日(水)には、ソウル大学校中央図書館を訪問し、パク・ソンヒ記録文化遺産チーム長、ジョン・ヘヨン司書らの案内のもと、アーカイブの管理・運営状況を調査しました。同館は1975年竣工の本館と2015年増築の「冠廷館」が一体となった図書館で、令和8(2026)年2月には両館を結ぶ空間に「ヘリテージ・ライブラリー」が新設されました。今回見学した「見える収蔵庫」(보이는 수장고)では、収蔵庫内部をガラス越しに公開し、貴重な文献資料を美術作品のように鑑賞できる空間が設けられていました。資料を単に保存・閲覧の対象とするのではなく、その姿自体を見せることで関心を喚起する発想が印象的でした。研究利用を中心に資料公開を進めてきた当研究所にとっても、展示・鑑賞を通じてアーカイブの価値をより広く伝える可能性を示す事例でした。
10月1日(木)には、ソウル工芸博物館を訪問し、イ・スンミ学芸研究士の案内のもと、工芸アーカイブの取り組みについて調査しました。令和3(2021)年に開館した同館は、工芸を完成作品のみならず、制作技術や作り手の活動を含めて捉え、図案・図面・文書・写真から制作道具などの実物史料まで、幅広く収集・保存しています。当研究所にも、金工家・金工史家であった香取秀真の意匠図案や日記、金工品の調査記録など、工芸の制作や研究の過程を伝える資料が所蔵されています。今回の訪問では、多様な資料を相互に関連づけながら整理・活用し、工芸をめぐる活動の全体像を捉えようとする同館の取り組みについて意見を交わしました。
なお、今回の訪韓では、当研究所と韓国国立現代美術館が令和8(2026)年5月に締結した学術・文化交流に関する協定に基づき、9月28日(月)と10月1日(木)に同館の担当者と面会しました。協定初年度にあたる本年度の共同事業について、韓国近代美術関係資料の調査・整理やデジタル化などの進捗状況を共有し、今後の資料情報の共有方法や共同研究の方針について改めて協議をおこないました。
今回の調査は、資料の保存に加え、その来歴や相互関係をいかに伝え、活用していくかを考える機会となりました。今後も各機関との交流を継続し、得られた知見を当研究所におけるアーカイブの整備・公開に生かしていきたいと考えています。
中国美術学院(中国浙江省杭州市)
令和8(2026)年9月24日・25日の両日、中国浙江省杭州市の中国美術学院を訪問し、美術史研究に関する学術交流を行いました。
中国美術学院は、中国を代表する美術系高等教育機関の一つであり、中国美術史の研究や美術教育において重要な役割を担っています。今回の訪問では、藝術人文学院副院長 万木春教授をはじめとする同学院の教員・大学院生と交流し、今後の研究協力の可能性について意見を交換しました。
24日には、美術史を専攻する大学院生とのラウンドテーブルディスカッションを開催しました。学生からは、日本美術史の研究方法、作品と文献資料の関係、デジタルアーカイブの活用、国際的な視野から美術史を研究する意義など、多岐にわたる質問が寄せられました。これらをもとに、それぞれの研究課題や研究環境について活発な意見交換が行われました。また、象山キャンパスの施設を視察するとともに、杭州周辺の歴史的な文化遺産を訪れる機会もあり、中国美術の研究対象となる地域の歴史や文化的環境について理解を深めました。
今回の訪問にあたっては、当研究所客員研究員の後藤亮子氏に、現地での調整、同行、通訳など、多岐にわたるご協力をいただきました。同氏のサポートにより、円滑かつ充実した研究交流を行うことができました。
東京文化財研究所と中国美術学院との間では、これまでも研究者の講演や学術論文の寄稿などを通じた交流が重ねられてきました。今回の訪問を契機として、両機関の学術交流がさらに発展することが期待されます。
ワークショップの様子 ※スクリーンショット
令和8(2026)年9月25日、東京文化財研究所(以下、東文研)は、英国のセインズベリー日本藝術研究所(Sainsbury Institute for the Study of Japanese Arts and Cultures、以下SISJAC)との研究交流ワークショップをオンラインで初めて開催しました。
英国ノリッチに所在するSISJACは、ヨーロッパにおける日本芸術文化研究の主要拠点の一つです。東文研では平成25(2013)年より同研究所との共同事業を継続しており、研究情報の共有に取り組むとともに、文化財情報資料部の研究員を毎年英国へ派遣し、講演や研究交流を行ってきました。
これまでの交流は、主に東文研の研究員が英国で研究発表を行う形で進められてきました。そこで、令和7(2025)年12月に田代裕一朗と吉田暁子が訪英した際、SISJACの関係者との協議において、両機関の研究者が互いに研究成果を発表し、意見交換できる機会を設けることを提案しました。今回のワークショップは、この提案を具体化したものであり、従来の交流をより双方向的なものへと発展させるための新たな試みです。
初回となる今回は、今後の継続的な開催を見据え、Microsoft Teamsを用いた小規模なオンライン形式で実施しました。冒頭では、SISJACのユージニア・ボグダノヴァ=クマー氏と東文研の田代が、それぞれの機関における近年の活動について紹介しました。
