研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
| ■東京文化財研究所 |
■保存科学研究センター |
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菅沼貞三旧蔵資料の一部(資料閲覧室)
資料整理の様子
菅沼貞三氏(1900~1993)は、東京文化財研究所の前身である美術研究所に勤務したのち慶應義塾大学教授として日本近世絵画、特に文人画の研究に取り組み、多くの論文・書籍を執筆しました。慶應大学在職時に氏が収集した資料は長らく美学美術史学の研究室に保管されていましたが、研究室を引き継いだ河合正朝氏(慶應義塾大学名誉教授)から令和4年(2022)に東京文化財研究所に寄贈されました。資料の大半は台紙貼りの紙焼き写真で、文人画を中心とした近世絵画の他に、障壁画や建築、彫刻など同じく慶應義塾大学文学部教授で日本彫刻史研究の泰斗であった西川新次氏(1920~1999)が収集した写真資料も含まれています。文化財情報資料部では、安永拓世氏(成城大学)の協力を得て資料の整理と目録化を進め、この度ウェブサイトですべての資料の目録およびフィルムのデジタル画像を公開しました(https://www.tobunken.go.jp/materials/suganuma_print)。とりわけ文人画と障壁画の資料の中には現在は所在不明の作品や撮影当時から所蔵者が変更となった作品も含まれており、現在の作品研究においても非常に有効な資料群と言えます。なお、実際の資料は資料閲覧室のキャビネットに保管されており、来所して閲覧することができます。資料閲覧室の利用方法はウェブサイトをご覧ください。
「山崎架橋図」デジタルコンテンツ トップページ
画像比較ページ
縁起文のページ
東京文化財研究所は令和6(2024)年に和泉市久保惣記念美術館と共同研究の覚書を締結し、同館所蔵作品の調査研究を行い、令和7(2025)年9月には「山崎架橋図」についての研究会を開催しました。(https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/2403901.html)このたび「山崎架橋図」の光学調査の成果を広く公開することを目指してデジタルコンテンツを作成し、オープンアクセスのデジタルコンテンツとして公開を開始しました。日本語と英語で作品や調査手法などについて解説し、作品のカラー高精細画像、近赤外線画像、蛍光画像を自由自在に拡大・縮小して比較することができます。古美術作品は経年変化によって画面表面が見づらく、描写内容や細部表現を肉眼で識別することが難しいのが通例ですが、近赤外線画像では墨の線描が克明に観察することができ、蛍光画像では修復の際に施された補絹の状態や彩色材料の違いなどを認識することができます。また画面下部の縁起文は、文字を識別しやすくするような撮影手法・画像処理技術を開発しました。これまでの研究では江戸時代後期の附属文書による縁起文が参照されてきましたが、絵画表面上の文字情報が得られやすくなったことで、より深い考察が可能となります。今後の研究の進展が期待されます。鎌倉時代の息吹が感じられる絵画空間をぜひご鑑賞ください。
富山本法寺、風入法要の様子
デジタルコンテンツの画面
富山県八尾市の古刹・本法寺に伝わる法華経曼荼羅図は、『法華経』28品の内容を図解した大画面の絵画で、22幅一具(セット)の大規模な作例として他に類をみません。鎌倉時代末期の嘉暦元年から3年(1326~28)にかけて製作されたと考えられ、年代が分かっている点でも貴重です。例年、8月6日の風入法要では堂内に法華経曼荼羅図が掛けられ、絵解きが行われており、地域に根付いた信仰のあり方が現在まで継承されていることが実感できます。
東京文化財研究所では本法寺法華経曼荼羅図の研究に長年取り組まれてきた原口志津子氏(奈良大学)より、調査で撮影された高精細画像のデータをご寄贈いただき、法華経曼荼羅図全22幅のカラー画像と赤外線画像、そして付属資料の画像を見ることができるデジタルコンテンツを作成、令和8年(2026)3月に東京文化財研究所(資料閲覧室)での限定公開を開始しました。
(https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/library_collection/index.html#digitalcontents)。
本法寺法華経曼荼羅図は極めて貴重な作例であるにも関わらず、点数の多さからまとまって展示されたことが殆どなく、また、書籍に掲載されている図版にも限界があるため細部の観察が十分にはできませんでした。この度公開したデジタルコンテンツでは画面の各部分を拡大して見ることができ、さらに赤外線画像との比較も可能です。これを機に多くの方に法華経曼荼羅図の豊穣な世界を知っていただければ幸いです。デジタルコンテンツのご利用については東京文化財研究所のウェブサイトをご覧ください。
