研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


早稲田大学文学部アジア史コースの一行を迎えて(資料閲覧室)

拓本資料を閲覧する一行

 令和6(2024)年5月11日、早稲田大学文学部アジア史コースの一行が、東京文化財研究所の資料閲覧室を訪問しました。柳澤明氏(教授、清朝史)、柿沼陽平氏(教授、中国古代史)、植田喜兵成智氏(講師、朝鮮古代史)が引率する大学院生・学部生の一行は、文化財情報資料部文化財アーカイブズ研究室研究員・田代裕一朗による案内説明を受けながら、昭和5(1930)年以来集められてきた当研究所の蔵書、そして所蔵拓本を興味深く見学しました。
 文化財アーカイブズ研究室は、文化財に関する資料情報を専門家や学生に提供し、資料を有効に活用するための環境を整備することをひとつの任務としております。世界的に見ても高い価値を誇る当研究所の貴重な資料が、美術史研究だけでなく、アジア史研究、ひいては歴史学研究全般で広く活用され、人類共通の遺産である文化財の研究発展に寄与することを願っております。

※文化財アーカイブズ研究室では、大学・大学院生、博物館・美術館職員などを対象として「利用ガイダンス」を随時実施しています。ご興味のある方は、是非案内(資料閲覧室_利用ガイダンス (tobunken.go.jp)) をご参照のうえ、お申込みください。

行政機関で作成された映像資料とその関連資料の管理と利用可能性―令和6年度第2回文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子

 米国ワシントンD.C.にある国立公文書記録管理局(National Archives and Records Administration)は、歴史的価値を有する国の記録史料の保存と管理を担うナショナル・アーカイブズです。昭和9(1934)年に設立された同館は、「独立宣言」「合衆国憲法」「権利章典」という、いわゆる「自由の憲章」のほか、外交文書、戦争関係文書、移民記録、従軍記録など、国の「記憶」となる史料を保管しています。収蔵資料は、135億枚の文書、4億5千万フィート以上のフィルム、4千100万枚の写真、4千万枚の空中写真、1千万枚の地図や建築技術図面、837テラバイトに及ぶ電子記録など、非常に多様である点に特徴があります(令和5〔2023〕年10月時点)。
 同館では、映像資料それ自体(映画フィルムやビデオ等)とともに、長年にわたり、これらの制作過程が記録された関連資料の移管も受入れてきました。令和6(2024)年5月14日に開催された文化財情報資料部研究会では、令和4(2022)年8月に実施したこれら関連資料の現地調査成果について、文化財情報資料部アソシエイトフェロー・山永尚美が「行政機関で作成された映像資料とその関連資料の管理と利用可能性について」と題して報告を行いました。
 同館アーキビストへの照会を通じて得られた文書記録シリーズ登録簿(Textual records series register, 1990)の情報によると、特殊メディア(Special Media)を扱う新館(ArchivesⅡ)にはシリーズ単位で約300に及ぶ関連資料の所蔵があり、近年はそのデジタル化も進められていました。プロダクション・ファイル、台本、書簡、索引カード、インタビューの文字起こしなど、多岐にわたる関連資料の内容について撮影写真も交えて報告し、その後の質疑応答では、制作活動に伴って生みだされる記録の保存や管理の必要性について様々に意見が交わされました。この議論をもとに、作品や文化財の文脈を保証する記録の保存に貢献すべく、引きつづき検討を重ねてまいります。

島﨑清海旧蔵資料の目録公開及び閲覧提供開始

版画を教える島﨑清海(2011年撮影)
島﨑清海旧蔵資料の一部(2024年撮影)

 この度、「島﨑清海旧蔵資料」の目録を東京文化財研究所のウェブサイトに公開し、資料閲覧室で当該資料の閲覧提供を開始しました(事前予約制)。美術教育者の島﨑清海(1923~2015)が保管していた創造美育協会関係資料は、ご遺族の意向で令和5(2023)年3月当研究所に寄贈されました。
 創造美育協会(以後「創美」)は、昭和27(1952)年に設立された民間による美術教育団体で、島﨑は昭和32(1957)年から昭和47(1972)年まで創美の本部事務局長を務めていました。彼は、退任後も根気強く同協会の活動を見守り、後世に残す努力を続け、創美の初期から2000年代にかけて資料を保管していました。そのことを伝える資料として、初期の創美会員・浅部宏をはじめ数名の談話がまとめられた島﨑私製の冊子(島﨑資料A-531)には、「創美創立当時のことを知る人が少なくなり、今、記録を残しておかなくては、それを後世に伝えることができなくなる」と記し、関係者に冊子を配布していました。創美の活動を後世に伝えることを誰よりも島﨑が望んでいました。
 「島﨑清海旧蔵資料」の受贈後、資料の閲覧提供に向けた準備が、文化財情報資料部近・現代視覚芸術研究室長・橘川英規と元研究補佐員・田村彩子の助言で進められ、アシスタント・鎌田かりん氏と神尾雛希氏、元アシスタント・田口ことの氏が資料整理を担当しました。資料は、「A.創造美育協会発行資料類」「B.書簡」「C.スケジュール帳・日記」に分類し、計19個の保存器材で保管しています。
 ご遺族並びに関係者皆様のご尽力を賜わり、このようなかたちで後世につなぐことが出来たことを心より感謝申上げます。島﨑の熱意のこもった資料が、少しでも多くの人の目に触れ、国内外の美術教育等の研究がより盛んになることを切に願っています。

