研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


資料閲覧室の開室再開

飛沫防止フィルムを設置したカウンターでの資料の受け渡し

 当研究所資料閲覧室は新型コロナウイルスによる感染症(COVID-19)拡大防止のため、令和2(2020)年2月28日から臨時閉室しておりましたが、6月10日より閲覧業務を再開いたしました。感染症対策のため、通常よりも時間を短縮、開室日数を減らしています。事前予約制で、利用者の皆様にはマスクとニトリル手袋を着用の上で、ご利用頂いております。利用者の皆様にはご不便をお掛け致しますが、いまだ感染状況も沈静化していない中、それでも利用者の皆様と職員の安全を確保しつつ、必要なサービスを提供するよう、職員一同、日々努力を重ねております。ご理解・ご協力のほど、よろしくお願い致します。
利用予約については下記をご覧下さい。
https://www.tobunken.go.jp/info/info200605/index.html
また遠隔複写サービスもおこなっております。通常よりも少ない職員で対応しているため、多少時間がかかる場合もありますが、ご自宅からでも必要な資料を取り寄せられます。ぜひご利用下さい。

近現代の大礼にみる“伝統”――第1回文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子

 昨年(2019年)、平成から令和への代替わりの一大行事(大礼)として行なわれた即位礼・大嘗祭は記憶に新しいところです。その折に用いられた雅な装束に目を奪われた方も多かったことでしょう。そんな古式を彷彿とさせる一連の行事が、明治・大正・昭和・平成、そして令和と五代にわたっていかに伝えられたのか——―令和2(2020)年6月23日に開催された文化財情報資料部研究会での田中潤氏(客員研究員)による発表「近代の大礼と有職故実」は、近現代の皇室における“伝統”のあり方をうかがう内容となりました。
 明治時代以降、皇室においても洋装が日常的なものとなり、従来の有職装束は着用が祭祀儀礼の際に限られるようになります。用いられる機会が減少した装束の途絶を回避するために有職故実研究の重要性が増し、大礼の都度、その成果が活かされました。一方で各時代の大礼で用いられた装束を比較すると、視覚的な効果や経費の問題等、さまざまな理由により変更も少なからず認められます。田中氏の発表を拝聴して、時代の要請に柔軟に対応しながら、“伝統”のイメージを伝えていく大礼のあり方は、まさに有形無形の文化財を守り伝える姿勢にも通じるものがあるように思いました。
 なお今回の研究会は、新型コロナウイルス感染拡大による休止をはさんで、およそ4ヶ月ぶりの開催となりました。会場も2階の研究会室から密集、密接を避けて地階のセミナー室へと移すなど、感染対策をとった上で行ないました。

資料閲覧室の臨時閉室とオープンアクセス資料拡充の推進

東文研OPACの画面
PDFでダウンロードできる明治期の美術展覧会図録

 新型コロナウイルスによる感染症(COVID-19)拡大防止のため、同じ独立行政法人国立文化財機構の他施設と同様に、資料閲覧室は令和2(2020)年2月28日から臨時閉室させて頂いており、ご利用の皆様には多大なご迷惑・ご不便をお掛けしております。政府の緊急事態宣言発令後は、当研究所の多くの職員も自宅待機となっておりますが、学校や職場で研究ができなくなってしまっている方が世界中におられます。
 こうした状況下で、有効に活用できるのが、インターネット公開のデータベースやオープンアクセス資料です。これまでも当研究所では、所蔵資料のデジタル化と広範な利用促進に向けた取り組みを進めて参りましたが、ゲッティ研究所との共同事業により、昨年10月には明治〜昭和初期の美術展覧会カタログ900冊余りをインターネット公開しており、現在は当研究所所蔵の江戸時代の版本およそ730タイトル(1,700冊)のデジタル化、オープンアクセス化を鋭意進めております。江戸時代の版本は今年中にゲッティ・リサーチ・ポータルから検索・閲覧できるようになる予定です。
 ゲッティ研究所との共同事業でデジタル化した資料は、こちらからご覧になれます。
https://opac.tobunken.go.jp/gate?module=top&path=corner/corner.do&method=open&no=1
また『美術研究』、『保存科学』、『無形文化遺産研究報告』、『日本美術年鑑』などは機関リポジトリからご覧頂けます。
https://tobunken.repo.nii.ac.jp
さらに当研究所の多種多様の研究資料は、「東文研総合検索」から検索できます。
http://www.tobunken.go.jp/archives/
より多くの皆様に、いつでもどこからでも無料でご利用頂ける研究資料の提供をこれから推進して参りますので、どうぞご利用下さい。

