研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


9月施設見学(1)

生物科学研究室での説明の様子

山形県鮭川村文化財保護審議会の方々 4名
 鮭川村の文化財管理者の高齢化が進み、年々文化財の保存・管理が難しくなってきているため、今後の文化財保護事業の参考にする目的で9月13日に来所。
 生物科学研究室等を見学し担当者による説明を受けました。


9月施設見学(2)

文化遺産国際協力センターでの概要説明

インドデカン大学副学長他 5名
 9月26日に「インド文化遺産セミナー」での講演に併せて見学。
 文化遺産国際協力センターの担当者の概要説明の後、実演記録室等を見学しました。


9月施設見学(3)

実演記録室での説明の様子

ハムロホン・ザリフィ駐日タジキスタン共和国特命全権大使、アジーズ・ナザロフ2等書記官、キリール通訳の 3名
 9月27日に当所への表敬訪問に併せて所内を見学。生物科学研究室、資料閲覧室、実演記録室を見学し担当者による説明を受けました。


フランスの美術アーカイブをうかがう―文化財情報資料部研究会の開催

フランス、国立美術史研究所図書館の内部

 東京文化財研究所は、その前身である美術研究所が1930(昭和5)年に創設された当初から美術に関する資料の収集、整理、そして公開に努めていますが、これはヨーロッパの美術アーカイブを模範としたものでした。それから80年以上を経て、ヨーロッパの美術アーカイブはどのような発展を遂げたのか――9月5日に行なわれた文化財情報資料部研究会での齋藤達也氏(客員研究員)による発表「フランスにおける近代美術資料 美術館・図書館・アーカイブ・インターネットリソースの紹介と活用例」は、フランスを例にその現状をうかがう格好の機会となりました。
 現在、パリのソルボンヌ大学博士課程でフランス近代美術を研究する齋藤氏は、フランスのアーカイブに日々接しています。その利用者としての目線から、発表では主な公的機関として、フランス国立図書館、国立美術史研究所、国立公文書館、オルセー美術館の例を紹介されました。日本と比較すると、総じて各機関の運営するデジタルアーカイブが質量ともに充実しているようです。とりわけ芸術家の書簡をはじめとする手稿資料のデジタル化が進んでいるのは、同様の資料を多数所蔵する当研究所のスタッフにとって大変刺激になりました。その一方で、資料の一部始終がデジタル化されているわけではなく、万全を期すには原資料に当たる必要もあるという話も、一研究者としてうなずけるものがありました。
 この研究会にはコメンテーターとして一橋大学の小泉順也氏にご発言いただき、また国立西洋美術館の川口雅子氏、陳岡めぐみ氏、山梨県立美術館の小坂井玲氏にもご参加いただきました。日ごろは日本美術を対象とすることの多い文化財情報資料部ですが、この研究会では、西洋美術の研究者と美術アーカイブのあり方をめぐって活発な意見が交わされました。