◆資料閲覧室利用案内
東文研_資料閲覧室利用案内 (tobunken.go.jp)
アーカイブズ(文書)情報は、このページの下方に掲載されています。実際の資料は資料閲覧室でご覧いただけます(事前予約制)。

◆島﨑清海旧蔵資料
(archives_Shimazaki_Kiyomiö w.xlsx (tobunken.go.jp)

国際博物館会議(ICOM)日本国内委員会での報告:武力紛争下の文化遺産保護について

国際博物館会議(ICOM)日本国内委員会での報告の様子(撮影:関広尚世)

 令和6(2024)年5月19日に国際博物館会議(ICOM)日本国内委員会の総会と公開シンポジウムが国立民族学博物館で開催されました。この総会において、無形文化遺産部長・石村智が「スーダン武力紛争における文化遺産保護について」と題した報告を行いました(清水信宏氏[北海学園大学]、関広尚世氏[京都市埋蔵文化財研究所]との連名)。私たちはこれまで科学研究費事業「ポストコンフリクト国における文化多様性と平和構築実現のための文化遺産研究」において武力紛争下にあるスーダンの文化遺産の現状について情報収集を行っており、その成果を発表しました。
 スーダンでは令和5(2023)年4月に始まったスーダン国軍と準軍事組織である即応支援部隊(RSF)との間の武力紛争が現在まで続いており、同国の有形・無形の文化遺産も深刻な影響を被っています。私たちはこれまでスーダン国内・国外のスーダン人文化遺産専門家および英国をはじめとする国際的な専門家と連絡を取り合い、その現状についての情報収集を行ってきました。今回はその成果を報告するとともに、国際博物館会議(ICOM)を通じたスーダンに対する国際的な支援の必要性を訴えました。
 国際博物館会議(ICOM)はブルーシールド国際委員会を構成する組織のひとつです。ブルーシールド国際委員会とは、昭和29(1954)年に国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)で採択された「武力紛争の際の文化財の保護に関する条約」(通称ハーグ条約)に基づき、武力紛争や災害によって存続の危機に面している文化遺産を保護するための活動を行う国際的な枠組みで、平成8(1996)年に設立されました。日本は平成19(2007)年にハーグ条約に批准し、117番目の締約国となりましたが、日本はまだブルーシールド国際委員会には未加盟となっています。
 日本は昭和20(1945)年の終戦以降、幸いなことにこれまで大きな武力紛争に巻き込まれることはありませんでした。しかしその後も世界各地では武力紛争によって多くの文化遺産が被害を受けてきました。これまで日本はカンボジアやアフガニスタンにおいて武力紛争後(ポストコンフリクト)の文化遺産保護の国際協力を行ってきており、国際的にも高い評価を受けてきました。
 しかし昨今の状況を見ると、スーダンだけではなくウクライナやガザ地域など、世界の様々な場所で武力紛争が継続しており、多くの文化遺産が危機に瀕しています。こうした文化遺産を守るために私たちは何ができるのか? 今回の私たちの国際博物館会議(ICOM)日本国内委員会での発表がそのことを議論するきっかけとなることを願っています。

オンラインワークショップ「スーダンの無形文化遺産とリビングヘリテージの保護」の開催

オンラインワークショップの様子(5月29日)

 令和6(2024)年5月28日・29日にオンラインワークショップ「スーダンの無形文化遺産とリビングヘリテージの保護(“Reunion, Rehabilitation, and Revitalization” International Online Workshop for Safeguarding Intangible Cultural Heritage and Living Heritage in Sudan)」を開催しました。このワークショップは無形文化遺産部長・石村智が代表者をつとめる科学研究費事業「ポストコンフリクト国における文化多様性と平和構築実現のための文化遺産研究」の活動によるもので、東京文化財研究所無形文化遺産部が主催、英国のSSLH(Safeguarding Sudan’s Living Heritage)プロジェクトが共催、スーダン国立文物博物館局国際協力部(Department of International Relations and Organizations, National Corporation for Antiquities and Museums)が協力という体制で開催されました。
 スーダンでは令和5(2023)年4月より武力紛争下にあり、首都のハルツームにある国立博物館や国立民族学博物館などは閉鎖され、文化遺産を守る専門家も国外に脱出するか、国内の比較的安全な地域に退避するかを余儀なくされています。しかしそうした困難な状況にも関わらず、スーダン人専門家たちは文化遺産を守るための活動を継続しています。例えば私たちのカウンターパートであるアマニ・ノーレルダイム氏(前・国立民族学博物館館長、現・国立文物博物館局国際協力部部長)は、スーダン国内の比較的安全な地域に退避し、その地域の博物館を拠点に文化遺産を守る活動を地域住民と協力して行ってきました。また英国のSSLHプロジェクトは、スーダン国内の比較的安全な地域の博物館を拠点に、現地のスーダン人専門家と協力しながら伝統文化の継承のための事業を開始しようとしています。
 今回のオンラインワークショップでは、こうしたスーダン国内外で様々な活動を行っている専門家たちをつなぎ、情報共有を行うとともに、この困難な状況を乗り越えるための議論を行いました。その内容は以下の通りです。

