研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


2011年度第1回企画情報部研究会の開催

 2011年5月11日、今年度初回の企画情報部研究会を行いました。発表者と題目は次の通り。
 ・土屋貴裕(東京国立博物館学芸研究部調査研究課)
 「メトロポリタン美術館所蔵「聖徳太子絵伝」について」
 発表は、これまで本格的な研究のなかった米国・メトロポリタン美術館の2幅本「聖徳太子絵伝」の調査に基づくもので、その重要性を認識させるものでした。土屋氏は図様に近似性のみられる大蔵寺2幅本および四天王寺6幅本を比較の対象としてとりあげ、図様・場面選択・その配置について具体的、詳細な検討を行うことによってメトロポリタン本のもつ共通性と独自性を明らかにするとともに、橘寺本や瑞泉寺本にも通じる要素のあることも指摘しました。さらに広く、多様な作品が生み出されている聖徳太子絵伝における本作の位置、四天王寺絵所や中世大画面説話画のことなどに及ぶ問題提起がなされました。
 村松加奈子氏(龍谷ミュージアム)をお迎えし、相澤正彦客員研究員(成城大学)も交えて多数が参加し、発表後、静嘉堂文庫美術館本との関連、制作年代、説話画における図様の継承と形成などについて活発な議論がなされました。


2011年度第2回企画情報部研究会の開催

 2011年5月25日(水)に今年度第2回目の企画情報部研究会を開催しました。発表者はアメリカ・ニューヨークのコロンビア大学准教授マシュー・P・マッケルウェイ氏で、題目は「最大の洛中洛外図—制作環境と年代仮説」でした。近時、名古屋市博物館の「変革の時 桃山」展(2010年9月25日〜11月7日)に展示されて話題となった8曲1隻の洛中洛外図屛風(個人蔵)について、1990年にクリスティーズのオークションに登場した際の経緯から説き起こし、内容的に共通する作例や様式的に近似した作例との比較を通して、その制作年代や制作環境について慎重に考察する内容でした。発表後はご参加いただいた所外の研究者を交えて活発かつ忌憚のない意見交換が行われました。歴史学的にも美術史学的にも今後ますます重要視されることになるであろう本屛風について、専門家の間で基礎的な情報と問題の所在を共有するまたとない機会となったと思います。


横山大観《山路》、京都国立近代美術館での調査

横山大観《山路》(京都国立近代美術館蔵)、蛍光X線分析の様子 

 企画情報部では研究プロジェクト「文化財の資料学的研究」の一環として、横山大観《山路》の調査研究を永青文庫と共同で進めています。同文庫が所蔵する大観の《山路》は、明治44年の第5回文部省美術展覧会に出品され、大胆な筆致により日本画の新たな表現を切り拓いた重要な作品です。昨秋の同作品の調査に引き続いて、5月29日に京都国立近代美術館が所蔵する別本の《山路》を調査しました。同作品は文展出品作をふまえ、横浜の実業家で美術品の大コレクターとして知られる原三溪が大観に描かせたもので、明治45年2月6日付の三溪宛、画料受け取りの礼状も残されています。今回の調査では、京都国立近代美術館の小倉実子氏のご協力を得て、永青文庫の三宅秀和氏と塩谷、そして荒井経氏・平諭一郎氏・小川絢子氏(東京藝術大学)により近赤外線反射撮影、および蛍光X線分析による彩色材料調査を行いました。昨秋に行った文展出品作の調査では、大観が近代的な顔料を積極的に使用したことがわかりました。原三溪旧蔵作品でも、同様に近代的な顔料の使用が認められましたが、文展出品作と同じモチーフでありながら異なった顔料で彩色された部分もありました。なお文展出品作についてはもっか修理中で、裏打ち紙を外した段階で再調査をする予定です。


国際会議 “The Value and Competitive Power of Naganeupseong Folk Village as World Heritage” 韓国全羅南道順天市

会議の様子

 この国際会議は、韓国全羅南道順天市の楽安邑城(ナガンウプソン)という民俗村の世界遺産登録へ向けての運動の一環で、韓国民俗学会の主催で5月12日に開かれたもので、歴史・民俗・建築等多方面からの専門家や保護行政関係者が参加しました。日本からは無形文化遺産部の宮田が招聘され、「日本の世界遺産(無形文化遺産分野)登載現況と見通し」という題目で発表を行いました。楽安邑城は、単なる民俗テーマパークとは異なり、今も現実に住民の暮らしが続いています。こうした遺産を評価するためには、有形・無形双方からのアプローチが不可欠であるという認識は、参加者の共通の認識であり、日本の無形のあり方に関しても高い関心が寄せられました。無形文化遺産部では、今後もこうした意見交換の場には積極的に参加し、日本の知見を広く発信したいと考えています。


