研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


研究者、平子鐸嶺のノートが伝えること――文化財情報資料部研究会の開催

平子鐸嶺ポートレート(明治41(1908)年撮影)
平子鐸嶺のノートより、昭和元(1926)年に焼失した高野山金剛峯寺、金剛王菩薩像のスケッチ。鐸嶺は仏像の耳のスケッチをよく行っています。

 平子鐸嶺(1877~1911年)は明治30年代から40年代にかけて活動した、仏教美術の研究者です。明治36(1903)年より帝室博物館(現在の東京国立博物館)に勤務、法隆寺の再建論争に加わるなど、当時の研究の第一線で活躍しましたが、明治44(1911)年、数え年35歳の若さで亡くなりました。
 当研究所では鐸嶺と親交のあった彫刻家、新海竹太郎(1868~1927年)の関連資料を平成26(2014)年に受贈しましたが、その中には鐸嶺自筆の調査ノートが含まれていました。令和元(2019)年5月31日に開催された文化財情報資料部研究会では、「資料紹介 東京文化財研究所架蔵 平子鐸嶺自筆ノート類について―」と題して、津田徹英氏(青山学院大学)が仏教美術史の見地から、この鐸嶺のノート類についての報告を行いました。
 ノートには、鐸嶺が関西の寺院で写し取った、仏像や仏画のスケッチが多数残されています。なかには現在失われてしまった仏像のディテールを写したものもあり、今日の研究者の知り得ない貴重な情報を伝えてくれます。また「巧藝史叢」と題した和綴の帳面には、おそらく当時の解体修理に鐸嶺が立ち会って記録したと思われる仏像の銘文が認められ、こちらも再び修理を行わないかぎり実見することのできない銘文を伝える、稀有な資料といえるでしょう。
 津田氏の発表後は、近代彫刻を専門とする田中修二氏(大分大学)より新海竹太郎と鐸嶺との関係について、近代の仏教美術研究史に詳しい大西純子氏(東京藝術大学)より当時の鐸嶺をめぐる研究者のネットワークについてご説明いただき、情報交換を行いました。また情報学が専門の丸川雄三氏(国立民族学博物館)も交え、本資料の公開・活用のあり方について意見を交わしました。

売立目録デジタルアーカイブの公開について

東京美術倶楽部と「売立目録デジタル化事業」の公開・運用に関する覚書調印式の様子
売立目録デジタルアーカイブの専用端末

 売立目録とは、個人や名家の所蔵品などを売立会で売却するため事前に作成される目録のことで、売却された作品の名称や写真が掲載された重要な資料です。東京文化財研究所は、2,565件の売立目録を所蔵しており、公的な機関としては最大のコレクションとなっています。当研究所では、従来、こうした売立目録の情報について、写真を貼り付けたカードによって資料閲覧室での利用に供してきましたが、売立目録の原本の保存状態が悪いため、平成27(2015)年から東京美術倶楽部と共同で、売立目録をデジタル化する事業を開始しました(平成27(2015)年4月の活動報告を参照)。東京美術倶楽部をはじめ、多くの方々にご協力いただき、約4年の歳月をかけて、その事業が終了し、このたびデジタルアーカイブとして公開する運びとなりました。
 このデジタルアーカイブで採録対象とした売立目録は、第二次世界大戦以前に作成されたもので、当研究所が所蔵する2,328件と、東京美術倶楽部が所蔵する309件を合わせた2,637件です。一方、採録対象とした作品は、原則として売立目録に画像が掲載されているもので、現段階で約375,500件となっています。また、同デジタルアーカイブは、「書誌情報」と「作品情報」にわかれており、「書誌情報」では売立目録ごとの情報を、「作品情報」では個別の作品の情報を、画像とともに閲覧することが可能です。こうした売立目録デジタルアーカイブは、当研究所の資料閲覧室の専用端末において同閲覧室の開室時間内に公開しており、各種情報を閲覧できるほか、画像やリストを有償で印刷することもできます(白黒1枚10円、カラー1枚50円)。

