研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

■東京文化財研究所 ■保存科学研究センター
■文化財情報資料部 ■文化遺産国際協力センター
■無形文化遺産部


第48回世界遺産委員会への参加

委員会メイン会場「釜山市展示コンベンションセンター(BEXCO)」
英国「ウェストミンスター宮殿及び寺院」の危機遺産入りに関する審議

 令和8(2026)年7月19日~29日、第48回世界遺産委員会が韓国・釜山で開かれ、東京文化財研究所から3名がオブザーバーとして参加しました。加えて、当研究所が事務局を務める文化遺産国際協力コンソーシアムが、その趣旨や活動、実績、展望を広報するためのサイドイベントを25日に開催し、事務局5名と地域分科会委員3名が参加しました。24日には「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群保存活用協議会主催のサイドイベントも開催され、「飛鳥・藤原の宮都」の登録審議にあわせて多くの関係者が会場に集まるなど、隣国開催の利点を活かし、例年に比べて日本からの参加者が目立つ委員会となりました。文化遺産国際協力コンソーシアム主催のサイドイベントの概要や当日の様子については、コンソーシアムのウェブサイトに掲載しています。ぜひご覧ください(https://www.jcic-heritage.jp/)。
 今回、パレスチナやレバノンなど紛争地の緊急案件を含む25件が新規登録され、世界遺産の総数は1273件となりました。また、この両国やウクライナなどの6件が危機遺産一覧表に加えられるなど、武力紛争の影響を色濃く反映した決議がありました。わが国に関しては「飛鳥・藤原の宮都」が新規登録された一方、「明治日本の産業革命遺産」について関係締約国から展示解説の一層の充実が求められました。また、進化する世界遺産保護の考え方は遡及的に適用され、英国・ロンドンにあるバッファゾーンが未設定の文化遺産2件に関し、その環境に対する都市開発の悪影響と危機遺産一覧表への記載の可能性が議論されました。実際には、これらの危機遺産入りは回避されたものの、都市の中にある文化遺産の保全の課題はわが国にも当てはまります。
 従来、世界遺産制度には5Cとよばれる五つの基本目標(信頼性・保存・能力開発・情報伝達・共同体)が設けられていますが、武力紛争や気候変動など国際社会が団結して取り組むべき六つ目のC(協力)を加える釜山宣言が満場一致で採択されました。このほか、遺産と真正性に関するナイロビ宣言については口承文化や精神性など非物質面の重要性が再確認されたものの、不動産を保全の対象とする世界遺産制度にどう反映させるかといった課題も浮き彫りになりました。こうした動静を考慮しつつ、今年度の世界遺産研究協議会では「地域の中の世界遺産」を取り上げ、引き続き情報発信に取り組んでいきます。

(202607 / 松浦一之介, 金井健, 二神葉子)

聖ミカエル教会(ケシュリク修道院)での保存修復共同研究(その3)

聖ミカエル教会での作業風景
クリーニング処置前の様子
クリーニング処置後の様子

 文化遺産国際協力センターでは、トルコ共和国カッパドキア地方に所在する聖ミカエル教会(ケシュリク修道院)を対象として、トルコ国内外の研究機関や大学と連携し、壁画の保存修復に関する共同研究事業を実施しています。

 令和8(2026)年6月26日から7月19日にかけて現地調査を実施し、これまでの実地調査に基づいて策定した保存修復計画に従い、アプシスおよび身廊を対象に、壁画表面のクリーニング、欠損部の充填、彩色補整を実施しました。
 特に身廊では、長年にわたって使用されてきた蝋燭やオイルランプ、香に由来する煤、油脂成分および樹脂性堆積物が厚く付着しており、事前の目視調査や科学的調査では十分に把握できなかった新たな課題が明らかとなりました。試験クリーニングを繰り返し実施して検討を重ね、パック法を用いた安全かつ効果的なクリーニング方法を確立した結果、壁画本来の色彩や繊細な表現が蘇るとともに、約200年もの間、堆積物に覆われて人の目に触れることのなかった図像や銘文が姿を現しました。これにより、壁画の本来の姿が再認識されるとともに、その図像的・歴史的価値の再評価にもつながる重要な成果を挙げることができました。

 修復作業と並行して、劣化原因の調査や保存処置の効果検証を継続するとともに、技術移転と人材育成を推進してきました。これまで3年間にわたる共同研究の成果として、採用した修復材料および処置方法の有効性と安全性が確認され、この地域の環境や壁画の状態に適した保存修復方法の確立に向けた基盤が構築されました。現地専門家の保存修復技術の向上が認められるとともに、壁画の劣化要因や保存処置に対する理解が深まり、今後の保存活動を担う人材育成の面でも成果が得られています。

 本事業は、文化遺産の保存修復にとどまらず、日本とトルコの研究機関による国際共同研究の深化や人的交流の促進にも大きく寄与しています。また、カッパドキア地方を管轄するネヴシェヒル県知事から称賛の言葉をいただくなど、地域行政からも大きな期待が寄せられています。さらに、今回の調査期間中には、300人を超える人々が保存修復作業を見学に訪れるなど、地域社会からも高い関心が寄せられました。今後は、残された彩色補整や塩類劣化への対応を進めるとともに、継続的なモニタリングを実施し、保存処置の長期的な有効性を検証していく予定です。

(202607 / 前川佳文)

