研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


ブータン東部地域の伝統的民家に関する建築学的調査

サクテン集落での調査風景
荒廃が進む領主館の遺構(ポンメイ・ナクツァン)

 東京文化財研究所では、平成24(2012)年以来、ブータン内務省文化・国語振興局(DCDD)と協働して、同国の伝統的民家建築に関する調査研究を継続しています。同局では、従来は法的保護の枠外に置かれてきた伝統的民家を文化遺産として位置づけ、適切な保存と活用を図るための施策を進めており、当研究所はこれを研究・技術面から支援しています。
 今年度第1回目の現地調査を5月11日~23日にかけて行いました。当研究所職員3名に外部専門家2名を加えた5名を日本から派遣し、DCDD職員2名とともに、おもにタシガン・タシヤンツェの東部2県における石造民家調査を実施しました。
 今回対象とした地域は、昨年の同時期に既に訪問しており、その際に調査した3集落で継続調査を行ったほか、新たに3つの集落で調査を行いました。
 最初に訪れたタシヤンツェ県キニ集落では既調査3棟の補足と新規2棟を合わせて同集落内でとくに古いとみられる民家全てについて実測や家人への聞き取りを含む詳細調査を完了しました。
 次に、タシガン県メラ郡のメラ、ゲンゴ両集落では、補足1棟、新規6棟の調査を行いました。いずれも妻入の平屋で、小屋裏の正面側一部を木造外壁の居室とするものが多く、移牧生活を営む少数民族が暮らす当地固有の民家形式です。このような地域色の強い建物の分布を調査した結果、メラ集落全体で67棟を確認でき、とくに集落中心域では棟数の半分ほどを占めることがわかりました。
 その後、同じ民族が暮らす同県サクテン郡を初訪問し、同様の形式の民家がここにも所在することを確認しましたが、宅地を石塀や門で囲む家がみられるなど、集落景観の印象はかなり異なっています。隣接するサクテン、テンマ両村で計5棟を詳細調査し、純木造の小規模民家や製粉用の水車小屋なども含む、貴重な事例を収集することができました。同じ民族の生活圏は隣接するインド北東部に跨っていますが、その地域にも同様の民家がみられるとの情報を得ており、大いに興味を惹かれます。
 このほか、同県ポンメイ村で領主層の古民家2棟を調査しましたが、どちらも無住でうち1棟は石壁が大きく変形するなど荒廃が進み、かなり危険な状態でした。地方の過疎化に伴って今後こうしたケースが急速に増加することが懸念され、すぐに保存の策を講じることも現実には難しいとはいえ、まずは古民家の所在と現状の把握および記録が急務と言えます。
 本調査は、科学研究費助成金基盤研究(B)「ブータンにおける伝統的石造民家の建築的特徴の解明と文化遺産保護手法への応用」(研究代表者 文化遺産国際協力センター長・友田正彦)により実施しました。

国際学術会議『ペルジーノとフィレンツェ』の開催

学会のプログラム
会場「フリーニョの食堂」の様子

 ペルジーノ(本名:ピエトロ・ヴァンヌッチ)は、イタリアのルネサンス期を代表する画家のひとりです。バチカンのシスティーナ礼拝堂にも壁画を描くなど数多くの芸術作品を残し、若きラファエロの師でもあった彼は、「神のごとき画家」として賞賛されました。そんなペルジーノがこの世を去ってから、令和5(2023)年は没後500年にあたり、イタリア国内外で数多くの展覧会やシンポジウムが開催されました。
 この流れを汲み、東京文化財研究所は、エリオ・コンティ歴史学協会、イタリア国立研究会議-文化遺産科学研究所、文化省フィレンツェ美術監督局、南スイス応用科学芸術大学と共催で、フィレンツェの「フリーニョの食堂」を会場とする国際学術会議『ペルジーノとフィレンツェ』を令和6(2024)年5月14日と15日の2日間にわたり開催しました。美術史学や歴史学、文化財保存学などの分野やから専門家が集まったこの会議は、ペルジーノに関連する研究発表を通じて改めてこの偉大なる画家の価値を見つめ直そうとするものです。プログラムの中では、フィレンツェに残る2つの壁画作品を対象にした学際的技術研究についても発表を行い、今後の保存修復や維持管理のあり方について議論しました。
 今後は、会場となったフリーニョの食堂にペルジーノが描いた最後の晩餐を対象に、科学的な調査等を通じ、現地専門家と協力しながら、今後のより良い保存のあり方について研究を進めていきます。

