研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


研究会「美術史家矢代幸雄における西洋と東洋」の開催

研究会の様子

 企画情報部では当研究所の前身である美術研究所の設立に大きな役割を果した矢代幸雄が西洋美術史、日本・東洋美術史の分野で果した役割を多角的に検討する研究会「美術史家矢代幸雄における西洋と東洋」を、1月13日に「ベレンソンと矢代幸雄をつなぐ両洋の美術への視点」(山梨絵美子、当所企画情報部)、「東洋人の眼から見たサンドロ・ボッティチェリ―矢代の1925年のモノグラフ」(ジョナサン・ネルソン、ハーヴァード大学ルネサンス研究所)、「矢代幸雄著『受胎告知』を再読する」(越川倫明、東京藝術大学)、「矢代幸雄の絵巻研究」(髙岸輝、東京大学)、「矢代幸雄と1930-45年代の中国美術研究」(塚本麿充、東京大学)というプログラムで、美術史家・高階秀爾氏をコメンテーターにお招きして開催しました。
 ネルソン氏は矢代が大著『サンドロ・ボッティチェリ』によって西洋美術史学に作品の部分写真による様式分析という新しい方法をもたらしたこと、その方法が明治期の日本の美術雑誌の図版やその製作過程に源を持つことを指摘され、越川氏は帰国後に西洋美術史家として矢代が著した『受胎告知』が、日本における西洋キリスト教美術のイコノグラフィー研究の先駆的事例であったこと、また、同書がウォルター・ペイターの審美主義を直接的に受け継ぐものであることを指摘されました。髙岸氏は日本美術史家として絵巻の特殊な画面形式を世界の美術の中にどう位置づけるかという点に強い関心を示した矢代の絵巻研究者としての位置づけを述べられ、塚本氏は欧米、日本、中国で各々異なる中国美術史観が確立されている現状を指摘され、矢代が1935-36年のロンドン中国芸術国際展覧会を経験し、欧米の中国美術ブームと日本における唐物研究を折衷させる中国美術史観を確立させたことの影響について述べられました。発表後、ディスカッションが行われ、洋の東西をまたいで国際的に活躍した矢代のしごとの意味を再考する場となりました。


平成27年度福島県被災文化財等救援本部研修会への協力

放射線測定機器 実習の様子

 標記の研修会の第1回を平成27年11月4日に南相馬市博物館体験学習室で、第2回を平成28年1月28日に福島県文化財センター白河館研修室でおこないました。内容は、放射線に関する基礎知識の講習に加え、放射線計測実習、除塵清掃体験でしたが、第1回は浜通りでのはじめての研修会で、放射線事故についての知識・技術の普及を待ち望んでいた雰囲気があり、熱心に聴講されている様子が見て取れました。実習資料にも乾燥途中の植物標本を充て、葉に比べて根についている土の放射線量が高いことなど、取扱いについての実習ができました。また、2011年5月に東京でおこなった津波被災資料への対応についての情報普及が遅れていることもわかり、急遽スクウェルチ・ドライイング方法について情報提供と手法照会を行いました(参加者 30名)。第2回には、今後も頻繁に起こる可能性のある水損資料への対応も講習内容に加えることとなり、実習時間を増やして対応しました(参加者 17名)。2011年3月11日の被災からほぼ5年を経過し、一部の地域を除いて、福島県内の放射線量も下がり、福島県文化財レスキューを担当した方々も順に若手に切り替わっています。防災意識や技術の低下を防ぐため、毎年わずかずつでも研修を継続し、震災後の復旧の遅れている浜通りの発掘や文化財レスキューを担当する方々を応援していきたいと思います。


国宝銅造阿弥陀如来坐像(鎌倉大仏)の保存修理

国宝銅造阿弥陀如来坐像(鎌倉大仏)の保存修理

 東京文化財研究所では国宝銅造阿弥陀如来坐像保存修理を宗教法人高徳院より受託しました。本事業では、昭和34年の大修理以来55年ぶりにご尊像を足場で囲い、損傷記録およびクリーニング、金属分析調査、気象環境調査、常時微動測定、免震装置調査、高精細写真撮影を行います。東京文化財研究所と鎌倉大仏の関わりは、昭和の大修理において実施したガンマ線透過撮影、平成7年に表面の銅腐食物のサンプリング分析と環境調査を実施して以来となります。本事業では、表面の錆をはじめて非破壊分析手法を用いて分析するとともに、より詳細な損傷記録をとるなど、現在の保存状態について明らかにする予定です。また、昭和の大修理で地震対策として施工されたすべり免震装置の現状について確認する予定です。


