研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


2026 International Forum for Promoting Good Safeguarding Practices of Intangible Cultural Heritageへの参加

会議中に披露されたパンソリのパフォーマンス
春香祭の様子

 大韓民国の南原市で開催された国際会議「2026 International Forum for Promoting Good Safeguarding Practices of Intangible Cultural Heritage(無形文化遺産保護のグッド・プラクティスを推進する国際フォーラム2026)」に東京文化財研究所の石村智が参加しました。この国際会議は南原市と無形文化学センター(Center for Intangible Culture Studies (CICS))の主催によるもので、令和8(2026)年4月30日から5月1日にかけて開催されました。
 この国際会議のテーマは「Increasing the Visibility of Good Safeguarding Practices: Rethinking Approaches in the Context of Underrepresented Regions(保護のグッド・プラクティスの可視性を高める:過小評価されている分野のコンテキストにおけるアプローチの再検討)」でした。ユネスコ無形文化遺産保護条約には「緊急に保護する必要がある無形文化遺産の一覧表(緊急保護一覧表)」「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表(代表一覧表)」「保護のグッド・プラクティスの登録簿」の三つの一覧表および登録簿がありますが、「保護のグッド・プラクティスの登録簿」については国際的にも知名度が低く、その登録件数も少ない(令和7(2025)年時点で43件)ことが課題となっています。その可視性を高めるための方策を議論するのが今回の会議の目的でした。
 筆者は「Good Safeguarding Practices vs. Representative List: Comparing Two Cases of Traditional Architecture Craftsmanship(保護のグッド・プラクティスvs代表一覧表:二つの建造物の伝統的修理技術の比較)」と題した発表を行い、日本の「伝統建築工匠の技:木造建造物を受け継ぐための伝統技術」と、ドイツ・オーストリア・フランス・ノルウェー・スイスの「ヨーロッパの大聖堂の工房もしくはバウヒュッテンの製造技術と消費の実践:ノウハウ、伝承、知識の発展と革新」を取り上げ、前者は代表一覧表に記載されているのに対して後者は保護のグッド・プラクティスに登録されていることを指摘し、その内容について比較検討した結果を報告しました。
 会議が開催された南原市は「春香伝」という物語の舞台として知られています。「春香伝」はもともと李氏朝鮮時代の説話で、妓生の娘と両班の息子の身分を越えた恋愛を描いた物語です。伝統芸能パンソリ(代表一覧表に記載)の演目として演じられるとともに、小説や映画にも翻案されてきました。南原市ではこの物語を記念した「春香祭」が毎年開催されており、会議の二日目はその模様を見学しました。「春香祭」は昭和6(1931)年に始まり、今回で第96回を数えました。会議では、市民によって長年にわたり開催されているこの祭りは「保護のグッド・プラクティス」にふさわしいとする議論もなされました。
 日本においても「保護のグッド・プラクティス」の登録簿についてはこれまでほとんど注目されてきませんでしたが、今後はこうしたアプローチも再検討すべきであると感じました。

(202605 / 石村智)

無形文化財を支える原材料―篳篥ひちりき蘆舌ろぜつの原材料・ヨシをめぐる上牧かんまき鵜殿うどのでの新たな動き

今年のヨシ原焼き(2026.2.15)

 無形文化遺産部では、無形文化財を支える原材料の調査・研究も行っています。雅楽に用いられる篳篥の蘆舌(リード)の適材として知られる、大阪府高槻市の淀川河川敷、上牧・鵜殿地区のヨシ。毎年2月に行われてきた恒例のヨシ原焼きが、荒天とコロナ禍で2年続けて中止されてから5年が過ぎました。ヨシ原焼きが2年途絶えたことで、ツルクサが繁茂してヨシに巻き付いて枯死が進んでしまったことが課題でしたが、今年にかけてヨシ原の保全に向けた動きに変化がありました。
 ツルクサの除草は、これまで雅楽協議会内のヨシ対策室が中心になって寄付やボランティアを募り、ウェブサイト上で情報発信しながら対応してきましたが、一方で安定的で継続性のある枠組みも模索されてきました。令和5(2023)年、雅楽演奏に欠かせない上牧・鵜殿のヨシの安定的な入手が一つの発端となって、一般社団法人雅楽協会が設立されました。ここに国の重要無形文化財「雅楽」の保持者である宮内庁式部職楽部部員が設立準備段階からかかわり、協会に加盟したことは、国の重要無形文化財と上牧・鵜殿のヨシを繋ぐ一つの道筋ができたことを意味します。
 さらに、雅楽の継承と当該地のヨシ原保全に連携して継続的に取り組むべく、令和7(2025)年6月、一般社団法人雅楽協会、地域の鵜殿のヨシ原保存会、上牧実行組合と高槻市が連携する「雅楽の楽器『篳篥』用ヨシ保全コンソーシアム1」が設立され、オブザーバーとして文化財行政を司る文化庁と当該地を管轄する国土交通省が名を連ねました。連動して、無形文化財(雅楽)とその原材料(ヨシ)の関係の重要性を広く知ってもらうための普及事業も活発化しています。
 またこれらの体制が整ったことを受けて、令和7年度(2025)9月1日付で、文化庁の文化財保存事業費の国宝重要文化財等保存・活用事業費補助金(篳篥用ヨシ保全事業の補助金)が補助事業者・ヨシ保全コンソーシアムに対して交付決定されました(事業区分「文化財保存技術」)。また高槻市も「雅楽の楽器『篳篥』用ヨシ保全事業補助金」を交付決定し、篳篥用ヨシの安定的な確保に向けた調査を行い、次年度からの本格的な除草作業に備えています。
 まさにヨシ原保全のためのスキームが実働し始めている当該地で、令和8(2026)年2月15日、恒例のヨシ原焼きが実施されました。当日は高槻市長はじめ、市役所関係者や一般社団法人雅楽協会関係者も立ち合い、また一般のヨシ原焼き見学者からは「ここのヨシは雅楽の楽器に使われているらしい」という会話も聞こえていました。
無形文化遺産部では、無形文化遺産を支える原材料保全の動向についても、引き続き調査研究を継続していきます。また、令和8(2026)年3月末には、無形文化遺産部より『篳篥蘆舌の原材料・ヨシに関する報告書―淀川河川敷 上牧・鵜殿を中心に―』が刊行されます。ご一読いただければ幸いです。

