研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
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文化遺産国際協力コンソーシアム(以下コンソーシアム)は、海外の文化遺産保護国際協力に携わる様々な分野の専門家や諸機関が参加する拠点組織で、文化遺産に関する多様な活動における連携を促進し、効果的な国際協力を支援することを目的に活動を行っています。故・平山郁夫画伯の構想の下、平成18(2006)年に文化庁と外務省の共管で設立され、東京文化財研究所が事務局を受託運営しています。
コンソーシアムならびに日本の文化遺産国際協力の活動をより広く発信するため、パンフレットの大々的なリニューアルを行いました。これまでのパンフレットは、文字情報が多いコンパクトなものでしたが、今回は世界各地で行われる日本の文化遺産保護を通した国際協力のあり方や、それを支える平時の活動を具体的にイメージできるよう写真をふんだんに使用しています。人的破壊、気候変動、災害など、様々な要因によって被害を受ける文化遺産保護の難しさと、それに一丸となって取り組む専門家の姿が伝わる内容になったのではないかと思います。
パンフレットはコンソーシアムウェブサイトからご覧いただける他、コンソーシアム事務局で配布・発送しておりますのでお気軽にお問合せください。(https://www.jcic-heritage.jp/publication/)
レンズの焦点距離による写り方の違いについての解説
撮影実習:アンブレラを使った被写体へのライトの当て方
文化財の記録作成(ドキュメンテーション)は、文化財の調査研究や保存、活用に必要な情報を得る行為です。記録作成の手段のうち写真は、色や形状といった視覚的な情報の記録に不可欠ですが、情報を正確に記録するには留意すべきことも多くあります。
そこで、文化財情報資料部文化財情報研究室では、令和4(2022)年6月2日に北海道立北方民族博物館(網走市)において、北海道内の文化財保護の実務に携わる方を対象に、同館と東京文化財研究所の共催で標記の研修会を開催しました。開催にあたっては、マスクの着用、参加者間の距離の確保、換気など、新型コロナウイルス感染防止対策が取られました。
当日は、午前中の文化財の記録作成の意義や文化財写真に関する講演の後、午後の部の最初に、文化財写真の目録の作成方法について実例を交えて紹介しました。次に、写真撮影について照明の扱い方を中心に解説し、使用済のスチレンボードとアルミ箔を使ったレフ板作りを参加者全員で行いました。さらに実習として、参加者が持参したカメラで照明に留意しながら館の収蔵品である木彫りの熊を撮影し、最後に、写真の撮影や整理に関する質疑応答を行いました。
文化財写真の撮影で多くの方が悩んでいるのが影の扱いです。今回の研修会では、自作のレフ板や比較的安価な機材を使い、文化財や作品の性質に応じて適切な位置に光を反射させることで、一つのライトでも自然な濃さや向きの影になる手法をお伝えしました。また、これまでにも多くのご質問をいただいた写真の整理や目録作成について、Windowsの基本機能やExcelを使った方法をご紹介し、実践的な内容になるよう心がけました。
本研修会は新型コロナウイルス感染症拡大の影響などにより、当初の予定より2年遅れでの開催となりました。根気強く開催をお待ちくださり、また多くの有益なご示唆をお与えくださった共催館の皆様、参加者の皆様に深く感謝いたします。
善光寺で奉納演奏する後藤昭子氏
わが国では、文化財保護法に基づき「音楽、舞踊、演劇その他の芸能およびこれらの成立、構成上重要な要素をなす技法のうち、我が国の芸能の変遷の過程を知る上に重要なもの」を「記録作成等の措置を講ずべき無形文化財(芸能関係)」に選択しています。令和3(2021)年3月時点で31件が対象となっていますが、そのうち24件は個人の持つ技法を選定しているため、当該者の逝去によって全ての技法が実質的に途絶えている状況です。一方、団体の持つ技法を選定している7件のうち、歌舞伎下座音楽の杵屋栄蔵社中は、リーダーであった三世杵屋栄蔵氏の逝去(1967)により求心力を失っているものの、ほかの6件(鷺流狂言、肥後琵琶、琉球古典箏曲3団体、和妻)は各団体が技法を継承しているとされます。
無形文化遺産部では、「記録作成等の措置を講ずべき無形文化財(芸能関係)」のうち、肥後琵琶の継承に関わってきた肥後琵琶保存会やその後継者、琵琶を含む肥後琵琶関連資料について、昨年より情報収集をはじめ、今年に入って本格的な調査を開始しています。このたび6月22~24日にかけて第二回調査を実施しました。今回は、前回調査に引き続き、山鹿市立博物館に所蔵されている肥後琵琶奏者・山鹿良之氏(1901.3.20-1996.6.24)の遺品調査を行いました。資料は、山鹿氏が愛用した生活用品から写真、琵琶に至るまで多岐にわたり、その件数は84件(点数はさらに多い)に及びました。また、今回の調査最終日は、偶然にも山鹿氏の命日にあたったため、山鹿氏に師事した後藤昭子氏をはじめ、ごく近しい人たちの間で営まれた法要と琵琶の奉納演奏の場に同席させていただく機会を得ました。