欧州専門家との石造文化財の保存修復に向けた共同研究

神谷神社の七重石塔
欧州における石造文化財の保存修復に係る類例調査

 人類が古くから文化的な生活を営むうえで活用してきたもののひとつに石材があります。その用途は石器や建材、彫刻作品と幅広く、その中には石造文化財と分類され保存に向けた取組みにより受け継がれてきたものが数多くあります。国内と国外を比較してみると、石造文化財として位置付けるうえでの定義は異なりますが、石材の保存修復は世界中で様々な取組みがなされてきました。特に、日本の「木の文化」に対して「石の文化」として知られる欧州では、世界を牽引する先進的な調査・研究が積み重ねられてきており、そこから得られた成果は、国内の石造文化財の保存にも活用できると考えます。
 硬度や安定性という観点から木材に比べ耐久性に富む石造文化財は、屋外で保存されるものも少なくありません。そのため、天候や天災、周辺環境といった外的要因によって劣化、欠損してしまうことが多く、その保存を考えるうえでは様々な視点にたち対策を講じる必要があります。であるからこそ、多くの事例に目を向け、各分野の専門家で問題を共有し、解決に向けた研究を進めることが大切です。
 令和6(2024)年2月16日に香川県坂出市の神谷神社を訪れ、境内に立つ七重石塔の保存に向けた調査を実施しました。火山礫凝灰岩で造られた石塔は、雨水により基壇の侵食が進んだ危険な状態にあり、亀裂や欠損もみられます。この状況を欧州の専門家と共有し、令和6(2024)年3月1日にはフィレンツェでイタリア国家認定文化財修復士の方々と類例調査や研究計画に関する打合せを行いました。今後は、日本の石造文化財の保存修復における現状の改善に繋がる研究を目指します。

スタッコ装飾及び塑像に関する研究調査(その3)

ヴェッキオ宮殿500人広間
3Dを用いた大理石彫刻と塑像の比較研究

 文化遺産国際協力センターでは、令和3(2021)年度より、運営費交付金事業「文化遺産の保存修復技術に係る国際的研究」において、スタッコ装飾及び塑像に関する研究調査に取り組んでいます。その一環として、令和6(2024)年2月26日~3月2日、および3月10日~12日にかけてフィレンツェを訪問し、ルネサンス後期、マニエリスムの彫刻家であるジャンボローニャ制作の塑像『ピサで勝利したフィレンツェ』を対象にした調査を、フィレンツェ美術監督局協力のもと行いました。
 この作品は、現在シニョーリア広場に面するヴェッキオ宮殿にある500人広間に展示されていますが、もともとは大理石で制作するうえでの原型として造られたもので、これをもとに制作された大理石の作品はバルジェッロ国立美術館に展示されています。今回の調査では、制作技法に係る検証の一環として2つの作品の形状を3Dで記録して比較しました。今後は、塑像を制作するうえで重要となる内部構造に焦点を当てた調査に移行していく予定です。
 国内外には数多くの塑像が現存しますが、意外にもその保存修復方法については確立されていないのが現状です。当該研究調査が保存修復方法の発展に繋がることを目指して活動を続けていきます。

イストリア地方における壁画保存に向けた共同研究

教会でのチェックシートを活用した壁画の状態調査
現地専門家との協議風景

 クロアチアの北西部に位置するイストリア地方では、中世からルネサンス期にかけて数多くの壁画が教会内に描かれました。その数は、現在確認されているだけでも150件にものぼりますが、それらの保存や維持管理については深刻な問題を抱えています。文化遺産国際協力センターでは、こうした現状の改善に向け、保存状態の記録方法の構築に向けた調査研究を、クロアチア文化メディア省美術監督局、イストリア歴史海事博物館、ザグレブ大学と共同で進めています。
 令和6(2024)年3月4日~8日にかけて現地を訪問し、壁画の保存や維持管理に従事する専門家が効率的に活用できるものであることを念頭に、保存状態に係るチェックシートの作成及び、イストリア半島中央に位置する2つの教会壁画を対象にした導入テストを実施しました。その結果、短時間で正確な情報が得られるとともに、今後の壁画保存に向けた方針を立てるうえでも活用できるものであることが確認できました。
 今後は、より完成度の高いものとなるようチェック項目の記載内容について協議を進めながら導入テストを繰り返し、デジタルアーカイブの構築を目指します。