続く研究発表では、SISJACのフェロー3名が報告を行いました。Claudia Zancan氏は「空間・文様・体験:壁画系装飾古墳への新しいアプローチ」、Jung-An Liu氏は「神話から帝国へ――八紘一宇の塔における図像伝統の重層と交錯」、Eve Kazuhara-Loh氏は「『植物性』の観点から見た田中一村の絵画」と題して発表し、それぞれ河野一隆氏(東京国立博物館)、坂口英伸氏(美術史研究者)、塩谷純(東文研)がコメンテーターを務めました。
一方、東文研からは、田代が「立原正秋の文学世界と韓国陶磁」、月村紀乃が「美術作品の伝来研究―旧長尾美術館所蔵品を例として」と題して発表し、それぞれSol Jung氏(Independent Scholar and Curator, Norway)、植野哲也氏(林原美術館)がコメンテーターを務めました。
各発表では、多様な研究テーマや方法論が紹介され、コメンテーターからも活発に質問や意見が寄せられました。専門分野の異なる研究者がそれぞれの視点から議論を交わすとともに、国内外の研究者が互いの研究活動に触れ、新たなつながりを築く機会となりました。ワークショップ終了後には、SISJAC側から、各研究発表や両機関の近年の研究活動について興味深く聞くことができたとの感想とともに、今後の持続的な開催を期待する声も寄せられました。
今回のワークショップは、これまで積み重ねてきたSISJACとの協力関係を基盤に、新たな研究交流の可能性を広げる第一歩となりました。文化財情報資料部では、今回の試行的な開催で得られた手応えをもとに、国内外の若手研究者をつなぐ場としても発展させながら、研究情報の共有と人的交流の両面からSISJACとの連携を深めていきたいと考えています。
実習の様子
本美濃紙の工房への訪問
令和8(2026)年8月24日~9月11日、東京文化財研究所とICCROM(文化財保存修復研究国際センター)が共催する国際研修「紙の保存と修復」を実施しました。優れた文化財修復材料として国際的に認識されている日本の紙ですが、海外の保存修復技術者が日本の紙やそれらを使用した修復技術について正しい知識を得ることは困難です。本研修では、講義、実習、スタディーツアーを通して参加者に日本の紙への理解を深めてもらい、各人の修復技術がより効果的なものとなることを目指します。本年は131名の応募者の中から選ばれた10カ国10名の専門家が参加しました。
講義では紙のほか、小麦デンプン糊や膠といった接着剤に関する科学的知識を深めました。続く実習では巻子の制作を通して、国の選定保存技術である装こう修理技術を学びました。スタディーツアーでは、美濃、名古屋、京都を訪れ、国の重要無形文化財である本美濃紙の工房や修復工房などを訪問しました。修復に用いられる材料や道具がどのように作られているのかを実際に見ることができたことは、参加者にとって貴重な機会となりました。また、研修を通して、参加者と日本の道具材料の生産者や保存修復士、さらに参加者同士の交流が生まれたことも、本研修の大きな意義であるといえます。
終了後に参加者へおこなったアンケートでは、仕事に直接取り入れられる知識が学べたといった感想や、実体験を通じて理解を深めることができたといった感想が得られました。参加者が本研修で学んだ知識や技術を活かし、さらに活躍することが期待されます。
ギリシャ時代の石灰質砂岩で造られた柱(セリヌンテ考古学公園)
損傷著しいローマ時代の壁(モンテ・サンタンジェロ考古遺跡)
東京文化財研究所では、壁画をはじめとする不動産文化財を主たる対象として、保存・活用に関する理念的枠組みと実践的技術の両側面から国際共同研究に取り組んでいます。これにより、保存修復および維持管理の水準向上に資する基盤の強化を図るとともに、その成果を活用した文化遺産保護に関する国際協力事業の推進を目指しています。
こうした取り組みの一環として、令和8(2026)年9月9日から10月2日にかけてイタリアを訪問し、ウルビーノ大学、ボローニャ大学、フィレンツェ大学、ならびにイタリア国立研究評議会(CNR)の研究者と、今後の国際共同研究について協議を行いました。本協議は、同年2月から3月の訪問時に確認された、保存修復材料の現状における課題とその改善に向けた共通認識を踏まえ、具体的な研究内容と実施体制を検討するものです。
研究では、ギリシャ・ローマ時代に制作された壁画および石造文化財を対象に、保存修復処置に用いる補強方法の改善と高度化を目指します。文化財の材質や劣化状態に応じた処置材料の挙動を明らかにし、より適切な補強技術の確立につなげることを目的としています。研究全体は東京文化財研究所が総括し、各協力機関がそれぞれの専門性を生かして分析調査や検証実験を担う体制について協議を進めました。
今後は、各機関の知見と技術を結集し、文化遺産の保存修復に関する課題の解決に向けた研究を具体化していきます。得られた知見を国内外の保存修復および維持管理の現場に応用するとともに、国際協力事業への展開を図ることで、多様な文化遺産の保護に寄与することを目指します。
ソンマ・ヴェスヴィアーナ遺跡でのクリーニングテスト
ヴィッラ・ロマーナ・ディ・レアルモンテから出土したスタッコ装飾片
文化遺産国際協力センターでは、令和3(2021)年度より、運営費交付金事業「文化遺産の保存修復技術に係る国際的研究」の一環として、スタッコ装飾および塑像に関する研究調査を進めています。