なお、本調査については、三度目の調査を行ったのち、年度内に肥後琵琶の伝承および関連資料の現状調査に関する報告書を刊行予定です。
東門再構築後の補修作業
東門周囲仮排水路敷設に伴う考古調査
中心伽藍東塔の危険箇所 応急補強置き替え
東京文化財研究所では、カンボジアにおいてアンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ寺院遺跡の保存整備事業への協力を継続しています。令和4(2022)年6月12日から7月3日にかけて、修復中の東門の手直し工事の確認、東門周囲の排水路敷設に関する考古調査、および中心伽藍の危険箇所調査のため、職員2名、客員研究員1名の派遣を行いました。
東門修復工事については、同年1月の派遣時に確認した要補修箇所について、5月からAPSARAが先行して手直し作業を開始していました。今回はその作業状況を確認すると同時に、石材の欠損箇所の補修や彫刻等の仕上げ精度についてAPSARAとさらなる協議を行いました。これによりいくつかの追加作業が生じたものの、6月末には、ほとんどの作業が完了しました。
また、以前より、東門周囲地表の排水状況改善が課題となっていましたが、APSARAとの協議の結果、東門の西側から北濠へと達する仮設の排水路を設けることとなりました。このため間舎裕生客員研究員を派遣し、排水路敷設に伴う考古調査を行いました。東門やテラスが建設された当初の地盤面を傷めないよう確認しながら水路を掘り進め、延長約30mの仮設排水路が完成しました。10月までの雨季の間、現地スタッフと協力しながら、その効果を経過観察する予定です。
中心伽藍においては、APSARAリスクマップチームとの協議で対策の優先度が最も高いとされた中央塔と東塔について、建物周囲に足場をかけ、詳細な危険箇所調査を実施しました。これらの危険箇所に既設の木製補強は虫害等による劣化が著しく、以前から耐久性のある材料での更新が求められていましたが、今回、APSARAの要望によって、応急的に足場用単管で木製補強を置き替えることとなりました。不均衡な荷重伝達による石材の欠損や亀裂の状況を確認しつつ、必要最小限の補強となるよう、現場でAPSARAスタッフと議論しながら、中央塔1カ所、東塔3カ所について補強の更新を実施しました。また、これらの危険箇所に見学者が立ち入らないよう、見学路に仮設柵を設けて安全対策を行いました。
さらに、APSARA観光局がタネイ寺院遺跡を含む一帯をめぐる自転車ツアーを企画していたことから、同局ともワーキングセッションを行いました。見学施設の整備についてアイデアを交換し、遺跡の保護と見学者の安全確保、見学者への遺跡理解を促進する方法等を検討しました。今後、本遺跡にふさわしい保護と観光の両立のあり方について、整備の過程の中でさらに議論を深められればと思います。
研究会風景
質疑応答の様子
京都・神護寺に伝来する薬師如来立像は、その特異な風貌と和気清麻呂(733–799)が発願したという来歴を持つことから、早くから美術史上で注目をあつめ、多くの議論が積み重ねられてきました。とりわけ、当初の安置場所が神護寺の前身である神願寺あるいは高雄山寺のいずれなのか、どのような経緯で造立されたのかということが、大きな論点となってきました。近年では、政敵であった道鏡(?–772)に対抗するために仏の力を必要とした八幡神の要請に応じた清麻呂が、神願寺の本尊として薬師如来を造像したとする皿井舞氏 の学説が広く支持されています。
令和4(2022)年5月30日に開催した文化財情報資料部研究会では、原浩史氏(慶應志木高等学校)が「神護寺薬師如来立像の造立意図と八幡神悔過」と題した発表を行いました。原氏は、神護寺像の当初の安置場所を神願寺とした上で諸史料を精読し、八幡神と道鏡との対立が後世に創作されたものであることを指摘し、神護寺像は八幡神が悔過を行うための本尊であり、清麻呂の私的な願意によって製作されたものと結論付けました。
研究会はオンラインを併用して研究所内で開催し、当日はコメンテーターとして皿井舞氏(学習院大学) をお招きしたほか、長岡龍作氏(東北大学)をはじめ、彫刻史を専門とする各氏にご参加をいただきました。質疑応答では、さまざまな意見が出され、活発な議論が交わされました。今回の発表は神護寺薬師如来立像の研究に新たな視点を加えるものであり、今後の議論の広がりが期待されます。
田中一松資料
日露戦争戯画「筆のまにまに」(田中一松)
土居次義資料