一日目(5月28日)
開会のあいさつ(齊藤孝正/東京文化財研究所所長)
趣旨説明(石村智/東京文化財研究所無形文化遺産部)
スーダンの無形文化遺産とリビングヘリテージ保護のための戦略(イスマイル・アリ・エルフィハイル氏/ハウス・オブ・ヘリテージ代表・ユネスコ専門家)
近年のユネスコ無形文化遺産保護条約の流れ(石村智)
人災への備え:21世紀の危機遺産(益田兼房氏/立命館大学)
スーダン国内外でのSSLHプロジェクトの活動(ヘレン・マリンソン、マイケル・マリンソン氏/SSLHプロジェクト)
リビングヘリテージとしてのスーダンの伝統建築(清水信宏氏/北海学園大学、石村智、関広尚世氏/京都市埋蔵文化財研究所)
二日目(5月29日)
基調講演:現状においてスーダンの博物館が目指すところ(ガリア・ガレル・ナビ氏/国立文物博物館局局長)
戦時下における文化遺産への影響:ゲジーラ博物館の事例(アマニ・ノーレルダイム氏/国立文物博物館局国際協力部)
戦時下の世界遺産ジェベル・バルカルにおける文化遺産保護と現地住民(サミ・エルアミン氏/世界遺産ジェベル・バルカル事務所)
シーカン博物館における文化遺産保護と地域住民(アマニ・ヨーセフ・バシール氏/シーカン博物館)
総合討議(司会:インティサール・ソガイロウン氏/アラブ学研究所(カイロ)・前スーダン教育大臣、ジュリー・アンダーソン氏/大英博物館、コメンテーター:アブドルラーマン・アリ氏/ユネスコ専門家・前国立文物博物館局局長)
閉会のあいさつ(アリ・モハメド氏/在日本スーダン国大使)

 参加した専門家の中には、ネット接続が難しい状況に苦労した人もいました。それでも武力紛争下という困難な状況にあっても、こうしてオンラインで多くの専門家が一堂に会することが出来たことは大きな成果でした。
 スーダンは現在もなお武力紛争下にあり、私たちが現地に行って活動することは出来ません。しかしたとえスーダン国外にあっても、スーダンの文化遺産保護のためにどのような国際協力が出来るかを、これからも考え続けたいと思います。

日光東照宮御仮殿鐘楼での湿度制御温風殺虫処理の視察

視察の様子
日光東照宮御仮殿鐘楼(処理空間内部)

 令和6(2024)年5月15日に、日光東照宮御仮殿鐘楼で開始した「湿度制御温風殺虫処理」の現地視察を行いました。湿度制御温風殺虫処理とは、木造建造物の柱、梁など木材を食害する害虫を高温(60℃程度)によって駆除する方法です。昇降温時に、木材の含水率が一定に保たれるように処理空間内の湿度を制御することで、木材の物性にほとんど影響を与えずに木材の内部まで温度を上げていくことが可能になります。従来のガス燻蒸による殺虫処理は、安全性や環境配慮の観点から継続が困難な状況にあるため、湿度制御温風殺虫処理はガス燻蒸に代わる新しい方法として期待されています。
 これまでに、日光社寺文化財保存会、京都大学、トータルシステム研究所、関西電力、KANSOテクノス、東京文化財研究所などからなる研究チームで実際の建造物を対象とした3度の検証処理を実施しました。殺虫効果や建造物への影響の評価に加え、騒音などの環境への影響や消費電力量などについても検討が行われ、湿度制御温風殺虫処理は実用可能な新しい木造建造物の殺虫処理法として確立されました。そして昨年、指定文化財として初めて輪王寺護法天堂にて殺虫処理が実施され、今回、指定文化財では2例目となる東照宮御仮殿鐘楼での処理が実施されました。今後は、本法が木造建造物の殺虫処理の新たなスタンダードとなるよう普及を進めていきたいと考えています。