甲賀市水口藤栄神社所蔵十字形洋剣に対するメトロポリタン美術館専門家の調査と第7回文化財情報資料部研究会での発表

テルジャニアン博士による調査
文化財情報資料部研究会での発表

 滋賀県甲賀市水口の藤栄神社が所蔵する十字形洋剣は、水口藩の祖で豊臣秀吉や徳川家康に仕えた戦国大名加藤嘉明(1563-1631)が所持したと伝えられる西洋式の細形長剣です。優れた出来栄えのこの剣は、日本やアジアで使われた刀剣とはまったく異なる形であり、2016年度に実施した国内専門家による調査検討の結果、16世紀から17世紀前半にかけてヨーロッパで造られた西洋式長剣レイピア(Rapier)が、国内で唯一伝世した作例であることが明らかになりました(東文研ニュース65号既報)。しかしながらこの時点の研究では、この剣が果たして日本製であるのか、それともヨーロッパからの渡来品が国内で伝世したものなのか、またその正確な年代はいつなのか、といった大きな疑問が解決されないままに残されました。
 そこでこうした謎を解明するため、この度、世界でも有数のレイピアコレクションを誇るニューヨークのメトロポリタン美術館武器武具部門長、ピエール・テルジャニアン博士にご来日いただき、現地での調査を実施のうえ、この洋剣に対する見解について第7回文化財情報資料部研究会にて、「ヨーロッパのルネッサンス期レイピアと水口レイピア」と題したご発表をいただきました。
 博士の見解は、銅製の柄部分は明らかに日本製であること、また剣身も日本製あるいはアジア製であってヨーロッパ製ではないこと、そして水口レイピアのモデルとされたヨーロッパ製レイピアは1600年から1630年の間に位置づけられ、その間でもより1630年に近い時期であるが、この剣自体には実用性に欠ける面がある、というものでした。
 この見解は、17世紀前半の日本において、ヨーロッパからもたらされた洋剣を日本人が詳細に調べ上げ、その模作までも行っていたという、これまでまったく知られていなかった新たな事実を意味するものです。またその一方で、この剣には高度なネジ構造によって柄と剣身とを接続するなど、ヨーロッパのレイピアには認められない独自の技術が使われていることも明らかとなりました。こうした独自の特徴は、当時の日本の職人が見慣れぬ西洋の剣を自身の持つ技術で正確に再現しようと努力苦心し、工夫を重ねた結果であると理解できるでしょう。
 このように、水口に伝わった一振りの洋式剣の研究から、17世紀前半の金属工芸技術や外来文化の受容に関するさまざまな事実が明らかになりつつあります。この剣がどこで誰がどのように造ったのかといった問題など、さらに詳しい調査や研究を進め、今後もこの剣の実態やそれをめぐる歴史的な背景などについての検討を行っていく計画です。


EAJRS(日本資料専門家欧州協会)第28回年次大会「日本学支援のデジタル対策」への参加

EAJRS第28回年次大会 オスロ大学Professorboligenでのセッション
EAJRS第28回年次大会 リソース・プロバイダー・ワークショップ

 EAJRS(European Association of Japanese Resource Specialists:日本資料専門家欧州協会)第28回年次大会がノルウェーのオスロ大学において、9月13日から16日の日程で開催され、当研究所からは文化財情報資料部の橘川が参加しました。EAJRSは、ヨーロッパで日本研究資料を取り扱う図書館員、大学教員、博物館・美術館職員などの専門家で構成されているグループで、今年の年次大会は「日本学支援のデジタル対策」と題して催され、90名あまりの関係者が参加しました。14にわたるセッションで構成されたこの大会では、チェスタ ー・ビーティー・ライブラリー、コロンビア大学C.V.スター東亜図書館などの在外日本資料コレクションに関する研究、国文学研究資料館、国立歴史民俗博物館、国際日本文化研究センター、アジア歴史資料センター、渋沢栄一記念財団などによるデジタル・アーカイブ事業、国立国会図書館によるインターネット上のツールを活用したレファレンスのノウハウ、EAJRS在欧和古書保存ワーキンググループの取り組みなど、30件の発表が行われました。
 本大会において、当研究所の研究事業とアーカイブを紹介するため、リソース・プロバイダー・ワークショップ、ブース出展を行い、当研究所の刊行物、デジタル・アーカイブについて展示、解説しました。大会期間中の談話でも、当研究所刊行物への評価、機関リポジトリを介した情報発信のあり方など、海外の専門家らならではの具体的な助言をいただくよい機会となりました。今大会の模様をEAJRSサイト(http://eajrs.net/)で視聴できますのでご参照ください。なお、来年2018年の大会は、リトアニアのヴィータウタス・マグヌス大学で開催することが決定しました。


文化財防災ネットワーク構築のためのヒアリング調査

資料処置現場でのヒアリング調査
水損資料を乾燥させている真空凍結乾燥器

 昨今、地震や台風などによる文化財の被災件数が増加しています。国立文化財機構では、地域にとって貴重な文化遺産を守り伝えていくための文化財防災ネットワークの構築を目指し、文化財防災に関するヒアリング調査を全国の文化財関係組織を対象に行っています。東京文化財研究所は北海道・東北ブロックを担当しており、9月15日には山形県山形市にある東北芸術工科大学にてヒアリング調査を行いました。
 東北芸術工科大学では、東日本大震災で水損してしまった文書資料の真空凍結乾燥処理を現在も継続して行っていました。災害発生時から現在に至るまでの文化財レスキューの流れについて貴重なお話を伺えたことに加え、実際に処置を行っている現場の様子を見せていただけたことで、現場でなければ分からない問題や課題についても知ることができました。
 こうした北海道・東北地方での調査を進めていく中で、地域によって異なる文化財防災の特徴が明らかになってきました。引き続き各地域における現状調査を継続し、災害の規模に関わらず何か問題が起こってしまった時の助けとなるような、文化財防災ネットワークの構築に繋げていければと考えています。


