菅沼貞三旧蔵資料の公開
菅沼貞三氏(1900~1993)は、東京文化財研究所の前身である美術研究所に勤務したのち慶應義塾大学教授として日本近世絵画、特に文人画の研究に取り組み、多くの論文・書籍を執筆しました。慶應大学在職時に氏が収集した資料は長らく美学美術史学の研究室に保管されていましたが、研究室を引き継いだ河合正朝氏(慶應義塾大学名誉教授)から令和4年(2022)に東京文化財研究所に寄贈されました。資料の大半は台紙貼りの紙焼き写真で、文人画を中心とした近世絵画の他に、障壁画や建築、彫刻など同じく慶應義塾大学文学部教授で日本彫刻史研究の泰斗であった西川新次氏(1920~1999)が収集した写真資料も含まれています。文化財情報資料部では、安永拓世氏(成城大学)の協力を得て資料の整理と目録化を進め、この度ウェブサイトですべての資料の目録およびフィルムのデジタル画像を公開しました(https://www.tobunken.go.jp/materials/suganuma_print)。とりわけ文人画と障壁画の資料の中には現在は所在不明の作品や撮影当時から所蔵者が変更となった作品も含まれており、現在の作品研究においても非常に有効な資料群と言えます。なお、実際の資料は資料閲覧室のキャビネットに保管されており、来所して閲覧することができます。資料閲覧室の利用方法はウェブサイトをご覧ください。
「山崎架橋図」(和泉市久保惣記念美術館)のデジタルコンテンツのウェブ公開
東京文化財研究所は令和6(2024)年に和泉市久保惣記念美術館と共同研究の覚書を締結し、同館所蔵作品の調査研究を行い、令和7(2025)年9月には「山崎架橋図」についての研究会を開催しました。(https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/2403901.html)このたび「山崎架橋図」の光学調査の成果を広く公開することを目指してデジタルコンテンツを作成し、オープンアクセスのデジタルコンテンツとして公開を開始しました。日本語と英語で作品や調査手法などについて解説し、作品のカラー高精細画像、近赤外線画像、蛍光画像を自由自在に拡大・縮小して比較することができます。古美術作品は経年変化によって画面表面が見づらく、描写内容や細部表現を肉眼で識別することが難しいのが通例ですが、近赤外線画像では墨の線描が克明に観察することができ、蛍光画像では修復の際に施された補絹の状態や彩色材料の違いなどを認識することができます。また画面下部の縁起文は、文字を識別しやすくするような撮影手法・画像処理技術を開発しました。これまでの研究では江戸時代後期の附属文書による縁起文が参照されてきましたが、絵画表面上の文字情報が得られやすくなったことで、より深い考察が可能となります。今後の研究の進展が期待されます。鎌倉時代の息吹が感じられる絵画空間をぜひご鑑賞ください。
本法寺法華経曼荼羅図デジタルコンテンツの公開
富山県八尾市の古刹・本法寺に伝わる法華経曼荼羅図は、『法華経』28品の内容を図解した大画面の絵画で、22幅一具(セット)の大規模な作例として他に類をみません。鎌倉時代末期の嘉暦元年から3年(1326~28)にかけて製作されたと考えられ、年代が分かっている点でも貴重です。例年、8月6日の風入法要では堂内に法華経曼荼羅図が掛けられ、絵解きが行われており、地域に根付いた信仰のあり方が現在まで継承されていることが実感できます。
東京文化財研究所では本法寺法華経曼荼羅図の研究に長年取り組まれてきた原口志津子氏(奈良大学)より、調査で撮影された高精細画像のデータをご寄贈いただき、法華経曼荼羅図全22幅のカラー画像と赤外線画像、そして付属資料の画像を見ることができるデジタルコンテンツを作成、令和8年(2026)3月に東京文化財研究所(資料閲覧室)での限定公開を開始しました。
(https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/library_collection/index.html#digitalcontents)。
本法寺法華経曼荼羅図は極めて貴重な作例であるにも関わらず、点数の多さからまとまって展示されたことが殆どなく、また、書籍に掲載されている図版にも限界があるため細部の観察が十分にはできませんでした。この度公開したデジタルコンテンツでは画面の各部分を拡大して見ることができ、さらに赤外線画像との比較も可能です。これを機に多くの方に法華経曼荼羅図の豊穣な世界を知っていただければ幸いです。デジタルコンテンツのご利用については東京文化財研究所のウェブサイトをご覧ください。
https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/library_collection/index.html
