研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


売立目録デジタルアーカイブの公開について

東京美術倶楽部と「売立目録デジタル化事業」の公開・運用に関する覚書調印式の様子
売立目録デジタルアーカイブの専用端末

 売立目録とは、個人や名家の所蔵品などを売立会で売却するため事前に作成される目録のことで、売却された作品の名称や写真が掲載された重要な資料です。東京文化財研究所は、2,565件の売立目録を所蔵しており、公的な機関としては最大のコレクションとなっています。当研究所では、従来、こうした売立目録の情報について、写真を貼り付けたカードによって資料閲覧室での利用に供してきましたが、売立目録の原本の保存状態が悪いため、平成27(2015)年から東京美術倶楽部と共同で、売立目録をデジタル化する事業を開始しました(平成27(2015)年4月の活動報告を参照)。東京美術倶楽部をはじめ、多くの方々にご協力いただき、約4年の歳月をかけて、その事業が終了し、このたびデジタルアーカイブとして公開する運びとなりました。
 このデジタルアーカイブで採録対象とした売立目録は、第二次世界大戦以前に作成されたもので、当研究所が所蔵する2,328件と、東京美術倶楽部が所蔵する309件を合わせた2,637件です。一方、採録対象とした作品は、原則として売立目録に画像が掲載されているもので、現段階で約375,500件となっています。また、同デジタルアーカイブは、「書誌情報」と「作品情報」にわかれており、「書誌情報」では売立目録ごとの情報を、「作品情報」では個別の作品の情報を、画像とともに閲覧することが可能です。こうした売立目録デジタルアーカイブは、当研究所の資料閲覧室の専用端末において同閲覧室の開室時間内に公開しており、各種情報を閲覧できるほか、画像やリストを有償で印刷することもできます(白黒1枚10円、カラー1枚50円)。


ある美術評論家のアーカイブをめぐって――文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子

 およそ美術の世界というものは、作家が生み出す作品が主役であるといってよいでしょう。ただ、その作品をめぐって、作家をはじめ評論家や研究者といった人々が言葉で語りあい、その価値づけを行なうことで美術界の全体が成り立っていることもたしかです。そうした人々が残した言葉の数々も、その時代その時代の美術をうかがう重要な手がかりとなっています。平成23(2011)年に55歳の若さで急逝した鷹見明彦(昭和30(1955)年生まれ)も、評論家として、美術をめぐる言葉を紡いだひとりです。平成31(2019)年4月23日に開催された文化財情報資料部研究会では、鷹見の旺盛な評論活動について、黒川公二氏(佐倉市立美術館)が発表を行ないました。
 「美術評論家 鷹見明彦の活動とその資料について」と題した黒川氏の発表は、鷹見の原稿や作家と交わした手紙等、遺された資料群の丹念な調査に基づくものでした。手紙に関しては鷹見が送った内容の控えが残っており、『美術手帖』等で多くの評論を手がけるばかりでなく、企画者として自ら展覧会を立ち上げ、多くの若手作家の創作活動を援助した姿がうかがえました。研究会では鷹見明彦という美術評論家の軌跡をたどるとともに、遺された資料群を今後どのように活用していくのか、鷹見と親交のあった美術家の母袋俊也氏も交え、意見が交わされました。現在も活躍する作家や評論家に関わる資料が多数を占めていることもあり、その公開には慎重を要する場合があります。ディスカッションでは、母袋氏をはじめ、所内の参加者がさまざまな立場から意見を出しあい、鷹見明彦アーカイブのあり方について方向を探る機会となりました。


薬師寺所蔵 国宝「吉祥天像」デジタルコンテンツの公開

「吉祥天像」デジタルコンテンツ画面

 文化財情報資料部では、当研究所で行った美術作品の調査研究について、デジタルコンテンツを作成し、資料閲覧室にて公開しています。このたび奈良・薬師寺所蔵の国宝「吉祥天像」のデジタルコンテンツの公開を開始致しました。吉祥天像は、薬師寺において吉祥悔過の本尊として制作されたと考えられる現存最古の画像で、奈良時代の稀少な着色画として知られています。このデジタルコンテンツは、奈良国立博物館と当研究所との共同研究として調査を実施し、平成20(2008)年に刊行した報告書に基づいて作成しました。専用端末で高精細カラー画像、蛍光画像、近赤外線画像、エックス線透過画像、蛍光エックス線分析による彩色材料調査の結果などがご覧いただけます。ご利用は学術・研究目的の閲覧に限り、コピーや印刷はできませんが、デジタル画像の特性を活かした豊富な作品情報を随意に参照することができます。この画像閲覧端末は、資料閲覧室開室時間にご利用いただけます。ご利用に際しては下記をご参照下さい。
http://www.tobunken.go.jp/~joho/japanese/library/library.html