ある美術評論家のアーカイブをめぐって――文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子

 およそ美術の世界というものは、作家が生み出す作品が主役であるといってよいでしょう。ただ、その作品をめぐって、作家をはじめ評論家や研究者といった人々が言葉で語りあい、その価値づけを行なうことで美術界の全体が成り立っていることもたしかです。そうした人々が残した言葉の数々も、その時代その時代の美術をうかがう重要な手がかりとなっています。平成23(2011)年に55歳の若さで急逝した鷹見明彦(昭和30(1955)年生まれ)も、評論家として、美術をめぐる言葉を紡いだひとりです。平成31(2019)年4月23日に開催された文化財情報資料部研究会では、鷹見の旺盛な評論活動について、黒川公二氏(佐倉市立美術館)が発表を行ないました。
 「美術評論家 鷹見明彦の活動とその資料について」と題した黒川氏の発表は、鷹見の原稿や作家と交わした手紙等、遺された資料群の丹念な調査に基づくものでした。手紙に関しては鷹見が送った内容の控えが残っており、『美術手帖』等で多くの評論を手がけるばかりでなく、企画者として自ら展覧会を立ち上げ、多くの若手作家の創作活動を援助した姿がうかがえました。研究会では鷹見明彦という美術評論家の軌跡をたどるとともに、遺された資料群を今後どのように活用していくのか、鷹見と親交のあった美術家の母袋俊也氏も交え、意見が交わされました。現在も活躍する作家や評論家に関わる資料が多数を占めていることもあり、その公開には慎重を要する場合があります。ディスカッションでは、母袋氏をはじめ、所内の参加者がさまざまな立場から意見を出しあい、鷹見明彦アーカイブのあり方について方向を探る機会となりました。

薬師寺所蔵 国宝「吉祥天像」デジタルコンテンツの公開

「吉祥天像」デジタルコンテンツ画面

 文化財情報資料部では、当研究所で行った美術作品の調査研究について、デジタルコンテンツを作成し、資料閲覧室にて公開しています。このたび奈良・薬師寺所蔵の国宝「吉祥天像」のデジタルコンテンツの公開を開始致しました。吉祥天像は、薬師寺において吉祥悔過の本尊として制作されたと考えられる現存最古の画像で、奈良時代の稀少な着色画として知られています。このデジタルコンテンツは、奈良国立博物館と当研究所との共同研究として調査を実施し、平成20(2008)年に刊行した報告書に基づいて作成しました。専用端末で高精細カラー画像、蛍光画像、近赤外線画像、エックス線透過画像、蛍光エックス線分析による彩色材料調査の結果などがご覧いただけます。ご利用は学術・研究目的の閲覧に限り、コピーや印刷はできませんが、デジタル画像の特性を活かした豊富な作品情報を随意に参照することができます。この画像閲覧端末は、資料閲覧室開室時間にご利用いただけます。ご利用に際しては下記をご参照下さい。
http://www.tobunken.go.jp/~joho/japanese/library/library.html

伊藤若冲筆「菜蟲譜」のデジタルコンテンツ作成と公開

「菜蟲譜」デジタルコンテンツ画面
カラー画像と近赤外線画像の比較閲覧画面
部分拡大図

 文化財情報資料部では、当研究所で行った美術作品の調査研究について、デジタルコンテンツを作成し、資料閲覧室にて公開しています。このたび栃木県佐野市立吉澤記念美術館(https://www.city.sano.lg.jp/museum/)所蔵の伊藤若冲筆「菜蟲譜」(重要文化財)のデジタルコンテンツが完成しました。専用端末にて、高精細カラー画像、近赤外線画像、蛍光エックス線分析による彩色材料調査の結果などをご覧いただけます。ご利用は学術・研究目的の閲覧に限り、コピーや印刷はできませんが、デジタル画像の特性を活かした豊富な作品情報を随意に参照することができます。「菜蟲譜」は伊藤若冲による、現存唯一の絹本着色の画巻で、約100種の蔬菜・果実と50種余りの昆虫や両生類などが表され、繊細で情趣豊かな表現がよく知られています。この画像閲覧端末は、資料閲覧室開室時間にご利用いただけます。ご利用に際しては下記をご参照下さい。
http://www.tobunken.go.jp/~joho/japanese/library/library.html

