ユネスコ無形文化遺産保護条約第16回政府間委員会のオンライン傍聴

ミクロネシア連邦におけるカヌー文化の現地調査の様子(2018年8月)

 令和3(2021)年12月13日から18日にかけて、ユネスコの無形文化遺産保護条約第16回政府間委員会が開催されました。委員会はスリランカでの開催が予定されていましたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、前回同様のオンライン開催となりました。ただ、前回の審議時間が各日3時間の短縮版だったのに対し今回は6時間で、アジェンダ(議題)も通常と同様です。当日は、パリのユネスコ本部にPunchi Nilame Meegaswatte議長(スリランカ)と事務局職員だけが集まり、それ以外の委員国、締約国、認定NGO等の代表団はオンライン会議システムで参加しました。審議の様子はインターネット中継され、その模様を東京文化財研究所の2名の研究員が傍聴しました。
 今回、日本から提案された案件はありませんでしたが、「緊急に保護する必要のある無形文化遺産の一覧表(緊急保護一覧表)」に4件、「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表(代表一覧表)」に39件の案件が記載され、「保護活動の模範例の登録簿(グッド・プラクティス)」に4件の案件が登録されました。ミクロネシア連邦、モンテネグロ、コンゴ民主共和国、コンゴ、デンマーク、セイシェル、東ティモール、アイスランド、ハイチの9か国の案件は、初めての一覧表記載となります。
 これらの案件のうち、ミクロネシア連邦が提案し緊急保護一覧表に記載された「カロリン諸島の伝統的航海術とカヌー作り(Carolinian wayfinding and canoe making)」は、当研究所による文化遺産保護の国際協力事業と関連した案件です。当研究所は平成28(2016)年5月のグアムでの第一回「カヌーサミット」の開催や、平成30(2018)年9月のミクロネシア連邦の伝統航海士との日本での交流など、太平洋島しょ国における無形文化遺産としてのカヌー文化の保護に取り組んできました。今回の記載は、このような当研究所の取り組みの成果の一つともいえます。また、ハイチが提案した案件「ジュームー・スープ」は、次回審議される予定でしたが、特例で今回審議され、代表一覧表に記載されました。令和3(2021)年8月14日に同国で発生した地震により大きな被害を受け、復興の途上にあるハイチの人々を、この案件の記載で勇気付けたいという同国の思いと国際社会の配慮によるものです。無形文化遺産が被災者を勇気付ける役割を果たしうることは、平成23(2011)年の東日本大震災でも指摘されましたが、今回の事例で再確認しました。
 今回の政府間委員会では、令和3(2021)年に開催された「無形文化遺産保護条約の一覧表記載方法について検討するグローバルな検討の枠組みに基づいた全締約国が参加可能な政府間ワーキンググループ会合(Open-ended intergovernmental working group meeting in the framework of the global reflection on the listing mechanisms of the 2003 Convention)」の成果についても議論されました。無形文化遺産保護条約の運用における具体的な手続きは「運用指示書(Operational Directives)」に記述されていますが、条約の運用開始から十数年が経ち、「運用指示書」に記述のない様々な事例も生じています。例えば、緊急保護一覧表に記載された案件の代表一覧表への移行や、一覧表に記載された案件の削除の手続きは「運用指示書」に記述されておらず、政府間委員会での個別の判断にゆだねられてきました。そこで、これらの問題について包括的に議論するワーキンググループが平成30(2018)年に設立され、さきに述べた令和3(2021)年の会合の成果を踏まえた運用指示書の改定案が提出されました。改定案は来年の締約国会議への提出が決まりましたが、さらに議論を煮詰めるため、ワーキンググループの任期は令和4(2022)年まで延長されています。
 今回の委員会はオンライン開催という制約にもかかわらず、議事はスムーズに進行しました。委員国をはじめとする各国代表団やユネスコ事務局の相互の信頼と協力があってのものですが、加えて議長のリーダーシップによるところが大きかったように思います。母国スリランカでは残念ながら開催できませんでしたが、議長は時折ユーモアを交え参加者を和ませつつも真摯にその任にあたり、その姿勢には感動を覚えました。次回の開催国は、新型コロナウイルス感染拡大の状況を見極めつつ、後日正式にアナウンスされることになりましたが、無事に現地で開催できることを願っています。

to page top