研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


報告書『タイ所在日本製漆工品に関する調査研究―ワット・ラーチャプラディットの漆扉』の刊行

ワット・ラーチャプラディットの漆扉。上下に伏彩色螺鈿、中央に彩漆蒔絵で装飾されたスギ材が配置されている。
報告書の表紙

 東京文化財研究所は平成4(1992)年から、タイの文化財の保存修復に関する共同研究をタイ文化省芸術局と実施しています。その一環として、タイ・バンコクに所在する王室第一級寺院ワット・ラーチャプラディット(1864年建立)の漆扉について、当該寺院や芸術局などのタイの関係者による修理事業の実施に際して技術的な支援を行ってきました。
 文化財の修理にあたっては、個々の文化財の材料や技法、周辺環境や劣化状態を詳細に調査して方針を決め、進めなければならないことから、それらに関する科学的な調査が不可欠です。ところで、ワット・ラーチャプラディットの漆扉には、19世紀半ばを中心に日本からの輸出漆器に多く用いられた伏彩色螺鈿の技法による、花鳥や山水、和装の人物などの図柄が見られ、日本製であると考えられました。しかし、その確たる証拠はなく、生産地や同様の技法による作品の系譜への位置づけなども不明でした。そこで、科学的な調査や、伏彩色螺鈿及び彩漆蒔絵で表現された図柄に関する調査を、東京文化財研究所内外の様々な分野の専門家が行ったところ、材料の成分や製作技法だけでなく、図柄の表現からも、漆扉が日本で制作された可能性が極めて高いことがわかりました。
 令和3(2021)年3月に刊行した標記の報告書は、これらの研究成果とともに、多分野の専門家による文化財調査の全容をご理解いただける内容となっています。報告書は当研究所の資料閲覧室や公共図書館などでご覧になれますので、お手に取っていただけましたら大変幸いです。


丸亀・妙法寺における与謝蕪村作品の調査・撮影

損傷のある寒山図襖
調査の様子
撮影の様子

 香川県丸亀市にある妙法寺は、江戸時代の画家で俳諧師でもあった与謝蕪村(1716~83)が明和5(1768)年に訪れて、多くの絵画作品を残したことで知られる寺院です。その妙法寺で蕪村が描いた「寒山拾得図襖」(重要文化財)は、現状では寒山の顔の一部が損傷し、失われています。しかし、近年、東京文化財研究所が昭和34(1959)年に妙法寺で撮影したモノクロフィルムに、損傷前の状態が写されていたことがわかり、当初の図様が判明したのです。
 そこで、東京文化財研究所では、この古いモノクロフィルムと、新たに撮影する画像を用いて、損傷した襖絵をデジタル画像で復原するという調査研究を、妙法寺と共同でおこなうこととなりました。
 令和3(2021)年8月24日から28日にかけて、新型コロナウイルスへの十分な感染対策を講じたうえで、この共同研究の調査・撮影のため、城野誠治・江村知子・安永拓世・米沢玲(以上、文化財情報資料部)の4名で妙法寺を訪れました。調査の対象となったのは、「寒山拾得図襖」「蘇鉄図屛風」「山水図屛風」「竹図」「寿老人図」(いずれも蕪村筆)です。全作品ともカラー画像を撮影し、「寒山拾得図襖」「蘇鉄図屛風」「山水図屛風」については赤外線画像も撮影しました。また、「寒山拾得図襖」の復原画像は、最終的に襖に仕立てて本堂に奉安するため、建具制作や文化財修理の専門業者による採寸もおこなわれました。
 モノクロフィルムでしか図様がわからない部分を、いかにカラー変換するかなど課題もありますが、この復原を通して、東京文化財研究所が蓄積してきた画像資料の新たな活用法を探りたいと思います。


キトラ古墳壁画の泥に覆われた部分の調査

蛍光X線分析による調査風景

 主に東京文化財研究所と奈良文化財研究所の研究員で構成される古墳壁画保存対策プロジェクトチームでは、高松塚古墳壁画・キトラ古墳壁画の保存や修復のための調査研究を行っています。高松塚古墳壁画と比べると、キトラ古墳壁画では四神や天文図等に加えて、各側壁に三体ずつ獣頭人身の十二支像が描かれている特徴があります。十二支のうち、子・丑・寅・午・戌・亥の六体の像は存在を確認することができますが、卯・未・酉に該当する箇所は漆喰ごと完全に失われています。そして、残りの辰・巳・申に関しては、該当する箇所の表面が泥に覆われており、これまでのところ、図像の有無は確認できていませんでした。これらの像が描かれている可能性のある3つの壁画片は再構成されておらず、現在は高松塚古墳壁画仮設修理施設にて保管されています。
 辰・巳・申の図像の存在を確認するために、プロジェクトチームの材料調査班と修復班の協働により、平成30(2018)年にX線透過撮影による調査を行ったところ、辰に関しては何らかの図像が描かれているようなX線透過画像が得られたものの、多くの課題が残されました。そこで、令和2(2020)年12月に、辰と申が残存している可能性のある壁画片に対して蛍光X線分析を実施したところ、水銀が検出されたことから、図像の存在の可能性を示すことができました。
 そして、令和3(2021)年8月11日に、巳が残存している可能性のある壁画片に対して蛍光X線分析を実施しました。この調査には、東京文化財研究所・保存科学研究センターの犬塚将英、早川典子、紀芝蓮の3名が参加しました。巳が描かれていると予め予測しておいた位置を中心に縦横2cmの間隔で蛍光X線分析を行いました。その結果、予測した箇所から水銀が検出されたため、巳についても図像の存在の可能性を示すことができました。
 この調査で得られた結果については、令和3(2021)年8月31日に文化庁によって開催された「古墳壁画の保存活用に関する検討会(第29回)」にて報告を行いました。

