クウェートにおける考古遺跡の無人航空機(UAV)測量に関するワークショップの開催
文化遺産国際協力センターは、令和7(2025)年度文化遺産国際協力拠点交流事業「デジタル技術を用いたバーレーンおよび湾岸諸国における文化遺産の記録・活用に関する拠点交流事業」を文化庁より受託しています。その一環として、令和7(2025)年10月10~17日にかけて「考古遺跡の無人航空機(UAV)測量に関するワークショップ」をクウェートで実施しました。本研修では、これまで同交流事業のもと実施したバーレーンや日本での研修を発展させ、都市や要塞といった考古遺跡の広域測量に焦点を当てました。
国立文化芸術文学評議会(NCCAL)・考古学博物館局、クウェート大学と共同で実施した本研修には、両機関とクウェート国立博物館の専門家計15名が参加しました。受講者はUAVやGNSS(全球測位衛星システム)、3Dデジタル・ドキュメンテーションの各手法について講義を受けた後、実際にサンプルデータを使い考古遺跡の3Dモデルの作成に取り組みました。また、クウェート東部に位置するファイラカ島において、ヘレニズム時代の遺構を対象とするUAVを用いた測量を全員が行い、撮影データを用いて3Dモデルを作成し、考古遺跡の広域測量と調査研究へのデータの活用方法を習得しました。
クウェートに限らず、湾岸諸国は多数の文化遺産を有している一方で、文化遺産を記録・保存する人材の不足が懸念されています。このような効率的な手法を学ぶことで、それらの課題の解決の一助となることが期待されます。
バーレーン王国における文化遺産の3Dデジタル・ドキュメンテーションとその活用に関するワークショップ「建造物の3次元計測」開催
文化遺産国際協力センターとバーレーン文化古物局は、令和7(2025)年10月28日から30日にかけ、3Dデジタル・ドキュメンテーションに関するワークショップをバーレーン王国国立博物館で共催しました。このワークショップは、文化遺産の保護における3Dデジタル・ドキュメンテーションの導入を進めているバーレーン王国から技術移転の要請を受けて始まったもので、これまでにバーレーンでのワークショップや日本でのスタディーツアーを開催しています。今回のワークショップでは、中級者向けに「建造物の3D計測」をテーマとし、バーレーンから11名、アラブ首長国連邦から2名、計13名の文化遺産担当の専門職員らを参加者として迎えました。
初日は、建造物の3D計測の撮影手法やデータの活用事例に関する講義の後、世界遺産「真珠の道」にあるファクロ邸を実習会場として、参加者自身が3D写真測量やスマートフォンのLidar機能を用いた建造物の記録に取り組みました。2日目は、午前に国立博物館の展示室を3Dレーザースキャナーで記録する実習を、午後にジャナビーヤ古墳群で3D写真測量とRTK-GNSS測量を用いた遺跡の計測手法を学ぶ実習を行いました。最終日には、前日に記録した3D計測データを活用するための実習を行いました。参加者らは、前日に自分たちで記録した博物館展示室の3D計測データを用いて、オンラインで公開可能なデジタル博物館のコンテンツを作成し、さらに、前日に撮影した写真からジャナビーヤ古墳群の3Dモデルを作成して、産業技術総合研究所と奈良文化財研究所が共同で開発した全国文化財情報デジタルツインプラットフォーム「3D DB Viewer」上で公開する実習を行いました。
参加者らは、考古学や建築学など各自の専門分野において、日常の業務でこうした技術を発展的に活用しようという意欲が高く、熱心に実習に取り組んでいました。さらに発展的な内容のワークショップの開催についても参加者から要望が寄せられており、今後もバーレーン側のニーズに合わせながら知見共有の場を継続していきたいと思います。
本ワークショップは文化庁委託「デジタル技術を用いたバーレーンおよび湾岸諸国における文化遺産の記録・活用に関する拠点交流事業」の一環として行っています。
ICOMOS Scientific Symposium 2025への参加およびキルティプル市における歴史的民家の保存活用に向けた共同調査 その5
令和7(2025)年10月15~19日にかけ、ネパール・ルンビニ仏教大学でICOMOS Scientific Symposium 2025が開催され、文化遺産国際協力センターより淺田が参加しました。
ネパールでは、令和7(2025)年9月、政府に対する抗議デモが過激化し、政府庁舎や外資系の高級ホテル等が放火されるなど、一時的に政情不安が高まっていました。しかし、暫定政権の発足により事態が早期に沈静化したことを受けて、ICOMOS総会とシンポジウムは予定通りネパールで開催されることとなりました。
