研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


東京国立博物館本国宝・虚空蔵菩薩像の調査・撮影

虚空蔵菩薩像の高精細画像撮影の様子

 企画情報部の研究プロジェクトのプロジェクト「文化財デジタル画像形成に関する調査研究」の一環として、10 月5日、東京国立博物館に所蔵される国宝・絹本着色虚空蔵菩薩像の高精細画像の撮影を行いました。東京国立博物館の理解・協力をいただいての当研究所との「共同調査」によるものです。今回の撮影は東京国立博物館の田沢裕賀氏のご助力をえて、当研究所画像情報室城野誠治が画像撮影を行い、小林達朗、江村知子が参加しました。虚空蔵菩薩像は平安仏画の代表的名品のひとつです。平安時代の仏画は日本絵画史の中でもきわだって微妙かつ細部にわたる繊細な美しさを実現しましたが、それゆえにその表現の細部の観察が重要になります。今回は本作品全体を現在の最高水準の高精細で28カットに分割して撮影し、またさらに微細な部分8カットのマクロ撮影を行いました。結果は肉眼による観察を超えるものがあります。得られた情報については今後東京国立博物館の専門研究員を交えて共同で検討してまいります。


企画情報部研究会の開催―大村西崖の研究

大正10(1921)年、美術史研究のため中国へ渡った折の大村西崖

 大村西崖(1868~1927年)は明治中期に美術批評家として活躍し、その後半生には東京美術学校教授として東洋美術史学の発展に大きく貢献した人物です。2008年に西崖のご遺族より東京芸術大学へ日記・書簡等の資料をご寄贈いただいたのを機に、翌2009年より科学研究費による「大村西崖の研究」を、塩谷純(東京文化財研究所)を研究代表者として進めています。10月18日には今年度の第7回企画情報部研究会として、その研究成果の発表を行いました。
 塩谷は「大村西崖と朦朧体」と題して、西崖の美術批評と明治中期の日本画との関連を探りました。西崖は横山大観や菱田春草らの革新的な日本画を“朦朧体”として批判した人物として知られていますが、あらためてその批評を読むと、日本画の線や筆法への忌避感を露わにし、あたかも朦朧体に連なるかのような論調であることは注目されます。発表は、そうした西崖の批評の再検証を通して、“描く”絵画から“塗る”絵画へと変貌する近代日本画の流れを展望しようというものでした。
 続いて大西純子氏(東京芸術大学)が「大村西崖撰『支那美術史雕塑篇』について(資料紹介)」と題して発表を行いました。大正4(1915)年に刊行された大村西崖撰『支那美術史雕塑篇』は、中国の彫塑全体を網羅した最初の資料集で、今日も多くの中国彫塑史研究者が便とし、研究書としての価値は失われていません。大西氏は、東京芸大に寄贈された資料の中から西崖自身による校訂本や手記等を紹介、西崖が行った調査や参考にした文献を明らかにしながら同書編纂の経過をたどりました。
 発表後のディスカッションでは、西崖研究の第一人者である吉田千鶴子氏(東京芸術大学)をはじめ所内外の研究者が参加し、活発に意見を交わしました。とくに大西氏の発表からうかがえた西崖の実証的な姿勢に、同じ研究者として共感を寄せた方も少なからずいたようです。


無形文化遺産部公開学術講座「東大寺修二会(お水取り)の記録」

公開学術講座プログラム
対談の様子
展示会場の様子

 第6回無形文化遺産部公開学術講座が10月22日に東京国立博物館平成館大講堂で開催されました。
 今回の講座では、無形文化遺産部が所蔵する無形文化財関連の資料の中から、東大寺修二会(お水取り)の録音記録を取り上げました。1967年から継続的に行われた調査の過程で蓄積されてきた東大寺修二会の現地録音は、10インチのオープンリールだけでも約400本にも上る膨大なものです。1960年代から90年代にかけて修二会に参籠されていた橋本聖圓師(東大寺長老)と、調査で中心的な役割を果たされた佐藤道子氏(東京文化財研究所名誉研究員)との対談の合間に、そうした録音記録の一部を紹介しました。また、平成館小講堂では東大寺修二会に関連する珍しい資料の展示を併催しました。
 一般参加者は200人を超える盛況で、アンケートでは展示ともども大変な好評をいただきました。
 橋本聖圓師と佐藤道子氏の対談では非常に興味深いお話をうかがうことができました。今年度の無形文化遺産部の報告書に、その内容を掲載する予定です。


秋田県仙北市における茅葺き技術の調査

作業用の木製足場の組立(A家)
差し茅を行う職人(B家)