「海外調査のための3次元計測実習」の開催

実習風景

 近年、文化遺産の世界では、Agisoft社のMetashape、iPhoneのScaniverseなどを用いた3次元計測が急速に普及しています。これらの技術の導入によって、作業時間が大幅に短縮されただけではなく、これまでと比べようのない高精度で文化遺産のドキュメンテーションが可能になってきています。
 今回は、日本における3次元計測の第1人者である公立小松大学の野口淳氏、産業技術総合研究所の中村良介氏を講師にお招きし、海外で文化遺産保護に携わる日本の専門家を対象に、令和8(2026)年7月18日~20日にかけて「海外調査のための3次元計測実習」を開催しました。まずは日本の専門家に3次元計測の手法を学んでいただき、各々のフィールドで海外の専門家に普及していただく、これが今回、実習を開催した目的です。
 考古学や保存科学、建築の分野から22名もの専門家の方々にご参加いただきました。受講生は、3日間の実習において、Agisoft社のMetashapeを利用した3次元計測の技術、Cloud Compareを用いた3次元モデルから展開図や断面図などを作成する方法を学びました。また、産業技術総合研究所の3DDB viewerを通して、地図上に3次元モデルを位置づける活用法を体験しました。

(202607 / 長尾琢磨, 安倍雅史, 淺田なつみ, 山田綾乃)

Current Research in Egyptology 26 Tokyoへの協力

CRE26 Tokyo参加者との集合写真
口頭発表3会場とポスター発表

 Current Research in Egyptology(エジプト学先端研究国際会議、以下CRE)は、エジプト学および関連分野の大学院生・若手研究者の研究発表と学術交流を目的として設立された国際学会です。第26回大会(CRE26 Tokyo)は、令和8(2026)年7月11日から14日までの4日間、東京文化財研究所を会場として開催されました。本大会は日本の若手研究者らによって組織されたCRE日本委員会(CRE Japan Committee)が主催し、当研究所は協力機関の一つとして参画しました。
 会期中には、口頭・ポスターを合わせて90件の研究発表があり、発表者・参加者を含む178名が参加しました。「エジプト学」は学際的な研究分野であり、考古学や歴史学に加え、人類学、宗教学、言語学、博物館学、保存修復、保存科学、アーカイブ研究、デジタル・ヒューマニティーズなど、多様な専門性や視点に基づく研究発表と議論が展開されました。
 また、日本国内に所蔵される古代エジプト資料への理解を深めるため、東京国立博物館、古代オリエント博物館、東海大学文明研究所、京都大学博物館が所蔵する古代エジプト・コレクションを紹介する基調講演が連日開催されました。そのうち2館については、参加者とともに資料を見学するプログラムも設けられました。
 当研究所からは、昭和5(1930)年に研究所の創設メンバーの一人である和田新によって撮影された、エジプトの遺跡や博物館展示品などを収めた写真資料を対象としたポスター発表を行いました。写真の撮影場所や被写体の特定を試みるとともに、撮影後から今日までの約100年間での史跡整備や博物館展示の変化、さらには当時の日本の美術史家が古代エジプトの文物に寄せた関心や評価について考察し、歴史資料としての写真アーカイブの活用の可能性について報告しました。
 CRE26 Tokyoは、これまでに日本で開催されたエジプト学の国際学会のなかで最大規模となり、同学会での日本人研究者の発表数および参加者数においても過去最多となりました。協力機関の一つとして、このような規模の国際学術交流に寄与できたことを大変喜ばしく思います。

(202607 / 山田綾乃)

アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査XXⅡ-中央伽藍前十字テラスの発掘調査と「十字テラスの修復に向けた実践ワークショップ」の実施

地盤調査ワークショップの様子
テラス内部の発掘トレンチ

 東京文化財研究所とアンコール・シェムリアップ地域保存整備機構(APSARA国立機構)は、タネイ寺院遺跡における協力事業の一環として、中央伽藍の正面に位置する十字テラスの保存修復に向けた調査を継続しています。
 タネイの十字テラスの外装は、砂岩の舗石と、砂岩およびラテライトで築かれた側壁からなり、その内側は土を突き固めた盛土層で構成されています。このような内部盛土層の機能や構造的特性については未解明の部分が多く、その安定化をめぐってはアンコール遺跡内の他遺構の修復においても様々な手法が模索されてきました。
 令和8(2026)年5月20日~6月21日の派遣では、盛土層を主体とする十字テラスの内部構造や建設過程を明らかにし、十字テラスの適切な修復手法を検討することを目的として、発掘調査と地盤工学調査を実施しました。
 テラス内外の計4カ所で行った発掘調査からは、層位ごとに異なる種類の土を使い分けて内部盛土層が構成されている様子が確認されたほか、クメール寺院建築について従来知られているものとはやや異なる石造構築技法が本テラスに用いられていることや、樹木の根の侵入が側壁の変形に係わっていることなどが判明しました。さらに、隣接する矩形テラスとの建設工程に関してもいくつかの新たな手掛かりが得られました。
 地盤工学調査は、東京大学生産技術研究所桑野玲子教授の指導のもと、「十字テラスの修復に向けた実践ワークショップ」の第二弾として行いました。 APSARA 国立機構からは3名が参加し、テラス内部の土層を対象とした現場での簡易動的コーン貫入試験や、採取試料に対する乾燥密度、粒度分布等の室内試験を実施しました。さらに、プノンペンにあるカンボジア工科大学を訪問し、三軸圧縮試験、透水試験を実施するための協議を行いました。
 今後、これらの調査結果を元に、十字テラスの構造学的評価を行い、今後の適切な修復手法について APSARA国立機構側との議論を進めていきます。