なお、公開にあたっては本法寺様からご協力とご高配を賜りました。心より御礼を申し上げます。
※所属は当時のものです。
長谷寺十一面観音像と蓮華王院千手観音・二十八部衆像についてー令和7年度第10回文化財情報資料部研究会の開催
令和8年(2026)3月16日に開催された第10回文化財情報資料部研究会では米沢玲(文化財情報資料部)と奧健夫氏(武蔵野美術大学)による研究発表が行われました。
まず米沢は「調査報告 長谷寺 銅造十一面観音立像」と題して、奈良・長谷寺の十一面観音立像の概要について報告しました。長谷寺像は鎌倉時代に制作された金銅仏で、長谷寺本尊を模した十一面観音立像と考えられています。米沢は本像について様式や図像に検討を加え、さらに鋳造技法に特異な点がみられることを指摘しました。
続いて奥氏による「蓮華王院本堂千手観音・二十八部衆像再考」と題した研究発表が行われました。京都・蓮華王院本堂(三十三間堂)は長寛二年(1164)に建立されたものの鎌倉時代の大火によって焼失し、文永三年(1266)に再建されたことはよく知られています。奥氏は本尊千手観音像の眷属である二十八部衆像について、まず『山槐記』の記事から創建当初には存在していたことを前提とし、現存する像の多くが平安時代の創建当初に制作されたものであること、また鎌倉時代に再興された像も基本的には創建当初像に倣った姿であることを指摘しました。二十八部衆像の制作年代に関しては作風に加えて制作技法の特徴を挙げて論証し、文化財修理の現場に長年携わってきた奥氏の知見に基づいた非常に説得的な内容でした。さらに、二十八部衆像のうち婆数仙像には中国・五台山に対する信仰が反映されている可能性について論じ、後白河院による創建当初の構想にも言及しました。
奥氏の発表は二十八部衆像の研究史に大きな一石を投じるもので、終了後には参加者から活発な意見が交わされ大変有意義な研究会となりました。
柳澤孝資料デジタル化フィルムのリスト公開
東京文化財研究所の前身である美術研究所に長らく奉職した柳澤孝氏(1926〜2003)は日本仏教絵画史の第一線の研究者として晩年まで活躍し、緻密かつ極めて鋭い観察眼によって研究史の基礎となる論文を数多く執筆しました。柳澤氏の没後、自宅に保管されていた大量の写真フィルムはそのほとんどが教鞭をとっていた慶應義塾大学美学美術史研究室に寄贈されましたが、研究所の職務に関わって撮影されたとみられるフィルムは文化財情報資料部で受け入れました。
柳澤氏の没後から20年以上を経て、国内外で行なった調査で撮影されたポジフィルムおよび収集した紙焼き写真のコレクション計1,297点をすべてデジタル化し、東京文化財研究所のウェブサイトでデータベースを公開しました。
https://www.tobunken.go.jp/materials/yanagisawa_film
ポジフィルムの中には当時まだ珍しかった赤外線ビデオカメラで撮影された作品画像が含まれており、戦後の早い時期から科学的手法を文化財調査に取り入れていた美術研究所の軌跡を知る上でも大変貴重なものと言えます。デジタル化した画像は資料閲覧室内で公開しています。ご利用についてはウェブサイトをご覧ください。
https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/application/application_image.html
木村荘八自筆資料に見る昭和初期の油彩画制作:令和7年度第11回文化財情報資料部研究会の開催
東京文化財研究所の所蔵資料は、主に研究者に向けて公開され活用されていますが、収集経緯を含めた資料の歴史に光があたることは、実はそう多くありません。今回は「木村荘八自筆資料」という大正から昭和を通じて活動した洋画家の木村荘八が遺した資料を対象に、在職中に資料収集を主導した田中淳氏(客員研究員、大川美術館館長)と、文学研究の立場に基づいて近年調査を進めてきた新井由美氏(奈良工業高等専門学校准教授)に登壇頂き、この資料の意義を解き明かし、研究成果を報告して頂きました。演題は「東京文化財研究所における木村荘八資料の収集経緯について」(田中淳氏)、「木村荘八「パンの会」制作に関する諸問題 ―東文研所蔵資料「木村荘八制作ノート 自昭和五年至昭和廿一年」を中心として」(新井由美氏)です。
まず田中淳氏は、木村荘八資料を東文研で所蔵し、他機関と連携して翻刻・研究を行ってきた30年近くにわたる経緯を報告し、また家中に手帳を置き手当たり次第に書くメモ魔であったという、木村本人と交流のあった資料旧蔵者による証言などを紹介しました。
次に新井由美氏は、資料の中で昭和初期の日記を対象とし、時系列が錯綜する資料の状況を整理した上で、木村の代表作のひとつである油彩画《パンの会》(1928年、北野美術館蔵)を中心に、絵画制作に関係する記述について論じました。