 10月中旬、秋田県仙北市で茅葺き技術の調査を行ないました。茅葺きはススキ、ヨシ、カリヤス等の植物材によって葺かれた屋根の総称で、民家や寺社建築の伝統的形態のひとつです。高度経済成長期以降、茅葺き屋根をめぐる技術・景観・文化は急速に失われており、高齢化にともなう職人の減少や茅材料の不足が衰退に拍車をかけています。
 調査では茅葺き職人の後継者育成や技術の記録保存等の事業を行っている「秋田茅葺き文化継承委員会」の案内により、職人への聞き取りと技術の実地調査を行ないました。茅葺き屋根を維持する技術には、大きくわけて「葺き替え」(茅を全面的に葺き替える技法)と「差し茅(さしがや)」(痛んだ茅を差し替える技法)がありますが、秋田を含む東北日本海側の茅屋根はそのほとんどが「差し茅」によって維持されるという点で、全国的にみても特徴的です。
 研究では差し茅技術の特徴を調査・記録していくと共に、これをひとつの民俗技術と捉え、その文化的意義を明らかにしていきたいと考えています。


泰西王侯騎馬図屏風の光学調査

サントリー美術館での蛍光エックス線分析による調査の様子

 企画情報部と保存修復科学センターでは平成22-23年度にかけて、サントリー美術館所蔵の泰西王侯騎馬図屏風(重要文化財)の光学調査を実施しました。泰西王侯騎馬図屏風は桃山時代の初期洋風画の傑作として知られています。四人の王侯の騎馬姿が大きく描かれた四曲一双の屏風で、神戸市立博物館に所蔵されている泰西王侯騎馬図屏風(重要文化財、現在は四曲一隻)とともに、もとは会津藩若松城(鶴ヶ城)の障壁画であったと伝えられています。しかし、この屏風の制作経緯については不明な点も多く残されています。今回の光学調査では、高精細カラー画像、近赤外線画像、蛍光画像、エックス線画像の撮影を行い、描写や彩色に関する詳細な調査を実施するとともに、蛍光エックス線分析により彩色材料の特定を行いました。その結果、両作品に使われている絵具は日本画に用いられる顔料が中心であるが、背景の金箔材料が異なっていることなどが明らかになりました。調査結果の一部は、サントリー美術館で開催中(平成23年10月26日~12月4日)の特別展「南蛮美術の光と影、泰西王侯騎馬図屏風の謎」の展覧会場でパネル展示されています。


シルクロード世界遺産登録に向けた支援事業:カザフスタンとキルギスにおける専門家育成のためのワークショップ

ボロルダイ古墳群におけるレーダー探査の研修
データ解析の講義
ケン・ブルン遺跡における測量研修

 シルクロード関連遺跡の世界遺産一括登録を目指して、中央アジア5カ国に中国を加えた各国が国境の枠を超え、様々な活動を目下展開中です(活動報告2010年1月、2月、2011年5月参照)。この活動を支援するため、文化遺産国際協力センターも今年度より、ユネスコ・日本文化遺産保存信託基金による「シルクロード世界遺産登録に向けた支援事業」に参加し、中央アジア各国で各種の事業を開始しています。その一環として、カザフスタン共和国とキルギス共和国において、技術移転と人材育成を目的としたワークショップを開催しました。
 カザフスタンでは、9月27日から10月19日まで、考古遺跡の地下探査に関するワークショップを、奈良文化財研究所およびカザフスタン考古学専門調査研究機関と共同で実施しました。ワークショップには、カザフスタン人専門家の他、他の中央アジア諸国からも考古学専門家が参加しました。実習では、アルマトイ近郊のボロルダイ古墳群(写真1)とトルケスタン北西部のサウラン都城址を調査対象に、レーダー探査(GPR)と電気探査を行いました。研修生達は非常に熱心で(写真2)、限られた時間の中でも多くのことを学ぶことができたと思います。
 地下探査の成果という点でも、カザフスタンの考古遺跡での適用はほぼ初の試みでしたが、埋没している地下の構造物を捉えるのに十分な結果が得られました。今後は、各種の遺跡での試行や発掘調査による検証も行い、その有効性を検討していく必要がありますが、多くの遺跡を限られた人材で調査しなければならない中央アジアの実情から、地下探査への期待が極めて大きいことは間違いありません。
 キルギスでは、10月18日から24日まで、遺跡の測量に関するワークショップを開催しました。文化遺産保護関連分野の人材育成を目的に、キルギス共和国科学アカデミー歴史文化遺産研究所および同志社大学と共同で実施したこのワークショップには、キルギスの若手研究者8名が参加しました。
 測量の原理や方法論に関する座学の後、中世の都城址であるケン・ブルン遺跡を対象に測量実習を行いました(写真3)。一週間と短い研修でしたが、研修生は測量の原理をよく理解し、遺跡の測量技術を着実に身に付けていきました。
 文化遺産国際協力センターでは、今後も、中央アジア諸国において文化遺産保護関連の技術移転や人材育成を目的としたワークショップを開催する予定です。


