写真展「生きている遺産としてのスーダンの嗜み―混迷の時代を超えて―」の開催(たばこと塩の博物館)
写真展「生きている遺産としてのスーダンの嗜み―混迷の時代を超えて―」が、10月5日~11月17日までの会期で、たばこと塩の博物館(東京都墨田区)で開催されました。
この展覧会は、たばこと塩の博物館と科学研究費事業「ポストコンフリクト国における文化多様性と平和構築実現のための文化遺産研究」(代表:無形文化遺産部長・石村智)の共催で実施され、東京文化財研究所の後援、駐日スーダン共和国大使館の協力を得ました。
この展覧会では、日本国際ボランティアセンター(JVC)スーダン事務所の今中航氏、京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科(ASAFAS)の金森謙輔氏、ジャーナリストで8bitNews代表の堀潤氏、スーダン科学技術大学教授のモハメド・アダムス・スライマン氏から提供された写真のほか、大英博物館、東京国立博物館、駐日スーダン共和国大使館のコレクションからの写真を含む12点の写真が展示されました。中でも、モハメド・アダムス・スライマン氏から提供された写真は、武力紛争の只中にあるスーダンの日常生活を捉えた貴重なものであり、写真を提供してくださったスライマン氏に心より感謝申し上げます。
10月26日にはギャラリートークを開催し、石村智による展示解説と、ブループリント(注1)制作者の熊谷健太郎氏による、ブループリントの原材料として欠かせないアラビアゴムとスーダンの関係についてのトークが行われました。
11月10日には関連シンポジウムを開催しました。前半はパネルディスカッションで、青木善氏(たばこと塩の博物館)、金森謙輔氏、堀潤氏、関広尚世氏(京都市埋蔵文化財研究所)、清水信宏氏(北海学園大学)が報告を行った他、今中航氏と坂根宏治氏(日本国際平和構築協会、元JICAスーダン事務所所長)がオンラインで報告を行いました。またアリ・モハメド・アハメド・オスマン・モハメド氏(駐日スーダン共和国大使館臨時代理大使)からはビデオメッセージを寄せていただきました。なお全体の司会は石村智が務めました。さらにパネルディスカッションの最後には、日本在住のスーダン人青年がコメントを寄せました。
後半には、REIKAスダニーズ・ダンスグループ(Reika、Miyuki、Yoko、Reiko、Miho、Akiko、Yoko)によるパフォーマンスが行われました。最後の曲では、観客も一緒になってスーダンのダンスを踊りました。シンポジウムには80名が参加し、大盛況でした。
会期中、博物館のミュージアムショップでは、このシンポジウムのパネリストたちが執筆した書籍『スーダンの未来を想う―革命と政変と軍事衝突の目撃者たち―』(関広尚世・石村智編著、明石書店、2024年)の販売も行われました。
最後に、この展示にご協力いただいたジュリー・アンダーソン氏(大英博物館)、モハメッド・ナズレルデイン氏(テュービンゲン大学)、アリ・モハメド・アハメド・オスマン・モハメド氏(駐日スーダン共和国大使館臨時代理大使)に感謝申し上げます。
(注1)ブループリント(シアノタイプ)とは、青色の発色を特徴とする19世紀に発明された写真方式。機械図面や建築図面の複写(青写真)によく用いられた。現在では実用としてはほとんど用いられないが、その独特の表現から美術作品として用いられる。
研究会「東京文化財研究所における実演記録事業(講談)一龍斎貞水師を偲んで」の開催
令和6(2024)年10月3日、東京文化財研究所地下セミナー室で研究会「東京文化財研究所における実演記録事業(講談)一龍斎貞水師を偲んで」を開催しました。
無形文化遺産部では、古典芸能を中心とする無形文化財のうち、一般に披露される機会の少ないジャンル、演目を選んで実演記録事業を実施しています。一龍斎貞水氏(1939-2020、国指定重要無形文化財「講談」保持者[各個認定])による講談の実演記録も、平成14(2002)年から令和2(2020)年にかけて、145演目の記録撮影を実施してきました。
当研究会では、無形文化遺産部部長・石村智による趣旨説明ののち、武蔵野美術大学教授・今岡謙太郎氏による講演「歌舞伎『勧進帳』の成立と講談の関係について」、当研究所による実演記録・講談『難波戦記』より「木村長門守の堪忍袋」(貞水氏、平成27(2015)年5月26日当研究所実演記録室にて収録)の上映、貞水師門弟・一龍齋貞橘氏の口演で講談『勧進帳』、貞橘氏と無形文化遺産部客員研究員・飯島満氏による対談「貞水師について」を実施しました。
貞水氏による実演記録(講談)の公開可能な記録映像は、近日中に当研究所資料閲覧室で視聴可能となる見込みです(視聴開始の際には当研究所ウェブサイトでお知らせします)。
今後も無形文化遺産部では、披露の機会が稀少な古典芸能等の記録を継続し、可能なものについては適切な方法で公開して、無形文化財の継承に資するべく努めてまいります。
雅楽上演を多角的に捉える:実験収録の実施
令和6(2024)年9月30日と10月1日に、雅楽の実演について、視聴覚データ・生理学データ(呼吸等)・モーションキャプチャデータを同時計測する実験収録を行いました。これは、無形文化遺産部研究員・鎌田紗弓が研究代表者を務める「楽と舞:雅楽実践の身体コミュニケーション」プロジェクトの一環であり、東京文化財研究所・東京大学・桜美林大学・神戸大学・理化学研究所・ダラム大学の共同研究として、三島海雲記念財団 2024年度学術研究奨励金の助成を受けたものです。