田中氏の語った「メモ魔」というイメージと、新井氏の指摘した、同じ日記帳の中で別時期に書かれた内容が入り混じる木村の記述スタイルとが完全に一致していたこともあり、質疑応答の時間には、実際の資料を見ながら木村荘八の人間像に迫る意見が活発に交わされました。
本研究会は、美術史研究者と文学研究者が集い、ひとりの画家の記録を通して昭和初期の状況について意見を交換する、貴重な機会となりました。
「國華社旧蔵写真資料データベース」の公開
このたび文化財情報資料部では「國華社旧蔵写真資料データベース」を公開しました。
『國華』は明治22年(1889)に岡倉天心や高橋健三らによって創刊された日本および東洋美術を対象とする研究雑誌です。現在も刊行が続く美術雑誌としては世界で最も歴史あるもののひとつであり、かつて散逸の危機にあった日本美術の価値を世界に紹介し、文化の保護を啓発することを目的として誕生しました。誌名の「國華」は創刊の辞の一節「美術は国の精華なり」に由来するもとされます。
國華社旧蔵写真資料は、この130年を超える歴史を持つ『國華』の編集過程において、長年にわたり蓄積・保管されてきた写真資料群です。創刊当初より図版の質に徹底してこだわり、創刊時は写真印刷術の第一人者であった小川一真を起用したコロタイプ印刷や、一流の職人による木版画などを用いて美術作品を再現してきました。本資料群は、こうした厳格な編集作業の系譜のもとに作成された記録を基礎としています。これらの写真資料は、美術史研究における重要な基礎資料です。
これらの貴重な資料を研究に役立てるため、國華社より寄贈を受けた資料の一部を「國華社旧蔵写真資料データベース」として公開いたしました。本データベースは研究利用における即時性と資料の共有を重視し、随時内容の追加・更新を行ってまいります。
https://www.tobunken.go.jp/materials/kokka-sha_photo
批評家・添田達嶺のいとなみ―令和7年度第9回文化財情報資料部研究会の開催
近現代美術の研究において、作品を生み出す作家を対象とするのはもちろんですが、作家や作品を評価し、文筆を通して後世に伝える批評家について調査し、考察することも重要です。3月4日の文化財情報資料部研究会では、『日本画壇争闘史』(1924年刊)、『南画と文人画の鑑賞』(1934年刊)、『半古と楓湖』(1955年刊)等、多くの著作を残した添田達嶺(1888~1971)をテーマに、2名の研究者による発表が行なわれました。
迫内祐司氏(小杉放菴記念日光美術館学芸員)による発表「添田達嶺とその資料について」では、これまでほとんど知られることのなかった達嶺の生涯と業績が詳らかにされました。続く堀宜雄氏(福島県立美術館専門員)の「書簡資料にみる添田達嶺と東西日本画家との交流」では、遺された達嶺宛ての書簡の中から、金島桂華、土田麦僊、堂本印象、堅山南風、酒井三良といった東西の日本画家によるものを紹介、その交流の一端をひもときました。
この度のお二人の研究は、出光美術館の助成を受けて行なわれた、添田家に伝わる資料群の調査に基づくものです。研究会には、この調査に加わった伊能あずさ氏(川越市立美術館学芸員)、田邊健氏(小杉放菴記念日光美術館学芸員)も参加、また達嶺の孫である江中(添田)里子先生(昭和女子大学名誉教授)にもご出席いただきました。発表後のディスカッションでは、江中先生の回想も交えながら、達嶺の美術史における位置、そして遺された資料群の今後の活用について意見が交わされました。
酒呑童子絵巻のデジタルコンテンツの作成と公開
令和7(2025)年5月に東京文化財研究所資料閲覧室内での画像閲覧専用端末で、住吉廣行筆「酒呑童子絵巻」(6巻、ライプツィヒ・グラッシー民族博物館蔵、以下ライプツィヒ本)のデジタルコンテンツの公開を開始したのに続き[令和7(2025)年5月活動報告:https://www.tobunken.go.jp/
materials/katudo/2391511.html]、根津美術館所蔵の伝狩野山楽筆(3巻、以下伝山楽本)と住吉弘尚筆(8巻、以下弘尚本)の酒呑童子絵巻のデジタルコンテンツを限定公開しました。伝山楽本は謹直な描線と濃密な彩色によって絵巻という画面形式を最大限活かして酒呑童子の物語が躍動的に表されています。また弘尚本は他に例のない8巻からなる酒呑童子絵巻として根津美術館での展覧会などでも注目され、ライプツィヒ本を継承する作品です。絵巻という横に長く続く画面形式から、伝山楽本も弘尚本も、絵巻全体の画像を概観することのできる紙の書籍などは存在していません。コピーやプリントアウトなどはできない閲覧限定コンテンツですが、豊富な描写内容を持つ絵巻の各場面を自由に拡大して見ることができます。研究資料としてご活用いただければ幸いです。
https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/