NACSIS-CAT(CiNii Books)への加盟

CiNii Booksに表示された当研究所蔵書の書誌・所蔵情報

 東京文化財研究所ではこのたび、NACSIS-CAT(国立情報学研究所目録所在情報サービス)に加盟して、各研究部門(文化財情報資料部、無形文化遺産部、保存科学研究センター、文化遺産国際協力センター)の所蔵図書情報をCiNii Books(サイニイ・ブックス、https://ci.nii.ac.jp/books/)に搭載する体制を整備しました。
 NACSIS-CAT加盟の目的は、(1)所蔵図書情報のより広範な可視化、(2)図書情報の整備(標準化)にあります。(1)については、これまで公式サイト内総合検索(http://www.tobunken.go.jp/archives/)で公開してきた所蔵図書情報を、さらに、より多く研究者・学生等が利用するCiNii Booksにも掲載することで、その活用を促進するものです。また(2)については、外部機関(ゲッティ研究所やOCLCなど)とのデータ連携において、当研究所が提供する図書情報を標準化できれば、より実効性の高いものとなるとの期待も寄せられており、これに対応するためのものです。NACSIS-CATは、国内外の各種図書目録データを参照・利用することができるため、当研究所が標準化作業に効率的に取り組むことに適した基盤システムといえます。
 蔵書数30万件のCiNii Books搭載、また図書情報の標準化の作業は現在進行中で、完了までにはまだしばらく時間を要しますが、当研究所が永年にわたって収集・蓄積してきた蔵書やその情報を、より多くの研究活動に寄与できような体制を整備してまいります。

サハリンと千島列島の美術――文化財情報資料部研究会の開催

オレグ・ロシャコフ(1936-)《シコタン、マロクリリスク湾》(1989-95年作)。右遠景には白い雪をいただく国後島の爺爺岳が描かれています。

 近年、中国や韓国、台湾といった近隣諸国の近現代美術についての研究が進み、展覧会などを通して、日本でもその様子をうかがう機会が増えてきました。しかしながら日本の北方、現在はロシア領であるサハリンを中心とする地域でも、活発な美術活動がみられることはほとんど知られていません。平成31(2019)年3月26日に開催された文化財情報資料部研究会での、谷古宇尚氏(北海道大学文学研究科)による発表「サハリンと千島列島の美術」は、第二次大戦後の同地域における美術の動向を現地調査に基づき紹介した、大変興味深いものでした。
 第二次大戦以前の樺太(サハリン)は、日本領だったこともあり、その風土を描いたのは木村捷司(1905-91)や船崎光治郎(1900-87)といった日本人の画家でした。しかし大戦後はソビエト連邦領となり、ロシアの画家が同地に根ざしたモティーフを手がけるようになります。ジョージアから移住した画家ギヴィ・マントカヴァ(1930-2003)はモダニズム的手法を活かしながら極東の風土を描き、サハリン美術の礎を築きます。またモスクワやウラジオストクから多くの画家が国後島や色丹島にまで足を伸ばし、なかでも昭和41(1966)年から平成3(1991)年までほぼ毎年、夏の数ヶ月間を色丹で過ごした「シコタン・グループ」の活動は注目されます。とりわけ彼らの作品のなかでも、国後島の爺爺岳と海湾を描いた風景画は、たとえばナポリの眺めを題材とした伝統的な西洋絵画を彷彿とさせ、国境地帯のヨーロッパ化という点で、そこに政治的意図も見え隠れするのではないかという谷古宇氏の指摘は刺激的でした。

