研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


薬師寺所蔵 国宝「吉祥天像」デジタルコンテンツの公開

「吉祥天像」デジタルコンテンツ画面

 文化財情報資料部では、当研究所で行った美術作品の調査研究について、デジタルコンテンツを作成し、資料閲覧室にて公開しています。このたび奈良・薬師寺所蔵の国宝「吉祥天像」のデジタルコンテンツの公開を開始致しました。吉祥天像は、薬師寺において吉祥悔過の本尊として制作されたと考えられる現存最古の画像で、奈良時代の稀少な着色画として知られています。このデジタルコンテンツは、奈良国立博物館と当研究所との共同研究として調査を実施し、平成20(2008)年に刊行した報告書に基づいて作成しました。専用端末で高精細カラー画像、蛍光画像、近赤外線画像、エックス線透過画像、蛍光エックス線分析による彩色材料調査の結果などがご覧いただけます。ご利用は学術・研究目的の閲覧に限り、コピーや印刷はできませんが、デジタル画像の特性を活かした豊富な作品情報を随意に参照することができます。この画像閲覧端末は、資料閲覧室開室時間にご利用いただけます。ご利用に際しては下記をご参照下さい。
http://www.tobunken.go.jp/~joho/japanese/library/library.html

青花紙製作技術に関する共同調査報告書の刊行

『青花紙製作技術に関する共同調査報告書―染織技術を支える草津のわざ―』表紙

 青花紙とはアオバナの花の汁をしぼり和紙に染み込ませたもので、友禅染の下絵の材料(染料)として使われています。無形文化遺産部では平成28(2016)~29(2017)年度にかけて滋賀県草津市と共同で青花紙製作技術の共同調査を実施し、平成30(2018)年度には同事業の報告書である『青花紙製作技術に関する共同調査報告書―染織技術を支える草津のわざ―』(DVD付)を刊行しました。
 本書は青花紙を製作している3軒の農家における青花紙製作技術の動態記録に加え、アオバナの栽培土壌や花の汁の保存性の調査、青花紙に用いる和紙の調査、青花紙に関する古文書の調査、青花紙の生産者や利用者等からの聞き取り調査、文化財という観点からの青花紙の位置付けについて草津市立草津宿街道交流館の館員と東京文化財研究所の研究員が執筆しました。これら共同事業の調査データは草津市と共同で保管しており、今後の研究資料として利用が可能になりました。
本年度より草津市では青花紙製作技術の保護施策に向けての活動が始まっています。無形文化財に利用される材料の製作技術は、文化財を守る技術(選定保存技術)として評価をされることがあります。一方、青花紙は草津という地域の民俗文化という面からも評価されるでしょう。今後、本書を通じて多くの方に青花紙製作技術について知ってもらい、保護に向けての議論がより活発になることを期待しています。

「美術館・博物館のための空気清浄化の手引き(平成31年3月版)」公開中

 美術館・博物館の収蔵庫や展示ケース内のアンモニアや酢酸の濃度が下がらなくて困っている、というご相談が多く寄せられます。アンモニアは油絵に対して変色を進め、酢酸は金属製品、特に鉛を使った工芸品やコインで激しく腐食が起こり、濃度を下げることは文化財の保存のために必須な作業です。
 本手引きは、保存と活用のための展示環境の研究の成果として保存環境研究室がまとめたもので、平成31年4月より東京文化財研究所ホームページ内、保存科学研究センタートップページのお知らせから読むことができます。空気清浄化の基本的な知識から汚染状況の監視方法、諸対策について、学芸員の方や空調制御受託の作業者、調査を行う方まで利用できる内容としました。巻末に「よくある質問」も掲載し、質問に対して解説した参照場所も分かりやすくしました。付録では、測定方法について具体的な作業を、豊富な写真資料で解説しています。より詳しく知りたい方向けに参考図書・文献も付けました。
 美術館・博物館の環境改善のお役に立つことができますと幸いです。

