研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


文化財情報資料部研究会の開催―日本画家と哲学者の意外な交流

橋本雅邦《四聖像》下絵(橋本秀邦編『雅邦草稿集』所載

 橋本雅邦(1835~1908)は、狩野芳崖とともに近代日本画の革新に努めた画家として知られています。その雅邦の筆による、これまであまり紹介されることのなかった作品について、6月27日の文化財情報資料部研究会で田中純一朗氏(井原市立田中美術館)が「橋本雅邦の人物表現―東洋大学蔵《四聖像》をめぐって」と題して発表を行ないました。
 現在、東洋大学が所蔵する《四聖像》は、ソクラテス、釈迦、孔子、カントの四聖人を掛幅に描いた、雅邦の作品の中でも大変珍しい一点です。これは同大学の創始者で明治期の哲学者である井上円了(1858~1919)の依頼によるもので、画中の四聖人を古今東西の哲学の代表者とする円了の哲学観を直接的に反映しています。長らく東京・中野の哲学堂(四聖堂)で催される哲学祭で用いられていましたが、その制作時期や経緯については、まだ不明な点もあるようです。またソクラテスやカントといった、従来の日本画にはないモティーフをについて、雅邦がどのような典拠をもとに描いたのか気になるところですが、いずれにせよ明治期の日本画家と哲学者の意外な交流をうかがわせる、ユニークな作品であることは間違いないでしょう。


琉球絵画の光学調査

沖縄県立博物館・美術館での琉球絵画の光学調査の様子

 平成29(2017)年6月20日~23日に、沖縄県立博物館・美術館において琉球絵画の光学調査を実施致しました。調査内容は、高精細カラー画像撮影による描写方法の調査と、蛍光X線分析による彩色材料の調査です。東京文化財研究所では平成20(2008)年度以降、沖縄県内外に所在する琉球絵画の光学調査を継続的に実施し、平成29(2017)年3月には『琉球絵画 光学調査報告書』を刊行しています。今回の調査は、沖縄県立博物館・美術館および沖縄美ら島財団が所有する絵画作品10点と、沖縄県立図書館が所有する重要文化財「琉球国之図」を対象としました。
 琉球絵画の多くは第二次世界大戦の戦禍により消失してしまい、十分な研究が行われることなく現在に至っています。今後も沖縄県内外に所在する琉球絵画の光学調査を継続的に実施し、その調査結果を公開していく予定です。これらの調査によって、琉球絵画への理解が深まることが期待されます。


台湾での震災遺構保存事例の視察

921地震教育園區内の被災した光復國民中學の展示
車籠埔断層保存園區での断層露頭を用いたプロジェクションマッピング

 平成28(2016)年に起きた熊本地震の際に、田んぼに露出した断層が大きく注目されて保存の要望が出されましたが(現在は益城町指定天然記念物)、こうした断層露頭を保存して公開・活用が行われている事例としては、日本では例えば平成10(1998)年にオープンした野島断層保存館(阪神淡路大震災を引き起こした兵庫県南部地震で現れた断層を保存した博物館)がよく知られています。その翌年平成11(1999)年に台湾では集集大地震が起きましたが、特に被害の大きかった台中市の近郊には、野島断層保存館に学びそれを発展させたような博物館が建てられているため、その視察を行ってきました。921地震教育園區は、被災した中学校校舎の上に覆屋をかけてそのまま保存公開が試みられているなど、地震の怖さを伝え、また耐震や免震の有効性を説いた防災博物館としての展示が目立ちました。一方の車籠埔断層保存園區の方は、調査で確認された断層断面を覆屋内でそのまま露出展示した科学博物館であり、地震が起きるメカニズムや過去の地震の歴史が示されていました。特に、断層面に投影したプロジェクションマッピングにより、現在の地層面を見ただけではすぐには理解しにくい複雑な地層の歴史が、順を追ってヴィジュアルでわかりやすく示されているのが印象的でした。このような展示方法は、日本でも、地層の展示ばかりでなく例えば考古遺跡における遺構の説明など、様々な分野での応用性が期待されます。


「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣(その5)

