研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


『日本美術年鑑』の現状と課題―令和7年度第3回文化財情報資料部研究会の開催

試作中の日本美術年鑑所載文献データベース

 『日本美術年鑑』(以下、『年鑑』https://www.tobunken.go.jp/joho/
japanese/publication/nenkan/nenkan.html
)は日本国内における一年間の美術界の動向を一冊にまとめたデータブックで、昭和11(1936)年に東京文化財研究所の前身である帝国美術院附属美術研究所で初めて刊行されて以来、現在も刊行が続けられています。2025年1月刊行の令和4年版からは、長らく『年鑑』を構成していた項目のうち「定期刊行物所載文献」を掲載せず、データベース上でのみ公開するという大幅なリニューアルを行いました。
 令和7(2025)年6月5日に開催された文化財情報資料部研究会では、黒﨑夏央(当部アソシエイトフェロー)が「『日本美術年鑑』の現状と課題」と題して発表を行いました。この度の『年鑑』のリニューアルについて報告するとともに、今後の『年鑑』の課題についても検討しました。東京で入手できるメディアを情報源としている『年鑑』に掲載される展覧会情報は、おのずと関東地域に偏るという問題点があります。その打開策のひとつとして、他機関との連携による新たな情報収集を提案しました。発表後のディスカッションでは、当研究所で『年鑑』の刊行を続け、編年的な歴史記録を編んでいくことの意義や、他機関との連携に際して予想される問題点などについて意見が交わされました。
 今後は、『年鑑』独自の項目である「展覧会図録所載文献」のさらなる充実を目指すとともに、美術界を記述・把握するためにこれまで培ってきた分類体系を反映したデータベースの構築と、所内で入力した「定期刊行物所載文献」の情報を即時に公開する仕組みの導入を考えています。長い歴史を歩んできた『年鑑』の刊行事業を継続するだけでなく、現代的な情報提供のあり方をふまえて、多くの方にとってより利用しやすい情報発信ができるよう努めてまいります。

韓国・国立文化遺産研究院からの来訪

 6月11日(水)、韓国・国立文化遺産研究院から研究員の来訪がありました。
 国立文化遺産研究院は、韓国の様々な文化遺産の研究調査をおこなう、国家遺産庁傘下の機関です。1969年に設置された「文化財管理局文化財研究室」にルーツをもつ同機関は、現在、2課6室1チーム(行政運営課、研究企画課、考古研究室、美術文化遺産研究室、建築文化遺産研究室、保存科学研究室、復元技術研究室、安全防災研究室、デジタル文化遺産研究情報チーム)体制で運営しており、さらに地方に7ヶ所の研究所(慶州、扶余、加耶、羅州、中原、ソウル、完州)と文化遺産保存科学センターを擁する機関です。
 同研究院では、2023年よりアメリカのゲッティ研究所が運営管理する「ULAN」(Union List of Artsist Names: 芸術家の人名情報を提供するデータベース https://www.getty.edu/research/tools/vocabularies/ulan/)に韓国の美術家に関する情報を提供しています。一方、当研究所ではこれに先立ち、2016年よりゲッティ研究所と共同事業に取り組んでおり、「GRP」(Getty Research Portal: 世界各地に所蔵される美術関連図書のデジタルコレクション https://portal.getty.edu/)に所蔵図書のデジタルデータと書誌情報を提供してきた実績があり、そのような先行事例として今回の来訪に至りました。
 キム・ウンヨン室長(美術文化遺産研究室)をはじめとする5名の研究員は、橘川英規(文化財情報資料部近現代視覚芸術室 室長)と田代裕一朗(文化財情報資料部文化財アーカイブズ研究室 研究員)による案内のもと、当研究所での取り組みについて説明を受けたのち、意見交換をおこないました。国は違えど、東アジアという文化圏のなかで共通項も多いそれぞれの美術文化について、どのようにしたら情報を効果的に欧米圏に発信できるのか、また今後お互いに協力できることはあるのか、活発に意見を交わすことができました。
 当研究所は、ゲッティ研究所と共同事業をおこなっている日本国内唯一の機関です。そのようなプライオリティをもとに、さらに交流の輪を諸外国に広げていきながら、日本と海外を繋ぐ研究交流の「ハブ」としての役割も果たすことで、当研究所がより多角的に日本の学術に寄与できれば幸いです。

[GRPにおける当研究所所蔵資料のコンテンツ]
・博覧会・展覧会資料 Japanese Art Exhibition Catalogs(951件)
・明治期刊行美術全集 Complete series of Japanese Art of Meiji period (64件)
・印譜集 Compilation of Artist’s Seals(85件) 
・美術家番付 Ranking List of Japanese Artist(61件)
・織田一磨文庫 Oda Kazuma Collection (135件)
・前田青邨文庫 Maeda Seison Collection(269件)
・貴重書 Rare Books (335件)
・版本 Japanese Wood Print Books(210件) 他

韓国における美術アーカイブの現況調査

資料閲覧端末を案内するキム・ダルジン所長(キムダルジン美術研究所)
イ・グヨル寄贈資料の保存状況を案内するイム・ジョンウン研究員(Leeum美術館)
美術アーカイブの現況を説明するイ・ジヒ学芸研究士(国立現代美術館)