巳が描かれている可能性のある壁画片のX線透過画像(左)と
検出された水銀の信号強度の分布(右)

文化遺産国際協力コンソーシアムによる「アフガニスタンの文化遺産保護に関する緊急声明」の発表

「アフガニスタンの文化遺産保護に関する緊急声明」

 アフガニスタン国内における急激な情勢の変化を受け、本研究所が文化庁より事務局運営を受託している文化遺産国際協力コンソーシアムは、令和3(2021)年8月18日付で「アフガニスタンの文化遺産保護に関する緊急声明」を発表しました。全文は以下の通りです。コンソーシアムでは引き続き、関係機関との連携を図りながら現地の情報を収集するとともに、文化遺産保護のための協力に尽力していきます。

「アフガニスタンの文化遺産保護に関する緊急声明」
政情の急変というアフガニスタンの大きな変革期のなか,同国に所在する歴史的文化遺産,とりわけ遺跡や博物館を標的とする不法な略奪や破壊活動が強く懸念される状況となっています。私どもは,貴重な文化遺産が重大な危機にさらされる可能性に対し,深刻な憂慮の念を抱いています。
 文化遺産国際協力コンソーシアムは,我が国が文化遺産保護分野の国際協力において一層の役割を果たすため,関係機関や専門家の連携を推進することを目的として設立されました。2001年以来,アフガニスタンでの活動は,我が国が取り組んできた文化遺産国際協力の歴史の中でも主要な柱の一つとなっており,これまでアフガニスタンや国際機関などと協力して,同国の文化遺産保護に大きな成果をあげてきました。
 文化遺産は人類の歴史を語る共有の宝であるとともに,国民の統合とアイデンティティーの拠り所として,また地域や国家の発展のためにも重要な役割を果たすことが広く認識されています。文化遺産に対する略奪や破壊を未然に防ぐために,すべての勢力や個人に対し,節度を保った冷静な行動を強く求めます。また,世界の人々とこのような憂慮を共有したいと思います。
 ここに,アフガニスタンの文化遺産を保護するための協力への強い意志を表明するとともに,アフガニスタンのすべての人々の安全と一刻も早い状況の安定化を願ってやみません。

2021年8月18日
文化遺産国際協力コンソーシアム
会長 青柳 正規

文化遺産国際協力コンソーシアムによる第29回文化遺産国際協力コンソーシアム研究会「文化遺産にまつわる情報の保存と継承~開かれたデータベースに向けて~」の開催

第29回研究会「文化遺産にまつわる情報の保存と継承」
第29回研究会の様子

 今日、文化遺産に付随する情報をデータベースに記録することが、デジタルアーカイブをはじめとした記録技術の進化によって可能になるとともに、様々な地域特有の情報をデータベース上で継続的に収集するといった双方向的な取り組みも始まっています。文化遺産にまつわる情報の保存と継承の望ましいあり方を考え、この分野での今後の国際協力の可能性についても議論するため、文化遺産国際協力コンソーシアム(本研究所が文化庁より事務局運営を受託)は、令和3(2021)年8月9日にウェビナー「文化遺産にまつわる情報の保存と継承~開かれたデータベースに向けて~」を開催しました。
 齋藤玲子氏(国立民族学博物館)による「フォーラム型情報ミュージアムプロジェクトとアイヌ民族資料の活用」、無形民俗文化財研究室長・久保田裕道による「無形文化遺産に関わる情報の記録と活用について」、林憲吾氏(東京大学)による「アジア近代建築遺産データベースの40年:その展開・変容・課題」の3講演が行われ、続くパネルディスカッションでは、近藤康久氏(総合地球環境学研究所)の司会のもとデータベースに記録する対象やデータベース作成を通じた国際協力の可能性について議論されました。
 文化遺産にまつわる情報をどう残し、誰に伝えるかという点において、より多くの立場の人々が関わるようになるとともに、その方法も多様化してきています。コンソーシアムでは引き続き、関連する情報の収集・発信に努めていきたいと思います。
 本研究会の詳細については、下記コンソーシアムのウェブページをご覧ください。
https://www.jcic-heritage.jp/jcicheritageinformation20210625/


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