ICOMOS Scientific Symposium 2025は、紛争(Conflict)、災害(Disaster)、平和(Peace)と、大きく3つのサブテーマによってセッションが構成され、各国からの参加者が発表を行いました。紛争のセッションでは、現在、紛争が進行している当事国から発表があり、深刻な被害の実態が報告されました。また、本年はネパール・ゴルカ地震の発生からちょうど10年という節目の年でもあり、ゴルカ地震の震災復興に関するイベントもカトマンズで開催されました。文化遺産を取り巻く課題が拡大、複雑化しているなか、自分たちのコミュニティの中だけで解決できない問題を抱える地域にとって、このような国際的な専門家の交流の場があることの重要性が、強く印象付けられました。
また、今回の渡航に合わせて、キルティプル市における歴史的民家の保存活用に向けた共同調査に関する協議も行いました。この共同調査は、キルティプル旧市街に残る歴史的民家の保存に向けたプロセスの構築を目的とするもので、これまでにパイロットケーススタディとしての民家調査や、旧市街に残る歴史的民家の簡易悉皆調査などを行っています。キルティプルにおいても、9月の抗議デモで市庁舎が放火され、さらに庁舎の備品が強奪の対象となるなどの被害がありました。行政が通常の機能を取り戻すまでにはまだまだ時間がかかることが想定され、政治的に不安定な状況の中で何ができるのか、市や調査メンバー、地元コミュニティも交えて話し合いました。一方で、これまでの調査を通じて歴史的民家の保存に志を持つネパール人専門家の協力の輪も広がりつつあります。行政支援を待つのではなく、自分たちでできることから始めようという、新たなネットワークの胎動も感じられます。
国際研修「紙の保存と修復」2025の開催
令和7(2025)年、国際研修「紙の保存と修復」を政府間機関ICCROM(文化財保存修復研究国際センター)と共催しました。今年は年8月25日から9月12日の日程にて、10名の研修生が参加しました。1992年に始まった本研修ですが、常に人気が高く、今年の応募者は166人でした。
長い繊維が特徴であるコウゾで作られる和紙は、薄くて丈夫で、耐久性があり、文化財を損傷しない安全性の点からも優れています。そのため、各国々の美術品などの修復に用いられます。研修では、紙や文化財保護制度に関する講義や、国の選定保存技術である「装潢修理技術」の実習を行いました。研修生は既に、紙の保存修復家として経験を積んできていますが、修復実習では、日本の道具や材料の使い方を含む正しい情報を確認する機会になりました。終了後のアンケートにおいても好評で、帰国後に同僚や教え子と経験を共有するとともに、知人にも本研修を勧めるとのことでした。
また、本研修では、研修生同士、研修生と日本の専門家である講師、現地見学での修復材料や道具の製造者との交流も目的にしています。このような交流は、参加者にとって利益になるだけではなく、日本の専門家や道具材料の製造者にとっても、良い機会になります。国内外の文化財保存修復の担い手、文化財を修復するための道具や材料の作り手の懸け橋になることも念頭に置き、今後の研修も行っていきたいと考えています。
スタッコ装飾及び塑像に関する研究調査(その7)
文化遺産国際協力センターでは、令和3(2021)年度より、運営費交付金事業「文化遺産の保存修復技術に係る国際的研究」の一環として、スタッコ装飾および塑像に関する研究調査を進めています。
ギリシャ・ローマ時代の考古遺跡を対象とした研究を推進するため、令和7(2025)年9月8日から26日にかけてイタリアを訪問し、ソンマ・ヴェスヴィアーナ遺跡、ポンペイ遺跡公園、セリヌンテ遺跡公園を訪問しました。
ソンマ・ヴェスヴィアーナ遺跡では、東京大学を中心とする調査団によって発掘されたローマ時代の装飾門を対象に、前年度に作成した研究計画書に基づき、設置されているスタッコ装飾の技法や材料に関する調査を行うとともに、現代的な保存修復手法に関する各種実験を実施しました。
一方、シチリア島のセリヌンテ遺跡公園では、管理所長と面会し、本研究の趣旨および目的についてご説明させていただきました。内容をご理解・ご納得いただいた結果、遺跡公園が所蔵するギリシャ時代のスタッコ装飾を研究対象とすることについて正式な同意を得るとともに、全面的なご協力をいただけることとなりました。また、神殿に使用されている石灰岩に物理的および化学的要因による劣化がみられることから、その劣化抑制方法についても研究してほしいとの要望がありました。
さらに、パレルモ文化財監督局においても、本研究の趣旨をご理解のうえご検討くださり、彼らの管轄下にあるパレルモ近郊のローマ時代遺跡についても研究対象として検討してはどうかとのご提案をいただきました。
以上のように、本研究の意義に対する理解と協力の輪が、関係機関を中心に着実に広がりつつあることが確認されました。今後は、今回訪問した各遺跡を主軸にギリシャ・ローマ時代のスタッコ装飾の技法および材料に関する比較調査を継続し、その構造や特性についての理解を深めるとともに、これらの保存修復方法やサイトマネジメントのあり方についても研究を進めていく予定です。
聖ミカエル教会(ケシュリク修道院)での保存修復共同研究(その2)
文化遺産国際協力センターでは、トルコ共和国のカッパドキアに位置する聖ミカエル教会(ケシュリク修道院内)を対象に、トルコ国内外の専門機関や大学と協力しながら内壁に描かれた壁画の保存修復に関する共同研究事業を進めています。