「デジタルアーカイブ学会第3回研究大会への参加」

システム構成図

 デジタルアーカイブ学会第3回研究大会が、平成31年(2019)年3月15日から16日にかけて、京都大学吉田キャンパスにおいて開催されました。当研究所からは3名の職員が参加し、当研究所の文化財情報データベースシステムに関するポスター発表を行うとともに、近年のデジタルアーカイブの動向について情報収集を行いました。
 ポスター発表では、当研究所の所蔵資料や刊行物を中心としたデータベースシステムである刊行物アーカイブシステムと、そのシステムを利用して刊行及び公開している『日本美術年鑑』及び「東文研 総合検索」(www.tobunken.go.jp/archives/)について、そのシステムの構築と運用に焦点をあてて紹介しました。本発表を通して、デジタルアーカイブ関係者と意見交換をすることができ、当研究所に求められている文化財情報データベースを知る貴重な機会となるとともに、当研究所が文化財研究に資する基礎的情報の提供機関であることを再認識しました。
 また、研究発表セッションに参加し、文化財に限定せず、デジタルアーカイブ全般に関して広く情報収集を行いました。デジタルアーカイブの技術的課題や制度的課題、地域研究やコミュニティでの利活用などの知見を得ることができました。近年、デジタルアーカイブが連携を求められる傾向の中、当研究所も文化財情報を単に発信するだけでなく、外部への提供や外部情報源との連携を考えるよい機会となりました。
 なお、デジタルアーカイブ学会第3回研究大会のプログラムについては、次のウェブサイトに掲載されています。
 http://digitalarchivejapan.org/kenkyutaikai/3rd/3rd_program

バンコクにおけるタイ所在日本製伏彩色螺鈿に関する調査の実施

ワット・ナーンチー拝殿の扉部材の調査

 東京文化財研究所では、タイ・バンコク所在の王室第一級寺院ワット・ラーチャプラディット(1864年建立)の扉部材の修理に関する技術支援を、タイ文化省芸術局及び同寺院の依頼により行っています。この扉部材にも用いられた伏彩色螺鈿の技法による漆工品は19世紀に主に欧米に輸出されましたが、当研究所による調査で、扉部材が日本製であること、日本製の伏彩色螺鈿がタイにも輸出されたことが、技法や材料から初めて確認されました。
 文化財の修理は単なる損傷への対処ではなく、その文化財について深く知る機会ともなります。また、ワット・ラーチャプラディットの扉部材が日本製と判明したのを契機に、タイ国内の複数の場所で同様の技法の作品が報告されています。そこで今回はこれらのうち、ラーマ3世王の在位期間(1824-1851)に現在の形に整備された寺院ワット・ナーンチーの扉部材やタイ国立図書館が所蔵する貝葉夾板など、バンコク所在の伏彩色螺鈿の一部を対象に、偏光写真での詳細な記録作成を含む熟覧調査を実施しました。調査は平成31(2019)年1月27日~2月2日に、国内外の関係機関の専門家と共同で行いました。
 日本の輸出漆器の中でも、伏彩色螺鈿に関する調査研究事例は少なく、系譜は明らかではありません。ところで、貝葉はヤシの葉に経典などを記した文書で、その表紙が夾板です。貝葉は東南アジアや南アジア特有の文書であることから、夾板も扉部材と同様、タイからの注文により製作されたと思われます。ワット・ラーチャプラディットやワット・ナーンチーの扉部材をはじめとした、タイ所在の伏彩色螺鈿がこの技法自体の研究に寄与する可能性も大きく、引き続き、日本及びタイでの調査を実施してまいります。

シンポジウム「松澤宥アーカイブの現状と活用」での発表

RATIの会詩画展「アバンギャルド・アート・ディスプレイ」(南信会館、1951年)集合写真(松澤宥アーカイブ内資料)
発表の様子(写真提供:長沼宏昌氏)

 シンポジウム「松澤宥アーカイブの現状と活用」が平成31(2019)年2月16日に長野県下諏訪町の諏訪湖博物館・赤彦記念館で開催され、文化財情報資料部の橘川が「松澤宥アーカイブの芸術史研究への活用―1951 年に諏訪市で開催されたふたつの前衛芸術イベントを例に」と題して発表を行いました。
 このシンポジウムは、平成30(2018)年度文化庁地域と共同した美術館・歴史博物館創造活動支援事業「松澤宥アーカイブ活用プロジェクト」の一環として、松澤宥ご遺族や有志、長野県信濃美術館でつくる同アーカイブ活用実行委員会の主催で行われたものです。第一部は、松澤春雄氏(一般財団法人松澤宥プサイの部屋 代表理事)、谷新氏 (美術評論家)、嶋田美子氏(アーティスト)、平賀研也氏(県立長野図書館館長) 、橘川の6名が同アーカイブに関する発表を行い、第二部のディスカスカッションでは松本透氏(長野県信濃美術館館長)司会の下、その活用についてそれぞれの立場、専門性からのアーカイブの活用についての意見を交換しました。
 1950年代から2000年代までの膨大な数の貴重な資料によって編成される松澤宥アーカイブ――このシンポジウムで言及したような芸術史研究における活用について、引き続き科研費課題「ポスト1968年表現共同体の研究:松澤宥アーカイブズを基軸として」(基盤研究(C)、2018-2020年度)で、多様な分野の研究者と共同して取り組んで行きたいと考えています。