文化財保護法令集に係るスペインでの調査

スペイン国立文化遺産研究所での聞き取り調査
アンダルシア州立歴史遺産研究所での聞き取り調査

 文化遺産国際協力センターでは、平成19(2007)年度から各国の文化財保護法令の収集・翻訳に取り組み、これまで28集を刊行してきました。この事業は、文化財に関するわが国による国際協力やわが国の保護制度の再考に資することを目的としています。これに関連して、令和6(2024)年3月19日~28日に次の対象国であるスペインでの調査を行いました。
 スペインではかつては中央集権的な保護体制がとられてきましたが、1980年代から州への権限委譲が進められました。国土が広く文化も多様なため、州ごとの保護にも違いがあり、とくに近年では文化的景観、産業遺産、無形遺産に関する法整備を行う州が多いようです。また、スペインの指定文化財は “Bien de Interés Cultural(文化的価値を有する資産)”と呼ばれますが、これは歴史遺産のいわば氷山の一角にすぎません。各州の文化財研究所が“Bien de Patrimonio Historico(歴史遺産の構成資産)”を幅広く特定することにより、指定以外でも基礎自治体の都市計画でなんらかの保護を受けるものが多いようで、この点が一つの特徴と考えられます。
 今回の調査をつうじて、わが国にはこれまでほとんど紹介されていなかったスペインにおける文化財保護の一端がうかがえました。州による文化財保護も、実際は国の法律に適合する義務があります。このことから令和6(2024)年度には国の法律を、翌年度には制度の整備が進んでいる州の法律を調査し、わが国の文化財保護を見なおすための資料を提供できればと考えています。

アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査XV-東バライ西土手上テラスの保護作業

東バライ西土手上テラスの保護作業の様子
アドホック専門家らによる視察での現場説明

 前稿では、タネイ寺院遺跡の最東端に位置する土手上テラスの発掘調査について報告しました。今回はその続報として、令和6(2024)年3月8日~29日に実施した、同テラス遺構の保護作業についてまとめます。
 このテラスは、アンコール遺跡群を特徴づける巨大貯水池の一つである東バライの周堤西辺の上面から東斜面にかけて建造されています。そのため、発掘した遺構のうちとくに傾斜地に接するラテライト石材が雨季に流出しないように保護することが喫緊の課題となっていました。作業ではまず、既に本来の位置から移動して不安定な状態になっていた石材4材を据えなおしました。続いて、傾斜面上の石材の外周に沿って、「ライムモルタル」と呼ばれる、石灰を混和した土モルタルを突き固めた盛土による補強を行いました。また、土手上面の発掘範囲についても、とくに雨水による洗掘が懸念されるテラス外周部を中心に埋め戻しを実施しました。今後はさらに、遺構の崩壊を招く要因の一つである、テラス直上および周辺に生えている樹木の伐採も予定しています。
 今次滞在期間中の3月14日~15日にかけては、アンコール・サンボープレイクック遺跡保存開発国際調整委員会(ICC-Angkor/Sambor Prei Kuk)会合が市内で開催され、各チームから担当遺跡での修復プロジェクト等に関する報告が行われました。タネイ寺院遺跡の保全についても、東京文化財研究所とアンコール・シェムリアップ地域保存整備機構(APSARA) が共同で、これまでの実施経過と今後の計画を報告しました。またこれに先立つ3月8日には、各修復プロジェクトへの技術的助言を担うICCアドホック専門家等が現場視察に訪れました。令和6(2024)年度に実施を予定している中央塔東西入口部分の修復を含む今後の調査・整備方針について現地で説明を行い、計画への承認が得られました。

カンボジア人専門家招聘「カンボジア・アンコール・タネイ寺院遺跡東門修復竣工記念 技術交流事業」の実施

史跡整備事例(鴻臚館跡)の視察

 東京文化財研究所文化遺産国際協力センターでは、カンボジア王国の世界遺産アンコール遺跡群・タネイ寺院遺跡において、カンボジア政府アンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(アプサラ機構)と約20年間にわたって協力事業を継続しており、令和4(2022)年11月には、両者が協働で進めてきた同寺院遺跡東門の全解体修復工事が竣工したところです。
 これを記念し、令和4(2022)年2月13日~19日にかけて、アンコール遺跡群の保存整備を担うアプサラ機構等の職員を日本へ招聘する技術交流事業を実施しました。今回、来日したのは副総裁のキム・ソティン氏と遺跡保全考古局長のソム・ソパラット氏、および昨年までアプサラ機構と当研究所との協力事業担当を務めたセア・ソピアルン氏(現サンボー・プレイクック機構所属)の3名です。
 14日に「カンボジア・アンコール・タネイ寺院遺跡東門修復竣工記念 研究会 」を当研究所で開催した後、15日~18日にかけて、九州地方、関西地方を巡り、国指定重要文化財建造物保存修理工事現場(旧オルト住宅・旧長崎英国領事館本館ほか9棟・聖福寺大雄宝殿ほか3棟)や史跡整備の事例(国指定史跡鴻臚館跡)等のスタディツアーを行いました。
 研究会やスタディツアーを通じ、遺産保護の研究や現場に関わる両国の専門家が顔を合わせて熱心な議論が交わせたことで、お互いの国の文化遺産の特徴や修理手法、整備方法等の相互理解がさらに深められた有意義な機会となりました。
※本事業は、文化財保護・芸術研究助成財団の助成を受けて実施しました。

バハレーンにおける歴史的なイスラーム墓碑の3次元計測(第2次)