文化財害虫検索サイトの公開

特徴から検索している例

 令和6(2024)年4月から「文化財害虫検索」(https://www.tobunken.go.jp/ccr/pest-search/top/index.html)という新たなウェブサイト公開しました。このウェブサイトは文化財害虫を発見して同定を行う際に役立ちます。
 文化財害虫は種類が多く、これまで昆虫を専門としていない人が同定するのは困難でした。しかし、害虫を発見した人が同定するためにその場で使うことができるツールの開発が求められていました。そのニーズに答え、誰でも簡易的に文化財害虫が調べられることを目的としてこのウェブサイトを制作しました。
 「文化財害虫検索」はウェブ上のコンテンツであり、スマートフォンから閲覧することができるため、文化財害虫を発見した現場ですぐに調べることができます。昆虫の形や色などのその場でわかる形態情報をもとに文化財害虫を検索することができるため、昆虫に詳しくなくても直感的に調べることができます。各文化財害虫のページでは、形態や生態などの情報に加え、様々な角度の多くの写真を取り入れているので、見つかった実物の昆虫と簡単に比較することができます。また、遺伝子情報や関連論文なども載っているため、文化財害虫の研究を行う上でも役立つサイトとなっています。
 文化財害虫検索では現在(令和6(2024)年5月時点)までに主要な文化財害虫である30種を掲載しています。文化財害虫とされている昆虫は150種以上いるので、これからさらに多くの文化財害虫を登録していく予定です。

ブータン東部地域の伝統的民家に関する建築学的調査

サクテン集落での調査風景
荒廃が進む領主館の遺構(ポンメイ・ナクツァン)

 東京文化財研究所では、平成24(2012)年以来、ブータン内務省文化・国語振興局(DCDD)と協働して、同国の伝統的民家建築に関する調査研究を継続しています。同局では、従来は法的保護の枠外に置かれてきた伝統的民家を文化遺産として位置づけ、適切な保存と活用を図るための施策を進めており、当研究所はこれを研究・技術面から支援しています。
 今年度第1回目の現地調査を5月11日~23日にかけて行いました。当研究所職員3名に外部専門家2名を加えた5名を日本から派遣し、DCDD職員2名とともに、おもにタシガン・タシヤンツェの東部2県における石造民家調査を実施しました。
 今回対象とした地域は、昨年の同時期に既に訪問しており、その際に調査した3集落で継続調査を行ったほか、新たに3つの集落で調査を行いました。
 最初に訪れたタシヤンツェ県キニ集落では既調査3棟の補足と新規2棟を合わせて同集落内でとくに古いとみられる民家全てについて実測や家人への聞き取りを含む詳細調査を完了しました。
 次に、タシガン県メラ郡のメラ、ゲンゴ両集落では、補足1棟、新規6棟の調査を行いました。いずれも妻入の平屋で、小屋裏の正面側一部を木造外壁の居室とするものが多く、移牧生活を営む少数民族が暮らす当地固有の民家形式です。このような地域色の強い建物の分布を調査した結果、メラ集落全体で67棟を確認でき、とくに集落中心域では棟数の半分ほどを占めることがわかりました。
 その後、同じ民族が暮らす同県サクテン郡を初訪問し、同様の形式の民家がここにも所在することを確認しましたが、宅地を石塀や門で囲む家がみられるなど、集落景観の印象はかなり異なっています。隣接するサクテン、テンマ両村で計5棟を詳細調査し、純木造の小規模民家や製粉用の水車小屋なども含む、貴重な事例を収集することができました。同じ民族の生活圏は隣接するインド北東部に跨っていますが、その地域にも同様の民家がみられるとの情報を得ており、大いに興味を惹かれます。
 このほか、同県ポンメイ村で領主層の古民家2棟を調査しましたが、どちらも無住でうち1棟は石壁が大きく変形するなど荒廃が進み、かなり危険な状態でした。地方の過疎化に伴って今後こうしたケースが急速に増加することが懸念され、すぐに保存の策を講じることも現実には難しいとはいえ、まずは古民家の所在と現状の把握および記録が急務と言えます。
 本調査は、科学研究費助成金基盤研究(B)「ブータンにおける伝統的石造民家の建築的特徴の解明と文化遺産保護手法への応用」(研究代表者 文化遺産国際協力センター長・友田正彦)により実施しました。

国際学術会議『ペルジーノとフィレンツェ』の開催

学会のプログラム
会場「フリーニョの食堂」の様子

 ペルジーノ(本名:ピエトロ・ヴァンヌッチ)は、イタリアのルネサンス期を代表する画家のひとりです。バチカンのシスティーナ礼拝堂にも壁画を描くなど数多くの芸術作品を残し、若きラファエロの師でもあった彼は、「神のごとき画家」として賞賛されました。そんなペルジーノがこの世を去ってから、令和5(2023)年は没後500年にあたり、イタリア国内外で数多くの展覧会やシンポジウムが開催されました。
 この流れを汲み、東京文化財研究所は、エリオ・コンティ歴史学協会、イタリア国立研究会議-文化遺産科学研究所、文化省フィレンツェ美術監督局、南スイス応用科学芸術大学と共催で、フィレンツェの「フリーニョの食堂」を会場とする国際学術会議『ペルジーノとフィレンツェ』を令和6(2024)年5月14日と15日の2日間にわたり開催しました。美術史学や歴史学、文化財保存学などの分野やから専門家が集まったこの会議は、ペルジーノに関連する研究発表を通じて改めてこの偉大なる画家の価値を見つめ直そうとするものです。プログラムの中では、フィレンツェに残る2つの壁画作品を対象にした学際的技術研究についても発表を行い、今後の保存修復や維持管理のあり方について議論しました。
 今後は、会場となったフリーニョの食堂にペルジーノが描いた最後の晩餐を対象に、科学的な調査等を通じ、現地専門家と協力しながら、今後のより良い保存のあり方について研究を進めていきます。