1以下本稿では「ヨシ保全コンソーシアム」と略す。

(202602 / 前原恵美)

実演記録「平家」第八回の実施

菊央雄司氏
田中奈央一氏
日吉章吾氏

 無形文化遺産部では、継承者がわずかとなり伝承が危ぶまれている「平家」(「平家琵琶」とも)の実演記録を、平成30(2018)年より「平家語り研究会」(主宰:武蔵野音楽大学名誉教授薦田治子氏、メンバー:菊央雄司氏、田中奈央一氏、日吉章吾氏)の協力を得て実施しています。第八回は、令和8(2026)年2月19日、東京文化財研究所 実演記録室で《紅葉》(前半)と《横笛》(全曲)を収録しました。
 《紅葉》の前半は、題名にもなっている紅葉をめぐる高倉天皇のエピソードが中心です。高倉天皇即位当初のこと、紅葉する木を植えて愛でるほど紅葉を好んでいた高倉天皇ですが、ある日役人が、こともあろうに紅葉が風で散っていたものを集めて焚き火をし、その火で燗酒を楽しんでしまいました。その不始末を、高倉天皇は咎めないばかりか笑みをたたえ、風流だと感じ入ったというのです。役人の不始末に気を揉む蔵人の描写は、平家の物語としてはおかしみも感じるやや珍しい部分です。このエピソードの最後は「林間に酒を煖めて紅葉を焼く」という白居易の詩を引き合いに、役人の行動に感じ入る高倉天皇の柔和さを象徴するようにして、ゆっくりと締めくくられます。
 《横笛》は、滝口入道と横笛の悲恋がテーマです。滝口入道は、恋人である横笛との仲を許されないことから出家を決心して旅立ちます。後を追ってきた横笛にも、滝口入道は心が揺らぐのを恐れて会いません。この心の葛藤を描く場面が《横笛》のクライマックスですが、平家ではここを「白声しらこえ」という曲節で語ります。白声は、節(旋律)があまりなく平坦で、淡々とした語り口で語られます。このように劇的な場面を、どちらかというと平坦な表現で語ることによって、かえって悲劇性が際立ちます。非常に情緒的な場面を表現する際に、逆に粛々と詞章や音を運ぶような表現手法は、三味線音楽でも時折みられます。
 無形文化遺産部では、現在伝わっている平家の前田流のうち、当道の流れを汲む名古屋の伝承曲の習得、その上で行われている復元に注目して実演記録「平家」を実施してきましたが、いよいよこの事業も最終盤です。次年度の第9回をもって実演記録「平家」の一区切りとし、令和8(2026)年12月8日(火)に、この収録を含めた公開研究会を企画しています。どうぞご注目ください。

(202602 / 鎌田紗弓, 前原恵美)

スーダン共和国の文化遺産保護に係る専門家会議の開催

専門家会議の様子(於:東京文化財研究所)
文化庁でのミーティングの様子

 東京文化財研究所は令和7(2025)年度文化庁緊急的文化遺産保護国際貢献事業(専門家交流)を受託し、「スーダンの被災博物館の保存・修復方針の策定に係る事業」を実施しています。このたび本事業の一環としてスーダン共和国から4名の専門家を日本に招へいし、令和8(2026)年2月24日から27日にかけて専門家会議およびコンサルテーション・ミーティングを開催しました。この事業は、当研究所が令和7(2025)年度文化庁文化遺産国際協力拠点事業「スーダンの文化遺産専門家等の能力強化ワークショップ事業」を受託し、令和8(2026)年8月にワークショップと関連シンポジウムを東京で開催した成果
https://www.tobunken.go.jp/materials/
katudo/2398816.html
)を受けて実施されました。
 スーダン共和国では令和5(2023)年4月に武力紛争が勃発し、今なお多くの文化遺産や博物館が危機的な状況にさらされています。本事業は、武力紛争によって被災した博物館を復興するための専門的な助言を行うことを目的としています。
 2月24日には東京文化財研究所で専門家会議を開催しました。続く25日から27日にかけては、文化庁、外務省、国際協力機構(JICA)および国立民族学博物館を訪問し、それぞれ専門的な助言を受けるコンサルテーション・ミーティングを開催しました。
 今回、日本に招へいした4名の専門家は以下の通りです。
・ Abdelrahman Ali氏(ユネスコ・ハルツーム文化部門長/前スーダン国立古物博物館機構局長)
・ Khalid Fathalrahman氏(イスラム世界教育科学文化機関(イセスコ)文明対話センター所長)
・ Shadia Abdrabo氏(スーダン国立古物博物館機構副局長(博物館部門))
・ Elnzeer Tirab氏(スーダン国立民族学博物館館長)
来日した4名の専門家はいずれもスーダン共和国の博物館および文化遺産の保護に責任のある人物であり、そうした方々を招いた専門家会議を日本で開催出来たことは、スーダンの文化遺産を取り巻く現状を認識し、今後の文化遺産の復興の手法について考えるうえで有意義なことでした。
 なお本事業の開催に際し、駐日スーダン共和国大使館のElrayih Mohamed Elawad Hydoub大使およびAli Mohamed参事官の全面的な協力を得ました。感謝して記します。

(202602 / 石村智, 二神葉子, 千葉毅)

ユネスコ無形文化遺産保護条約第20回政府間委員会会合の傍聴

【写真1】インドが提案した「ディーパヴァリ」の代表一覧表記載の瞬間
【写真2】武力紛争下における文化遺産の状況についてスピーチを行うスーダンの代表団
【写真3】政府間委員会会合の閉会後の様子

