研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


横山大観《山路》(永青文庫蔵)、修理後の調査撮影

横山大観《山路》(永青文庫蔵)、調査撮影の様子

 これまでの「活動報告」でもたびたびお知らせしたように、企画情報部では研究プロジェクト「文化財の資料学的研究」の一環として、横山大観《山路》の調査研究を永青文庫と共同で進めています。同文庫が所蔵する大観の《山路》は、明治44年の第5回文部省美術展覧会に出品され、大胆な筆致により日本画の新たな表現を切り拓いた重要な作品です。同作品が今春に修理を終えたのを機に、寄託先の熊本県立美術館で5月12日に城野誠治(東京文化財研究所)による高精細画像の撮影、および三宅秀和氏(永青文庫)、林田龍太氏(熊本県立美術館)、小川絢子氏、塩谷純(東京文化財研究所)による調査を行いました。
 《山路》ではザラザラとした岩絵具が多用されているのが特色ですが、従来の図版ではなかなかそこまで確認できるものはありませんでした。今回の撮影による画像は、そうした絵肌のニュアンスまでよく伝えており、くわえて部分の高精細画像は2010年秋に行った蛍光X線分析の成果とあわせ、使用された顔料についての検証に役立つものと期待されます。これらの研究成果は今年8月の研究協議会を経て、今年度中に一書にまとめてご報告する予定です。


韓国文化財研究所との研究交流―仏教儀礼の比較研究―

先祖の供養をする僧侶と信徒
燃灯祭りの出し物

 昨年11月の調印により、韓国文化財研究所との第2次の研究交流が始まりました。初年度は、無形文化財研究室の高桑が、仏教儀礼を対象に5月18日から2週間、調査を行いました。
 日本や韓国では仏教は大きな位置を占めていますが、それぞれ固有に展開したことで宗教儀礼や仏教行事のあり方に相違点が少なくありません。韓国では、釈迦の誕生日にあたる旧暦4月8日は祝日ですし、その1週間前には生誕を祝う大がかりな燃灯祭りを行い、海外からも観光客が集まるなど関心を呼んでいます。禅宗系統の曹渓宗が9割近くを占めるなか、朝昼晩に礼仏を欠かさず行う点は日本と共通していましたが、信徒も泊まり込んで礼仏に参加し、僧侶と一緒に祈祷を行う姿には、日本には見られない熱意が感じられました。
 また、日本では、宗教に関わる儀礼は宗教行為とみなされて重要無形文化財に指定されることはありませんが、韓国では太古宗の儀礼「霊山齋」を世界無形遺産に登録するなど、宗教儀礼に対する措置も大きく異なっています。仏教儀礼の比較調査からは、仏教だけにとどまらない日韓の意識のあり方が如実にうかびあがってきます。


東日本大震災の被災地における無形民俗文化財の調査

津波に流され、被災した「うごく七夕」の山車(長砂組)。家々が流されて更地になった場所に卒塔婆を立て、その前に並べてあった(陸前高田市)
野鍛冶の技術によって作られたアワビ鉤。三陸一帯で使われている。自宅兼工場は津波による被災を免れたが、昨年は多くの漁師が被災したためアワビの口開けがなく、鉤も出荷できなかった(陸前高田市)。

 5月中旬、東北沿岸被災地において、無形民俗文化財の被災・復興状況の調査を行いました。東日本大震災より1年以上たった現在も、有形文化財に比べ、無形民俗文化財に対する調査や復興支援は立ち遅れています。もちろん、関連団体や個人の尽力により、被災情報の収集・発信や、支援者と支援される側を繋ぐ活動などが行われており、大きな力となっていますが、活動全体を繋ぐネットワークがないために、支援のニーズが噛み合わなかったり、支援に大きな偏りが出るなど、種々の問題も浮上しています。
 また特に民俗技術に関しては、震災以前から所在の確認すらなされていなかったケースが多く、未だに被災の全容や必要な支援の情報は掴めていません。樹木や土などの自然素材を原材料とする多くの民俗技術は、津波による物理的被害のみならず、原発事故による材料の汚染や風評被害とも対峙していかなければならない状況にあるはずですが、そうした現状も、把握が困難な状況にあります。
 そうした問題の一方、特に祭りや芸能の場合、鎮魂や供養の意味合いが地域の人々によって強く認識されたり、仮設住宅に入ってバラバラとなった地域を繋ぐ重要な絆として作用するなど、これらの文化が持つ力が改めて見出され、見直される例も多く聞かれます。
 無形文化遺産部では被災地域のこうした状況を注視し、情報収集に努めるとともに、被災地支援のため、また今後起こりうる様々な災害に対応するための、新たなネットワーク作りに着手しています。


