研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


企画情報部研究会の開催「宮内庁三の丸尚蔵館所蔵春日権現験記絵共同研究の中間報告」

 春日権現験記絵(かすがごんげんげんきえ)は14世紀初頭、時の左大臣・西園寺公衡(きんひら)が発願し、宮廷絵所の預(長)であった高階隆兼(たかしなたかかね)が絵を描いた全20巻にもわたる大作で、この上なく優れた筆致もあいまって絵画史上きわめて貴重な作品です。現在、所蔵者である宮内庁によって平成16年(2004)から15カ年もの計画による全面的な解体修理が行われているところですが、これにともない、当研究所は宮内庁との共同研究により修理前の作品について順次光学調査を行っています。
 9月25日、企画情報部は研究会を開催してこの調査について中間報告を行いました。宮内庁三の丸尚蔵館からは今回の修理事業を主導されている主任研究員・太田彩氏をお迎えし、この度の修理事業の全体像、修理過程で得られた知見などについてお話しいただき、企画情報部・城野誠治氏からは各種光学調査のうち、主として可視光の高精細画像についてその特性などについて報告が行われました。本調査では、城野氏によって、可視画像のほか反射近赤外、透過近赤外、蛍光の各種デジタル画像調査も行われていますが、現時点で12巻について各種合わせて6700カットあまりの画像情報がすでに蓄積されています。企画情報部・小林達朗からはその一部について美術史的意義の観点から紹介をしました。この調査では、保存修復科学センター・早川泰弘氏による蛍光X線分析による絵具の科学的調査も行われており、得られつつある情報はたいへん貴重なものとなるのは明らかです。これについては、今後宮内庁側と協議のうえ、公開する適切な方法について検討してまいります。


平等院鳳凰堂日想観図扉絵の調査

日想観図の調査(尾廊より)

 平等院鳳凰堂は、天喜元年(1053)に成ったあまりにも著名な建造物ですが、その扉や柱の絵も日本絵画史に残るきわめて貴重なものです。このうち本尊・阿弥陀如来像の裏側にあたる、中堂西面から尾廊への出入り口に設けられた二枚の扉には、『観無量寿経』に説かれている日想観の絵が描かれています。剥落も多く、いくらか後世の補筆が入っているとはいえ、図様の主要な部分には創建当初のものを残す重要な作品です。
 この左扉下部には閂(かんぬき)を敷居の穴に落としこんで施錠する落とし錠があり、これを支える木製の部材が「エ」字形にとりつけられ、絵のある部分を隠していました。この度、鳳凰堂の修理工事にともなってこの部材が取り外され、隠された部分が現れたのを機に、平等院からの委託によって、この部分を中心として光学調査を行いました。調査は9月4~6日の3日間で、保存修復科学センター・早川泰弘、企画情報部・城野誠治、小林達朗が行いました。
 落とし錠の下に残された当初部分と思われる絵具は多くはありませんでしたが、いくらかの痕跡が残っており、これに対して早川が蛍光X線分析調査を、城野が高精細可視画像・反射近赤外線画像・蛍光画像の撮影を主として行いました。得られたデータについては、早い時期に分析、検討し、公表する予定です。


山口鷺流狂言の調査

お話される小林栄治さん

 今年の12月、無形文化遺産部では山口鷺流狂言をテーマに公開学術講座を開催します。 鷺流は狂言の一流派でしたが、明治維新の混乱期に中央では廃絶しています。山口では、長州藩の狂言役者だった春日庄作が素人に狂言を教えたことで、現在まで伝承が続きました。山口では県の無形文化財に指定し、山口鷺流狂言保存会を結成しています。無形文化遺産部は、芸能部時代の昭和33年(1958)に山口で狂言の録音を行いましたが、現在ではこの記録が一番古い音源資料となっています。
 9月18日、録音資料を携えて山口で調査を行い、保存会の最長老小林栄治さんに昔の伝承についてお話をうかがいました。その成果は、公開講座で披露します。


