3月施設訪問
研究組織「歴史学的視角から分析する東アジアの都市問題と環境問題」22名
3月16日に、同研究組織の共同研究者が、東アジアの文化財の調査・研究・保護および東京文化財研究所の現状についての視察のため来訪し、3階保存修復科学センター修復アトリエ、4階保存修復科学センター分析科学研究室および文化遺産国際協力センターについて見学。それぞれの担当者から説明を受け、質疑応答を行いました。
研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
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研究組織「歴史学的視角から分析する東アジアの都市問題と環境問題」22名
3月16日に、同研究組織の共同研究者が、東アジアの文化財の調査・研究・保護および東京文化財研究所の現状についての視察のため来訪し、3階保存修復科学センター修復アトリエ、4階保存修復科学センター分析科学研究室および文化遺産国際協力センターについて見学。それぞれの担当者から説明を受け、質疑応答を行いました。
3月25日に『日本美術年鑑 平成19年版』が刊行されました。昭和11(1936)年の創刊以来、64冊目の刊行となります。いうまでもなく同年鑑はその年の国内を中心とする「美術」の動向を記録するために、資料を収集編集した内容で、基礎資料となるものです。
一方、3月20日にはアートドキュメンテーション学会主催により、表記のシンポジウムが開催されました(会場:和光大学附属梅根記念図書館)。基調報告につづき、5名による発表があり、そのひとりとして、わたしは「『日本美術年鑑』と展覧会カタログ」と題して報告しました。半世紀以上の歴史をもつ『日本美術年鑑』のなかで、「展覧会カタログ」がどのように資料としてとりあつかわれてきたか、また現状の問題点について発表しました。同年鑑のなかで、「文献資料」として扱われてきたのが昭和59(1984)年からで、平成11(1999)年版からは「美術展覧会図録所載文献」として一章をたて、各展覧会カタログの所載文献を掲載するようになり、今日にいたっています。これは1980年代からの博物館、美術館等の新設増加にともない、そこで刊行される展覧会カタログが学術的な面でも貴重な資料、情報を掲載していることを反映した結果です。たとえば、最新の「平成19年版」では、1888件の展覧会データ数に対して、掲載された「図録」は325件、そのなかから943件の文献が採録され掲載されています。「展覧会カタログ」の研究面での重要性は、ひろく認識されているようですが、一方で『日本美術年鑑』の編集にあたって、網羅的な収集をめざしながらも、文献情報として精査して編集をすすめていくことのむずかずかしさを今後どのように克服していくのかが、問題となっていることを報告しました
誰もが容易にカメラを手にし、撮影をして画像を得ることができるようになったのは、ごく近年のことです。ピントや露出の調整、現像などがすべて人の手によって行われていた頃には、写真は大変貴重なものでした。そうした写真資料は、撮影の背景を含めてその時代を考察するための手がかりとなります。
平成18年度および19年度に、黒田清輝夫人照子のご遺族にあたられる金子光雄氏より、同氏が保管してこられた黒田清輝関係の写真や遺品などが東京文化財研究所に寄贈されました。当研究所企画情報部では、これらの資料の来歴や関連する事項などについて調査と整理を進め、昨年度、黒田記念館において「写された黒田清輝」展を開催いたしました。帝室技芸員であった小川一真の撮影による大礼服の黒田清輝の大判のポートレートなど、公的な場での黒田像が浮かび上がる企画となりました。