東京文化財研究所では図書や写真だけでなく、旧職員などの研究者の調査ノートや会議書類なども研究資料として保存活用しています。平成31年度から3年間、実施した基盤研究B「日本美術の記録と評価についての研究―美術作品調書の保存活用」(JSPS科研費JP19H01217)の成果の一部として、東京文化財研究所が所蔵する田中一松(1895–1983)資料と、京都工芸繊維大学附属図書館が所蔵する土居次義(1906–1991)資料のなかから代表的なノート類をウェブサイトで公開しました。
田中一松資料は、大正12(1923)年から昭和5(1930)年の東京帝国大学の受講ノートや作品調査ノートと、明治38(1905)年から大正3(1914)年にかけての小・中学生時代のスケッチブックなどについて紹介しています。田中一松は幼い頃から絵を描くことを好み、眼で見たものを即時に描き表す修練を積み重ね、その経験はのちの美術史家としての仕事にも活かされていたことがわかります。田中一松は半世紀以上にわたり文化財行政の中枢で活躍し、まさに浴びるように作品を見て、作品の評価を通じて日本絵画史研究を推進しました。
土居次義資料は、昭和3(1928)年から昭和47(1972)年の間の代表的な調査ノートと、京都帝国大学での受講ノートや昭和22(1947)年の俳句と写生による旅の記録などを紹介しています。土居次義は文献調査に加え、現地調査による作品細部の徹底した観察に基づき画家を判別し、寺伝などで伝承される画家の再検討を行い、近世絵画史研究に画期的な業績を残しました。
田中と土居の戦前の調査ノートからは、写真が気軽に撮れなかった時代に、いかにして自分が見たものの形や表現を記録するか、その記録の集積から作品の評価につなげていたかがうかがわれ、両者の営みは大正・昭和の美術にまつわる近代資料とも言えます。研究資料としてご利用いただければ幸いです。ただ眺めるだけでも眼を楽しませてくれるようなスケッチもあります。ぜひご覧ください。
https://www.tobunken.go.jp/researchnote/202203/
映像・写真による彫刻鑿製作工程の記録
彫刻鑿製作の様子
文化財の修理を持続的に考える上で、修理に用いる原材料や用具の現状を把握することは非常に重要です。これらの原材料や用具を製作する現場では、人的要因(高齢化や後継者不足)および社会構造の変化による要因(経営の悪化や原料自体の入手困難)から生じた問題を多く抱えていることが、平成30年度より毎年文化庁から受託している「美術工芸品保存修理用具・原材料調査事業」で明らかとなりました。これを受けて保存科学研究センターでは令和3年度より、文化財を保存修理する上で必要となる用具・原材料の基礎的な物性データの収集や記録調査を目的とした事業を開始し、文化財情報資料部、無形文化遺産部と連携して調査研究を行なっています。本報告では、製造停止となる彫刻鑿(のみ)の記録調査について報告します。
木彫の文化財を修理する際、新材を補修材として加工することがあるため、彫刻鑿や彫刻刀、鋸が主な修理用具として挙げられます。株式会社小信(以下、小信)は、刃物鍛冶として一門を成していた滝口家が昭和初期に創業し、現在制作技術を継承する齊藤和芳氏に至るまで、彫刻鑿や彫刻刀の製作を続けてきた鍛冶屋です。木彫の修理や制作等に携わる多くの方に愛用されてきましたが、令和3(2021)年の10月に受注を停止し、近く廃業することが表明されました。その製造業務が停止する前に、東京文化財研究所では令和4(2022)年5月23日から27日にかけて、彫刻鑿の製作の全工程と使用した機器・鍛冶道具の映像・写真による記録および聞き取り調査を開始しました。この記録調査には公益財団法人美術院の門脇豊氏、文化庁にもご協力いただきました。
今後、小信の彫刻鑿の製作工程を肌で感じ、眼で見ることは非常に困難になってしまいましたが、彫刻鑿の再現を希望する次代の方に向けて、少しでも手がかりとなるように本調査の記録をまとめていく予定です。
講演の様子
令和4(2022)年5月6、7日にアメリカのニューヨークにあるBard Hall で開催されたシンポジウムConservation Thinking in Japan and Indiaにおいて、“The Relationship Between Traditional Painting Materials and Techniques in Japan from a Scientific Perspective”と題して、日本の文化財修復における技術と材料の関連性について発表しました。このシンポジウムはThe Andrew W. Mellon Foundationの助成を受けてBard Graduate Center が対面・オンライン併用開催したもので、内外の日本の文化財修復や美術史の専門家が最新の研究内容を紹介しました。
