研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


ブータン王国アシ・ケサン王女の御来訪について

アシ・ケサン王女と所長

 ブータン王国アシ・ケサン王女が平成28年5月10日に当研究所に御来訪されました。
 文化財の修復・模写等に関して当研究所の活動を視察し今後の同国の文化財の保存活動の参考にされたいと御来訪いただいたもので、 所長挨拶の後、概要説明を研究支援推進部より行いました。その後文化遺産国際協力センターの友田保存計画研究室長より当研究所の東南アジア・南アジア関係の協力事業概要とブータンでの協力の御説明、加藤国際情報研究室長より在外日本古美術品保存修復協力事業について御説明しました。また保存科学研究センターからは、早川副センター長より文化財の材料の分析機器に関する御説明をし、森井主任研究員、貴田特別研究員より染織文化財の調査方法、日本画の緑青焼け劣化等について御説明しました。
 アシ・ケサン王女は当研究所職員の説明を真剣にお聞きになり、当研究所としても同国の文化財修復等に関して一定の役割を果たせたのではと思います。


「特別展 生誕150年 黒田清輝 日本近代絵画の巨匠」の開催

展覧会会場―黒田清輝のアトリエ再現と《昔語り》下絵類の展示
展覧会会場―東京駅帝室用玄関壁画再現のコーナーから《智・感・情》を望む

 日本美術の近代化のために力を尽くし、また当研究所の設立に大きく寄与した洋画家、黒田清輝(1866-1924)が生まれてから今年は150年目にあたります。これを記念して3月23日から5月15日まで「特別展 生誕150年 黒田清輝 日本近代絵画の巨匠」が東京国立博物館平成館で開催されました。開所以来、黒田の調査研究を継続して行なってきた当研究所も主催者としてその企画構成にたずさわり、これまでの研究成果を反映した展覧会となりました。
 本展では《読書》や《湖畔》といったなじみ深い代表作はもちろん、フランス留学中の作品にはじまり、黒田が主導した白馬会や文展の出品作、晩年の小品に至るまで200点余の黒田作品が一同に集結しました。また本展ならではの試みとして、黒田が留学中に影響を受けたフランスの画家の作品や、黒田と関わりのあった日本の洋画家の作品もあわせた展示を行ないました。とくにフランス絵画については、ゲストキュレーターにフランス近代美術を専門とする三浦篤氏(東京大学)をむかえ、黒田が私淑したジャン・フランソワ・ミレーの《羊飼いの少女》(オルセー美術館蔵)や黒田の師であるラファエル・コランの《フロレアル(花月)》(同館蔵、アラス美術館寄託)などフランスからの出品もあり、黒田をはじめとする日本の洋画家の作と比較することで、黒田が西洋美術の本流から何を学び、日本へもたらそうとしたのかをうかがう、よい機会となりました。
 本展では黒田のオリジナル作品をご覧いただく一方で、《朝妝》や《昔語り》といった戦災により焼失した作品については原寸大の画像を展示しました。とくに黒田の構想のもとに大正3年に完成した東京駅帝室用玄関の壁画は、昭和20年の空襲により焼失しましたが、残された写真をもとに当時の東京駅の映像も交えて、その雰囲気を体感するコーナーを設けました。
 お花見の季節からゴールデンウィークにかけての会期で、また各メディアでご好評をいただいたこともあり、本展は約18万2千人もの方々にご来場いただきました。本展を機に、日本近代美術における黒田の存在の大きさをあらためて実感していただけたのではないかと思います。本展は黒田の画業と生涯を総覧する機会となりましたが、その一方で当研究所が所蔵する黒田宛書簡など、黒田清輝についてはこれから解明すべき資料も残されています。当研究所では今後とも黒田に関する調査研究を進め、その成果を『美術研究』誌上やウェブサイトを通じて公開してまいりたいと思います。


文化財情報資料部研究会の開催―「滋賀・鶏足寺 七仏薬師如来像の造像をめぐる一考察」

研究会の発表の様子

 文化財情報資料部では所員だけでなく、他機関の研究者を発表者に向かえ、毎月1回、美術工芸品を中心とした文化財を考察対象する研究会を開催しています。5月は31日(火曜日)に開催いたしました。発表は東京国立博物館アソシエイトフェローの西木統政(にしきまさのり)氏を迎え、標記のタイトルでのご発表をいただきました。
 今回取り上げた滋賀・鶏足寺(けいそくじ)伝来の木造七仏薬師如来立像は、現存する七仏薬師如来像の稀有な作例として存在は早くから知られていましたが、これらを考察の対象として本格的に取り上げることはほとんどありませんでした。
 発表では、七尊各像の現地における実査による知見を踏まえ、本七尊像が天台系の七仏薬師如来立像の遺例であるとの認識のもと、漆箔を用いない素木(しらき)像であることに留意して、その規範を比叡山延暦寺一乗止観院根本中堂内に安置されていた木造の七仏薬師如来立像(逸亡)に求めるとともに、その当地での再現であるとの認識のもと考えるところを披瀝していただきました。
 発表後は研究会に参加者との活発な質疑応答・意見交換をあわせて行いました。