library/library_collection/index.html
このデジタルコンテンツは科研費・基盤研究B「酒呑童子絵巻の研究」(22H00623)の成果の一部です。
作家資料はどう生き続けるか― 令和7年度第8回文化財情報資料部研究会の開催
令和8(2026)年2月17日、東京文化財研究所において文化財情報資料部研究会を開催しました 。本研究会では、近年進展著しい作家資料の体系的な整理と公開をテーマに、望月桂と松澤宥という二人の作家をめぐるアーカイブ構築の実践を取り上げました。資料を「残す」技術と、展覧会やデジタルアーカイブを通じて「活かす」実践の両面から、作家資料の継承のあり方を考察しました。
第1部「望月桂関係資料をめぐって」では、まず安曇野市教育委員会・塩原理絵子氏より、地域における資料調査のプロセスと今後の展望が報告されました。続いて、国立アートリサーチセンター・谷口英理氏と文化財情報資料部アソシエイトフェロー・山永尚美より、同資料の受入れ・編成・公開に関する手法の意義について中間報告が行われました 。
第2部「松澤宥旧蔵資料をめぐって」では、県立長野図書館・槌賀基範氏より、地域の「知の共有地」を目指す「信州デジタルコモンズ」の取り組みと、作家資料を含むデジタルアーカイブの仕組みが紹介されました。最後に文化財情報資料部近現代視覚芸術研究室長・橘川英規が、多層的な活動の結節点としての東京文化財研究所資料閲覧室における資料提供のあり方と、作家資料として受贈し、機能させるための仕組みを展望しました 。
各報告ののちに行われた意見交換と質疑応答では、上席研究員・塩谷純と橘川が司会を務め、このような作家資料が社会へ開いていくための課題や、社会的基盤としての可能性について活発な意見交換が行われました。生成された膨大な資料群を前に、各機関・研究チームがそれぞれの専門性を活かしてどのように役割・機能を分担し、作家資料の価値を次世代へ繋いでいくのか。本研究会は、実務と研究の両面からその具体的な方策を模索し続けるための、重要な契機となりました。
セインズベリー日本藝術研究所との研究交流―イギリスでの協議と講演
イギリス・ノリッチに所在するセインズベリー日本藝術研究所(Sainsbury Institute for the Study of Japanese Arts and Cultures、以下SISJAC)は、ヨーロッパにおける日本芸術文化研究の主要拠点の一つです。東京文化財研究所では、平成25(2013)年より、同研究所との共同事業を継続的に実施しています。
文化財情報資料部では、この共同事業の一環として、毎年研究員をイギリスに派遣し、関係者との協議や講演を行っています。令和7(2025)年度は、田代裕一朗および吉田暁子の2名が訪英しました。
今回の訪英では、まず12月4日、イースト・アングリア大学のアーラム・ホールにて、田代が「Japanese Residents of Colonial Korea and Their Relationship with Ceramics(植民地朝鮮の日本人と陶磁器)」と題した講演を行いました。本講演は、SISJAC所長のサイモン・ケイナー氏、ならびにイースト・アングリア大学教授のラー・メイソン氏による講演とあわせて開催され、講演後には三氏によるディスカッションも行われました。
講演後、田代と吉田は、准教授ユージニア・ボグダノヴァ=クマー氏をはじめとするSISJACのメンバーと、今後の共同事業について協議を行いました。ここでは、次年度に講演を予定している吉田がプレゼンテーションを行い、意見交換を通じて、次年度以降のより建設的な研究交流の在り方について話し合いました。
翌12月5日には、ノリッチからロンドンへ移動し、ユージニア氏の司会のもと、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)にて、田代が「Japanese “Kottō” Culture and Korean Ceramics(日本の骨董文化と韓国の陶磁器)」と題した講演を行いました。講演後には、同学院で学ぶ学生たちとのディスカッションも行われました。
文化財情報資料部では、このような研究交流に加え、欧米圏で開催された日本美術展覧会に関する情報を集積するデータベース事業も、SISJACと共同で進めています(※)。今後も「研究」と「アーカイブ」という二つの柱を軸に、SISJACとの連携を一層強化し、日英両国の学術研究に寄与していければ幸いです。
韓国・国立現代美術館からの来訪
令和7(2025)年12月18日、韓国の国立現代美術館の一行が、東京文化財研究所を来訪しました。同館は昭和44(1969)年に開館した文化体育観光部傘下の国立美術館で、現在、果川館、ソウル館、徳寿宮館、清州館の4館を運営しています。日本の多くの現代美術館とは異なり、近代美術も収集・研究の対象に含めている点に特色があり、韓国の近現代美術を代表する美術館として知られています。