国際シンポジウム「メソポタミア文明の遺産を未来へ伝えるために-歴史教育を通した戦後イラクの復興への挑戦」の開催

講演者一同

 平成31(2019)年4月13日(土)に、東京文化財研究所文化遺産国際協力センターは、特定非営利活動法人メソポタミア考古学教育研究所(JIAEM)とともに、国際シンポジウム「メソポタミア文明の遺産を未来へ伝えるために-歴史教育を通した戦後イラクの復興への挑戦」を開催しました。
 これは、復興に向けて動き出したイラクにおいて、歴史教育や文化遺産保護の分野で、どのような支援が望まれているかを具体的に把握することを目的としたものです。
 当日のプログラムは、まずJIAEM代表の小泉龍人先生が、平成29(2017)年春にイラクに渡航して実見したメソポタミア文明の遺跡の現状について報告を行いました。続いて、東京文化財研究所の安倍は同研究所が長年実施してきたイラク人専門家研修に関して、国士舘大学の小口裕通先生は同大学が昭和44(1969)年から行ってきたイラク考古学調査に関して発表しました。京都造形芸術大学の増渕麻里耶先生とJIAEMの榊原智之先生も、それぞれ文化遺産保護分野での人材育成の重要性と考古学教育支援の在り方に関して講演を行いました。
 また、ゲストとして、メソポタミア文明発祥の地ナーシリーアにあるズィー・カール大学から教育学の専門家であるイマード・ダウード先生とナイーム・アルシュウェイリー先生をお迎えしました。イマード先生とナイーム先生からは、現地の学生や教員がメソポタミア文明の遺産をどのように認識し、どのような支援を日本に求めているか、に関して講演が行われました。
 最後に、お二人を交えた総合討論では、イラクでの文化遺産の保護や歴史教育また人材育成に対し、どのように日本が関わるべきなのか、活発に議論が行われました。今回のシンポジウムが戦後イラクの復興に対する国際協力の第一歩になることを願っています。

伊藤若冲筆「菜蟲譜」のデジタルコンテンツ作成と公開

「菜蟲譜」デジタルコンテンツ画面
カラー画像と近赤外線画像の比較閲覧画面
部分拡大図

 文化財情報資料部では、当研究所で行った美術作品の調査研究について、デジタルコンテンツを作成し、資料閲覧室にて公開しています。このたび栃木県佐野市立吉澤記念美術館(https://www.city.sano.lg.jp/museum/)所蔵の伊藤若冲筆「菜蟲譜」(重要文化財)のデジタルコンテンツが完成しました。専用端末にて、高精細カラー画像、近赤外線画像、蛍光エックス線分析による彩色材料調査の結果などをご覧いただけます。ご利用は学術・研究目的の閲覧に限り、コピーや印刷はできませんが、デジタル画像の特性を活かした豊富な作品情報を随意に参照することができます。「菜蟲譜」は伊藤若冲による、現存唯一の絹本着色の画巻で、約100種の蔬菜・果実と50種余りの昆虫や両生類などが表され、繊細で情趣豊かな表現がよく知られています。この画像閲覧端末は、資料閲覧室開室時間にご利用いただけます。ご利用に際しては下記をご参照下さい。
http://www.tobunken.go.jp/~joho/japanese/library/library.html

NACSIS-CAT(CiNii Books)への加盟

CiNii Booksに表示された当研究所蔵書の書誌・所蔵情報

 東京文化財研究所ではこのたび、NACSIS-CAT(国立情報学研究所目録所在情報サービス)に加盟して、各研究部門(文化財情報資料部、無形文化遺産部、保存科学研究センター、文化遺産国際協力センター)の所蔵図書情報をCiNii Books(サイニイ・ブックス、https://ci.nii.ac.jp/books/)に搭載する体制を整備しました。
 NACSIS-CAT加盟の目的は、(1)所蔵図書情報のより広範な可視化、(2)図書情報の整備(標準化)にあります。(1)については、これまで公式サイト内総合検索(http://www.tobunken.go.jp/archives/)で公開してきた所蔵図書情報を、さらに、より多く研究者・学生等が利用するCiNii Booksにも掲載することで、その活用を促進するものです。また(2)については、外部機関(ゲッティ研究所やOCLCなど)とのデータ連携において、当研究所が提供する図書情報を標準化できれば、より実効性の高いものとなるとの期待も寄せられており、これに対応するためのものです。NACSIS-CATは、国内外の各種図書目録データを参照・利用することができるため、当研究所が標準化作業に効率的に取り組むことに適した基盤システムといえます。
 蔵書数30万件のCiNii Books搭載、また図書情報の標準化の作業は現在進行中で、完了までにはまだしばらく時間を要しますが、当研究所が永年にわたって収集・蓄積してきた蔵書やその情報を、より多くの研究活動に寄与できような体制を整備してまいります。