ギリシャ・ローマ時代を中心とする考古遺跡の保存修復に関する研究を推進するため、令和8(2026)年9月9日から10月2日にかけてイタリアを訪問し、ソンマ・ヴェスヴィアーナ遺跡をはじめ、シチリア島のセリヌンテおよびアグリジェントの考古学公園とその周辺に点在する考古遺跡において調査研究を実施しました。
ソンマ・ヴェスヴィアーナ遺跡では、東京大学を中心とする調査団によって発掘されたローマ時代の装飾門を対象に、過去の修復時に塗布された合成樹脂の除去方法について、効果的かつ適切な保存修復手法を検討するため、複数の条件を設定したクリーニング実験を実施しました。これにより、今後の処置方法の選定に向けた基礎的な知見を得ることができました。
また、シチリア島では、パレルモ文化財監督局の協力のもと、各地の考古遺跡に残る、古代オリエントからギリシャ・ローマ時代にかけて制作されたスタッコ装飾を調査しました。その結果、時代や遺跡によって使用材料や制作技法に明確な違いが認められ、それらの特徴や変遷を解明するために必要な科学分析および検証実験の方向性を具体化することができました。さらに、関係機関との協議を通じて、本研究への理解と関心が一層深まり、今後の調査研究に向けた協力体制がより確固たるものとなりました。
今後は、現地調査で得られた知見をもとに、科学分析と実験的検証を組み合わせ、スタッコ装飾の材料・技法とその歴史的変遷を明らかにするとともに、遺跡の環境や保存状態に応じた保存修復方法の確立を目指します。さらに、現地の関係機関との連携を継続・発展させ、文化遺産の長期的な保存と適切な維持管理に資する研究を進めていく予定です。
令和8(2026)年8月24日、26日、27日の3日間、韓国・高麗大学校考古美術史学科の一行が、韓国工芸に関する近代期文献資料調査のため、東京文化財研究所の資料閲覧室を訪問しました。
今回の訪問は、同大学が現在取り組んでいる受託研究「韓国近代期工芸品実態調査及び資料収集研究」(韓国・国立文化遺産研究院)の一環として行われたものです。同事業は、開港期にあたる1876年から1945年までを対象として、国内外のさまざまな機関に分散して残されている韓国工芸関連資料の所在を調査し、収集・整理することを目的としています。
調査には、高麗大学校考古美術史学科教授の金允貞(キム・ユンジョン)、金恩慶(キム・ウンギョン)両氏をはじめ、同研究室に所属する全南彦(チョン・ナモン)氏、宋枝澔(ソン・ジホ)氏、沈惠智(シム・ヒェジ)氏、金是賢(キム・シヒョン)氏が参加しました。一行は、それぞれの研究関心に基づき、当研究所が所蔵する近代期の韓国工芸に関する資料を閲覧し、3日間にわたって関連資料の所在と内容を調査しました。また、調査の合間には、文化財情報資料部の田代裕一朗研究員が当研究所の沿革や資料収集の歴史について説明するとともに、書庫を案内し、所蔵資料の構成や特徴について紹介しました。
当研究所では、その前身である帝国美術院附属美術研究所が設置された昭和5(1930)年以来、美術や文化財に関する図書・雑誌、展覧会資料、写真資料などを同時代的かつ継続的に収集・蓄積してきました。これらは近代美術史研究の基礎資料として重要な位置を占めていますが、そのなかには、近代期における韓国工芸の制作・展示・流通や、それをめぐる日本側の動向を知るうえで重要な資料も含まれています。今回の調査を通じて、当研究所の所蔵資料が韓国における工芸史研究の進展に活用されるとともに、今後の日韓の研究交流へとつながっていくことを期待しています。
疾風(1446号機)の視察(知覧特攻平和会館)
零式水上偵察機の視察(万世特攻平和祈念館)
展示された自衛隊機の視察(鹿屋航空基地史料館)
令和8(2026)年度、東京文化財研究所保存科学研究センターでは航空機の保存に関する韓国との学術交流を進めています。令和8(2026)年6月には千葉研究員、川野邊名誉研究員と共同研究者らが韓国を訪れ、現地の取り組み事例を視察しました(https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/2527344.html)。これに続く形で、8月に韓国から戦争記念館のカン・ヒョンサム氏、ハンソ大学校のオ・スンジュン氏を日本にお招きし、鹿児島県内における航空機保存の現場をご紹介しました。
南九州市の知覧特攻平和会館では、南九州市指定文化財である陸軍四式戦闘機「疾風(1446号機)」の保存に向けた調査現場をご案内しました。この調査は、同館により平成28(2016)年から継続的に実施されているもので、東京文化財研究所も南九州市との覚書に基づき、共同で調査に当たっています
(参考:https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/995996.html、https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/1033881.html)。