 令和7(2025)年12月8日から13日にかけて、ユネスコの無形文化遺産保護条約第20回政府間委員会会合がインドのニューデリーで開催されました。会場はユネスコ世界文化遺産でもある「赤い城(ラール・キラー)」でした。東京文化財研究所からは3名の研究員がオブザーバーとして会合の様子を傍聴しました。
 今回、日本から新しい案件の提案はありませんでしたが、3件の案件(「伝統建築工匠の技:木造建造物を受け継ぐための伝統技術」「和紙:日本の手漉和紙技術」「山・鉾・屋台行事」)について要素の拡張が認められました。これは既存の案件に新しい要素を加えるというもので、令和6(2024)年のサイクルから新しく始まった手続きです。例えば「和紙:日本の手漉和紙技術」はこれまで「石州半紙」「本美濃紙」「細川紙」の3つの要素によって構成されていましたが、今回新たに「越前鳥の子紙(えちぜんとりのこし)」が加わりました。
 日本は現在、新しい案件の提案をするタイミングは事実上2年に一度と限られていますが、要素の拡張はその制限を受けることがありません。無形文化遺産の代表一覧表に記載された日本の案件の数は23件と変わりませんが、複数の無形文化財、無形民俗文化財、選定保存技術がその要素として加えられることとなりました。
 なおこの要素の拡張は多国籍提案による案件にも適用されてきました。今回は例えば、「キルギスとカザフのユルト(チュルク民族の移動住居)製作の伝統的な知識と技能」にウズベキスタンの要素が追加され、その名称も「キルギスとカザフとカラカルパクのユルト(チュルク民族の移動住居)製作の伝統的な知識と技能」に変更されました。ユネスコは国と国との対話や相互理解を深めるという観点から多国籍提案を行うことを推奨していますので、今後こうした動きはより広がっていく可能性があります。
 今回の会合では武力紛争下にあるウクライナやスーダンといった国の代表から、無形文化遺産が危機にさらされている状況への懸念とともに、文化遺産が平和構築に果たす役割の意義についても意見が表明されたのは印象的なことでした。
 今回の開催国であるインドは多様な文化を有する国であることから、会合の節目やサイドイベントで伝統芸能をはじめとする様々な文化的パフォーマンスが披露されました。会合の閉会直後には会場内に楽団が現れ、参加者も事務局スタッフも分け隔てなく、その場はダンスフロアのような様相となりました。
 なお次回の政府間委員会会合は中国の厦門(アモイ)で令和8(2026)年11月30日から12月5日までの日程で開催される予定です。

(202512 / 石村智, 久保田裕道, 二神葉子)

第20回無形民俗文化財研究協議会「民俗文化財をネットワークで守り、活かす」

総合討議の様子

 令和7(2025)年12月5日、東京文化財研究所において、第20回無形民俗文化財研究協議会「民俗文化財をネットワークで守り、活かす」を開催しました。
 平成31年(2019)の文化財保護法改正により、文化財の「活用」が謳われるようになってすでに6年が経過しました。しかし、予算や人手が恒常的に削減されるなか、文化財を実際どのように活用していけばよいのか、暗中模索している自治体も多いのではないでしょうか。とりわけ民俗文化財の分野では、活用以前に、保存・継承そのものが大きな課題となっているのが現状です。
 今回の協議会では、こうした状況に対処するひとつの方法として「ネットワーク化」に焦点を当て、民俗芸能や民俗技術といった無形民俗文化財に加え、これらと不可分の関係にある有形の民俗文化財も含めたネットワークの実践事例を取り上げ、各地の取り組みを報告いただきました。
 発表と議論を通じ、ネットワークの意義や果たすべき役割が、具体的な事例をもとに再確認されました。例えば、他者の視点や比較の視点が加わることで文化財の価値が再発見されたり、前向きな意識が醸成されたりすること、あるいは課題や解決策を共有することで、岐路に立った際の検討材料や選択肢が広がること、さらには、「仲間」の存在が日常的な相談や相互の励みに繋がり、保存・継承を支える重要な要素となりうる点なども共有されました。あわせて、ネットワークを持続させるための体制づくりや、人材・財源の確保といった具体的な方策についても意見交換が行われました。
 参加者からは「この協議会自体がひとつのネットワークである」という声も寄せられました。無形文化遺産部では、今後も協議会等を通じて情報の集約や発信を行い、ネットワークのハブとしての役割を果たしていきたいと考えています。
 協議会の全内容は、年度内に報告書にまとめ、PDF版を無形文化遺産部のホームページでも公開する予定です。ぜひご参照ください。

(202512 / 久保田裕道, 今石みぎわ)

第19回無形文化遺産部公開学術講座「普及から考える伝統芸能の継承」の実施

【写真1】長唄の演奏(左:杵屋勝志寿氏、右:杵屋勝司郎氏)
【写真2】琉球古典音楽の演奏(棚原健太氏)
【写真3】座談会の様子(右から小塩さとみ氏、飯田勉氏、杵屋勝四寿氏、杵屋勝司郎氏、棚原健太氏)

 令和7(2025)年11月7日、東京文化財研究所地下セミナー室で第19回無形文化遺産部公開学術講座「普及から考える伝統芸能の継承」を開催しました。
 まず前半では、無形文化遺産部無形文化財研究室長・前原恵美より趣旨説明を行い、その後、文部科学省初等中等教育局教科書調査官の飯田勉氏に「学習指導要領と教科書の中の伝統芸能」として、学校教育での伝統芸能普及の柱となる指導要領と、その具体的な指針ともなる教科書における伝統芸能の扱いについてご講演いただきました。続いて、無形文化遺産部研究員・鎌田紗弓より報告①として「東京都の学校における伝統芸能体験の取り組み」、前原より報告②として「沖縄県における学校内外での伝統芸能普及の取り組み」について発表を行い、それぞれの伝統芸能普及への取り組みの現状や課題について整理しました。
 後半は、演奏・対談①として杵屋勝四寿(かつしず)氏と杵屋勝司郎(かつじろう)氏にご登壇いただき、長唄『鞍馬山』の演奏後、それぞれが伝統芸能にかかわるようになったきっかけや、その後の修練の過程についてお話を伺いました(【写真1】、聞き手は鎌田)。さらに演奏・対談②では、琉球古典音楽・歌三線の棚原健太氏をお迎えし、『本花風節(むとぅはなふうぶし)』、『下出し述懐節(さぎんじゃしすっくぇーぶし)』の演奏に続いて、琉球古典音楽との出会いや、その魅力、演奏家として活動し続ける上での課題等についてお話を伺いました(【写真2】、聞き手は前原)。
 最後の座談会では、ご登壇頂いた皆様に加えて、教員養成を通して伝統芸能の普及に取り組んでいる宮城教育大学教授の小塩さとみ氏に加わっていただき、学校教育内外における伝統芸能教授・普及の現状や課題について、それぞれの地域や立場からの意見交換を行いました(【写真3】)。
 今後も無形文化遺産部では、無形文化財の普及・継承について、様々な立場の方々と連携しながら情報を共有し、課題解決の糸口を模索していきたいと思います。なお、本講座の報告書は次年度刊行、PDF公開予定です。