サハリンと千島列島の美術――文化財情報資料部研究会の開催

オレグ・ロシャコフ(1936-)《シコタン、マロクリリスク湾》(1989-95年作)。右遠景には白い雪をいただく国後島の爺爺岳が描かれています。

 近年、中国や韓国、台湾といった近隣諸国の近現代美術についての研究が進み、展覧会などを通して、日本でもその様子をうかがう機会が増えてきました。しかしながら日本の北方、現在はロシア領であるサハリンを中心とする地域でも、活発な美術活動がみられることはほとんど知られていません。平成31(2019)年3月26日に開催された文化財情報資料部研究会での、谷古宇尚氏(北海道大学文学研究科)による発表「サハリンと千島列島の美術」は、第二次大戦後の同地域における美術の動向を現地調査に基づき紹介した、大変興味深いものでした。
 第二次大戦以前の樺太(サハリン)は、日本領だったこともあり、その風土を描いたのは木村捷司(1905-91)や船崎光治郎(1900-87)といった日本人の画家でした。しかし大戦後はソビエト連邦領となり、ロシアの画家が同地に根ざしたモティーフを手がけるようになります。ジョージアから移住した画家ギヴィ・マントカヴァ(1930-2003)はモダニズム的手法を活かしながら極東の風土を描き、サハリン美術の礎を築きます。またモスクワやウラジオストクから多くの画家が国後島や色丹島にまで足を伸ばし、なかでも昭和41(1966)年から平成3(1991)年までほぼ毎年、夏の数ヶ月間を色丹で過ごした「シコタン・グループ」の活動は注目されます。とりわけ彼らの作品のなかでも、国後島の爺爺岳と海湾を描いた風景画は、たとえばナポリの眺めを題材とした伝統的な西洋絵画を彷彿とさせ、国境地帯のヨーロッパ化という点で、そこに政治的意図も見え隠れするのではないかという谷古宇氏の指摘は刺激的でした。

「デジタルアーカイブ学会第3回研究大会への参加」

システム構成図

 デジタルアーカイブ学会第3回研究大会が、平成31年(2019)年3月15日から16日にかけて、京都大学吉田キャンパスにおいて開催されました。当研究所からは3名の職員が参加し、当研究所の文化財情報データベースシステムに関するポスター発表を行うとともに、近年のデジタルアーカイブの動向について情報収集を行いました。
 ポスター発表では、当研究所の所蔵資料や刊行物を中心としたデータベースシステムである刊行物アーカイブシステムと、そのシステムを利用して刊行及び公開している『日本美術年鑑』及び「東文研 総合検索」(www.tobunken.go.jp/archives/)について、そのシステムの構築と運用に焦点をあてて紹介しました。本発表を通して、デジタルアーカイブ関係者と意見交換をすることができ、当研究所に求められている文化財情報データベースを知る貴重な機会となるとともに、当研究所が文化財研究に資する基礎的情報の提供機関であることを再認識しました。
 また、研究発表セッションに参加し、文化財に限定せず、デジタルアーカイブ全般に関して広く情報収集を行いました。デジタルアーカイブの技術的課題や制度的課題、地域研究やコミュニティでの利活用などの知見を得ることができました。近年、デジタルアーカイブが連携を求められる傾向の中、当研究所も文化財情報を単に発信するだけでなく、外部への提供や外部情報源との連携を考えるよい機会となりました。
 なお、デジタルアーカイブ学会第3回研究大会のプログラムについては、次のウェブサイトに掲載されています。
 http://digitalarchivejapan.org/kenkyutaikai/3rd/3rd_program

アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査V

レーザースキャナーを用いた東門の測量
トータルステーションを用いた地形測量

 東京文化財研究所は、カンボジアにおいてアンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ寺院遺跡の保存整備事業に技術協力しています。平成31(2019)年3月8日~17日の間、通算で第5次となる現地調査を同遺跡において行いました。
 今回は、同遺跡東門に対する3D測量および遺跡周辺における地形測量を、東京大学生産技術研究所・大石岳史研究室や、測量専門家の内田賢二氏らの協力のもと、APSARA機構のスタッフと共同で実施しました。
 東門は同寺院の本来の正門ですが、今日では通常の見学動線から外れており、構成する建材の多くが不安定な状態で、公開・活用の観点からも適切な修復を行うことが望まれます。今回実施した測量では、レーザースキャナーおよびカメラを搭載した無人航空機(ドローン)を用い、門本体だけでなく、その周囲に散乱する石材の位置や形状も含めた現状を三次元で詳細に記録しました。今回得られた情報を基に変形や損傷の様相を総合的に把握し、今後の具体的な修復計画の検討に反映していく予定です。
 また、地形測量は、これまで未調査であった遺跡南東部を主な対象区域として、トータルステーションを用いて実施しました。収集したデータから遺跡全体の詳細な地形図を作成することで、寺域内の整備にとどまらず、周辺の諸遺跡とも関連づけた広域的な活用にも資することが期待されます。

「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣(その12)

市長会議の様子

 文化庁より受託した標記事業の一環として、東京文化財研究所では、ネパールにおける歴史的集落保全に関する行政ネットワークの構築支援を継続しています。平成31(2019)年3月12日、ラリトプル市において「カトマンズ盆地内の歴史的集落保全に関する第2回市長会議」を市と共催し、8名の派遣を行いました。
 歴史的集落の保全に関する現状や課題を、市長レベルで共有および議論する場として、平成29(2017)年にパナウティ市で第1回市長会議が開催されました。2回目となる今回は、「歴史的集落における有形および無形文化遺産の保全」をテーマとし、ネパールと日本の専門家による発表および会場の参加者も交えた議論の場が設けられました。当日は、11市長および8副市長、行政所属のエンジニアを含めると、計14市から合計約80人の参加がありました。
 ネパール側からは、4市における祭礼や工芸品などの無形文化遺産の紹介およびその継承への取り組みや、平成27(2015)年に発生したゴルカ地震後の歴史的集落調査および保全に対する取り組み等について講演がありました。日本側からは、札幌市立大学 森朋子准教授がコカナ集落における集落調査成果等について講演し、弊所無形民俗文化財研究室 久保田裕道室長がコカナ集落における無形文化遺産の調査成果や日本の無形文化遺産保全における現状等について講演を行いました。
 地域の文化遺産の保全については、人材や資金不足など、両国で共通する課題を抱えています。ネパールにおいては、特に、伝統的な地域社会の変容が加速していく中、地域社会における持続的な保全の仕組みが求められるとともに、市長のリーダーシップの下、行政側からの適切な支援が必要とされています。
 ネパールと日本両国間で、今後も相互に情報共有および議論を深めながら、支援を継続していきたいと思います。

