研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
■東京文化財研究所 |
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発表の様子
東京文化財研究所では、明治から昭和に発行された2565件の売立目録(オークションカタログ)を所蔵しており、長年、閲覧に供してきましたが、売立目録の原本の保存状態が悪いため、平成27(2015)年から東京美術倶楽部と共同で、売立目録のデジタル化をおこない(2015年4月の活動報告https://www.tobunken.go.jp/materials/
katudo/120680.htmlを参照)、令和元(2019)年5月から「売立目録デジタルアーカイブ」として公開を開始したところです(2019年4月の活動報告https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/817096.htmlを参照)。
令和2(2020)年2月25日に開催された第10回文化財情報資料部研究会では、「売立目録デジタルアーカイブの公開と今後の展望―売立目録の新たな活用を目指して―」と題して、所外から3名の発表者を招き、さまざまな分野における売立目録デジタルアーカイブの活用事例を紹介していただきました。発表内容は、山口隆介氏(奈良国立博物館主任研究員)が「仏像研究における売立目録の活用と公開の意義」、山下真由美氏(細見美術館学芸員)が「土方稲嶺展(於鳥取県立博物館)での売立目録の活用と展開」、月村紀乃氏(ふくやま美術館学芸員)が「工芸研究における売立目録デジタルアーカイブの活用方法とその事例」、安永が「売立目録デジタルアーカイブから浮かび上がる近世絵画の諸問題」についてでした。会場には、各地の学芸員や研究者など50名近くが参加しており、4名の発表後は、発表者間でディスカッションをおこなったほか、会場からの質問などにも答え、デジタルアーカイブの利点や注意点、今後の課題や問題点などに関して、活発な議論が交わされました。なお、当日のアンケート結果では、この研究会について、87%の方から「たいへん満足した」との回答を得ています。
国際語彙協議会の会場
令和2(2020)年2月6、7日にアメリカのロサンゼルスにあるゲッティ・センターで開催された国際語彙協議会(ITWG: International Terminology Working Group Meeting) において、「日本人の美術家たち:東京文化財研究所(Japanese artists, TNRICP)」と題して、現在、当研究所とゲッティ研究所との共同事業の一環として取り組んでいるゲッティ・ボキャブラリーズ(Getty Vocabularies)への日本美術家人名情報の提供、その途中経過を発表しました。 ゲッティ研究所が主導するITWGは、美術・建築シソーラス(AAT: Art & Architecture Thesaurus)、地理的名称シソーラス(TGN: Thesaurus of Geographic Names)、美術家人名総合名鑑(ULAN: Union List of Artist Names)、文化財名称典拠(CONA: Cultural Objects Name Authority)、図像典拠(IA: Iconography Authority)などのプログラムで構成される統制語彙集ゲッティ・ボキャブラリーズ(getty.edu/research/tools/vocabularies/)に関する共通のトピックを議論するグループで、おおむね2年に1度招集されています。今回の協議会には、アメリカ合衆国、台湾、ベルギー、ドイツ、ブラジル、イスラエル、クロアチア、アラブ首長国連邦、スイス、オランダなどから35名ほどの参加者が参集し、ゲッティ・ボキャブラリーズ各プログラム担当者から、その現状と機能拡張の進展等について報告があり、また参加機関から、ゲッティ・ボキャブラリーズへのデータ提供の先駆的な実践などについて発表が行われました。さらに、これらの報告・発表をうけ、ゲッティ研究所担当者や参加機関において共通する問題を挙げて議論を行うなかで、他国の参加者からも助言を得ることができました。