 文化財情報資料部のプロジェクト「文化財に関する調査研究成果および研究情報の共有に関する総合的研究」(シ01)では、国内外諸機関と連携しながら、当研究所の文化財に関する調査研究の成果・データを国際的標準に見合うかたちに整え、効果的に共有していくための研究を行っています。
 令和7年度は、ITそして文化面での取り組みが近年注目される韓国(大韓民国)における美術アーカイブの現況を調査するため、6月23日(月)から26日(木)まで、橘川英規(近現代視覚芸術室長)と田代裕一朗(文化財アーカイブズ研究室 研究員)の2名が韓国を訪問しました。
 両名は、まず韓国における美術アーカイブの先駆けというべき「金達鎮美術研究所」を訪問し、キム・ダルジン所長、アン・ヒョレ主任と面会しました。同研究所は私設のアーカイブですが、笹木繁男寄贈資料の受入などを通して現代の美術作家資料を収集してきた当研究所との共通点が多く、資料の保存と活用に関して有益な意見交換を行うことができました。続いて韓国の代表的な私立美術館である「Leeum美術館」を訪問し、イム・ジョンウン研究員による案内のもと、資料閲覧室について伺うとともに、韓国を代表する現代美術評論家であった李亀烈(イ・グヨル、1932~2020)寄贈資料などオーラルヒストリーの実施と合わせて収集されたアーカイブ資料などを見学しました。さらに2023年にソウル市立美術館が新たにオープンした「ソウル市立美術アーカイブ」を訪問し、ユ・エドン学芸研究士、チョ・ウンソン記録研究士と面会し、韓国における最新の資料保存設備とそれにともなう管理システム、またAIを活用して構築された美術に関するシソーラス(美術知識の体系的語彙構造システム)を視察することができました。そして韓国を代表する近現代美術館である「国立現代美術館」を訪問し、イ・ジヒ学芸研究士による案内のもと同館のアーカイブを見学しました。国立現代美術館は、日本の「現代美術館」とは異なり、19世紀末以降のいわゆる近代美術もその範囲に含めている点が特徴です。果川館、徳寿宮館、ソウル館それぞれの施設を見学したのち、キム・インへ学芸室長と面会し、両館が有する資料の特性を踏まえた美術アーカイブの構築について意見交換をおこなうことができました。
 韓国では2000年代以降、美術アーカイブの整備が急速に進んでいます。AIなど先進的なデジタル技術を活用した資料の保存と活用はもちろん、大学院等で記録・文書保存を専門的に学んだアーキビスト(archivist)が、各所でアーカイブの運営に携わっている点が注目されました。
 今回の現況調査は、日本における美術アーカイブの未来を考えるうえで大きな収穫がありましたが、同時に当研究所のソフト・コンテンツを改めて認識する機会にもなりました。国立現代美術館では「超現実主義と韓国近代絵画」展(4月17日~7月6日、徳寿宮館)が開催されていましたが、展示を企画したパク・ヘソン学芸研究士は、昨年11月に当研究所で、戦前に日本で活動した韓国人学生などの資料調査をおこなった研究者でした。久々に再会を果たすとともに、同氏による案内のもと、調査成果が還元された展覧会を見学する貴重な機会を得ることができました。
 当研究所が1930年以降蓄積してきた資料には、東アジアの近代を考えるうえで貴重な資料も多数含まれています。長年にわたる近代美術資料の集成や、近年進めているアーカイブズの公開を通じて、こうした資料の重要性に着目し、それを研究に活用しようとする動きが東アジアの研究者のあいだにも広がりつつあります。引き続き、諸機関と連携しながら、それらを効果的に発信することで国際的な認知を高めると同時に、広く研究者に活用してもらうことで東アジアの近代美術史研究に資することができれば幸いです。

タイ王室第一級寺院ワット・ラーチャプラディットの日本製漆扉部材の保存と材料に関する調査

床の隙間から侵入したシロアリの食痕の目視調査と生体の観察
食害のある漆扉部材の目視調査とサンプリング箇所の確認
彩漆蒔絵による装飾の目視調査

 タイ・バンコクに所在するワット・ラーチャプラディットは1864年にラーマ4世王によって建立された王室第一級寺院です。寺院の拝殿の窓や出入口には、建立当初から多数の日本製の漆塗りの部材(以下、漆扉部材)がはめこまれています。漆扉部材は伏彩色螺鈿や彩漆蒔絵で花鳥や中国の故事などが描かれた装飾性の高いものですが、年月を経て傷みが生じているため、タイ文化省芸術局が修理を行い、当研究所は修理に対する技術協力や調査研究を行っています。
 人々の祈りの場である拝殿の雰囲気を保つため、修理が終わった漆扉部材は元の位置に戻します。しかし、漆扉部材には虫損と思われる傷みも確認され、何の対策もせず部材を元の位置に戻しても同様の損傷が生じうることから、漆扉部材の現地保存のための調査研究を同寺からの受託研究として立ち上げ、令和7年(2025)6月9日~11日に現地調査を行いました。
 現地では、拝殿の状況やシロアリ等の木材を食害する生物の有無の確認、虫損が見られる漆扉部材の目視調査を行いました。当初、部材の虫損が最近のものではなく、すでに収束している可能性も考えましたが、調査の結果、床のわずかな隙間から建物内にシロアリが侵入しており、食害を受けるおそれがあることがわかりました。今後、とりうる対策をタイ側に提案し、漆扉部材の現地保存に役立てていただく予定です。
 また漆扉部材に関する調査も併せて行いました。漆扉部材に用いられた材料や技法については不明な点が存在するため、目視調査を実施し、採取した少量の脱落片については科学分析を予定しています。得られた結果を通じて、今後の漆扉部材の修理や復元の方針について提言していく予定です。

