研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


博物館の展示ケース内における空気質調査

展示ケース内に設置した袋に窒素ガスを入れている様子
袋内の空気をポンプで採取している様子

 保存科学研究センターでは博物館等の保存環境にかかる調査研究を行っています。今回、神奈川県立歴史博物館より、展示ケース内の空気質に関する調査依頼をいただきました。展示ケース内で有機酸が検出されるが、発生源が特定できておらず、対策を講じるためにも発生源を知りたいということでした。また、これまで有機酸として一括りでしか測定できていなかったので、酢酸とギ酸の割合を把握したいという要望もありました。
 そこで、保存科学研究センター・保存環境研究室と分析科学研究室では、分析科学研究室で開発を行っている空気質の調査方法を適用して、発生源を調べることにしました。調査対象は大小の壁付展示ケース床面、覗きケース展示面、展示台、バックパネルの5箇所です。写真のように空気を通さないフィルムで作られた袋を測定箇所にかぶせ、重さ4.5kgの鉛金属のリングで設置面に隙間ができないように設置しました。袋の中の空気を窒素に置き換え24時間静置後、袋内からポンプで空気を採取し超純水に溶かした試料をイオンクロマトグラフィーで分析することにより、酢酸、ギ酸の放散量を測定しました。同時に、データロガーを袋内に封入し、二酸化炭素の濃度変化を測定することで、密閉度の確認も行いました。
 今回の調査により、それぞれの測定箇所の酢酸・ギ酸の濃度を把握することができたので、今後の空気質改善の対策に生かしていきたいと考えています。

高徳院観月堂で用いられている彩色材料の調査

高徳院観月堂での調査風景

 鎌倉大仏殿高徳院の境内には、朝鮮王朝王宮「景福宮」から移築された「観月堂」と称されるお堂があります。観月堂では瓦や壁面の経年劣化や野生生物の被害など、建造物の保存・活用に関する課題を抱えています。また、観月堂に施されている丹青(彩色材料)は、景福宮建立当時に用いられたものが現存している非常に希少なものですが、その材質等についてはまだ明らかになっておらず、現在の状態を把握しておくことが重要です。このような検討を進める上で、観月堂に用いられている彩色材料に関する基礎情報を収集することになりました。
 そこで、鎌倉大仏殿高徳院(佐藤孝雄住職)からの依頼を受けて、令和4(2022)年7月6日、7日に、保存科学研究センター・犬塚将英、早川典子、芳賀文絵、紀芝蓮が観月堂に可搬型分析装置を持ち込んで、建築部材に施されている彩色材料の現地調査を実施しました。
 調査の第一段階として、観月堂が建造された当初に彩色されたと推測される箇所を中心に、色に関する情報を2次元的に把握するために、ハイパースペクトルカメラを用いた反射分光分析を行いました。このようにして得られた反射分光スペクトルのデータを参考にして、学術的に興味深いと考えられる箇所を選定し、蛍光X線分析による詳細な分析も行いました。以上の2種類の分析手法によって得られたデータを詳細に解析することにより、朝鮮王朝時代に用いられた特徴的な彩色材料に関する理解を深め、今後の保存・活用に役立てていく予定です。

ハイパースペクトルカメラを用いた梅上山光明寺での分析調査

調査の準備
調査箇所についての協議

 これまで何回かにわたり「活動報告」で紹介してきました通り、東京都港区の梅上山光明寺が所有している元時代の羅漢図についての調査が文化財情報資料部によって実施されてきました(梅上山光明寺での調査)。そして、光学調査で得られた近赤外線画像や蛍光画像から、補彩のために新岩絵具が用いられた箇所がある可能性が示唆されました。
 このような画像データの観察に加えて、科学的な分析調査を行うことにより、高精細画像とは異なる切口から情報が得られると考えられます。そこで、令和4(2022)年1月19日に光明寺にて、保存科学研究センターの犬塚将英・紀芝蓮・高橋佳久、そして文化財情報資料部の江村知子・安永拓世・米沢玲が反射分光分析による羅漢図の調査を実施しました。
 反射分光分析を行うことにより、光の波長に対して反射率がどうなるのか、すなわち反射スペクトルの形状から作品に使用されている彩色材料の種類を調べることができます。さらに、今回の調査に適用しましたハイパースペクトルカメラを用いると、同じ反射スペクトルを示す箇所が2次元的にどこに分布するのかを同時に調べることができます。
 今後は、今回得られたデータを詳細に解析することにより、補彩のために用いられた材料の種類と使用箇所の推定を行う予定です。

キトラ古墳壁画の泥に覆われた部分の調査

蛍光X線分析による調査風景

 主に東京文化財研究所と奈良文化財研究所の研究員で構成される古墳壁画保存対策プロジェクトチームでは、高松塚古墳壁画・キトラ古墳壁画の保存や修復のための調査研究を行っています。高松塚古墳壁画と比べると、キトラ古墳壁画では四神や天文図等に加えて、各側壁に三体ずつ獣頭人身の十二支像が描かれている特徴があります。十二支のうち、子・丑・寅・午・戌・亥の六体の像は存在を確認することができますが、卯・未・酉に該当する箇所は漆喰ごと完全に失われています。そして、残りの辰・巳・申に関しては、該当する箇所の表面が泥に覆われており、これまでのところ、図像の有無は確認できていませんでした。これらの像が描かれている可能性のある3つの壁画片は再構成されておらず、現在は高松塚古墳壁画仮設修理施設にて保管されています。
 辰・巳・申の図像の存在を確認するために、プロジェクトチームの材料調査班と修復班の協働により、平成30(2018)年にX線透過撮影による調査を行ったところ、辰に関しては何らかの図像が描かれているようなX線透過画像が得られたものの、多くの課題が残されました。そこで、令和2(2020)年12月に、辰と申が残存している可能性のある壁画片に対して蛍光X線分析を実施したところ、水銀が検出されたことから、図像の存在の可能性を示すことができました。
 そして、令和3(2021)年8月11日に、巳が残存している可能性のある壁画片に対して蛍光X線分析を実施しました。この調査には、東京文化財研究所・保存科学研究センターの犬塚将英、早川典子、紀芝蓮の3名が参加しました。巳が描かれていると予め予測しておいた位置を中心に縦横2cmの間隔で蛍光X線分析を行いました。その結果、予測した箇所から水銀が検出されたため、巳についても図像の存在の可能性を示すことができました。
 この調査で得られた結果については、令和3(2021)年8月31日に文化庁によって開催された「古墳壁画の保存活用に関する検討会(第29回)」にて報告を行いました。

巳が描かれている可能性のある壁画片のX線透過画像(左)と
検出された水銀の信号強度の分布(右)
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