(202606 / 友田正彦, 淺田なつみ, 山田綾乃)

旧機那サフラン酒製造本舗土蔵鏝絵の保存修復に係る調査研究(その3)

機那サフラン酒製造本舗鏝絵蔵全景
良好な状態が確認された鏝絵

 東京文化財研究所では、「スタッコ装飾及び塑像に関する研究調査」の一環として、新潟県長岡市に所在する旧機那サフラン酒製造本舗土蔵鏝絵の保存修復に関する調査研究を継続して行っています。令和6(2024)年度までに、鏝絵を構成する漆喰に対する無機修復材料を用いた補強処置および補彩技法の検討を進め、その成果をもとに保存修復を実施しました。
 これを受け、令和8(2026)年4月20日から23日にかけて、処置後の保存状態を確認するため現地調査を行いました。本鏝絵は、日本海側特有の高温多湿な夏季環境に加え、冬季には積雪や凍結の影響を強く受ける、過酷な条件下に置かれています。今回の調査では、補強処置を施した箇所を中心に詳細な観察を行いましたが、鏝絵自体に大きな損傷や新たな剥離・剥落は認められず、無機修復材料による補強が良好な状態が維持されていることを確認しました。
 本鏝絵に対しては、従来も損傷に応じた修理が繰り返し行われてきました。しかし、その多くは応急的な補修にとどまり、とりわけ合成樹脂系材料を用いた処置では、その後の経年劣化によって硬化や変色を生じて鏝絵自体に負担を与える結果に至った箇所も確認されました。これに対し、本研究では、文化財としての価値を長期的に守り伝える「保存修復」という理念に基づき、地域特有の気候環境や材料特性を考慮した恒久的処置方法の確立を目指しました。特に、耐久性と安定性に優れた無機修復材料の使用は、国内の鏝絵保存修復においては初めての本格的導入事例であり、今回の経過観察によって、その有効性を示す重要な知見が得られました。
 今後も継続的に経過観察を行いながら、さらに検証を重ねていく予定です。本研究の成果が、国内各地に残る鏝絵文化財の保存修復に向けて、新たな指針の一つとなることを期待しています。

(202604 / 前川佳文)

国際連携による文化遺産保存・活用研究の推進

ポンペイ考古学公園事務局
ナポリ国立考古学博物館

 文化遺産国際協力センターでは、壁画をはじめとする不動産文化財を主たる対象として、保存・活用に関する理念的枠組みと実践的技術の両側面から国際共同研究に取り組んでいます。これにより、保存修復および維持管理の水準向上に資する基盤の強化を図るとともに、その成果を活用した文化遺産保護に関する国際協力事業の推進を目指しています。

 令和8(2026)年2月24日から3月13日にかけてイタリアを訪問し、ウルビーノ大学、フィレンツェ大学、ならびにイタリア国立研究評議会の研究者と協議を実施しました。主たる議題は、保存修復材料の現状における課題の整理と、その改善に資する研究の方向性を検討することです。協議を通じて、各機関が共通の問題意識を有していることを確認し、今後は国際共同研究の枠組みのもとで連携し、具体的研究を推進していくことで合意に至りました。
また、ナポリ国立考古学博物館およびポンペイ考古学公園の訪問に際しては、ローマ時代の壁画およびスタッコ装飾の保存修復に関する現状把握を行うとともに、既存手法の課題や改善の可能性について現地研究者と意見交換を行いました。その結果、同遺跡公園が管理する壁画およびスタッコ装飾について、本研究の対象として提供を受けるとともに、保存修復技術の高度化に向けた研究に対する協力を得られることとなりました。

 今後は、研究活動の一環として、ローマ時代の壁画およびスタッコ装飾を主たる対象とし、今回協議を行った各機関との連携のもと、材料研究および保存修復技術の体系化を進めていく予定です。本取組みは、文化遺産保存分野における国際協働の深化とその実践的展開に向けた重要な基盤形成の一端を担うものです。さらに、これにより得られる成果を日本国内外における文化遺産の保存修復および維持管理の実践に還元し、各地の文化遺産の持続的な保護と活用に資することを目的としています。

(202603 / 前川佳文)

アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査XXI-中央伽藍前十字テラスの保存修復に向けた予備調査と「十字テラスの修復に向けた実践ワークショップ」の実施