青花紙製作技術に関する共同調査報告書の刊行

『青花紙製作技術に関する共同調査報告書―染織技術を支える草津のわざ―』表紙

 青花紙とはアオバナの花の汁をしぼり和紙に染み込ませたもので、友禅染の下絵の材料(染料)として使われています。無形文化遺産部では平成28(2016)~29(2017)年度にかけて滋賀県草津市と共同で青花紙製作技術の共同調査を実施し、平成30(2018)年度には同事業の報告書である『青花紙製作技術に関する共同調査報告書―染織技術を支える草津のわざ―』(DVD付)を刊行しました。
 本書は青花紙を製作している3軒の農家における青花紙製作技術の動態記録に加え、アオバナの栽培土壌や花の汁の保存性の調査、青花紙に用いる和紙の調査、青花紙に関する古文書の調査、青花紙の生産者や利用者等からの聞き取り調査、文化財という観点からの青花紙の位置付けについて草津市立草津宿街道交流館の館員と東京文化財研究所の研究員が執筆しました。これら共同事業の調査データは草津市と共同で保管しており、今後の研究資料として利用が可能になりました。
本年度より草津市では青花紙製作技術の保護施策に向けての活動が始まっています。無形文化財に利用される材料の製作技術は、文化財を守る技術(選定保存技術)として評価をされることがあります。一方、青花紙は草津という地域の民俗文化という面からも評価されるでしょう。今後、本書を通じて多くの方に青花紙製作技術について知ってもらい、保護に向けての議論がより活発になることを期待しています。


「美術館・博物館のための空気清浄化の手引き(平成31年3月版)」公開中

 美術館・博物館の収蔵庫や展示ケース内のアンモニアや酢酸の濃度が下がらなくて困っている、というご相談が多く寄せられます。アンモニアは油絵に対して変色を進め、酢酸は金属製品、特に鉛を使った工芸品やコインで激しく腐食が起こり、濃度を下げることは文化財の保存のために必須な作業です。
 本手引きは、保存と活用のための展示環境の研究の成果として保存環境研究室がまとめたもので、平成31年4月より東京文化財研究所ホームページ内、保存科学研究センタートップページのお知らせから読むことができます。空気清浄化の基本的な知識から汚染状況の監視方法、諸対策について、学芸員の方や空調制御受託の作業者、調査を行う方まで利用できる内容としました。巻末に「よくある質問」も掲載し、質問に対して解説した参照場所も分かりやすくしました。付録では、測定方法について具体的な作業を、豊富な写真資料で解説しています。より詳しく知りたい方向けに参考図書・文献も付けました。
 美術館・博物館の環境改善のお役に立つことができますと幸いです。


国際シンポジウム「メソポタミア文明の遺産を未来へ伝えるために-歴史教育を通した戦後イラクの復興への挑戦」の開催

講演者一同

 平成31(2019)年4月13日(土)に、東京文化財研究所文化遺産国際協力センターは、特定非営利活動法人メソポタミア考古学教育研究所(JIAEM)とともに、国際シンポジウム「メソポタミア文明の遺産を未来へ伝えるために-歴史教育を通した戦後イラクの復興への挑戦」を開催しました。
 これは、復興に向けて動き出したイラクにおいて、歴史教育や文化遺産保護の分野で、どのような支援が望まれているかを具体的に把握することを目的としたものです。
 当日のプログラムは、まずJIAEM代表の小泉龍人先生が、平成29(2017)年春にイラクに渡航して実見したメソポタミア文明の遺跡の現状について報告を行いました。続いて、東京文化財研究所の安倍は同研究所が長年実施してきたイラク人専門家研修に関して、国士舘大学の小口裕通先生は同大学が昭和44(1969)年から行ってきたイラク考古学調査に関して発表しました。京都造形芸術大学の増渕麻里耶先生とJIAEMの榊原智之先生も、それぞれ文化遺産保護分野での人材育成の重要性と考古学教育支援の在り方に関して講演を行いました。
 また、ゲストとして、メソポタミア文明発祥の地ナーシリーアにあるズィー・カール大学から教育学の専門家であるイマード・ダウード先生とナイーム・アルシュウェイリー先生をお迎えしました。イマード先生とナイーム先生からは、現地の学生や教員がメソポタミア文明の遺産をどのように認識し、どのような支援を日本に求めているか、に関して講演が行われました。
 最後に、お二人を交えた総合討論では、イラクでの文化遺産の保護や歴史教育また人材育成に対し、どのように日本が関わるべきなのか、活発に議論が行われました。今回のシンポジウムが戦後イラクの復興に対する国際協力の第一歩になることを願っています。


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