伝統芸能では、役割の異なる演者同士で見計らって表現を「合わせる」ことがよくありますが、これは決して「機械的に揃える」ことを意味しません。その微妙な調整がどのように行われるのかを探るため、収録の主な目的は、(1)呼吸や細かな動きなど映像・音声だけでは捉えきれない要素も含めて記録すること、(2)楽人・舞人の役割を担う際に何を意識しているのかという演者ご自身の意識・感覚について洞察を得ることとしました。2日間を通して、計13名の演奏家の協力のもと、《萬歳楽》と《陵王》の舞楽・管絃での上演を収録しています。
今後は、得られた量的データ(視聴覚記録、生理学的記録、モーションキャプチャ)と質的データ(インタビュー)を、演奏者間の相互作用という観点から詳細に分析していきます。研究は始まったばかりですが、将来的な成果を、多様化する伝統芸能の記録作成手法そのものの検証にも繋げられればと考えています。
シンポジウム「森と支える「知恵とわざ」―無形文化遺産の未来のために」の開催
令和6(2024)年8月9日、東京文化財研究所にてシンポジウム「森と支える「知恵とわざ」―無形文化遺産の未来のために」が開催されました。
昨今、無形のわざや、有形の文化財の修理技術を支える原材料が入手困難になっていることが大きな問題となっています。山を手入れしなくなったことによって適材が入手できなくなった、需要減少によって材の産地が撤退してしまった、流通システムが崩壊してしまった、など背景は様々ですが、いずれも、人と自然との関わりのあり方が変わってしまったことが要因としてあります。
本シンポジウムは、こうした現状を広く知ってもらい、課題解決について共に考えていくネットワークを構築することを目的に開催されました。まず第一部では5名の方をお招きして、自然素材を用いた様々なわざを実演いただきました。荒井恵梨子氏にはイタヤカエデやヤマモミジのヘギ材で編む「小原かご」、延原有紀氏にはサルナシやバッコヤナギ樹皮で編む「面岸箕」、中村仁美氏にはヨシで作る「篳篥の蘆舌(リード)」、小島秀介氏にはキリで作る「文化財保存桐箱」、関田徹也氏には里山の木で作る祭具「削りかけ」について実演や解説をいただき、参加者とも自由に交流していただきました。その後、第二部では秋田県立大学副学長の蒔田明史氏による講演「文化の基盤としての自然」と、当研究所職員3名による報告がありました。
先述したように、原材料の不足の背景には、人と自然との関係性が変化したことが大きな要因としてあります。それは社会全体の変化と直結しており、一朝一夕で解決できる問題ではありません。しかしだからこそ、この現状を広く社会に知っていただき、様々な地域、立場からこの問題について考え、行動していただくことが重要になってきます。無形文化遺産部では課題解決に少しでも寄与できるよう、今後も引き続き、関連する調査研究やネットワークの構築、発信をしていきたいと考えています。
なお、シンポジウムの全内容は近日中に報告書として刊行し、PDF版を無形文化遺産部HPで公開する予定です。
国際博物館会議(ICOM)日本国内委員会での報告:武力紛争下の文化遺産保護について
令和6(2024)年5月19日に国際博物館会議(ICOM)日本国内委員会の総会と公開シンポジウムが国立民族学博物館で開催されました。この総会において、無形文化遺産部長・石村智が「スーダン武力紛争における文化遺産保護について」と題した報告を行いました(清水信宏氏[北海学園大学]、関広尚世氏[京都市埋蔵文化財研究所]との連名)。私たちはこれまで科学研究費事業「ポストコンフリクト国における文化多様性と平和構築実現のための文化遺産研究」において武力紛争下にあるスーダンの文化遺産の現状について情報収集を行っており、その成果を発表しました。
スーダンでは令和5(2023)年4月に始まったスーダン国軍と準軍事組織である即応支援部隊(RSF)との間の武力紛争が現在まで続いており、同国の有形・無形の文化遺産も深刻な影響を被っています。私たちはこれまでスーダン国内・国外のスーダン人文化遺産専門家および英国をはじめとする国際的な専門家と連絡を取り合い、その現状についての情報収集を行ってきました。今回はその成果を報告するとともに、国際博物館会議(ICOM)を通じたスーダンに対する国際的な支援の必要性を訴えました。
国際博物館会議(ICOM)はブルーシールド国際委員会を構成する組織のひとつです。ブルーシールド国際委員会とは、昭和29(1954)年に国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)で採択された「武力紛争の際の文化財の保護に関する条約」(通称ハーグ条約)に基づき、武力紛争や災害によって存続の危機に面している文化遺産を保護するための活動を行う国際的な枠組みで、平成8(1996)年に設立されました。日本は平成19(2007)年にハーグ条約に批准し、117番目の締約国となりましたが、日本はまだブルーシールド国際委員会には未加盟となっています。
日本は昭和20(1945)年の終戦以降、幸いなことにこれまで大きな武力紛争に巻き込まれることはありませんでした。しかしその後も世界各地では武力紛争によって多くの文化遺産が被害を受けてきました。これまで日本はカンボジアやアフガニスタンにおいて武力紛争後(ポストコンフリクト)の文化遺産保護の国際協力を行ってきており、国際的にも高い評価を受けてきました。
