研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
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データベース表示画面。リンクから各館の情報も参照できます。
現在も世界各国で猛威を振るう新型コロナウイルス感染症の流行は、美術館・博物館が開催する展覧会にも大きな影響を与えてきました。令和2(2020)年2月、政府による大規模イベント自粛の要請が出されたことにより、全国の美術館・博物館は一斉に臨時休館を余儀なくされ、その後も度重なる緊急事態宣言やまん延防止等重点措置によって、日本各地で展覧会の中止や延期が相次ぎました。東京文化財研究所では昭和10(1935)年以降に全国で開催された展覧会情報を集積し、データベースとして公開してきましたが(https://www.tobunken.go.jp/archives/文化財関連情報の検索/美術展覧会開催情報/)、このような状況を承けて令和2(2020)年5月から新型コロナウイルス流行の影響を受けた展覧会の情報収集を開始し、このたびデータベースとして公開しました(https://www.tobunken.go.jp/materials/exhibition_covid19)。
本データベースは日本博物館協会(https://www.j-muse.or.jp/)に加盟する美術館・博物館を中心に、そこで開催された文化財を取り扱う展覧会の中止や延期、途中閉幕などの状況を一覧できるものです。これまで展覧会の開催情報は主としてチラシや図録などの印刷物、年間の予定表や美術館・博物館のウェブサイトを典拠としてきましたが、感染症の流行とその措置に左右される状況下では日々情報が更新され、ウェブサイトでは本来の会期や中止となった展覧会情報がすでに削除されていることもあります。本データベースでは、開催館のウェブサイトを中心としてTwitterやFacebookなどSNSで発信された情報も広く収集し、臨時休館の期間や変更された会期情報を可能な限り拾い上げました。1,406件におよぶデータからは、この2年間に美術館・博物館が受けた影響の大きさを実感することができます。他方で、中止や延期となった特別展に代わる所蔵品による企画展や、SNSやオンライン・コンテンツを活用した事業が数多く見受けられるようになったのも、コロナ禍における新たな動向と言えます。
多くの美術館・博物館で臨時休館の措置が解かれた現在でも、予約制や人数制限、館内の消毒作業など感染症への対策が続けられており、今後も展覧会事業への影響は続くと見込まれます。当研究所では引き続き情報の収集に務め、長期的な影響の分析に取り組んでまいります。
ヴィデオ・アートの先駆者、久保田成子の初個展(東京・内科画廊、1963年12月)出品作品写真を納めた三木多聞宛久保田書簡
この度、令和3年度の文化財情報資料部の研究成果として、村松画廊資料、鷹見明彦旧蔵資料、三木多聞旧蔵資料という3つのアーカイブズ(文書)を公開いたしました。
村松画廊旧蔵資料は1966年から2009年までの同画廊での展覧会資料(案内はがき等のスクラップブック、展示記録写真アルバム)、鷹見明彦旧蔵資料は1990年代から2000年代までの画廊での展覧会、三木多聞旧蔵資料は1960年代前半の展覧会案内はがきを中心とした資料群です。
戦後の現代美術の作家研究において、画廊での個展調査は、もっとも基本にして重要な工程です。しかしながら、著名でない新進の作家の個展が美術雑誌や新聞に取り上げられることが稀であり、公刊されたメディアだけでは、会場や会期といった開催記録を特定する以上、つまり発表作品の様相や展示の実態を把握する調査を遂行することは、とても困難なプロセスです。
今回、公開した3つのアーカイブズには、展覧会の会場写真や展示作品の写真を多く収録しており、このような現代美術の研究における「壁」を越える支援ツールともいえます。これら3つのアーカイブズは資料閲覧室(予約制)で閲覧することができます。多くの研究者に活用していただき、研究の進展に寄与できればなによりです。
※資料閲覧室利用案内( https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/library.html )
アーカイブズ(文書)情報は、このページの下方に掲載されています。
松澤宥アーカイブズに関する研究会の様子