「明治大正美術史編纂事業資料」の情報公開

「明治大正美術史編纂事業資料」のうち「菱田春草傳 傳記篇其一」 美術研究所の研究員だった小高根太郎氏が、1938年に日本画家菱田春草の評伝をまとめたもの。その成果は1940年に『美術研究資料』の第9輯として公にされています。

 当研究所のウェブサイト「アーカイブズ資料」では5月1日に「明治大正美術史編纂事業資料」の情報を公開しました。
https://www.tobunken.go.jp/joho/
japanese/library/pdf/
archives_TOBUNKEN_MEIJITAISHO02.pdf

 明治大正美術史編纂事業とは、戦前、当研究所の前身である美術研究所で行なわれていた、明治・大正時代の美術に関する資料収集、および作家の評伝作成を主とする編纂事業です。東京府美術館(現在の東京都美術館)で朝日新聞社の主催により1927(昭和2)年に開催された「明治大正名作展覧会」の反響が大きかったことを受け、明治大正美術史編纂委員会が設置、朝日新聞社から寄附された同展覧会での利益をもとに1932年に美術研究所にて編纂事業がスタートしました。今日、当研究所が所蔵する明治・大正期の美術書や美術雑誌は、その多くがこの事業によって収集されたものです。
 今回、リストが公開となった資料群は、明治大正美術史編纂事業にたずさわった研究員が執筆した作家の評伝、あるいは原資料の書写といった手稿の類です。「高橋由一油繪史料」(東京藝術大学蔵)のような、すでに公刊されたものもありますが、なかには現存が不明の資料を書写したものも含まれ貴重です。閲覧にあたっては事前予約が必要ですが、
https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/special_collection/index.html
美術研究所時代の日本近代美術研究の息吹を伝える当資料をご活用いただければ幸いです。

「住吉廣行筆「酒呑童子絵巻」(ライプツィヒ・グラッシー民族博物館蔵)のデジタルコンテンツ公開」

資料閲覧室の光学調査画像閲覧専用端末
全6巻の画像一覧
詞書部分の拡大画面

 令和元(2019)年にドイツのライプツィヒで発見された住吉廣行筆「酒呑童子絵巻」(以下ライプツィヒ本)について、国内外の研究者と協働して研究を進めています。2025年5月22日よりライプツィヒ本全6巻の全貌を概観できるデジタルコンテンツとして東京文化財研究所資料閲覧室にて公開開始しました。絵巻物は横に長く展開する絵画形式で、紙の本に印刷する場合、全体を見せようと思うと画面は小さくなってしまい、細部を詳細に観察することは困難です。デジタルコンテンツでは各段を自由にスクロール・拡大・縮小して見ることができ、詞書部分には翻刻したテキストを併せて表示しています。ライプツィヒ本の第1巻と第6巻は6月15日までサントリー美術館にて開催されていた「酒呑童子ビギンズ展」で初の里帰りを果たし一般公開され、展覧会は好評のうちに閉幕しました。このデジタルコンテンツでは出陳されなかった第2〜5巻の全ての各場面をご覧いただけます。ご利用の際は資料閲覧室の利用案内をご覧ください。
https://www.tobunken.go.jp/joho/
japanese/library/library.html

禅僧・没倫紹等もつりんじょうとう《葡萄図》をめぐる詩・書・画の交差点―令和7年度第2回文化財情報資料部研究会の開催

研究会の風景
室町時代・没倫紹等筆《葡萄図》 メトロポリタン美術館所蔵
Grapes by Motsurin Jōtō’s (Bokusai) The Metropolitan Museum of Art, Mary and Cheney Cowles Collection, Gift of Mary and Cheney Cowles, 2022
https://images.metmuseum.org/CRDImages/as/original/DP-24855-002.jpg