https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/library_collection/index.html
なお、公開にあたっては本法寺様からご協力とご高配を賜りました。心より御礼を申し上げます。
※所属は当時のものです。
研究会の様子
令和8年(2026)3月16日に開催された第10回文化財情報資料部研究会では米沢玲(文化財情報資料部)と奧健夫氏(武蔵野美術大学)による研究発表が行われました。
まず米沢は「調査報告 長谷寺 銅造十一面観音立像」と題して、奈良・長谷寺の十一面観音立像の概要について報告しました。長谷寺像は鎌倉時代に制作された金銅仏で、長谷寺本尊を模した十一面観音立像と考えられています。米沢は本像について様式や図像に検討を加え、さらに鋳造技法に特異な点がみられることを指摘しました。
続いて奥氏による「蓮華王院本堂千手観音・二十八部衆像再考」と題した研究発表が行われました。京都・蓮華王院本堂(三十三間堂)は長寛二年(1164)に建立されたものの鎌倉時代の大火によって焼失し、文永三年(1266)に再建されたことはよく知られています。奥氏は本尊千手観音像の眷属である二十八部衆像について、まず『山槐記』の記事から創建当初には存在していたことを前提とし、現存する像の多くが平安時代の創建当初に制作されたものであること、また鎌倉時代に再興された像も基本的には創建当初像に倣った姿であることを指摘しました。二十八部衆像の制作年代に関しては作風に加えて制作技法の特徴を挙げて論証し、文化財修理の現場に長年携わってきた奥氏の知見に基づいた非常に説得的な内容でした。さらに、二十八部衆像のうち婆数仙像には中国・五台山に対する信仰が反映されている可能性について論じ、後白河院による創建当初の構想にも言及しました。
奥氏の発表は二十八部衆像の研究史に大きな一石を投じるもので、終了後には参加者から活発な意見が交わされ大変有意義な研究会となりました。
柳澤孝資料の一部
データベース画面
東京文化財研究所の前身である美術研究所に長らく奉職した柳澤孝氏(1926〜2003)は日本仏教絵画史の第一線の研究者として晩年まで活躍し、緻密かつ極めて鋭い観察眼によって研究史の基礎となる論文を数多く執筆しました。柳澤氏の没後、自宅に保管されていた大量の写真フィルムはそのほとんどが教鞭をとっていた慶應義塾大学美学美術史研究室に寄贈されましたが、研究所の職務に関わって撮影されたとみられるフィルムは文化財情報資料部で受け入れました。
柳澤氏の没後から20年以上を経て、国内外で行なった調査で撮影されたポジフィルムおよび収集した紙焼き写真のコレクション計1,297点をすべてデジタル化し、東京文化財研究所のウェブサイトでデータベースを公開しました。
https://www.tobunken.go.jp/materials/yanagisawa_film
ポジフィルムの中には当時まだ珍しかった赤外線ビデオカメラで撮影された作品画像が含まれており、戦後の早い時期から科学的手法を文化財調査に取り入れていた美術研究所の軌跡を知る上でも大変貴重なものと言えます。デジタル化した画像は資料閲覧室内で公開しています。ご利用についてはウェブサイトをご覧ください。
https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/application/application_image.html
研究会風景
東京文化財研究所の所蔵資料は、主に研究者に向けて公開され活用されていますが、収集経緯を含めた資料の歴史に光があたることは、実はそう多くありません。今回は「木村荘八自筆資料」という大正から昭和を通じて活動した洋画家の木村荘八が遺した資料を対象に、在職中に資料収集を主導した田中淳氏(客員研究員、大川美術館館長)と、文学研究の立場に基づいて近年調査を進めてきた新井由美氏(奈良工業高等専門学校准教授)に登壇頂き、この資料の意義を解き明かし、研究成果を報告して頂きました。演題は「東京文化財研究所における木村荘八資料の収集経緯について」(田中淳氏)、「木村荘八「パンの会」制作に関する諸問題 ―東文研所蔵資料「木村荘八制作ノート 自昭和五年至昭和廿一年」を中心として」(新井由美氏)です。
まず田中淳氏は、木村荘八資料を東文研で所蔵し、他機関と連携して翻刻・研究を行ってきた30年近くにわたる経緯を報告し、また家中に手帳を置き手当たり次第に書くメモ魔であったという、木村本人と交流のあった資料旧蔵者による証言などを紹介しました。
次に新井由美氏は、資料の中で昭和初期の日記を対象とし、時系列が錯綜する資料の状況を整理した上で、木村の代表作のひとつである油彩画《パンの会》(1928年、北野美術館蔵)を中心に、絵画制作に関係する記述について論じました。
田中氏の語った「メモ魔」というイメージと、新井氏の指摘した、同じ日記帳の中で別時期に書かれた内容が入り混じる木村の記述スタイルとが完全に一致していたこともあり、質疑応答の時間には、実際の資料を見ながら木村荘八の人間像に迫る意見が活発に交わされました。