研究滞在の報告―セインズベリー研究所とイギリス国内の視察―令和6年度第1回文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子
ウィット・ライブラリー(コートールド美術研究所)

 文化財情報資料部文化財アーカイブズ研究室長・米沢玲は、イギリス東部のノリッチに所在するセインズベリー日本藝術研究所に令和5(2023)年10月から令和6 (2024)年2月にかけて客員研究員として滞在しました。
セインズベリー日本藝術研究所での協議と講演会、ロンドンにおける関連施設の視察 :: 東文研アーカイブデータベース (tobunken.go.jp))
 滞在中にはイーストアングリア大学に付属するセインズベリーセンターやロンドン大学東洋アフリカ学院で講演会やギャラリートークを行ったほか、大英博物館での日本美術作品の調査やイギリス国内各地の美術館・博物館、図書館やアーカイブ関連施設の視察を行いました。
 令和6(2024)年4月30日に開催された文化財情報資料部研究会では、米沢が現地で行った調査・視察について報告しました。コートールド美術研究所のウィット・ライブラリーで進行中の画像デジタル化のプロジェクトを紹介したほか、オックスフォード大学ボドリアン・ライブラリーの修復工房での視察の様子を、写真を交えて報告しました。ウィット・ライブラリーは矢代幸雄(1890~1975)が美術研究所(東京文化財研究所の前身)の設立にあたって参考とした施設でもあり、約220万点の絵画や素描、彫刻作品の写真と複製、切り抜きが所蔵されています。膨大な資料のデジタル化の作業には200名から成るボランティア・チームが取り組んでおり、同じく様々な資料を所蔵している東文研でも今後の運営の手がかりになる事例と言えます。また、ナショナル・リヴァプール・ミュージアムやダリッジ・ピクチャー・ギャラリーで行われている高齢者を対象としたプロジェクトを取り上げて、イギリスの社会におけるミュージアムの在り方について考察しました。今回の滞在ではイギリス国内の28か所の美術館・博物館と10か所の図書館・アーカイブ施設を訪問しました。所蔵資料のデジタル化やアクセシビリティの担保、高齢化社会における文化施設の役割など、参照すべき課題も数多く、報告の後に行われた質疑応答では活発な意見交換がなされました。

東京国立博物館所蔵品画絹データベースの公開

画絹データベースの画面
顕微鏡撮影画像

 東洋・日本の絵画作品の伝統的な基底材に絹があります。古いものでは中国の唐時代、あるいは日本の平安時代の仏教絵画として、絹地に描かれた作例が現存しており、東洋絵画では古代から現代に至るまで、絹が用いられています。東アジアでは、伝統的に絹織物が作られてきましたが、衣服などは着用によって摩耗・劣化し、明確に時代のわかる古い作品はごく限られています。一方、絵画に用いられている絹(画絹)は、消耗が少なく、また大半が平織で作品同士を比較しやすいため、絹本の制作年代を考える上での基準となり得ます。その画絹の織組成や糸の形状を調べることは美術史的な研究のみならず、材料や技術の歴史や変遷を考える上でも大きな研究課題と言えます。こうした問題意識から、東京文化財研究所では平成31(2019)年に、東京国立博物館と「美術工芸品に用いられた画絹及び染織品の組成にかかる共同研究に関する覚書」を締結し、東京国立博物館の研究員とともに同館所蔵作品を中心に、デジタルマイクロスコープ(HiRox製RH-2000)を用いて絹本絵画の撮影と調査を行い、研究を進めています。このたび東京国立博物館博物館情報課のご協力のもと、東京国立博物館ウェブサイトの「東京国立博物館研究情報アーカイブズ」にて、本研究の成果をデータベースとして公開開始しました。まだ掲載作品は成果のごく一部ですが、国宝の「普賢菩薩像」、「一遍聖絵」、李迪筆「紅白芙蓉図」などの重要作品の顕微鏡撮影画像と織組織・糸形状の計測値を公表しています。今後さらに収録作品を追加していく予定です。このデータベースを活用して、作品研究や材料技法の研究を推進してまいります。

東京国立博物館のウェブサイト
東博所蔵品画絹データベース簡易検索 (tnm.jp)