文化財情報資料部では、6月にプロジェクト「文化財に関する調査研究成果および研究情報の共有に関する総合的研究」(シ01)の一環として、「韓国における美術アーカイブの現況調査」(※)を実施し、その際に国立現代美術館のアーカイブを見学調査しました。今回はその逆に、韓国から日本を訪問する形となり、アーキビストのイ・ジヒ学芸研究士をはじめ、パク・ヘソン学芸士、パク・スジン所蔵品管理課長の計3名が東文研を来訪しました。
今回の来訪に先立ち、6月に韓国を訪問した橘川英規(近現代視覚芸術研究室長)と田代裕一朗(文化財アーカイブズ研究室 研究員)は、10月15日に国立現代美術館のアーカイブ関係者とオンラインミーティングを行い、東京文化財研究所の沿革や、コレクション(所蔵資料)の形成過程およびその特質についてプレゼンテーションを行いました。こうした事前の交流を踏まえ、今回は「実際に資料を見る」ことに主眼を置いた案内が行われました。
一行は、橘川および田代の案内のもと、資料閲覧室から書庫へと順に見学を行い、数多くの資料の中から、とくに「日本に居住した韓国人(朝鮮人)美術作家」に関する画廊資料や展覧会資料を中心に閲覧しました。昭和5(1930)年に創設された帝国美術院附属美術研究所以来、東京文化財研究所では同時代的に資料を蓄積してきた経緯があり、コレクションの中でも近現代美術に関する資料がとくに充実しています。これらには、韓国の美術史研究においても重要な意義を持つ資料が数多く含まれています。一方、国立現代美術館も近現代美術を中心に資料収集を行っており、両機関のコレクションには共通点が多いといえます。
見学後の協議では、東京文化財研究所と国立現代美術館のコレクションが相互に補完し合う関係にあること、また、今後研究協力を進めていくことで、日韓両国の美術史学に寄与し得る可能性が確認されました。一過性の交流にとどまることなく、継続的に情報を共有し、交流を重ねていくことで、より実りある協力関係へと発展させていければと考えています。
※令和7(2025)年6月活動報告「韓国における美術アーカイブの現況調査」(https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/2396756.html)
「第59回オープンレクチャー かたちを見る、かたちを読む」開催
文化財情報資料部では、研究の成果を一般の方に向けて発表する機会として、毎年秋に「オープンレクチャー」を企画しています。このたびの「第59回オープンレクチャー かたちを見る、かたちを読む」は、令和7(2025)年11月13日、14日の2日間にわたって、東京文化財研究所セミナー室で開催し、4名の研究者が講演をおこないました。
1日目の講演のうち、「「銘文」を考える」(文化財情報資料部研究員・月村紀乃)では、作品研究において重要な手がかりとなる「銘文」に注目し、文字の形状や字種ごとの出現頻度という観点から、刀剣の銘文を捉え直す研究手法を提案しました。また、「画僧 風外本高(ふうがいほんこう)の絵画制作」(島根県立美術館学芸員・藤岡奈緒美氏)では、出雲国(現在の島根県)に多くの絵画作品を残した風外本高を取り上げ、その主題選択や描画技法に、版本や池大雅の存在が強く影響を与えていることが示されました。
2日目の講演では、「タイに渡った蒔絵工―鶴原善三郎と三木栄―」(文化財情報資料部文化財情報研究室長・二神葉子)で、20世紀初頭にタイに招かれた二人の日本人蒔絵工を題材に、従来知られていなかったタイ王室での待遇や漆工品制作などについて紹介しました。また「「帝鑑図」とは何か」(文化財情報資料部客員研究員・薬師寺君子)では、東京文化財研究所で所蔵するガラス乾板等の資料を使い、中国で出版された『帝鑑図説』の挿絵が、日本で帝鑑図として受容されていく過程を読み解きました。
講演には両日合わせて126名の参加者がありました。アンケートでは、回答者のおよそ9割から「たいへん満足した」、「おおむね満足だった」との評価が得られ、自由記述欄からも、講演内容への満足度の高さがうかがわれました。
「『日本美術年鑑』採録文献データベース」の公開について
『日本美術年鑑』(以下『年鑑』)は、日本国内の美術界における一年間の動向をまとめたデータブックで、昭和11(1936)年に東京文化財研究所の前身である帝国美術院附属美術研究所で刊行され、現在も刊行が継続されています。令和4年版(2025年1月刊行)より、『年鑑』を構成していた項目のうち「美術文献目録(定期刊行物所載文献)」の冊子掲載を終了し、これに代わって、同目録を収録した「『日本美術年鑑』採録文献データベース」をウェブサイト上で公開しています。(https://www.tobunken.go.jp/yearbook/articles_from_periodicals)