令和7(2025)年6月21日から7月15日にかけて現地調査を実施し、前年度の実地研究に基づいて策定した保存修復計画に従い、教会建築におけるアプシスを中心とした壁面のクリーニング作業および、身廊(しんろう)部分における剥落の危険性が高い漆喰層の補強処置を行いました。この教会の壁画は、100年以上にわたり厚い煤(すす)に覆われ、その全貌を目にした者はいません。今回のクリーニングにより、長年にわたり堆積した煤汚れを安全かつ慎重に除去した結果、壁画本来の色彩や細部の描写が鮮明に浮かび上がりました。これにより、当初の意匠や制作技法について詳細な検証が可能となり、壁画の制作年代や様式的特徴に関する新たな知見が得られました。なかでも、本研究を通じて体系化された保存修復の技術的アプローチが、実地作業を通じてその有効性を実証した点は、学術的・実務的に極めて意義深い成果であるといるでしょう。
本共同研究は、東京文化財研究所を中核機関とし、トルコ国内外の専門機関および大学との連携のもとに推進されている国際的な保存修復プロジェクトです。今回の作業においては、壁画の保存修復過程における状態把握を目的として、保存科学的手法や三次元計測技術を導入し、対象を科学的・物理的側面から多角的に検証しました。このように、複数の視点から対象を精緻に把握しつつ、壁画の特性に即した保存修復方法の確立を目指す本プロジェクトの取り組みは、トルコ国内においても前例のない先駆的事例として高く評価されており、大きな注目を集めています。今後も、こうした期待に応えるべく、文化財の保存と活用に資する有意義な活動を継続的に展開していきたいと思います。
第47回世界遺産委員会への参加
令和7(2025)年7月6~16日、第47回世界遺産委員会がパリのユネスコ本部で開催され、東京文化財研究所から3名がオブザーバーとして参加しました。今回の委員会は当初、議長国を務めるブルガリアでの開催予定でしたが、保安上の理由から準備途中で会場が変更となりました。
会議の冒頭、通常は形式的な議事の承認が進むところで、トルコによるNGO「ティグリス救済財団」のオブザーバー参加拒否や韓国による「明治日本の産業革命遺産」の委員会決議の履行に関する議題の追加要求が行われる、波乱の幕開けとなりました。議題の追加要求は、予定時間を大幅に超過して議論が尽くされましたが合意に至らず、委員国の秘密投票の結果、否決されました。一方、オブザーバー参加拒否は、ほぼ議論がないまま当該団体が参加者リストから抹消されたため、締約国からは委員国の対応を遺憾とする発言が相次ぎました。
登録遺産の保全状況では、56件の危機遺産を含む248件が審議され、3件が晴れて危機遺産リストから除外されました。近年の委員会では危機遺産リストに記載されたままの遺産の増加が問題視されており、危機遺産を脱するための締約国の取り組みが強く求められるようになっています。遺産の新規登録では31件が審議され、26件が登録となりました。このうち諮問機関が登録を勧告したのは16件で、委員会で勧告が覆される傾向が依然として続いています。ただし、保全状況等に関する勧告に従った修正を含めての登録も多く、諮問機関の評価と締約国の認識との乖離の解消に向けて一定の改善がみられたともいえます。今回の登録で、シエラレオネとギニアビサウが新たに加わり、196の締約国のうち世界遺産を保有する国は170となりました。登録遺産の地域的な偏りは世界遺産リストの代表性を損なうものとして委員会での積年の課題となっており、諮問機関によるギャップ分析の更新など不均衡を是正するための取り組みが続けられています。
このほか、ユネスコ日本信託基金の支援をもとに5月にナイロビで行われたアフリカの遺産のオーセンティシティに関する国際会議の成果文書が、賛否の分かれる議論を経て最終的に採択に至ったことは、今後の世界遺産の評価基準に変革をもたらす画期を予感させるものでした。
次回の世界遺産委員会は、来年7月に韓国・釜山で開催される予定です。当研究所では、今後も世界遺産をとりまく動向を注視し、関係する情報の収集と分析、発信に取り組んでいきます。
アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査XIX-中央伽藍前十字テラスの保存修復に向けた予備調査(2)
前稿にて、タネイ遺跡の中央伽藍前十字テラスの保存修復方法検討に向けた予備調査開始を報告しました。その後、アンコール・シェムリアップ地域保存整備機構(APSARA国立機構)との検討を経て、崩壊した十字テラス周辺の堆積土中に埋もれている構成材を探し出すため、より広範囲での散乱石材調査を実施することになりました。
令和7(2025)年5月下旬より同機構の考古スタッフが発掘を先行して開始し、6月1日~22日には文化遺産国際協力センターより職員2名を派遣し、相互協力のもとで散乱石材の確認と記録を行いました。