 文化財情報資料部では、海外の優れた研究者を招聘し、研究会を開催しています。今年度は、米国メトロポリタン美術館よりティム・T・ザン氏をお招きし、5月21日に「没倫紹等(墨斎ぼくさい)筆《葡萄図》について」と題する研究会を開催しました。
 没倫紹等(〜1492)は、一休宗純(1394〜1481)の弟子であり、師の教えに深く帰依し、その没後は教えの伝承に尽力しました。「墨斎」とも号した没倫にとって「筆」は、一休の思想を継承・表現し、その没後の会下えげを維持するための重要な手段のひとつであり、一休にまつわる墨蹟ぼくせき頂相ちんそうの画賛、詩画軸などを遺しています。《葡萄図》(メトロポリタン美術館所蔵)もその一例といえます。
 ザン氏は、メトロポリタン美術館本と東京国立博物館所蔵の《葡萄図》とを比較し、それぞれの表現の差異や背景を丁寧に検討しました。さらに、メトロポリタン美術館本に添えられた五言絶句に現れる「驪珠りしゅ(黒い龍の顎下にあるとされる珠)」という語が葡萄の比喩であり、この賛文においてそれが、没倫にとって頓悟とんごによって得られた智慧の象徴であったと解釈しました。また、没倫がその葡萄に自らの指で触れ、指紋を付すという行為については、悟りを得たことを示すとともに、書画における「酔墨すいぼく」の伝統に基づく描法と読み解きました。このような描法は、賛文のなかで没倫が強調した「酔」という表現と対応しており、一休から受け継いだ禅風を称える意図が込められていると論じました。
 ザン氏の発表は、《葡萄図》における詩的象徴と視覚的表現、さらには身体的痕跡をともなう制作技法とのあいだにある緊張関係を巧みに捉えたものでした。没倫が遺した痕跡を通じて、仏教的智慧の継承や師・一休への深い敬意が、「三絶」、すなわち絵画・書・詩という複合的な表現においていかに結実しているかを明らかにし、研究会参加者に深い印象を与えました。本研究会は、東アジアにおける禅僧美術への国際的研究視野を広げる貴重な機会となり、今後の共同研究や資料研究にも新たな視座をもたらすものとなりました。
 今後も引き続き、海外の優れた研究者を積極的に招聘し、国際的な学術交流の場を充実させてまいります。

文化財(美術工芸品)の修理記録および修理記録データベースの公開について―令和7年度第1回文化財情報資料部研究会の開催

データベース間のリレーションシップ

 東京文化財研究所は、令和4(2022)年度より文化庁が進める「文化財の匠プロジェクト」の一環である「美術工芸品修理のための用具・原材料と生産技術の保護・育成等促進事業」に携わっております。本事業で行っている文化財の修理記録データベースの公開については既にご報告している通りですが(https://www.tobunken.go.jp/
materials/katudo/2391276.html
)、公開に引き続いて、令和7(2025)年4月17日に本データベースに関する研究会を行いました。
 研究会では、データベース構築の実務にあたった小山田智寛(東京文化財研究所 主任研究員)、山永尚美(東京文化財研究所 アソシエイトフェロー)、田良島哲(東京文化財研究所 客員研究員)より、本データベースの作業フローや構成、典拠となる資料の現状や国指定文化財の修理記録の公文書としての位置づけ、そして今後の運用について報告いたしました。続けて行われたディスカッションでは、従来の博物館や美術館等の収蔵品のデータベースと修理記録の関係や情報を取集する範囲等、報告内容に関する質疑にとどまらず様々な問題提起が行われました。
 文化財の修理という行為に対して、経年劣化や何らかの理由による損傷に対してやむを得ず行う行為という印象が持たれていることは否定できません。そのため、修理の仔細を伝える修理記録それ自体が表立って注目されることはありませんでした。しかしながら元来、文化財は適切な周期で修理しないと保存できないということや、過去の修理記録が未来の修理や文化財の保存のための大きな助けとなることは近年認識がひろがってきました。本データベースの公開をきっかけとして、文化財の修理記録についての議論や整理が進むことを期待いたします。

皇居三の丸尚蔵館との共同研究の成果公開

「動植綵絵」デジタルコンテンツ
「春日権現験記絵」巻17・18報告書
「世界図」報告書

 東京文化財研究所では先人が守り伝えてきた貴重な文化財について先端的な科学技術を用いて調査・記録を行い、その成果を一般に公開しています。このたび皇居三の丸尚蔵館収蔵作品・東京文化財研究所光学調査デジタルコンテンツとして伊藤若冲筆「動植綵絵」(全30幅)をウェブ公開しました。https://www.tobunken.go.jp/doshokusaie/このウェブサイトでは、宮内庁三の丸尚蔵館(当時)と東京文化財研究所が平成13~20年(2001〜2008)度に共同研究として実施した光学調査によって撮影された伊藤若冲筆「動植綵絵」の高精細写真、蛍光X線による彩色材料分析のデータ等を公開しています。また鎌倉時代の代表的な絵巻作品としてしられる「春日権現験記絵」(全20巻)については、平成29年(2017)年度から2巻ずつ収載した報告書を発行してまいりましたが、このたび10冊目の報告書を刊行し、シリーズ最終巻となりました。また「萬国絵図屏風」については、関連作品である「世界図・四都図屏風」(神戸市立博物館)、「チュニス戦闘図・世界地図屏風」(香雪美術館)、「泰西王侯騎馬図屏風」(サントリー美術館、神戸市立博物館)、「泰西王侯図」(長崎歴史文化博物館)などの画像も掲載した総合的な報告書として刊行しました。今後の研究に活用していただけたら幸いです。

日本製漆工品と日本人専門家-タイ所在日本製漆工品に関する調査研究(2)英語版-の刊行

『日本製漆工品と日本人専門家-タイ所在日本製漆工品に関する調査研究(2)英語版-』表紙
図版の例(三木栄旧蔵蒔絵道具箱の内容物)
ワット・ラーチャプラディットの日本製漆扉