修復材料研究室で行なってきた研究のうち、絵画の修復に用いる古糊が周辺材料や周辺技術と相関し合っていること、絵画の支持体である絹の生産工程上の変化が糸形状や保存性に変化を与え、ひいては絵画表現に影響を与えていると推定されることなどを紹介しています。シンポジウムの前後には関連の施設の見学やミーティングも行われ、修復の実情などを踏まえて活発な議論となりました。材料や技術の科学的な解明は、実際の修復の現場や材料の生産現場でも必要とされていますが、専門家との意見交換によりさらに研究を深める契機となり、また、広くこのような成果を知って頂く貴重な機会となりました。
第30回研究会
ディスカッションの様子
文化遺産国際協力コンソーシアム(東京文化財研究所が文化庁より事務局運営を受託)は、令和4(2022)年2月11日に第30回研究会「文化遺産×市民参画=マルチアクターによる国際協力の可能性」をウェビナー形式で開催しました。
この研究会では、日本国内の市民参加型まちづくりや官民協働のノウハウが活用された事例および民間を主体とする国際交流の多面的な展開に関する事例をもとに、多様なアクターの参画によって期待される文化遺産国際協力の可能性について議論が行われました。
講演では、村上佳代氏(文化庁地域文化創生本部文化財調査官)より、「国際協力によるエコミュージアム概念に基づく観光開発―ヨルダン国サルト市を事例として―」と題し、自身が青年海外協力隊・技術協力プロジェクト専門家として参加した活動が紹介されました。また、丘如華氏(台湾歴史資源経理学会事務局長)より、「歴史遺産保存における連携―学び合いの旅―」と題し、民間の立場からの数十年にわたる多彩な活動経験が紹介されました。
後半のパネルディスカッションでは、上記2氏に加え、西村幸夫氏(國學院大學教授)と佐藤寛氏(アジア経済研究所上席主任調査研究員)に参加いただき、活発な議論が展開されました。人々の暮らしの場を文化遺産として扱う場合における、当事者間の利害関係に配慮した合意形成の重要性や多様なアクターが文化遺産の価値を共有していくための努力の必要性など、SDGsの実践にも繋がる多くの視点を得ることができました。
当日は国内外から120名近くの方々にご参加いただきました。コンソーシアムでは引き続き、マルチアクターによる文化遺産国際協力可能性について検討を進めていく予定です。
本研究会の詳細については、下記コンソーシアムのウェブページをご覧ください。
https://www.jcic-heritage.jp/20220221/
研究会風景
日本美術史のみならず日本文化史において、「能面」や「扇面」は、古来の宗教性や祝儀性にかかわる重要な研究対象です。令和4(2022)年4月15日開催の第一回文化財情報資料部研究会では、大谷優紀(文化財情報資料部・研究補佐員)より「早稲田大学會津八一記念博物館所蔵「べしみ」面に関する一考察」についての研究発表が行われました。
本作例は、豊後国臼杵藩主稲葉家伝来で、「酒井惣左衛門作」等の刻銘が確認できるものです。関連作例として岐阜・長滝白山神社所蔵翁面、広島・嚴島神社所蔵翁面があり、それらと「べしみ」面との奉納時期が接近していることや、願主が同一名であることが注目されます。大谷氏は「べしみ」面について、室町時代の奉納面としての造形性を考察し、のちの長霊癋見(ちょうれいべしみ)面の型への過渡期に制作されたものと位置づけました。本発表では、コメンテーターに浅見龍介氏(東京国立博物館)をお招きし、能面研究の重要性と課題についてうかがい、さらに本作例の制作者については、地方性や受容者の問題についてのご指摘をいただきました。
つづいて、小野真由美(文化財情報資料部・日本東洋美術史研究室長)より「『兼見卿記』にみる絵師・扇屋宗玖」についての研究報告が行われました。『兼見卿記』は吉田神社の祠官であった吉田兼見(1535-1610)の日記で、当時の公家や戦国武将の動向を今日に伝える貴重な史料です。兼見をとりまいた人々の中から、日記に十数回にわたって登場する狩野宗玖という絵師に着目し、これまで知られてこなかった公家と扇屋との交友を読み解きました。兼見は、織田、豊臣、前田家などへの贈答品に宗玖の扇面を用いています。さらに、みずからの晩餐や酒席に招くなど、昵懇の関係をむすんでいました。これらから、この時期の扇屋という絵師の重要性や職性について新たな考察を加えました。
調査撮影の様子
絵金蔵における複製屛風の展示