(202511 / 前原恵美, 鎌田紗弓)

2025年度日韓無形文化遺産研究交流の実施

【写真1】江陵端午祭伝授館の研修室(研修に必要な楽器や衣装等も備えられている)
【写真2】江陵端午祭伝授館併設の劇場
写真3】満席の河回別神クッ仮面舞の普及公演(工事中のため仮設会場)
写真4】最終日に行った成果報告会(無形遺産局にて)

 東京文化財研究所 無形文化遺産部は、平成20(2008)年より大韓民国国家遺産庁無形遺産局と研究交流を実施し、その一環として相互に研究員を派遣して調査研究を行う人事交流を行っています。今年は10月11日~25日まで、無形文化財研究室長・前原恵美が「世襲に依らない伝統芸能教育等の体系的な推進」をテーマに調査しました。
 韓国も日本と同様少子化の時代を迎え、このことが伝統芸能の継承に影響を及ぼしかねない状況にあります。こうした現状を踏まえて今回の調査では、韓国の伝統芸能の保存会活動や、伝統芸能等の継承者育成の一端を国が採択した大学で実施する「国家無形遺産伝授教育学校」制度に焦点を当てることにしました。
 旧暦の端午の節句に行われる「江陵端午祭(カンヌンダノジェ)」(国の重要無形文化財第13号)や、村神を迎えて木製の仮面を掛けて舞う「河回別神(ハフエビョルシン)クッ仮面舞(クッタルノリ)」(国の重要無形文化財69号)は、いずれもユネスコの「人類の無形文化遺産代表的な一覧表」に掲載されています。これらの伝統芸能を継承する各保存会は、いずれも伝授館や公演のための場を備え(【写真1】【写真2】【写真3】)、そこを拠点に普及のための企画公演や展示、後継者育成のための様々なカリキュラムやその成果発表等を実施していました。また、国による「国家無形遺産伝授教育学校」制度に採択された慶尚(キョンサン)国立大学校、全南(チョンナム)大学校、韓国伝統文化大学校は、保存会とは別組織ではありますが、連携を模索しながら「大学教育」の中に伝統芸能や工芸技術の後継者育成を組み込む工夫をしていました。これらの環境や制度は、日本の伝統芸能継承を考える上で参考になる点が多いと感じました。もちろんそれぞれに、学歴社会と芸能習得の両立や、オーバーツーリズムの問題、教育機関と保存会のシームレスな協力関係の構築など課題も抱えているようですが、これらとて日本の伝統芸能継承の場でも起こり得る、あるいはすでに起こっていることではないでしょうか。今後とも、韓国の伝統芸能について理解を深めながら、日本の伝統芸能継承に資する手掛かりも見出せるよう努めたいと思います。
 調査から最終日の成果発表(【写真4】)まで、さまざまに心を尽くしてサポートしてくださった大韓民国国家遺産庁無形遺産局の皆様に改めて深謝いたします。

(202510 / 前原恵美)

2025 World Forum for Intangible Cultural Heritageへの参加

セッション3のディスカッション
津寬寺での座禅の体験会

 令和7(2025)年9月17日・18日に大韓民国のソウルで開催された国際フォーラム「2025 World Forum for Intangible Cultural Heritage」に当研究所の石村智(筆者)が参加しました。
 この国際フォーラムは大韓民国国家遺産庁とアジア太平洋無形文化遺産国際情報ネットワークセンター(ICHCAP)の共催により毎年開催されているもので、今回のテーマは「無形文化遺産の経済的活動を探る(Exploring Economic Activities of Intangible Cultural Heritage)」で、無形文化遺産の経済的な側面に関して議論が行われました。
 フォーラムは、アハメド・エイウェイダ(Ahmed EIWEIDA)氏による基調講演と、セッション1「無形文化遺産の経済的価値を探る(Exploring the Economic Value of ICH)」、セッション2「コミュニティ中心の経済的活動と持続可能な開発(Community-Based Economic Activities and Sustainable Development)」、セッション3「無形文化遺産の倫理的な商業化(Ethical Commercialisation of ICH)」、特別セッション「地域の視点:韓国における無形文化遺産の経済的活動(Local Perspectives: Economic Practices of Intangible Cultural Heritage in Korea)」によって構成され、世界各地の専門家(シンガポール、東ティモール、香港、ネパール、インド、インドネシア、マレーシア、ボツワナ、フィリピン、日本、そして大韓民国)が、発表者もしくはモデレーターとして参加しました。
 筆者はセッション3で「保護しながら振興する:日本における工芸技術の二つの指定制度(Protecting while promoting: Two designation systems for traditional crafts in Japan)」と題した発表を行いました。日本の工芸技術においては、文部科学省の「文化財保護法」による重要無形文化財の指定制度と、経済産業省の「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」による伝統的工芸品の指定制度があり、前者は工芸技術の保護を主な目的としているのに対し、後者はその振興を主な目的としています。しかし両者は矛盾するものではなく、相互に補完しながら工芸技術の存続に貢献しているという状況を説明しました。
 セッション3のディスカッションでは、無形文化遺産と知的財産権に関する課題も議論されました。とりわけ無形文化遺産がコミュニティの手を離れ、過度な商業化や脱コンテキスト化の状況に陥ってしまうことへの懸念が表明されました。筆者は、日本の伝統工芸に関して、外国から安価な模倣品が輸入されることへの危惧について説明しました。また以前、外国の有名人が自分のデザインしたブランドに「Kimono」という名称を付けようとしたため、日本国内から大きな批判の声が上がったことを紹介しました。さらにこのディスカッションでは無形文化遺産と人工知能(AI)との関係についても言及されましたが、こうした問題はまだ日本では本格的に議論されていないと筆者は感じました。
 日本でも「文化財の活用」というスローガンが叫ばれて久しいですが、今回のフォーラムに参加して、保存と活用の両立は依然として重要な課題であることを再確認しました。その上で、コミュニティが主体的にその保存と活用に関わることで、その文化財/文化遺産の価値をより高めることが出来る可能性についても、考えるきっかけとなりました。
 なお本フォーラムの会場はソウル市街地の北にある津寬寺(Jingwansa)という仏教寺院でした。開会式では「水陸齋(Suryukjae)」と呼ばれる仏教儀礼のデモンストレーションが行われ、また昼食には伝統的な精進料理が振舞われました。さらに最終日のフォーラム終了後には座禅の体験も行われました。