バンコクにおけるタイ所在日本製伏彩色螺鈿に関する調査の実施

ワット・ナーンチー拝殿の扉部材の調査

 東京文化財研究所では、タイ・バンコク所在の王室第一級寺院ワット・ラーチャプラディット(1864年建立)の扉部材の修理に関する技術支援を、タイ文化省芸術局及び同寺院の依頼により行っています。この扉部材にも用いられた伏彩色螺鈿の技法による漆工品は19世紀に主に欧米に輸出されましたが、当研究所による調査で、扉部材が日本製であること、日本製の伏彩色螺鈿がタイにも輸出されたことが、技法や材料から初めて確認されました。
 文化財の修理は単なる損傷への対処ではなく、その文化財について深く知る機会ともなります。また、ワット・ラーチャプラディットの扉部材が日本製と判明したのを契機に、タイ国内の複数の場所で同様の技法の作品が報告されています。そこで今回はこれらのうち、ラーマ3世王の在位期間(1824-1851)に現在の形に整備された寺院ワット・ナーンチーの扉部材やタイ国立図書館が所蔵する貝葉夾板など、バンコク所在の伏彩色螺鈿の一部を対象に、偏光写真での詳細な記録作成を含む熟覧調査を実施しました。調査は平成31(2019)年1月27日~2月2日に、国内外の関係機関の専門家と共同で行いました。
 日本の輸出漆器の中でも、伏彩色螺鈿に関する調査研究事例は少なく、系譜は明らかではありません。ところで、貝葉はヤシの葉に経典などを記した文書で、その表紙が夾板です。貝葉は東南アジアや南アジア特有の文書であることから、夾板も扉部材と同様、タイからの注文により製作されたと思われます。ワット・ラーチャプラディットやワット・ナーンチーの扉部材をはじめとした、タイ所在の伏彩色螺鈿がこの技法自体の研究に寄与する可能性も大きく、引き続き、日本及びタイでの調査を実施してまいります。

シンポジウム「松澤宥アーカイブの現状と活用」での発表

RATIの会詩画展「アバンギャルド・アート・ディスプレイ」(南信会館、1951年)集合写真(松澤宥アーカイブ内資料)
発表の様子(写真提供:長沼宏昌氏)

 シンポジウム「松澤宥アーカイブの現状と活用」が平成31(2019)年2月16日に長野県下諏訪町の諏訪湖博物館・赤彦記念館で開催され、文化財情報資料部の橘川が「松澤宥アーカイブの芸術史研究への活用―1951 年に諏訪市で開催されたふたつの前衛芸術イベントを例に」と題して発表を行いました。
 このシンポジウムは、平成30(2018)年度文化庁地域と共同した美術館・歴史博物館創造活動支援事業「松澤宥アーカイブ活用プロジェクト」の一環として、松澤宥ご遺族や有志、長野県信濃美術館でつくる同アーカイブ活用実行委員会の主催で行われたものです。第一部は、松澤春雄氏(一般財団法人松澤宥プサイの部屋 代表理事)、谷新氏 (美術評論家)、嶋田美子氏(アーティスト)、平賀研也氏(県立長野図書館館長) 、橘川の6名が同アーカイブに関する発表を行い、第二部のディスカスカッションでは松本透氏(長野県信濃美術館館長)司会の下、その活用についてそれぞれの立場、専門性からのアーカイブの活用についての意見を交換しました。
 1950年代から2000年代までの膨大な数の貴重な資料によって編成される松澤宥アーカイブ――このシンポジウムで言及したような芸術史研究における活用について、引き続き科研費課題「ポスト1968年表現共同体の研究:松澤宥アーカイブズを基軸として」(基盤研究(C)、2018-2020年度)で、多様な分野の研究者と共同して取り組んで行きたいと考えています。

二幅の不動明王画像について―文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子(画像:禅林寺・不動明王二童子像)

 平成31(2019)年2月28日、第9回文化財情報資料部研究会が開催されました。米沢玲(文化財情報資料部)が「二幅の不動明王画像―禅林寺本と高貴寺本―」と題した発表を行い、コメンテーターには津田徹英氏(青山学院大学)をお招きしました。
 発表は、京都・禅林寺の不動明王二童子像と大阪・高貴寺の不動明王四童子像に関するもので、二幅の図像と表現様式について詳しい検討を加えたうえで、それぞれが鎌倉時代後期と南北朝時代後期の制作であることを論じました。また、二幅の画像では中央に描かれる不動明王と脇に立つ二童子像の図像が共通していることを指摘し、不動明王四童子像という珍しい画像を制作する際に、禅林寺本のような既存の不動明王画像を参照したであろうことを述べました。
 密教の尊格である不動明王は平安時代初期に信仰が盛んになり、彫刻や絵画として数多く造形化されました。中世にいたると、それまでにはなかった新奇な不動明王像が作られるようになりましたが、高貴寺本のような不動明王四童子像もそのひとつです。二幅の画像を詳細に考察することで、多様に展開した不動明王像の制作について、その一端を明らかにすることができると言えます。
 研究会では内外の研究者によって、不動明王の信仰形態や二幅の伝来、表現などについて活発な議論が交わされました。