山口蓬春と大和絵―“新古典主義”の見地から―令和5年度第10回文化財情報資料部研究会の開催

研究会発表の様子

 山口蓬春(1893~1971)は戦前の帝展や戦後の日展を舞台に活躍した、昭和を代表する日本画家のひとりです。東京美術学校(現在の東京藝術大学)で松岡映丘に師事、映丘門下の画家からなる新興大和絵会のメンバーとして、大正15(1926)年に帝国美術院賞を受賞した《三熊野の那智の御山》(皇居三の丸尚蔵館蔵)等、大和絵の古典に学んだ濃彩による風景画で注目を集めた蓬春ですが、昭和に入ると余白を生かした淡麗な色調の花鳥画を制作するようになります。3月7日に開催された文化財情報資料部研究会では「山口蓬春と大和絵―“新古典主義”の見地から」と題して、昭和戦前期における蓬春の作風の変化をめぐり、文化財情報資料部上席研究員・塩谷純が発表を行ないました。
 当時の蓬春の言葉をひもとくと、彼が大和絵をきわめて客観的な精神に基づいた表現としてとらえていたことがわかります。一方で蓬春は安田靫彦や小林古径といった、日本美術院のいわゆる“新古典主義”的作風の画家たちによる作品を高く評価し、自身も彼らの作風を彷彿とさせる花鳥画を描くようになります。この時期の蓬春は、当時の靫彦や古径と同様に、大和絵にとどまらない東洋画に広く学びつつ、そうした古典の素養に裏打ちされたリアリティを追求していたと考えられます。
 本研究会では山口蓬春記念館副館長兼上席学芸主任の笠理砂氏にご参加いただき、コメンテーターとして蓬春の画業についてご発言いただきました。その後、所外の研究者も交えてディスカッションを行ないましたが、一切のものを自分の見たもの感じたものとして描く、という蓬春の姿勢が戦後も貫かれ、さらにその弟子筋にも今日に至るまで伝えられている、との指摘は印象に残りました。

近代コレクター原六郎の知られざるコレクション―令和5年度第11回文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子
研究会の様子

 明治時代を代表するコレクターのひとりに原六郎(1842~1933)がおります。原六郎は但馬国(現在の兵庫県)に生まれ、維新活動の功によって鳥取藩士となり、明治政府の援助でアメリカへ留学、さらにイギリスにて銀行学を修めました。帰国後、銀行家として名を成し、公共事業に尽力しました。そのかたわらで古美術を保護し蒐集活動を行いました。その優れたコレクションの大部分は原家が保持し、昭和52(1977)年に公益財団法人アルカンシエール美術財団が設立され現在にいたっています。
 財団に寄贈された原家のコレクションは今日、現代アートを主軸として原美術館ARC(群馬県)にて展観されています。現代アートの公開は昭和54(1979)年に原家私邸を改修して開館した原美術館(東京都品川区)にはじまります。惜しくも令和3年(2021)に品川の原美術館が閉館されることとなり、これにともなって同地にのこされていた文化財の再調査が行われました。このとき発見された作品は100件以上にのぼり、それら新出作例は財団へ寄贈されました。
 このたび新出作例のうち旧日光院客殿障壁画関連作例「野馬図」二幅について調査する機会をいただき、令和6(2024)年3月26日に開催された文化財情報資料部研究会にて、東京国立博物館アソシエイトフェロー・小野美香氏が「原六郎コレクションの新たな展開―三井寺旧日光院客殿障壁画研究を契機として―」と題して同コレクションの概要と今後の展望について報告しました。つづいて文化財情報資料部日本東洋美術史研究室長・小野真由美が「新出の野馬図について―旧日光院客殿障壁画との関連から―」と題して同図の造形的特徴について報告しました。質疑応答では障壁画の配置や作者の比定などについて議論されるとともに、原六郎コレクションについても高い関心が寄せられました。これを契機として、同コレクション全体を俯瞰し、原六郎とその古美術保護の意義をふまえた新たな学術調査へと展開していければと考えています。

書庫改修の完了

撤去された固定式書架
新設された電動式書架

 東京文化財研究所では、各研究部門が収集してきた図書・写真等資料などを、おもに資料閲覧室と書庫で保管し、資料閲覧室を週3日開室し、外部の研究者に対しても閲覧提供しています。
 当研究所が平成12(2000)年に現在の庁舎に移転してから24年ほどの間、図書・写真等資料は日々収集され、近年では旧職員や関係者のアーカイブズ(文書)をご寄贈いただく機会も増えました。そのように所蔵資料が充実していく一方、遠くない将来、書架が飽和状態となる可能性が問題となりました。この状況に対して、このたび「アーカイブ増床・保存環境適正化事業」の一環として、電動式書架の設置工事などを行いました。
 去る令和4(2022)年度に、庁舎2階書庫の床面積1/4分のスペースの固定式書架を電動式書架に取り替え、さらに今回の工事では、その残り(床面積3/4分)のスペースに設置されていた固定式書架を、電動式書架に取り替えました。令和6(2024)年1月11日に着工したのち、書籍の搬出、固定式書架の撤去、電動式書架用レールの敷設、電動式書架の設置、書籍の再配架という工程を経て、3月27日に改修工事が完了しました。固定式書架16台(1,900段、書架延長1,615m)が設置してあったスペースに、新たに電動式書架29台(3,500段、書架延長2,975m)を設置したことで、その収容能力はおよそ1.8倍となりました。また、この事業では、併せて除湿機のリプレイス、写真フィルム保存のためのキャビネットの導入も行いました。
 工事期間中、外部公開を一時停止したことにより、資料閲覧室の利用者のみなさまには、ご不便をお掛けいたしましたことをお詫び申し上げます。今回の書庫整備によって、引き続き、文化財研究に資する専門性の高い資料を継続的に収集し、それらを後世に伝え、有効に活用していくための活動を展開してまいります。今後とも、当研究所の文化財アーカイブズをご活用いただけましたら幸甚です。