(202509 / 石村智)

スーダン共和国の文化遺産保護に係るワークショップとシンポジウム

ワークショップの様子
シンポジウムの様子

 東京文化財研究所は文化庁文化遺産国際協力拠点交流事業を受託し、令和7年(2025年)度に「スーダンの文化遺産専門家等の能力強化ワークショップ事業」を実施しています。このたび本事業の一環として、8月13日から16日にかけて東京文化財研究所で4日間のワークショップを実施するとともに、16日午後には関連シンポジウムとして「紛争下の被災文化遺産と博物館の保護―スーダン共和国の事例から」を開催しました。
 スーダン共和国では2023年4月に武力紛争が勃発し、今なお多くの文化遺産や博物館が危機的な状況にさらされています。こうした武力紛争下にある文化遺産を守るために、スーダンと日本の文化遺産専門家がどのように協力出来るかを議論することが、本事業の目的です。
 本事業では、スーダン人専門家3名と、イギリス人専門家1名を日本に招へいし、日本側からは6名の専門家が参加しました。4日間のワークショップでは、スーダンの文化遺産の現状についての情報が共有されるとともに、その保護に必要な国際支援の具体的な方法について議論が行われました。
 関連シンポジウムは、ICOM 日本委員会と日本イコモス国内委員会の共催で行われました。そこではスーダン人専門家3名によるスピーチに加え、5名の日本人発表者から武力紛争下における文化遺産保護と国際協力のための提言がなされました。本シンポジウムには一般に公開され、70名の参加者がありました。参加者からは、日本ではほとんど知られていないスーダンの状況を知ることが出来る良い機会であったとの意見を多く聞くことが出来ました。
 現地での状況は未だに予断を許しませんが、一方で博物館の復興をはじめとしたさまざまな取り組みも始まっています。本研究所も引き続き、スーダン共和国の文化遺産保護の国際協力事業を行っていきたいと考えています。

(202508 / 石村智)

「伝統的酒造り」の調査(日韓無形文化遺産研究交流)

酒蔵での聞き取り調査(奈良県御所市)

 東京文化財研究所の無形文化遺産部と大韓民国国家遺産庁無形遺産局は2008年より研究交流事業を継続的に実施しています。その中には、お互いのスタッフを相手方機関に二週間から四週間ほどの間派遣し、共同研究を行うという派遣交流事業もあります。令和7年(2025)度は韓国側から曹善映氏が7月14日から8月2日にかけて派遣され、日本の「伝統的酒造り」に関する共同研究を実施しました。
 日本では「伝統的酒造り」が2021年に国の登録無形文化財に登録され、その後2024年にユネスコの「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に記載されたことは記憶に新しいでしょう。韓国でも文培酒ムンベジュ(平安道地方の蒸留酒)、沔川杜鵑酒ミョンチョン・ドゥギョンジュ(忠清南道沔川地方の清酒)、慶州校洞法酒キョンジュ・キョドンポプチュ(慶尚北道慶州市の清酒)が保有者(保有団体)を認定する種目として、マッコリ造りが保有者(保有団体)を認定しない伝承共同体種目として、それぞれ国家無形文化遺産として指定されており、その保護と活用が進められているとのことです。
 現地調査は、福島県会津若松市と喜多方市、兵庫県西宮市、京都府京都市、奈良県御所市、および東京都内で行われました。そこでは実際に酒蔵や酒造会社を訪問して、酒造りに携わっている方々にインタビューを行い、伝統的酒造りのわざの現状や課題、展望について話を聞くことが出来ました。
 そうしたお話を伺う中で興味深かったことは、「伝統的酒造りといっても、機械化や自動化が出来るところは積極的に導入している。しかし味を調整するための判断は人間しか出来ない。人間が関わる部分は変わることはないし、それが伝統だと思っている」というお話を、訪れた先々で聞くことが出来たことでした。それは工場で大規模生産を行なっている酒造会社からも、十数名のスタッフで小規模生産を行なっている酒蔵からも、同じ話を伺うことが出来ました。
 私たちはともすれば「伝統」というものを、昔ながらの形を変えずに守っていくことと思いがちです。しかし無形文化遺産は現在も生きている遺産であり、変化していくことが継続につながっていることも多いのです。私たちはこの共同研究を通じて、あらためて無形文化遺産の本質について問い直す機会を得ることが出来ました。
 なお曹善映氏による調査成果は8月1日に東京文化財研究所にて口頭発表されました。今後、本事業の成果は報告書『日韓無形文化遺産研究報告』にまとめられる予定です。

(202508 / 石村智)

標津町でノリウツギ採取の動画記録撮影と普及事業の視察

加工したスプーンで樹皮を剥ぐ
外皮を剥いで内皮を取り出す
福西氏と和紙漉く真剣な面持ちの子どもたち
福西氏の説明に聞き入るノリウツギ採取に関わる方々

 文化財修復に用いられる宇陀紙を漉くためには、ノリウツギから得られる「ネリ」が欠かせません。初夏の強い日差しのもとでノリウツギの樹皮を剥ぎ取り、外皮を丁寧に手作業で削って内皮を取り出してくださっているのが北海道・標津町(しべつちょう)の方々です。また、野生株に頼らない栽培のために、ノリウツギの苗木づくりも始動しています。
 令和7(2025)年6月24~27日、東京文化財研究所の研究員・アソシエイトフェローの4名(保存修復センター分析科学研究室長・西田典由、同センターアソシエイトフェロー・一宮八重、無形文化遺産部無形文化財研究室長・前原恵美、同部アソシエイトフェロー・小田原直也)が、標津町でのノリウツギの樹皮剥ぎ取り、外皮削りの工程を視察し、苗木作りの様子や関係者の談話と併せて記録撮影しました。また、標津町文化ホールで行われた小学生・一般を対象とした福西正行氏(国の選定保存技術「表具用手漉和紙(宇陀紙)製作」保持者)によるワークショップ等の普及事業にも参加、その様子も映像に収めました。これらの映像は、今後編集を経て、文化財の継承にかかる研究・教育・普及のために活用される見込みです。
 令和5年(2023)11月2日、当研究所は標津町との間で文化財修復材料の連携・協力に関する協定書を締結しました。ノリウツギを安定的に確保するための取り組みや普及事業を記録・発信していくことも、こうした連携・協力に資することが期待されます。