本研究会は、美術史研究者と文学研究者が集い、ひとりの画家の記録を通して昭和初期の状況について意見を交換する、貴重な機会となりました。
國華社旧蔵写真資料データベース
このたび文化財情報資料部では「國華社旧蔵写真資料データベース」を公開しました。
『國華』は明治22年(1889)に岡倉天心や高橋健三らによって創刊された日本および東洋美術を対象とする研究雑誌です。現在も刊行が続く美術雑誌としては世界で最も歴史あるもののひとつであり、かつて散逸の危機にあった日本美術の価値を世界に紹介し、文化の保護を啓発することを目的として誕生しました。誌名の「國華」は創刊の辞の一節「美術は国の精華なり」に由来するもとされます。
國華社旧蔵写真資料は、この130年を超える歴史を持つ『國華』の編集過程において、長年にわたり蓄積・保管されてきた写真資料群です。創刊当初より図版の質に徹底してこだわり、創刊時は写真印刷術の第一人者であった小川一真を起用したコロタイプ印刷や、一流の職人による木版画などを用いて美術作品を再現してきました。本資料群は、こうした厳格な編集作業の系譜のもとに作成された記録を基礎としています。これらの写真資料は、美術史研究における重要な基礎資料です。
これらの貴重な資料を研究に役立てるため、國華社より寄贈を受けた資料の一部を「國華社旧蔵写真資料データベース」として公開いたしました。本データベースは研究利用における即時性と資料の共有を重視し、随時内容の追加・更新を行ってまいります。
https://www.tobunken.go.jp/materials/kokka-sha_photo
迫内祐司氏による発表の様子
ディスカッションの様子
近現代美術の研究において、作品を生み出す作家を対象とするのはもちろんですが、作家や作品を評価し、文筆を通して後世に伝える批評家について調査し、考察することも重要です。3月4日の文化財情報資料部研究会では、『日本画壇争闘史』(1924年刊)、『南画と文人画の鑑賞』(1934年刊)、『半古と楓湖』(1955年刊)等、多くの著作を残した添田達嶺(1888~1971)をテーマに、2名の研究者による発表が行なわれました。
迫内祐司氏(小杉放菴記念日光美術館学芸員)による発表「添田達嶺とその資料について」では、これまでほとんど知られることのなかった達嶺の生涯と業績が詳らかにされました。続く堀宜雄氏(福島県立美術館専門員)の「書簡資料にみる添田達嶺と東西日本画家との交流」では、遺された達嶺宛ての書簡の中から、金島桂華、土田麦僊、堂本印象、堅山南風、酒井三良といった東西の日本画家によるものを紹介、その交流の一端をひもときました。
この度のお二人の研究は、出光美術館の助成を受けて行なわれた、添田家に伝わる資料群の調査に基づくものです。研究会には、この調査に加わった伊能あずさ氏(川越市立美術館学芸員)、田邊健氏(小杉放菴記念日光美術館学芸員)も参加、また達嶺の孫である江中(添田)里子先生(昭和女子大学名誉教授)にもご出席いただきました。発表後のディスカッションでは、江中先生の回想も交えながら、達嶺の美術史における位置、そして遺された資料群の今後の活用について意見が交わされました。
煉瓦造建築における現場計測の様子
実験室での予備測定の様子
保存科学研究センターでは、令和7(2025)年度に片側開放型H-NMRを導入しました。材料中に含まれる水分は、塩の析出や凍結による物理的破壊、膨張・収縮に伴う損傷、さらにはカビの生育など、さまざまな劣化現象を引き起こします。そのため、材料内部の水分状態を把握することは、文化財の損傷リスク評価や適切な保存方法を検討するうえで重要な要素の一つです。片側開放型H-NMRでは、装置から磁場を与えることで、水分に含まれる水素のNMR信号を検出します。この信号の強さや変化を解析することで、水分量や水の運動性の違いを、把握することが可能です。
令和8(2026)年3月には、海水の毛管上昇に伴う塩類析出により壁面の劣化が進行している煉瓦造建築を対象として、片側開放型H-NMRを用いた現地調査を実施しました。本調査では、装置導入後初の現場適用事例として、非破壊で深さ方向の含水率分布の測定を行いました。従来の非破壊による含水率測定手法では、取得できる情報が材料表面に限られるものや、平滑な面にしか適用できないといった制約があり、劣化した壁面の内部情報を把握することが困難でした。これに対し、本手法では表面状態に依らず、材料内部の深さ方向の含水率分布を取得することが可能となりました。本調査は、東京文化財研究所保存科学研究センター、京都大学、名古屋大学、奈良文化財研究所による共同研究として実施している、煉瓦造建築の塩類風化対策を目的とした材料施工および環境調整手法に関する研究の一環として行われたものになります。