高知県香南市赤岡町には絵金として知られる弘瀬金蔵(1812−76)が描いた芝居絵屛風が23点伝えられており、高知県保護有形文化財に指定されています。通常は絵金蔵という展示収蔵施設で保管されています。絵金屛風の魅力は人気のある歌舞伎のドラマティックな場面を躍動感に溢れる構図と色鮮やかな絵具で描いていることにあります。このうち18点の屛風は赤岡町北部の須留田八幡宮に奉納されたもので、江戸時代末期から須留田八幡宮神祭で屛風が並べられてきました。また昭和52(1977)年からは赤岡町の人々によって商店街に芝居絵屛風を並べる絵金祭が開催されてきました。この2年は新型コロナウイルス感染症拡大の影響で残念ながらお祭りは中止されていますが、地域に根ざした特別な文化財として親しまれています。平成22(2010)年に不慮の事故により5点の屛風が変色してしまいましたが、東京文化財研究所ではこれらの屛風についての保存修理に関する調査研究を実施し、安定化処置が行われました(2017年4月の活動報告を参照 https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/243905.html)。その後、18点の屛風についても経年劣化が進行していたため、絵金蔵運営委員会および赤岡絵金屛風保存会によって保存修理事業が進められています。当研究所では、この事業推進にあわせて絵金屛風の彩色材料調査を行っています。令和4(2022)年4月15・16日に絵金蔵を訪問し、これまでに修理が完了した18点の屛風について、高精細カラー撮影による作品調査を行いました。今年度末には全ての作品の保存修理が完了する予定で、完了後には調査報告書の刊行も計画しています。
行事前日の事前練習での一幕
神社に塩かきから戻ったことを報告
無形文化遺産部では、令和4(2022)年4月16日~17日に福岡県苅田町等覚寺地区の「等覚寺の松会」の現地調査を行いました。「等覚寺の松会」は、福岡県苅田町等覚寺地区に伝わる民俗行事です。地区では、過疎化や高齢化といった行事の存続における課題を抱えながらも、行事を後世に存続するために、苅田町教育員会との連携の下、積極的に映像記録や報告書の作成に取り組んできました。
地区に所在した普智山等覚寺は、明治の廃仏毀釈までは豊前六峰と呼ばれた九州地方の修験道の拠点の一つでした。修験者の子孫と伝わる地区の人々を中心に、毎年4月上旬に五穀豊穣、疫病退散、国家安泰を祈願する「等覚寺の松会」が行われます。松会では、神幸行列の他、獅子舞の奉納や、稲づくりの様子を模擬的に演じる「田行事」、鉞や長刀を用いて所作をする「刀行事」が行われ、行事の最後には、会場に設置された12メートルもの高さの柱に登り、祈願文の読み上げと、大幣を真剣で切り落とす「幣切り」が行われます。
全国の民俗行事と同様に、「等覚寺の松会」も、新型コロナウイルス感染症の拡大によって大きな影響を受けることとなりました。過去の行事は2年にわたって中止となり、今年度の行事についても旧来どおりの方法での実施は見送られています。今回の調査は、昨年度、苅田町教育委員会から、これまで撮影された映像記録や写真の保管方法や今後の活用に関するご相談を受けたことが契機となって実施されたものです。当初は、記録された行事の実態確認を想定しておりましたが、行事形式を変更しての開催が決定されたため、結果として、新型コロナウイルスの流行が無形の文化財に与える影響を考えさせられる調査となりました。過去2年間、無形文化遺産部では、新型コロナウイルスが無形文化遺産に与える影響に注目してきました。感染症の流行によって暫定的な方法や中止を受け入れざるをえなかった各地域の民俗行事や民俗芸能が、今後、どのように継承されていくのかについて、引き続き調査を進めていきたいと考えます。
データベース表示画面。リンクから各館の情報も参照できます。
現在も世界各国で猛威を振るう新型コロナウイルス感染症の流行は、美術館・博物館が開催する展覧会にも大きな影響を与えてきました。令和2(2020)年2月、政府による大規模イベント自粛の要請が出されたことにより、全国の美術館・博物館は一斉に臨時休館を余儀なくされ、その後も度重なる緊急事態宣言やまん延防止等重点措置によって、日本各地で展覧会の中止や延期が相次ぎました。東京文化財研究所では昭和10(1935)年以降に全国で開催された展覧会情報を集積し、データベースとして公開してきましたが(https://www.tobunken.go.jp/archives/文化財関連情報の検索/美術展覧会開催情報/)、このような状況を承けて令和2(2020)年5月から新型コロナウイルス流行の影響を受けた展覧会の情報収集を開始し、このたびデータベースとして公開しました(https://www.tobunken.go.jp/materials/exhibition_covid19)。
本データベースは日本博物館協会(https://www.j-muse.or.jp/)に加盟する美術館・博物館を中心に、そこで開催された文化財を取り扱う展覧会の中止や延期、途中閉幕などの状況を一覧できるものです。これまで展覧会の開催情報は主としてチラシや図録などの印刷物、年間の予定表や美術館・博物館のウェブサイトを典拠としてきましたが、感染症の流行とその措置に左右される状況下では日々情報が更新され、ウェブサイトでは本来の会期や中止となった展覧会情報がすでに削除されていることもあります。本データベースでは、開催館のウェブサイトを中心としてTwitterやFacebookなどSNSで発信された情報も広く収集し、臨時休館の期間や変更された会期情報を可能な限り拾い上げました。1,406件におよぶデータからは、この2年間に美術館・博物館が受けた影響の大きさを実感することができます。他方で、中止や延期となった特別展に代わる所蔵品による企画展や、SNSやオンライン・コンテンツを活用した事業が数多く見受けられるようになったのも、コロナ禍における新たな動向と言えます。
