研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


9月施設見学

説明を受ける学生

 金沢美術工芸大学 17名
 9月21日、芸術学専攻における専門的な調査研究の導入教育のために来訪。無形文化遺産部の実演記録室、文化財情報資料部の資料閲覧室、保存科学研究センターの修復材料研究室を見学し、各担当研究員による業務内容の説明を受けました。  


山下菊二関連資料の受入

山下昌子旧蔵資料の一部

 画家山下菊二(1919-1986)夫人である山下昌子氏(1926-2014)の旧蔵資料を関係者から9月30日付でご寄贈いただきました。山下菊二は昭和時代を代表する画家のひとりで、その作品や関連作品、資料などは、これまでに板橋区立美術館、神奈川県立近代美術館、徳島県立近代美術館に寄贈されておりますが、この度、当研究所にご寄贈いただいた資料は、昌子氏が逝去するまで手元に置いていたものになります。分量は、書架の長さにしておよそ6メートルになり、このなかには、菊二が撮影したと思われる写真、作品の材料として切り取られた資料など作家の研究・理解の重要な手がかりとなるものだけでなく、第二次世界大戦に応召し従軍した際や東宝映画教育映画部に勤務していたころの写真資料など広く日本近代史を考えるうえでも貴重な資料も含まれています。
 当部ではこれまでも新海竹太郎や香取秀真ら近代美術家のアーカイブズを受け入れ、資料閲覧室などを通して利用に供していますが、今回ご寄贈いただいた山下昌子旧蔵資料も個人情報、プライバシー、あるいは資料保全の問題を配慮しつつ、来年3月ごろから閲覧できるよう整理を進めております。


EAJRS(日本資料専門家欧州協会)第27回年次大会「日本資料図書館の国際協力」への参加

EAJRS(日本資料専門家欧州協会)第27回年次大会の様子

 9月14日から17日にわたって、ルーマニアのブカレスト大学中央図書館において、EAJRS(日本資料専門家欧州協会)の年次大会が開催されました。EAJRSは、おもにヨーロッパなどで日本研究資料を取り扱う図書館員、大学教員、博物館・美術館職員などの専門家で構成されているグループで、今年の年次大会は「日本資料図書館の国際協力」と題され、11のセッションにて、日本研究の歴史、日本資料コレクション形成史、日本人司書海外派遣事業、海外日本研究司書招へい事業、デジタル・ヒューマニティーズの最新動向、和古書保存プロジェクトなど多岐にわたる発表・報告が行われました。(詳細はEAJRSサイト(http://eajrs.net/)を参照ください)。筆者の発表は、「東京文化財研究所における「文化財に関する専門的アーカイブの拡充」 : 『日本美術年鑑』のコンテンツを国際的学術基盤へ」というタイトルで、本年度取り組んでいるOCLCへのデータ提供など情報発信に関する事業を紹介するもので、発表後の意見交換では、当所が蓄積してきた研究情報の発信を期待する声が数多く寄せられました。また大会期間中には、会場ロビーにて、関連機関・会社による展示ブースが設置され、本会ならではの情報共有・広報活動が行われました。最終日17日の総会では、来年2017年大会がノルウェーのオスロに決定し、今大会は終了しました。日本文化財情報のアクセシビリティ向上について多くの示唆を得ることができ、また日本研究情報発信という大きな枠組みになかでの当所のアーカイブ活動を考える、よい契機となりました。


青花紙の製作に関する調査研究-滋賀県草津市との共同調査の開始-

「アオバナの花弁を摘んでいるところ(草津市提供)」
「アオバナの汁を和紙に塗っているところ(草津市提供)」

 無形文化遺産部では本年度より滋賀県草津市と共同で青花紙製作技術の共同調査を開始しました。青花紙とはアオバナの花の汁を絞り、和紙に染み込ませたものです。
 青花紙は『毛吹草』(寛永15〈1638〉年序)にも取り上げられた東山道近江国の特産物で、現在でも友禅染・絞染などに利用されています。特に友禅染では、アオバナの青色色素が水で落ちるという性質を利用してきました。友禅染は青花紙を水に浸した液によって細密な模様を描き、その上に防波堤となる糸目糊を置いて周りに染料が入り込まないように工夫してから彩色します。生地を多彩に染め分けるには青花紙が欠かせない材料といえます。
 このような青花紙ですが、現在では生産農家も減少し、3件の農家によって製作されています。本共同研究では、農家の方々にご協力を得て、地域の、ひいては我が国の文化財・文化遺産としての価値を整理し、今後の保護への基礎データとしていきたいと考えています。
 人から人へと受け継いできた青花紙の製作技術を、これからの時代へどのように受け継いでいくことができるのか、他の地域の事例なども比較しながら検証していきます。


「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣(その3)