第二回目となる今年度は「家族の肖像」と「画家のアトリエ」をテーマに、黒田記念館で3月19日(木)から7月9日(木)まで「写された黒田清輝Ⅱ」を開催いたします。≪湖畔≫が、後に黒田夫人となる女性をモデルに描かれたように、黒田の作品には家族をモデルとするものが数多くあります。実父、養父、養母の肖像のほか、≪もるる日影≫は姪の君子を、≪少女雪子・十一歳≫も同じく姪を、≪婦人肖像≫(木炭・紙、1898年)、≪婦人肖像≫(油彩・カンヴァス、1911-12年)は照子夫人をモデルとしています。これらの人々の写真と黒田による絵とを比較してみると、≪湖畔≫がその題名の示すとおり、肖似性が主要な目的とされる肖像画として描かれてはいないことなどがわかり、絵画と写真における再現性と虚構性の問題などを考える契機となります。
アトリエでの画家や、制作中の様子を伝える写真には、作品の生み出される場が写し出されています。アトリエにかかる作品から画家の関心のありどころを、モデルとの写真から画家とモデルの関係を推測することもできるでしょう。
写真資料の原本は展示による劣化が懸念されるため、オリジナルの風合いを保ちつつ、原寸大に再現した画像を公開します。これは、写真資料の保存・公開という目的のために進められたデジタル画像形成技術の開発研究の成果の一部でもあります。 これからも資料そのものの保存を考慮しつつ黒田清輝についての調査を進め、その成果を黒田記念館で展示・公開していく予定です。
当研究所では、事業や研究成果を来所者の皆さんにご理解いただくために、エントランスロビーを利用して、定期的にパネル展示を行っていますが、3月末より、平成20年度に行った能楽の笛、能管のX線透過撮影調査を取り上げて成果を紹介しています。能管は、独特の鋭い音色を奏でる笛ですが、そのために歌口と第1指穴間の内径を狭める工夫をしています。従来、この部分に「喉」と呼ばれる別材を挿入して内径を狭める工法が知られていましたが、X線撮影を行った結果、「喉」を挿入せずに内径を狭めた古い能管をいくつか発見しました。これまで、龍笛の破損を修理する過程でホゾを挿入したことから能管が派生した、という説を提唱する研究者がいましたが、その説を修正する必要がでてきたことになります。今回は、古い能管の音も聞いていただけるよう準備を進めていますし、あわせて鎌倉時代の仏像胎内に収められていた龍笛のX線写真も展示しています。この展示により、日本の伝統音楽に関心を寄せていただければ幸いです。
2006年度、芸能部が無形文化遺産部へと改組改称されたことにともない、報告書の誌名も『芸能の科学』から『無形文化遺産研究報告』へ改められました。今年度はその第3号となりますが、芸能に限定することなく無形の文化財全般を扱う報告書として、掲載している研究論文や報告の半数は直接「芸能」とは結び付かない内容となっています。準備が出来次第、これまでと同様に全内容のPDF版をホームページ上で公開する予定です。
保存修復科学センターでは、海上自衛隊鹿屋航空基地において航空機等、屋外保存されている鉄製文化財の保存環境及び劣化の状況を調査しています。屋外保存されている鉄製文化財(航空機、鉄道車両、櫓、船舶)は、通常、その大きさゆえに雨露をしのげる屋根もかけることが出来ない為、保存環境としては非常に劣悪な状態となっています。また、屋外展示されている航空機(二式大艇)の機内に関しても、温湿度の計測を継続して実施しております。機内の保存環境は閉所であるがゆえに、屋外よりもさらに過酷な状況になっており、機体内部の鉄以外の材料(電線の樹脂製被覆等)が溶け出して機内を汚損するなど非常に憂慮すべき状態となっています。今後も注意深く状況を把握し、必要と思われる措置をとっていただくよう、働きかけていく所存です。
フランスのラスコー洞窟の保存を手がけているフランス歴史記念物研究所(LRMH)の招きにより、2009年3月16日~20日、LRMHを訪ね、記念物等の生物劣化対策について研究交流を行いました。LRMHでは、洞窟や石造文化財の生物劣化について先進的な研究活動をしていますが、木造建造物の保存も近年手がけており、生物劣化関係は3名の常勤の研究者により精力的な研究が進められています。この微生物部門の他に、洞窟壁画部門、壁画部門、木材建造物部門、石造文化財部門、コンクリート部門、金属部門、染飾品部門、ステンドグラス部門、分析部門などで多くの研究者が活動しています。東京文化財研究所が現在対象としている分野と非常に近い研究をしており、今後も関連する分野で活発に研究交流や情報交換を進めていければと思います。