 東京文化財研究所は、平成4(1992)年以来タイ王国文化省芸術局と共同で、タイに所在する文化財の調査研究を実施してきました。平成23(2011)年からは、バンコクの王室第一級寺院ワット・ラーチャプラディットの日本製漆扉部材に関する調査研究や、芸術局が行う漆扉部材の本格修理への技術的な支援を行っています。
 この漆扉部材のほか、タイには図書館、博物館、寺院、宮殿など様々な場所に日本製漆工品があります。また、漆工に関する日タイ両国の交流は物品にとどまらず、ラーマ5世王(1853-1910)は蒔絵に魅せられ、その技術を学ぶために留学生を日本に派遣し、王室第一級寺院ワット・ベンチャマボピットの本尊に金箔を貼るため、鶴原善三郎を明治43(1910)年にタイに招きました。三木栄は明治44(1911)年から30年あまりタイに滞在、現在の芸術局の職員として漆工品制作や修理に携わりました。
 令和7(2025)年3月に刊行した標記の報告書では、タイにある日本製漆工品や、漆工品が写ったタイの古写真、上記の日本人漆工専門家について、日タイの研究者によるこれまでの研究成果をまとめました。これらの成果は、漆工分野での両国の交流に関する新たな知見で、ワット・ラーチャプラディットの漆扉部材の漆工史や日タイ交流史上の位置づけを知る上でも有益です。
 本報告書には令和6(2024)年3月刊行の日本語版もありますが、英語版には新たな知見や写真が含まれます。公共図書館などでぜひ両方をご覧ください。本報告書で紹介した日本製漆工品は一部に過ぎず、日本人漆工専門家に関する文献資料も続々と発見されていますので、引き続き成果を発表する予定です。

言葉を紡ぐ版画家、清宮質文―令和6年度第13回文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子

 清宮質文(1917~1991)は、静謐で詩的な心象世界を木版画やガラス絵で表現した作家として知られています。昨年、当研究所は清宮が遺した手記・日記および写真等の資料をご遺族より受贈いたしました。
清宮質文資料の受贈 :: 東文研アーカイブデータベース
そして3月6日の文化財情報資料部研究会では、長年にわたり清宮を研究対象とし、資料の受贈にあたって仲介の労をとられた住田常生氏(高崎市美術館主任学芸員)に、「「清宮質文資料」について」の題でご発表いただきました。清宮は、作品制作に深く関わる多くの言葉を、「雑感録」「雑記帖」と題する手記の内に残しています。みずから「表現形式に「絵」という方法をとっている詩人」(「雑記帖」1971-72年)と記した清宮にとって、絵と言葉が分かちがたく結びついていることを示した住田氏の発表は、受贈した資料の重要性をあらためて認識させるものでした。
 発表後のディスカッションでは、住田氏とともに清宮質文資料の整理に当たられた井野功一氏(茨城県近代美術館美術課長)に、コメンテーターとしてご参加いただきました。当研究所が受贈したのは手記・日記や写真等の紙資料に限られますが、他に遺された資料として版木の類があり、井野氏はその保存・活用に向けての課題についてご報告いただきました。ディスカッションでは、原版も含めた版画家特有の資料群のあり方をめぐって、当研究所のスタッフも交え、意見が交わされました。

久野健ノートの公開

資料の一部

 東京文化財研究所には文化財に関わる写真や調査記録など膨大な数の資料を収蔵していますが、その中には研究者が自ら作成・蒐集した資料も多く含まれています。仏教彫刻史の泰斗で東京文化財研究所の職員でもあった久野健氏(1920〜2007)が残した貴重な資料群もそのような研究資料の一つで、久野氏の死後、ご遺族によって当研究所に寄贈されました(https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/203583.html)。
写真資料を中心とした一部の資料は、すでに資料閲覧室で公開されていますが、このたび久野氏が終生愛用していた手書きのノートの目録(312冊、13422件)の整理が終わり、公開の運びとなりました。これらのノートには国内外の仏像彫刻の調査記録や、展覧会の鑑賞記、聴講した研究会のメモなどが書き込まれており、まさに久野氏の研究者としての軌跡が記録されたものと言えます。ウェブサイトでは目録を公開し、資料閲覧室では実際のノートを閲覧することが可能です(https://www.tobunken.go.jp/materials/kuno_note)。ぜひご活用ください。

ウェブサイト「美術工芸品修理のための用具・原材料と生産技術の保護・育成等促進事業」での「文化財(美術工芸品)の修理記録データベース」の公開

文化財(美術工芸品)の修理記録データベース
本データベースの典拠資料および資料ごとの修理記録の年幅

 東京文化財研究所は、令和4(2022)年度より文化庁が進める「文化財の匠プロジェクト」の一環である「美術工芸品修理のための用具・原材料と生産技術の保護・育成等促進事業」に携わっています。このたび令和7(2025)年4月に本事業のウェブサイトを開設し、美術工芸品修理のために必要とされる用具・原材料についての記録映像、科学調査成果、修理記録データベースを公開しています(https://www.tobunken.go.jp/conservation-arts-crafts/)。