多くの美術館・博物館で臨時休館の措置が解かれた現在でも、予約制や人数制限、館内の消毒作業など感染症への対策が続けられており、今後も展覧会事業への影響は続くと見込まれます。当研究所では引き続き情報の収集に務め、長期的な影響の分析に取り組んでまいります。
ヴィデオ・アートの先駆者、久保田成子の初個展(東京・内科画廊、1963年12月)出品作品写真を納めた三木多聞宛久保田書簡
この度、令和3年度の文化財情報資料部の研究成果として、村松画廊資料、鷹見明彦旧蔵資料、三木多聞旧蔵資料という3つのアーカイブズ(文書)を公開いたしました。
村松画廊旧蔵資料は1966年から2009年までの同画廊での展覧会資料(案内はがき等のスクラップブック、展示記録写真アルバム)、鷹見明彦旧蔵資料は1990年代から2000年代までの画廊での展覧会、三木多聞旧蔵資料は1960年代前半の展覧会案内はがきを中心とした資料群です。
戦後の現代美術の作家研究において、画廊での個展調査は、もっとも基本にして重要な工程です。しかしながら、著名でない新進の作家の個展が美術雑誌や新聞に取り上げられることが稀であり、公刊されたメディアだけでは、会場や会期といった開催記録を特定する以上、つまり発表作品の様相や展示の実態を把握する調査を遂行することは、とても困難なプロセスです。
今回、公開した3つのアーカイブズには、展覧会の会場写真や展示作品の写真を多く収録しており、このような現代美術の研究における「壁」を越える支援ツールともいえます。これら3つのアーカイブズは資料閲覧室(予約制)で閲覧することができます。多くの研究者に活用していただき、研究の進展に寄与できればなによりです。
※資料閲覧室利用案内( https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/library.html )
アーカイブズ(文書)情報は、このページの下方に掲載されています。
松澤宥アーカイブズに関する研究会の様子
令和4(2022)年3月17日に、コンセプチュアル・アート(概念芸術)の先駆者、松澤宥(1922-2006)の活動の記録・整理に携わってきた専門家、あるいはその資料に新たな価値を見出す専門家・研究者をお招きして、オンライン併用で第9回文化財情報資料部研究会「松澤宥アーカイブズに関する研究会」を開催しました。
この研究会は、研究プロジェクト「近・現代美術に関する調査研究と資料集成」、科学研究費「ポスト1968年表現共同体の研究:松澤宥アーカイブズを基軸として」(研究代表者:橘川英規)の一環でもあり、以下の発表・報告をしていただきました。
木内真由美氏、古家満葉氏(長野県立美術館)「生誕100年松澤宥展:美術館による調査研究から展覧会開催まで」、井上絵美子氏(ニューヨーク市立大学ハンターカレッジ校)「松澤宥とラテン・アメリカ美術の交流について―CAyC(Centro de Arte y Comunicación / 芸術とコミュニケーションのセンター)資料を中心に」、橘川英規(文化財情報資料部)「松澤宥によるアーカイブ・プロジェクトData Center for Contemporary Art(DCCA) について」(以上、発表順)。
こののち、発表者4名と参加者(会場11名、オンライン33名)での意見交換を行いました。一般財団法人「松澤宥プサイの部屋」(理事長松澤春雄氏)の方々、松澤本人と交友のあった作家、美術館やアーカイブズ関係者を交え、話題は、松澤宥アーカイブズの研究資料としての意義と可能性、保存の課題など多岐にわたりました。
研究資料として有効であることは認識されていながら、長期的な保存が担保されていないアーカイブズ――松澤宥アーカイブズに限らず、そのような文化財アーカイブズを後世に伝えるために、今後も、私たちが担う役割を検討・実践していきたいと考えております。
『日本の芸能を支える技Ⅷ 能装束 佐々木能衣装』
無形文化遺産部では、「日本の芸能を支える技」を取り上げたパンフレットのシリーズ8冊目として『能装束 佐々木能衣装』を刊行しました。
「能装束製作」は令和2年度に国の選定保存技術に選定され、佐々木能衣装の四代目・佐々木洋次氏が保持者に認定されました。能装束は、作品や登場人物、流儀の伝承を踏まえつつ、新たな創意を汲んで製作されます。パンフレットでは、「紋紙製作」、「糸の準備」、「織り」、「仕上げ」の工程を、順を追って端的に紹介しています。