ワークショップでのグループディスカッションの様子
棟飾りの一部

 東京文化財研究所とアンコール・シェムリアップ地域保存整備機構(APSARA国立機構)は、タネイ寺院遺跡における協力事業の一環として、タネイ遺跡中央伽藍の正面に位置する十字テラスの保存修復に向けた予備調査を継続しています。 これまでの調査から、シェムリアップ市内にあるアンコール保存事務所に保管されている彫像や欄干部材の中にタネイの十字テラスの構成部材が存在することが明らかとなっていました。そこで、アンコール保存事務所に保管されているタネイ由来の欄干部材と、十字テラスの周囲に散乱していた欄干部材を、それぞれデジタル3次元計測で記録し、デジタル空間上で部材の仮組みを試みることにしました。この作業は、令和8(2026)年1月21~22日に「十字テラスの修復に向けた実践ワークショップ」として実施し、APSARA国立機構、アンコール保存事務所、アンコール国立博物館、シェムリアップ州文化財課から計約20名が参加しました。2日間のワークショップでは、参加者が各自のスマートフォンにダウンロードした無料の3次元計測アプリを使ってアンコール保存事務所とタネイ遺跡現地にある部材をそれぞれ記録し、さらに、グループディスカッションとして、記録した3次元モデルを確認しながら、別々の場所にある部材がどのように接合できるかの検討を行いました。その結果、複数の部材を接合できる可能性がみえてきたことは、今回のワークショップの大きな成果となりました。 このほか1月末に現場で行った作業としては、十字テラス周囲の発掘区に残していた2か所のベルトを掘り下げました。十字テラスが接続する矩形テラスの東側前面付近では表層から屋根瓦の散布が確認されており、今回も多くの瓦片が出土しました。併せて、これまでの調査で出土した考古遺物の整理作業にも着手し、棟飾りや軒丸瓦などの屋根材を同定したほか、クメール陶器に典型的なバラスター壺や波状沈線文の施された黒釉陶器、複数の輸入陶磁器など、遺物のバリエーションが確認されました。今後さらに精査し、タネイ寺院遺跡における出土遺物の特徴を明らかにしていきます。

(202601 / 淺田なつみ, 山田綾乃, 黒岩千尋, 柴田みな)

世界遺産研究協議会「越境する〈遺産〉」の開催

案内チラシ(表面)
研究協議会風景

 文化遺産国際協力センターでは例年、世界遺産を有する国内の自治体関係者を主な対象とした情報発信や意見交換を目的とした「世界遺産研究協議会」を開催しています。令和7(2025)年度は「越境する〈遺産〉-世界遺産とつながる人々の生活、信仰、環境-」と題して、私たちが文化財保護を通じて守り伝えようとしている「遺産」とはいったい何か、という根本的な問いをテーマに掲げました。12月22日に東京文化財研究所で対面開催し、全国から111名の参加を得た盛会となりました。
 冒頭、鈴木地平氏(文化庁)から「世界遺産の最新動向」と題して、昨年7月にパリのユネスコ本部で開催された第47回世界遺産委員会における議論や決議等の概略を報告いただいた後、当センター国際情報研究室長・金井健が趣旨説明を行い、本会の幕を開けました。その後、伊藤文彦氏(三重県斎宮歴史博物館)が、有形・無形・景観・史跡といった様々な価値が集合した遺産の代表格である「道」をテーマに「複雑な文化遺産における〈遺産〉の捉え方」、続いて文化遺産国際協力センターアソシエイトフェロー・松浦一之介が景観との関係における遺跡保護の観点から海外先進地の比較事例として「世界遺産〈アグリジェントの考古地区〉とシチリア州考古公園システム」と題した講演を行いました。また、胡光氏(愛媛大学)が四国4県の合同で世界遺産登録を目指している「四国遍路」、土屋みづほ氏(大阪府教育庁)が皇室ゆかりの現役の墓地(陵墓)であり、かつ近年は熱心な古墳ファンも多い世界遺産「百舌鳥・古市古墳群」を取り上げ、遺産としての価値づけや保存活用の具体的な取り組みについて、それぞれ事例報告を行いました。後半は、登壇者の全員参加によるパネルディスカッションを行い、遺産の価値の源泉は何か、その価値を守り、強化するための方法、そして世界遺産における「遺産」の意味づけについて活発な議論が交わされました。
 これらの講演、事例報告、パネルディスカッションの内容は、年度末に報告書にまとめて公開する予定です。また、過年に開催した世界遺産研究協議会についても報告書として刊行し、一部は既に当センターのウェブサイトで公開しています。ぜひご覧ください。

(202512 / 金井健, 松浦一之介)

アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査XX-中央伽藍前十字テラスの 保存修復に向けた予備調査(3)

ナーガ欄干材の移動の様子
移動後のナーガ欄干材仮置き場の様子

 アンコール・シェムリアップ地域保存整備機構(APSARA国立機構)とのタネイ遺跡における協力事業では、中央伽藍の正面に位置して寺院景観上も重要な構成要素である、十字テラスの保存修復に向けた予備調査を令和6(2024)年より継続しています。このテラスは、樹木の生育やテラス内部を構成する盛土の流失等により、多くの箇所で変形・崩壊が進行した状態にあります。さらに、テラス側壁の中間層を中心に、構成材の一部が人為的に持ち去られていることがここまでの調査で判明しており、このことも荒廃の一因と考えられます。
 テラス周辺に散乱していた石材の発掘調査では、これまでに計152材を発見してきました。形状や装飾を手掛かりに材の種別を同定したところ、テラス上面の外周を縁取るナーガ(蛇)を象った欄干の構成材がその約半数を占めていました。令和7(2025)年11月16日~12月4日に職員2名を派遣し、これらのナーガ欄干材を回収して一時保管場所に移動、整理する作業をAPSARA国立機構のスタッフとともに行いました。各部材の記録と並行して、材同士の接合関係や技法に関する調査を行った結果、計4材の欄干材を複数の破片から再構成できたほか、材同士を接続する技術などの発見にもつながりました。
 これまでの調査経過は以下の活動報告からご覧いただけます。
– 予備調査(1) https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/2385236.html
– 予備調査(2) https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/2398781.html