この調査では、オリジナルパーツの残存状況や劣化状態の確認、また戦後にアメリカ軍や民間所有者等によって交換されたパーツの特定を通じて、機体の歴史的評価を深めるとともに、今後の保存に必要な情報を取得することを目的としています。作業は、知覧特攻平和会館の主導のもと、大戦機保存修復、エンジン修復、航空史、そして保存科学など多様な分野のスペシャリストによるチームで行われています。韓国では主に保存科学研究者が主導して作業が行われることが多いとのことで、多様なバックグラウンドを持ったメンバーが共同で作業に当たっていることに関心が寄せられました。
また、この度の視察では、知覧特攻平和会館に加え、以下の施設も訪れました。
南さつま市・万世特攻平和祈念館:海浜から引き揚げられた機体(零式水上偵察機)の保存・展示に関する現状と課題の共有
鹿屋市・鹿屋航空基地史料館:二式大型飛行艇や多数の自衛隊機など、主に屋外で展示・保管されている機体のメンテナンスに関する現状と課題の共有
これらの視察を通じ、韓国における航空機の調査・保存の取り組みなども踏まえながら、日韓双方の視点から活発な意見交換が行われました。
本交流事業では、来る11月にも両氏を日本にお招きし、関東近郊における航空機保存の取り組みをご紹介するほか、さらなる意見交換を重ねる予定です。東京文化財研究所では、今回の交流と調査で得られた知見を活かし、今後も国内外の専門機関と連携しながら、貴重な航空機遺産の保存・活用に向けた取り組みを進めてまいります。
末筆ながら、この度の視察にあたりご対応いただいた各機関の皆様へ改めて御礼申し上げます。
日光東照宮下神庫(処理空間内部)
視察の様子
令和8(2026)年8月17日~19日にかけて、彩色修理を終えた日光東照宮下神庫で実施された「湿度制御温風処理」の現地視察を行いました。
湿度制御温風処理とは、文化財害虫を60℃程度の温風によって駆除する処理技術で木造建造物の柱や梁などの木材を対象に開発されました。
処理中は昇温および降温の過程に応じて処理空間内の湿度を適切に制御し、木材の含水率を一定に維持することで木材の物性への影響を最小限に抑えながら、木材内部まで十分な温度上昇を図ることができます。
従来、博物館資料や木造建造物をはじめとする文化財の殺虫処理にはガス燻蒸が広く用いられてきました。しかし、安全性や環境負荷への懸念から、その継続的な運用が難しくなりつつあります。そのため、湿度制御温風処理はガス燻蒸に代わる新たな文化財害虫の対策技術として導入や活用の幅を広げつつあります。
これまでに、東京文化財研究所をはじめとする研究チームにより、実際の木造建造物を対象として検証処理が行われました。検証では、殺虫効果や建造物への影響に加え、処理時の騒音などの周辺環境への影響や消費電力についても検討が行われました。
これらの検証を経て、湿度制御温風処理は、木造建造物への影響を抑えながら害虫を駆除できる実用的な処理技術として、文化財保存の現場で適用実績を重ねています。
下神庫は、長年にわたり受け継がれてきた高度な建築装飾技術と伝統的な材料によって彩色や金具の修理が施され、壮麗な佇まいを取り戻していました。今回の処理は、その装飾修理後の状態で初めて処理が行われました。
本事例を通じて、未彩色の状態のみならず、彩色修理後の状態における処理についても知見を蓄積し、保存修復の現場におけるさらなる適用に繋げていきたいと考えています。
報告書の表紙
紫外線蛍光(UVfl)による撮影画像
文化遺産国際協力センターでは、「スタッコ装飾及び塑像に関する研究」の一環として、イタリア・フィレンツェ大聖堂においてオペラ・ディ・サンタ・マリア・デル・フィオーレ(Opera di Santa Maria del Fiore)が所蔵・管理する塑像を対象に、各分野の専門家と共同で調査研究を進めてきました。このたび、その成果をまとめた報告書『SAN ZANOBI nel Duomo di Firenze – Uno studio sulla scultura in terra cruda』を刊行しました。
本報告書では、1589年、トスカーナ大公フェルディナンド1世・デ・メディチの婚礼祝祭のために制作された仮設ファサードを飾った彫刻群のうち、ピエトロ・フランカヴィッラ(Pietro Francavilla)作とされる「聖ザノビウス像(San Zanobi)」を中心に、粘土などの可塑性のある素材を盛り上げたり削ったりしながら造形される「塑像(そぞう)」について、当時における内部構造や表面仕上げ、装飾、現在の保存状態など、多角的な調査を行った成果をまとめています。
調査は、まず16世紀の文献であるGualterottiの記述やScarabelliによる版画資料との比較を通じて、聖ザノビウス像が制作された歴史的背景や、当時の仮設ファサードにおける彫刻の位置づけについて検討しました。加えて、平成26(2014)年に実施された過去の修復についても検証を行い、現在の保存状態に至るまでの経緯を考察しました。
続いて、こうした文献・資料調査を踏まえて研究計画を立案し、実際の作品を対象とした調査を行いました。携帯型X線デジタル撮影による内部構造の可視化では、荷重を支える木製の骨組みや金属製の釘、アシなどの植物繊維を用いた構造など、外観からは確認することのできない内部の特徴を明らかにしました。また、3Dデジタルスキャナーによる高精細な形状記録に加え、紫外線蛍光撮影や顕微鏡観察によって、表面に残る白色層や金箔装飾などについても詳細な観察を行いました。