その結果、テラスの構成材が追加で確認されたほか、複数の観音菩薩像の上半身や腕部などの発見にもつながりました。一方で、とくにテラス南面の側壁中段部分の構成材の多くが未だに不足していることから、例えば他寺院の建材としての転用など、何らかの理由でテラスが人為的に破壊され、材が持ち出された可能性が高いことが推測できます。失われた材を含めたテラスの各部構成の復原検討には、同時代の他寺院におけるテラス状構造物を参照する必要があり、今次期間中に計7寺院での比較調査を実施しました。
派遣期間中の6月12日には、アンコール遺跡群の各修復プロジェクトへの技術的助言を担うアドホック専門家等が現場視察に訪れました。これに続き、19日~20日に開催されたアンコール・サンボープレイクック遺跡保存開発国際調整委員会(ICC-Angkor/Sambor Prei Kuk)の技術会合においてタネイ遺跡十字テラスの修復基本方針を提案し、実施案検討のための作業を開始することが承認されました。
ネパール・キルティプル市における歴史的民家の保存活用に向けた共同調査 その4
ネパール・キルティプル市の旧市街は、「キルティプルの中世集落」として世界遺産暫定リストに記載されています。しかし、急速な都市化や2015年のゴルカ地震後の被害などを受けて、その街並みは大きな変化に晒され続けています。特に、旧市街内に残る個人所有の歴史的民家は地震後も年々数を減らしており、その全容は明らかではありません。
東京文化財研究所とキルティプル市は、歴史的民家保存のためのパイロットケーススタディ(https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/2385246.html)と並行して、旧市街内に残る歴史的民家のインベントリー作成に向けた悉皆的調査を行っています。2025年5月23日~31日に行った職員1名の派遣では、キルティプル市職員および現地専門家と共に、歴史的民家のインベントリー作成に向けた調査を継続しました。前回、2024年7月に行った現地調査では、137件の民家をインベントリー掲載の候補物件として抽出しましたが、今回の補足調査により、その数は全164件となりました。また、これらの民家の保護の優先度やその基準を議論するための材料として、全ての候補物件を対象にファサードの構成要素に関する調査も行いました。これらの調査から、キルティプルの旧市街を構成する歴史的民家の特徴や、街並みに重ねられた時代の層が徐々にみえてきました。
今後、調査で収集した歴史的民家の構成要素を分析し、キルティプル市の歴史的民家を特徴づける外観基準について現地専門家らと議論していく予定です。本共同調査によるインベントリーが、市内に残る歴史的民家の記録としてだけでなく、その保存に向けた法的支援の枠組みを整備するための基礎資料となることを期待しています。
シンポジウム「考古学と国際貢献:エジプト考古学と国際協力の軌跡」の開催
東京文化財研究所では、2025年5月10日(土)に、「考古学と国際貢献:エジプト考古学と国際協力の軌跡(Archaeology and International Cooperation in Egypt)」と題したシンポジウムを開催しました。2021年以降、毎年テーマとする地域を変えて継続しているこの連続シンポジウムでは、文化遺産の考古学的な調査研究の成果報告を中心に、史跡整備や人材育成といった国際協力事業についても情報を共有し、文化遺産保護の推進を目的としています。今回はエジプトを取り上げ、当事国であるエジプトと調査研究を主導する国の一つであるチェコ共和国からそれぞれ招聘した研究者による基調講演と、日本人研究者による国際協力の各現場からの報告の2部構成で行いました。
はじめに、日本のエジプト考古学の先駆者である東日本国際大学総長の吉村作治先生よりご挨拶をいただきました。
第1部では、まずエジプト観光考古省・考古最高評議会のヒシャーム・エルレイシー博士より、”Recent and Ongoing International Joint Projects for the Egyptian antiquities.”というタイトルで、ヌビア遺跡救済キャンペーンのアーカイブ紹介と、フランス・韓国・ドイツとの共同による遺跡整備事業、そして近年の発掘調査成果についてご講演いただきました。続いて、チェコ共和国カレル大学チェコ・エジプト学研究所のミロスラフ・バールタ博士からは、”Cooperation on the pyramid fields: Abusir and Saqqara”と題して、これまでのチェコ隊によるアブシール遺跡の発掘調査の歴史や、19世紀末にフランス人考古局長が発掘を実施したものの断片的な報告しかなされていない北サッカラの通称Mariette Cemeteryの再発掘プロジェクトについてご報告いただきました。