キルギス共和国および中央アジア諸国における文化遺産保護に関する拠点交流事業

考古測量実習

 文化遺産国際協力センターでは、キルギス共和国チュー河流域の都城址アク・ベシム遺跡を舞台に、ドキュメンテーション、発掘、保存修復、史跡整備に関する人材育成支援を2011年度からの4年間、文化庁委託事業として実施する予定です。中央アジア5カ国の若手専門家を育成し、将来的に中央アジア諸国の文化遺産保護に益することを目的としています。
 今年度は10月6日から10月17日までの12日間、奈良文化財研究所およびキルギス共和国国立科学アカデミー歴史文化遺産研究所と協力して、第1回ワークショップを実施しました。今回のテーマは、遺跡のドキュメンテーションに関するもので、具体的には、遺跡の測量に関する座学を歴史文化遺産研究所で行った後、アク・ベシム遺跡でトータルステーションを用いた遺跡測量を実習しました。ワークショップには、キルギス共和国の8名に加えて、他の中央アジア各国からも1名ずつ、計12名の若手専門家が参加しました。研修生はいずれも測量技術を身につけようと、熱心に研修を受講していました。また、この研修を通じて、中央アジア各国の若手専門家の間にネットワークが構築されたことも、重要な成果の1つだったといえます。
 今後も引き続き、中央アジアの文化遺産保護を目的とした様々なワークショップを実施していく予定です。


タジキスタンにおける壁画断片の保存修復(第12次ミッション)

処置前の断片
処置(クリーニング・小断片固定)後の断片
裏打ち作業

 10月9日から11月8日まで、「タジキスタン国立古代博物館が所蔵する壁画断片の保存修復」の第12次ミッションを実施しました。今回のミッションでは、タジキスタン南部のフルブック遺跡から出土した11~12世紀の壁画の保存修復を行いました。フルブック遺跡の壁画は、中央アジアにおける最初期のイスラム美術の遺物であり、類例の少ない貴重な資料です。本修復事業は住友財団の助成金を受けて実施されました。
 フルブック遺跡から出土した壁画断片は、ほとんどが厚さ1cmにも満たない薄い状態であり、また全体に劣化が著しく取り扱いができないほど脆くなっています。本ミッションでは、2009年に実施した試験的な保存修復処置の結果をふまえて、3つの断片に対し、彩色層の強化、クリーニングと裏打ちを行いました。ふのり水溶液を壁画表面に数回噴霧し彩色層に一定の強度をもたせてからクリーニングを行いました。その後、割れてばらばらになった小断片を正しい位置に並べて固定しました。固定部分を保護し、断片全体をひとまとまりとして安定化させるため、断片の背面の凹凸に沿いやすい三軸織物を使用し裏打ちを行いました。
 次回のミッションでは、他の断片のクリーニング、裏打ちを行うとともに、マウント方法の検討を行う予定です。


文化遺産国際協力コンソーシアム シンポジウム「文化遺産を危機から救え~緊急保存の現場から~」

会場風景
パネルディスカッション風景
近藤長官講演

 2011年10月16日に、一般の方々を対象に、自然災害により被害を受けた文化遺産の緊急保存に関するシンポジウム「文化遺産を危機から救え~緊急保存の現場から~」を東京国立博物館平成館大講堂にて開催しました。
 基調講演には、近藤誠一文化庁長官をお招きし、東日本大震災による文化財の被害状況と文化財レスキュー事業を中心にお話しいただきました。続いて、大和智文化庁文化財鑑査官、日高真吾国立民族学博物館准教授、宮崎恒二東京外国語大学理事、フランスのNGO である「国境なき文化遺産」のアンリ・シモン代表より、それぞれご報告頂いた後、「文化遺産への緊急対応の課題」と題したパネルディスカッションを行いました。
 講演内容は、阪神・淡路大地震および今年の東日本大震災によって被害を受けた建造物、民俗文化財、文字文化財等の復旧事業から、海外の文化遺産への支援まで多岐に及びました。緊急的な文化遺産復旧に関する議論を通じて、日本の被災文化財保護の経験を活かし、今後とも被災文化遺産保護のための国際的取り組みに協力していくべきであることが確認されました。


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