ギメ東洋美術館での調査

ギメ東洋美術館での調査

 当研究所は2010年にフランスのギメ美術館と研究協力及び交流に関する覚書を交わし、講演会の開催や修復事業などの共同プロジェクトを実施しています。ギメ東洋美術館はリヨンの実業家エミール・ギメ(1836~1918)のコレクションをもとに開設されました。現在、約11000点の日本美術作品が所蔵され、世界有数の東洋美術館として知られています。同館の日本美術コレクションの形成は世界的に古く、美術史的に重要な作品が数多く含まれていますが、中には経年により修理の必要性の高い作品もあります。これまでにもギメ美術館とは、在外日本古美術品修復協力事業として、平成9年(1997)から平成17年(2005)にかけて仏画や絵巻物など5件の絵画と、1件の漆工品の修理を行ってきました。古美術作品が安定した良好な状態で保管・展示されることは、海外における日本の文化と歴史を紹介するためにたいへん重要です。2012年5月25日には、同館の日本美術担当学芸員のエレーヌ・バイユウ氏のご協力のもと、文化遺産国際協力センター長・川野邊渉、同主任研究員・加藤雅人、江村知子の3名で、修復と美術史の観点から10数点の絵画作品の調査を行いました。今後さらに具体的な修理のための調査と、協議を重ねながら、研究協力と交流を推進していきます。


ブータン王国の伝統的建造物保存に関する拠点交流事業

版築施工現場における職人への聞き取り調査
パガ・ラカンでの実験

 ブータン王国における文化庁委託・拠点交流事業の一環として、2012年5月27日~6月8日の日程で日本より7名の専門家を派遣しました。本事業はブータン王国における伝統的建造物に関し、その構造評価および耐震対策を含む保存修復技術についての技術移転・人材育成を行うものとして今年度から始まったものです。
 今回はまず、ブータン王国内務文化省文化局と東京文化財研究所の間で本事業を遂行するための覚書と実施要綱を締結しました。ブータン側と共同で行った具体的な作業としてはまず、保存すべき文化財的価値を特定するために、版築部と木部から構成されている寺院・民家・廃墟を対象に伝統的建築工法を解明するための実地調査を実施し、今後の建築学的調査を円滑に進めるための調査票を作成しました。さらに、伝統的建築物の構造性能を定量的に把握するために、火災に見舞われ撤去が予定されていたパガ・ラカン(寺院)での版築壁引き倒し実験、同ラカンの版築ブロックの材料試験、パンリ・ザンパ・ラカンでの常時微動測定等、構造学的調査を実施しました。
 今後も引き続き、建築学的調査と構造学的調査を両輪として、伝統的技術の延長上における耐震対策の可能性を検討していく予定です。


アルメニア歴史博物館所蔵考古金属資料の第2回保存修復ワークショップ開催

「金属考古資料の表面クリーニング実習」

 文化遺産国際協力センターでは、文化庁委託文化遺産国際協力拠点交流事業の一環として、平成24年5月29日から6月8日までの9日間、アルメニア歴史博物館にて同館所蔵の考古金属資料の保存修復に関する人材育成ワークショップを開催しました。今年(2012年)1月から2月にかけて行ったワークショップに続き、今回は第2回目の開催となります。アルメニア歴史博物館のほか、アルメニア国内の他機関所属の若手専門家合計10名が参加しました。
 考古金属資料の錆や付着物の除去といった表面クリーニングと脱塩をテーマとし、今回から本格的な保存修復処置を開始しました。日本での保存修復事例、保存修復処置一般、考古金属クリーニング、脱塩に関する講義のほか、写真撮影、状態調査、展示・修復計画、保存修復処置の実習を行い、アルメニア人専門家の知識と技術の向上に貢献しました。
 次回のワークショップでは、今回の錆除去などの表面クリーニングを引き続き行った後、来年以降の博物館での展示に備えた処置を行います。また、保存修復処置を終えた資料の元素分析を再度実施し、製作技術の研究をさらに深める予定です。


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