アブ・アンバラ墓地での調査
再利用されるアブ・アンバラ墓地の墓碑

 東京文化財研究所は長年にわたり、バハレーンの古墳群の発掘調査や史跡整備に協力してきました。令和4(2022)年7月に現地を訪問してバハレーン国立博物館のサルマン・アル・マハリ館長と面談を行った際に、モスクや墓地に残されている歴史的なイスラーム墓碑の保護に協力してほしいとの要請がありました。現在、同国内には約150基の歴史的なイスラーム墓碑が残されていますが、塩害などにより劣化が進行しています。
 この要請に応えた協力活動として、令和5(2023)年には写真から3Dモデルを作成する技術であるSfM-MVS(Structure-from-Motion/Multi-View-Stereo)を用いた写真測量を行い、バハレーン国立博物館所蔵の20基、アル・ハミース・モスク所蔵の27基の3次元計測を完了しました。作成したモデルは、広く国内外からアクセスできるプラットフォームである「Sketchfab」に公開し、墓碑のデータベースとして活用されています。
 令和6(2024)年2月9日から15日にかけて、バハレーン国内の他の墓地にも対象を広げた3次元計測調査を再び行いました。同様に写真測量を行い、アブ・アンバラ墓地の47基、アル・マクシャ墓地の2基、ジェベラット・ハブシ墓地の11基、ジドハフ・アル・イマーム墓地の3基の計測を完了しました。これらの墓碑は、過年度と異なりイスラーム教徒の墓地内に位置しており、一部の墓碑は現代の墓に再利用されていました。
 墓碑の寸法、形状、碑文に関する情報が合わさった3Dモデルによる100基以上のデータベースはこれまで例がなく、墓碑の記録保存に加えて、本調査の成果がイスラーム墓碑研究にも役立つことが期待されます。

世界遺産研究協議会「複雑化する世界遺産をみまもる目」の開催

案内チラシ(表)
研究協議会における討論の様子

 文化遺産国際協力センターでは、平成28(2016)年から世界遺産制度に関する国内向けの情報発信や意見交換を目的とした「世界遺産研究協議会」を開催しています。令和5(2023)年度は「複雑化する世界遺産をみまもる目 -作業指針、事前評価そして影響評価-」と題して、ユネスコ他が昨年とりまとめた遺産影響評価(HIA)の管理者向けガイダンスの話題を中心に、世界遺産の評価のあり方と制度運用に焦点をあてました。令和5(2023)年12月21日に東京文化財研究所で対面開催した今回は、全国から地方公共団体の担当者ら90名が参加しました。
 冒頭、文化遺産国際協力センター国際情報研究室長・金井健からの開催趣旨説明に続き、鈴木地平氏(文化庁)が「世界遺産の最新動向」と題して直近の世界遺産委員会における議論や決議等の報告を行いました。その後、文化財情報資料部文化財情報研究室長・二神葉子が「近年の作業指針の改定とその背景 -対話と信頼性の確保のために-」と題した講演、急務により欠席となった西和彦氏(文化庁)の代役として鈴木地平氏が「世界遺産の文脈における影響評価のためのガイダンス及びツールキット」の内容や留意点に関する講演を行い、最後に中澤寛将氏(青森県特別史跡三内丸山遺跡センター)が「『北海道・北東北の縄文遺跡群』の保全と遺産影響評価」と題して具体的な事例に基づくHIAの意義や課題に関する講演を行いました。さらにこれらを受けて、進化する世界遺産の価値づけやそれに対する影響評価、また今後の課題等について登壇者全員による討論を行いました。
 報告と講演、討論をつうじて、HIAガイダンスの運用にあたっては幅広い関係者(ステークホルダー)や関連制度を取り込む工夫が必要なことを再確認できました。また従来、緩衝地帯やその周辺は資産の「盾」として捉えられてきましたが、近年では、文化遺産的な価値に基づく一体的な発展を目指す地域として考える国も現れてきたようです。こうしたテーマも含め、当研究所では引き続き遺産保護に関する国際的制度研究に取り組んでいきたいと思います。