2018年度 「無形文化遺産の防災」 連絡会議(関西地区)の開催について

京都芸術センターでの会議の様子

 文化財防災ネットワーク推進事業(文化庁補助金事業)の一環として無形文化遺産部・文化財情報資料部で取り組んでいる「文化財総合データベースの構築とネットワークの確立事業」の一環として、平成31(2019)年2月3日に関西地区での「『無形文化遺産の防災』連絡会議」を開催しました。平成28(2016)年度より継続しているこの会議は、全国都道府県の民俗文化財担当者が参加して情報の相互共有を目指したものです。
 今回は京都市の京都芸術センターとの共催にて、同センターを会場に、関西地区6府県1市の担当者が集まりました。東京文化財研究所からは無形文化遺産部の久保田裕道・前原恵美・石村智・菊池理予が参加しました。
 会議ではデータベース作成の意義を共有するとともに、各県の無形文化遺産の現状についてそれぞれからの発表がありました。自然災害のみならず、無形文化遺産が直面するさまざまなリスクと、保存継承と活用に関する問題点にまで話が及び、各地の現状・課題が相互に重要な情報として共有することができました。
 この後3月1日には、東京文化財研究所にて10都道府県からの参加を得て、今年度2回目の同会議も開催しています。

研究会「第二回無形文化遺産映像記録作成研究会」の開催

研究会の様子

 平成31(2019)年2月22日に研究会「第二回無形文化遺産映像記録作成研究会」を開催いたしました。
 多くの無形文化遺産は、人間の無形の「技」によって成り立っています。その「技」を記録するとき、文字記録のみならず、映像による記録も重要な役割を果たします。そのとき、どのような映像を作成するのが良いか、ということが課題となります。
 本研究所の無形文化遺産部では、平成15(2003)年~19(2007)年にかけて「無形の民俗文化財映像記録作成小協議会」を開催し、その成果を『無形民俗文化財映像記録作成の手引き』として公開しました。しかし近年の映像をとりまく環境の変化、とりわけデジタル機器の発展はめざましく、その内容のアップデートが期待されています。また上記の手引きは主に民俗芸能を撮影対象として念頭に置いていましたが、工芸技術や民俗技術など、他の種類の無形文化遺産についても適用できるものも期待されています。
 そこで新たに『無形文化遺産の映像記録作成のてびき』を作成すべく、本研究所では平成30(2018)年より「無形文化遺産映像記録作成研究会」を開催し、その内容を検討することといたしました。今回の研究会はその二回目となります。
 今回の研究会は、前半には近年注目が高まっている4K/8Kの映像技術について、その可能性および文化財・文化遺産の記録への応用について考えるべく、専門家である金森宏仁氏(株式会社Over 4K)に発表をしていただきました。その中で、4K/8Kの技術によって映像が高精細化するだけでなく、色の再現性(色域・輝度)などにおいても向上がなされることが指摘され、文化財を記録する上でも重要な意味を持つことを理解することができました。
 後半では、『無形文化遺産の映像記録作成のてびき』の内容を検討すべく、その章立てについて参加者全員で討議をおこないました。その中では、無形文化遺産の対象によって記録作成の方法が異なることに留意すべきであることや、過去に撮影された映像記録のメディア(フィルムや磁気テープなど)の保存と活用についても留意すべきなど、参加者から様々な提言がなされました。こうした意見を参考とさせていただきながら、本研究所では『無形文化遺産の映像記録作成のてびき』の作成を進めていきたいと考えています。

「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣(その11)