エジプト国大エジプト博物館保存修復センタープロジェクトへの協力-保存修復材料学研修の実施-

染織品クリーニング実習の様子

 国際協力機構(JICA)が行うエジプト国大エジプト博物館保存修復センター(GEM-CC)プロジェクトへの協力の一環として、東京文化財研究所は、JICA東京と共同でGEM-CCのエジプト人スタッフ10名を対象とした保存修復材料学研修を実施しました。研修員は、保存修復を担当する8名と自然科学的な手法を用いた分析を担当とする2名で構成され、8月31日~9月21日の3週間の研修を受けました。修復に用いられる材料の化学的・物理的な性質を学び、実際にさまざまな材料を使用することで、各材料の特性を実感してもらいました。これらの実習を通じて、エジプト人研修員は、適切な修復材料を選択するためにスタッフ間での情報共有や検討が重要であることを再認識していました。今後は、GEM-CCにおいて、研修員が現地のスタッフにこれらの情報を共有し、スタッフ間の協力体制を構築していくことが望まれます。


国際研修「紙の保存と修復」

開会式後の関係者集合写真
実習(巻子仕立ての裏打ち)

 当研究所では毎年、ICCROMとの共催で国際研修を行っております。例年、70〜80名程の応募がありますが、本年はアメリカ、イタリア、エジプト、オーストラリア、オーストリア、タイ、コロンビア、デンマーク、ポーランド、ロシアに所属機関がある10名が参加者として選抜し8月27日から3週間行いました。この研修では紙、特に和紙に着目し、材料学から歴史学まで様々な観点からの講義を行いました。実習では、補修、裏打などを行って巻子を仕上げ、さらに和綴じ冊子の作製も行いました。見学では、修復にも使用される手すき和紙の産地である岐阜県美濃地方を訪れて紙の製造から輸送、販売まで歴史上の和紙の流通について学習しました。また九州国立博物館では最新の文化財展示、保存、修理施設を見学しました。京都では伝統的な表装工房や道具・材料店を訪れ、日本における紙の保存修復のための環境についても学びました。この研修で伝えられた技術や知識が、海外で所蔵されている日本の紙文化財の保存修復や活用の促進につながり、ひいては海外の作品の保存修理にも応用されることを期待しています。


シルクロード世界遺産登録に向けた支援事業:カザフスタン共和国とキルギス共和国における専門家育成のためのワークショップ

地下探査実習
トータル・ステーションを用いた測量実習

 現在、中央アジア5カ国および中国は、2014年度のシルクロード関連遺跡の世界遺産登録を目指し様々な活動を行なっています。この活動を支援するために、文化遺産国際協力センターは、昨年度よりユネスコ・日本文化遺産保存信託基金による「シルクロード世界遺産登録に向けた支援事業」に参加し、中央アジア各国で各種の事業を実施しています。その一環として、9月にカザフスタン共和国とキルギス共和国において、人材育成ワークショップを実施しました。
 カザフスタン共和国では、昨年度に引き続き、考古遺跡の地下探査に関するワークショップを奈良文化財研究所およびカザフスタン考古学専門調査研究機関と共同で、9月19日から24日にかけて実施しました。カザフスタン共和国から8名の専門家のほか、キルギス共和国から2名、タジキスタン共和国から1名、ウズベキスタン共和国1名、計12名が研修生として参加しました。今回も、昨年度同様、ボロルダイ古墳群(前8世紀~前3世紀)にて、地中レーダー探査の実習を行いました。昨年度のワークショップ後に、カザフスタン共和国が地下探査の機材を導入するなど、ワークショップの成果が確実に現地に根付こうとしています。今後も、今回の研修がきっかけとなって、中央アジア各国に考古遺跡の地下探査の技術が導入されることが期待されます。
 キルギス共和国でも、昨年度と同様、考古遺跡測量に関するワークショップを9月19日から25日にかけて実施しました。キルギス共和国科学アカデミー歴史文化遺産研究所と共同で実施したこのワークショップには、キルギス共和国の若手考古学者8名が参加しました。測量に関する基礎的な講義を科学アカデミーで実施した後、中世の都城址アク・ベシム遺跡に場所を移し、セクション図の作成やトータル・ステーションを用いた発掘区設定や地形図作成、遺構平面図作成、水準測量、写真測量などの実習を行ないました。昨年度、今年度と二年間に渡り、ほぼ同じ内容のワークショップを実施したため、研修生の測量技術はかなり上達しました。
 文化遺産国際協力センターは、来年度も中央アジア各国でシルクロード世界遺産登録に向けた支援事業を継続する予定です。