(202506 / 西田典由,一宮八重,前原恵美,小田原直也)

渡良瀬遊水地のヨシ調査―篳篥の蘆舌原材料

ヨシの外径計測(栗田商事にて)
すでに3mを超すほど育っているヨシ

 無形文化遺産部では、無形文化財を支える原材料調査の一環として、篳篥(ひちりき)の蘆舌(ろぜつ)に使用されるヨシの調査を行っています。このたび、篳篥(ひちりき)演奏家で蘆舌(ろぜつ)も製作される中村仁美氏に同行していただき、令和7(2025)年6月16日、渡良瀬遊水地のヨシ原で調査を実施しました。平成24 (2012)年7月にラムサール条約湿地に登録された渡良瀬遊水地は、全面積のうち2,500haが植生に覆われ、その約半分がヨシ原とのことですから、日本有数規模のヨシ原と言えます。
 今回の調査では、まず栗田商事株式会社を訪問し、篳篥の蘆舌に適した太いヨシを選別し、試材として提供していただきました。今後、複数の蘆舌製作者に試作を依頼し、蘆舌としての渡良瀬のヨシの適性を検討する予定です。
 渡良瀬遊水地では、近隣4市2町(栃木県栃木市・小山市・野木町、群馬県板倉町、茨城県古河市、埼玉県加須市)の行政、地元自治会代表、関連団体から成る渡良瀬遊水地保全・利活用協議会が組織されています。協議会はオブザーバーに国交省、環境省を迎え、環境学習のガイドブック作成等による啓蒙活動を行いながら渡良瀬遊水地の将来像を考えたり、イノシシによる獣害や治水について議論を重ねて要望書を提出したりしているとのことです。
 また、ヨシ原を健全に保つためには毎年ヨシ焼きを実施する必要がありますが、渡良瀬では関連する4市2町と関係消防署、渡良瀬遊水地利用組合連合会、アクリメーション振興財団、利根川上流河川事務所でヨシ焼き連絡会を作り、ヨシ焼きを実施しています。
 国産ヨシの需要は限定的でヨシ・オギの事業者が5軒にまで減少する中、事業者、行政、自治会、関連団体とのネットワークによって渡良瀬のヨシ原が保たれ、その理解促進のための試みが続いています。一部の雅楽演奏家に篳篥蘆舌に向いているとも言われる渡良瀬のヨシについて、引き続きその特性を探り、用途について検討していきたいと思います。

(202506 / 前原恵美, 中川優子)

研究会「東京文化財研究所における実演記録事業(落語)
―林家正雀師の正本芝居噺―」の実施

林家正雀師の実演の様子(「水門前」より)
林家正雀師と宮信明氏の対談の様子

 令和7(2025)年5月23日、東京文化財研究所地下セミナー室で研究会「東京文化財研究所における実演記録事業(落語)―林家正雀師の正本芝居噺―」を開催しました。
 無形文化遺産部では、古典芸能を中心とする無形文化財のうち、一般に披露される機会の少ないジャンル、演目を選んで実演記録事業を実施しています。この事業の一環として2013 年より実施してきた林家正雀師の正本芝居噺の実演記録が、このたび60演目に及ぶのを機に、当研究会で芝居噺の実演記録を総括することになりました。
 当日は、無形文化遺産部無形文化財研究室長・前原恵美による開会のあいさつ・趣旨説明ののち、無形文化遺産部客員研究員・飯島満氏による発表 「東京文化財研究所における正本芝居噺の実演記録事業」、京都芸術大学准教授・宮信明氏による発表「正本芝居噺の世界」をお聞きいただきました。
 続けて、林家正雀師による「将門」(素噺)と『真景累ヶ淵』より「水門前」(道具入り)の実演記録の撮影を、参加者の見守る中で実施しました。
 また、林家正雀師と宮信明氏による対談では、正雀師が芝居噺に惹かれ、習得されるに至ったエピソードや、芝居噺の今後についての思いを語っていただき、最後は無形文化遺産部部長・石村智の閉会のあいさつで締め括りました。
 正雀師氏による実演記録(落語 正本芝居噺)の公開可能な記録映像は、近日中に当研究所資料閲覧室で視聴可能となる見込みです(視聴開始の際には当研究所ウェブサイトでお知らせします)。
 今後も無形文化遺産部では、披露の機会が稀少な古典芸能等の記録を継続し、可能なものについては適切な方法で公開して、無形文化財の継承に資するべく努めてまいります。

(202505 / 石村智, 前原恵美)

「及川尊雄旧蔵 紙媒体資料」の一部画像公開を開始

公開画像「鑑定書下書き一式」(佐竹藤三郎)より

 当研究所は令和3(2021)年、日本の伝統楽器や関連資料の蒐集家として知られる及川おいかわ尊雄たかお(1942-2018)氏旧蔵紙媒体資料の寄附を受けました(全2,235件)。無形文化遺産部ではこれらの紙媒体資料の整理を進め、令和4(2022)年より当研究所ウェブサイトでデータベースを公開しています(及川尊雄旧蔵 紙媒体資料目録データベース :: 東文研アーカイブデータベース)。及川尊雄旧蔵紙媒体資料は、日本の伝統楽器を軸にしながらも広く国内外の資料に及び、その体裁も成立時期もさまざまで、まさに多彩な紙媒体資料群です。
 現在これらの紙媒体資料は、予約の上、当研究所閲覧室で閲覧することができますが、このたび無形文化遺産部では、及川尊雄旧蔵紙媒体資料をより幅広く利用してもらうため、取り扱いが難しい状態の資料や稀少性が高いと思われる資料のデジタル化に着手しました。そして、デジタル化が完了した資料はデータベース内の「pdf」欄からご覧いただけるようになりました。今後も順次デジタル化を進めてまいりますが、現在デジタル化が完了している資料の一覧は、こちらからご覧いただけます。
 「及川鳴り物博物館」(2003-2015)館長として自ら蒐集した楽器を展示し、来館者を直接案内していた及川尊雄氏は、実際に楽器に触れて音を響かせてその魅力を知ってもらいたいという考えの持ち主でした。紙媒体資料も、より多くの方にご覧いただくことが及川氏の志に適っていると考えています。ぜひご活用ください。