バーレーン王国における文化遺産の3Dデジタル・ドキュメンテーションとその活用に関するワークショップ開催

写真測量による3Dモデル作成に取り組む受講者
写真測量による3Dモデル作成に取り組む受講者

 文化遺産国際協力センターでは、令和5(2023)年12月24~27日の4日間にわたって、バーレーン王国の文化遺産担当の専門職員らを対象に、3Dデジタル・ドキュメンテーションの技術移転とその後の活用方法の事例紹介・意見交換を目的としたワークショップを開催しました。バーレーン王国では、文化遺産の記録や保護と活用に関する様々な課題を解決していくための一つの方法として、3Dデジタル・ドキュメンテーションの導入を進めようとしています。本ワークショップは、そのための技術移転の要請を受け、令和5年度文化遺産国際協力拠点交流事業(文化庁)として実施しました。
 受講者は総勢15名で、それぞれ博物館学、保存科学、保存修復、考古学、建築学など様々な専門分野をもち、うち2名は近隣のアラブ首長国連邦とクウェートからの参加でした。
 3Dデジタル・ドキュメンテーションの各手法について講義を受けた後、受講者はそれぞれ博物館の展示品から1つを選び、写真測量により自分自身で1から3Dモデルを作成する課題に取り組みました。トライ&エラーを自ら経験することで、受講者はモデルを作成し、その後の活用を考えるまでの技術と知識を習得しました。最終日の討論では博物館の展示解説の充実度の向上や、保存修復過程の記録としての利用、デジタル博物館の構想や国内外へのプロモーションへの活用など、作成した3Dモデルを活かしていくための各自のアイデアが積極的に話し合われました。バーレーン王国に限らず、湾岸諸国では豊富な文化遺産が育まれている一方で、文化遺産を保護・活用する人材の不足が懸念されていますが、こうした効率的な手法を学ぶことで、それらの課題の一部が解決されることが望まれます。

ブータン中部地域の伝統的民家に関する建築学的調査

古民家における調査の様子
版築造と石造が混在する民家の一例

 東京文化財研究所では、平成24(2012)年以来、内務省文化・国語振興局(DCDD)との協働事業としてブータンの伝統的民家建築に関する調査研究を継続しています。同局では、従来は法的保護の枠外に置かれてきた伝統的民家を文化遺産として位置づけ、適切な保存と活用を図るための施策を進めており、当研究所はこれを研究・技術面から支援しています。
 令和5(2023)年4~5月の東部地域での調査に続き、今年度第2回目の現地調査を10月29日~11月4日にかけて行いました。当研究所職員4名と奈良文化財研究所職員1名に外部専門家2名を加えた7名を日本から派遣し、DCDD職員2名と共同でブムタン・ワンデュポダンの中部2県において調査を実施しました。
 調査対象とした物件の多くは、昨年度行った予備調査で存在を把握していた古民家で、今回新たに発見した物件も含む計11棟について実測や家人への聞き取りを含む詳細な調査を行いました。このうち2棟は西部地域で一般的な版築造、6棟は東部地域に一般的な石造で、3棟は両者の構法が一つの建物に混在しているものです。特にワンデュポダン県東部では古くは版築造が専ら用いられていたところに、時代が下ると次第に石造が卓越していく傾向が見受けられますが、個々の建物における増改築の過程を考察すると必ずしもそのように単純に割り切れない複雑な様相も見えてきました。
 一方、これまでは建築形式や構築技法、改造変遷などを中心に調査してきましたが、今回からはそれに加えて、建物にまつわる伝承や各室内の使われ方といった民俗学的側面にもより留意しながら聞き取り等を行うこととしました。民家形式の発展や地域性の背景にある生活様式をあわせて考察することで、ブータンの伝統的民家がもつ文化遺産としての価値の多様な側面が明らかになることを期待しています。
 なお今回の調査は、科学研究費補助金基盤研究(B)「ブータンにおける伝統的石造民家の建築的特徴の解明と文化遺産保護手法への応用」(研究代表者 文化遺産国際協力センター長・友田正彦)により実施しました。

アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査XIV-東バライ西土手上テラスの発掘調査

東バライ西土手上テラスの発掘風景
中央伽藍東塔内部の既存の支保工(写真右)と今回新たに施工した支保工(写真左)

 カンボジアのタネイ寺院は王都アンコールの水利を支えた巨大溜池の一つである、東バライに面して立地しています。タネイ寺院の東端に位置するテラスはその東バライの西土手上に造成され、土手を介して他寺院ともつながり、寺院への玄関口と位置付けられる重要な遺構です。しかし、残存状況が極めて悪く、その建設時期や構造物の詳細はこれまで明らかになっていませんでした。
 東京文化財研究所では、同テラスの形状や建設意図を考察することを目的として、平成29(2017)年11月、平成30(2018)年3月と8~10月の3期にわたって発掘調査を実施し、テラスのうち特に西翼部分の構造が明らかになりました。その後継調査として、今期はテラスの南北翼の形状把握ならびに造成過程について明らかにすることを目的に、令和5(2023)年11月5日~30日にかけて当研究所職員4名を派遣し、アンコール・シェムリアップ地域保存整備機構(APSARA)と協力して発掘を伴う考古学・建築学調査を実施しました。
 発掘調査の結果、当初目的としたテラスの南北形状を復元できるような石造構造物の残存遺構を確認することはできませんでしたが、その基礎構造を成していた土盛りの層位的検討からテラスの造成過程を考察する手がかりが得られました。また、テラス上面からは新たに石やレンガを組み合わせた木造柱の基礎(柱穴)を発見しました。堆積土中からは、テラスの周囲を囲むように面的に広がる屋根瓦を多量に含む層を確認し、その直下の層位がテラス上に構造物が建設された当時の地表面にあたると推定されました。ただし、テラス上の構造物の詳細についてはいまだ不明瞭な点が多く、今後のさらなる調査が求められます。上記の東バライ西土手上テラスの調査以外にも、昨年に修復を完了した東門の一部再補修や図面記録の継続、中央伽藍東塔の危険個所への支保工の設置、今後の寺院保全に向けた調査や打ち合わせなどを実施しました。