ゲッティ・センターの国際語彙協議会(ITWG)での発表

国際語彙協議会の会場

 令和2(2020)年2月6、7日にアメリカのロサンゼルスにあるゲッティ・センターで開催された国際語彙協議会(ITWG: International Terminology Working Group Meeting) において、「日本人の美術家たち:東京文化財研究所(Japanese artists, TNRICP)」と題して、現在、当研究所とゲッティ研究所との共同事業の一環として取り組んでいるゲッティ・ボキャブラリーズ(Getty Vocabularies)への日本美術家人名情報の提供、その途中経過を発表しました。 ゲッティ研究所が主導するITWGは、美術・建築シソーラス(AAT: Art & Architecture Thesaurus)、地理的名称シソーラス(TGN: Thesaurus of Geographic Names)、美術家人名総合名鑑(ULAN: Union List of Artist Names)、文化財名称典拠(CONA: Cultural Objects Name Authority)、図像典拠(IA: Iconography Authority)などのプログラムで構成される統制語彙集ゲッティ・ボキャブラリーズ(getty.edu/research/tools/vocabularies/)に関する共通のトピックを議論するグループで、おおむね2年に1度招集されています。今回の協議会には、アメリカ合衆国、台湾、ベルギー、ドイツ、ブラジル、イスラエル、クロアチア、アラブ首長国連邦、スイス、オランダなどから35名ほどの参加者が参集し、ゲッティ・ボキャブラリーズ各プログラム担当者から、その現状と機能拡張の進展等について報告があり、また参加機関から、ゲッティ・ボキャブラリーズへのデータ提供の先駆的な実践などについて発表が行われました。さらに、これらの報告・発表をうけ、ゲッティ研究所担当者や参加機関において共通する問題を挙げて議論を行うなかで、他国の参加者からも助言を得ることができました。
 日本の文化財を海外に外国語で紹介する際には、国際的な専門用語・人名辞典が不可欠ですが、ゲッティ・ボキャブラリーズは今日の技術と関係機関の連携によって実現しようとする取り組みです。これに当研究所が永年蓄積してきた日本美術家人名情報を提供することで、日本の文化財の発信、あるいは国際的な日本文化財研究の支援となることを目指しています。

売立目録デジタルアーカイブの公開と今後の展望―売立目録の新たな活用を目指して――第10回文化財情報資料部研究会の開催

発表の様子

 東京文化財研究所では、明治から昭和に発行された2565件の売立目録(オークションカタログ)を所蔵しており、長年、閲覧に供してきましたが、売立目録の原本の保存状態が悪いため、平成27(2015)年から東京美術倶楽部と共同で、売立目録のデジタル化をおこない(2015年4月の活動報告https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/120680.htmlを参照)、令和元(2019)年5月から「売立目録デジタルアーカイブ」として公開を開始したところです(2019年4月の活動報告https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/817096.htmlを参照)。
 令和2(2020)年2月25日に開催された第10回文化財情報資料部研究会では、「売立目録デジタルアーカイブの公開と今後の展望―売立目録の新たな活用を目指して―」と題して、所外から3名の発表者を招き、さまざまな分野における売立目録デジタルアーカイブの活用事例を紹介していただきました。発表内容は、山口隆介氏(奈良国立博物館主任研究員)が「仏像研究における売立目録の活用と公開の意義」、山下真由美氏(細見美術館学芸員)が「土方稲嶺展(於鳥取県立博物館)での売立目録の活用と展開」、月村紀乃氏(ふくやま美術館学芸員)が「工芸研究における売立目録デジタルアーカイブの活用方法とその事例」、安永が「売立目録デジタルアーカイブから浮かび上がる近世絵画の諸問題」についてでした。会場には、各地の学芸員や研究者など50名近くが参加しており、4名の発表後は、発表者間でディスカッションをおこなったほか、会場からの質問などにも答え、デジタルアーカイブの利点や注意点、今後の課題や問題点などに関して、活発な議論が交わされました。なお、当日のアンケート結果では、この研究会について、87%の方から「たいへん満足した」との回答を得ています。