今泉雄作『記事珠』のウェブ公開

東京国立博物館が所蔵する馬の埴輪のスケッチ(現在の所蔵情報はこちら

 一瞬で対象を記録することのできる写真は文化財の調査にとって有効な手段です。しかし、撮影技術が普及する前は、手書きのメモやスケッチで対象を記録するしかありませんでした。写真と比べて時間のかかるメモやスケッチは、多くの場合、対象の一部の要素や特徴についての記録となります。それは不完全な記録といえるかもしれません。しかし、取捨選択された要素のみが書きとめられた記録は、当時の記録者が文化財のどこに価値や特徴を見出していたのか、言い換えれば、その文化財がなぜ今にいたるまで残されてきたのかを考える上で貴重な資料といえます。
 こういった手書きの調査記録の一端に連なる今泉雄作(1850~1931年)『記事珠』の詳細については既にご報告している通りですが(https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/203289.html)、この度第一冊目を東京文化財研究所のウェブサイトに公開いたしました(https://www.tobunken.go.jp/materials/kijisyu)。公開にあたっては、全文をテキストデータとして書き起こし、検索機能を実装いたしました。また、手控えという性質上、筆者である今泉にとって自明のことは記載されていないため、可能な範囲で注釈を加え、さらに記録対象の情報がインターネットで公開されている場合、リンクを張るなどして情報の補足を行いました。
 書き起こしテキストの表示については、原文との比較が容易なよう、ブラウザ上でも縦書きになるよう設定いたしました。画像と縦書きの書き起こしテキストが同時に確認できるよう努めましたが、改行の都合でかえって見えにくい場合もあるかと思われます。今後も縦書き表示の資料の公開に備えて、レイアウトや技術的な検証を続けてまいります。

ColBase、ジャパンサーチとのデータベース連携

ColBaseで横断検索をした様子

 東京文化財研究所では、昭和5(1930)年の設立以来、多くの文化財の調査および資料の収集を続けて参りました。近年は調査で撮影した画像や収集した資料のデジタル化を行い、当研究所のウェブサイトで公開しています。これらの調査写真ですが、例えば、設立当初に撮影された画像は白黒であり、その色彩を伝えることはできません。しかし、かつての姿をとどめるその画像は、文化財がどのような状態で保存されていたのか、あるいは現在の姿と比較してどのように修復されたのか、といったことを伝える貴重な資料であり、興趣が尽きるところがありません。
 これらをより活発にご利用いただけるよう、日本の様々なデジタルアーカイブを横断検索するプラットフォームであるジャパンサーチ、また4つの国立博物館と2つの研究所、そして皇居三の丸尚蔵館で構成される国立文化財機構の所蔵品統合検索システムであるColBaseとの連携を開始いたしました。連携データベースの追加やデータの登録についても、随時作業して参りますので、他機関の所蔵する様々なデータと比較しながら、当研究所のデータをご利用いただければ幸いです。

韓国・国立朝鮮王朝実録博物館の一行を迎えて (資料閲覧室)

資料に関する説明

 令和6(2024)年3月21日、韓国・国立朝鮮王朝実録博物館(江原道平昌郡)の一行が、東京文化財研究所の資料閲覧室を訪問しました。同館は、韓国・文化財庁傘下の機関で、令和5(2023)年11月に開館し、朝鮮王朝実録 五台山史庫本 75冊(ユネスコ世界記録遺産)、朝鮮王朝儀軌 82冊などの歴史資料(典籍)を主に所蔵しています。
 金大玄氏(行政事務官)をはじめとする一行は、文化財情報資料部文化財アーカイブズ研究室長・橘川英規と文化財情報資料部研究員・田代裕一朗による案内説明を受けながら、昭和5(1930)年以来集められてきた当研究所の蔵書を興味深く見学しました。さらに資料類を保存活用する機関という共通点のもと、資料保存とアーカイブ事業をめぐる双方の現状と課題について、積極的に意見を交換しました。
文化財アーカイブズ研究室は、文化財に関する資料情報を専門家や学生に提供し、資料を有効に活用するための環境を整備することをひとつの任務としております。それは海外の専門家や学生に対しても例外ではありません。世界的に見ても高い価値を誇る当研究所の貴重な資料が、広く活用され、人類共通の遺産である文化財の研究発展に寄与することを願っております。

※文化財アーカイブズ研究室では、大学・大学院生、博物館・美術館職員などを対象として「利用ガイダンス」を随時実施しています。ご興味のある方は、是非案内(https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/guidance.html) をご参照のうえ、お申込みください。