日本の文化財を海外に外国語で紹介する際には、国際的な専門用語・人名辞典が不可欠ですが、ゲッティ・ボキャブラリーズは今日の技術と関係機関の連携によって実現しようとする取り組みです。これに当研究所が永年蓄積してきた日本美術家人名情報を提供することで、日本の文化財の発信、あるいは国際的な日本文化財研究の支援となることを目指しています。
公開学術講座の様子
令和2(2020)年2月6日(木)、第13回東京文化財研究所無形文化遺産部公開学術講座「染織技術を支える草津のわざ 青花紙―花からつくる青色―」を開催しました。
午前中には特別上映会として文化庁工芸技術記録映画『友禅―森口華弘のわざ―』(昭和63〈1988〉年、桜映画社)や、平成11(1999)年に草津市で制作された『草津市の花 青花 伝承の青花紙』を上映し、青花紙についてのこれまでの記録を辿りました。
午後からは平成28~29年度にかけて滋賀県草津市と東京文化財研究所で実施した青花紙製作技術の共同調査の成果を中心に講座を開催しました。共同調査については共同調査報告書を刊行しています(https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/817166.html 2019年、4月活動報告)。
講座では趣旨説明後、本共同研究で撮影・編集した『青花紙製作技術の記録工程』(平成30〈2018〉年制作:東京文化財研究所)の記録映像を上映しました。その後、菊池からは「青花紙利用の現状―染織技術者への聞き取り調査を通じて―」について青花紙と代替材料である合成青花の双方が両方利用されている調査結果を報告しました。次に、草津市立草津宿街道交流館の岡田裕美氏からは、「草津市と青花紙―青花紙製作技術の保護に向けてー」と題して、共同調査で得られた草津市と青花紙製作技術の関係性の報告に加えて、現状についての報告がありました。共同調査から2年が経ち、3軒あった青花紙を製作する農家をとりまく状況は変わっています。現在では、草津市でも担い手セミナーを実施することで技術の伝承を行っています。現在の取り組みについての報告は、地域文化としての青花紙をどのように考えていくか、保護はどのように行っていくべきかという課題を浮き彫りとしました。その後、東京文化財研究所の石村智室長より「文化遺産としての青花紙」と題してこのような材料を製作する技術をどのように文化財保護に位置付けて考えていくのかについて報告がありました。
共同研究成果の報告後、本公開講座は木版摺更紗の重要無形文化財保持者である鈴田滋人氏をお招きして「〈座談会〉染織材料としての青花紙」を設けました。青花紙は、友禅染や絞染の下絵の材料のイメージがありますが、鈴田氏の木版摺更紗の作品制作においても重要な工程を担う材料であることも改めて感じる機会となりました。
青花紙の技術伝承は、節目を迎えています。無形文化の保護は変容とどのように折り合いをつけていくのかを常に考えていかなければなりません。今後も利用できる材料であるかという課題に直面している現状について参加者の方にも知ってもらえる良い機会となりました。
パンフレット『伝統芸能を支える技Ⅴ 調べ緒 山下雄治』
「伝統芸能を支える技」を取り上げたパンフレットのシリーズ5冊目を刊行しました。今回は「調べ緒」(「調べ」とも)の製作者・山下雄治氏を取り上げています。調べ緒は、能楽や歌舞伎をはじめ全国各地の祭礼でも用いられる、小鼓、大鼓、太鼓の表革と裏革を締め合わせるための特殊な麻紐です。そして山下氏は、代々調べ緒を扱う山下慶秀堂(京都)の四代目当主として、調べ緒の製作や後進の育成、普及活動に取り組んでいます。パンフレットでは秘伝の「固く柔らかく綯(な)う」技の一端を紹介しています。また、パンフレット刊行に先行して行った山下氏の調べ緒製作技術の調査概要は、「楽器を中心とした文化財保存技術の調査報告Ⅱ」(前原恵美・橋本かおる、『無形文化遺産研究報告』13、東京文化財研究所、2018)に掲載されています。併せてご参照下さい(こちらからダウンロードもできますhttps://www.tobunken.go.jp/ich/maehara-hashimoto-2)。