永青文庫所蔵 重要文化財「洋人奏楽図屏風」デジタルコンテンツの公開

資料閲覧室の専用端末
右隻部分の拡大画像と蛍光エックス線分析結果

 文化財情報資料部では、当研究所で行った美術作品の調査研究について、デジタルコンテンツを作成し、資料閲覧室にて公開しています。このたび永青文庫所蔵の重要文化財「洋人奏楽図屏風」のデジタルコンテンツの公開を開始致しました。永青文庫所蔵「洋人奏楽図屏風」は初期洋風画と呼ばれる日本絵画の一作例で、西洋の人物・風俗・景色などが西洋風の表現技法によって描かれています。この作品は屏風という日本絵画の典型的な画面形式に、通常の日本絵画とは異なる、独特な表現技法が用いられています。このデジタルコンテンツは、平成27(2015)年に東京文化財研究所が刊行した報告書に基づいて作成しました。専用端末で高精細カラー画像、近赤外線画像、蛍光エックス線分析による彩色材料調査の結果などがご覧いただけます。ご利用は学術・研究目的の閲覧に限り、コピーや印刷はできませんが、デジタル画像の特性を活かした豊富な作品情報を随意に参照することができます。この画像閲覧端末は、資料閲覧室開室時間にご利用いただけます。ご利用に際しては下記をご参照下さい。http://www.tobunken.go.jp/~joho/japanese/library/library.html

バンコクにおけるタイ所在日本製漆工品に関する調査の実施

ワット・ラーチャプラディットでの調査の様子

 タイ・バンコク所在のワット・ラーチャプラディットは、ラーマ4世王の発願により1864年に建立された王室第一級寺院です。同寺院の拝殿の開口部には、伏彩色螺鈿の技法により装飾された日本製の扉部材が用いられており、東京文化財研究所ではこの扉部材の修理に関して、タイ文化省芸術局及び同寺院の依頼により技術支援を行っています。文化財の修理は作品に関する知見を深める機会でもありますが、同時代の輸出漆器に関する研究事例はまだ少なく、扉部材の来歴はいまだ明らかではありません。そこで、令和2(2020)年1月12日〜18日に、バンコクにおいて伏彩色螺鈿を含む日本製漆工品の熟覧調査を実施しました。
 今回の調査では、ワット・ラーチャプラディットにおいて、扉部材の状態調査を実施するとともに、タイ側が主体的に実施する修理事業の計画について、芸術局長の臨席のもと情報交換を行いました。また、最も格式の高い王室第一級寺院の一つであるワット・ポーでの調査の機会を得て、螺鈿と蒔絵による装飾を有する夾板(ヤシの葉に経典などを記した文書(貝葉)を挟んで保護する細長い板)1組を熟覧しました。さらに、バンコク国立図書館では平成31(2019)年に引き続き、同館所蔵のラーマ1世王から5世王の時期の貝葉の一部を対象にそれらの夾板の熟覧調査を行ったところ、これまで知られているものとは別に、螺鈿と蒔絵の装飾を有する夾板1点があることがわかりました。
 今回はこのほか、明治44(1911)年にタイに渡り、かの地において漆芸の分野で技師及び教育者として活動した、三木栄(1884-1966)が使用していた道具箱の調査を行いました。伏彩色螺鈿をはじめとした幕末から明治期の日本製漆工品を通じた、日本とタイの交流に関する調査に、いっそう広がりが得られたように感じています。

元勲・井上馨と明治文化――第9回研文化財情報資料部究会の開催

井上馨の蔵品図録『世外庵鑑賞』(東京文化財研究所蔵)より

 井上馨(1835~1915年)は長州藩士で明治維新の動乱期に活躍、維新後も外務大臣や内務大臣など要職を歴任し、政財界に大きな影響を与えた政治家です。鹿鳴館外交に代表される欧化政策を主導したことでよく知られていますが、その一方で、伝徽宗筆「桃鳩図」をはじめとする東洋美術の名品を蒐集し、また益田鈍翁ら財界の茶人とともに茶の湯をたしなむ数寄者でもありました。令和2(2020)年1月21日に開催された文化財情報資料部研究会での依田徹氏(遠山記念館学芸課長)の発表「明治文化と井上馨」は、そうした井上の文化史における重要性にあらためて目を向けさせる内容でした。
 井上の骨董収集は明治の早い時期に始まったとされています。現在は奈良国立博物館が所蔵する平安仏画の優品「十一面観音像」も、井上は明治10年代に入手していたようです。ときにはかなり強引な手段で数々の名品を蒐集し、明治45年には蔵品図録『世外庵鑑賞』を出版しています。一方で明治20年には自邸に明治天皇の行幸啓を仰ぎ、九代目市川団十郎らによる歌舞伎を天覧に供したり、また落語家の三遊亭圓朝とも交流したりするなど、芸能史の上でもその存在は看過し得ないものがあります。
 依田氏の発表では、そうした井上の多岐にわたる文化への関与が明らかにされ、その後は齋藤康彦氏(山梨大学名誉教授)、田中仙堂氏(三徳庵理事長)、塚本麿充氏(東京大学東洋文化研究所准教授)を交えて意見交換を行いました。多忙な政務のかたわら、どのように審美眼を養っていたのか、など井上については不明の部分も多く、今後の研究の進展が待たれるところです。