第2部では、エジプトにおいて発掘調査や保存修復、人材育成を行っている日本の8つのプロジェクト:クフ王第2の船保存修復・復元プロジェクト(黒河内宏昌・山田綾乃)、イドゥートのマスタバ墓壁画保存修復(吹田真里子)、北サッカラ遺跡発掘調査(河合望)、ルクソール西岸アル=コーカ地区発掘調査(近藤二郎)、アメンヘテプ3世王墓壁画保存修復(西坂朗子)、GEM-CC (Conservation Center), GEM-JC (Joint Conservation) プロジェクト(谷口陽子)、アコリス遺跡発掘調査(花坂哲)、コーム・アル=ディバーゥ遺跡発掘調査(長谷川奏)について、それぞれの取り組みと成果が発表されました。
本シンポジウムには多数の研究者や大学院生も参加し、考古学的知見の深化と国際的連携の重要性を改めて確認するとともに、文化遺産保護における学術的貢献の新たな展望を期待させる貴重な機会となりました。
また調査隊や大学の別を超えて活動の軌跡を紹介できたことは意義深く、招聘した海外専門家からも日本の研究者による成果を俯瞰する好機であったとの評価を得ました。
在外日本古美術保存修復協力事業の進捗状況について
日本でつくられた美術作品等は欧米を中心に海外の多くの機関にも所蔵されていますが、海外ではそれらの保存修復に精通した専門家はごく限られるため、作品の劣化や損傷が進んでいても適切な時期に適切な手法で修復を行うことが困難な場合があります。その結果、展示や活用ができなくなるだけでなく、損傷がさらに進行してしまうおそれもあります。
こうした状況に鑑み、本事業では、海外の博物館・美術館・図書館が所蔵する日本古美術品のうち保存修復を要する作品を対象に、保存修復の支援を行っています。
2025年5月26日から29日にかけて、ドイツのハンブルク工芸美術館(Museum für Kunst und Gewerbe Hamburg)が所蔵する池田孤村筆《月に秋草図屏風》(二曲一隻)について、詳細な現状調査を実施しました。同館では、本作品の状態を危ぶんでおり、近年は展示されていない状況にあります。今回の調査では、絵具の剥離・剥落、下貼りや裏打ち紙の脆弱化などの損傷や劣化が認められ、早急に修復が必要であることを確認しました。さらに、過去に行われた解体修復によって、唐紙や縁木の位置と向きがオリジナルと異なっていることが判明しました。
一方、昨年度は、バウアー財団東洋美術館(スイス)、リートベルク美術館(スイス)、ポズナン国立博物館(ポーランド)の各館において、作品調査および現地での保存修復に関する助言を実施しました。これらの調査の結果を受け、目下、リートベルク美術館所蔵《御幸図屏風》(八曲一隻)の修復を日本国内で開始するための準備作業を進めています。
ブータン中部・南部・北西部地域の伝統的民家に関する建築学的調査
東京文化財研究所では、平成24(2012)年以来、ブータン内務省文化・国語振興局(DCDD)と協働して、同国の伝統的民家建築に関する調査研究を継続しています。同局では、従来は法的保護の枠外に置かれてきた伝統的民家を文化遺産として位置づけ、適切な保存と活用を図るための施策を進めており、当研究所はこれを研究・技術面から支援しています。5月13日~23日にかけて行った現地派遣では、当研究所職員2名と外部専門家1名が渡航し、DCDD職員2名と共に、主にブータン中部・南部・北西部地域の民家を踏査しました。
DCDD側が事前に収集した所在情報等を基に、南部シェムガン県では、石造民家3棟、版築造民家1棟および竹や木を使った木造軸組構造の民家1棟を調査し、中部トンサ県では、版築造民家3棟、石造民家6棟を、北西部ガサ県では石造民家2棟を調査しました。このうち、旧家とされる上層民家の中には、非常に分厚い堅牢な石積壁をもつものも確認されました。
ブータンの伝統的民家は、首都ティンプーが位置する西部地域では版築造、東部や標高の高い北部では石造が支配的で、東西の境界は中部ブムタン県付近にあることがこれまでの調査で明らかになっています。今回の調査では、南部および北西部における石造民家の建築的特徴を確認し、西部主体の版築造との分布域の境界の一端を把握しました。こうした構法の違いは、地形や自然資源、あるいは材料調達や技術者の問題、各家の家格や社会的地位など、さまざまな条件によって規定されると考えられ、今後、ふたつの構法の所在範囲や併存のあり方を詳しく調査することで、民家の建築構法の変遷や伝播について更なる手がかりが得られることを期待しています。
本調査は、科学研究費助成金基盤研究(B)「ブータンにおける伝統的石造民家の建築的特徴の解明と文化遺産保護手法への応用」(研究代表者 友田正彦)により実施しました。
講演会・体験型イベント「バーレーンの歴史と文化」の開催
令和7年(2025)年4月に大阪・関西万博が開幕しました。中東のバーレーンも、万博にパビリオンを出展しています。これにあわせパビリオンの総責任者であるバーレーン文化古物局総裁シェイク・ハリーファ王子が来日されました。
東京文化財研究所は、長年、バーレーンにおいて文化遺産保護のための国際協力事業を行っています。シェイク・ハリーファ王子からの依頼もあり、この機会を生かして、より多くの方にバーレーンの文化遺産の魅力を知っていただくため、4月20日にバーレーン文化古物局と共催という形で、東京文化財研究所において講演会・体験型イベント「バーレーンの歴史と文化」を開催しました。