被災文化財レスキュー事業 情報共有研究会報告

スクウェルチ法のデモ
会議での議論

 東北地方太平洋沖地震文化財等救援事業(文化財レスキュー事業)の発足を受け、東京文化財研究所では、文化庁ほか関係機構、関係団体等と連携をとりながら、東京での事務局設置場所として後方支援を行うこととなりました。被災した文化財レスキューでは、いろいろな想定されるケースについての応急処置の具体的なフロー(マニュアル)の整備が急務となります。とくに津波などの被害に遭った水損文化財の場合、水濡れ、塩による被害もさることながら、その後のカビなど微生物による生物劣化による被害が大きいため、これをできるだけ抑え、かつその後のより良い修復につなげていくには現地で使用できる材料、インフラを用いてどのような対応が考えられるのか、作業の方法についていくつかの方向性を探り、救援にかかわる関係者、関係諸機関・諸団体と情報を共有し、現場へ提供していきたいと考えております。この第一歩として、平成23年5月10日、「被災文化財救済の初期対応の選択肢を広げる -生物劣化を極力抑え、かつ後の修復に備えるために」というテーマで、東京文化財研究所にて標記の会を開催いたしました。
 今回は、スマトラ沖地震のときに現地の被災文化財の救援活動に積極的に関わられた坂本勇氏、海水に浸水した紙等のカビの発生度合について調査された江前敏晴氏、近年、ヨーロッパでの洪水時の被災文化財の救援法として採用されたスクウェルチ法について調査された谷村博美氏から話題提供をいただき、さまざまな分野の専門家の先生をコメンテーターにお招きして、材質ごとの初期対応についてメモとともにご意見をいただきました。また、スクウェルチ法のデモや、水や塩水に浸水した絵画などのサンプルも展示致しました。協力いただきました先生方や、終始、熱心な議論にご参加くださいました161名の参加者の方々に感謝申し上げ、このような情報が少しでもレスキューの現場でお役にたてることを心より願っております。なお、当日の資料は東京文化財研究所HPにて5月17日より公開されております。
http://www.tobunken.go.jp/~hozon/rescue/rescue20110510.html


大エジプト博物館保存修復センタープロジェクト 労働安全衛生研修の実施とフェーズ2詳細計画策定調査への参加

労働安全衛生研修の様子
本格協力に対する合意書締結の様子

 文化遺産国際協力センターでは、国際協力機構(以下JICA)が行うエジプト国大エジプト博物館保存修復センタープロジェクトへの協力を継続的に行っています。 2011年4月27日(木)~5月5日(木)までの実質5日間、「労働安全衛生研修」を保存修復センター内で開催しました。東京芸術大学の桐野文良教授と東文研文化遺産国際協力センターの藤澤明が、講師としてJICAから現地へ派遣されました。エジプトでは文化財保存修復分野の高等教育機関において労働安全衛生について学ぶ機会がなく、エジプト人専門家達は日々の作業における安全衛生について疑問を持つことが多々ありました。これまで実施した研修の中から彼らの必要とする知識や技術を判断し、今回の研修実施に至りました。研修は大変好評で、繰り返し指導してほしいとの声が多く聞かれました。今後も定期的な研修実施を通して、修復専門家だけでなく清掃員に至るまで保存修復センターで働く全ての人が安全衛生に対する共通認識を持つことが目標です。また、5月27日(金)~6月4日(土)の9日間、JICAが行うフェーズ2(本格協力)詳細計画策定調査に東文研から3名が参加しました。専門家の執筆協力を受けて東文研が取りまとめたフェーズ2人材育成計画をもとに、JICAがエジプト側と今後の協力可能性について協議を行いました。その結果、JICAは引き続き保存修復センターで働く専門家の人材育成と技術移転への協力をエジプト側と約束し、今年7月以降の早い段階で、本格協力を開始することになりました。それに伴い、東文研もJICAと共により一層効果的な協力を行っていく予定です。


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