(202512 / 友田正彦, 黒岩千尋)

サウジアラビアにおける文化遺産の3Dデジタル・ドキュメンテーションとその活用に関するワークショップならびに「XRミートアップinリヤド」の開催

 文化遺産国際協力センターとサウジアラビア文化遺産庁は、令和7(2025)年11月2日から4日にかけて、サウジアラビア国立博物館で3Dデジタル・ドキュメンテーションに関するワークショップを共催しました。サウジアラビアにおいても文化遺産分野でのデジタル技術の活用は注目を集めています。同国で初めての開催となる今回のワークショップは「考古資料の3次元計測」をテーマとし、遺跡や博物館の調査や管理業務に携わる専門職員ら計25名が参加しました。
 ワークショップでは、考古資料の3次元写真測量の基礎的な手法に加えて、対象物の種類や大きさ、あるいは場面に応じた様々な計測手法やデータの活用方法について、日本から派遣した専門家が講義を行いました。さらに、参加者が各班に分かれて実際にサンプル資料の3次元写真測量を行ったほか、スマートフォンのLidar機能、3次元レーザースキャナーを用いた3次元計測の手法を学ぶ実習も行いました。
 4日には、国立博物館を会場としてXRミートアップ in リヤドを開催しました。公立小松大学からは「ホンジュラスのコパン遺跡VR体験」、奈良文化財研究所からは「XR平城京」、産業技術総合研究所・奈良文化財研究所からは「3DDB Viewerプロジェクト」、株式会社ホロラボからは「京都VR」、株式会社Nianticからは「Scaniverse」体験、東京文化財研究所からは「バーレーンのアアリ王墓のVR体験」と「カンボジアのタネイ寺院遺跡のVR体験」などを出展しました。ワークショップの参加者だけではなく、一般の来館者の参加も得て、文化遺産の3次元計測の様々な活用の事例を広く体験してもらう場となりました。
 本ワークショップは文化庁委託「デジタル技術を用いたバーレーンおよび湾岸諸国における文化遺産の記録・活用に関する拠点交流事業」の一環として行いました。

(202511 / 安倍雅史, 長尾琢磨, 淺田なつみ)

西アジア考古学パイオニアセミナー開催

講演中の佐々木達夫先生

 令和7(2025)年11月8日(土)に、金沢大学名誉教授・佐々木達夫先生をお迎えして「ペルシア湾岸地域の遺跡を掘る」と題する講演会を開催しました。
 この講演会は、西アジアとその周辺地域における考古学研究を切り開いてきた第1世代の研究者を招いて日本西アジア考古学会が平成30(2018)年から開催している、「パイオニアセミナー:西アジア考古学を切り開いてきた開拓者たち」の第7回目にあたります。今回は東京文化財研究所と同学会の共催により、本研究所セミナー室を会場とする対面とオンライン配信を併用する形式で実施し、合わせて90名の皆様にご参加いただきました。
 文明交流史をご専門とする佐々木先生は、陶磁器の流通を研究の中心に据えつつ、日本からイラク、エジプト、インド洋、ペルシア湾岸や同地域の砂漠地帯の遺跡まで、数多くの発掘調査に携わってこられました。現地の情勢や治安が安定しないなかでも調査研究を継続し、現地研究者らとの交流を深めるとともに、遺跡の保護活動にも尽力してこられました。各国での調査をめぐる事情や遺跡保護に対する考え方の違いに直面しながら、日本人研究者として第一線を走ってこられた先生のお話は、現役世代として今まさに遺跡調査に関わっている者だけでなく、西アジア世界や考古学に思いを馳せた同世代の方々や、これから西アジア考古学に足を踏み出そうと考えている若い世代にとっても、それぞれに新たな気付きを与えてくれるものでした。
 目下、湾岸地域ではパイオニアからのバトンを受け取った日本人研究者が指揮する5つ以上の考古調査隊が活躍しています。その最新の調査成果は、令和8(2026)年3月21日・22日に同会場で開催予定の第33回西アジア発掘調査報告会にて詳しくお聞きいただけます。

(202511 / 安倍雅史, 山田綾乃, 長尾琢磨)

シンポジウム『地域社会と文化遺産』とスタディツアーの実施

「地域社会と文化遺産―南イラク(シュメール)の未来像を考える―」(11月24日東京文化財研究所)
「地域社会と文化遺産―京都・奈良の事例をふまえて―」(11月30日京都芸術大学)
スタディツアー 平等院訪問

