研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


田中一松資料と土居次義資料についての研究発表

研究会の様子

 平成31(2019)年1月29日に第8回文化財情報資料部研究会を開催し、以下の2題の発表を行いました。
・江村知子「田中一松の眼と手—田中一松資料、鶴岡在住期の資料および絵画作品調書を中心に」
・多田羅多起子氏(京都造形芸術大学非常勤講師)「近代京都画壇における世代交代のきざし—土居次義氏旧蔵資料を起点に—」
 今回の研究会は、平成30(2018)年5〜8月に実践女子大学香雪記念資料館と京都工芸繊維大学美術工芸資料館で開催された「記録された日本美術史—相見香雨・田中一松・土居次義の調査ノート展」(2018年5月の活動報告参照)に関連するもので、展覧会終了後に見出された資料などについても紹介しました。研究会には所内外から多くの研究者が参加し、様々な角度から活発な議論が行われました。田中一松と土居次義はともに日本美術史の研究基盤を形成した研究者で、多くの著作や業績を残していますが、その研究を支えた調査の記録や集められた資料については、今後さらに研究アーカイブとして整備していく必要があります。種類豊富で膨大な数量のアナログ資料を、デジタルの特性を活かして整理し、より広範な研究に資する文化財アーカイブの構築を目指していきたいと思います。


鑑賞の手引き『黒田清輝 黒田記念館所蔵品より』

『黒田清輝 黒田記念館所蔵品より』表紙

 東京国立博物館の展示施設のひとつである黒田記念館は、もともと当研究所の前身である美術研究所として建てられたものです。明治から大正にかけて活躍した洋画家、黒田清輝(1866~1924)の遺産をもとに、昭和5(1930)年に設置されました。そうした設立の経緯もあり、平成19(2007)年に黒田記念館が東京国立博物館へ移管となった後も、当研究所では黒田清輝に関する調査研究を続けています。
 このたび、東京国立博物館と東京文化財研究所の編集で、黒田記念館に来館される方々の鑑賞の手引きとなる冊子を制作しました。『黒田清輝 黒田記念館所蔵品より』と題した、この冊子は全40頁、《湖畔》や《智・感・情》をふくむ黒田記念館の主要作品46点をカラー図版で紹介しながら、“日本近代洋画の父”黒田清輝の代表作や画業についてわかりやすく解説しています(税込み価格\700、お問い合わせは印象社、〒103-0027 東京都中央区日本橋3-14-5 祥ビル7階、TEL 03-6225-2277、まで)。黒田記念館をお訪ねの際に、鑑賞のよすがとなれば幸いです。


沖縄県立博物館・美術館における調査

沖縄県立博物館・美術館における調査の様子

 文化財に使用された繊維には、大麻、からむし、葛、芭蕉などさまざまな種類のものがあります。活動報告平成29(2017)年5月(安永拓世、呉春筆「白梅図屛風」の史的位置―文化財情報資料部研究会の開催)でも紹介したとおり、近年では絵画の基底材としても、絹や紙以外の繊維が用いられていることがわかっています。しかし、織物になった状態では各繊維の特徴を見出すのが難しいこともあり、現段階では、明確な同定の方法が確立されてはいません。このような問題を解明するため、東京文化財研究所では、文化財情報資料部、保存科学研究センター、無形文化遺産部の各所員が連携して繊維の同定に関する調査研究を実施しています。
 そうした調査の一環として、平成31(2019)年1月22~23日、沖縄県立博物館において芭蕉布を素材に用いた書跡と染織品に関して、デジタルマイクロスコープによる繊維の三次元形状の測定を含む調査を行いました。
 芭蕉布は沖縄や奄美諸島由来の繊維であり、現在では重要無形文化財の指定を受けており、各個保持者として平良敏子氏が、保持団体として喜如嘉の芭蕉布保存会が認定されています。今回、調査した作品のうち、書跡は制作年が明らかな作品であり、染織品も着用者を推測できる作品です。調査をしてみると、すべて芭蕉布と考えられる作品にも関わらず、織密度や糸の加工方法が異なるため、生地の印象も質感も異なることが確認できました。
 この差異の理由が、沖縄、奄美群島内の地域差によるものであるか、用途の違いによるものであるかは判断が難しいですが、加工の違いにより、さまざまな芭蕉布が作られていたことが理解できました。
 繊維の正確な同定は、作品の最も基本的な情報であり、制作背景を考える上でも重要な要素です。また、現在の修理の検討や無形文化遺産の伝承のための基礎情報としても整理が必要な喫緊の課題と考えられます。
 今後も、生産地での技術調査と、美術館・博物館での作品調査を連動させながら繊維の同定にむけての調査を進めていきたいと思います。


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