今後は、水分量の把握にとどまらず、適切な保存対策手法を検討するうえで必要な材料物性を非破壊で評価する手法へと応用を広げるとともに、その他の材料や文化財への展開を図っていきます。
ポンペイ考古学公園事務局
ナポリ国立考古学博物館
文化遺産国際協力センターでは、壁画をはじめとする不動産文化財を主たる対象として、保存・活用に関する理念的枠組みと実践的技術の両側面から国際共同研究に取り組んでいます。これにより、保存修復および維持管理の水準向上に資する基盤の強化を図るとともに、その成果を活用した文化遺産保護に関する国際協力事業の推進を目指しています。
令和8(2026)年2月24日から3月13日にかけてイタリアを訪問し、ウルビーノ大学、フィレンツェ大学、ならびにイタリア国立研究評議会の研究者と協議を実施しました。主たる議題は、保存修復材料の現状における課題の整理と、その改善に資する研究の方向性を検討することです。協議を通じて、各機関が共通の問題意識を有していることを確認し、今後は国際共同研究の枠組みのもとで連携し、具体的研究を推進していくことで合意に至りました。
また、ナポリ国立考古学博物館およびポンペイ考古学公園の訪問に際しては、ローマ時代の壁画およびスタッコ装飾の保存修復に関する現状把握を行うとともに、既存手法の課題や改善の可能性について現地研究者と意見交換を行いました。その結果、同遺跡公園が管理する壁画およびスタッコ装飾について、本研究の対象として提供を受けるとともに、保存修復技術の高度化に向けた研究に対する協力を得られることとなりました。
今後は、研究活動の一環として、ローマ時代の壁画およびスタッコ装飾を主たる対象とし、今回協議を行った各機関との連携のもと、材料研究および保存修復技術の体系化を進めていく予定です。本取組みは、文化遺産保存分野における国際協働の深化とその実践的展開に向けた重要な基盤形成の一端を担うものです。さらに、これにより得られる成果を日本国内外における文化遺産の保存修復および維持管理の実践に還元し、各地の文化遺産の持続的な保護と活用に資することを目的としています。
酒呑童子絵巻(根津美術館所蔵)デジタルコンテンツ
伝狩野山楽筆「酒呑童子絵巻」トップページ
住吉弘尚筆「酒呑童子絵巻」第3巻第3段部分
令和7(2025)年5月に東京文化財研究所資料閲覧室内での画像閲覧専用端末で、住吉廣行筆「酒呑童子絵巻」(6巻、ライプツィヒ・グラッシー民族博物館蔵、以下ライプツィヒ本)のデジタルコンテンツの公開を開始したのに続き[令和7(2025)年5月活動報告:https://www.tobunken.go.jp/
materials/katudo/2391511.html]、根津美術館所蔵の伝狩野山楽筆(3巻、以下伝山楽本)と住吉弘尚筆(8巻、以下弘尚本)の酒呑童子絵巻のデジタルコンテンツを限定公開しました。伝山楽本は謹直な描線と濃密な彩色によって絵巻という画面形式を最大限活かして酒呑童子の物語が躍動的に表されています。また弘尚本は他に例のない8巻からなる酒呑童子絵巻として根津美術館での展覧会などでも注目され、ライプツィヒ本を継承する作品です。絵巻という横に長く続く画面形式から、伝山楽本も弘尚本も、絵巻全体の画像を概観することのできる紙の書籍などは存在していません。コピーやプリントアウトなどはできない閲覧限定コンテンツですが、豊富な描写内容を持つ絵巻の各場面を自由に拡大して見ることができます。研究資料としてご活用いただければ幸いです。
https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/
library/library_collection/index.html
このデジタルコンテンツは科研費・基盤研究B「酒呑童子絵巻の研究」(22H00623)の成果の一部です。
研究会の様子
令和8(2026)年2月17日、東京文化財研究所において文化財情報資料部研究会を開催しました 。本研究会では、近年進展著しい作家資料の体系的な整理と公開をテーマに、望月桂と松澤宥という二人の作家をめぐるアーカイブ構築の実践を取り上げました。資料を「残す」技術と、展覧会やデジタルアーカイブを通じて「活かす」実践の両面から、作家資料の継承のあり方を考察しました。
第1部「望月桂関係資料をめぐって」では、まず安曇野市教育委員会・塩原理絵子氏より、地域における資料調査のプロセスと今後の展望が報告されました。続いて、国立アートリサーチセンター・谷口英理氏と文化財情報資料部アソシエイトフェロー・山永尚美より、同資料の受入れ・編成・公開に関する手法の意義について中間報告が行われました 。
第2部「松澤宥旧蔵資料をめぐって」では、県立長野図書館・槌賀基範氏より、地域の「知の共有地」を目指す「信州デジタルコモンズ」の取り組みと、作家資料を含むデジタルアーカイブの仕組みが紹介されました。最後に文化財情報資料部近現代視覚芸術研究室長・橘川英規が、多層的な活動の結節点としての東京文化財研究所資料閲覧室における資料提供のあり方と、作家資料として受贈し、機能させるための仕組みを展望しました 。