第4回アンコール遺跡救済・持続的開発に関する政府間会議への出席

カンボジア王国国王陛下ノロドム・シハモニ氏のスピーチ
東京文化財研究所によるタネイ寺院保全に関する報告

 令和5(2023)年11月15日にフランス・パリのUNESCO本部にて開催された「第4回アンコール遺跡救済・持続的開発に関する政府間会議」に文化遺産国際協力センターアソシエイトフェロー・黒岩千尋が出席しました。
 平成4(1992)年、カンボジア内戦後のアンコール遺跡群は世界遺産に登録されましたが、同時に危機遺産リストへと記載されました。翌平成5(1993)年に東京で開催された第1回目の政府間会議では、日本とフランスが共同議長国となり、30か国、7国際機関が参加するなかで、国際協力によって遺跡の救済と周辺地域の持続的発展を目指すことを示した「東京宣言」が採択されました。同年、そのための技術的指針策定や各国チームの取り組みについての評価を担う国際調整委員会(ICC-Angkor)が設立され、以来30年にわたり、アンコール遺跡群では国際的な遺跡修復プロジェクトが推進されてきました。
 ICC-Angkorを振り返って評価するとともに今後の方針等を検討するための政府間会議は、10年ごとに開催されています。平成15(2003)年に第2回(フランス)、平成25(2013)年に第3回(カンボジア)、そして今回は第4回目の開催となりました。
 会議には、ノロドム・シハモニ氏(カンボジア王国国王陛下)、オドレー・アズレー氏(ユネスコ事務局長)、リマ・アブドゥル=マラック氏(フランス文化大臣)、高村正大氏(日本国外務大臣政務官)らが出席されました。技術セッションでは、アンコール遺跡群およびサンボー・プレイ・クック遺跡の修復に携わる各国チームによるプレゼンテーションが行われ、東京文化財研究所とAPSARAの共同によるタネイ寺院の保存修復事業についても黒岩より報告しました。

「海外調査のための3次元計測実習 中・上級編」の開催

実習風景

 近年、文化遺産の世界では、Agisoft社のMetashapeやiPhoneのScaniverseなどを用いた3次元計測が急速に普及しています。これらの技術の導入によって、作業時間が大幅に短縮されただけではなく、これまでと比べようのない高精度で文化遺産のドキュメンテーションが可能になってきています。
 今回は、7月に実施した「海外調査のための3次元計測実習 初級編」に引き続き、3次元計測の第1人者である公立小松大学の野口淳氏を講師にお招きし、海外で文化遺産保護に携わる日本の専門家を対象に、11月26日に「海外調査のための3次元計測実習 中・上級編」を開催しました。まずは日本の専門家に3次元計測の手法を学んでいただき、各々のフィールドで海外の専門家に普及していただく、これが本実習の目的です。
 考古学や保存科学、建築の分野から18名の専門家の方々に参加いただきました。受講生は、Cloud Compareを用いて3次元モデルから展開図や断面図、等高線図、段彩図などを作成する方法を学びました。

旧機那サフラン酒製造本舗土蔵鏝絵の保存修復に係る調査研究

付着物のクリーニング
剥離した仕上げ層の処置

 東京文化財研究所では、令和3(2021)年度より、「文化遺産の保存修復技術に係る国際的研究」の一環として、スタッコ装飾に関する研究調査を行なっています。
 令和5(2023)年10月25日~11月16日にかけて、新潟県長岡市にある機那サフラン酒製造本舗土蔵にて、扉や軒下に配された鏝絵の保存修復に関する研究調査を実施しました。この業務は、長岡市から受託した「旧機那サフラン酒製造本舗土蔵鏝絵保存修復調査業務」として実施したもので、国内の鏝絵について文化財保存学の観点から捉えた保存修復方法の確立を目的とするものです。
 国内における鏝絵は、近年、文化財としての価値評価が高まり、傷んだ箇所を処置する際に用いられる材料の選択にも、既存の材料に適合する明確な根拠を示しながら進められる「保存修復」という介入方法の重要性が高まっています。今回の研究調査では、欧州よりスタッコ装飾に係る保存修復の専門家を招聘し、協議を重ねながら鏝絵にみられる様々な傷みへの対処法を検討しました。その結果、埃などの付着物の除去や、剥離・剥落といった損傷箇所に対する適切な保存修復方法を確立させるに至り、一定の成果を挙げることができました。
 今後は保存修復後の状態について経過観察を行うとともに、経年により劣化した漆喰の補強方法について検討を重ねていきます。