しかし昨今の状況を見ると、スーダンだけではなくウクライナやガザ地域など、世界の様々な場所で武力紛争が継続しており、多くの文化遺産が危機に瀕しています。こうした文化遺産を守るために私たちは何ができるのか? 今回の私たちの国際博物館会議(ICOM)日本国内委員会での発表がそのことを議論するきっかけとなることを願っています。
オンラインワークショップ「スーダンの無形文化遺産とリビングヘリテージの保護」の開催
令和6(2024)年5月28日・29日にオンラインワークショップ「スーダンの無形文化遺産とリビングヘリテージの保護(“Reunion, Rehabilitation, and Revitalization” International Online Workshop for Safeguarding Intangible Cultural Heritage and Living Heritage in Sudan)」を開催しました。このワークショップは無形文化遺産部長・石村智が代表者をつとめる科学研究費事業「ポストコンフリクト国における文化多様性と平和構築実現のための文化遺産研究」の活動によるもので、東京文化財研究所無形文化遺産部が主催、英国のSSLH(Safeguarding Sudan’s Living Heritage)プロジェクトが共催、スーダン国立文物博物館局国際協力部(Department of International Relations and Organizations, National Corporation for Antiquities and Museums)が協力という体制で開催されました。
スーダンでは令和5(2023)年4月より武力紛争下にあり、首都のハルツームにある国立博物館や国立民族学博物館などは閉鎖され、文化遺産を守る専門家も国外に脱出するか、国内の比較的安全な地域に退避するかを余儀なくされています。しかしそうした困難な状況にも関わらず、スーダン人専門家たちは文化遺産を守るための活動を継続しています。例えば私たちのカウンターパートであるアマニ・ノーレルダイム氏(前・国立民族学博物館館長、現・国立文物博物館局国際協力部部長)は、スーダン国内の比較的安全な地域に退避し、その地域の博物館を拠点に文化遺産を守る活動を地域住民と協力して行ってきました。また英国のSSLHプロジェクトは、スーダン国内の比較的安全な地域の博物館を拠点に、現地のスーダン人専門家と協力しながら伝統文化の継承のための事業を開始しようとしています。
今回のオンラインワークショップでは、こうしたスーダン国内外で様々な活動を行っている専門家たちをつなぎ、情報共有を行うとともに、この困難な状況を乗り越えるための議論を行いました。その内容は以下の通りです。
趣旨説明(石村智/東京文化財研究所無形文化遺産部)
スーダンの無形文化遺産とリビングヘリテージ保護のための戦略(イスマイル・アリ・エルフィハイル氏/ハウス・オブ・ヘリテージ代表・ユネスコ専門家)
近年のユネスコ無形文化遺産保護条約の流れ(石村智)
人災への備え:21世紀の危機遺産(益田兼房氏/立命館大学)
スーダン国内外でのSSLHプロジェクトの活動(ヘレン・マリンソン、マイケル・マリンソン氏/SSLHプロジェクト)
リビングヘリテージとしてのスーダンの伝統建築(清水信宏氏/北海学園大学、石村智、関広尚世氏/京都市埋蔵文化財研究所)
戦時下における文化遺産への影響:ゲジーラ博物館の事例(アマニ・ノーレルダイム氏/国立文物博物館局国際協力部)
戦時下の世界遺産ジェベル・バルカルにおける文化遺産保護と現地住民(サミ・エルアミン氏/世界遺産ジェベル・バルカル事務所)
シーカン博物館における文化遺産保護と地域住民(アマニ・ヨーセフ・バシール氏/シーカン博物館)
総合討議(司会:インティサール・ソガイロウン氏/アラブ学研究所(カイロ)・前スーダン教育大臣、ジュリー・アンダーソン氏/大英博物館、コメンテーター:アブドルラーマン・アリ氏/ユネスコ専門家・前国立文物博物館局局長)
閉会のあいさつ(アリ・モハメド氏/在日本スーダン国大使)
参加した専門家の中には、ネット接続が難しい状況に苦労した人もいました。それでも武力紛争下という困難な状況にあっても、こうしてオンラインで多くの専門家が一堂に会することが出来たことは大きな成果でした。
スーダンは現在もなお武力紛争下にあり、私たちが現地に行って活動することは出来ません。しかしたとえスーダン国外にあっても、スーダンの文化遺産保護のためにどのような国際協力が出来るかを、これからも考え続けたいと思います。
無形文化財を支える原材料-上牧・鵜殿のヨシ刈りに参加
無形文化遺産部では、無形文化財を支える用具(付属品を含む楽器、小道具、装束等)やその原材料の調査・研究も行っています。