なお、このパンフレットのシリーズは、営利目的でなければ希望者にゆうパック着払いで発送します(在庫切れの場合はご了承ください)。
ご希望の場合は、mukei_tobunken@nich.go.jp(無形文化遺産部)宛、1.送付先氏名、2.郵便番号・住所、3.電話番号、4.ご希望のパンフレット(Ⅰ~Ⅴ)と希望冊数をお知らせください。
〈これまでに刊行した同パンフレットシリーズ〉
・『伝統芸能を支える技Ⅰ 琵琶 石田克佳』
・『伝統芸能を支える技Ⅱ 三味線象牙駒 大河内正信』
・『伝統芸能を支える技Ⅲ 太棹三味線 井坂重男』
・『伝統芸能を支える技Ⅳ 雅楽管楽器 山田全一』
・最新『伝統芸能を支える技Ⅴ 調べ緒 山下雄治』
今後も、文化財保存技術としての楽器製作・修理技術を取り上げたパンフレットを継続的に刊行する予定です。
現在の旧佐世保無線電信所施設とその周辺(長崎県佐世保市)
旧鳳山無線電信所の中心にある電信室正面(台湾高雄市)
長崎県の佐世保市と西海市をへだてる針尾瀬戸をみおろす丘陵上にある旧佐世保無線電信所(針尾送信所)は、海軍が大正11(1922)年に建設した長波通信基地の遺構です。わが国のコンクリート構造の草分けとして知られる海軍技師・真島健三郎(1874~1941)が率いた佐世保鎮守府建築科が手がけた、高さ136メートルに及ぶ3基の巨大な電波塔に象徴される上質な鉄筋コンクリート造の建造物群は、当時最高水準のコンクリート技術を示すものとして、平成25(2013)年に重要文化財に指定されています。
重要文化財の指定後、旧佐世保無線電信所施設(以下、佐世保)を管理する佐世保市では文化財としての保存と活用のための整備を進めています。令和2(2020)年2月12~13日の間、筆者が委員を務める整備検討委員会の活動の一環として、台湾南部の高雄市郊外にある旧日本海軍鳳山無線電信所の調査を行いました。
鳳山無線電信所(以下、鳳山)は、同じく佐世保鎮守府が手がけた長波通信基地で、佐世保より5年先立つ大正6年(1917)に完成しました。2000年代まで台湾海軍の招待所や訓練所として利用された後、公開施設となり、2010年に台湾の古跡に指定されています。鳳山は、佐世保と同じ組織による設計だけあって、電波塔こそ当時一般的な鉄塔(解体撤去済み)でつくられたものの鉄筋コンクリートが多用され、半径300メートルの円周道路や中心部の主要施設の配置など佐世保と類似した構成になっています。今回の調査で、鳳山は戦後一貫して大規模な更新や改造を要しない教育的施設であったため、主要建物の改変が比較的少なく、日本海軍時代の様相を今も留めていることが確認できました。特に施設の中心にある電信室は佐世保と同形式で、一部火災で消失しているものの、鉄扉や上下窓枠といった建具のほか内部の床や階段など木製の造作が残っており、建設当時のよく姿を伝えています。佐世保の電信室は大戦末期の耐爆化に伴う改造に加え、海上自衛隊及び海上保安庁時代の時々折々の改修も少なくないことから、今後、保存修理の方針を検討する上での有効な参考資料になると考えられます。
いっぽう鳳山には現地で「十字電台(ラジオ局)」と呼ばれる、その重厚な建築的特徴から作戦指揮所を思わせる特異な建物があるなど、少なからず佐世保との違いもありました。鳳山の整備では、白色恐怖(国民党政府が反体制派に対して行った政治的弾圧)時代に鳳山が政治犯矯正の場所となっていた事実に焦点が当てられており、日本海軍時代については余り注目されておらず、未解明の事柄も多く残されているようです。今後、文化財としての保護を共通項に、佐世保と鳳山の交流を進めていくことで、日台の近代化遺産における保存理念や修理方法の展開にも貢献できるものと期待されます。