文化財の記録作成とデータベースに関するセミナーの開催

報告の様子(参加者の内訳)

 文化財の目録は、博物館・美術館・資料館などの展示収蔵施設や自治体にとって最も重要な情報の一つであり、文化財の調査研究、保存管理はもちろんのこと、展示や貸出など活用の計画を立てるための基礎的な情報ともなります。また、文化財の視覚的な情報を記録した写真も調査研究のための資料であるとともに、目録とともに管理することで、文化財及び関連の情報のより適切な保存や活用を可能とします。このように、文化財の記録の作成や、作成した記録のデータベース化は、文化財の保存と活用に必須といえますが、予算や技術面での制約などから困難を感じる関係者も多いようです。そこで、文化財情報資料部では、令和元(2019)年12月2日に標記のセミナーを開催しました。
 セミナーでは、文化財の記録作成及びデータベース化の意義について実例を交えて述べるとともに、文化財情報資料部文化財情報研究室が近年取り組んでいる、無償で提供されているシステムを用いた文化財データベースの構築について紹介しました。また、同研究室画像情報室から、文化財に関する情報を記録する手段としてのさまざまな写真の撮影について、その考え方と具体例を紹介しました。
 当日は、文化財の保存や活用の実務に携わる方を中心に、120名余りのご参加を賜りました。また、参加者から日常業務に関連した多くのご質問を頂戴したことからも、このテーマに対する関心が非常に高いことを実感しました。初回である今回は包括的な内容としましたが、今後は、より具体的なテーマを設定したセミナーや、実習形式のワークショップなど、多角的な情報発信を展開していく予定です。

黒田清輝と久米桂一郎の交遊をおって――第7回文化財情報資料部研究会の開催

フランス留学中の久米桂一郎(左)と黒田清輝
明治28(1895)年4月1日付久米桂一郎宛黒田清輝書簡の一部。結婚したばかりの黒田が、フランス語を交えて自身の結婚観を綴っています。

 洋画家の黒田清輝(1866~1924年)と久米桂一郎(1866~1934年)は、ともにフランスでアカデミズムの画家ラファエル・コランに画を学び、アトリエを共用するなど交遊を深めた仲でした。帰国後も、二人は新たな美術団体である白馬会を創設、また美術教育や美術行政にも携わり、日本洋画界の刷新と育成に尽力しています。
 久米桂一郎の作品と資料を所蔵・公開する久米美術館と、黒田清輝の遺産で創設された当研究所は平成28(2016)年度より共同研究を開始し、その交遊のあとをうかがう資料の調査を進めています。なかでも二人の間で交わされた書簡は、公私にわたり親交のあった彼らの息吹を伝える資料として注目されます。令和元(2019)年12月10日に開催された第7回文化財情報資料部研究会では、「黒田清輝・久米桂一郎の書簡を読む」と題して、塩谷が久米宛黒田の書簡について、久米美術館の伊藤史湖氏が黒田宛久米の書簡について報告を行いました。
 今回の調査の対象となった書簡は、彼らが留学より帰国した後の明治20年代後半から大正時代にかけて交わされたものです。当時の書簡で一般的に用いられていた候文ではなく、口語体の文章で制作の近況や旅先の印象を伝えあい、時には身内に解らないようにフランス語を交えて内心を吐露したりしています。また明治43(1910)年から翌年にかけて、久米が日英博覧会出品協会事務取扱のため渡英した際の書簡では、博覧会の様子や師コランとの再会、現地の画家との交流等について詳細に報告され、当時の洋画家のネットワークをうかがい知る資料ともなっています。
 発表後は、書簡の翻刻にあたりご尽力いただいた客員研究員の田中潤氏と齋藤達也氏も交え、意見交換を行いました。本研究の成果は、次年度刊行の研究誌『美術研究』に掲載する予定です。