東京文化財研究所保存修復科学センター・文化遺産国際協力センターの研究紀要『保存科学』の最新号が、平成21年3月31日付けで刊行されました。高松塚古墳・キトラ古墳の保存に関する研究情報、敦煌莫高窟保存のための調査研究など、当所で実施している各種プロジェクトの最新の研究成果が発表・報告されています。ホームページから全文(PDF版)をお読みいただけますので、ぜひご利用ください。(当所HPから保存修復科学センター保存部門に入る
http://www.tobunken.go.jp/~hozon/pdf/48/MOKUZI48.html)
平成20年2月5-7日、当所で行われた第31回文化財の保存および修復に関する国際研究集会「文化財を取り巻く環境の調査と対策」の報告書が発刊されました。ラスコー洞窟壁画、高松塚古墳壁画など、現地保存における被害事例とその計測・調査・評価方法、シミュレーションを含む環境解析およびその対策事例の報告など、多岐にわたる研究成果をまとめました。イタリア、フランス、ドイツなど諸外国の取り組みをふんだんに盛り込み、特に壁画の保存計画策定について、有用な事例集となりました。今後の研究交流の礎として、充実した研究成果を海外へ情報発信できました。
モンゴルにおける拠点交流事業の一環として文化遺産国際協力センターより4名が3月9日から13日までウランバートル市を訪れ、石造遺跡の計測・記録作成および建造物修復の技術協力を行うための打ち合わせと情報収集を行いました。来年度の事業の展開については、国立文化遺産センター所長エンフバット氏とヘンティ県の遺跡保護の研修について、モンゴル教育・文化・科学省の博物館・歴史文化財担当主席専門官オユンビレグ氏とは建造物修復研修について、それぞれのカウンターパートとの準備を進めることができました。なかでも、建造物の研修に関連して今回面会したUMA(モンゴル建築家協会)会長とは、モンゴルの文化財建造物の修復における建築家の役割、修理設計方法の確立、修理事業の現状と人材育成の課題、現場の施工と管理、関係資料などについて情報交換を行いました。さらに、国立公文書館の科学技術図面資料センターを訪れたところ、1939年以降の修理関係資料も含めてモンゴルの建築関係資料全てが収められていることに感銘を受けました。また、閲覧できた1980年代作成の古寺院の実測図・復原図からは、日本で行われている調査方法との共通性を見出すことができました。今回、双方の交流を通じた、モンゴルに最適な文化遺産の保護と、この分野に携わる専門家と次世代との育成という、拠点交流事業の目的を達成する道筋が見えた訪問になりました。
文化遺産国際協力センターは、エジプトのギザで建設が進められている「大エジプト博物館(Grand Egyptian Museum)」の付属機関である「保存修復センター」の設立に向け、国際協力機構(JICA)の要請を受けて技術的な支援を行っています。
昨年度から様々な保存修復ワークショップを開催し、同センターで活動する専門家の人材育成を継続的に行っています。今回は3月1日から5日までの5日間、エジプトでの発掘調査や修復プロジェクト経験が豊富な講師をギリシャから招聘し、カイロのエジプト博物館内会議室にて金属文化財保存修復ワークショップを開催しました。ワークショップ前半部分では金属の性質を説く理論講義を、後半部分では修復処置、保存、収蔵の実践練習を行いました。ドキュメンテーション実習ではエジプト博物館コレクションを活用でき、大変有意義なワークショップとなりました。エジプト側の要請に応え、今後とも人材育成と技術移転での支援を続けていく方針です。