令和4(2022)年3月17日に、コンセプチュアル・アート(概念芸術)の先駆者、松澤宥(1922-2006)の活動の記録・整理に携わってきた専門家、あるいはその資料に新たな価値を見出す専門家・研究者をお招きして、オンライン併用で第9回文化財情報資料部研究会「松澤宥アーカイブズに関する研究会」を開催しました。
この研究会は、研究プロジェクト「近・現代美術に関する調査研究と資料集成」、科学研究費「ポスト1968年表現共同体の研究:松澤宥アーカイブズを基軸として」(研究代表者:橘川英規)の一環でもあり、以下の発表・報告をしていただきました。
木内真由美氏、古家満葉氏(長野県立美術館)「生誕100年松澤宥展:美術館による調査研究から展覧会開催まで」、井上絵美子氏(ニューヨーク市立大学ハンターカレッジ校)「松澤宥とラテン・アメリカ美術の交流について―CAyC(Centro de Arte y Comunicación / 芸術とコミュニケーションのセンター)資料を中心に」、橘川英規(文化財情報資料部)「松澤宥によるアーカイブ・プロジェクトData Center for Contemporary Art(DCCA) について」(以上、発表順)。
こののち、発表者4名と参加者(会場11名、オンライン33名)での意見交換を行いました。一般財団法人「松澤宥プサイの部屋」(理事長松澤春雄氏)の方々、松澤本人と交友のあった作家、美術館やアーカイブズ関係者を交え、話題は、松澤宥アーカイブズの研究資料としての意義と可能性、保存の課題など多岐にわたりました。
研究資料として有効であることは認識されていながら、長期的な保存が担保されていないアーカイブズ――松澤宥アーカイブズに限らず、そのような文化財アーカイブズを後世に伝えるために、今後も、私たちが担う役割を検討・実践していきたいと考えております。
『日本の芸能を支える技Ⅷ 能装束 佐々木能衣装』
無形文化遺産部では、「日本の芸能を支える技」を取り上げたパンフレットのシリーズ8冊目として『能装束 佐々木能衣装』を刊行しました。
「能装束製作」は令和2年度に国の選定保存技術に選定され、佐々木能衣装の四代目・佐々木洋次氏が保持者に認定されました。能装束は、作品や登場人物、流儀の伝承を踏まえつつ、新たな創意を汲んで製作されます。パンフレットでは、「紋紙製作」、「糸の準備」、「織り」、「仕上げ」の工程を、順を追って端的に紹介しています。
なお、技術の調査概要は「楽器を中心とした文化財保存技術の調査報告 5」(前原恵美・橋本かおる、『無形文化遺産研究報告』15、東京文化財研究所、2022)に掲載されています。併せてご参照下さい(追って当研究所のホームページでPDF公開予定)。
また、このパンフレットシリーズは、営利目的でなければ希望者にゆうパック着払いで発送します(在庫切れの場合はご了承ください)。ご希望の場合は、mukei_tobunken@nich.go.jp(無形文化遺産部)宛、1.送付先氏名、2.郵便番号・住所、3.電話番号、4.ご希望のパンフレット(Ⅰ~Ⅶ)と希望冊数をお知らせください。
〈これまでに刊行した同パンフレットシリーズ〉
・『日本の芸能を支える技Ⅰ 琵琶 石田克佳』
・『日本の芸能を支える技Ⅱ 三味線象牙駒 大河内正信』
・『日本の芸能を支える技Ⅲ 太棹三味線 井坂重男』
・『日本の芸能を支える技Ⅳ 雅楽管楽器 山田全一』
・『日本の芸能を支える技Ⅴ 調べ緒 山下雄治』
・『日本の芸能を支える技Ⅵ 三味線 東京和楽器』
・『日本の芸能を支える技Ⅶ 筝 国井久吉』
「小鼓組み立て」のデモンストレーション収録
演奏『水』(左から藤舎英心(太鼓)、藤舎雪丸(大鼓)、藤舎呂英・藤舎呂近 (以上小鼓)、福原寛瑞(笛))
座談会の様子
第15回公開学術講座は、「樹木利用の文化―桜をつかう、桜で奏でる―」と題し、コロナ禍の状況を鑑みて、映像収録したものを編集し、期間限定で当研究所のホームページより配信しています(5月末まで配信予定)。また、令和4年度には報告書を刊行予定です。
「桜」は日本人に広く親しまれている花で、芸能などでも様々にモチーフとして用いられてきましたが、今回の講座では、「めでたり演じたりする桜」だけでなく、「木材や樹皮などを利用する桜」という観点から桜に着目しました。
まず、桜をはじめとした「様々な樹木利用の現状と課題」について、川尻秀樹氏(岐阜県立森林文化アカデミー)に講演をお願いし、続いて無形文化遺産部研究員から、「民俗世界における樹木利用 ― 桜を中心に ―」(今石みぎわ)と「無形文化財と桜 ―つかう桜、奏でる桜 ―」(前原恵美)の報告を行いました。