なお、技術の調査概要は「楽器を中心とした文化財保存技術の調査報告 5」(前原恵美・橋本かおる、『無形文化遺産研究報告』15、東京文化財研究所、2022)に掲載されています。併せてご参照下さい(追って当研究所のホームページでPDF公開予定)。
また、このパンフレットシリーズは、営利目的でなければ希望者にゆうパック着払いで発送します(在庫切れの場合はご了承ください)。ご希望の場合は、mukei_tobunken@nich.go.jp(無形文化遺産部)宛、1.送付先氏名、2.郵便番号・住所、3.電話番号、4.ご希望のパンフレット(Ⅰ~Ⅶ)と希望冊数をお知らせください。
〈これまでに刊行した同パンフレットシリーズ〉
・『日本の芸能を支える技Ⅰ 琵琶 石田克佳』
・『日本の芸能を支える技Ⅱ 三味線象牙駒 大河内正信』
・『日本の芸能を支える技Ⅲ 太棹三味線 井坂重男』
・『日本の芸能を支える技Ⅳ 雅楽管楽器 山田全一』
・『日本の芸能を支える技Ⅴ 調べ緒 山下雄治』
・『日本の芸能を支える技Ⅵ 三味線 東京和楽器』
・『日本の芸能を支える技Ⅶ 筝 国井久吉』
「小鼓組み立て」のデモンストレーション収録
演奏『水』(左から藤舎英心(太鼓)、藤舎雪丸(大鼓)、藤舎呂英・藤舎呂近 (以上小鼓)、福原寛瑞(笛))
座談会の様子
第15回公開学術講座は、「樹木利用の文化―桜をつかう、桜で奏でる―」と題し、コロナ禍の状況を鑑みて、映像収録したものを編集し、期間限定で当研究所のホームページより配信しています(5月末まで配信予定)。また、令和4年度には報告書を刊行予定です。
「桜」は日本人に広く親しまれている花で、芸能などでも様々にモチーフとして用いられてきましたが、今回の講座では、「めでたり演じたりする桜」だけでなく、「木材や樹皮などを利用する桜」という観点から桜に着目しました。
まず、桜をはじめとした「様々な樹木利用の現状と課題」について、川尻秀樹氏(岐阜県立森林文化アカデミー)に講演をお願いし、続いて無形文化遺産部研究員から、「民俗世界における樹木利用 ― 桜を中心に ―」(今石みぎわ)と「無形文化財と桜 ―つかう桜、奏でる桜 ―」(前原恵美)の報告を行いました。
その後、胴材に桜の木材が使われている小鼓を取り上げ、藤舎呂英氏(藤舎流囃子方)へのインタビュー「小鼓という楽器の魅力」と小鼓組み立てのデモンストレーション、呂英氏の作曲による演奏『水』を収録しました。そして最後に、川尻氏、呂英氏、今石と前原による座談会で締めくくりました。座談会は登壇者のそれぞれの立場を反映し、桜を含む広葉樹の需要の変化や林業の現状と「多様な森」を守る必要性、楽器の材としての桜の魅力や「本物」の楽器による普及の大切さなど、話題が多岐にわたりました。
今後も無形文化遺産部では、無形の文化財やそれを取り巻く技術、材料について、さまざまな課題を共有し、議論できる場を設けていきたいと思います。
大鼓の革の出来上がり(表・裏)
畑元太鼓店工房での記録調査
大鼓は、能楽や歌舞伎、邦楽などの囃子で用いられる楽器で、日本の芸能に欠かせないものの一つです。大鼓の演奏前には、準備として革を乾燥させるために焙じます。そのため、使用する度に革の消耗が激しく、10回程使うと新しいものに取り換えなければなりません。大鼓という楽器を維持するには革も欠かせない要素の一つであるため、「大鼓の革製作技術」(能楽大鼓(革)製作)は文化財を支える文化財保存技術としてとらえられています。
今回、無形文化遺産部では畑元太鼓店の畑元徹氏(東京都)のご協力を得て、「大鼓の革製作技術」について調査を行い、その成果の一部をもとに映像記録を作成しました(WEB上でもご覧になれます https://youtu.be/eml2A65kbtY)。革を加工して柔らかくし、麻紐を用いて革をかがる様子など製作工程を記録しました。畑元氏は伝統的な技法に基づきながらも、一部の作業工程では独自の工夫を考案して作業を行っておられます。そのため、商業上の配慮として公開用の映像に一部ボカシを加えている部分があります。また、技術をより詳細に記録するため、別途長時間の構成をおこなった映像記録も保管用として作成しました。
無形の文化財を支える様々な保存技術は、社会的な変容や後継者不足により、存続の危機に瀕しているものが少なくありません。保護の一助となるよう、無形文化遺産部では保存技術についても継続して調査を行っていければと考えています。
改修工事が竣工した実演記録室(スタジオ)の様子
東京文化財研究所では伝統芸能をはじめとする無形文化遺産の実演を、本研究所の施設である実演記録室で記録してきました。実演記録室には、主に映像を記録するのに用いられる「舞台」と、主に録音のために用いられる「スタジオ」の二つの部屋があります。このうち「舞台」では、これまで講談や落語といった演芸の記録を継続的に作成してきたのに加え、近年では宮薗節や常磐津、平家といった伝統音楽の収録も実施してきました。一方で「スタジオ」は老朽化のため近年ではほとんど使用されておらず、また録音のための音響機器も現在一般的となっているデジタル録音に十分対応できるものではありませんでした。そのため令和3年度にスタジオの大規模な改修工事を実施し、令和4(2022)年3月に工事が竣工しました。