今回の報告書の刊行をもって、これまで進めてきた共同研究の第一段階は、ひとつの区切りを迎えることとなりました。今後は、得られた知見を礎として、微破壊調査による材料分析へと進んでいきます。大理石彫刻が中心であった16世紀のフィレンツェにおいて、今日まで残されていること自体が稀少な塑像。その材料や制作技法を解明し、得られた成果を今後の保存や修復に生かすことができるように、調査・研究を継続していきたいと考えています。
資料閲覧室開架での資料案内
スライドによる資料閲覧室の活動紹介、利用案内
令和8(2026)年7月21日、武蔵野美術大学の大学院生4名(引率:江村知子教授)をお迎えし、当研究所の資料閲覧室利用ガイダンスを開催しました。
今回のガイダンスでは、まず庁舎2階研究会室にて橘川より資料閲覧室の利用方法や蔵書構成について説明を行いました。その後、資料閲覧室および書庫へ移動し、文化財調査写真や展覧会カタログ、売立目録をはじめとする美術・建築関連の資料を中心に紹介しました。参加した学生は、日本美術史、建築学、油絵制作などを専門としていて、それぞれの資料を手に取りながら、自身の研究や制作への活用方法を見据えた活発な質問が寄せられました。
文化財情報資料部 文化財アーカイブズ研究室では、研究プロジェクト「専門的アーカイブと総合的レファレンスの拡充」において、文化財研究に関する資料の収集・整理・保存を行うとともに、専門家や学生の方々がこれらの資料へ円滑にアクセスし有効活用できる環境整備に取り組んでおります。その一環として、今後も積極的に利用ガイダンスを実施してまいります。
受講をご希望の方は、「利用ガイダンス」(対象:大学・大学院生、博物館・美術館職員等)をご参照の上、お申込みください。
https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/application/application_guidance.html
西海岸ペヨンシンクッ・テドンクッ保存会でのインタビューの様子(仁川)
東京文化財研究所無形文化遺産部は、平成20(2008)年より大韓民国国家遺産庁無形遺産局と研究交流を実施し、その一環として相互に研究員を派遣して調査研究を行う人事交流を行っています。令和8(2026)年7月19日~31日まで、無形文化遺産部部長・石村智が「現代的コンテキストにおける大韓民国のクッ(巫術)」をテーマに調査しました。
クッとは巫堂(ムーダン)と呼ばれるシャーマンによって行われる、朝鮮半島の伝統的な儀礼のことですが、その様相は地域によって大きく異なっています。1970年代に朴正熙大統領によって進められたセマウル運動と呼ばれる近代化政策によって、クッは「迷信」「非科学的」なものとして迫害の対象となりました。しかし、1980年代以降になるとクッは伝統文化として再評価されるようになり、無形文化財として保護の対象とされるようになりました。平成21(2009)年には済州島の「チルモリ堂霊登クッ」がユネスコの無形文化遺産代表一覧表に記載されました。
今回の調査は、いずれも国の無形文化財に指定されている「東海岸別神クッ」(釜山)、「南海岸別神クッ」(統営)、「西海岸ペヨンシンクッ・テドンクッ」(仁川)を対象に、その保存会の方々にインタビューをする形で行われました。主な質問内容は、伝統文化としてのクッを現代社会において継承していく上での課題と、現代社会の中で新たに果たしうる役割についてでした。
その結果、いずれの保存会の方々も継承においては課題があると語りました。国の無形文化財に指定されることによって保存会は公的な支援を受けることが出来るようになったものの、保存会の活動だけでは十分な収入を得るのが難しく、パートタイムで働かざるを得ない会員も多いとのことでした。クッに関する技能や知識を習得するには長い年月がかかり、また保存会の活動には多くの時間をかける必要があるため、本当に熱意を持った会員でないと継続するのが難しいとのことでした。一方でインタビューを受けてくれた方々はみな、クッという伝統文化を継承していくことに誇りを持っていると語りました。
一方、近年ではクッの芸能としての側面に光を当て、公演活動を積極的に行う保存会も多いとのことでした。例えば西海岸ペヨンシンクッ・テドンクッ保存会はフランスや日本での海外公演も行い、国外でも高い評価を受けたとのことでした。
調査を通じて、クッには宗教性の側面と芸能性の側面の両方があり、現代的コンテキストにおいては後者に焦点が当たることが多いと感じました。しかしインタビューを受けてくれた方々はみな、クッの宗教的・精神的な側面の重要さを無視すべきではなく、それこそがクッの本質であるとも語りました。
日本においても、例えば神楽などの民俗芸能には、芸能としての側面だけでなく神事の一部としての宗教的もしくは精神的な側面があることは否定できません。それを文化財として評価する場合、芸能としての側面には注目する一方、宗教的・精神的な側面の評価は「保留」もしくは「棚上げ」することが多いこともまた否定できません。しかしそれを継承する人たちにとっては、むしろ宗教的・精神的な側面の方が重要なことが多いのではないかと思います。