研究会「アート・アーカイヴのいま」の開催

研究会の様子

 研究会「アート・アーカイヴのいま」を5月14日に開催しました。この研究会は、現代ドイツのアート・アーカイヴ活動を主導するアーキヴィストで美術史学者ビルギト・ヨース氏(カッセル・ドクメンタ・アーカイヴ次期所長、ニュルンベルク・ドイツ民族博物館・ドイツ芸術アーカイヴ前所長、ベルリン・学術アカデミー・アーカイヴ前所長)をお迎きして、「アーカイヴ」の意義と課題を問うことを趣旨とするものでした。
 当日は、まず前田富士男氏(中部大学客員教授、慶應義塾大学名誉教授)から「芸術図書館とアーティスト・アーカイヴ―ドイツの伝統と〈アイコニック・ターン〉」と題してドイツにおけるアーカイヴの歴史などを紹介いただき、ヨース氏のご講演「ドイツにおけるアート・アーカイヴ―その概要」ではドイツの代表的なアート・アーカイヴを「Archives of Artists‘ Personal Papers」「Regional Art Archives」「Art Archives Focused on Particular Subjects」「Museum Archives」「Archives for Individual Artists」「Documentation Centers」に分類し、それぞれの特徴、設立背景などをご紹介いただきました。全体討議では、聴講者との活発な質疑応答が交わされ、ドイツと日本で共通する課題も挙がり、盛況裡に閉会いたしました。また研究会に先立って、ヨース氏ら関係者に、当研究所の資料閲覧室、書庫の視察をしていただき情報交換を行いました。
 なお、この研究会はアート・ドキュメンテーション学会美術館図書室SIGと当研究所との共催で、神奈川県立近代美術館と吉野石膏美術振興財団の後援をいただき、またJSPS科学研究費補助金「ミュージアムと研究機関の協働による制作者情報の統合」(研究代表者丸川雄二氏(国立民族学博物館))の一環の催事でもありました。研究会全体のモデレータは、川口雅子氏(国立西洋美術館)、皿井舞(当研究所文化財情報資料部)が務めました。


第12回太平洋芸術祭「第1回カヌーサミット」の開催

カヌーサミットの様子
カヌーの実演航海

 東京文化財研究所は文化庁委託事業「文化遺産国際拠点交流事業」の一環として、グアムでおこなわれた第12回太平洋芸術祭において、第1回「カヌーサミット」を2016年(平成28年)5月26日に開催しました。
 太平洋芸術祭は、太平洋地域の文化に関わる芸術家や専門家、コミュニティーの代表者を招いて4年に1度おこなわれるイベントで、今年は27の国・地域が参加し、約2週間の開催期間中には、太平洋地域の文化が抱える様々な課題についての会議、各地域の伝統舞踊や民族技術の実演が催されました。
 その中で「カヌーサミット」は、UNESCOと太平洋芸術祭事務局の協力の元、南山大学、Traditional Arts Committee, Guam、Tatasi Subcommittee, Guam、東京文化財研究所との共同で開催され、メラネシア・ポリネシア・ミクロネシアの各地域においてカヌー文化の保存と活用に携わる専門家や航海士らが一堂に会し、伝統的な航海術や、文化復興への取り組みについての紹介や議論が行われました。参加者は100余名におよびました。
 カヌー文化は、大洋州島しょ国の文化的象徴であり、無形文化遺産としても重要な価値を持っています。また近年では、二酸化炭素の排出が少ない「持続的な移動手段」としての再評価もおこなわれています。しかしながら、気候変動による災害やグローバリゼーションの影響から、こうした伝統文化をいかに保護し、若い世代へ継承していくかということが課題となっています。
 参加者からは、今回のサミットの開催は、各地で行われているカヌー文化の復興運動についての情報共有をおこなう大変貴重な機会であり、カヌー文化の次世代への継承のための歴史的に非常に有意義な次へのステップとなったとの感想を聞くことができました。


「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣

昨年度調査成果のプレゼンテーションの様子
シヴァ寺院からの倒壊部材調査

 東京文化財研究所は、2015年のネパール・ゴルカ地震によって被災した文化遺産の保護に関する調査・支援を昨年度より行なっています。本年度は、文化庁より文化遺産国際協力拠点交流事業(ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業)の委託を受け、4月28日から5月8日まで現地派遣を実施しました。
 今回はまず、ネパール考古局およびユネスコ・カトマンズ事務所の技術スタッフ約30名を対象に、昨年度の調査成果報告会を開催すると共に、考古局長に英文報告書を贈呈しました。参加者からは熱心な質問が出され、今後の技術支援への強い期待を感じました。
 次に、現地調査における中心的な作業としては、カトマンズ・ハヌマンドカ王宮内で倒壊したシヴァ寺院の回収部材について原位置の同定および番付を行なうと共に、写真撮影による各部材のドキュメンテーションを実施しました。この部材調査を通じて、同寺院は少なくとも3期にわたる修復を経ていることが分かってきました。過去の修復に関する記録が乏しいネパールでは、このような部材から得られる情報が、今後の再建に向けた復原設計のための有用な資料になるものと期待しています。
 引き続き各分野の外部専門家にも参加いただいて、「建築構法」「構造」「都市計画」「無形文化遺産」等の多岐にわたる調査を予定しています。現地での活動をネパールの方々と共に実施しながら、様々な技術の移転も図っていきたいと思います。
 なお、上記報告書(日本語版とも)は本研究所のウェブサイトにも掲載していますので、どうぞご参照ください。
http://www.tobunken.go.jp/japanese/publication/pdf/Nepal_NRICPT_2016_J_s.pdf


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