改修されたスタジオの最も大きな特徴は、日本の伝統音楽の収録に特化した仕様となっていることです。まず床は檜張りとなっていますが、これは日本の伝統楽器の響きを生かすためのものです。また檜の床の下にはわずかな空間が設けられており、通気性を良くする工夫がなされています。これによってスタジオ内に湿度がこもって床材が曲がったりカビが生えたりするのを防ぐ効果が期待されます。
また壁面については、奥の壁面が緩い角度でジグザグに折れ曲がっていますが、これは日本の伝統音楽を演奏する際に背面に立てられる屏風を意識しています。屏風は見栄えを良くするだけではなく、音を反射させる役割も担っているのですが、このスタジオの奥の壁面もそうした効果をねらっています。加えて奥の壁面には引き戸のような仕掛けが上下三段にわたって設けられていますが、この仕掛けを開閉することで壁面からの音の反射の具合を調整することが出来ます。他にも、壁面には部分ごとに和紙(写真の白い部分)やクロス(写真の黒い部分)など異なる素材が用いられており、音の反射と吸収を調整しています。
そして天井には様々な角度を向いて取り付けられたパネルが取り付けられています。このうちあるものは音を反射させて演奏者に返す役割を持っていますが、あるものは音を吸収して反響を抑える役割を持っています。
現代的な音楽スタジオの多くは、壁面や天井に吸音材が張られ、音の反射が生じにくい作りとなっていますが、これは出来るだけ反響の少ない環境でクリアな音を録音することが求められているためです。しかし演奏者にとっては、反響の少ない環境で音を出すと、自分の出した音が自分に返ってこないので違和感を覚えるといいます。特に日本の伝統音楽はある程度の反響がある環境で演奏されることが多いので、実演を記録するという観点からは普段の演奏時に近い環境で収録することは重要です。しかし一方で、クリアな音を録音するためには反響が少ない環境の方が好ましいのも確かです。この二つの条件を両立させるのは難しいことですが、この新しいスタジオではそれを実現させるべく、演奏者に対して適度に音を返しつつ、可能な限りクリアな音を録音することができるように、巧みに計算された設計がなされています。
今回の改修では音響機器も一新され、今日一般的となっているデジタル録音に対応したものとなっています。この新しいスタジオを使った実演記録の作成は令和4年度から開始予定です。これまで以上の高品質で臨場感あふれる録音を行うことが出来ることを期待しています。
座談会でのプブ・ツェリン氏による講話の様子
東京文化財研究所ではブータン王国内務文化省文化局(DoC)が進める民家建築の保存活用に対する技術的な支援や人材育成の協力に取り組んでいます。令和元年度からは文化庁の文化遺産国際協力拠点交流事業を受託し、DoC遺産保存課(DCHS)との共同調査、また修復や改修を担う現地の人々に対する実習を中心に計画してきましたが、新型コロナウイルス感染症の世界的な蔓延によって現地への渡航が困難となり、令和2年度以降は行政用の参考書や学校用教材の作成など遠隔での実施が可能な内容に振り替えざるをえなくなりました。令和3年度は、新型コロナウイルス感染症の収束を期待して、共同調査を行う準備を整えていましたが、残念ながら実現には至らず、代替措置として令和4(2022)年3月7日、DoCとの合同調査会をオンラインで開催しました。
会議には、当研究所の事業担当者と協力専門家、DoCの事業担当者ら総勢22名が出席し、ブータン側から共同調査実施の前段階に共有すべき情報として、DCHS主任エンジニアのペマ氏が居住形態に注目したブータン中部及び東部地域の文化的・地域的特性について、また、DCHSアーキテクトのペマ・ワンチュク氏が同地域での民家建築調査の実施に向けた準備状況について発表しました。日本側からはブータンの歴史的建造物の耐震対策について現地で実証的な研究を続けている名古屋市立大学の青木孝義教授が同地域に多い石積造建築物の構造特性とその保存方法と課題について発表し、各発表での出席者からの積極的な質疑もあって、共同調査チームとしての知識の共有を図ることができました。あわせて、ブータンでの調査研究活動を行っている当研究所の久保田裕道無形民俗文化財研究室長とその協力者であるブータン東部タシガン県メラ出身のプブ・ツェリン氏による現地の日常生活や民間伝承に関する座談会形式の講話を行い、同地域に対する風俗的な観点から日本側出席者の基礎的な理解を深めることができました。
未だに新型コロナウイルス感染症の収束が見通せないなか、文化遺産国際協力拠点交流事業は図書類の制作をもって一つの区切りとしましたが、DCHSとの民家建築の共同調査は、ブータンとの往来の制限がなくなり次第、速やかに実施に移したいと考えています。