バーレーンや日本の専門家、古墳の伝道師まりこふんさんらが講演を行ったほか、来場者にはVRゴーグルを着用して遺跡の内部を探索していただくなど、各種のXRコンテンツを通じてバーレーンの歴史と文化を楽しんでいただきました。
イストリア地方における壁画保存に向けた共同研究(その2)
文化遺産国際協力センターでは、令和3(2021)年度より、運営費交付金事業「文化遺産の保存修復技術に係る国際的研究」において、壁画の維持管理および保存修復に係る共同研究に取り組んでいます。
その一環として、クロアチア文化メディア省美術監督局、イストリア歴史海事博物館、ザグレブ大学と共同で、クロアチアの北西部に位置するイストリア地方の教会壁画を対象にした維持管理システムの開発を進めています。この地域では、中世からルネサンス期にかけて数多くの壁画が制作され、その数は、現在確認されているだけでも150件にものぼります。その保存状態を調査・記録し、収集したデータを専門家の間で共有することで、維持管理に役立てていこうというのがこの研究のねらいです。
令和7(2025)年3月10日から14日にかけて、現地を訪問し、先行調査(リンク:https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/2065796.html)で作成した保存状態に関するチェックシートを用いて、12ヶ所の教会で導入テストを実施しました。このチェックシートは、壁画が描かれた建物、壁画の技法・材料、そして保存状態という3つの主要な焦点に基づいて構成されています。テストを通じて、チェックシートに記載された確認項目の見直しを行い、より実用的で効果的なものへと進化させることができました。今後は、デジタルアーカイブの構築を目指し、導入テストを引き続き実施していく予定です。
バハレーンにおけるイスラーム墓碑の3次元計測調査(第3次)
東京文化財研究所は長年にわたり、バハレーンの古墳群の発掘調査や史跡整備に協力してきました。一方、同国内のモスクや墓地には歴史的なイスラーム墓碑が残されており、現在でも同国内には約150基ほどの墓碑が確認されていますが、多くは塩害などにより劣化が進行しています。
それらの墓碑の保護に協力してほしいとのバハレーン側の要請に応え、令和5(2023)年と令和6(2024)年に写真から3Dモデルを作成する技術であるSfM-MVS(Structure-from-Motion/Multi-View-Stereo)を用いた写真測量を行いました。これにより、博物館や現代の墓地に所在する約100基の墓碑の3次元計測を完了しました。作成したモデルは、広く国内外からアクセスできるプラットフォームである「Sketchfab」に公開し、墓碑のデータベースとして活用されています。
このたび、同国南部の墓地にも対象を広げた3次元計測調査を令和7(2025)年2月8日~12日にかけて行いました。これまでと同様に写真測量を行い、トゥブリ墓地2基、サルミヤ・モスク1基、フーラ墓地12基、マフーズ墓地1基、ダイ墓地1基、ノアイーム墓地5基、アル・カデム墓地2基、カラナ墓地5基の計29基について計測を完了しました。埋没した墓碑や破壊された墓碑を除き、本調査をもってバハレーン全土の墓碑の計測が一旦完了しました。
一基ごとの寸法、形状、碑文に関する情報も伴った3Dモデルによる100基以上の墓碑のデータベースはこれまでに例がなく、単に形状の記録保存という意味合いにとどまらず、本調査の成果が今後のイスラーム墓碑研究にも役立つことが大いに期待されます。
「富岡製糸場と絹産業遺産群」世界遺産登録10周年記念国際シンポジウムへの参加
令和7(2025)年1月10日と11日、高崎市の群馬音楽センターにおいて、ユネスコ世界文化遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」(以下、富岡)の登録10周年を記念する国際シンポジウムが開催され、東京文化財研究所から3名の職員が参加しました。このシンポジウムは、群馬県と日本イコモス国内委員会の共催により、「富岡」の登録後の取組みと意義を振り返るのみならず、「奈良文書」が採択された1994年の世界遺産条約におけるオーセンティシティに関する奈良会議から30年を迎える節目を捉えて、複雑化する21世紀の社会的課題に適応した遺産のオーセンティシティのあり方を問うことがテーマに掲げられました。なお、当研究所が事務局を務める文化遺産国際協力コンソーシアムでは、去る11月に「奈良文書」30周年を記念した研究会とシンポジウムを開催したところです(文末リンク参照)。
シンポジウムの統括責任者を務めた前イコモス会長で九州大学名誉教授の河野俊行氏の問題意識から、21世紀の社会と遺産をつなぐキーワードとして「ヘリテージ・エコシステム(heritage ecosystems)」が提唱され、プログラムも通常のシンポジウムの形式によらず、招待研究者・専門家によるキーノートスピーチのほか、自主参加の研究者・専門家による4組のグループディスカッションを並行して行うかたちが取られました。招待発表者は8か国14名、自主参加者は19か国約80名に上り、一般参加を加えたおよそ120名の大半を外国からの参加者が占める国際色豊かな会議となりました。