その後、胴材に桜の木材が使われている小鼓を取り上げ、藤舎呂英氏(藤舎流囃子方)へのインタビュー「小鼓という楽器の魅力」と小鼓組み立てのデモンストレーション、呂英氏の作曲による演奏『水』を収録しました。そして最後に、川尻氏、呂英氏、今石と前原による座談会で締めくくりました。座談会は登壇者のそれぞれの立場を反映し、桜を含む広葉樹の需要の変化や林業の現状と「多様な森」を守る必要性、楽器の材としての桜の魅力や「本物」の楽器による普及の大切さなど、話題が多岐にわたりました。
今後も無形文化遺産部では、無形の文化財やそれを取り巻く技術、材料について、さまざまな課題を共有し、議論できる場を設けていきたいと思います。
大鼓の革の出来上がり(表・裏)
畑元太鼓店工房での記録調査
大鼓は、能楽や歌舞伎、邦楽などの囃子で用いられる楽器で、日本の芸能に欠かせないものの一つです。大鼓の演奏前には、準備として革を乾燥させるために焙じます。そのため、使用する度に革の消耗が激しく、10回程使うと新しいものに取り換えなければなりません。大鼓という楽器を維持するには革も欠かせない要素の一つであるため、「大鼓の革製作技術」(能楽大鼓(革)製作)は文化財を支える文化財保存技術としてとらえられています。
今回、無形文化遺産部では畑元太鼓店の畑元徹氏(東京都)のご協力を得て、「大鼓の革製作技術」について調査を行い、その成果の一部をもとに映像記録を作成しました(WEB上でもご覧になれます https://youtu.be/eml2A65kbtY)。革を加工して柔らかくし、麻紐を用いて革をかがる様子など製作工程を記録しました。畑元氏は伝統的な技法に基づきながらも、一部の作業工程では独自の工夫を考案して作業を行っておられます。そのため、商業上の配慮として公開用の映像に一部ボカシを加えている部分があります。また、技術をより詳細に記録するため、別途長時間の構成をおこなった映像記録も保管用として作成しました。
無形の文化財を支える様々な保存技術は、社会的な変容や後継者不足により、存続の危機に瀕しているものが少なくありません。保護の一助となるよう、無形文化遺産部では保存技術についても継続して調査を行っていければと考えています。
改修工事が竣工した実演記録室(スタジオ)の様子
東京文化財研究所では伝統芸能をはじめとする無形文化遺産の実演を、本研究所の施設である実演記録室で記録してきました。実演記録室には、主に映像を記録するのに用いられる「舞台」と、主に録音のために用いられる「スタジオ」の二つの部屋があります。このうち「舞台」では、これまで講談や落語といった演芸の記録を継続的に作成してきたのに加え、近年では宮薗節や常磐津、平家といった伝統音楽の収録も実施してきました。一方で「スタジオ」は老朽化のため近年ではほとんど使用されておらず、また録音のための音響機器も現在一般的となっているデジタル録音に十分対応できるものではありませんでした。そのため令和3年度にスタジオの大規模な改修工事を実施し、令和4(2022)年3月に工事が竣工しました。
改修されたスタジオの最も大きな特徴は、日本の伝統音楽の収録に特化した仕様となっていることです。まず床は檜張りとなっていますが、これは日本の伝統楽器の響きを生かすためのものです。また檜の床の下にはわずかな空間が設けられており、通気性を良くする工夫がなされています。これによってスタジオ内に湿度がこもって床材が曲がったりカビが生えたりするのを防ぐ効果が期待されます。
また壁面については、奥の壁面が緩い角度でジグザグに折れ曲がっていますが、これは日本の伝統音楽を演奏する際に背面に立てられる屏風を意識しています。屏風は見栄えを良くするだけではなく、音を反射させる役割も担っているのですが、このスタジオの奥の壁面もそうした効果をねらっています。加えて奥の壁面には引き戸のような仕掛けが上下三段にわたって設けられていますが、この仕掛けを開閉することで壁面からの音の反射の具合を調整することが出来ます。他にも、壁面には部分ごとに和紙(写真の白い部分)やクロス(写真の黒い部分)など異なる素材が用いられており、音の反射と吸収を調整しています。
そして天井には様々な角度を向いて取り付けられたパネルが取り付けられています。このうちあるものは音を反射させて演奏者に返す役割を持っていますが、あるものは音を吸収して反響を抑える役割を持っています。