対象建物から採取した試料の調査風景
階段状に各時代の仕上げ層を削り出した試料

 文化庁より受託した標記事業の一環として、平成31(2019)年2月22日~28日の間、カトマンズ・ハヌマンドカ王宮アガンチェン寺周辺建物群について、現地考古局の許可を得て、蛍光X線分析装置等を用いた仕上げ層の成分分析調査を実施しました。
 これまでの痕跡調査から、当該建物は幾度もの増改築が重ねられていることが判明しています。特に、壁面仕上げの塗り重ねの履歴および後補部材の見え隠れ部などに残された仕上げ層は、建物の変遷を探る上で重要な資料であり、これまでも塗り重ねられた各層の仕様や色味などについて調査を継続してきました。
 今回は、仕上げ層の材料を特定することで、時代と共に変化する仕様の相対的な編年を把握し、増改築の履歴に関する考察に役立てることを目的に、蛍光X線分析装置およびラマン分光測定装置を用いた科学的な分析を行いました。
 調査対象とした仕上げ層の断片は、最大で10層の仕上げ層を含みます。各時期の仕上げ層および下地層を階段状に削り出して分析を行いました。
 調査の結果、古い壁画層の赤色彩色部ではベンガラと微量の金が確認され、また、後年に塗り重ねられた水色の仕上げ層からはラピスラズリに非常によく似たスペクトルが得られました。得られたデータの詳しい分析はこれからですが、このような高価な材料の使用は、この建物が、王家の重要な儀礼・居住の場として、17世紀の創建以来継続的に使われてきたことを窺わせる結果と言うことができます。
 また、調査対象建物においては、これまでの痕跡調査の過程で増築壁の背後に壁画が見つかっていますが、この壁画は創建当初に程近い時期に遡る可能性があり、今後、今回のような科学的手法を含めた更なる調査および適切な保存措置の検討が求められています。
 今後も引き続き、建物自体に秘められた歴史の解明に努めるとともに、これらの貴重な物証を保存しながら、いかに建物の修復を進めていくか、ネパール側と協力しつつ検討を進めたいと思います。

バガン(ミャンマー)における煉瓦造寺院外壁の保存修復と壁画調査(2)

(現地若手専門家を対象にしたワークショップ)
モンユェ寺院群 No. 1寺院

 平成31(2019)年1月14日〜2月3日までの期間、ミャンマーのバガン遺跡群内Me-taw-ya(No. 1205)寺院において、平成30年7月〜8月にかけて実施した作業を継続し、壁画保護のための雨漏り対策を主な目的とする煉瓦造寺院外壁の保存修復を行いました。バガンでは、平成28(2016)年の地震で被災した箇所の修復が今なお続いており、現地の専門家からは現状に即した修復プランの立案方法や、保存修復方法について指導して欲しいとの要望がありました。これを受けて、現地の保存修復士(計5名)ならびにエンジニア(計5名)を対象にしたワークショップを実施し、彼らが抱える問題に耳を傾けながら解決策について議論を行いました。
一方で、壁画の技法や図像に関する調査を実施しました。バガンでは最盛期の13世紀の作例を中心として詳細な情報収集に努めました。また、アミン村やアネイン村など17~18世紀の壁画が多く現存するチンドウィン川沿いの村々を訪問しました。現在確認されている壁画については今回の調査でほぼ完了となり、今後は得られた結果を保存修復方法へ反映させていきます。
  今回、現地の専門家より話を聞いた結果、諸外国により繰り返し行われる国際文化財保護事業には、実際は導入することの難しいものが多く、震災後の保存活動についても根本的な問題の解決につながるものは少ないとの声が聞かれました。これまでもこうした点に配慮しつつ事業を進めてきましたが、改めて実用的な改善策の提示と継続可能な保存修復技術の伝達に努めていきたいと考えています。