考古局での昨年度事業成果報告会
ハヌマンドカ王宮内アガンチェン寺周辺建物の実測調査

 文化庁より受託した標記事業のもと、引き続きネパール現地への派遣を実施しています。今回(5月29日〜6月27日)は、外部専門家および別予算によるアシスタントも含めて14名の派遣を行ないました。
 現地調査における中心的な作業としては、カトマンズ・ハヌマンドカ王宮内シヴァ寺周辺での発掘調査(別項にて報告)、同アガンチェン寺周辺建物の実測調査および写真記録、両寺周辺の地盤構成および地耐力確認のためのボーリング調査、ユネスコ技術職員と共同でレンガ壁試験体の強度実験なども行いました。
 このほか、ネパール考古局およびユネスコ・カトマンズ事務所等の技術スタッフ約20名を対象に昨年度の調査成果報告会を開催し、考古局長に事業報告書を贈呈しました。さらに、カトマンズ盆地内の歴史的集落を管轄する行政官らによる連携協議会を開催し、昨年11月に開催したキックオフ会議の報告書を関係者に配布すると共に今後の歴史的集落の保全と協議会の運営について議論を交わしました。なお、上記報告書(日英語版)は本研究所のウェブサイトにも掲載していますので、どうぞご参照ください。
(昨年度事業報告書http://www.tobunken.go.jp/japanese/publication/pdf/Nepal_TNRICP_2017_j.pdf
(歴史的集落保全会議報告書[英語版のみ]http://www.tobunken.go.jp/japanese/publication/pdf/Conference_%20Kathmandu_2016.pdf)


「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣(その6)

出土した下成基壇
出土遺構の記録方法に関する意見交換

 文化庁より受託した標記事業の一環として、平成29(2017)年6月2日~22日の間、カトマンズ・ハヌマンドカ王宮内シヴァ寺周辺において発掘調査を実施しました。本調査は、ネパール考古局と東京文化財研究所の共同調査として行われました。
 シヴァ寺は17世紀建立と伝えられる平面規模5メートル四方程度の重層塔で、平成27(2015)年のネパール・ゴルカ地震によって、煉瓦積の基壇を残して上部構造が完全に倒壊しました。本調査は、上部構造の修復にあたって、基壇の基礎がその重量を支えることのできる状態であるかどうかを確認することを主な目的として実施されました。
 調査の結果、基壇の基礎は現地表から深さ約180センチメートルに達する大規模な煉瓦造構造物で、安定した状態を保っていることがわかりました。さらにその周囲の地中からは、現状では埋没している下成基壇の存在が明らかとなるなど、このシヴァ寺が当初想定されていた以上に複雑な変遷を経てきている可能性が出てきました。
 調査時には、発掘だけでなく、遺構の測量や写真撮影の方法についても、日本とネパールの専門家の間で意見交換が行われました。歴史的建造物の本格修復に向けて、学術的調査を継続するとともに、両国間での技術の共有も進めていきたいと考えています。


「壁画の応急処置に関する研修」の開催に向けた現地調査(トルコ共和国)

S.T. Theodore教会の現状
ガーズィ大学での事例発表

 文化遺産国際協力センターでは平成29(2017)年6月12日から24日にかけて、トルコ共和国にて今年の秋以降に開催を予定している「壁画の応急処置に関する研修」に向けた視察調査および関係者との打合せを行いました。今回の視察調査の主な目的は、トルコ国内の壁画保存の現状を把握することや、研修事業の一部に組み込まれる実地研修に相応しいサイトを特定することでした。黒海沿岸に位置するトラブゾンの教会群やカッパドキアのギョレメ地区周辺に点在する岩窟教会群を対象に約15箇所の壁画を調査し、研修事業の内容を充実させるうえでの貴重な情報を得ることができました。
 また、本事業を進めるうえで昨年度よりご協力をいただいているガーズィ大学芸術学部保存修復学科およびネブシェヒル保存修復センターを訪問した際には、トルコにおける壁画の保存修復に関する事例発表をしていただき、研修事業に参加する講師陣とともにその内容に関して有意義な意見交換を行うことができました。
 第1回目となる研修は10月の開催を予定しています。本事業には日ごろよりトルコの文化財保護活動に従事されている専門家の方々が参加されます。これまでの取り組みに加えて、新たな視点から捉えた文化財保護のあり方を考える良い機会にしていただけるよう研修事業を進めていきたいと思います。


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