二幅の不動明王画像について―文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子(画像:禅林寺・不動明王二童子像)

 平成31(2019)年2月28日、第9回文化財情報資料部研究会が開催されました。米沢玲(文化財情報資料部)が「二幅の不動明王画像―禅林寺本と高貴寺本―」と題した発表を行い、コメンテーターには津田徹英氏(青山学院大学)をお招きしました。
 発表は、京都・禅林寺の不動明王二童子像と大阪・高貴寺の不動明王四童子像に関するもので、二幅の図像と表現様式について詳しい検討を加えたうえで、それぞれが鎌倉時代後期と南北朝時代後期の制作であることを論じました。また、二幅の画像では中央に描かれる不動明王と脇に立つ二童子像の図像が共通していることを指摘し、不動明王四童子像という珍しい画像を制作する際に、禅林寺本のような既存の不動明王画像を参照したであろうことを述べました。
 密教の尊格である不動明王は平安時代初期に信仰が盛んになり、彫刻や絵画として数多く造形化されました。中世にいたると、それまでにはなかった新奇な不動明王像が作られるようになりましたが、高貴寺本のような不動明王四童子像もそのひとつです。二幅の画像を詳細に考察することで、多様に展開した不動明王像の制作について、その一端を明らかにすることができると言えます。
 研究会では内外の研究者によって、不動明王の信仰形態や二幅の伝来、表現などについて活発な議論が交わされました。

田中一松資料と土居次義資料についての研究発表

研究会の様子

 平成31(2019)年1月29日に第8回文化財情報資料部研究会を開催し、以下の2題の発表を行いました。
・江村知子「田中一松の眼と手—田中一松資料、鶴岡在住期の資料および絵画作品調書を中心に」
・多田羅多起子氏(京都造形芸術大学非常勤講師)「近代京都画壇における世代交代のきざし—土居次義氏旧蔵資料を起点に—」
 今回の研究会は、平成30(2018)年5〜8月に実践女子大学香雪記念資料館と京都工芸繊維大学美術工芸資料館で開催された「記録された日本美術史—相見香雨・田中一松・土居次義の調査ノート展」(2018年5月の活動報告参照)に関連するもので、展覧会終了後に見出された資料などについても紹介しました。研究会には所内外から多くの研究者が参加し、様々な角度から活発な議論が行われました。田中一松と土居次義はともに日本美術史の研究基盤を形成した研究者で、多くの著作や業績を残していますが、その研究を支えた調査の記録や集められた資料については、今後さらに研究アーカイブとして整備していく必要があります。種類豊富で膨大な数量のアナログ資料を、デジタルの特性を活かして整理し、より広範な研究に資する文化財アーカイブの構築を目指していきたいと思います。

鑑賞の手引き『黒田清輝 黒田記念館所蔵品より』

『黒田清輝 黒田記念館所蔵品より』表紙

 東京国立博物館の展示施設のひとつである黒田記念館は、もともと当研究所の前身である美術研究所として建てられたものです。明治から大正にかけて活躍した洋画家、黒田清輝(1866~1924)の遺産をもとに、昭和5(1930)年に設置されました。そうした設立の経緯もあり、平成19(2007)年に黒田記念館が東京国立博物館へ移管となった後も、当研究所では黒田清輝に関する調査研究を続けています。
 このたび、東京国立博物館と東京文化財研究所の編集で、黒田記念館に来館される方々の鑑賞の手引きとなる冊子を制作しました。『黒田清輝 黒田記念館所蔵品より』と題した、この冊子は全40頁、《湖畔》や《智・感・情》をふくむ黒田記念館の主要作品46点をカラー図版で紹介しながら、“日本近代洋画の父”黒田清輝の代表作や画業についてわかりやすく解説しています(税込み価格\700、お問い合わせは印象社、〒103-0027 東京都中央区日本橋3-14-5 祥ビル7階、TEL 03-6225-2277、まで)。黒田記念館をお訪ねの際に、鑑賞のよすがとなれば幸いです。