近現代建築等の保護・継承等に係る海外事例調査Ⅱ―ヨーロッパ諸国での現地調査

近日配布予定の文化省が作成するACRラベル見本(フランス)
「準備段階の文化財」の現代建築作品とされるレンゾ・ピアノ設計の音楽公園オーディトリアム(イタリア)
賃貸住宅として保存改修・運用されているエリック・クリスチャン・ソーレンセン自邸(デンマーク)

 文化遺産国際協力センターでは今年度、文化庁委託「近現代建築等の保護・継承等に係る海外事例調査」として、近現代建築を中心とした建築遺産保存活用の先進的な取組みが行われている諸外国等の事例調査を実施しています。令和5(2023)年9月の台湾に続き、10月3日~13日にかけてフランス、イタリア、デンマークの3か国で現地調査を行いました。
 ヨーロッパでは、平成3(1991)年にヨーロッパ評議会(Council of Europe)が加盟国に対して20世紀建築を保護するための具体的な戦略をとるように勧告し、また平成30(2018)年には世界経済フォーラム(ダボス会議)のヨーロッパ文化担当大臣会合において「建築文化(baukultur)」が社会発展の指針として提示されるなど、ここ30年で近現代建築を社会的資産として捉える認識が定着してきています。こうした社会的な動向の中で、フランスでは平成29(2017)年に近現代建築の保護に特化した「顕著な現代建築ラベル(ACRラベル)」制度を含む新法「創造の自由、建築、文化財に関する法律(LCAP法)」が施行されました。また、イタリアでは、平成13(2001)年に文化財文化活動省内に現代芸術現代建築総局(現在の文化省現代的創造性総局)を設置し、イタリア国内の芸術的価値の高い現代建築作品(準備段階の文化財)を把握するための調査を継続的に実施しています。デンマークでは近現代建築に特化した文化財保護行政の取組みはみられませんが、平成12(2000)年に不動産融資業から派生して設立された民間慈善組織のリアルダニアが投資によるデンマークの建築遺産の保護活動を行う中で、「北欧モダン」を牽引したデンマーク人建築家の設計作品を保存活用する独自の取組みを展開しています。
 今回の調査では、フランス文化省とイタリア文化省、リアルダニアを訪問し、それぞれの近現代建築の保護を目的とした活動の実態や課題、展望等についてインタビューを行うとともに、対象とする近現代建築の保護状況等について現地確認を行いました。それぞれ近現代建築を文化として尊重、発展させようとする意欲的な取組みである一方、いずれの国でも近現代建築が文化財として十分な市民権を得ている状況とはいいがたく、様々な利害関係者との対話や保存活用の実験的な試行を繰り返しながら、近現代建築に適した新たな保護のあり方を模索している様子が確認できました。
 今回の調査結果は、11月中に文献資料に基づく海外の関係法制度等の調査および台湾での現地調査の結果とあわせて調査報告書にとりまとめ、東京文化財研究所のリポジトリでも公開する予定です。

バーレーン人専門家を対象にした「日本の博物館、史跡におけるAR、VR、デジタル・コンテンツの活用に関するスタディー・ツアー」の実施

一乗谷朝倉氏遺跡への訪問

 東京文化財研究所は、長年にわたり、中東バーレーンの文化遺産を保護するため、国際協力事業を行っています。
 今回、バーレーン側から、バーレーンの博物館や史跡において、今後、ARやVR、デジタル・コンテンツを充実させていきたいので、ぜひ、日本における活用事例を視察したいという要望が寄せられました。
 そのため、令和5(2023)年の10月10日~15日にかけて、バーレーン国立博物館のサルマン・アル=マハリ館長と、バーレーンの世界遺産登録を担当しているドイツ人専門家のメラニー・ミュンツナー博士を日本に招聘し、「日本の博物館、史跡におけるAR、VR、デジタル・コンテンツの活用に関するスタディー・ツアー」を実施しました。
 今回は、日本の各専門家にお願いし、文化遺産の3Dデジタル・ドキュメンテーションの概論や、日本の観光名所などにおけるARの活用事例などに関して講義を行っていただきました。また、東京国立博物館や一乗谷朝倉氏遺跡、奈良文化財研究所や平城宮いざない館、国立民族学博物館やNHK、NHKエンタープライズなどを訪問し、日本における最新のARやVRまた超高精細3DCGなどのデジタル・コンテンツの活用事例を見学していただきました。
 なお、今回のスタディー・ツアーは、「文化遺産国際協力拠点交流事業」の一環として実施したもので、12月にはバーレーン国立博物館において現地の専門家を対象に「文化遺産の3Dデジタル・ドキュメンテーションとその活用に関するワークショップ」を行う予定です。