日本中世のガラスを探る-第8回文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子

 令和元(2019)年12月24日に開催された第8回文化財情報資料部研究会では、東海大学非常勤講師の林佳美氏が「日本中世のガラスを探る—2018・2019年度の調査をもとに—」という題目で発表されました。
 氏は長年東アジアのガラス史について取り組んでおいでですが、今回の発表は学位論文をまとめられた後の平成30(2018)年度より始められた日本国内で出土する13世紀から16世紀のガラス製品の集成と実見調査による成果の一端についてお話いただいたものです。日本の中世のガラスについてはこれまでほとんど作例が知られていなかったことによりその実態はほぼまったく不明でした。しかし近年、文献記録やこれまで知られていた資料に加え、京都や博多などでのこの時期に前後する出土品が知られるようになったことなどにより、今後の位置付けが期待されるようになっています。林氏は、13世紀から16世紀の日本出土ガラスの研究課題として①全体像の把握、②製作地の判別、③通史的・広域的視野からの考察の3点を示したうえで、これまでに行われた伝世資料や出土資料への検討作業によって得られたガラス器の製作技術や由来などに対する具体的な見解を示されました。
 また今回の研究会では、ガラス工芸学会の理事である井上曉子氏にもコメンテータとしてご参席いただき、研究者の少ないなかで地道に進められているガラス史研究の最前線についてのさまざまな話題や議論が行われました。

第53回オープンレクチャーの開催

講演会の様子

 文化財情報資料部では、令和元(2019)年11月1日、2日の2日間にかけて、オープンレクチャーを東京文化財研究所セミナー室において開催しました。毎年秋に、ひろく一般の聴講を公募して、当所研究員の日頃の研究成果を、外部講師を交えて講演するものです。なお、この行事は台東区が主催する「上野の山文化ゾーンフェスティバル」における「講演会シリーズ」の一環でもあり、さらに11月1日の「古典の日」にちなんだ行事でもあります。
 本年は、1日に「大徳寺伝来五百羅漢図と『禅苑清規』―描かれた僧院生活―」(文化財情報資料部研究員・米沢玲)、「広隆寺講堂阿弥陀如来坐像のかたちと込められた願い―願主「永原御息所」の人物像を起点として―」(慶應義塾志木高等学校教諭・原浩史氏)、2日に「日本唯一の伝世洋剣、水口レイピアの調査と研究」(文化財情報資料部広領域研究室長・小林公治)、「SPring-8による刀剣研究最前線:制作技術の解明に向けて」(昭和女子大学歴史文化学科・田中眞奈子氏)という4題の講演が行われました。両日合わせて151名に参加いただき、アンケートの結果、回答者のほぼ9割から「大変満足した」「おおむね満足だった」との回答を得ることができました。当所研究員の研究動向や新知見を公開することで、一般のみなさまに文化財について楽しく学んでいただくよい機会となりました。

甲賀市水口町郷土史会記念事業における「十字形洋剣」についての講演

水口郷土史会での講演

 これまで足かけ6年にわたり、文化財情報資料部を中心に調査と研究を行ってきた甲賀市水口の藤栄神社所蔵「十字形洋剣(水口レイピア)」については、令和元(2019)年度、調査にひと区切りをつける形で、主に国外専門家を対象としたICOM京都大会での発表(https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/818986.html)、また当研究所第53回オープンレクチャーにおいての一般の方々を対象とする講演により成果の公開をはかってきたところです(https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/819076.html)。これらに引き続き11月9日、この洋剣が現在まで伝世されてきた甲賀市水口でも水口町郷土史会創立60周年記念事業での講演という絶好の機会をいただき、共に調査を行ってきた甲賀市教育委員会の永井晃子さんと「藤栄神社所蔵「十字形洋剣」の謎に挑む」と題した報告を行い、この剣に対する調査結果やその歴史的意味などについて地元の方々にお伝えしました。当日は藤栄神社の向かいというまさしく地元の会場におよそ100名ものみなさまがご参集くださり、この調査についての報告に熱心に耳を傾けていただきました。
 この講演の実施でようやく本調査に関わる責務の一端が果たせた気がしますが、今後は共同して調査にあたった研究者と共に調査報告書の作成へと軸足を移し、この洋剣研究に対する一応のまとまりをつける予定です。