 近年、文化財の修理記録という大切な情報を適切な形で後世に残していくことが広く求められています。修理記録は、作品の状態、材料、構造などにかかわる情報の次世代への継承を可能にするのみならず、文化財の管理や保護にとっても重要な情報源となります。しかし、国指定文化財のうち、美術工芸品分野に関しては、明治30(1897)年に制定された古社寺保存法以来の修理記録を全体的に包括する報告書やデータベースなどは存在していませんでした。また、各所で作成された修理報告書についても、記述の内容や方式が統一されておらず、情報共有に課題がありました。そのため、現在、美術工芸品分野の文化財修理にかかわる情報を集約し、一元的に管理するためのプラットフォーム構築の必要性が高まっています。

 本事業の成果のひとつが、「文化財(美術工芸品)の修理記録データベース」の試作版(https://www.tobunken.go.jp/conservation-arts-crafts/records-archives)の作成と公開です。本データベースには、文化庁、修理施設のある国立博物館、全国の修理工房、その他の関連組織によって刊行された修理報告書に所収の修理情報を順次追加していく予定です。本データベースを文化財の修理や管理、修理情報の継承、研究利用等の幅広い目的でご活用いただけましたら幸いです。また、調査にあたって得られた成果は、報告会や研究会等を通じて随時発信してまいります。

韓国書画の作品評価と制度を振り返って―令和6年度第10回文化財情報資料部研究会の開催

 文化財情報資料部では、外部の研究者にも研究発表を行っていただき、研究交流をおこなっています。

 2月17日の第10回研究会では、韓国・明知大学校教授の徐胤晶(ソ・ユンジョン)氏に「安堅と東アジアの華北系山水画―伝称作、偽作、そして唐絵のなかの朝鮮絵画」、そして国立ハンセン病資料館主任学芸員の金貴粉氏に「近代朝鮮における書の専業化過程とその特徴 ―官僚出身書人の動向を中心に―」と題したご発表をしていただき、最後に文化財情報資料部研究員・田代裕一朗が「関野貞の朝鮮絵画調査と朝鮮人蒐集家-東京文化財研究所所蔵の調査資料をもとに―」と題した発表を行いました。

 各発表は、いずれも韓国書画をめぐって、作品評価と制度を振り返るもので、まず徐胤晶氏は、現在安堅の画とされている様々な作品について、江戸時代の日本、そして朝鮮時代の朝鮮における事例をもとに伝称の過程を分析するとともに、安堅の画を東アジア華北系山水画の系譜にどのように位置づけられるか、考察をおこないました。つづく金貴粉氏は、朝鮮時代末期から植民地期にかけて、官僚出身者を中心とする書人が、専業化を遂げ、職業書家に近しい存在に変貌する過程を考察しました。最後に田代裕一朗は、東京文化財研究所が所蔵する朝鮮絵画調査メモを手掛かりとして、関野貞の朝鮮絵画調査と朝鮮人蒐集家について考察する発表をおこないました。

 研究会は、オンライン同時配信(ハイブリッド・ハイフレックス型)で行われ、日本国内の学生と関連研究者だけでなく、米国・中国などの外国からも関連研究者が参加し、長時間にわたる研究会ながら、盛況のうちに終了しました。

酒呑童子絵巻の研究―令和6年度第11回文化財情報資料部研究会の開催

研究会風景
展覧会のチラシ

 令和7(2025)年2月25日に酒呑童子絵巻の研究会を開催しました。この研究は、住吉廣行筆「酒呑童子絵巻」(6巻、ライプツィヒ・グラッシー民族博物館蔵、以下ライプツィヒ本)を中心に科学研究費助成事業基盤研究Bの課題として令和4(2022)年から実施しているもので、このテーマで過去に2回研究会を開催しています。(2021年5月 https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/892626.html 2023年4月 https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/2035746.html)今回は科研費による研究の最終年度にあたり、下記の発表を行いました。
江村知子(東京文化財研究所 文化財情報資料部長)「酒呑童子の魔力」
並木誠士 (京都工芸繊維大学 特定教授)「狩野派と酒呑童子絵巻」
小林健二 (国文学研究資料館 名誉教授)「響き合う能と絵巻」
 3つの発表の後、上野友愛氏(サントリー美術館副学芸部長)にコメンテーターとしてご発言いただき、その後会場やオンライン参加の方々も交えて質疑応答を行いました。この研究プロジェクトは、令和7(2025)年4月29日~6月15日の会期でサントリー美術館で開催される「酒呑童子ビギンズ」展にも協力しています。ライプツィヒ本は第10代将軍徳川家治の養女として紀州家第10代徳川治宝に入輿した種姫の婚礼調度として特別に作られた作品で、今回の展覧会はライプツィヒ本の日本での初公開となります。ぜひ多くの方々に展覧会場でご覧いただきたいと思います。展覧会の情報はこちらをご参照ください。
https://www.suntory.co.jp/sma/