「ヘリテージ・エコシステム」は、まだ馴染みの薄い概念ですが、このプログラムの中では「地域の豊かな文化的環境を成り立たせる多様な要素の循環関係や有機的な関係全体を意味するもの」と説明されています。キーノートスピーチでは、現在も県内で生糸や絹製品の生産販売を行う碓氷製糸株式会社取締役の土屋真志氏や、蚕を利用した医薬品・ワクチンの研究開発に取り組む九州大学教授の日下部宜宏氏の発表に象徴されるように、「富岡」を今も息づく絹産業の「ヘリテージ・エコシステム」の中に捉え直すことに主眼が置かれ、従来の文化財保護分野の会議とは視点が大きく異なる論点が提示されました。グループディスカッションでは、前イコモス文化的景観国際学術委員会長で造園家のパトリシア・オドーネル氏がキーノートスピーチの中で提案した「ヘリテージ・エコシステム」の考え方に関する四つの論点、1.自身の専門分野や活動領域との関係性、2.新たな機会創出の可能性、3.地域社会や遺産保護にもたらすメリット、4.遺産のオーセンティシティの認識に及ぼす影響、をもとに各組において自由闊達な議論が展開されました。最後に、キーノートスピーチでの問題提起やグループディスカッションの成果などを反映させるかたちで「ヘリテージ・エコシステムに関する群馬宣言」がまとめられ、会議は幕を閉じました。
当研究所では文化遺産国際協力コンソーシアムの活動とともに、こうした国際会議への積極的な参加を通じて、今後も文化遺産の国際関係に関する情報収集と文化遺産国際協力に係るネットワーク構築に努めていきます。
参考リンク
・文化遺産国際協力コンソーシアム第35回研究会:文化遺産保護と奈良文書-国際規範としての受容と応用-
https://www.jcic-heritage.jp/news/35seminar_report/
・文化遺産国際協力コンソーシアム令和6年度シンポジウム:「モニュメント」はいかに保存されたか-ノートルダム大聖堂の災禍からの復興
https://www.jcic-heritage.jp/news/2024syoposium_report/
スタッコ装飾及び塑像に関する研究調査(その6)
文化遺産国際協力センターでは、令和3(2021)年度より、運営費交付金事業「文化遺産の保存修復技術に係る国際的研究」において、スタッコ装飾及び塑像に関する研究調査に取り組んでいます。
令和7(2025)年1月13日~1月18日にかけて、フィレンツェを訪れ、ルネサンス後期、マニエリスムの彫刻家であるピエトロ・フランカヴィッラやジョバンニ・バッティスタ・カッチーニによって制作された塑像群に関する事前調査と、今後の研究計画について所蔵元であるオペラ・デル・ドゥオーモ博物館と協議しました。これらの彫刻は、フィレンツェの主要な聖人たちを表しており、1589年にトスカーナ大公フェルナンド1世デ・メディチとクリスティーヌ・ディ・ロレーヌの結婚式を祝うために制作されました。その目的は、式典を祝う一日のためだけにサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の正面に設置された仮設のファサードを飾ることにありました。そのため、当時主流であった大理石ではなく、塑像という手法が選ばれたと考えられています。
現在、これらの彫刻作品は大聖堂クーポラの内側にある部屋で保管されていますが、経年劣化が進んでおり、その構造や使用された材料に関する研究は十分に進んでいないのが現状です。今後は、現地の国立修復研究所や美術監督局と連携し、調査を一層深化させるとともに、将来的な保存修復に資する研究を推進していきます。
アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査XVIII-中央伽藍前十字テラスの保存修復に向けた予備調査
タネイ遺跡は12世紀末から13世紀初頭の建立と推測される仏教寺院で、その中央伽藍の正面にあたる東側には大型の矩形テラスと十字テラスが並んでいます。同時代の他寺院でも伽藍正面には大型テラスが認められますが、矩形テラス前に十字テラスが接続する構成は珍しく、タネイ寺院の性格を考える上でも重要な遺構と言えます。しかし、テラス上に生えた樹木の根やテラス内部を構成する盛土層の不等沈下により、とくに十字テラスの崩壊が著しい状況にあります。
そこで文化遺産国際協力センターでは、令和6(2024)年11月末から12月下旬にかけて職員4名を派遣し、今後の保存修復方法の検討に向けた予備調査として、カンボジア政府APSARA機構の考古スタッフとの協働による十字テラスの発掘調査を開始しました。併せて、崩壊原因を解明するための内部構造調査や破損調査、崩落した石材の残存状況調査を実施し、今後の修復手法に関する基礎的検討を行いました。