第29回近代の文化遺産の保存修復に関する研究会「近代文化遺産の保存理念と修復理念」

当日の発表の様子

 保存修復科学センター近代文化遺産研究室では、1月15日(金)に当研究所セミナー室において「近代文化遺産の保存理念と修復理念」を開催しました。当日は、ドイツ産業考古学事務所長のロルフ・フーマン氏、産業考古学会会長の伊東孝氏、長岡造形大学教授の木村勉先生、東京大学教授の鈴木淳先生の4氏をお招きし、ご講演いただきました。フーマン氏からはドイツにおける産業遺産の保存理念と修復理念に関するご講演を頂きました。伊東氏からは建築遺産、土木遺産、産業遺産という3つのカテゴリーに分かれた近代文化遺産のそれぞれに体する保存理念と修復理念のお話を伺いました。木村先生からは、近代洋風建築の保存と修復を通して近代解散の現状と課題に関するお話をいただきました。鈴木先生からはご専門の産業技術史の観点から、残されている遺産から、当時の技術の変遷等も窺い知ることが出来るので、そのような支店から遺産を保存する必要もあるというお話をいただきました。皆様それぞれ実践を踏まえたお話であっただけに説得力が有り聴衆の方々も熱心に耳を傾けていました。終了後のアンケートにもありましたが、保存理念と修復理念の問題はこの1回で終わることなく、さらに深めた議論が必要だと感じました。再度、より深めた議論が行えるよう更なる調査研究を実施して参ります。


「被災文化財等保全活動の記録に関する研究会」の開催

被災文化財等保全活動の記録に関する研究会

 2016年1月29日、「被災文化財等保全活動の記録に関する研究会」を開催しました。これは、国立文化財機構による文化財防災ネットワーク推進事業の一環として東京文化財研究所が取り組んでいる「危機管理・文化財防災体制構築のための調査研究」のひとつとして行いました。
 これまでの被災文化財等の保全活動に際しては、個々の現場に関する活動報告や、関係者間の会議や連絡の記録など、膨大で多種多様な記録資料が作成されてきました。そうした記録資料は、それぞれが直面した課題を学び、今後の活動のあり方を展望する手がかりともなります。そこで本研究会では、これまでの保全活動の記録が、どのように残され、現在活用されようとしているのかについての報告を行い、活動の記録が有する可能性について議論しました。
 当日は、大災害それじたいを記録する資料(災害資料)の収集・公開についての報告から始まり、阪神・淡路大震災における歴史資料ネットワークや被災文化財等救援委員会の活動、新潟県中越地震における地域歴史資料の保全や避難所資料の収集、東日本大震災における全国美術館会議の活動をもとに、それぞれ活動の記録の保存、活用という視点から報告が行われました。討論のなかでは、保全活動のなかでの記録の位置付けや、災害資料論として保全活動の記録をどのように捉えるかについて活発に議論されました。
 被災文化財等保全活動については、技術的・体制的な面での研究はもちろん、これまでの活動の記録についても継続的に議論を続ける必要があります。それを通じて、災害から歴史文化を守ることにつなげたいと考えています。


バガン(ミャンマー)における煉瓦造遺跡の壁画保存に関する調査・研修

煉瓦造遺跡の屋根損傷状況の調査

 1月7日から1月18日までの日程で、ミャンマーのバガン遺跡において壁画の保存修復に関する研修とバガン遺跡群内No.1205寺院の壁画崩落個所の応急処置を行いました。文化庁から受託している文化遺産国際協力拠点交流事業における、最後の調査・研修となりました。
 研修では、蛍光X線分析装置を用いた壁画の顔料分析、UAV(ドローン)による寺院外観の撮影および写真を用いた3Dモデルの作成技術(SfM)に関する講義、壁画修復現場でのディスカッションを行い、ミャンマー文化省考古博物館局のバガン支局およびマンダレー支局の壁画・建築保存修復の専門職員4名の参加がありました。参加者からは、今回の研修内容を他の修復事業にも役立てていきたいとの意見が聞かれ、今後の活用が期待されました。視察を行った修復現場では、過去の研修で指導した修復材料の調整方法が実践されており、研修の効果の一端を実感することができました。また、No.1205寺院の壁画崩落個所についても、平成26年度から継続して行っている応急処置をすべて終えることができました。本事業での調査を通じて、屋根の雨漏りが壁画損傷の大きな原因の一つであることが検証され、その対策を講じることの重要性が再認識されました。今後のバガンでの壁画保存に、本事業での調査・研修成果が活かされていくことを期待しています。


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