漁村小雪図巻を読み解く―令和6年度第12回文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子

 東京文化財研究所文化財情報資料部では、国内外の研究者を招き、学術交流の場として研究会を開催しています。今年度は、中国美術学院教授であり藝術文化院副院長を務める万木春氏をお迎えし、「王詵《漁村小雪図》巻について」と題した研究発表を行いました。
 本発表では、王詵の画業を文献資料に基づいて探究するとともに、《漁村小雪図》を構成する要素―水辺、雪景、漁村―を丹念に観察し、それらが 画面全体の空間構成にどのように寄与しているかを考察しました。また、自然描写、特に大気表現に注目し、画家の視覚的アプローチを読み解く試みがなされました。さらに、《漁村小雪図》にとどまらず、複数の作例を比較し、異なる視覚表現の方法についても詳細な検討がなされました。
 質疑応答では、研究者や大学院生から活発な質問や意見が寄せられ、それに対して万氏が明快かつ大胆な視点から応答されたことが印象的でした。今回の海外研究者による発表を通じて、日本の研究者にとっても新たな視座を得る機会となりました。
 今後も、海外の研究者を積極的に招き、より広い知見を共有する場として、定期的に研究会を開催していく予定です。

松澤宥旧蔵資料の受贈

松澤宥(Utopias & Visions、ストックホルム、1971年、写真中央)撮影:松澤久美子氏
松澤宥旧蔵資料の一部(1965年に開催された現代美術の祭典アンデパンダン・アートフェスティバル(通称・岐阜アンパン)の関連資料)

 このたび、研究プロジェクト「近・現代美術に関する調査研究と資料集成」の一環で、「松澤宥旧蔵資料の受贈」をご遺族から受贈しました。
 
 松澤宥(1922–2006)は、1960年代半ばから言語や概念を媒介とした表現を展開し、国際的なコンセプチュアル・アートの動向にも積極的に関わりました。こうした創作活動や思想を伝えるこの資料群は、コンセプチュアル・アートの展開を考えるうえで重要な研究資料となります。資料には、松澤の活動のなかで生まれた草稿、展覧会資料、写真などが含まれており、当時の美術の動向を理解するうえで有益な参照資料となっています。

 また、この資料群は、これまで当研究所で収集してきた資料だけでは十分に追いきれなかった部分、特に戦後日本における前衛的な表現活動の展開や、その実践を支えた個々のネットワークに光を当てる上でも、大変貴重な補完的資料となります。

 当研究所では、松澤宥旧蔵資料に関わる研究会を、2017年から4度にわたり開催するなかで、その研究資料としての価値、活用の可能性を関係者とのあいだで共有し、またJSPS科研費「ポスト1968年表現共同体の研究:松澤宥アーカイブズを基軸として」(18K00200、研究代表者:橘川英規)などを通じて、資料のデータ整理・デジタル化も進めてきました。資料の整理作業を進めるなかで、松澤の思考の変遷や国内外に広がるネットワークの姿がより鮮明に浮かび上がり、これらの資料は、彼の活動を振り返るうえで重要であるだけでなく、日本や海外における同時代のカルチャーシーンを多角的に読み解くための礎として、今後さまざまな分野での研究を支えていくに違いありません。

 研究プロジェクト「近・現代美術に関する調査研究と資料集成」では、日本の近・現代美術の作品や資料の調査研究を行い、これに基づき研究交流を推進し、併せて、現代美術に関する資料の効率的な収集と公開体制の構築も目指しております。この資料群は準備が整い次第、資料閲覧室で閲覧していただけます。現代美術をはじめとする幅広い分野の研究課題の解決の糸口として、また新たな研究を創出する契機として、ご活用いただければ幸いです。

◎JSPS科研費18K00200にて作成した松澤宥旧蔵資料のリスト
https://researchmap.jp/kikkawahideki/published_works
・日本概念派関連イベント資料(おもに1960~2007 年)約1400 件
・Data Center for Contemporary Art 資料(おもに1972~83 年)約850 件

※今回ご寄贈いただいた松澤宥旧蔵資料のうち、松澤による自筆原稿など81点のデジタル画像は、県立長野図書館が運用するデジタル・アーカイブ・システム「信州デジタルコモンズ」(https://www.ro-da.jp/shinshu-dcommons/search)にて公開されています。

セインズベリー日本藝術研究所でのプロジェクト協議とイギリスでの講演

ロンドン大学東洋アフリカ研究学院、日本研究センターでの講演
イースト・アングリア大学附属セインズベリー・センターでの意見交換
セインズベリー日本藝術研究所での協議

 イギリス・ノーフォーク州の州都ノリッチにあるセインズベリー日本藝術研究所(Sainsbury Institute for the Study of Japanese Arts and Cultures, 以下SISJAC)は、ヨーロッパにおける日本芸術文化研究の主要拠点のひとつです。SISJACと東京文化財研究所は、平成25(2013)年から「日本藝術研究の基盤形成事業」の一環として、海外で発表された日本美術に関する文献、海外で開催された日本美術に関する展覧会のデータ提供をSISJACより受け、それを東文研総合検索(https://www.tobunken.go.jp/archives/)にて公開する共同事業を進めています。

 この事業の一環として、毎年、文化財情報資料部の研究員がノリッチを訪れ、関係者との協議や講演を行っており、令和6(2024)年度は、文化財情報資料部近・現代視覚芸術研究室長・橘川英規および研究員・田代裕一朗の2名が2月24日から3月2日にかけて現地に滞在しました。