 イラクでは紛争や情勢不安から一時期は海外からの調査・支援が停滞していましたが、令和2(2020)年以降徐々に外国調査隊が復帰し、古代西アジア文明史に関する国際的な考古学研究と文化遺産保護活動が再開されています。東京文化財研究所においても、平成16(2004)年~平成22(2010)年度にイラク国立博物館の保存修復専門家に対する本邦研修と機材提供を行ったほか、平成31(2019)年と令和4(2022)年にシンポジウムを開催するなど、支援を継続してきました。
 同国では現在、文化遺産保護を持続可能なものとしていくために地域住民の意識を向上させることが課題となっています。そこで本研究所では、令和7(2025)年11月22日から12月1日にかけて、メソポタミア考古学教育研究所および京都芸術大学日本庭園・歴史遺産研究センターとの連携のもと、南イラクのズィー・カール県から3名の専門家を招聘し、日本の史跡整備や文化遺産活用の事例を通じて新たな発想や手法に触れ、自国の課題解決に活かしてもらうことを目的に、「地域社会と文化遺産」をコアテーマに掲げた2回のシンポジウムを含むスタディツアーを実施しました。
 東京と京都で開催したシンポジウムでは、イラク人専門家から同県での発掘調査と史跡整備の現状が紹介されました。さらに、古代メソポタミア文明や考古学に関する講演活動、博物館資料と地域の人々を繋ぐイベントの開催、高等・大学教育の場における文化遺産の捉え方についての調査成果などが発表されました。日本側からは、東京会場では、文化庁の中尾智行氏と飛騨市の三好清張氏から日本の文化財保護政策の現在地や地方自治体の活動について、また京都会場では、京都芸術大学の仲隆裕氏が平等院の史跡整備と地域連携について基調講演されたのに続き、奈良県世界遺産室の山田隆文氏が世界遺産を保有する県内自治体職員向けの指導や学校教育との連携について、京都芸術大学の宇佐美智之氏がイラクの文化遺産をWeb GISでマッピングする学生や市民協力型の支援活動について、それぞれ講演されました。これらの講演を通じて両国での市民に対する普及活動の特徴や課題が共有されるとともに、今後いかに市民が文化遺産と関わる場面を増やすことができるか、その効果的な方策をめぐり活発に意見が交わされました。
 イラク人専門家の皆さんは両シンポジウムの間に各地の史跡や博物館などを訪れ、サイトミュージアムの利点や、復元建物や植栽による表示、遺構露出展示といった各種整備手法、VRやAR、多言語映像資料による解説など、イラクにおける課題解決に資する情報を熱心に学ばれました。
 今回の訪日で得た経験や知識が南イラクにおける文化遺産保護の進展に役立てられることを期待し、今後も連携協力を続けていきます。

(202511 / 安倍雅史, 山田綾乃)

国際研修「ラテンアメリカにおける紙の保存と修復」2025の開催

研修生、ラテンチーム、ICCROM関係者、日本チームによる記念撮影
日本チームによる実習風景 

 東京文化財研究所では、ICCROM(文化財保存修復研究国際センター)およびCNCPC-INAH(メキシコ国立人類学歴史機構、国立文化遺産保存修復機関)との三者共催により、国際研修「ラテンアメリカにおける紙の保存と修復」を平成24(2012)年よりメキシコシティで実施してきました。北米や欧州に比べて文化財保存修復に関する研修や情報交換の場が少ないとされる中南米地域を対象とすることで、この地域における紙文化財の保存修復に貢献することを目的としています。
9回目の開催となる今回は、令和7(2025)年11月12日から26日までの日程で、アルゼンチン共和国、ボリビア多民族国、チリ共和国、コロンビア共和国、グアテマラ共和国、メキシコ合衆国の6カ国から、計9名の研修生を迎えて実施しました。
 研修は、日本チームの講師が前半を、後半をメキシコ合衆国やスペイン王国の講師からなるラテンチームがそれぞれ担当しました。前半では、日本の紙本文化財の保存修復技術に関する基礎として、和紙や紙本文化財の修復技術などについて講義するとともに、その修復技術のうちでも応用性が高い技術や道具、材料を中心に実習を行いました。
 研修に対する満足度は非常に高く、和紙や日本の技術に直接触れて学び、その背景にある哲学も含めて理解する機会を得られたことを高く評価する声が寄せられました。
 なお、ラテンチームの講師を務めたのは、30年以上続く国際研修「紙の保存と修復」などの研修を、東京文化財研究所でかつて受講したメキシコ人専門家です。このように国外に人材が着実に育っていることは、当研究所にとっても大きな成果といえます。今回の研修で伝えた技術と知識、人と人とのつながりが、さらに国内外の文化財保存に寄与することを期待しています。

(202511 / 副島まどか)

イストリア地方(クロアチア)における壁画保存に向けた共同研究(その3)

チェックシートを用いた壁画の保存状態調査
調査対象の壁画(一例)

 文化遺産国際協力センターでは、令和3(2021)年度より、運営費交付金事業「文化遺産の保存修復技術に係る国際的研究」において、壁画の維持管理および保存修復に係る共同研究に取り組んでいます。
 その一環として、クロアチア文化メディア省美術監督局、イストリア歴史海事博物館、ザグレブ大学と共同で、クロアチアの北西部に位置するイストリア地方の教会壁画を対象にした維持管理システムの開発を進めています。この地域では、中世からルネサンス期にかけて数多くの壁画が制作され、その数は、現在確認されているだけでも150件にものぼります。その保存状態を調査・記録し、収集したデータを専門家の間で共有することで、維持管理に役立てていこうというのがこの研究のねらいです。
 令和7(2025)年11月3日から7日にかけて現地を訪問し、第3回目となるチェックシートを用いた導入テストを実施しました。今回のテストでは、前回の成果と課題を踏まえ、より高精度な評価結果が得られるよう項目の見直しを行った結果、実用性の一層の向上が確認されました。現地機関からは本事業への深い理解と高い関心が示されるとともに、今後も継続的な協力を望む強い意向が寄せられました。今後は、これまでに築かれた連携関係をさらに発展させつつ、より充実した研究体制のもとで実践を重ね、壁画の保存と活用に資する持続的な維持管理システムの確立を目指して活動を継続していく予定です。