各報告ののちに行われた意見交換と質疑応答では、上席研究員・塩谷純と橘川が司会を務め、このような作家資料が社会へ開いていくための課題や、社会的基盤としての可能性について活発な意見交換が行われました。生成された膨大な資料群を前に、各機関・研究チームがそれぞれの専門性を活かしてどのように役割・機能を分担し、作家資料の価値を次世代へ繋いでいくのか。本研究会は、実務と研究の両面からその具体的な方策を模索し続けるための、重要な契機となりました。
今年のヨシ原焼き(2026.2.15)
無形文化遺産部では、無形文化財を支える原材料の調査・研究も行っています。雅楽に用いられる篳篥の蘆舌(リード)の適材として知られる、大阪府高槻市の淀川河川敷、上牧・鵜殿地区のヨシ。毎年2月に行われてきた恒例のヨシ原焼きが、荒天とコロナ禍で2年続けて中止されてから5年が過ぎました。ヨシ原焼きが2年途絶えたことで、ツルクサが繁茂してヨシに巻き付いて枯死が進んでしまったことが課題でしたが、今年にかけてヨシ原の保全に向けた動きに変化がありました。
ツルクサの除草は、これまで雅楽協議会内のヨシ対策室が中心になって寄付やボランティアを募り、ウェブサイト上で情報発信しながら対応してきましたが、一方で安定的で継続性のある枠組みも模索されてきました。令和5(2023)年、雅楽演奏に欠かせない上牧・鵜殿のヨシの安定的な入手が一つの発端となって、一般社団法人雅楽協会が設立されました。ここに国の重要無形文化財「雅楽」の保持者である宮内庁式部職楽部部員が設立準備段階からかかわり、協会に加盟したことは、国の重要無形文化財と上牧・鵜殿のヨシを繋ぐ一つの道筋ができたことを意味します。
さらに、雅楽の継承と当該地のヨシ原保全に連携して継続的に取り組むべく、令和7(2025)年6月、一般社団法人雅楽協会、地域の鵜殿のヨシ原保存会、上牧実行組合と高槻市が連携する「雅楽の楽器『篳篥』用ヨシ保全コンソーシアム1」が設立され、オブザーバーとして文化財行政を司る文化庁と当該地を管轄する国土交通省が名を連ねました。連動して、無形文化財(雅楽)とその原材料(ヨシ)の関係の重要性を広く知ってもらうための普及事業も活発化しています。
またこれらの体制が整ったことを受けて、令和7年度(2025)9月1日付で、文化庁の文化財保存事業費の国宝重要文化財等保存・活用事業費補助金(篳篥用ヨシ保全事業の補助金)が補助事業者・ヨシ保全コンソーシアムに対して交付決定されました(事業区分「文化財保存技術」)。また高槻市も「雅楽の楽器『篳篥』用ヨシ保全事業補助金」を交付決定し、篳篥用ヨシの安定的な確保に向けた調査を行い、次年度からの本格的な除草作業に備えています。
まさにヨシ原保全のためのスキームが実働し始めている当該地で、令和8(2026)年2月15日、恒例のヨシ原焼きが実施されました。当日は高槻市長はじめ、市役所関係者や一般社団法人雅楽協会関係者も立ち合い、また一般のヨシ原焼き見学者からは「ここのヨシは雅楽の楽器に使われているらしい」という会話も聞こえていました。
無形文化遺産部では、無形文化遺産を支える原材料保全の動向についても、引き続き調査研究を継続していきます。また、令和8(2026)年3月末には、無形文化遺産部より『篳篥蘆舌の原材料・ヨシに関する報告書―淀川河川敷 上牧・鵜殿を中心に―』が刊行されます。ご一読いただければ幸いです。
1以下本稿では「ヨシ保全コンソーシアム」と略す。
無形文化遺産部では、継承者がわずかとなり伝承が危ぶまれている「平家」(「平家琵琶」とも)の実演記録を、平成30(2018)年より「平家語り研究会」(主宰:武蔵野音楽大学名誉教授薦田治子氏、メンバー:菊央雄司氏、田中奈央一氏、日吉章吾氏)の協力を得て実施しています。第八回は、令和8(2026)年2月19日、東京文化財研究所 実演記録室で《紅葉》(前半)と《横笛》(全曲)を収録しました。
《紅葉》の前半は、題名にもなっている紅葉をめぐる高倉天皇のエピソードが中心です。高倉天皇即位当初のこと、紅葉する木を植えて愛でるほど紅葉を好んでいた高倉天皇ですが、ある日役人が、こともあろうに紅葉が風で散っていたものを集めて焚き火をし、その火で燗酒を楽しんでしまいました。その不始末を、高倉天皇は咎めないばかりか笑みをたたえ、風流だと感じ入ったというのです。役人の不始末に気を揉む蔵人の描写は、平家の物語としてはおかしみも感じるやや珍しい部分です。このエピソードの最後は「林間に酒を煖めて紅葉を焼く」という白居易の詩を引き合いに、役人の行動に感じ入る高倉天皇の柔和さを象徴するようにして、ゆっくりと締めくくられます。
《横笛》は、滝口入道と横笛の悲恋がテーマです。滝口入道は、恋人である横笛との仲を許されないことから出家を決心して旅立ちます。後を追ってきた横笛にも、滝口入道は心が揺らぐのを恐れて会いません。この心の葛藤を描く場面が《横笛》のクライマックスですが、平家ではここを「白声」という曲節で語ります。白声は、節(旋律)があまりなく平坦で、淡々とした語り口で語られます。このように劇的な場面を、どちらかというと平坦な表現で語ることによって、かえって悲劇性が際立ちます。非常に情緒的な場面を表現する際に、逆に粛々と詞章や音を運ぶような表現手法は、三味線音楽でも時折みられます。