研究交流事業を通じて、大韓民国の無形文化遺産に対する理解を深める一方、そのフィードバックによって日本の無形文化遺産の理解を振り返ることもまた重要だと感じました。
修復材料の種類と特性に関する講義の様子
保存環境に関するグループ討論の様子
文化財IPM概論・実習の様子
令和8(2026)年7月6日~10日に「令和8年度博物館・美術館等保存担当学芸員研修(上級コース)」を開催しました。
昭和59(1984)年以来、東京文化財研究所で開催してきた「博物館・美術館等保存担当学芸員研修」は、令和3(2021)年度より「基礎コース」「上級コース」として再編され、博物館・美術館等で資料保存を担当する学芸員等が、業務に必要となる知識や技術について、基礎から応用まで、幅広く習得できることを目的として実施しています。「基礎コース」は保存環境を中心とした内容で文化財活用センターが担当し、「上級コース」は保存環境だけでなく文化財保存の全般を当研究所保存科学研究センターが担当し実施しています。
令和8年度の上級コースでは、保存科学研究センターで行っている各研究分野での研究成果をもとにした講義・実習および外部講師による様々な文化財の保存と修復、文化財レスキューに関する講義を実施しました。
・文化財修復原論
・文化財の科学調査
・保存環境に関する理論と討論
・文化財IPM概論・実習
・修復材料の種類と特性
・屋外資料の劣化と保存
・近代化遺産の保存
・多様な文化財の保存と修復
・博物館の防災
・民具の保存と修復
・大量文書の保存・対策
・紙本作品等の保存と修復
・写真の保存・管理
受講生からは、「保存に対する考え方について基本的なことかもしれないが、あらためて大切なことだと感じた。館としての方針を全員できちんと考えたい」「幸い現時点で修復を要するものはありませんが、修復に対する考え方や目的、どこまでどのように行うべきかをよく検討した上で、修復にあたる重要性を学ぶことができた」「基礎的な知識・理論の再確認と他館の悩みや実践例を知ることが出来た点が非常に有意義であった」等の意見をいただき、この研修をきっかけに自館での保存・修復について改めて考える良い機会となったことが窺えました。研修全体を通じて、高い満足度の評価をいただきましたが、もう少し実際の現象への具体的な対処法や実習を増やしてほしいという意見があり、次年度以降に反映させていきたいと考えています。
委員会メイン会場「釜山市展示コンベンションセンター(BEXCO)」
英国「ウェストミンスター宮殿及び寺院」の危機遺産入りに関する審議
令和8(2026)年7月19日~29日、第48回世界遺産委員会が韓国・釜山で開かれ、東京文化財研究所から3名がオブザーバーとして参加しました。加えて、当研究所が事務局を務める文化遺産国際協力コンソーシアムが、その趣旨や活動、実績、展望を広報するためのサイドイベントを25日に開催し、事務局5名と地域分科会委員3名が参加しました。24日には「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群保存活用協議会主催のサイドイベントも開催され、「飛鳥・藤原の宮都」の登録審議にあわせて多くの関係者が会場に集まるなど、隣国開催の利点を活かし、例年に比べて日本からの参加者が目立つ委員会となりました。文化遺産国際協力コンソーシアム主催のサイドイベントの概要や当日の様子については、コンソーシアムのウェブサイトに掲載しています。ぜひご覧ください(https://www.jcic-heritage.jp/)。
今回、パレスチナやレバノンなど紛争地の緊急案件を含む25件が新規登録され、世界遺産の総数は1273件となりました。また、この両国やウクライナなどの6件が危機遺産一覧表に加えられるなど、武力紛争の影響を色濃く反映した決議がありました。わが国に関しては「飛鳥・藤原の宮都」が新規登録された一方、「明治日本の産業革命遺産」について関係締約国から展示解説の一層の充実が求められました。また、進化する世界遺産保護の考え方は遡及的に適用され、英国・ロンドンにあるバッファゾーンが未設定の文化遺産2件に関し、その環境に対する都市開発の悪影響と危機遺産一覧表への記載の可能性が議論されました。実際には、これらの危機遺産入りは回避されたものの、都市の中にある文化遺産の保全の課題はわが国にも当てはまります。
従来、世界遺産制度には5Cとよばれる五つの基本目標(信頼性・保存・能力開発・情報伝達・共同体)が設けられていますが、武力紛争や気候変動など国際社会が団結して取り組むべき六つ目のC(協力)を加える釜山宣言が満場一致で採択されました。このほか、遺産と真正性に関するナイロビ宣言については口承文化や精神性など非物質面の重要性が再確認されたものの、不動産を保全の対象とする世界遺産制度にどう反映させるかといった課題も浮き彫りになりました。こうした動静を考慮しつつ、今年度の世界遺産研究協議会では「地域の中の世界遺産」を取り上げ、引き続き情報発信に取り組んでいきます。
聖ミカエル教会での作業風景
クリーニング処置前の様子
クリーニング処置後の様子
文化遺産国際協力センターでは、トルコ共和国カッパドキア地方に所在する聖ミカエル教会(ケシュリク修道院)を対象として、トルコ国内外の研究機関や大学と連携し、壁画の保存修復に関する共同研究事業を実施しています。