「文化財科学に関する日仏ワークショップ」の開催

シンポジウム後の集合写真

 文化財科学に関する議論及び今後の日仏間の研究交流の構築等を目的として、「文化財科学に関する日仏ワークショップ」と題したシンポジウムを令和6(2024)年3月13日に東京文化財研究所のセミナー室にて開催しました(共催:東京文化財研究所、在日フランス大使館、フランス博物館研究修復国立センター、 文化遺産科学財団)。
 シンポジウムのプログラムは、陶磁器、紙、木材、絵画、保存環境・持続可能な保存の5つのテーマ別セッションで構成しました。各トピックに関して、日仏からそれぞれ一人ずつの研究者にご講演いただいた後で質疑応答を行う形で進めました。そして、5つのセッションを終えた後の総合討議では、シンポジウムの内容の総括にとどまらず、文化財科学の今後の展望にまで及んだ活発な議論が行われました(参加者:61名(仏側の研究者8名))。
 さらに、翌14日には、シンポジウムでの発表者とモデレータを中心としたメンバーでクローズドの会議を開催し、文化財科学に関するこれからの日仏間の研究交流について実りの多いディスカッションを行うことができました。

第7回保存環境調査・管理に関する講習会-地球温暖化を見据えた持続可能な環境管理-の開催

講習会会場(オンライン併用)

 本講習会は保存環境の調査、評価方法、環境改善や安全な保管のための資材・用具等に関して、より専門的な共通理解を得ることを目的として、文化財活用センターと東京文化財研究所で共同開催しています。
 第7回目は「地球温暖化を見据えた持続可能な環境管理」と題して、令和6(2024)年3月1日に文化財活用センター会議室において開催されました。令和5(2023)年8月にオーストラリア・メルボルンで開催された “Changing Climate Management Strategies Workshop(気候変動に対する管理戦略ワークショップ)”に参加した保存科学研究センター兼文化財防災センター研究員・水谷悦子による報告がされ、ワークショップの内容の共有と課題抽出、ディスカッションが行なわれました。
 ワークショップでは、昨今の世界的な気候変動危機により、文化遺産をより持続可能な方法で保存活用する必要性が世界的に高まっていることを受け、各国の博物館において取り組む上での課題と解決手法について講義、実習、ディスカッションが行われたことが紹介されました。特に文化遺産の保存環境管理の歴史的経緯と温湿度のガイドラインの変遷に関する講義は今後の持続可能な管理戦略を進めていくうえで、肝要であることが示されました。それと同時に文化遺産へのリスク評価とモニタリング手法の講義があり、最終日は事例報告とディスカッションがなされ、非常に密度の濃いワークショップだったことが報告されました。
 ワークショップに参加した中で、日本においてはどのように管理戦略を進めていくか、水谷より日本における地球温暖化の影響と保存環境管理の課題提供がされました。会場には5名、リモートでは12名の保存担当学芸員や保存科学の専門家が参加し、保存環境の根本に関わる様々な質問が寄せられました。
 今回の講習会は持続可能な文化財の保存のための環境管理に関する海外の動向を知り、日本における地球温暖化と保存環境管理との向き合い方を改めて考える良い機会となりました。

欧州専門家との石造文化財の保存修復に向けた共同研究

神谷神社の七重石塔
欧州における石造文化財の保存修復に係る類例調査

 人類が古くから文化的な生活を営むうえで活用してきたもののひとつに石材があります。その用途は石器や建材、彫刻作品と幅広く、その中には石造文化財と分類され保存に向けた取組みにより受け継がれてきたものが数多くあります。国内と国外を比較してみると、石造文化財として位置付けるうえでの定義は異なりますが、石材の保存修復は世界中で様々な取組みがなされてきました。特に、日本の「木の文化」に対して「石の文化」として知られる欧州では、世界を牽引する先進的な調査・研究が積み重ねられてきており、そこから得られた成果は、国内の石造文化財の保存にも活用できると考えます。
 硬度や安定性という観点から木材に比べ耐久性に富む石造文化財は、屋外で保存されるものも少なくありません。そのため、天候や天災、周辺環境といった外的要因によって劣化、欠損してしまうことが多く、その保存を考えるうえでは様々な視点にたち対策を講じる必要があります。であるからこそ、多くの事例に目を向け、各分野の専門家で問題を共有し、解決に向けた研究を進めることが大切です。
 令和6(2024)年2月16日に香川県坂出市の神谷神社を訪れ、境内に立つ七重石塔の保存に向けた調査を実施しました。火山礫凝灰岩で造られた石塔は、雨水により基壇の侵食が進んだ危険な状態にあり、亀裂や欠損もみられます。この状況を欧州の専門家と共有し、令和6(2024)年3月1日にはフィレンツェでイタリア国家認定文化財修復士の方々と類例調査や研究計画に関する打合せを行いました。今後は、日本の石造文化財の保存修復における現状の改善に繋がる研究を目指します。

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