2018東アジアイコモスワークショップでの報告

ワークショップが開催された国立古宮博物館(ソウル)
景福宮でのエクスカーション(ソウル)

 平成30(2018)年12月21日、韓国ソウル特別市の古宮博物館において、2018東アジアイコモスワークショップ「新たな交流と協力に向けて:東アジアイコモスにおける文化遺産の保護・管理に関する最新の取り組み」が開催されました。このワークショップは韓国イコモス国内委員会の主催、韓国文化財庁の後援によるもので、日中韓3か国の文化遺産保存に関する方針や手法について概観し、これらの活動へのイコモスの関与や貢献のあり方を検討することを目的としました。
 このワークショップで、東京文化財研究所の世界遺産関連業務について報告するよう韓国イコモス国内委員会及び韓国文化財庁から依頼されたことから、「世界遺産条約の望ましい履行のための東京文化財研究所の活動」と題した報告を行いました。この報告では、世界遺産委員会に関する調査研究や用語集の出版、研究協議会の開催など当研究所の活動について紹介、これらの活動は、世界遺産推薦や保護の実務に携わる自治体関係者への情報提供を主な目的とし、実施にあたっては文化庁とも連携していることを説明しました。また、当研究所の友田正彦も日本イコモス国内委員会の立場でワークショップに参加、苅谷勇雅・日本イコモス国内委員会副会長と連名で同委員会の活動について報告しています。
 韓国の関係者も、自治体関係者への世界遺産条約関連の情報提供について課題を感じているとのことです。また、世界遺産への関心の過熱によって引き起こされる「政治化」の問題は、日中韓に共通しているようでした。今回のような近隣諸国との専門家交流が、それぞれの国における専門性の高い推薦書の作成や、世界遺産の適切な保全につながることを期待します。

「じんもんこんシンポジウム2018 歴史研究と人文研究のためのデータを学ぶ」での発表

発表の様子(橘川)
「東文研 総合検索」の概略(スライドから)

 平成30(2018)年12月2日、情報処理学会の研究会の一つである「人文科学とコンピュータ研究会」が主催する「じんもんこんシンポジウム2018(jinmoncom.jp/sympo2018/)」の企画セッション「歴史研究と人文研究のためのデータを学ぶ(www.metaresource.jp/2018jmc/)」にて、橘川英規、小山田智寛が、東京文化財研究所のデータベースについて報告いたしました。この企画セッションは、情報処理学会等では、まだあまり認知されていないデータベースを紹介し、より活発なデータの利用を促進するために開催されました。発表では、「東文研 総合検索(www.tobunken.go.jp/archives/)」のシステムの概略および画像データベースの中で最も登録件数の多い「ガラス乾板データベース」、昭和11(1936)年より刊行している『日本美術年鑑』を元にした「美術展覧会開催情報」と「物故者記事」について紹介いたしました。
 セッションでは当研究所の他、国立国会図書館、渋沢栄一記念財団、東京国立博物館、東京大学、青空文庫のそれぞれの組織が公開している様々なデータベースが紹介され、参加者の注目を集めました。当研究所でも今後は文化財情報のデータベースを公開して運用するだけでなく、データベース自体の紹介にも注力し、調査・研究に役立てていただきたいと考えています。