セインズベリー日本藝術研究所での協議と講演

協議の様子
講演会の様子Photo by Sainsbury Institute / Andi Sapey

 イギリス・ノーフォークの州都であるノリッチ(Norwich)にあるセインズベリー日本藝術研究所(Sainsbury Institute for the Study of Japanese Arts and Cultures; SISJAC)は、欧州における日本の芸術文化研究の拠点のひとつです。このSISJACと東京文化財研究所は、平成25(2013)年より「日本藝術研究の基盤形成事業」として、日本国外で発表された英文による日本芸術関係文献のデータをSISJACから提供いただき、当研究所のウェブサイトで公開するという事業を共同で進めています。そうした事業の一環として、毎年、文化財情報資料部の研究員がノリッチを訪れて、協議と講演をおこなっており、令和元(2019)年度は江村知子、米沢玲の2名が11月20日から23日にかけて滞在し、その任に当たりました。
 協議では、SISJACから提供いただいたデータへのアクセス件数の問題や、全般的なデータ採録における表記やウェブリンクの問題などを協議し、よりよいデータ構築と活用に向けて共同事業を継続していくことを確認しました。
 また、11月21日には、江村がノリッチ大聖堂のウェストン・ルームにおいて「日本絵画にみる四季の表現 The Expression of the Four Seasons in Japanese Paintings」と題した講演をおこない、同研究所のサイモン・ケイナー(Simon Kaner)所長に通訳の労をとっていただきました。この講演は、SISJACが毎月第三木曜日に開催する一般の方向けの月例講演会の一環でもありましたが、今回は150名ほどの参加者があり、講演終了後も活発な質疑応答がおこなわれました。同地における日本美術に対する関心の高さがうかがえました。今後もセインズベリー日本藝術研究所との連携を効果的に進めながら、日本美術の国際発信をおこなっていきたいと思います。

CIDOC 2019(第25回ICOM京都大会2019)での発表

日本語の漢字における異体字の例
総合検索における異字体検索の仕組み

 ICOM(国際博物館会議)は1946年に創設された、博物館に関する情報の交換や共有を目的とした非政府機関です。3年ごとにICOMのすべての委員会が参加する大会が開かれますが、今年は京都で開催されました。文化財情報研究室からは3名の職員が参加し、博物館コレクションのドキュメンテーションを専門とする委員会、CIDOCにて日本語の検索の問題について「Two solutions for orthographical variants problem(表記ゆれに対する二つの解決方法)」と題した発表を行いました。
 漢字やひらがな、カタカナを使い分ける豊かな表記は日本語の特徴の一つです。しかしこの特徴は、情報検索の現場では、例えば龍と竜、藝と芸のような表記ゆれとなってあらわれ、検索漏れの原因となります。発表では特に人名の表記に焦点をあて、当研究所のウェブデータベースで行っている表記ゆれへの対応について報告しました。
 このような表記ゆれは日本語に特有の問題ではありません。例えば、英単語の単数形で検索した際に、複数形も結果に含めるには、システム的な工夫が必要です。文化財には普遍的な価値がありますが、一方でそのドキュメント化には、それぞれの地域に由来する問題が存在します。システムの立場からも、文化財における普遍性と地域性の問題について考えていきたいと思います。

南蛮漆器の成立過程と年代-第6回文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子

 令和元(2019)年9月24日に開催された今年度第6回文化財情報資料部研究会では、文化財情報資料部広領域研究室長の小林公治が「南蛮漆器成立の経緯とその年代―キリスト教聖龕を中心とする検討―」と題した発表を行いました。
17世紀前半を中心に京都で造られ欧米に輸出用された南蛮漆器が、いつどのようにして始まったのか、という問題についてはいまだ確定的な見解がありません。またキリスト教の聖画を収める箱である聖龕は、これまで南蛮漆器のそればかりが注目されてきましたが、発表者は、日本のセミナリオで絵画を学んだヤコブ丹羽が描いたという救世主像が収められている東京大学総合図書館所蔵聖龕など、隠れキリシタン集落として知られる茨木市の千提寺・下音羽地区に伝えられてきた国内向けキリスト教聖龕と世界各地に所蔵される南蛮漆器聖龕とを総合的に検討し、双方に認められる無文の飾金具を持つ一群を、年代がほぼ確定される豊国神社所蔵蒔絵唐櫃や高台寺蒔絵と南蛮漆器文様を併せ持つ岬町理智院所蔵豊臣秀吉像蒔絵螺鈿厨子、さらに古様の蒔絵棚飾金具などと比較した結果、それらが16世紀末から17世紀初めにかけての年代が想定される最古の聖龕群であるとの判断を得ました。
 またこうした古式聖龕への判断は、発表者が過去に検討した南蛮漆器書見台とも整合的であり、その成立年代は聖龕よりもやや遅れる17世紀初め頃と想定されるという見解も得られました。
 本発表で行った検討は、南蛮漆器の成立経緯や年代を探ることを目的として行ったものですが、こうした見解が認められるのであれば、それは聖龕の中に収められている聖画や額縁の制作者や制作地、また豊臣秀吉や徳川幕府による禁教令と布教活動との関係など、17世紀初めを前後する時期の日本におけるキリスト教信仰や交易の実態といったさまざまな問題を再考するきっかけにもなるものかと思われます。
 当日は、初期西洋画修復家である武田恵理氏や鶴見大学小池富雄氏、また桃山時代の漆工品展覧会を開催されている美術館からなど、多くの関連分野研究者にもご出席いただき、手法的な側面を含め活発な討議が行われました。