ネパール・キルティプル市の伝統的民家の保存活用計画策定に向けた共同調査

調査対象である中世集落キルティプルの伝統的民家

 ネパール・カトマンズ盆地では、甚大な被害を出した平成27(2015)年のゴルカ地震から約8年が経過しました。世界遺産「カトマンズ盆地」の構成資産である多くの歴史的建造物も、復旧が進んでいます。こうした文化財の復旧が大々的に行われる一方で、文化財として法的な保護を受けていない住宅などの歴史的建造物は、その歴史的価値が十分に認識されないまま、建替えや取壊しによって失われる現状が続いています。
 東京文化財研究所 文化遺産国際協力センターでは、平成27(2015)年の地震後、そしてコロナ禍中も継続して、歴史的町並みの保全に向けた支援のあり方について、ネパールの専門家や行政官らと対話を重ねてきました。昨年、ネパール・キルティプル市より、被災した1棟の伝統的民家の保存に関する相談を受けたことをきっかけとして、当該民家の保存活用に向けた調査と保存活用計画の策定を市と共同で実施することとなりました。
 対象とする民家は、世界遺産暫定リスト「キルティプルの中世集落」の範囲内にあり、ネワール民族の伝統的な建築様式がみられる建物です。現在は住宅として使われていますが、かつてはキルティプルの王宮施設の一部であったとも伝わり、当建物と中世寺院に囲まれた歴史的な水場を有する広場は、キルティプル旧市街を象徴するひとつの歴史的景観として知られています。
 令和5(2023)年10月11日~16日にかけて行った最初の現地共同調査では、対象建物に関する基礎情報の収集を目的として、建物の実測調査、増改築過程の確認、所有関係や居住者の住まい方および今後の居住の意向などについてヒアリング調査を行いました。
 今後は、所有者・居住者、市の行政官、現地専門家らと共に、将来の保存活用の可能性やその実現のために解決すべき諸課題について検討を行っていく予定です。こうした文化財未指定の歴史的建造物の保全については、日本も含め、多くの国で共通する課題を抱えています。相互に知見を交換し、議論を深めながら、ネパールの文化的な文脈においてどのような保存活用に向けたプロセスを構築できるのか、現地関係者らと共に試行していきたいと思います。

近現代建築等の保護・継承等に係る海外事例調査Ⅰ―台湾での現地調査

華山1914文創園区:廃墟から再生した旧樟脳工場の赤レンガ建物(登録歴史建築)と藤森照信氏のコラボレーションによる茶室
松山文創園区:煙草製造工場(市指定古蹟)の雰囲気をいかした貸アトリエの空間整備

 文化遺産国際協力センターでは今年度、文化庁委託「近現代建築等の保護・継承等に係る海外事例調査」として、近現代建築を中心とした建築遺産保存活用の先進的な取組みが行われている諸外国等の事例調査を実施しています。その一環として、令和5(2023)年9月18日~22日にかけて台湾での現地調査を行いました。
 台湾では、平成12(2000)年の公共建設民間関与促進法や、クリエイティブ産業の振興が盛り込まれた平成14(2002)年の国家発展重点計画を契機として、平成12(2000)年代から平成22(2010)年代にかけて、産業遺産を中心に民間活力を導入した文化財建造物の保存活用が積極的に行われました。今回の調査では、文化部(平成23〈2011〉年までは文化建設委員会)が主導した「文化創意産業園区(以下、文創園区)」のうち、台北市内にある二つの文創園区を訪ね、営業施設としての文化財建造物の管理運営の状況や課題、展望等について管理運営組織へのインタビューを行いました。
 華山1914文創園区は1914年設立の官営酒工場、松山文創園区は1937年設立の官営煙草工場の土地建物を再利用したもので、華山では民間企業等の出資による台湾文創株式会社、松山では台北市傘下の財団法人台北市文化基金会が施設の管理運営を行っています。それぞれ組織体制や運営方針は異なりますが、ともに独立採算で運営されており、特別な場所としての文創園区の社会的認知を広げることで運営基盤の安定と収益の確保を図っている点では一致しています。一方で、建築遺産の保護のうち活用だけが民間の管理運営に託されたことで、遺産保護行政が取りしきる建築遺産の保存との間に様々な行き違いが生じやすくなっている実態も確認することができました。
 今回の調査では文化部文化資産局も訪れて、文創園区の事業評価についても伺いました。文化資産局では、保存は行政の仕事、活用は民間の仕事というような心理的な障壁が生まれてしまったことが、当初の目論見通りに文創園区が進んでいない原因と分析し、既に軌道修正を始めており、平成29(2017)年からは、土地と人々の記憶に結びついている文化資産の包括的な管理活用を社会インフラ整備政策に紐づけた「再造歴史現場(歴史的時間空間の再構築)」計画が進められています。
 文化遺産国際協力センターでは引き続き、対象国の関係機関や有識者からの協力を得ながら欧州諸国での現地調査を行い、文献資料に基づく海外の関係法制度等の調査結果とあわせて調査報告書にとりまとめていく予定です。

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