令和8(2026)年6月26日から7月19日にかけて現地調査を実施し、これまでの実地調査に基づいて策定した保存修復計画に従い、アプシスおよび身廊を対象に、壁画表面のクリーニング、欠損部の充填、彩色補整を実施しました。
特に身廊では、長年にわたって使用されてきた蝋燭やオイルランプ、香に由来する煤、油脂成分および樹脂性堆積物が厚く付着しており、事前の目視調査や科学的調査では十分に把握できなかった新たな課題が明らかとなりました。試験クリーニングを繰り返し実施して検討を重ね、パック法を用いた安全かつ効果的なクリーニング方法を確立した結果、壁画本来の色彩や繊細な表現が蘇るとともに、約200年もの間、堆積物に覆われて人の目に触れることのなかった図像や銘文が姿を現しました。これにより、壁画の本来の姿が再認識されるとともに、その図像的・歴史的価値の再評価にもつながる重要な成果を挙げることができました。
修復作業と並行して、劣化原因の調査や保存処置の効果検証を継続するとともに、技術移転と人材育成を推進してきました。これまで3年間にわたる共同研究の成果として、採用した修復材料および処置方法の有効性と安全性が確認され、この地域の環境や壁画の状態に適した保存修復方法の確立に向けた基盤が構築されました。現地専門家の保存修復技術の向上が認められるとともに、壁画の劣化要因や保存処置に対する理解が深まり、今後の保存活動を担う人材育成の面でも成果が得られています。
本事業は、文化遺産の保存修復にとどまらず、日本とトルコの研究機関による国際共同研究の深化や人的交流の促進にも大きく寄与しています。また、カッパドキア地方を管轄するネヴシェヒル県知事から称賛の言葉をいただくなど、地域行政からも大きな期待が寄せられています。さらに、今回の調査期間中には、300人を超える人々が保存修復作業を見学に訪れるなど、地域社会からも高い関心が寄せられました。今後は、残された彩色補整や塩類劣化への対応を進めるとともに、継続的なモニタリングを実施し、保存処置の長期的な有効性を検証していく予定です。
実習風景
近年、文化遺産の世界では、Agisoft社のMetashape、iPhoneのScaniverseなどを用いた3次元計測が急速に普及しています。これらの技術の導入によって、作業時間が大幅に短縮されただけではなく、これまでと比べようのない高精度で文化遺産のドキュメンテーションが可能になってきています。
今回は、日本における3次元計測の第1人者である公立小松大学の野口淳氏、産業技術総合研究所の中村良介氏を講師にお招きし、海外で文化遺産保護に携わる日本の専門家を対象に、令和8(2026)年7月18日~20日にかけて「海外調査のための3次元計測実習」を開催しました。まずは日本の専門家に3次元計測の手法を学んでいただき、各々のフィールドで海外の専門家に普及していただく、これが今回、実習を開催した目的です。
考古学や保存科学、建築の分野から22名もの専門家の方々にご参加いただきました。受講生は、3日間の実習において、Agisoft社のMetashapeを利用した3次元計測の技術、Cloud Compareを用いた3次元モデルから展開図や断面図などを作成する方法を学びました。また、産業技術総合研究所の3DDB viewerを通して、地図上に3次元モデルを位置づける活用法を体験しました。
CRE26 Tokyo参加者との集合写真
口頭発表3会場とポスター発表
Current Research in Egyptology(エジプト学先端研究国際会議、以下CRE)は、エジプト学および関連分野の大学院生・若手研究者の研究発表と学術交流を目的として設立された国際学会です。第26回大会(CRE26 Tokyo)は、令和8(2026)年7月11日から14日までの4日間、東京文化財研究所を会場として開催されました。本大会は日本の若手研究者らによって組織されたCRE日本委員会(CRE Japan Committee)が主催し、当研究所は協力機関の一つとして参画しました。
会期中には、口頭・ポスターを合わせて90件の研究発表があり、発表者・参加者を含む178名が参加しました。「エジプト学」は学際的な研究分野であり、考古学や歴史学に加え、人類学、宗教学、言語学、博物館学、保存修復、保存科学、アーカイブ研究、デジタル・ヒューマニティーズなど、多様な専門性や視点に基づく研究発表と議論が展開されました。
また、日本国内に所蔵される古代エジプト資料への理解を深めるため、東京国立博物館、古代オリエント博物館、東海大学文明研究所、京都大学博物館が所蔵する古代エジプト・コレクションを紹介する基調講演が連日開催されました。そのうち2館については、参加者とともに資料を見学するプログラムも設けられました。
当研究所からは、昭和5(1930)年に研究所の創設メンバーの一人である和田新によって撮影された、エジプトの遺跡や博物館展示品などを収めた写真資料を対象としたポスター発表を行いました。写真の撮影場所や被写体の特定を試みるとともに、撮影後から今日までの約100年間での史跡整備や博物館展示の変化、さらには当時の日本の美術史家が古代エジプトの文物に寄せた関心や評価について考察し、歴史資料としての写真アーカイブの活用の可能性について報告しました。