本データベースは、冊子版と同様に、内容に即した分類ごとに文献を掲載することに主眼を置いています。特定の作家や美術館などに関する文献を調べたい場合は、一般的なデータベースと同様にキーワードによる検索が可能です。しかし、『年鑑』において「保存修復」や「文化財行政」などに分類される文献のなかには、適切なキーワードの設定が難しいものも含まれています。そのため、分類ごとに文献群を参照できる本データベースは、従来の冊子版のように、キーワード検索では把握しにくい各分野の動向を把握するうえで有効です。
現在は、冊子での掲載を終了した令和3(2021)年1月1日から令和4(2022)年12月31日までに刊行された雑誌や新聞の文献目録を公開しています。今後は、令和2(2020) 年以前に発表された最新の文献情報を公開していくことを計画しています。こうした取り組みによって、冊子版『年鑑』が長年にわたり果たしてきた日本国内の美術界の動向を体系的に把握する役割を、今後も維持し、発展させてまいります。なお、データベースは現状、起動に10秒ほど時間がかかる状態となっており、表示速度改善に向けた検証と調整を進めております。
文化財(美術工芸品)の修理記録データベースの開発過程―「Clarisカンファレンス2025」での報告
東京文化財研究所文化財情報資料部では、Claris International Inc.が提供するローコード開発プラットフォーム「Claris FileMaker」を用いて、およそ100の様々なデータベースを共有しており、文化庁「美術工芸品修理のための用具・原材料と生産技術の保護・育成等促進事業」の成果である「文化財(美術工芸品)の修理記録データベース」もその一つです。令和7(2025)年11月7日、東京文化財研究所は同社主催の「Clarisカンファレンス2025」において、本データベースに関する報告を行いました。
データベースの「作る」「貯める」「取り出す」「見せる」という各作業段階に対して、本データベースはこれらを一つの統合システム上で行うのではなく、複数のソフトウェアを利用し、データのみを共有する形でシステムを運用している点に特徴があります。具体的には、Microsoft Excel で作成したデータをClaris FileMaker に取り込み、公開に際してはWordPressを用いるという運用です。
報告「基準なき文化財修理記録のデータベース化を支えた Claris FileMaker の高い柔軟性」(発表者:小山田智寛・山永尚美・田良島哲・江村知子(文化財情報資料部))では、こうした運用が各作業段階に自由度の高さをもたらし、柔軟なレイアウト設計とスピーディーな要件定義を可能にしたことを述べました。こうした「作りながら考える」という開発プロセスのもと、今後も試行錯誤を繰り返しながら、多くの方のお役に立てる修理記録データベースの設計と構築を目指してまいります。
*今年度の事業成果は「2025年度 美術工芸品修理のための用具・原材料と生産技術の保護・育成等促進事業 報告会」(令和8(2026)年2月6日開催、https://www.tobunken.go.jp/info/event/2026/0206/)にて報告予定です。
東京国立博物館での講演
令和7(2025)年11月15日、東京国立博物館・平成館大講堂にて開催された月例講演会に、文化財情報資料部研究員の田代裕一朗(東京国立博物館学芸研究部調査研究課東洋室 研究員 併任)が登壇し、「韓国のやきもの、その美を探る」と題した講演を行いました。本講演は、東洋館で開催されていた「博物館でアジアの旅 日韓国交正常化60周年 てくてくコリア―韓国文化のさんぽみち―」展(9月23日~11月16日)の関連企画として実施されたものです。
講演では、まず展示作品を中心に、高麗時代の青磁から朝鮮時代の粉青沙器・白磁に至るまで、時代ごとの美的特徴を概観しました。そのうえで鑑賞史をひもときながら、やきものに向けられた日本人と韓国人のまなざしの違いについて、講師の韓国での体験談を交えた解説が行われました。
今回の講演は、単なる知識の伝達にとどまらず、展示を通して実物を見て確かめることのできる機会であったことから、韓国のやきものについて考えていただくうえで、有意義な場となったのではないかと思います。今後も、論文や研究発表などの学術研究活動と並行しながら、そうした活動を通して得られた成果や知見を、広く社会に還元していければと考えています。
参考:東京国立博物館 講演会・講座
https://www.tnm.jp/modules/r_event/index.php?controller=list&cid=1
活動報告「京都府寺院重宝調査記録(赤松調書)データベースの公開」