アルメニア共和国における染織文化遺産保存修復研修「染織芸術と保存―過去と現在を結ぶ」の開催

研修の様子
修了式の様子

 東京文化財研究所は、平成29(2017)年9月11日~20日の間、アルメニア共和国にて、同国文化省と共同で染織文化遺産保存修復研修「染織芸術と保存―過去と現在を結ぶ」を開催しました。本研修は、両者が平成26(2014)年に締結した、文化遺産保護分野における協力に関する合意に基づいて実施したものです。
 アルメニア共和国では、遺跡から繊維などの有機物も多く出土する一方、そのような遺物の保存方法などに関するノウハウは十分に有していません。また、世界文化遺産にも登録されているエチミアジン大聖堂には、古来より受け継がれてきた典礼服飾品など、宗教的・歴史的に価値のある品々が多数保管されています。しかし、それらの中には損傷が激しいものもあり、文化遺産を後世に伝えていくためにも、適切な手法で修復を行う必要があります。
 今回の研修は、文化遺産国際協力センター客員研究員の石井美恵氏とNHK文化センターさいたまの横山翠氏を講師として、前半をアルメニア共和国歴史文化遺産科学研究センター、後半をエチミアジン大聖堂付属博物館で行い、博物館など文化遺産を扱っている7機関から13名が研修生として参加しました。第一回目にあたる今年度は、染色文化遺産に関する基礎的な知識や技術の習得を目指しました。最終的には彼ら自身の手で文化遺産の保存修復を手掛けられるよう、今後も協力関係を継続していく予定です。


セミナー「インドにおける文化遺産保護と最新のインダス文明研究」の開催

セミナー終了後、シンデ博士を囲んでの集合写真

 東京文化財研究所およびNPO法人南アジア文化遺産センターは、インド・デカン大学学長のヴァサント・シンデ博士をお招きし、9月26日にセミナー「インドにおける文化遺産保護と最新のインダス文明研究」を開催しました。
 ヴァサント・シンデ博士は、インドを代表する考古学者で、インド国内で数多くの発掘調査を行ってきました。現在は、モヘンジョ・ダロ遺跡を凌ぐインダス文明最大の都市遺跡ラキー・ガリー遺跡の発掘調査を行っています。
  今回のセミナーでは、「インドにおける文化遺産保護の現状」と「ラキー・ガリー遺跡の最新の発掘調査成果」に関して、ご報告いただきました。
 また、発表前の時間を利用して、東京文化財研究所を見学していただきました。シンデ博士の所属するデカン大学は文化遺産に特化した大学院大学ですが、来年度、新たに「保存修復」と「文化遺産マネージメント」の学部を新設するとのことです。そのような理由もあり、とくに保存科学研究センターの朽津室長の説明に熱心に耳を傾けていました。


「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣(その7)

カトマンズ・ハヌマンドカ王宮内における壁面仕上げ状態調査
キルティプルで開催された歴史的集落保全ワークショップの様子

 文化庁より受託した標記事業により、引き続きネパールへの派遣を行っています。9月6日〜14日にかけて、当研究所アソシエイトフェロー の山田が現地調査を実施しました。
 今回はおもに、日本の専門技術者の指導のもとでの修復が予定されているカトマンズ・ハヌマンドカ王宮内アガンチェン寺周辺建物群について、内壁面仕上げの仕様調査および写真記録を行いました。建物の壁面は、建設後も度々塗り重ねられ、その材料も変化してきています。そのため、地震で損傷した塗膜層を作業用メスで一枚一枚丁寧に剥がし、各室内壁仕様の変遷を調査しました。これからの修復に向けては、旧塗装面の保存の要否や塗り直しの仕様等を検討していく必要があります。調査結果はその判断材料となるほか、繰り返し改築されてきた建物の歴史を解明する上でも重要な手がかりを得ることができました。
 一方、9月10日には、世界遺産暫定リストに記載された歴史的集落をもつキルティプル市がホスト役となって開催された、カトマンズ盆地内歴史的集落の保全に関するワークショップに参加し、歴史的集落保全のために緊急的に取り組むべき項目についての提言を行いました。この提言を受けて、同市長や各歴史的集落を管轄する地元行政職員、政府考古局職員など参加者の間で熱心な議論が交わされました。歴史的集落保全のための適切な体制を確立するまでには依然として多くの課題があるものの、その実現に向けて大いに期待を感じさせるワークショップでした。