(202503 / 前原恵美)

実演記録「平家」第七回の実施

田中奈央一氏
日吉章吾氏

 無形文化遺産部では、継承者がわずかとなり伝承が危ぶまれている「平家」(「平家琵琶」とも)の実演記録を、平成30(2018)年より「平家語り研究会」(主宰:武蔵野音楽大学教授薦田治子氏、メンバー:菊央雄司氏、田中奈央一氏、日吉章吾氏)の協力を得て実施しています。第七回は、令和7(2025)年1月31日、東京文化財研究所 実演記録室で《竹生島詣》(全曲)と《宇治川》(前半)を収録しました。
 《竹生島詣》は、琵琶湖畔を北上する途中、平家の副将軍で詩歌に優れた平経正平が、小舟で竹生島に渡って渡された琵琶で秘曲を弾いたところ、袖に白竜が現れたという吉兆を語ります。竹生島には芸能神でもある弁財天が祀られているので、琵琶との融和が感じられます。また《宇治川》は、木曽義仲を追う源頼朝軍の梶原源太景季かげすえと佐々木四郎高綱の先陣争いがテーマですが、前半では景季が所望した名馬・生食いけずきが高綱に与えられたことをきっかけに高まる二人の競争心と、激流と化した宇治川をはさんで義仲に対峙する緊張が表現されます。
今回の実演記録では、《竹生島詣》(全曲)を菊央氏と田中氏、《宇治川》(前半)を日吉氏に演奏してもらい、記録撮影しました。
 今後とも無形文化遺産部では、「平家語り研究会」の「平家」伝承曲の演奏および復元演奏の記録をアーカイブしていく予定です。

(202502 / 前原恵美)

蒜山ガマ細工の調査

コモゲタ(台)とツチノコを使い、ヤマカゲの縄でガマを編む
ガマコシゴ、右は50年以上前に作られたもの

 令和7(2025)年2月22日、岡山県真庭市蒜山(ひるぜん)でヒメガマ(Typha domingensis)を用いたガマコシゴ(腰籠)の製作技術を調査しました。
 高度経済成長期以前、ガマは背負籠や物入れ、脚絆、雪靴、敷物など、全国各地で様々な生活用具の素材として利用されてきました。水生植物であるガマは、中空構造を持つために軽く、保温性と防水性に優れているとともに、非常に美しい光沢を持つことが特徴です。耐久性も高いことから、ガマは、藁細工などよりも高級な「よそいき」の籠や脚絆に使ったという地域もあります。
 こうしたガマ細工の多くは自家用に作られてきたこともあり、生活様式の変化や化学製品の台頭によって、全国ほとんどの地域でその製作技術は失われてしまいました。その中で蒜山では、高度経済成長期前後にガマ細工を地域の産業・工芸品として再生させることに成功させ、その製作技術が今日まで継承されてきました。昭和57(1982)年には県の郷土伝統的工芸品の指定も受け、現在では蒜山蒲細工生産振興会(会員8名)がわざの継承に取り組んでいます。
 ガマ細工は、10月頃に手刈りした1年生のガマの皮を1枚ずつ剥がし、これをヤマカゲ(和名シナノキ)の内皮で作る丈夫な縄で編んでいくことで作られます。縄は20年生程度のヤマカゲを6月末~7月(梅雨明け前)に伐採し、剝がした内皮を池や沼に4ヶ月程度つけて腐らせ、洗って乾燥させてから層ごとに薄く剥ぎ、糸のように細くい上げたものです。地元の蒜山郷土博物館に収蔵されている古いガマコシゴを見ると、ヤマカゲの縄は現在のものより緩く綯われており、工芸品として洗練されていく過程で、より細く美しい縄が追究されたことが想像されます。
 蒜山は標高500~600メートル程、12~3月まで「百日雪の下」と言われる多雪地域です。かつては素性のよいヒメガマが高原の湿地でたくさん採取できたそうですが、気候変動や獣害のためか、近年では天然の良材が育たなくなり、現在では休耕田での栽培に切り替えて材料確保に努めています。しかし質が柔らかすぎたり、色が悪くシミが出るなど、かつてのような良質な素材の確保が難しい状況が続いており、状況改善に向けた試行錯誤が続けられています。
 伝統的なわざに用いる原材料の持続的・安定的な確保は、全国的に大きな課題となっています。地域の風土に根差した素材の利用技術とその課題について、無形文化遺産部では引き続き、各地の現状調査を進めていく予定です。

(202502 / 今石みぎわ)

自由視点映像システムによる日本舞踊の試演記録

リハーサルの様子(手前・立方:藤間清継氏、奥・後見:藤間大智たいち氏)
リハーサルの様子(立方:藤間清継氏)

 無形文化遺産部では、伝統芸能の新たな記録や研究方法の開拓にも取り組んでいます。自由視点映像システムは、被写体の周囲にカメラを設置し、あらゆる方向から被写体の動きを撮影し、任意の角度からその映像を見ることが出来るシステムです。特に古典芸能のように、舞台上で一定の方向を正面と捉えて表現する芸能では、ある時点の動きや態勢を様々な角度(例えば側面や背面)から解析することができるため、芸能継承や分析研究において新たなアプローチに繋がる可能性があります。
 今回の試演は日本舞踊藤間流立方たちかたの藤間清継氏にご協力いただき、小道具を扱う時の身体の動きにも着目するため、『娘道成寺』の素踊り(衣装や鬘を付けないで踊る)を16台のカメラで撮影しました(令和6(2024)年7月10日)。撮影後には、作成された映像を様々な視点から見直して、想定される活用目的や用いる際に気を付けるべき点、また操作性や望まれる機能などについて、実演家である藤間清継氏、システム開発者である株式会社電巧社の関係者、当研究所無形文化遺産部部長・石村智、同無形文化遺産部無形文化財研究室長・前原恵美、同研究員・鎌田紗弓が、それぞれの立場から意見を出し合い、フィードバックを重ねています(令和6(2024)年12月18日、令和7(2025)年1月10日)。また本研究の予備的な成果については、科学研究費事業「マテリアマインド:物心共創人類史学の構築」第2回全体会議(注1)で「芸能とキネシオロジー―実演者の身体的運動の解析について―」(発表者:石村、令和7(2025)年1月11日)として口頭発表されました。
 無形文化遺産部では、今後とも実演家、システム開発者と協力しながら伝統芸能の新たな記録や研究のツールとなり得るアプローチを、探っていきたいと思います。