大阪府高槻市の淀川河川敷、上牧・鵜殿地区のヨシは、かねて雅楽の管楽器・篳篥の蘆舌に適していると言われてきました。しかし荒天とコロナ禍でヨシ原焼きが2年続けて中止され、ツルクサが繁茂したため、令和3(2021)年9月頃よりこの地域のヨシが壊滅状態になりました。この状況を改善するため、鵜殿のヨシ原保存会と上牧実行組合をはじめ、地域住民、高槻市、雅楽関係者等が協力して、ヨシ焼きやツルクサ除去を継続的に行っています。無形文化遺産部では、当該地のヨシの生育環境やその特性について調査を進めており、2月2日~3日に行われたヨシ刈りに参加し、ヨシの現状や利用について情報収集を行いました。このたびのヨシ刈りは、篳篥の蘆舌用ヨシなどが実行組合の方々によって刈り取られた後、蘆舌には適さない細いヨシをヨシ紙やヨシのタオル等に利用するために企画されています。今年のヨシは昨年より状態が良いものの、篳篥の蘆舌の需要に十分に応えるまでには至っていないようです。当日は、ヨシの需要拡大に取り組む企業や、ヨシ原の自然環境への理解を深めようという個人・団体の方が集まり、各日60名以上の参加となりました。地域の人々や企業のヨシへの理解が深まることと、雅楽関係者の篳篥の蘆舌原材料としてのヨシへの理解が深まることは、結果として雅楽継承の両輪となります。無形文化遺産部では、ヨシそのものの特性や篳篥蘆舌の原材料としての適性について調査を進めるとともに、原材料をはぐくむ地域の環境についても注視しています。
実演記録「平家」第六回の実施
無形文化遺産部では、継承者がわずかとなり伝承が危ぶまれている「平家」(「平家琵琶」とも)の実演記録を平成30(2018)年より「平家語り研究会」(主宰:薦田治子武蔵野音楽大学教授、メンバー:菊央雄司氏、田中奈央一氏、日吉章吾氏)の協力を得て、実施しています。第五回は、令和6(2024)年2月8日、東京文化財研究所 実演記録室で《鱸》の撮影を実施しました。
《鱸》は、平清盛の舟に鱸が飛び込んだエピソードを、熊野権現の守護を受けた平家一門の繁栄の前触れとして語ります。この詞章から、《鱸》は祝儀曲として好んで演奏されます。またこの曲は、短いながら基本的な旋律型を一通り含んでいるため、手ほどき(入門用の曲)としてもしばしば用いられます。今回の実演記録では、《鱸》を菊央氏、日吉氏、田中氏に分担して演奏してもらい、記録撮影しました。
また、今回の記録撮影では、東京藝術大学教授亀川徹氏のもとでスタジオ録音を学ぶ学生の方々にも手伝っていただき、実演記録「平家」が、伝統芸能の記録撮影に欠かせない音響技術の実践の場ともなりました。
今後とも無形文化遺産部では、伝統芸能の記録にかかる技術を、志をともにする方々と共に磨きながら、実演記録を重ねていきます。
実演記録「宮薗節」第一回~第九回の映像(冒頭部分)の公開
宮薗節は、国の重要無形文化財でありながら、今日では演奏の機会があまり多くはありません。そのため、無形文化遺産部では、平成30(2018)年より、実演記録「宮薗節」を継続的に行っています。このたび、第一回~第九回の映像について、冒頭部分を当研究所ウェブサイト上で公開しました(https://www.tobunken.go.jp/ich/video/から選択してください)。
実演記録「宮薗節」では、宮薗千碌氏、宮薗千佳寿弥氏(いずれも国の重要無形文化財「宮園節」保持者[各個認定]いわゆる人間国宝)らによる演奏で、伝承曲を省略せずに全曲演奏でアーカイブしており、これらの貴重な映像は東京文化財研究所視聴ブースでご覧になれます。なお、視聴ブースには限りがありますので、事前に資料閲覧室にお問い合わせの上ご来所ください(https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/library.html)。
無形文化遺産部では、実施した音声・映像記録について、今後も可能な範囲で公開していく予定です。
調査録音「東流二絃琴」第2回の実施
令和6(2024)年2月16日、無形文化遺産部は東京文化財研究所の実演記録室(録音スタジオ)で、東流二絃琴の調査録音(第2回)を行いました。
東流二絃琴は、細長い板に張った二本の絃を弾じつつ唄う楽器・二絃琴の流派の一つです。明治の初めごろに初代藤舎蘆船(1830-1889)によって創始され、東京を中心に伝承されてきました。しかし今日では伝承者が極めて少なく、一般に参照できる視聴覚資料の曲目も限られていることから、調査録音を実施しています。
第1回録音では初代蘆船作の6曲をとりあげましたが、伝承曲には、後の世代の作品も含まれます。第2回では、『岸の藤波』『八つの花』『菊の寿』『花の雨』『松風の曲』『船遊び』の6曲を収録しました。1曲目は四代目蘆船(1869-1941)、2曲目は三代目蘆船(?-1931)作と伝わっています。また4曲目は初代蘆船作の歌詞へ、後の演奏家が旋律を補い、再び弾き継がれるようになったとのことです。前回よりも成立年代に幅のある収録曲からは、レパートリーにおける演奏技法や曲想の多様さが窺われました。いずれも東流二絃琴「東会」代表の九代目藤舎蘆船氏、藤舎蘆高氏による演奏です。
無形文化遺産部では、今後も演奏機会の少ない芸能や、貴重な全曲演奏の記録作成を継続していく予定です。
ユネスコ無形文化遺産の保護に関する政府間委員会の傍聴
標記の委員会が令和5(2023)年12月5日~8日、ボツワナ共和国のカサネで開催され、東京文化財研究所から無形文化遺産部無形文化財研究室長・前原恵美と文化財情報資料部文化財情報研究室長・二神葉子が傍聴しました。ボツワナ共和国は南アフリカ共和国の北に位置していて、カサネはチョベ国立公園の北部の玄関口として知られ、野生動物が多く暮らす自然豊かな小さな町です。
会場は、この会議のために設営されたパビリオンで、外でイボイノシシ親子が草を食むのどかさでした。この長閑さとリンクしたわけではないでしょうが、たびたびジョークで会場の雰囲気を和ませた議長H.E. Mr Mustaq Moorad 氏(ユネスコ代表部大使/ボツワナ共和国)のもとで、議事は穏やかに進行しました。今回の委員会では、緊急に保護する必要がある無形文化遺産一覧表に6件、人類の無形文化遺産の代表的な一覧表(代表一覧表)に45件の記載が決まり、4つのプログラムをグッドプラクティスに選定しました。これらの案件には、委員会に対して決議内容の勧告を行う評価機関も全て記載・選定を勧告しており、このことも会場の和やかな雰囲気作りに大いに貢献しました。詳細は令和6(2024)年3月