CRE26 Tokyoは、これまでに日本で開催されたエジプト学の国際学会のなかで最大規模となり、同学会での日本人研究者の発表数および参加者数においても過去最多となりました。協力機関の一つとして、このような規模の国際学術交流に寄与できたことを大変喜ばしく思います。
令和8(2026)年6月25日、東京文化財研究所において文化財情報資料部研究会を開催しました。本研究会では、戦後における地方公募展の役割と実態の解明を目指し、愛知県美術館主任学芸員の石崎尚氏をお招きして「中部日本美術展と県展研究」と題してご発表いただきました。
発表ではまず、昭和22(1947)年から昭和31(1956)年にかけて名古屋市で開催された公募展「中部日本美術展(中美展)」が果たした歴史的な役割が報告されました。戦後復興と中部圏独自の文化確立を目指して始まった中美展は、平行して展開された美術館建設運動とともに、愛知県美術館の前身である愛知県文化会館美術館の誕生を導くなど、地域美術史に重要な足跡を残しました。一方で、目録をはじめとする一次資料の不足が研究の障壁となってきた実情を踏まえ、石崎氏が進めてきた資料調査の経過が共有されました。さらに、従来は中央団体展の「模倣」や「ミニ・サロン」と捉えられがちだった地方公募展や県展を、細部(ディテール)から検証し直す意義が強調されました。こうした足元からの実証的アプローチこそが、東京中心の美術史を解きほぐし、「美術史の脱中心化」と地域美術の自律性も浮き彫りにすることにつながるという、示唆に富む問題提起がなされました。
なお、この研究会には近現代美術の専門家、関東・中部圏の学芸員などの14名の外部の関係者にもご参加いただきました(会場・オンライン)。後半のディスカッション・情報交換では橘川が司会を務め、多様な成立背景や運営形態を持つ「県展」の捉え直し、調査で得られた一次資料や知見を美術史研究の基盤として整備する方法に加え、現在も継続する県展ならではの研究の難しさについて多角的な議論が行われました。この研究会を契機に、参加者の間では共同研究に向けた協議も始まっており、今後の持続的な研究協力に向けた着実な一歩となりました。
書庫での配架解説と活用法の紹介
令和8(2026)年6月17日、明治学院大学の大学院生2名(引率:当研究所上席研究員・明治学院大学大学院非常勤講師 塩谷純)をお迎えし、東京文化財研究所の資料閲覧室利用ガイダンスを開催しました。
今回のガイダンスでは、まず2階研究会室にて橘川より資料閲覧室の利用方法や蔵書構成について説明を行いました。その後、資料閲覧室および書庫へ移動し、文化財調査写真や展覧会カタログ、売立目録、鷹見明彦旧蔵資料をはじめとする近現代美術関連の資料を中心に紹介しました。参加した学生からは、それぞれの資料を手に取りながら、自身の研究への活用方法を見据えた活発な質問が寄せられました。
文化財情報資料部 文化財アーカイブズ研究室では、研究プロジェクト「専門的アーカイブと総合的レファレンスの拡充」において、文化財研究に関する資料の収集・整理・保存を行うとともに、専門家や学生の方々がこれらの資料へ円滑にアクセスし有効活用できる環境整備に取り組んでおります。その一環として、今後も積極的に利用ガイダンスを実施してまいります。
受講をご希望の方は、「利用ガイダンス」(対象:大学・大学院生、博物館・美術館職員等、https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/application/application_guidance.html)をご参照の上、お申込みください。
研究会の様子
令和8(2026)年6月5日に開催された令和8年度第2回文化財情報資料部研究会では、静岡県富士山世界遺産センターの松島仁氏をコメンテーターに招き、日本東洋美術史研究室長の小野真由美が「歌人としての狩野常信―詠歌・鑑定・絵画をめぐって―」と題した研究発表を行いました。
江戸幕府の御用絵師として知られる狩野常信(1636~1713)は、これまで主に狩野派を代表する絵師として評価されてきました。本発表では、そうした従来の理解に加え、常信が和歌を詠み、公家や儒学者らと交流する「歌人」としての側面に着目し、その画業を新たな視点から考察しました。
歌会記録や『國史館日録』などの史料をもとに検討した結果、常信は若い頃から和歌を中心とする知的・文化的な交流の場に参加し、公家や学者、大名との交流を深めながら、和歌・古典・絵画に関する幅広い教養を身につけていたことが明らかになりました。また、こうした知識は、古画鑑定や画題の理解にも深く関わり、絵師としての活動を支える重要な基盤となっていたことを示しました。
本発表では、木挽町狩野家の発展は制度的な地位の向上だけでなく、常信自身が築いた知的ネットワークと文化的実践によって支えられていたことを指摘しました。絵師を単なる制作者ではなく、和歌や古典、鑑定を横断する知識人として捉え直すことで、江戸時代における文化形成の新たな側面を提示することができました。
当日は多くの研究者から貴重なご意見・ご質問をいただき、今後の研究をさらに発展させるうえで有意義な機会となりました。いただいたご助言を踏まえ、当研究室では引き続き狩野派研究と近世日本における文化的ネットワークの解明に取り組んでまいります。