調査成果報告会での発表
意見を述べるコカナの住民

 文化庁委託「文化遺産国際協力拠点交流事業」による標記支援事業では、引き続き、ネパール現地への派遣を実施しています。今回(8月31日〜9月11日)は、外部専門家も含めて4名の派遣を行ないました。
 本事業の一環として、被災歴史的集落における復興のあり方を検討すべく、世界遺産暫定リストに記載されているコカナ集落にて調査活動を実施しています。コカナでは多くの住民が今も仮住まいを強いられており、早期再建と歴史的町並みの保全とのバランスをいかに考えるかが、復興における大きな課題となっています。
 今回派遣中の主な活動として、昨年度のコカナでの調査成果を地元住民に説明するための現地報告会を開催しました。住民の関心は非常に高く、報告会には100名以上の参加をいただき、発表に対しても多くの質問や意見が寄せられました。それらは私たちにとっても、今後の調査や現地への貢献のあり方を考える上で、非常に示唆に富むものでした。
 調査を進める中で、コカナに限らずネパール全土において歴史的集落の保全制度が十分に整っておらず、住民の思いだけでは町並み保全が進まない現状が徐々に明らかになってきました。かつて、わが国においても、歴史的集落の保全は不十分でしたが、そこから、伝統的建造物群保存地区制度をはじめとした歴史的集落および景観保護のための法制度を、試行錯誤を経つつ整えてきた経緯があります。このような日本の経験も参考にしながら、ネパールの歴史的集落の保全に寄与すべく、今後とも現地の諸機関への技術支援を進めていきたいと思います。


バガン(ミャンマー)における地震発生後の壁画被災状況調査

被害を受けた寺院
地面に散らばった壁画片

 平成28年(2016)8月24日にミャンマー中部のチャウ近郊を震源とするマグニチュード6.8の地震が発生し、バガン遺跡でも数多くの仏塔寺院に被害が出ました。これを受けて、9月24日から30日までの期間、遺跡群内の壁画保存状況を確認すべく調査を行ないました。
 現地調査には、ミャンマー宗教文化省 考古国立博物館局バガン支局職員の方にもご同行いただき、事前に大きな被害がでたとの報告を受けていた寺院を中心に、壁画の損傷状況に関する調査を行いました。その結果、壁画の支持体に相当する煉瓦造寺院に発生した亀裂や煉瓦材の動きがプラスターの傷みに繋がっていることや、パガン王朝期にみられる数種類に及ぶ壁画制作技法や材料によって損傷程度に違いが生じていることが分かりました。また、過去の修復で使用された幾つかの材料が、バガン遺跡の壁画には適合しておらず、かえって負担になっていることも明らかとなりました。
 現地では、今も被災したバガン遺跡を守るべく復興活動が続けられています。当研究所の事業として外壁の応急処置方法や壁画の保存修復方法を検討しているMe-Taw-Ya寺院(No.1205)にも被害がでました。今後は、これまでの事業方針に加えて、地震によって浮き彫りとなった問題点にも考慮した修復材料の導入や、緊急時における対処方法の確立、およびそこに携わる専門家の育成にも目を向けながら、今後の活動に取り組んでゆきたいと思います。


国際研修「紙の保存と修復」2016の開催

修復実習における裏打ち実演

 平成28(2016)年8月29日から9月16日にかけて、国際研修「紙の保存と修復」を開催しました。本研修は、東京文化財研究所とICCROM(文化財保存修復研究国際センター)の共催で、1992年から実施しており、日本の紙文化財の保存修復の技術と知識を伝えて海外の文化財保護へ貢献することを目的にしています。本年は36カ国64名の応募の内、リトアニア、ポーランド、クロアチア、アイスランド、韓国、ニュージーランド、エジプト、スペイン、ベルギー、ブータンの文化財保存修復専門家10名を招きました。
 本研修は、講義、実習、視察から成ります。講義では、日本の文化財保護の概要、日本の無形文化財保護制度、修復材料とその基礎科学、修復に用いる道具について取上げました。実習では、国の選定保存技術「装こう修理技術」保持認定団体の技術者を講師に迎え、紙作品の修復から巻子仕立てを主に実施し、さらに和綴じ冊子の作製、屏風と掛軸の実物を用いた取扱いも行いました。視察では、名古屋、美濃、京都において、手漉き和紙の製作現場、修復材料・道具店、障壁画や掛軸などの文化財で装飾された歴史的建造物、伝統的な日本の絵画の修復現場などを訪問しました。研修最終日にはディスカッションを行い、各国における和紙の利用状況や課題などについて意見を交換しました。本研修を通して、日本の修復材料と道具そのものだけでなく関連の知識や技術に理解を深め、各国の文化財の保存修復に応用されることが期待されます。


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