文化遺産国際協力コンソーシアム第4回研究会「経済開発協力と文化遺産国際協力」が平成21年3月26日に開催されました。今回は、ドイツ技術協力公社(GTZ)マイノルフ・シュピーケルマン氏、スウェーデン国立遺産庁文化遺産委員会(NHB)カリン・シビー氏、国際協力機構(JICA)森田隆博氏をお招きし、ドイツ、スウェーデン、日本各国による経済開発協力と文化遺産保存協力のあり方についてご講演いただきました。都市開発協力の枠組みで歴史都市保存を活用しながら保健衛生、交通管理等の支援パッケージを提供するGTZに対し、スウェーデンによるタンザニアへの協力では歴史建造物を修復することで住民の衛生状況を改善し貧困撲滅が目指されています。参加者は50名を越え、討議では支援実施のための諸機関連携体制状況や、自国の独自性をどのように協力相手国に適応させるか等について議論が交わされました。今後も、コンソーシアムでは研究会を通して最新情報と議論の場を提供していくつもりです。
東京文化財研究所は、文化遺産国際協力拠点交流事業「東京文化財研究所とインド考古局との壁画保存に関する拠点交流事業」における第1次ミッションを、平成21年2月12日から3月15日にかけて派遣しました。
アジャンター石窟には、前期は紀元後1世紀まで、後期は5世紀後半から8世紀頃までに描かれた、貴重な仏教壁画が数多く残されています。しかし壁画を保存する上では、石窟が開鑿されている岩盤の強度の問題、雨水などの浸入、こうもりの糞や油煙に起因すると思われる黒色付着物など、バーミヤーン石窟壁画にも共通する様々な問題が残されています。これらの問題に対処するため、第1次ミッションでは、インド人保存修復家と共同で調査を行い、保存修復材料および技術に関する知識・経験を共有し、人材育成・技術移転を図ることを目指しました。
具体的な調査内容としては、壁画の保存状態の記録作業(写真撮影、石窟の簡易測量、状態調査)、環境調査のための温湿度計(データロガー)の設置、壁画の編年および技法材料に関する調査(試料採取、赤外線・紫外線写真撮影、携帯型蛍光X線分析計を用いた非破壊分析)、そしてコウモリの糞尿害の調査を実施しました。
2004年に日中共同事業として開始した陝西省唐代陵墓石彫像保護修復事業が、このたび無事に終了し、3月16日から18日の日程で、西安市において最終の現場視察、専門委員・外部評価委員による事業の評価が行われました。この事業は、日本の篤志家黒田哲也氏が財団法人文化財保護・芸術研究助成財団に対して提供した総額1億円の資金を使い、唐時代の皇帝陵である乾陵と橋陵、それに則天武后の母親が葬られた順陵という三つの陵墓についてその東西南北の門に配置された石彫像の修復、周辺環境の整備を実施したものです。東京文化財研究所は西安文物保護修復センターとともに事業を担当し、各種調査、修復作業、研究会の実施、中国側メンバーの招へい研究などを実施してきました。今回の視察と会議には黒田哲也氏ご夫妻も参加され、最後に陝西省文物局から今回の支援に対する感謝の言葉と記念品が贈呈されました。
文化遺産国際協力センターは、2001年以来、中国・河南省洛陽市所在の世界遺産・龍門石窟保護のため、様々な内容での支援活動と共同研究を展開してきました。2002年から2007年には、企画情報部写真室と共同で近年発達が著しいディジタルカメラを駆使し、龍門石窟皇甫公窟(6世紀前半)、蓮華洞(同)、敬善寺洞(7世紀後半)の3つの洞窟について、実験的な画像データの収集とその管理システム構築のための研究を進めました。その成果は2008年3月に作成した報告書『世界遺産龍門石窟 日中共同写真撮影プロジェクト報告書(画像目録)』に集大成されましたが、報告書の作成部数に限りがあって必ずしも多くの方にご覧いただくことができず、また印刷物ではディジタル画像の効果を十分に見ていただくことができません。調査研究によって収集した各種のデータについて、その公開性をどのように高めるかは、文化財保護活動の根本的な課題です。そのため、管理システムの構築というテーマを設けていたのですが、撮影と同時に進めた調査に関する情報を盛り込み、なおかつディジタル画像を活用する方法について、スタッフが試行錯誤を繰り返した結果、今回ようやく日本語版のデータベースが完成し、当研究所閲覧室において公開を開始しました。これを利用することによって上記3洞窟についての研究がさらに進むことが期待されます。また、ここで構築された方法は、他の文化財に関するデータベースにも応用ができるものとして、大いに期待されます。なお、共同研究のパートナーである龍門石窟研究院には、中国語版の完成品を提供する予定です。