第11回文化遺産国際協力コンソーシアム研究会「ブルーシールドと文化財緊急活動-国内委員会の役割と必要性-」の開催

 2012年9月7日(金)に第11回文化遺産国際協力コンソーシアム研究会「ブルーシールドと文化財緊急活動‐国内委員会の役割と必要性‐」を開催しました。今回の研究会では阪神淡路大震災や東日本大震災から文化財を救った経験をふまえて、今後の我が国での文化財緊急保護活動を考える上での1つの視点としてブルーシールドに焦点を当てて議論を行いました。
 基調講演ではUSブルーシールド国内委員会のコリン・ヴェグナー代表をお招きし、アメリカでの国内委員会設立のご経験や、USブルーシールドによるハイチでの緊急支援活動などをご紹介いただきました。講演では東日本大震災後の文化財レスキュー(動産)や文化財ドクター(不動産)の活動、また図書館の防災など、我が国での文化財の緊急対応の現状が紹介され、問題点などが指摘されました。
 パネルディスカッションでは、それぞれの分野で緊急支援として何が必要とされているのか、またそのために日本で必要となっていくブルーシールドのあり方など、今後の我が国での緊急支援活動を考える上で非常に重要な議論が進められました。また、国内での緊急対応だけでなく、国際協力の観点からも日本の経験と技術を生かす必要があるとの指摘もなされました。
 今回の研究会は博物館、建造物、図書、歴史資料、フィルムなど幅広い分野の専門家が一堂に会してブルーシールドとは何かを議論する初めての研究会でありましたが、今後日本での文化財緊急支援の将来を考える上でとても重要な一歩となる会合となりました。
 今後もコンソーシアムでは、最新の情報を共有する場として、幅広い内容で研究会を企画していきます。


「タンロン・ハノイ文化遺産群の保存」ユネスコ日本信託基金事業

暴露試験台の設置
歴史ワークショップ風景
遺物整理室での意見交換
奈文研での樹脂含浸実験

 ベトナム・ハノイの都心に立地する世界遺産「タンロン皇城遺跡」を対象とする本事業は、日越専門家が協力しながら2010年度より実施しており、ユネスコ・ハノイ事務所から委託を受けた東文研が日本側の実施主体となっています。今年度前半は、主に以下のような活動を実施しました。

1)遺構保存に関する現地調査
 8月7日から9日にかけて、新国会議事堂建設現場に隣接する発掘区における現地調査を実施しました。遺構が存在する土中の水分移動を計測するためのセンサーを交換・増設し、砂層埋め戻しによる蒸散抑止効果を観測するための試験区を新たに設置しました。また、出土した煉瓦に物性を合わせた試料を用いた保存処理効果の屋外暴露試験も開始しました。現場での気象自動計測も継続中で、取得したデータの分析を通じて、望ましい保存方法の提案につなげていきます。

2)歴史学ワークショップの開催
 8月21日に、タンロン遺産保存センター、ハノイ国家大学開発科学院と共催で、タンロン城中心区の構成および東アジア都城との比較研究をテーマに現地ワークショップを開催しました。文献資料の検討や近年の発掘成果に基づく日越専門家の発表、および討議を行い、依然未解明の部分が多いタンロン城の構造と変遷について、活発な議論が行われました。また、このワークショップにあわせ、日越でこれまでに発表されたタンロン城に関する主要論文を相互翻訳した研究論集も刊行しました。

3)考古遺物に関するワークショップの開催
 9月10日から12日にかけて、タンロン遺産保存センター、社会科学院考古学研究所、同都城研究センター、奈良文化財研究所とともに、タンロン遺跡出土の考古遺物に関する第1回ワークショップをハノイで行いました。今回は陶磁器と屋根瓦を対象に、形式分類の方法や製作技法、製作地などをめぐって、日越専門家が双方の知見を共有するとともに、出土遺物を実際に観察しながら意見交換を行い、共同研究の重要性を再確認しました。

4)ベトナム人専門家の招聘
 9月10日から28日まで、ベトナム林業大学の木材専門家1名を招聘し、奈良文化財研究所において、出土木材遺物の保存手法に関する共同実験を行いました。タンロン遺跡出土木材と現在のベトナム産木材の試料を用いて、樹種の鑑定や樹脂含浸処理の効果などに関する各種の実験を実施しました。


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