京都府文化財保護課には、戦前から今日に至るまでの京都府内の文化財調査に関わる膨大な資料群が所蔵されています。この資料群の重要性と、また将来に渡って保存すべき公共性を鑑みて、東京文化財研究所と京都府教育委員会は平成30(2018)年に資料のデジタル化に関する共同事業の覚書を取り交わし、京都府から寄託された資料の整理とアーカイブの構築に取り組んでまいりました。
このたび、その資料群のうち「赤松調書」と通称される京都府寺院重宝調査記録の目録とデジタル化した調書のデータベースを公開いたしました。京都府文化財保護課長を務めた赤松俊秀(1907~1979)が中心となって昭和16(1941)年から京都府内で網羅的に実施した宝物調査の記録文書で、一部に欠本があるものの現存する簿冊92冊、調書21,871点、調査対象となった寺院は1,581件にのぼります。これまで京都府の内部資料として保管されてきた赤松調書をすべてデジタル化し、記載された宝物の情報を可能な限り目録として登録した唯一無二のデータベースです。調査された宝物の中には、すでに災害や盗難によって失われたものも含まれており、80年以上を経た記録としてとても貴重な資料です。調書のデジタル画像は資料閲覧室で公開しており、目録の一部は東京文化財研究所のウェブサイトからもアクセスが可能です。なお、京都府から寄託されている他の資料についても漸次整理を進めており、今後公開してまいります。
赤松調書のデジタル化と整理には約5年を要し、その間に5名の学生アシスタントの方々が入力作業に尽力してくださいました。本データベースが今後の文化財研究の一助となることを願うと同時に、ご協力いただいた皆様に心より御礼を申し上げます。
WordCamp Kansai 2025への参加
東京文化財研究所では、平成26年(2014)年にウェブコンテンツ管理システム WordPress を利用した文化財情報データベースを開発し、現在まで運用を継続しています。 およそ10年におよぶ運用を通じて得られた知見について、折に触れて学会等で報告してきましたが、令和7年(2025)年11月2日にはWordPressの地域コミュニティが主催するカンファレンス WordCamp Kansai 2025(https://kansai.wordcamp.org/2025/) において、「データベース構造から改めてWordPressを考える」と題し、文化財情報資料部の小山田智寛、石灰秀行、二神葉子が報告を行いました。
WordPressの画面デザインやデータの入力方法に関しては、多くの情報が公開されています。しかし、データベース構造に関する情報はそれほど多くはありません。東京文化財研究所では、WordPressを文化財情報データベースの公開システムとして利用しているため、WordPressのデータベース構造と文化財情報をどう組み合わせるか、という課題に運用開始以来取り組んでいます。 セッションでは、この観点から、 WordPressのデータ保存の仕組みについて、東京文化財研究所でこれまでに公開してきた文化財情報データベースの実例を取り上げて解説しました。また、WordPress上で大きな画像ファイルをBase64エンコードでテキスト化して取り扱う検証や、文化財情報の公開のために作られたCMS(コンテンツ管理システム)であるOmeka S (https://omeka.org/s/)とWordPressの比較等についても報告いたしました。
質疑応答では、東京文化財研究所で行っている検証について、表示速度が落ちるのではないか、との指摘がありました。一般的なウェブサイトでは表示速度は重要な指標です。しかし東京文化財研究所にとっては、テキストをプリントアウトすることによるバックアップの可能性の検証にもなることを説明いたしました。
このようにセッションを通して、一般的なブログや企業ウェブサイト構築とは、技術的な優先度が異なる点が明らかになるなど、カンファレンス参加者の関心を引くことができました。今後も文化財情報の発信に加えて、その管理や保存についても最適な方法を研究して参ります。
国宝修理装潢師連盟 第29回定期研修会でのポスター発表
東京文化財研究所は、令和4(2022)年度より文化庁が進める「文化財の匠プロジェクト」の一環である「美術工芸品修理のための用具・原材料と生産技術の保護・育成等促進事業」に携わっております。令和7(2025)年10月3日、一般社団法人国宝修理装潢師(そうこうし)連盟が主催する第 29 回定期研修会において、本事業の成果である「文化財(美術工芸品)の修理記録データベース」についてポスター発表を行いました。