発掘調査の結果、周囲の堆積土中からかつて十字テラスを構成していたと考えられる多数の散乱石材を検出したほか、基礎地業層やテラス内部の構造の一端が明らかになりました。一方、テラス基底部の現状レベルを確認したところ、とくに南北の翼端部に向かう沈下が認められるものの、基底部自体は比較的健全な状態を保っていることがわかりました。これに対して、テラス東翼の南北辺や南翼付近では側壁や床材が多くの箇所で失われており、砂を主体とする内部盛土が流出している状況が確認されました。散乱石材の中からはテラス側壁中段に比定される部材がほとんど見つかっておらず、いつの時代かにこれらの石材が人為的に持ち去られた可能性が考えられます。こうした観察結果をもとに十字テラスの修復方法をAPSARA職員とともに検討し、修復の基本方針や今後の進め方について概ね合意に達しました。
これと並行して、同年8月までに部分修復を実施した中央塔東西入口部について(XVI-XVII次現地調査)、若干の追加的石材修復作業を行いました。さらにこの間、12月11日から13日にはシエムレアプ市内で国際調整委員会会合(ICC-Angkor/Sambor Prei Kuk)が開催され、中央塔入口部の修復完了と中央伽藍前十字テラスの調査内容について報告しました。
ルクソール(エジプト)岩窟墓における壁画断片の保存修復に係る研究
文化遺産国際協力センターでは、早稲田大学エジプト学研究所およびエジプト考古局と協力し、ルクソール西岸アル=コーカ地区に所在する岩窟墓に描かれた壁画の保存修復に関する共同研究を実施しています。研究対象となる壁画は、平成25(2013)年に早稲田大学名誉教授近藤二郎氏によって発見されたコンスウエムヘブ墓に描かれたもので、制作年代は新王国時代の紀元前1200年頃と推定されています。
この壁画は、石灰岩の表面に塗られた土を主原料とする壁に描かれています。これまでの研究では表面に付着した汚れのクリーニング方法や、土壁が剥離・剥落した箇所に適した修復材料および技法の開発に取り組んできました。そして、令和6(2024)年11月20日~12月5日に実施した実地研究では、発掘作業中に発見された壁画断片を原位置に戻す処置方法について検討しました。その結果、壁画表面の保護方法や裏面の補強方法について良好な結果が得られ、土や粘土といった元来この壁画に使用されている材料と同等のものを使った原位置への再設置作業からも一定の成果を確認することができました。今後は、今回行った処置の効果や安定性に着目しながら経過観察を続けていきます。
この研究は、基礎研究から各種実験を重ね、実用性に配慮した処置方法を導き出すという過程を経て丁寧に進めてきました。その成果はルクソールにおいて他に類を見ないものであり、エジプト考古局や現地の専門家から非常に高い評価を受けています。今後も、新王国時代に数多く制作された壁画の保存修復に貢献する研究を推進し、さらなる成果を目指して活動を続けていきます。
ネパール・キルティプル市における歴史的民家の保存活用に向けた共同調査 その3
東京文化財研究所とキルティプル市は、歴史的民家保全のパイロットケーススタディとして、令和5(2023)年よりキルティプル旧市街の広場に面する大規模民家の保存に向けた共同調査を行ってきました。令和6(2024)年12月20日~27日にかけて職員1名を現地に派遣し、26日には対象物件の今後の保存活用に向けたワークショップ「キルティプルの歴史的集落の保全」を両者で共催しました。
午前の部では、NGO組織であるKathmandu Valley Preservation Trust (KVPT)のスタッフがネパールにおける歴史的民家の保存活用事例に関する講演を行ったほか、当研究所職員と現地専門家による調査チームのメンバーらがこれまでに実施した調査の成果を報告しました。これにはキルティプル市長、副市長、区長および対象建物の所有者家族らを中心に約50人が参加し、今後の建物の保存をめぐって、行政、所有者側の双方から積極的な意見が出されました。
また、午後の部には所有者家族を中心に16人が参加し、長年暮らしてきた建物にまつわる記憶、感情、未来など様々なトピックを話し合うブレインストーミングを行いました。
具体的な保存のあり方についての合意形成に至るまでにはまだ長い道のりが予想されますが、対象建物の価値を話し合いながら共有することで、その保存に向けた一歩を踏み出せたのではないかと思います。
一方、今回の派遣期間中には、キルティプルと同じく世界遺産暫定リストに登録されているコカナ集落も訪問しました。コカナ集落では、平成27(2015)年のゴルカ地震後に集落内の歴史的民家のほとんどが建て替えられてしまいましたが、集落中心部に19世紀頃の建築とされる歴史的民家が僅かに残っていました。この建物については、以前より私たちに地元住民有志から保存に関する支援の相談が寄せられていたのですが、昨夏の豪雨によって完全に倒壊してしまいました。幸いにも負傷者はなかったそうですが、コカナ集落を長年見守ってきた貴重な建物が失われたこと、そして必要なタイミングで支援を届けられなかったことが大変に惜しまれます。