刊行予定の『無形文化遺産研究報告』18号で二神より報告予定ですが、ここでは委員会を通して感じたことを三つ挙げておきたいと思います。
まず、複数国による共同提案の多さです。日本にはまだ、他国と共同で一覧表への記載を提案した経験がありませんが、今回代表一覧表への記載が決まった45件のうち、12件が複数国による共同提案でした。この傾向はここ数年顕著で、今後も続きそうです。
二番目には、会場で流される映像に共通した傾向です。委員会で記載が決まると、多くの場合、会場前方スクリーンに当該無形文化遺産の短い映像が流れるのですが、それらの映像の多くに持続可能な開発目標(SDGs)が巧みに盛り込まれていたのが印象的でした。特に「ジェンダー」、「教育」、「海洋資源」または「陸上資源」は、多くの映像でストーリーとして繋がって映し出され、その無形文化がSDGsの取り組みの上に成り立っている、あるいはその無形文化の継承がSDGsの取り組みに直結しているということが強調されていると感じました。
三つ目に、サイドイベントの醍醐味を肌で感じました。会場に隣接していくつもの小さなパビリオンが仮設され、そこでは「ここぞ」とばかりに自国の文化発信や関連する文化保護の活動報告・ディスカッションが繰り広げられます。舞踊や音楽の公演、工芸技術の実演やワークショップ、関連NGO団体の活動成果発信も活発です。政府間委員会には、委員国だけでなく無形文化遺産に関心の高い文化財行政や研究機関、NGOの関係者が世界中から参加するのですから、こうした場を通じて自国の文化を発信し、彼らのアンテナに訴えるには、サイドイベントは非常に効果的です。
この政府間委員会は、無形文化遺産の国際的な協力・援助体制を確立するための重要な会議ですが、無形の文化遺産を各国がどのように捉えているのかを多角的に知る、恰好の情報収集の場でもあると感じました。
第18回無形民俗文化財研究協議会「民具を継承する―安易な廃棄を防ぐために」
令和5(2023)年12月8日、東京文化財研究所にて第18回無形民俗文化財研究協議会「民具を継承する―安易な廃棄を防ぐために」が開催されました。
近年、日本全国で民具の再整理を迫られるケースが増え、問題となっています。本来、収集した資料は、その現物を適切に保管・継承していくことが最善であることは言うまでもありません。しかし、特に地域博物館・地方公共団体においては、収蔵スペースや人員、予算の削減などに伴って、廃棄を含む再整理を検討せざるを得ない切実な課題を抱えている場合も少なくありません。
今回は予想を大きく超える200名以上の方に参加いただき、関心の高さがうかがわれました。事後アンケートなどを見ても、民具の整理が全国でいかに喫緊の課題・困りごとになっているのか、現場の方々がいかに孤軍奮闘しているかが痛感されました。今回の協議会ではこうした課題を共有・協議するため、4名の報告者が民具の収集や整理、除籍、活用等について事例報告を行い、その後、2名のコメンテーターを加えて登壇者全員で総合討議を行いました。
今回の協議会ではどうしたらひとつでも多くの民具を守り、後世へ伝えていけるのかに力点を置いて討議が進められました。様々な視点、意見が提示されましたが、重要な前提として、そもそも文化財としての民具資料が、その他の文化財とは、その意味付けや特性の点で大きく異なることが示されました。
例えば、民具は比較研究のため同型・同種の資料を複数収集する必要があること、資料の価値はコト情報(どの地域、いつの年代に、誰が使ったかなどの民俗誌的情報)と組み合わせることで、はじめて判断できることなどは、民具研究者にとっては当たり前の視点です。しかし、それが行政機関内部や一般社会では十分に理解・周知されていないことによって、昨今の民具をめぐる諸問題に繋がっていることが指摘されました。コメンテーターやフロアからは、一見ありふれたものに思える民具の中に重要な意味を持つものがあり、比較のためにできるだけ多くの資料を残すことが重要であるなど、「捨てない」ことの意義も改めて指摘されました。
民具は先人たちが暮らしのなかで育んできた知恵や技の結晶であり、それらは、それぞれの地域の民衆の暮らしの在り方、歴史、文化、およびその変遷を知るために、きわめて重要で雄弁な資料になります。その貴重な資料が消失の瀬戸際にある危機感をあらためて共有し、民具を守るための新たな手立てが必要であることを認識・共有できたことは大きな成果でした。民具資料を守っていくため、無形文化遺産部では来年度検討会を立ち上げ、関係するみなさまと議論を継続していく予定です。
なお協議会の全内容は、年度内に報告書にまとめ、PDF版を無形文化遺産部のホームページでも公開する予定です。ぜひご参照ください。
シダ籠の製作技術の調査
令和5(2023)年12月25日、広島県廿日市市大野でコシダ(Dicranopteris linearis)を使った籠の製作技術を調査しました。
大野のシダ籠細工は明治30年代に静岡の職人を通して、新たな副業として当地に伝わったとされています(四国から伝わったとされる説もあり)。地形や気候がコシダの生育に適していた大野では良質な材料が豊富に入手できたことから、シダ籠は大正から昭和にかけて重要な産業に発達しました。昭和40年代以降、シダ籠づくりはプラスチック製品の台頭によって急速に衰退しますが、伝統的な技を残そうと平成9(1997)年から技術伝承の講習会が開かれ、現在まで技が繋がってきました。