国際研修「紙の保存と修復」2017の開催

実習の様子

 平成29年(2017)年8月28日~9月15日に国際研修「紙の保存と修復」を開催しました。本研修は1992年より東京文化財研究所とICCROM(文化財保存修復研究国際センター)の共催で、海外からの参加者へ日本の紙本文化財の保存と修復に関する知識や技術を伝えることにより、外国の文化財の保護へ貢献することを目指しています。本年は38カ国79名の応募の中から9カ国(アルゼンチン、オーストラリア、中国、チェコ、ギリシャ、イスラエル、ラトビア、フィリピン、アメリカ)10名の文化財保存修復の専門家を招きました。
 研修は講義、実習、視察で構成されます。講義では日本における有形および無形の文化財保護制度や和紙の基礎的な知識、伝統的な修復材料や道具について取り上げました。実習は国の選定保存技術「装潢修理技術」保持認定団体の技術者を講師に迎え、紙本文化財の洗浄から巻子仕立てまでの修理作業を中心に、和綴じ冊子の作製や屏風と掛軸の取り扱いも行いました。研修中盤には名古屋、美濃、京都を訪問し、歴史的建造物の室内における屏風や襖、国の重要無形文化財である本美濃紙の製造工程、伝統的な修復現場などを視察しました。また、最終日の討論会では紙本文化財の修復材料や保存環境といった各国の現状や課題について活発に議論がなされました。
 参加者が本研修を通じ、日本の修復材料や道具だけでなく、和紙を使用した修復方法や技術についても理解を深め、それらが諸外国の文化財保存修復に応用されることが期待されます。


「ミャンマーにおける考古・建築遺産の調査・保護に関する技術移転を目的とした拠点交流事業」(建築分野)による第三次現地派遣

リスによるクラックゲージの破損とクラックディスクの設置
技法調査
煉瓦試験体の製作
レクチャーの様子
現地職人による煉瓦積み実演

 文化庁より受託した標記事業(奈良文化財研究所からの再委託)の一環として、今年度第3回目(9月17日~10月2日)の現地調査を実施しました。今回は外部専門家3名を含む計6名を派遣し、構造挙動モニタリングや、伝統建築技法と生産技術に関する調査、材料実験等を行いました。
 3回目の測定となる構造挙動モニタリングでは、対象建物3棟ともに変形の進行は特に認められませんでした。ただ、クラックゲージの一部が鳥獣の加害により脱落し、継続的な計測ができなかった測点もありました。このため、クラックゲージの被覆やクラックディスクへの交換など、現場の状況に応じた対策を講じました。
 文化遺産建造物が持つ価値には、外形だけではなく建造に用いられた技術も含まれています。ところが、バガンにおける従来の修復作業では当初技法の保存・再現への意識が乏しく、これに関する既往研究も極めて限られています。そこで、今回の調査では建築構造および保存修理分野の専門家とともに20物件を対象に煉瓦積みの技法を確認し、あわせて現地で修理に携わってきた職人へのインタビューや実演を通じて生産技術に関する情報収集も行いました。
 また、技術支援の一環として9月20日にミャンマー宗教文化省考古国立博物館局バガン支局にて講義を行い、副支局長をはじめ13名の同局スタッフが参加しました。「アジア諸国の組積造文化遺産の地震被害」(東京文化財研究所、友田正彦室長)、「レンガ造文化遺産建造物の構造解析のための調査と事例」(東京大学、腰原幹雄教授)、「シャトーカミヤ旧醸造場施設の保存修理工事」(文化財建造物保存技術協会、中内康雄参事)の3題をオムニバス形式で行い、特に補強に関する材料や工法等については強い関心が示されました。
 一方、ヤンゴンではMyanmar Engineering Society (MES)とYangon Technological University (YTU)の協力を得て9月23日~10月1日に煉瓦単体(14点)の圧縮強度試験を行いました。また、バガンでの生産技術調査から得た情報に基づいて材料と配合比が異なる3種類のモルタルを使ったプリズム(4段積の煉瓦試験体)各9体、円筒のモルタル試験体各3体、正方形のモルタル試験体各3体を作製しました。これらについての強度試験は約2か月後に行う予定です。
 引き続きこのような調査や実験を通じて、バガン地域の文化遺産建造物の保存・修復に有益なデータをさらに蓄積していきたいと思います。


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