注1:文部科学省科学研究費助成事業 学術変革領域研究(A) 2024-2028年度「マテリアマインド:物心共創人類史学の構築」(研究代表者:松本直子、番号24A102)

(202412 / 石村智. 前原恵美)

第18回 東京文化財研究所 無形文化遺産部 公開学術講座「文化財修理と在来絹製作―絹織製作研究所の技術をつなぐ―」の開催

会場の様子

 令和6(2024)年12月6日、東京文化財研究所地下セミナー室・地下ロビーで第18回公開学術講座を開催しました。当研究所では平成27(2015)~平成30(2018)年にかけて長野県飯島町にある勝山織物株式会社絹織製作研究所(以下、絹織製作研究所)の志村明氏(選定保存技術「在来絹製作」各個認定保持者)と秋本賀子氏の染織品修理の材料として用いられる絹の製作技術について調査を行い、令和3(2021)年に「無形文化遺産(伝統技術)の伝承に関する研究報告書『絹織製作技術』付属DVD付(東京文化財研究所刊行物リポジトリ、以下『絹織製作技術』)を刊行しました。本学術講座では、同技術に焦点を当て、当研究所で行った調査・記録事業を紹介するとともに、染織品を取りまく修理技術や修理材料の製作技術の状況を広く知っていただくことを目的としました。
 当日は、無形文化遺産部主任研究員・菊池理予より開催趣旨を説明し、文化庁の多比羅菜美子氏より「文化財の保存技術―在来絹製作―」を、駒ケ根シルクミュージアム館長の伴野豊氏(九州大学名誉教授)より「我が国における蚕種保存」をご講演いただきました。その後、参加者にはロビー展示を観ていただく時間を設けました。ロビー展示では、伴野豊氏よりお借りした様々な蚕種の繭や、絹織製作研究所で制作された繰糸技法や織組織のパターンを変えた着物5領、着物と同じ生地で作った巾着袋を展示しました
休憩後は、映像「普及編―絹織製作技術―」の上映や、絹織製作研究所の秋本賀子氏による「絹織製作技術の現状と継承」の報告、鼎談「染織品修理と修理材料の依頼―実例を通じて―」では、株式会社松鶴堂の依田尚美氏と絹織製作研究所の秋本賀子氏にご登壇いただきました。
 今回の学術講座を通じて、有形文化財を取りまく無形の技術に焦点をあてることで、現在の技術を受け継ぐ意義について考える機会となりました。今後も無形文化遺産部では、無形の技術についての調査結果を公開するとともに、課題を議論できる場を設けていきます。

(202412 / 菊池理予)

写真展「生きている遺産としてのスーダンの嗜み―混迷の時代を超えて―」の開催(たばこと塩の博物館)

ギャラリートークの様子(10月26日)
関連シンポジウムの様子(11月10日)

 写真展「生きている遺産としてのスーダンの嗜み―混迷の時代を超えて―」が、10月5日~11月17日までの会期で、たばこと塩の博物館(東京都墨田区)で開催されました。
 この展覧会は、たばこと塩の博物館と科学研究費事業「ポストコンフリクト国における文化多様性と平和構築実現のための文化遺産研究」(代表:無形文化遺産部長・石村智)の共催で実施され、東京文化財研究所の後援、駐日スーダン共和国大使館の協力を得ました。
 この展覧会では、日本国際ボランティアセンター(JVC)スーダン事務所の今中航氏、京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科(ASAFAS)の金森謙輔氏、ジャーナリストで8bitNews代表の堀潤氏、スーダン科学技術大学教授のモハメド・アダムス・スライマン氏から提供された写真のほか、大英博物館、東京国立博物館、駐日スーダン共和国大使館のコレクションからの写真を含む12点の写真が展示されました。中でも、モハメド・アダムス・スライマン氏から提供された写真は、武力紛争の只中にあるスーダンの日常生活を捉えた貴重なものであり、写真を提供してくださったスライマン氏に心より感謝申し上げます。
 10月26日にはギャラリートークを開催し、石村智による展示解説と、ブループリント(注1)制作者の熊谷健太郎氏による、ブループリントの原材料として欠かせないアラビアゴムとスーダンの関係についてのトークが行われました。
 11月10日には関連シンポジウムを開催しました。前半はパネルディスカッションで、青木善氏(たばこと塩の博物館)、金森謙輔氏、堀潤氏、関広尚世氏(京都市埋蔵文化財研究所)、清水信宏氏(北海学園大学)が報告を行った他、今中航氏と坂根宏治氏(日本国際平和構築協会、元JICAスーダン事務所所長)がオンラインで報告を行いました。またアリ・モハメド・アハメド・オスマン・モハメド氏(駐日スーダン共和国大使館臨時代理大使)からはビデオメッセージを寄せていただきました。なお全体の司会は石村智が務めました。さらにパネルディスカッションの最後には、日本在住のスーダン人青年がコメントを寄せました。
 後半には、REIKAスダニーズ・ダンスグループ(Reika、Miyuki、Yoko、Reiko、Miho、Akiko、Yoko)によるパフォーマンスが行われました。最後の曲では、観客も一緒になってスーダンのダンスを踊りました。シンポジウムには80名が参加し、大盛況でした。
 会期中、博物館のミュージアムショップでは、このシンポジウムのパネリストたちが執筆した書籍『スーダンの未来を想う―革命と政変と軍事衝突の目撃者たち―』(関広尚世・石村智編著、明石書店、2024年)の販売も行われました。
 最後に、この展示にご協力いただいたジュリー・アンダーソン氏(大英博物館)、モハメッド・ナズレルデイン氏(テュービンゲン大学)、アリ・モハメド・アハメド・オスマン・モハメド氏(駐日スーダン共和国大使館臨時代理大使)に感謝申し上げます。

(注1)ブループリント(シアノタイプ)とは、青色の発色を特徴とする19世紀に発明された写真方式。機械図面や建築図面の複写(青写真)によく用いられた。現在では実用としてはほとんど用いられないが、その独特の表現から美術作品として用いられる。

(202411 / 石村智)