籠編みにはコシダの葉柄(軸)部分を利用します。10月~翌3月ころ、1メートル程度まで伸びた葉柄を根本部分から刈り、釜で2時間ほど煮て、煮あがったものをよく揉んだら、そのまま籠編みに使える素材となります。タケ類や多くのツル性植物のように割ったり裂いたりする必要がなく、そのまま使えること、水に強く丈夫であることなど、きわめて優秀な素材と言えます。籠のなかでも最も一般的なのは「茶碗めご」と呼ばれる籠で、2時間ほどで編みあがります。
シダを用いた籠はかつて西日本を中心に各地で生産されていましたが、現在でも技が伝承されているのは、管見の限り、ここ大野と沖縄県今帰仁村のみです。日本には各地に籠のような編組品を作る技術が残っていますが、その素材には、地域の自然環境に合わせた多様な植物が選択され、巧みに利用されてきました。無形文化遺産部ではこうした自然利用の知恵と技を記録し、後世に引き継ぐために、引き続き、多様な素材による編組品の調査を進めていきます。
第17回無形文化遺産部公開学術講座「宮薗節の魅力を探る」の実施
令和5(2023)年11月22日、東京文化財研究所地下セミナー室・地下ロビーで第17回無形文化遺産部公開学術講座「宮薗節の魅力を探る」を開催しました。
まず前半では、無形文化遺産部無形文化財研究室長・前原恵美より趣旨説明を行い、その後、古川諒太氏(東京大学大学院博士後期課程)、半戸文氏(しょうけい館戦傷病者資料館)、無形文化遺産部特任研究員・飯島満、無形文化遺産部研究員・鎌田紗弓、前原より、音声・映像記録も用いながら発表を行いました。
後半は、座談会「宮薗千碌さん・千佳寿弥さんに聞く」と題し、 宮薗千碌氏と宮薗千佳寿弥 氏(以上、国の重要無形文化財「宮薗節」保持者[各個認定])に、宮薗節の特徴や習得のエピソード、周辺の邦楽ジャンルとの関係についてお話を伺ったほか、事前に提出された参加者からの質問にもお答えいただきました。その後、当研究所で継続的に実施している実演記録「宮薗節」より『夕霧』(抜粋)を上映しました。
また今回の講座では、宮薗三味線の体験や三味線製作者・竹内康雄氏によるミニ解説、一般財団法人古曲会や宮薗千碌氏・千佳寿弥氏に拝借した資料や楽器等に当研究所の関連資料を加えた展示、当研究所で取り組んでいる実演記録「宮薗節」のポスター展示等も行い、宮薗節をより立体的に知っていただく工夫を試みました。当日のアンケートでは、今回初めて当研究所を知った、宮薗節に初めて触れた、などの回答が複数寄せられ、本講座が伝統芸能との出会いの場になったという実感を得ることができました。
今後も無形文化遺産部では、無形文化財の魅力を、最新の研究成果とともにわかりやすく伝えられる取り組みを継続していきます。なお、本講座の様子を記録した映像は編集後に期間限定配信、報告書は各発表や資料紹介を充実させて次年度刊行・PDF公開予定です。
公益財団法人ポーラ伝統文化振興財団「伝統文化記録映画」の寄贈・資料閲覧室での視聴開始
このたび公益財団法人ポーラ伝統文化振興財団より財団制作の「伝統文化記録映画」の寄贈を受け、令和5(2023)年12月より東京文化財研究所閲覧室で視聴ができるようになりました。ポーラ伝統文化振興財団では「伝統工芸の名匠」、「伝統芸能の粋」、「民俗芸能の心」の3つのシリーズの映画を制作しています
(https://www.polaculture.or.jp/movie/index.html)。
本年度寄贈を受けた作品は以下の26点です。
1「-うるしを現代にいかす- 曲輪造・赤地友哉」
2「芭蕉布を織る女たち -連帯の手わざ-」
3「新野の雪祭り -神々と里人たちの宴-」
4「国東の修正鬼会 -鬼さまが訪れる夜-」
5「-筬打ちに生きる- 小川善三郎・献上博多織」
6「鍛金・関谷四郎 -あしたをはぐくむ-」
7「呉須三昧 -近藤悠三の世界-」
8「芹沢銈介の美の世界」
9「狂言師・三宅藤九郎」
10「-琵琶湖・長浜- 曳山まつり」
11「ふるさとからくり風土記 -八女福島の燈篭人形-」
12「月と大綱引き」
13「秩父の夜祭り -山波の音が聞こえる-」
14「重要無形文化財 輪島塗に生きる」
15「世阿弥の能」
16「飛騨 古川祭 -起し太鼓が響く夜-」
17「舞うがごとく 翔ぶがごとく -奥三河の花祭り-」
18「変幻自在 -田口善国・蒔絵の美-」
19「ねぶた祭り -津軽びとの夏-」
20「みちのくの鬼たち -鬼剣舞の里-」
21「木の生命よみがえる -川北良造の木工芸-」
22「志野に生きる 鈴木藏」
23「神と生きる -日本の祭りを支える頭屋制度-」
24「鬼来迎 鬼と仏が生きる里」
25「蒔絵 室瀬和美 -時を超える美ー」
26「野村万作から 萬斎、裕基へ」
視聴をご希望の方は東京文化財研究所資料閲覧室(https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/library.html)の開室時間に受付にてお申し込みください。今後も視聴できる作品を増やしていく予定ですので、最新の情報はこちらのHPよりご確認ください(https://www.tobunken.go.jp/ich/video/ich-dvd/)。
みなさまのご来室をお待ちしております。
調査録音「東流二絃琴」第1回の実施