「ICOM京都大会ICFA委員会における研究成果の公表と情報の共有「水口レイピアー日本で造られたヨーロッパの剣」」

ICOM京都大会ICFA委員会での発表風景

 令和元(2019)年9月1日(日)より7日(土)までの一週間、国立京都国際会館をメイン会場として開催された第25回ICOM(国際博物館会議)京都大会のICFA(International Committee for Museums and Collection of Fine Arts)委員会(美術の博物館・コレクション国際委員会)が3日に開催した個別セッション2「アジアの博物館における西洋美術、西洋博物館におけるアジア美術」において、文化財情報資料部の小林公治が甲賀市教育委員会の永井晃子氏と共同で、Minakuchi Rapier, European Sword produced in Japan(水口レイピア、日本で造られたヨーロッパの剣)と題して発表を行いました。
 17世紀初め頃にもたらされたヨーロッパ製の細形洋剣を日本国内で模して製作されたこの水口レイピア(甲賀市藤栄神社所蔵十字形洋剣)については、2013年以来国内外の専門家と共同で調査と研究を行ってきたところであり、その経過と成果についてはこれまでもこの活動報告で一部を報告してきましたが(第10回文化財情報資料部研究会「甲賀市藤栄神社所蔵の十字形洋剣に対する検討」の開催 https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/243895.html、甲賀市水口藤栄神社所蔵十字形洋剣に対するメトロポリタン美術館専門家の調査と第7回文化財情報資料部研究会での発表 https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/247392.html)、今回の発表では、これまでの調査後に新たに実施した大型放射光施設SPring-8での剣身部分析結果や、その後の歴史的検討を含めた全体的な内容を加えたほか、地球規模での文化交流が起きた17世紀の日本にこうした洋式剣が存在し、さらにそれに良く似せた模造品の製作がこの当時に行われ現在まで伝世していることを欧米を含む世界に向けて発信することを目的として行ったものです。
 満席の発表会場からは洋式剣が模造製作された背景にはどのような意識があったのかといったさまざまな質問や議論がなされ、こうした文化財が日本に存在することに対して広い関心が示されました。

彫刻家・小室達についての基礎研究―文化財情報資料部研究会の開催

「伊達政宗騎馬像」(1935年完成、絵葉書より)
研究会の様子

 小室達(1899~1953)は、宮城県槻木町(現、柴田町)出身の彫刻家であり、仙台城に設置されている「伊達政宗騎馬像」(1935年完成)の作者です。同作は、観光地のシンボルとして有名ですが、作者自身の制作活動は、これまで広く知られていません。
 令和元(2019)年8月26日、文化財情報資料部では、野城今日子(当部アソシエイトフェロー)が、「彫刻家・小室達 基礎研究」と題した研究発表をおこない、遺されたアルバムや日記などの資料をもとに、小室の生涯と作品を整理した上で、代表作の「伊達政宗騎馬像」について考察しました。
 小室は、戦前の東京における団体展で作品を発表した一方、地元の宮城県では、郷土の名士たちの肖像彫刻や銅像、木彫作品を制作し、活動を展開しました。その中で地元の権力者や有識者との関係を培い、支持を得たと考えられます。また、「伊達政宗騎馬像」の制作時には、地元の郷土史家の意見をできるだけ取り入れ、「平和事業」をおこなった伊達政宗の姿を表したことを今回の発表で明らかにしました。
 現在、東京で活躍した彫刻家の動向は明らかになりつつありますが、小室のように、地方において制作活動を展開させた彫刻家は、作品や、詳細な動向が確認できる例が少ないため、今後さらに研究を深めていく必要があります。
 なお、今回は、コメンテーターとして小室の資料を所蔵する、しばたの郷土館の小玉敏氏をはじめ、大分大学の田中修二氏、台東区立朝倉彫塑館の戸張泰子氏ら近代彫刻史の専門家を招き、東京、宮城における小室の作品の相違点や、「伊達政宗騎馬像」の作風について活発な意見交換がされました。