静嘉堂所蔵の二つの重要作品―「妙法蓮華教変相図」と「春日曼荼羅」―文化財情報資料部第7回研究会の開催

文化財情報資料部研究会の様子

 文化財情報資料部では、平成30(2018)年12月27日、外部から二人の発表者をお迎えし、第7回研究会を開催しました。第1題目は、共立女子大学の山本聡美氏より、「病苦図像の源流―静嘉堂文庫蔵「妙法蓮華経変相図」について」、第2題目は、成城大学の相澤正彦氏より、「静嘉堂文庫美術館本「春日曼荼羅」に見る高階画風をめぐって」と題して発表をいただきました。奇しくも今まであまり紹介されることのなかった、しかしながら注目すべき静嘉堂の2点の所蔵品にかかる発表となりました。
 山本氏は、静嘉堂文庫蔵の見返しに変相図を描く『法華経』が、その巻末願文から南宋の12世紀中頃に活躍した天台僧道因を主導に40名ほどの結縁によって作成され、制作期が紹興10(1140)年に絞られるものであることを紹介され、その比喩品の中に、薬の鉢をもらっている「病苦」のことが描かれ、さらにこの法華経には、この経を謗ることによって受ける人道の苦の中に、侏儒やせむし、口臭などの記述があり、その中には、当変相図に描写があるものがあることを紹介されました。日本の平安時代末から鎌倉時代に描かれた国宝の「病草紙」の源流が『法華経』のテキスト、そしてこの静嘉堂本にみられるような描写内容から生み出されたイメージの二段階があるのではないかと考えられること、また大きくは「病草紙」の成立には12世紀の日本と中国、その中の法華経信仰、僧侶と在俗の信者をベースする場について考えなければならないとの興味深い考察を示されました。
 相澤氏は、静嘉堂文庫美術館の14世紀の制作と考えられる「春日曼荼羅」が、春日社の景観に加え、通常の春日宮曼荼羅にはMOA美術館本を除いて他には例のほとんどない十社の神とその本地仏、神鹿を描き、短冊形にそれぞれの建物の名を書き込んでいる特異な作例であることを紹介されました。ことに興味深いのは、補筆の多いMOA美術館本に対して、オリジナルをよく残し、しかも良質の顔料を用いて、繊細で優れた描写で神や仏を描かれていることで、宮内庁三の丸尚蔵館蔵の「春日権現験記絵」を描いた、高階隆兼を代表とする高階画系の作であることが推察されることを詳細なスライドによって紹介されました。また、このような春日宮曼荼羅は、日吉山王宮曼荼羅との共通性から、この軸を広げ、神を勧請することによってその場を春日とする機能を持つものとして考えられるのではないかという踏み込んだ考察を示されました。
 当日は20名以上の外部からの聴講者が参加され、意義ある研究会となりました。

仁和寺孔雀明王像の表現と技法―文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子

 平成30(2018)年11月27日の文化財情報資料部では、今年度第6回となる月例の研究会を開催しました。今回は、東京藝術大学非常勤講師の京都絵美氏をお迎えし、「絹本著色技法の史的展開について―仁和寺所蔵孔雀明王像をめぐる一考察」と題して発表をいただきました。仁和寺の所蔵する孔雀明王の画像は、制作期が北宋時代に遡るとする見解もある作品で、孔雀の羽に動きさえ感じさせるダイナミズムと日本の仏画とは対照的に独特のリアリズムを表わした国宝のきわめて優れた作品です。
 京都氏は、美術史研究でも業績を重ねる一方、数々の優れた作品を発表されている作家でもあります。京都氏は仁和寺自性院源證が、江戸時代の安永8年(1779)に透き写しの技法を取り入れた模本を紹介して比較し、また、日本画の画絹の絹継ぎが縫ってつないでいるのに対し、中国画は縫い目のないこと、さらには、画絹素地に施される「にじみ止め」によって同様の描写によってもその表現性に多様な変化が生じることを、実際の多くのサンプルによって示されました。美術の表出性―美しさは「かたち」に宿っており、その「かたち」を支えているのはリアルな物質的技法であるといえるでしょう。しかしながら、これはこれまでのオーソドックスな美術史研究においてはアプローチが難しかった点です。京都氏は支持体、線描、彩色、色材について分析して興味深い知見を示され、今後のさらなる研究が期待されました。