無形文化遺産部では、現在伝わっている平家の前田流のうち、当道の流れを汲む名古屋の伝承曲の習得、その上で行われている復元に注目して実演記録「平家」を実施してきましたが、いよいよこの事業も最終盤です。次年度の第9回をもって実演記録「平家」の一区切りとし、令和8(2026)年12月8日(火)に、この収録を含めた公開研究会を企画しています。どうぞご注目ください。
専門家会議の様子(於:東京文化財研究所)
文化庁でのミーティングの様子
東京文化財研究所は令和7(2025)年度文化庁緊急的文化遺産保護国際貢献事業(専門家交流)を受託し、「スーダンの被災博物館の保存・修復方針の策定に係る事業」を実施しています。このたび本事業の一環としてスーダン共和国から4名の専門家を日本に招へいし、令和8(2026)年2月24日から27日にかけて専門家会議およびコンサルテーション・ミーティングを開催しました。この事業は、当研究所が令和7(2025)年度文化庁文化遺産国際協力拠点事業「スーダンの文化遺産専門家等の能力強化ワークショップ事業」を受託し、令和8(2026)年8月にワークショップと関連シンポジウムを東京で開催した成果
(https://www.tobunken.go.jp/materials/
katudo/2398816.html)を受けて実施されました。
スーダン共和国では令和5(2023)年4月に武力紛争が勃発し、今なお多くの文化遺産や博物館が危機的な状況にさらされています。本事業は、武力紛争によって被災した博物館を復興するための専門的な助言を行うことを目的としています。
2月24日には東京文化財研究所で専門家会議を開催しました。続く25日から27日にかけては、文化庁、外務省、国際協力機構(JICA)および国立民族学博物館を訪問し、それぞれ専門的な助言を受けるコンサルテーション・ミーティングを開催しました。
今回、日本に招へいした4名の専門家は以下の通りです。
・ Abdelrahman Ali氏(ユネスコ・ハルツーム文化部門長/前スーダン国立古物博物館機構局長)
・ Khalid Fathalrahman氏(イスラム世界教育科学文化機関(イセスコ)文明対話センター所長)
・ Shadia Abdrabo氏(スーダン国立古物博物館機構副局長(博物館部門))
・ Elnzeer Tirab氏(スーダン国立民族学博物館館長)
来日した4名の専門家はいずれもスーダン共和国の博物館および文化遺産の保護に責任のある人物であり、そうした方々を招いた専門家会議を日本で開催出来たことは、スーダンの文化遺産を取り巻く現状を認識し、今後の文化遺産の復興の手法について考えるうえで有意義なことでした。
なお本事業の開催に際し、駐日スーダン共和国大使館のElrayih Mohamed Elawad Hydoub大使およびAli Mohamed参事官の全面的な協力を得ました。感謝して記します。
岩窟内のシート養生と計測器設置の様子
2月の現地調査時の那谷寺本堂
保存科学研究センターでは、那谷寺からの依頼を受けて岩窟内に建てられた木造建造物の保存環境整備に関する調査研究を行っています。石川県小松市の那谷寺は、土着の白山信仰と仏教が融合した寺院であり、重要文化財である木造の本殿は自然の浸食によって形成された岩窟内に建てられています。このような環境では、地盤からの水分供給や岩盤の高い熱容量の影響により高湿度状態となりやすく、結露や木材腐朽といった湿害リスクが生じます。
これまで、岩窟内の温湿度の長期計測により高湿度の要因を分析し、その結果に基づいて季節に応じた換気対策を実施してきました。その成果は「保存科学」第65号にまとめています。これらの対策により、岩窟内の湿気環境の改善に一定の効果を確認しています。特に冬季には、気密性を上げて冷たい外気の侵入を抑制することで、木造本殿での結露抑制と岩窟内の湿度低下に効果があることが分かりました。一方で、地盤からの水分蒸発の影響が相対的に大きくなる点が課題として残されています。
そこで令和7(2025)年秋より、冬季限定の新たな対策として、地盤からの水分蒸発を抑えるための簡易的なシート養生を開始しました。令和8(2026)年2月には設置後の状況確認を行い、現時点では問題が生じていないことを確認しています。今後は測定データの分析を進め、その効果の検証と適切な運用方法の提案を行う予定です。
2月の現地調査は積雪下での実施となりましたが、岩窟内は屋外に比べて暖かく、自然のシェルターとしての特性を体感する機会ともなりました。文化財の保存環境整備は、気候や立地など多様な要因と向き合う必要があります。今後も環境との調和を図りながら、最適な環境制御手法の検討を進めていきます。
ワークショップでのグループディスカッションの様子
棟飾りの一部