 橘川は、2月26日にロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)日本研究センターにて、「Matsuzawa Yutaka and Europe: Conceptual art exchange(松澤宥とヨーロッパ:コンセプチュアル・アートの交流)」と題して講演を行いました。翌27日にはノリッチに移動し、イースト・アングリア大学附属のセインズベリー・センター(Sainsbury Centre)にて、「日本の近現代美術アーカイブの構築と活用:東京文化財研究所の取り組み」というテーマで講演を行いました。この講演後、イースト・アングリア大学図書館のグラント・ヤング氏、セインズベリー研究ユニット(アフリカ・オセアニア・アメリカ美術担当)の司書パット・ヒューイット氏、SISJACのリサ・セインズベリー図書館司書である平野明氏が、それぞれの機関や部門での活動や、日本に関連するアーカイブズについて発表しました。続いて、SISJAC准教授ユージニア・ボグダノヴァ=クマー氏の司会のもと、参加者間で活発な意見交換が行われました。

 2月28日にはSISJACにて、現在進行中のデータベース構築について、今後の展望を共有しながら協議を行いました。また、令和7(2025)年度に渡英を予定している田代からは、今回の渡英中に行った大英博物館等での調査を踏まえ、専門とする韓国朝鮮美術史に関するイギリスでの研究交流や資料調査の可能性、さらにそれに基づいた講演の構想について提案があり、今後の具体的な方向性について活発な議論が交わされました。

 今後もSISJACとの連携をさらに強化し、日本美術に関する国際的な情報発信と研究支援の充実に努めていきたいと考えています。

シンポジウム「黒田清輝、その研究と評価の現在—没後100年を機に」の開催

シンポジウムの発表(高山百合氏)風景
シンポジウムのディスカッション風景

 東京文化財研究所は、“日本近代洋画の父”と称される洋画家の黒田清輝(1866~1924)の遺産により、昭和5(1930)年に創設されました。現在は東京国立博物館の施設として黒田の作品を展示公開している黒田記念館は、もともと当研究所の前身である美術研究所として建てられたものです。令和6(2024)年に黒田の没後100年を迎えたのを記念して、当研究所の主催により、創設の地である黒田記念館のセミナー室を会場として1月10日に、シンポジウム「黒田清輝、その研究と評価の現在—没後100年を機に」を開催しました。発表者とタイトルは以下の通りです。
基調講演 黒田清輝の画業について——神津港人の視点から(文化財情報資料部上席研究員・塩谷純)
発表1 黒田清輝とラファエル・コラン——いくつかの視点をめぐって(三谷理華氏・女子美術大学)
発表2 黒田清輝以降——昭和期における「官展アカデミズム」の諸相(高山百合氏・福岡県立美術館)
発表3 黒田清輝からの学びと地方への伝播——鳥取県出身者の場合(友岡真秀氏・鳥取県立博物館)
 シンポジウムはオンライン併用で開催、対面参加の方々と併せ63名の方にご参加いただきました。また友岡氏が山陰地方での大雪のためご来場がかなわず、急遽オンラインでのご発表となりましたが、発表後のディスカッションも含め、滞りなく開催することができました。最新の研究成果をふまえ、フランス近代美術との関連、日本近代洋画壇への影響、そして地方への波及という視点から黒田清輝の画業を捉え直した本シンポジウムが、日本近代美術研究の再考をうながす一石となれば幸いです。本シンポジウムの内容については、当研究所の研究誌『美術研究』447号(2025年11月刊行予定)に掲載の予定です。

韓国近代における金剛山の表象―令和6年度第9回文化財情報資料部研究会の開催

 文化財情報資料部では、海外の研究者にも研究発表を行っていただき、研究交流をおこなっています。1月21日の第9回研究会では、客員研究員(2024年12月~2025年2月)として東京文化財研究所に滞在していた韓国・梨花女子大学校教授の金素延(キム・ソヨン)氏に「金剛山を描く―韓国近代期における金剛山の認識変化と視覚化」と題してご発表いただきました。

 朝鮮半島を代表する名山として知られる金剛山は、古くから文学や絵画の主題として取り上げられてきました。しかし近代に入ると大きな変化が起きます。鉄道敷設や観光開発が進むことにより、表象のあり方は変化しました。金氏は、金剛山を描いた様々なメディアを分析しながら、①朝鮮時代にも描かれた内陸の「内金剛」だけでなく、海側の「外金剛」も描かれるようになったこと、そして②「内金剛」に女性的、「外金剛」に男性的なイメージが投影され、描き分けられたことなどを指摘しました。

 写真絵はがき、旅行案内ガイドの挿図まで活用した金氏の考察は、様々なメディアから美術史を構築する可能性、また「観光」や「ジェンダー」といったイシューと美術史の関連性を改めて認識させるものでした。

 研究会には、所内外から多くの学生と関連研究者が参加し、質疑応答では活発な意見交換がおこなわれました。
海外研究者の研究発表は、日本国内の学術的潮流とは異なる着想や方法論について触れ、また相互に刺激を与える機会でもあります。日本と海外を繋ぐ研究交流の「ハブ」としての役割も果たすことで、当研究所がより多角的に日本の学術に寄与できれば幸いです。

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