研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


第55回オープンレクチャーの開催

講演風景(小林)
講演風景(安永)

 文化財情報資料部では、毎年秋に広く一般の聴衆を募って、研究者の研究成果を講演する「オープンレクチャー」を開催しています。令和3(2021)年は新たに「かたちを見る、かたちを読む」のテーマのもと行われました。例年2日間にわたって外部講師を交えて開催してきましたが、昨年同様、新型コロナ感染防止の情勢から、内部講師2名による1日のみのプログラムとし、令和3 (2021)年11月5日に、抽選制による30名限定の定員にて、検温、マスク、手指の消毒に配慮して開催いたしました。
 本年は、文化財情報資料部日本東洋美術史研究室長・小林達朗による「皆金色阿弥陀絵像の出現とその意味―転換期の時代思潮の表象」、および主任研究員・安永拓世による「香川・妙法寺の与謝蕪村筆「寒山拾得図襖」―画像資料を活用した復原的研究―」の2講演が行われました。
 小林からは、鎌倉時代の阿弥陀絵像にほどこされた金泥・金箔による皆金色という表現について、時代的思潮の転換、とくに天台本覚思想の出現にともなう阿弥陀への認識とのかかわりを中心とした講演がされました。また、安永からは、香川県丸亀市の妙法寺に伝わる「寒山拾得図襖」(重要文化財)の経年による破損部分について、当研究所がかつて撮影したモノクロ写真および新たに撮影した高精細画像をもちいた復原の試みが紹介されました。
 聴衆へのアンケートの結果、参加者の85パーセントから「満足した」「おおむね満足した」との回答を得ることができました。


世界遺産条約の履行に関する最近の国内外の動向―第6回文化財情報資料部研究会の開催

研究会のまとめ

 世界遺産条約を日本が批准して30年近くが経ちました。令和3(2021)年には「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」「北海道・北東北の縄文遺跡群」が加わり、日本の世界遺産は現在25件を数えます。令和3(2021)年11月30日の第6回文化財情報資料部研究会では、二神葉子(文化財情報資料部文化財情報研究室長)が、世界遺産の推薦や決定、保護といった、世界遺産条約に基づく最近の国内外での活動について報告しました。
 令和3(2021)年7月に中国・福州及びオンラインで開催された拡大第44回世界遺産委員会では、諮問機関に世界遺産一覧表への記載を勧告されなかった推薦資産の多くが、世界遺産委員会で記載を決議されました。例えば、ハンガリーなどが推薦した「ローマ帝国の国境線:ドナウリメス(西側部分)」は、ハンガリーの脱退で世界遺産委員会直前に資産範囲が大きく変わり、文化遺産の諮問機関であるICOMOSが評価不能としたものの記載が決議されています。ただ、この推薦に関しては、ICOMOSが過去に実施したテーマ別研究の結果と、推薦を受けてICOMOSが行った現地調査に基づく勧告の内容とに齟齬があり、勧告への対応について関係締約国間の調整がつかなかったことがハンガリーから指摘されており、ICOMOSに対する委員国の反発を生んだ可能性もあります。拡大第44回世界遺産委員会に関して、このような世界遺産一覧表への記載推薦に関する問題とともに、推薦書の予備的審査などの改善策も導入されたことを報告しました。
 世界遺産委員会の動きとは別に、国内では令和2(2020)年から、文化審議会世界文化遺産部会による日本の世界遺産の推薦や保護の在り方に関する検討が行われています。この検討内容についても、ウェブ公開されている資料に基づき報告を行いました。
 研究会では、国内における世界遺産推薦や保護に関する活動の課題を中心に議論が行われ、広範な関連情報発信の必要性も感じられる機会となりました。


Art news articlesの公開について

本文末尾の「(Japanese)」にて日本語の記事にリンクしている

 東京文化財研究所では、昭和11(1936)年より日本の美術界の活動を一年ごとにまとめた『日本美術年鑑』を刊行しております。同年鑑は「東京文化財研究所刊行物リポジトリ – 『日本美術年鑑』(リンク1)」から一冊ずつPDFファイルでダウンロードできますが、当研究所のウェブデータベースで掲載された情報を直接検索いただくこともできます。
 さて、同年鑑をもとに構築されたデータベースの一つである「美術界年史(彙報)データベース(リンク2)」は、昭和11(1936)年から現在に至るまでの美術界の動向を主要な展覧会や美術賞、美術館や文化財に関係する出来事から追うことのできる資料の一つです。この度、平成25(2013)年より共同研究を行っているイギリスのセインズベリー日本藝術研究所(Sainsbury Institute for the Study of Japanese Arts and Cultures; SISJAC)のご協力を得て、同研究所スタッフの林美和子氏に同データベースの平成25(2013)年、平成26(2014)年、平成27(2015)年分の記事を英語に翻訳いただき「Art news articles(リンク3)」として公開することができました。今後、翻訳の進捗に合わせて随時、データを追加して参ります。
 同データベースの英語訳は、これまでの日本の美術界の歩みを海外に伝える上で大きな助けとなるものです。しかしそれだけではなく新たな情報発信のためのボキャブラリーとしても大いに役立つと考えております。日本語と英語の記事の双方を容易に利用できるよう記事単位でリンクを作成しましたが、訳語の単位でも双方を連携できるような改修を検討しておりますので、継続的にご利用いただければ幸いです。


古典芸能に関わる文化財保存技術の調査―能装束製作―

機にかける経糸を継ぎ調整する(経継ぎ)
様々な緯糸を使い製織する
裁断し仕立てる

 無形文化遺産部では文化財の保存技術について、調査研究を行っています。文化財保存技術のうち、能楽に関するものとして、「能装束製作」について調査を行いました。能楽は舞台で上演されますが、上演に際しては能面や能装束等が必要不可欠です。芸能そのものに加え、それを支える技術も無形の文化財の継承に欠かすことができません。
 「能装束製作」の技術については、令和2年度に佐々木洋次氏(京都府)が国の選定保存技術の保持者に認定されています。佐々木氏は明治30(1897)年に創業した「佐々木能衣装」の4代目として、京都・西陣の伝統的なジャガードと手織り機を用いてオーダーメイドで能装束を製作しています。能装束には様々な形があり、上演される作品に合わせて選ばれる紋様なども多様です。舞台上で映えるよう、煌びやかな意匠が凝らされているものも多く、製作には能楽師からの繊細な要求に応える高い製織技術が求められます。
 今回の調査では、佐々木洋次氏に聞き取り調査を行い、能装束製作の各工程について写真や動画で記録を行いました。その成果の一部を『日本の芸能を支える技』パンフレットの一冊として、今年度刊行することを予定しています。


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