東京文化財研究所とアンコール・シェムリアップ地域保存整備機構(APSARA国立機構)は、タネイ寺院遺跡における協力事業の一環として、タネイ遺跡中央伽藍の正面に位置する十字テラスの保存修復に向けた予備調査を継続しています。 これまでの調査から、シェムリアップ市内にあるアンコール保存事務所に保管されている彫像や欄干部材の中にタネイの十字テラスの構成部材が存在することが明らかとなっていました。そこで、アンコール保存事務所に保管されているタネイ由来の欄干部材と、十字テラスの周囲に散乱していた欄干部材を、それぞれデジタル3次元計測で記録し、デジタル空間上で部材の仮組みを試みることにしました。この作業は、令和8(2026)年1月21~22日に「十字テラスの修復に向けた実践ワークショップ」として実施し、APSARA国立機構、アンコール保存事務所、アンコール国立博物館、シェムリアップ州文化財課から計約20名が参加しました。2日間のワークショップでは、参加者が各自のスマートフォンにダウンロードした無料の3次元計測アプリを使ってアンコール保存事務所とタネイ遺跡現地にある部材をそれぞれ記録し、さらに、グループディスカッションとして、記録した3次元モデルを確認しながら、別々の場所にある部材がどのように接合できるかの検討を行いました。その結果、複数の部材を接合できる可能性がみえてきたことは、今回のワークショップの大きな成果となりました。 このほか1月末に現場で行った作業としては、十字テラス周囲の発掘区に残していた2か所のベルトを掘り下げました。十字テラスが接続する矩形テラスの東側前面付近では表層から屋根瓦の散布が確認されており、今回も多くの瓦片が出土しました。併せて、これまでの調査で出土した考古遺物の整理作業にも着手し、棟飾りや軒丸瓦などの屋根材を同定したほか、クメール陶器に典型的なバラスター壺や波状沈線文の施された黒釉陶器、複数の輸入陶磁器など、遺物のバリエーションが確認されました。今後さらに精査し、タネイ寺院遺跡における出土遺物の特徴を明らかにしていきます。
セインズベリー日本藝術研究所での協議
SOASでの講演
イギリス・ノリッチに所在するセインズベリー日本藝術研究所(Sainsbury Institute for the Study of Japanese Arts and Cultures、以下SISJAC)は、ヨーロッパにおける日本芸術文化研究の主要拠点の一つです。東京文化財研究所では、平成25(2013)年より、同研究所との共同事業を継続的に実施しています。
文化財情報資料部では、この共同事業の一環として、毎年研究員をイギリスに派遣し、関係者との協議や講演を行っています。令和7(2025)年度は、田代裕一朗および吉田暁子の2名が訪英しました。
今回の訪英では、まず12月4日、イースト・アングリア大学のアーラム・ホールにて、田代が「Japanese Residents of Colonial Korea and Their Relationship with Ceramics(植民地朝鮮の日本人と陶磁器)」と題した講演を行いました。本講演は、SISJAC所長のサイモン・ケイナー氏、ならびにイースト・アングリア大学教授のラー・メイソン氏による講演とあわせて開催され、講演後には三氏によるディスカッションも行われました。
講演後、田代と吉田は、准教授ユージニア・ボグダノヴァ=クマー氏をはじめとするSISJACのメンバーと、今後の共同事業について協議を行いました。ここでは、次年度に講演を予定している吉田がプレゼンテーションを行い、意見交換を通じて、次年度以降のより建設的な研究交流の在り方について話し合いました。
翌12月5日には、ノリッチからロンドンへ移動し、ユージニア氏の司会のもと、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)にて、田代が「Japanese “Kottō” Culture and Korean Ceramics(日本の骨董文化と韓国の陶磁器)」と題した講演を行いました。講演後には、同学院で学ぶ学生たちとのディスカッションも行われました。
文化財情報資料部では、このような研究交流に加え、欧米圏で開催された日本美術展覧会に関する情報を集積するデータベース事業も、SISJACと共同で進めています(※)。今後も「研究」と「アーカイブ」という二つの柱を軸に、SISJACとの連携を一層強化し、日英両国の学術研究に寄与していければ幸いです。
(※) 美術展覧会・映画祭開催情報(日本国外)
令和7(2025)年12月18日、韓国の国立現代美術館の一行が、東京文化財研究所を来訪しました。同館は昭和44(1969)年に開館した文化体育観光部傘下の国立美術館で、現在、果川館、ソウル館、徳寿宮館、清州館の4館を運営しています。日本の多くの現代美術館とは異なり、近代美術も収集・研究の対象に含めている点に特色があり、韓国の近現代美術を代表する美術館として知られています。