現代的な音楽スタジオの多くは、壁面や天井に吸音材が張られ、音の反射が生じにくい作りとなっていますが、これは出来るだけ反響の少ない環境でクリアな音を録音することが求められているためです。しかし演奏者にとっては、反響の少ない環境で音を出すと、自分の出した音が自分に返ってこないので違和感を覚えるといいます。特に日本の伝統音楽はある程度の反響がある環境で演奏されることが多いので、実演を記録するという観点からは普段の演奏時に近い環境で収録することは重要です。しかし一方で、クリアな音を録音するためには反響が少ない環境の方が好ましいのも確かです。この二つの条件を両立させるのは難しいことですが、この新しいスタジオではそれを実現させるべく、演奏者に対して適度に音を返しつつ、可能な限りクリアな音を録音することができるように、巧みに計算された設計がなされています。
今回の改修では音響機器も一新され、今日一般的となっているデジタル録音に対応したものとなっています。この新しいスタジオを使った実演記録の作成は令和4年度から開始予定です。これまで以上の高品質で臨場感あふれる録音を行うことが出来ることを期待しています。
座談会でのプブ・ツェリン氏による講話の様子
東京文化財研究所ではブータン王国内務文化省文化局(DoC)が進める民家建築の保存活用に対する技術的な支援や人材育成の協力に取り組んでいます。令和元年度からは文化庁の文化遺産国際協力拠点交流事業を受託し、DoC遺産保存課(DCHS)との共同調査、また修復や改修を担う現地の人々に対する実習を中心に計画してきましたが、新型コロナウイルス感染症の世界的な蔓延によって現地への渡航が困難となり、令和2年度以降は行政用の参考書や学校用教材の作成など遠隔での実施が可能な内容に振り替えざるをえなくなりました。令和3年度は、新型コロナウイルス感染症の収束を期待して、共同調査を行う準備を整えていましたが、残念ながら実現には至らず、代替措置として令和4(2022)年3月7日、DoCとの合同調査会をオンラインで開催しました。
会議には、当研究所の事業担当者と協力専門家、DoCの事業担当者ら総勢22名が出席し、ブータン側から共同調査実施の前段階に共有すべき情報として、DCHS主任エンジニアのペマ氏が居住形態に注目したブータン中部及び東部地域の文化的・地域的特性について、また、DCHSアーキテクトのペマ・ワンチュク氏が同地域での民家建築調査の実施に向けた準備状況について発表しました。日本側からはブータンの歴史的建造物の耐震対策について現地で実証的な研究を続けている名古屋市立大学の青木孝義教授が同地域に多い石積造建築物の構造特性とその保存方法と課題について発表し、各発表での出席者からの積極的な質疑もあって、共同調査チームとしての知識の共有を図ることができました。あわせて、ブータンでの調査研究活動を行っている当研究所の久保田裕道無形民俗文化財研究室長とその協力者であるブータン東部タシガン県メラ出身のプブ・ツェリン氏による現地の日常生活や民間伝承に関する座談会形式の講話を行い、同地域に対する風俗的な観点から日本側出席者の基礎的な理解を深めることができました。
未だに新型コロナウイルス感染症の収束が見通せないなか、文化遺産国際協力拠点交流事業は図書類の制作をもって一つの区切りとしましたが、DCHSとの民家建築の共同調査は、ブータンとの往来の制限がなくなり次第、速やかに実施に移したいと考えています。
『伊藤延男資料目録』書影
東京文化財研究所では、令和3(2021)年9 月に元東京国立文化財研究所長・故伊藤延男氏が所蔵していた文化財保護行政実務等に関する資料一式の寄贈を受け、その整理を進めてきました(2021年9月の活動報告https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/919556.htmlを参照)。寄贈資料は大きく、1)国内の文化財保護関係の業務に関するもの、2)海外の文化財保護関係の業務に関するもの、3)建築史等の研究活動に関するもの、4)文化財保護等の民間活動に関するもの、5)執筆原稿、に分類でき、これに、6)図書、7)写真、を加えた7つの分類のもとに資料を編成し、この度『伊藤延男資料目録』として刊行しました。資料の総点数は2,185点で、現段階では詳細な情報が明らかでないものも含まれていますが、できるだけ早く資料そのものを必要とする研究者等の閲覧に供することが重要との観点から、大分類による整理ができた段階で公開することにしたものです。『伊藤延男資料目録』は当研究所の刊行物リポジトリ(https://tobunken.repo.nii.ac.jp/)でも公開する予定です。本資料が文化財保護に関する研究等に利用され、その発展に寄与していくことを願っています。