(202511 / 前川佳文)

スタッコ装飾及び塑像に関する研究調査(その8)

聖ザノビウス像
X線による撮影

 文化遺産国際協力センターでは、令和3(2021)年度より、運営費交付金事業「文化遺産の保存修復技術に係る国際的研究」において、スタッコ装飾及び塑像に関する研究調査に取り組んでいます。
 令和7(2025)年11月8日から11月12日にかけてイタリア・フィレンツェを訪れ、ルネサンス後期、マニエリスムの彫刻家ピエトロ・フランカヴィッラやアントニオ・ディ・アンニバレ・マルキッシによる塑像群を対象とした調査と成果報告会を実施しました。これらの彫刻群は、1589年にトスカーナ大公フェルナンド1世デ・メディチとクリスティーヌ・ディ・ロレーヌの婚礼を祝うため、フィレンツェ大聖堂に設置された仮設ファサードを飾る構成要素として制作されたものです。仮設ファサードの撤去後、しばらくの間大聖堂内部の身廊壁際に配置されていましたが、19世紀にクーポラの北東部の屋根裏空間へと移され、現在は、オペラ・ディ・サンタ・マリア・デル・フィオーレの管理下に置かれています。
 今回の成果報告会では、これまでに実施した非破壊調査 −可視光・赤外線・紫外線による写真記録撮影、X線撮影、ファイバースコープ探査、三次元計測など− によって得られた知見を研究チーム内で共有しました。その結果、粘土を主体とした多層構造や、部材のモジュール化を前提とした設計といった、構造上の特徴を捉えることができました。また、表層の仕上げや金箔装飾の痕跡も確認され、像の制作工程に関わる重要な手がかりも得られつつあります。今後は、非破壊手法では把握が困難な詳細情報を収集するため、適切な倫理基準と保存科学上の配慮のもとでサンプリングを伴う微破壊調査へと段階的に移行し、構造的特質と劣化要因との相関を解明するとともに、適切な保存修復方針の策定に寄与していく予定です。
 さらに、本研究は、地域や時代を超えて受け継がれてきたスタッコ装飾および塑像文化の普遍性と、その技術的展開の多様性を解明することも目的としています。美術史、保存修復学、材料科学、文化財学といった領域を横断する学際的研究である以上、国際的な知見の共有と協働は欠かせません。今後も各国の専門家との連携をいっそう強化し、学際的な対話を深めながら、着実に研究を進めていきたいと考えています。

(202511 / 前川佳文)

クウェートにおける考古遺跡の無人航空機(UAV)測量に関するワークショップの開催

ファイラカ島での無人航空機(UAV)測量の様子
3Dモデル作成に取り組む受講者

 文化遺産国際協力センターは、令和7(2025)年度文化遺産国際協力拠点交流事業「デジタル技術を用いたバーレーンおよび湾岸諸国における文化遺産の記録・活用に関する拠点交流事業」を文化庁より受託しています。その一環として、令和7(2025)年10月10~17日にかけて「考古遺跡の無人航空機(UAV)測量に関するワークショップ」をクウェートで実施しました。本研修では、これまで同交流事業のもと実施したバーレーンや日本での研修を発展させ、都市や要塞といった考古遺跡の広域測量に焦点を当てました。
 国立文化芸術文学評議会(NCCAL)・考古学博物館局、クウェート大学と共同で実施した本研修には、両機関とクウェート国立博物館の専門家計15名が参加しました。受講者はUAVやGNSS(全球測位衛星システム)、3Dデジタル・ドキュメンテーションの各手法について講義を受けた後、実際にサンプルデータを使い考古遺跡の3Dモデルの作成に取り組みました。また、クウェート東部に位置するファイラカ島において、ヘレニズム時代の遺構を対象とするUAVを用いた測量を全員が行い、撮影データを用いて3Dモデルを作成し、考古遺跡の広域測量と調査研究へのデータの活用方法を習得しました。
 クウェートに限らず、湾岸諸国は多数の文化遺産を有している一方で、文化遺産を記録・保存する人材の不足が懸念されています。このような効率的な手法を学ぶことで、それらの課題の解決の一助となることが期待されます。

(202510 / 長尾琢磨, 安倍雅史)