東京国立博物館所蔵国宝平安仏画のウェブコンテンツ公開

国宝平安仏画ウェブコンテンツトップページ
普賢菩薩像の化仏

 東京文化財研究所は東京国立博物館の所蔵する仏教絵画について共同で調査研究を行っています。その成果公開の一環として、令和元(2019)年8月20日より、東京国立博物館所蔵国宝平安仏画4点(普賢菩薩像、虚空蔵菩薩像、千手観音像、孔雀明王像)に関するウェブコンテンツ(tnm-tobunken.tobunken.go.jp)公開をはじめました。
 絵画は一見平面に見えますが、実は絹や紙といった支持体に色料が複雑に重ねられた複層的なもので、それらが光を受け、層に反射もしくは透過した光の複合体を目でとらえて、私たちは絵画イメージを形成しています。そこには、絵が描きあげられる過程や、完成後にその作品に起こったことの痕跡が積み重なっています。
 それらをとらえるためには、顔料の粒子の大きさや形状、画絹の織り方や経糸・緯糸の太さとなど、材料や、それらの層の重なりに関する情報が重要な手がかりとなります。そうした絵画の深層を、作品に触れたり、分析のための試料を採取したりすることなく把握する方法として、光学的調査は最も有効なものの一つです。当研究所は、その前身である帝国美術院付属美術研究所が1930年に開所して間もなく、美術工芸品の光学調査をアジア諸国に先駆けて開始し、今日まで継続してきました。このたびの共同調査も光学的調査法に基づくものです。
 平安仏画には仏の衣や瓔珞に細かく繊細な文様を施すなど、現世を超越した仏の世界を一幅の絵に表す入念な描写が見られます。しかし、作品保護のため、それらをとらえられるほど作品に近づいて見られる機会は稀です。このたびのウェブコンテンツでは、作品の高精細写真をご自身のPCやタブレット端末でご覧いただくことができます。現在、公開しているのは、全体からある程度の細部を拡大して見ることができる可視光による写真のみですが、詳細な細部や、赤外線や蛍光、X線による写真、絵画材料に含まれる元素の蛍光X線分析の結果も順次公開する予定です。今後の展開にどうぞご期待ください。

戦後日本美術アーカイブズの研究活用に向けて―文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子

 令和元(2019)年7月23日、本年度文化財情報資料部第4回研究会が開催されました。今回は、「戦後日本美術アーカイブズの研究活用に向けて―松澤宥アーカイブを例に」と題したミニ・シンポジウム形式の研究会でした。
 前半は、橘川英規(文化財情報資料部)「1950年代、60年代の松澤宥宛書簡」、木内真由美氏(長野県信濃美術館)「松澤宥アトリエ「プサイの部屋」の調査・記録報告」、宮田有香氏(国立国際美術館)「松澤宥アーカイブ―内科画廊関連資料を通じて考える利用の可能性」、細谷修平氏(美術・メディア研究者、映像作家)「映像メディアのデジタイズと保存―松澤資料を例に」の4件の発表・報告が行われ、後半のディスカッションは、塩谷純(文化財情報資料部)の司会により、松澤宥の作品・活動やそのアーカイブズの美術史的意義、アーカイブズ活用、その前提となるアーカイブズ整理方法(データ整理、資料保全)について議論を交わしました。また休憩時間には、松澤宥アーカイブの一部を関係者で閲覧する機会を設け、情報の交換を行いました。
 この研究会の聴講には、所外から松澤宥のご家族、美術館や大学などに所属する研究者、美術作家など40名あまりの方にお越しいただきました。現在、科研費課題としても松澤宥アーカイブを軸にした研究に取り組んでおり、その最終年となる令和2年度にシンポジウム開催を予定しております。これに向けて、多様な分野の研究者と共同して、松澤宥アーカイブの美術史的、文化史的意義について研究してきたいと考えています。

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