英国、セインズベリー日本藝術研究所での協議と講演

講演の様子

 イギリス・ノーフォークの州都であるノリッチ(Norwich)にあるセインズベリー日本藝術研究所(Sainsbury Institute for the Study of Japanese Arts and Cultures; SISJAC)は、欧州における日本の芸術文化研究の拠点のひとつです。このSISJACと東京文化財研究所は、平成25(2013)年より「日本藝術研究の基盤形成事業」として、日本国外で発表された英文による日本芸術関係文献のデータをSISJACから提供いただき、当研究所のウェブサイトで公開するという事業を共同で進めています。そうした事業の一環として、毎年、文化財情報資料部の研究員がノリッチを訪れて、協議と講演をおこなっており、平成30(2018)年度は江村知子、安永拓世の2名が11月13日から16日にかけて滞在し、その任に当たりました。
 協議では、SISJACから提供いただいたデータへのアクセス件数の問題や、データの入力に関する英文の特殊文字およびローマ字表記の表記揺れの問題などが議題となったため、当研究所からは、アクセス件数の概算値を報告し、今後の入力方針を確認しました。
 また、11月15日には、安永がノリッチ大聖堂のウェストン・ルームにおいて「与謝蕪村筆「鳶・鴉図」に見るトリプルイメージ A pair of scroll paintings: The triple images of Yosa Buson’s “Kite and Crows”」と題した講演をおこない、同研究所のサイモン・ケイナー(Simon Kaner)所長に通訳の労をとっていただきました。この講演は、SISJACが毎月第三木曜日に開催する一般の方向けの月例講演会の一環でもありましたが、今回は80名ほどの参加者が、いずれも熱心に聴講しており、現地での日本美術に対する関心の高さがうかがわれました。

第8回国際美術図書館会議での発表

発表の様子
アムステルダム国立美術館の美術図書館

 日本および世界中に数多くの図書館がありますが、欧米諸国には、美術に関する図書や資料を専門とする美術図書館があり、2年に一度、国際美術図書館会議が開催されています。平成30(2018)年10月4,5日にオランダのアムステルダム国立美術館で開催された第8回国際美術図書館会議において、「東京文化財研究所の情報発信: OCLCセントラル・インデックスへの日本美術文献の情報提供」The Contribution of the Tokyo National Research Institute for Cultural Properties: Art Bibliography in Japan for OCLC Central Indexと題した口頭発表を行いました。当研究所では、日本国内で行われた美術展覧会の情報や展覧会図録の文献情報を収集しています。昭和5年(1930)以降、平成25(2013)年までの展覧会図録所載文献、約5万件についてOCLCセントラル・インデックスに情報提供を行いました。日本の美術展覧会カタログは、専門性が高いものの、一般的な雑誌論文などに較べてその情報発見の機会が限られていましたが、今回の取り組みにより、世界中のOCLC利用者に、新たな資料発見の機会を提供することができました。この会議は欧米諸国が主体となっていますが、発表後にはアジア地域からのこうした取り組みは、美術図書館の国際連携を強化するために重要であるとの反響が寄せられました。この情報提供は継続的に進めており、最近平成26(2014)年の文献情報、約2800件を追加提供し、さらに今年中に平成27(2015)年の文献についても情報提供を行う予定です。

ゲッティ・リサーチ・ポータルへの東京文化財研究所刊行物の情報提供

ゲッティ・リサーチ・ポータルの検索結果表示画面

 東京文化財研究所ではアメリカのゲッティ研究所と共同研究事業を推進しています。平成29(2017)年5月に、当研究所所蔵の明治期の展覧会目録や美術雑誌のデジタル版をゲッティ・リサーチ・ポータル(GRP)から検索・閲覧できるようになり、アジア諸国からは初めての情報提供元となりました。そしてこのたび当研究所刊行の『美術年鑑』昭和11 (1936) 年版〜平成25(2013)年版の 70冊、『美術研究』1〜419号、『保存科学』1〜57号のデジタル版についても、GRPから検索・閲覧できるようになり、当研究所からの提供タイトル件数は636件を超えました。これらの刊行物は、これまでも当研究所のウェブ・サイト(東文研総合検索 http://www.tobunken.go.jp/archives/、PDF版『保存科学』 http://www.tobunken.go.jp/~ccr/pub/cosery_s/consery_s.html)や機関リポジトリ(https://tobunken.repo.nii.ac.jp/)で公開して参りましたが、バーチャル美術図書館として世界中に多くのユーザーを有するGRPから検索・閲覧が可能になったことで、当研究所による文化財研究の成果への海外からのアクセスの可能性を飛躍的に増やしました。さらにこの共同事業の一環として、現在、当研究所所蔵の貴重書である、明治・大正・昭和期の博覧会・展覧会資料のデジタル化を進めており、これらについても2019年6月末までに、GRPに情報を追加する予定です。

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