バーレーン王国における文化遺産の3Dデジタル・ドキュメンテーションとその活用に関するワークショップ「建造物の3次元計測」開催

ジャナビーヤ古墳群での実習の様子

 文化遺産国際協力センターとバーレーン文化古物局は、令和7(2025)年10月28日から30日にかけ、3Dデジタル・ドキュメンテーションに関するワークショップをバーレーン王国国立博物館で共催しました。このワークショップは、文化遺産の保護における3Dデジタル・ドキュメンテーションの導入を進めているバーレーン王国から技術移転の要請を受けて始まったもので、これまでにバーレーンでのワークショップや日本でのスタディーツアーを開催しています。今回のワークショップでは、中級者向けに「建造物の3D計測」をテーマとし、バーレーンから11名、アラブ首長国連邦から2名、計13名の文化遺産担当の専門職員らを参加者として迎えました。
 初日は、建造物の3D計測の撮影手法やデータの活用事例に関する講義の後、世界遺産「真珠の道」にあるファクロ邸を実習会場として、参加者自身が3D写真測量やスマートフォンのLidar機能を用いた建造物の記録に取り組みました。2日目は、午前に国立博物館の展示室を3Dレーザースキャナーで記録する実習を、午後にジャナビーヤ古墳群で3D写真測量とRTK-GNSS測量を用いた遺跡の計測手法を学ぶ実習を行いました。最終日には、前日に記録した3D計測データを活用するための実習を行いました。参加者らは、前日に自分たちで記録した博物館展示室の3D計測データを用いて、オンラインで公開可能なデジタル博物館のコンテンツを作成し、さらに、前日に撮影した写真からジャナビーヤ古墳群の3Dモデルを作成して、産業技術総合研究所と奈良文化財研究所が共同で開発した全国文化財情報デジタルツインプラットフォーム「3D DB Viewer」上で公開する実習を行いました。
 参加者らは、考古学や建築学など各自の専門分野において、日常の業務でこうした技術を発展的に活用しようという意欲が高く、熱心に実習に取り組んでいました。さらに発展的な内容のワークショップの開催についても参加者から要望が寄せられており、今後もバーレーン側のニーズに合わせながら知見共有の場を継続していきたいと思います。
 本ワークショップは文化庁委託「デジタル技術を用いたバーレーンおよび湾岸諸国における文化遺産の記録・活用に関する拠点交流事業」の一環として行っています。

(202510 / 安倍雅史, 淺田なつみ)

ICOMOS Scientific Symposium 2025への参加およびキルティプル市における歴史的民家の保存活用に向けた共同調査 その5

 令和7(2025)年10月15~19日にかけ、ネパール・ルンビニ仏教大学でICOMOS Scientific Symposium 2025が開催され、文化遺産国際協力センターより淺田が参加しました。
 ネパールでは、令和7(2025)年9月、政府に対する抗議デモが過激化し、政府庁舎や外資系の高級ホテル等が放火されるなど、一時的に政情不安が高まっていました。しかし、暫定政権の発足により事態が早期に沈静化したことを受けて、ICOMOS総会とシンポジウムは予定通りネパールで開催されることとなりました。
 ICOMOS Scientific Symposium 2025は、紛争(Conflict)、災害(Disaster)、平和(Peace)と、大きく3つのサブテーマによってセッションが構成され、各国からの参加者が発表を行いました。紛争のセッションでは、現在、紛争が進行している当事国から発表があり、深刻な被害の実態が報告されました。また、本年はネパール・ゴルカ地震の発生からちょうど10年という節目の年でもあり、ゴルカ地震の震災復興に関するイベントもカトマンズで開催されました。文化遺産を取り巻く課題が拡大、複雑化しているなか、自分たちのコミュニティの中だけで解決できない問題を抱える地域にとって、このような国際的な専門家の交流の場があることの重要性が、強く印象付けられました。
 また、今回の渡航に合わせて、キルティプル市における歴史的民家の保存活用に向けた共同調査に関する協議も行いました。この共同調査は、キルティプル旧市街に残る歴史的民家の保存に向けたプロセスの構築を目的とするもので、これまでにパイロットケーススタディとしての民家調査や、旧市街に残る歴史的民家の簡易悉皆調査などを行っています。キルティプルにおいても、9月の抗議デモで市庁舎が放火され、さらに庁舎の備品が強奪の対象となるなどの被害がありました。行政が通常の機能を取り戻すまでにはまだまだ時間がかかることが想定され、政治的に不安定な状況の中で何ができるのか、市や調査メンバー、地元コミュニティも交えて話し合いました。一方で、これまでの調査を通じて歴史的民家の保存に志を持つネパール人専門家の協力の輪も広がりつつあります。行政支援を待つのではなく、自分たちでできることから始めようという、新たなネットワークの胎動も感じられます。

(202510 / 淺田なつみ)

国際研修「紙の保存と修復」2025の開催

装潢そうこう修理技術実習にて
手すき和紙(本美濃紙)工房見学

 令和7(2025)年、国際研修「紙の保存と修復」を政府間機関ICCROM(文化財保存修復研究国際センター)と共催しました。今年は年8月25日から9月12日の日程にて、10名の研修生が参加しました。1992年に始まった本研修ですが、常に人気が高く、今年の応募者は166人でした。
 長い繊維が特徴であるコウゾで作られる和紙は、薄くて丈夫で、耐久性があり、文化財を損傷しない安全性の点からも優れています。そのため、各国々の美術品などの修復に用いられます。研修では、紙や文化財保護制度に関する講義や、国の選定保存技術である「装潢そうこう修理技術」の実習を行いました。研修生は既に、紙の保存修復家として経験を積んできていますが、修復実習では、日本の道具や材料の使い方を含む正しい情報を確認する機会になりました。終了後のアンケートにおいても好評で、帰国後に同僚や教え子と経験を共有するとともに、知人にも本研修を勧めるとのことでした。
 また、本研修では、研修生同士、研修生と日本の専門家である講師、現地見学での修復材料や道具の製造者との交流も目的にしています。このような交流は、参加者にとって利益になるだけではなく、日本の専門家や道具材料の製造者にとっても、良い機会になります。国内外の文化財保存修復の担い手、文化財を修復するための道具や材料の作り手の懸け橋になることも念頭に置き、今後の研修も行っていきたいと考えています。

(202509 / 副島まどか)