文化・遺産・気候変動国際共催会議への参加
現代を生きる私たちにとって気候変動は重要な解決すべき問題のひとつです。令和3(2021)年10月~11月に国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)が開催されたのも記憶に新しいことと思いますが、今や国際社会が強調してこの問題に取り組んでいます。
気候変動の問題は文化遺産の保護にも深く関わっています。例えば気候変動に関連するといわれる大型台風や大雨によって文化遺産や博物館が被災することが懸念されています。さらには海水面の上昇によって、沿岸部や標高の低い場所にある文化遺産は消滅してしまうおそれもあります。こうした問題に関連して、東京文化財研究所は平成25(2013)年度に「気候変動により影響を被る可能性の高い文化遺産の現状調査」を文化庁の文化遺産保護国際貢献事業(専門家交流)として実施し、とりわけ気候変動の影響を受けやすい大洋州地域のツバル、キリバス、フィジーの3か国で調査を行ったこともありました。
そして今回、令和3(2021)年12月6日~10日にかけて、「文化・遺産・気候変動国際共催会議(International Co-Sponsored Meeting on Culture, Heritage and Climate Change (ICSMCHC))」がオンラインで開催されました。この会議は国連教育科学文化機関(ユネスコ)、国際記念物遺跡会議(イコモス)、国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が主催し、文化遺産と気候変動の問題を総合的に議論する世界初の国際的な機会となりました。会議には世界の各地域から100名以上の専門家が参加し、日本からは筆者の石村智(無形文化遺産部音声映像記録研究室長)と東京海洋大学教授・イコモス国際水中文化遺産委員会(ICUCH)委員の岩淵聡文氏の2名が参加しました。
この会議の開催に先立ち、令和3(2021)年9月~10月にかけて3回の準備会合がオンラインで開催されて論点の整理が行われ、その成果は会議直前の12月1日に「白書(White Papers)」と題する報告書にまとめられました。そして会議はこの報告書の論点に基づいて進められました。
テーマとして論じられたのは、①「知識体系:文化・遺産・気候変動の体系的関係」、②「インパクト:文化と遺産の喪失、ダメージ、適応」、③「解決:可能な変化と代替となる持続可能な未来における文化と遺産の役割」の3つで、それぞれのテーマに沿って「公開パネル」「ワークショップ」「ポスター発表」が行われました。「公開パネル」では、あらかじめ選ばれた専門家により議論が行われ、その模様が動画配信されました。「ワークショップ」ではオンライン会議システムを用い、参加した専門家による議論が行われました。しかし参加するすべての専門家が一度に議論を行うことは難しいため、参加者は5~10名のグループに分かれてそれぞれ議論をおこなうというグループディスカッションの形式がとられました。そして「ポスター発表」では、専門家がそれぞれウェブサイト上にポスターを掲載し、またその質疑応答や議論を行うためのコアタイムがオンライン会議システムを用いて開催されました。
会議で論じられたトピックは数多くあり、またそれぞれのグループで様々な議論が行われたため、現在事務局がその取りまとめを行っており、最終的な報告書は2022年前半に刊行されるとのことです。
会議に参加した筆者の感想としては、文化遺産の中でもとりわけ無形文化遺産が果たす役割に期待されていることを感じました。テーマ①で論じられた「知識体系」においても、気候変動を議論するにあたって、「科学的知識(scientific knowledge)」だけではなく、「土着的知識(indigenous knowledge)」および「地域的知識(local knowledge)」を重視すべきとの声が多く聞かれました。これらはいわゆる無形文化遺産としての「伝統的知識(traditional knowledge)」に相当するものと考えられますが、とりわけ気候変動が文化遺産にもたらす影響について考えるにあたって、その文化遺産が所在する地域コミュニティの知識を組み込むべきであるということが主張されました。それに加えて、こうした「土着的知識」や「地域的知識」の中にこそ、気候変動の問題を解決する鍵が含まれているのではないかという期待も多く表明されました。
今回の会議の主催団体のひとつであるイコモスは、文化・遺産・気候変動の問題をさらに突き詰めていくための体制を構築すべく、今後も事業を進めていくとのことです。私達も引き続きこの動きを注目していきたいと思います。