国宝修理装潢師連盟は、絵画、書跡・典籍、歴史資料といった美術工芸品を中心とした文化財の保存修理を専門に行う技術者の集団であり、現在の加盟工房は10社、所属する登録技術者は約140名に及びます(令和7年時点)。同連盟は、国の選定保存技術である装潢修理技術の保存団体に認定されており、年に一度開催される定期研修会には、各地から多くの修理技術者や専門家が集います(令和7年度の参加者数は376名)。
当日は、朝賀浩・皇居三の丸尚蔵館特任研究員ならびに綿田稔・文化庁文化財第一課主任文化財調査官より、肖像画と水墨画の鑑賞と保存にまつわる講演が行われました。また、各加盟工房により修理事例の報告がなされる中、東京文化財研究所は「文化財(美術工芸品)の修理記録データベースについて―「美術工芸品修理のための用具・原材料と生産技術の保護・育成等促進事業」事業報告―」という表題にてポスターセッションに参加し(発表者:山永尚美・小山田智寛・田良島哲・江村知子(文化財情報資料部))、データベース構築にあたっての調査手順、データ構造、収録範囲、今後の展望と課題、またその利用方法について報告しました。
会場では、修理技術者、博物館関係者、美術工芸品の修理を学ぶ大学院生などから多くの質問や感想をお寄せいただき、あわせて様々な理由から近年継承が困難になりつつある修理記録についても情報を得ることができました。こうして得られた知見は本プロジェクトへと還元し、引き続き修理記録の資源化やデータベースの運用に活かしていきたいと考えています。
イタリア諸機関における美術資料・歴史文書の調査
文化財情報資料部では、日本に関する美術資料およびその背景となる歴史的資料の調査を行っています。令和7(2025)年10月にはイタリアを訪問し、ローマおよびフィレンツェにおいて関連資料の調査を実施しました。
ローマのEUR地区に設立された文明博物館(Museo delle Civiltà)にはかつてイタリア国立東洋美術館およびピゴリーニ国立先史民族博物館の所蔵であったコレクションが収蔵されています。同館の東洋美術部門(Arti e Culture Asiatiche)のピエルフランチェスコ・フェーディ博士と面会し、作品調査および所蔵資料の照会を行いました。基盤となるジュゼッペ・トゥッチのコレクションをはじめ、ラグーザ夫妻のコレクションを含むピゴリーニ・コレクションに関する有意義な情報交換を行うことができました。
そして、ローマのリオーネ・ピーニャ地区にあるイタリア下院附属歴史公文書館(Archivio Storico della Camera dei Deputati)を訪問し、同館ディレクターであるパオロ・マッサ氏と面会しました。面会では、ムッソリーニ政権期における日本との文化交流および美術外交に関する一次資料の所在を確認することができました。これらの資料は、日伊間の外交関係における美術行政の実態を示す貴重な記録であり、当時の文化政策を考察するうえで極めて重要な史料といえます。
同館は、サルデーニャ王国期の1848年に議会活動を支援する目的で創設され、1865年にモンテチトリオ宮殿へ移転後、百年以上にわたり議会の知的基盤として機能してきました。1988年に一般公開が開始され、2007年には上院図書館と連携する「議会図書館センター(Polo Bibliotecario Parlamentare)」が設立されています。
イタリア下院の文書遺産は、1848年から今日に至るまで下院によって作成・取得された原資料および議会政治に関わる私的文書群から構成されており、同館のウェブサイトでは、電子化された目録や写真資料、デジタル・アーカイブなどを閲覧することができますhttps://archivio.camera.it/。
フィレンツェでは、アリナーリ写真財団(Fondazione Alinari per la Photographia)を訪問し、同財団ディレクターであるクラウディア・バロンチーニ氏と面会しました。19世紀にイタリアで最初の写真館として創立されたフラテッリ・アリナーリ社の事業を継承し、写真の保全と写真文化の普及を使命とする同財団は、美術館の開館準備中であり、現在はウェブサイト上で所蔵資料を公開しています。東文研の所蔵する森岡柳蔵旧蔵資料はこのフラテッリ・アリナーリ社による写真が大多数を占めるほか、矢代幸雄によるイタリア美術の写真もまた、同社に所属した写真師との関係が知られています。面会においては、東文研の所蔵するこれらの資料について、また東文研の活動について説明し、情報交換を行いました。
[森岡柳蔵旧蔵資料]
https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/2056691.html
今回の訪問を通じて、イタリアにおけるアーカイブは、記録の保存のみならず、「記憶を守る聖域」として位置づけられていることを強く感じました。このような認識は、文化財を「共有知」として扱ううえで、欠くことのできないものであり、知の「共有」と「責任」のあり方を見つめ直す貴重な示唆を得るものとなりました。