文化財情報資料部では、6月にプロジェクト「文化財に関する調査研究成果および研究情報の共有に関する総合的研究」(シ01)の一環として、「韓国における美術アーカイブの現況調査」(※)を実施し、その際に国立現代美術館のアーカイブを見学調査しました。今回はその逆に、韓国から日本を訪問する形となり、アーキビストのイ・ジヒ学芸研究士をはじめ、パク・ヘソン学芸士、パク・スジン所蔵品管理課長の計3名が東文研を来訪しました。
今回の来訪に先立ち、6月に韓国を訪問した橘川英規(近現代視覚芸術研究室長)と田代裕一朗(文化財アーカイブズ研究室 研究員)は、10月15日に国立現代美術館のアーカイブ関係者とオンラインミーティングを行い、東京文化財研究所の沿革や、コレクション(所蔵資料)の形成過程およびその特質についてプレゼンテーションを行いました。こうした事前の交流を踏まえ、今回は「実際に資料を見る」ことに主眼を置いた案内が行われました。
一行は、橘川および田代の案内のもと、資料閲覧室から書庫へと順に見学を行い、数多くの資料の中から、とくに「日本に居住した韓国人(朝鮮人)美術作家」に関する画廊資料や展覧会資料を中心に閲覧しました。昭和5(1930)年に創設された帝国美術院附属美術研究所以来、東京文化財研究所では同時代的に資料を蓄積してきた経緯があり、コレクションの中でも近現代美術に関する資料がとくに充実しています。これらには、韓国の美術史研究においても重要な意義を持つ資料が数多く含まれています。一方、国立現代美術館も近現代美術を中心に資料収集を行っており、両機関のコレクションには共通点が多いといえます。
見学後の協議では、東京文化財研究所と国立現代美術館のコレクションが相互に補完し合う関係にあること、また、今後研究協力を進めていくことで、日韓両国の美術史学に寄与し得る可能性が確認されました。一過性の交流にとどまることなく、継続的に情報を共有し、交流を重ねていくことで、より実りある協力関係へと発展させていければと考えています。
※令和7(2025)年6月活動報告「韓国における美術アーカイブの現況調査」(https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/2396756.html)
【写真1】インドが提案した「ディーパヴァリ」の代表一覧表記載の瞬間
【写真2】武力紛争下における文化遺産の状況についてスピーチを行うスーダンの代表団
【写真3】政府間委員会会合の閉会後の様子
令和7(2025)年12月8日から13日にかけて、ユネスコの無形文化遺産保護条約第20回政府間委員会会合がインドのニューデリーで開催されました。会場はユネスコ世界文化遺産でもある「赤い城(ラール・キラー)」でした。東京文化財研究所からは3名の研究員がオブザーバーとして会合の様子を傍聴しました。
今回、日本から新しい案件の提案はありませんでしたが、3件の案件(「伝統建築工匠の技:木造建造物を受け継ぐための伝統技術」「和紙:日本の手漉和紙技術」「山・鉾・屋台行事」)について要素の拡張が認められました。これは既存の案件に新しい要素を加えるというもので、令和6(2024)年のサイクルから新しく始まった手続きです。例えば「和紙:日本の手漉和紙技術」はこれまで「石州半紙」「本美濃紙」「細川紙」の3つの要素によって構成されていましたが、今回新たに「越前鳥の子紙(えちぜんとりのこし)」が加わりました。
日本は現在、新しい案件の提案をするタイミングは事実上2年に一度と限られていますが、要素の拡張はその制限を受けることがありません。無形文化遺産の代表一覧表に記載された日本の案件の数は23件と変わりませんが、複数の無形文化財、無形民俗文化財、選定保存技術がその要素として加えられることとなりました。
なおこの要素の拡張は多国籍提案による案件にも適用されてきました。今回は例えば、「キルギスとカザフのユルト(チュルク民族の移動住居)製作の伝統的な知識と技能」にウズベキスタンの要素が追加され、その名称も「キルギスとカザフとカラカルパクのユルト(チュルク民族の移動住居)製作の伝統的な知識と技能」に変更されました。ユネスコは国と国との対話や相互理解を深めるという観点から多国籍提案を行うことを推奨していますので、今後こうした動きはより広がっていく可能性があります。
今回の会合では武力紛争下にあるウクライナやスーダンといった国の代表から、無形文化遺産が危機にさらされている状況への懸念とともに、文化遺産が平和構築に果たす役割の意義についても意見が表明されたのは印象的なことでした。
今回の開催国であるインドは多様な文化を有する国であることから、会合の節目やサイドイベントで伝統芸能をはじめとする様々な文化的パフォーマンスが披露されました。会合の閉会直後には会場内に楽団が現れ、参加者も事務局スタッフも分け隔てなく、その場はダンスフロアのような様相となりました。
なお次回の政府間委員会会合は中国の厦門(アモイ)で令和8(2026)年11月30日から12月5日までの日程で開催される予定です。