令和5(2023)年11月29日、無形文化遺産部は東京文化財研究所の実演記録室(録音スタジオ)で、東流二絃琴の調査録音(第1回)を行いました。
東流二絃琴は、細長い板に張った二本の絃を弾じつつ唄う楽器・二絃琴の流派の一つです。神事に使われる八雲琴をもとに、明治の初めごろ、初代藤舎蘆船が東京で創始しました。夏目漱石『吾輩は猫である』に三毛子の飼い主として二絃琴の師匠が登場するように、明治中期にはかなりの流行を見せたといいます。昭和48(1973)年3月には、藤舎蘆翠(のちの六代目蘆船)・藤舎蘆雪(のちの七代目蘆船)が国の「記録作成等の措置を講ずべき無形文化財」に選択され、平成14(2002)年3月には八代目蘆船が台東区無形文化財に指定されました。しかし今では伝承者が極めて少なく、一般に参照できる視聴覚資料の曲目も限られていることから、調査録音を実施することとしました。
第1回では、『窓の月』『ほととぎす』『初秋』『砧』『四季の艶』『隅田川』の6曲を収録しました。いずれも初代蘆船の作品で、明治18(1885)年刊『東流二絃琴唱歌集』に詞章が掲載されています。東流二絃琴「東会」代表の九代目藤舎蘆船氏、藤舎蘆高氏による演奏です。
無形文化遺産部では、今後も演奏機会の少ない芸能や、貴重な全曲演奏の記録作成を継続していく予定です。
スーダンのリビングヘリテージ保護への国際協力
東京文化財研究所では令和5(2022)年度より科学研究費「ポストコンフリクト国における文化遺産保護と平和構築」(挑戦的研究(萌芽))事業により、スーダン共和国の国立民族学博物館とリビングヘリテージの保護に関する研究交流を行っています(研究代表者:無形文化遺産部長・石村智、研究分担者:北海学園大学工学部准教授・清水信宏氏、研究協力者:京都市埋蔵文化財研究所調査研究技師・関広尚世氏)。スーダンでは長年にわたって内戦と独裁政権の支配による政治的混乱が続いてきましたが、平成31/令和元(2019)年に30年間続いた独裁政権が崩壊して暫定的な民主国家が樹立され、国の復興が進められてきました。そうした中、スーダンの歴史と文化的多様性を表現するものとしての文化遺産の重要性、とりわけ無形文化遺産をはじめとするリビングヘリテージへの注目が高まっています。令和5(2023)年5月には国立民族学博物館長Amani Noureldaim氏、副館長・Elnzeer Tirab氏を日本に招へいし、本研究所と共同研究の覚書を締結する予定でした。
しかし令和5(2023)年4月15日、スーダン国軍と準軍事組織である即応支援部隊(RSF)との間で衝突が発生し、スーダン国内は武力紛争下に置かれてしまいました。そのため5月に予定していた招聘は直前で、いったん延期とすることにしました。
このような困難な状況にあっても、スーダンの文化遺産関係者は文化遺産を守るための活動を続けるべく努力を重ねています。首都のハルツームにある国立民族学博物館やスーダン国立博物館等は閉鎖せざるを得ない状況となっていますが、国立文物博物館局(NCAM)の職員をはじめとする関係者は国外に退避したり、国内の安全な地域に避難したりしながら、活動を継続しています。例えば6月3日~5日と7月6日~10日には、主にエジプトのカイロに退避した関係者を中心に、文化財保存修復研究国際センター(ICCROM)の主導により対面とオンラインによる緊急ワークショップ・フォーラムが開催されました。本事業のメンバーもスーダン人専門家の招待を受けて、これらの会議の一部にオンラインで参加しました。
こうした状況を受けて、本事業の目的も「紛争下での文化遺産保護」に軌道修正し、私たちも可能な限りこうした動きに呼応することにしました。8月にはイギリスの大英博物館を訪問し、長年にわたってスーダンの文化遺産保護に携わってきたJulie Anderson博士、Michael Mallinson氏、Helen Mallinson博士と意見交換を行いました。そして9月10日~13日にカイロの子供博物館で開催されたユネスコの会議「緊急事態下にあるスーダンのリビングヘリテージ保護のための専門家会議(Experts Meeting on Living Heritage and Emergencies: Planning the Response for Safeguarding Living Heritage in Sudan)」に参加し、国際的な専門家と協議を行いました。またあわせて、カイロに臨時オフィスを置いている在スーダン日本国大使館において、エジプトに退避しているスーダン人文化遺産関係者(NCAM局長・Ibrahim Musa氏をはじめとする9名)と駐スーダン特命全権大使・服部孝氏、JICAスーダン事務所長・久保英士氏をはじめとする大使館・JICAのスタッフを交えた会談を行い、情報交換を行うとともに日本からの文化遺産保護の国際協力の可能性について協議しました。
現在、スーダン国内の治安状況はまだ安定していませんが、それでもスーダン国内に残った文化遺産関係者は地方の博物館等を拠点に、文化遺産を守るための活動に携わっています。私たちも彼らと連絡を取り合いながら、引き続き研究交流を行っていきたいと思います。
また大英博物館のMichael Mallinson氏、Helen Mallinson博士を中心に、11月1日より「#OurHeritageOurSudan」と題した90日間のキャンペーンが行われています。これはスーダンのリビングヘリテージについて学び、それを共有することで、スーダンの復興やそのために奔走している人々を応援しようという趣旨のものです。本キャンペーンのウェブサイトでは、スーダンの豊かで多様な文化遺産の様子を写真や映像で見ることが出来ます。私たちも本キャンペーンの趣旨に賛同し、協力していますので、ぜひこちらのウェブサイトもご覧いただければ幸いです。