田中一松資料と土居次義資料についての研究発表

研究会の様子

 平成31(2019)年1月29日に第8回文化財情報資料部研究会を開催し、以下の2題の発表を行いました。
・江村知子「田中一松の眼と手—田中一松資料、鶴岡在住期の資料および絵画作品調書を中心に」
・多田羅多起子氏(京都造形芸術大学非常勤講師)「近代京都画壇における世代交代のきざし—土居次義氏旧蔵資料を起点に—」
 今回の研究会は、平成30(2018)年5〜8月に実践女子大学香雪記念資料館と京都工芸繊維大学美術工芸資料館で開催された「記録された日本美術史—相見香雨・田中一松・土居次義の調査ノート展」(2018年5月の活動報告参照)に関連するもので、展覧会終了後に見出された資料などについても紹介しました。研究会には所内外から多くの研究者が参加し、様々な角度から活発な議論が行われました。田中一松と土居次義はともに日本美術史の研究基盤を形成した研究者で、多くの著作や業績を残していますが、その研究を支えた調査の記録や集められた資料については、今後さらに研究アーカイブとして整備していく必要があります。種類豊富で膨大な数量のアナログ資料を、デジタルの特性を活かして整理し、より広範な研究に資する文化財アーカイブの構築を目指していきたいと思います。

鑑賞の手引き『黒田清輝 黒田記念館所蔵品より』

『黒田清輝 黒田記念館所蔵品より』表紙

 東京国立博物館の展示施設のひとつである黒田記念館は、もともと当研究所の前身である美術研究所として建てられたものです。明治から大正にかけて活躍した洋画家、黒田清輝(1866~1924)の遺産をもとに、昭和5(1930)年に設置されました。そうした設立の経緯もあり、平成19(2007)年に黒田記念館が東京国立博物館へ移管となった後も、当研究所では黒田清輝に関する調査研究を続けています。
 このたび、東京国立博物館と東京文化財研究所の編集で、黒田記念館に来館される方々の鑑賞の手引きとなる冊子を制作しました。『黒田清輝 黒田記念館所蔵品より』と題した、この冊子は全40頁、《湖畔》や《智・感・情》をふくむ黒田記念館の主要作品46点をカラー図版で紹介しながら、“日本近代洋画の父”黒田清輝の代表作や画業についてわかりやすく解説しています(税込み価格\700、お問い合わせは印象社、〒103-0027 東京都中央区日本橋3-14-5 祥ビル7階、TEL 03-6225-2277、まで)。黒田記念館をお訪ねの際に、鑑賞のよすがとなれば幸いです。

沖縄県立博物館・美術館における調査

沖縄県立博物館・美術館における調査の様子

 文化財に使用された繊維には、大麻、からむし、葛、芭蕉などさまざまな種類のものがあります。活動報告平成29(2017)年5月(安永拓世、呉春筆「白梅図屛風」の史的位置―文化財情報資料部研究会の開催)でも紹介したとおり、近年では絵画の基底材としても、絹や紙以外の繊維が用いられていることがわかっています。しかし、織物になった状態では各繊維の特徴を見出すのが難しいこともあり、現段階では、明確な同定の方法が確立されてはいません。このような問題を解明するため、東京文化財研究所では、文化財情報資料部、保存科学研究センター、無形文化遺産部の各所員が連携して繊維の同定に関する調査研究を実施しています。
 そうした調査の一環として、平成31(2019)年1月22~23日、沖縄県立博物館において芭蕉布を素材に用いた書跡と染織品に関して、デジタルマイクロスコープによる繊維の三次元形状の測定を含む調査を行いました。
 芭蕉布は沖縄や奄美諸島由来の繊維であり、現在では重要無形文化財の指定を受けており、各個保持者として平良敏子氏が、保持団体として喜如嘉の芭蕉布保存会が認定されています。今回、調査した作品のうち、書跡は制作年が明らかな作品であり、染織品も着用者を推測できる作品です。調査をしてみると、すべて芭蕉布と考えられる作品にも関わらず、織密度や糸の加工方法が異なるため、生地の印象も質感も異なることが確認できました。
 この差異の理由が、沖縄、奄美群島内の地域差によるものであるか、用途の違いによるものであるかは判断が難しいですが、加工の違いにより、さまざまな芭蕉布が作られていたことが理解できました。
 繊維の正確な同定は、作品の最も基本的な情報であり、制作背景を考える上でも重要な要素です。また、現在の修理の検討や無形文化遺産の伝承のための基礎情報としても整理が必要な喫緊の課題と考えられます。
 今後も、生産地での技術調査と、美術館・博物館での作品調査を連動させながら繊維の同定にむけての調査を進めていきたいと思います。

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