https://www.sslh.online/ [外部サイト]
実演記録「宮薗節(みやぞのぶし)」第九回の実施
令和5(2023)年10月31日、無形文化遺産部は東京文化財研究所の実演記録室で、宮薗節の記録撮影(第九回)を行いました。
国の重要無形文化財・宮薗節は、江戸時代中期に上方で創始され、その後は江戸を中心に伝承されてきました。今日では、一中(いっちゅう)節・河東(かとう)節・荻江(おぎえ)節とともに「古曲」と総称され、演奏の機会もあまり多くはありません。無形文化遺産部では、平成30(2018)年より、実演記録「宮薗節」を継続的に行っており、伝承曲を省略せずに全曲演奏でアーカイブしています。
今回は、宮薗節のレパートリーの中でも「新曲」に分類される十段の中から、《薗生(そのお)の春》と《椀久(わんきゅう)》を収録しました。前者は、明治21(1888)年に宮薗節独立を記念して作られた作品で、宮薗節には珍しい華やかな三味線の替手(かえで)が入ります。後者はさらに新しく、昭和24(1949)年に作られた作品です。大坂新町の豪商・椀屋久兵衛(わんやきゅうべえ)(通称椀久)と新町の遊女・松山の悲恋の物語で、ここでは椀久の物狂いの様が描かれます。演奏はいずれも宮薗千碌(せんろく)(タテ語り、重要無形文化財各個指定いわゆる人間国宝)、宮薗千よし恵(ワキ語り)、宮薗千佳寿弥(せんかずや)(タテ三味線、重要無形文化財各個指定いわゆる人間国宝)、宮薗千幸寿(せんこうじゅ)(ワキ三味線)の各氏です。
無形文化遺産部では、今後も宮薗節の古典曲および演奏機会の少ない新曲の実演記録を実施予定です。
伝統楽器をめぐる文化財保存技術と原材料の調査@韓国
このたび無形文化遺産部と保存科学研究センターでは、日本と同様、伝統的な管楽器に竹材を用いる韓国で、竹材確保の現状や、日本で内径調整のために伝統的に用いられている漆の確保、技術伝承について共同で調査を行いました。
今回の調査によれば、韓国では宅地や商業地開発に伴う竹伐採が盛んで、竹材は今のところ潤沢に供給されているとのことでした。ただし伝統的な管楽器・テグム(竹製の横笛)に用いるサンコル(双骨竹または凸骨。縦筋の入った竹)のように特殊な竹の供給は不安定なため、国楽院楽器研究所が竹を薄い板状にして圧着した材を開発し、特許を取得して技術公開しています。ただしこの素材もまだ楽器製作者やテグム演奏家に浸透するにはいたっていないとのことで、引き続きの課題も垣間見えました。
漆については、中国からの輸入が多い現状を打破し韓国国内での漆液の生産・需要量を上げようと、従事者への保護が手厚い点が印象的でした。漆芸品の修復に使用する用具・材料に関する問題は日本ほど生じていないようで、特に加飾材料として用いられる螺鈿貝の加工・販売会社は韓国国内に十数店舗以上あるとのことでした。
韓国では管楽器への漆の使用は一般的ではありませんが、かつてはテグムの管内に朱漆を塗っていたそうで、現在も装飾的な意味合いで朱漆を塗ることがあるとのこと。管内に漆を塗っていた本来の理由が気になるところです。
また、日本では管内に漆を塗り重ねながら内径を調整しますが、韓国ではより肉厚で繊維の密な竹の内径を削りながら内径を調整することがわかりました。漆を塗り重ねて内径を狭めながら調整する日本と、厚みのある竹の内側を削り広げながら内径を調整する韓国。両国で調整方法が対照的なのは興味深く思われました。
本調査に際しては、韓国の国立無形遺産院のご協力もいただきました。日本で生じている原材料確保や保存技術継承の課題を、原材料の共通する他国と比較し、それぞれの技術の特性を知り、課題解決のヒントを得られるような調査研究を続けたいと思います。
箏の構造調査を多角的に―邦楽器製作技術保存会、九州国立博物館と連携―
無形文化遺産部では、伝統芸能の「用具」である楽器の調査研究も行っています。このたび、国の選定保存技術「箏製作 三味線棹・胴製作」の保存団体である邦楽器製作技術保存会、東京文化財研究所と同じ国立文化財機構の九州国立博物館と連携して、江戸時代後期から大正期にかけて製作されたと考えられる箏(個人所蔵)の構造調査を開始しました。楽器製作によって演奏者と観客を繋いできた知見と視点、博物館科学の文化財内部を非破壊調査する技術と視点、無形文化財の楽器学や音楽史研究の視点を総合し、箏の構造を多角的に明らかにしようとしています。
8月29日に九州国立博物館で箏のX線CT撮影を行いましたが、撮影直後に画像を確認しているところから、さっそくこの連携ならではの気づきもいくつかありました。例えば、箏の内側の底に切り込みが見つかると、それがかつてその工程に使われていた鋸の刃が入りすぎた跡と推測されたり、その跡を一部だけ埋木で補っているように見える点について意見を交わしたり。
この調査はまだ始まったばかりですが、異なる立場からの見解を持ち寄ることで、箏の製作技術や意図、その集大成としての箏の構造について、新たな側面が見えてくるのではないかと期待が膨らみます。今後は、撮影した画像の詳細な検討を進めるとともに、この箏の出自を精査し、製作者が同じ可能性のある他機関所蔵の箏と比較することで、構造や製作技術の特徴を明らかにしたいと考えています。