研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


バンコクにおけるタイ所在日本製伏彩色螺鈿に関する調査の実施

ワット・ナーンチー拝殿の扉部材の調査

 東京文化財研究所では、タイ・バンコク所在の王室第一級寺院ワット・ラーチャプラディット(1864年建立)の扉部材の修理に関する技術支援を、タイ文化省芸術局及び同寺院の依頼により行っています。この扉部材にも用いられた伏彩色螺鈿の技法による漆工品は19世紀に主に欧米に輸出されましたが、当研究所による調査で、扉部材が日本製であること、日本製の伏彩色螺鈿がタイにも輸出されたことが、技法や材料から初めて確認されました。
 文化財の修理は単なる損傷への対処ではなく、その文化財について深く知る機会ともなります。また、ワット・ラーチャプラディットの扉部材が日本製と判明したのを契機に、タイ国内の複数の場所で同様の技法の作品が報告されています。そこで今回はこれらのうち、ラーマ3世王の在位期間(1824-1851)に現在の形に整備された寺院ワット・ナーンチーの扉部材やタイ国立図書館が所蔵する貝葉夾板など、バンコク所在の伏彩色螺鈿の一部を対象に、偏光写真での詳細な記録作成を含む熟覧調査を実施しました。調査は平成31(2019)年1月27日~2月2日に、国内外の関係機関の専門家と共同で行いました。
 日本の輸出漆器の中でも、伏彩色螺鈿に関する調査研究事例は少なく、系譜は明らかではありません。ところで、貝葉はヤシの葉に経典などを記した文書で、その表紙が夾板です。貝葉は東南アジアや南アジア特有の文書であることから、夾板も扉部材と同様、タイからの注文により製作されたと思われます。ワット・ラーチャプラディットやワット・ナーンチーの扉部材をはじめとした、タイ所在の伏彩色螺鈿がこの技法自体の研究に寄与する可能性も大きく、引き続き、日本及びタイでの調査を実施してまいります。


シンポジウム「松澤宥アーカイブの現状と活用」での発表

RATIの会詩画展「アバンギャルド・アート・ディスプレイ」(南信会館、1951年)集合写真(松澤宥アーカイブ内資料)
発表の様子(写真提供:長沼宏昌氏)

 シンポジウム「松澤宥アーカイブの現状と活用」が平成31(2019)年2月16日に長野県下諏訪町の諏訪湖博物館・赤彦記念館で開催され、文化財情報資料部の橘川が「松澤宥アーカイブの芸術史研究への活用―1951 年に諏訪市で開催されたふたつの前衛芸術イベントを例に」と題して発表を行いました。
 このシンポジウムは、平成30(2018)年度文化庁地域と共同した美術館・歴史博物館創造活動支援事業「松澤宥アーカイブ活用プロジェクト」の一環として、松澤宥ご遺族や有志、長野県信濃美術館でつくる同アーカイブ活用実行委員会の主催で行われたものです。第一部は、松澤春雄氏(一般財団法人松澤宥プサイの部屋 代表理事)、谷新氏 (美術評論家)、嶋田美子氏(アーティスト)、平賀研也氏(県立長野図書館館長) 、橘川の6名が同アーカイブに関する発表を行い、第二部のディスカスカッションでは松本透氏(長野県信濃美術館館長)司会の下、その活用についてそれぞれの立場、専門性からのアーカイブの活用についての意見を交換しました。
 1950年代から2000年代までの膨大な数の貴重な資料によって編成される松澤宥アーカイブ――このシンポジウムで言及したような芸術史研究における活用について、引き続き科研費課題「ポスト1968年表現共同体の研究:松澤宥アーカイブズを基軸として」(基盤研究(C)、2018-2020年度)で、多様な分野の研究者と共同して取り組んで行きたいと考えています。


二幅の不動明王画像について―文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子(画像:禅林寺・不動明王二童子像)

 平成31(2019)年2月28日、第9回文化財情報資料部研究会が開催されました。米沢玲(文化財情報資料部)が「二幅の不動明王画像―禅林寺本と高貴寺本―」と題した発表を行い、コメンテーターには津田徹英氏(青山学院大学)をお招きしました。
 発表は、京都・禅林寺の不動明王二童子像と大阪・高貴寺の不動明王四童子像に関するもので、二幅の図像と表現様式について詳しい検討を加えたうえで、それぞれが鎌倉時代後期と南北朝時代後期の制作であることを論じました。また、二幅の画像では中央に描かれる不動明王と脇に立つ二童子像の図像が共通していることを指摘し、不動明王四童子像という珍しい画像を制作する際に、禅林寺本のような既存の不動明王画像を参照したであろうことを述べました。
 密教の尊格である不動明王は平安時代初期に信仰が盛んになり、彫刻や絵画として数多く造形化されました。中世にいたると、それまでにはなかった新奇な不動明王像が作られるようになりましたが、高貴寺本のような不動明王四童子像もそのひとつです。二幅の画像を詳細に考察することで、多様に展開した不動明王像の制作について、その一端を明らかにすることができると言えます。
 研究会では内外の研究者によって、不動明王の信仰形態や二幅の伝来、表現などについて活発な議論が交わされました。


2018年度 「無形文化遺産の防災」 連絡会議(関西地区)の開催について

京都芸術センターでの会議の様子

 文化財防災ネットワーク推進事業(文化庁補助金事業)の一環として無形文化遺産部・文化財情報資料部で取り組んでいる「文化財総合データベースの構築とネットワークの確立事業」の一環として、平成31(2019)年2月3日に関西地区での「『無形文化遺産の防災』連絡会議」を開催しました。平成28(2016)年度より継続しているこの会議は、全国都道府県の民俗文化財担当者が参加して情報の相互共有を目指したものです。
 今回は京都市の京都芸術センターとの共催にて、同センターを会場に、関西地区6府県1市の担当者が集まりました。東京文化財研究所からは無形文化遺産部の久保田裕道・前原恵美・石村智・菊池理予が参加しました。
 会議ではデータベース作成の意義を共有するとともに、各県の無形文化遺産の現状についてそれぞれからの発表がありました。自然災害のみならず、無形文化遺産が直面するさまざまなリスクと、保存継承と活用に関する問題点にまで話が及び、各地の現状・課題が相互に重要な情報として共有することができました。
 この後3月1日には、東京文化財研究所にて10都道府県からの参加を得て、今年度2回目の同会議も開催しています。


研究会「第二回無形文化遺産映像記録作成研究会」の開催

研究会の様子

 平成31(2019)年2月22日に研究会「第二回無形文化遺産映像記録作成研究会」を開催いたしました。
 多くの無形文化遺産は、人間の無形の「技」によって成り立っています。その「技」を記録するとき、文字記録のみならず、映像による記録も重要な役割を果たします。そのとき、どのような映像を作成するのが良いか、ということが課題となります。
 本研究所の無形文化遺産部では、平成15(2003)年~19(2007)年にかけて「無形の民俗文化財映像記録作成小協議会」を開催し、その成果を『無形民俗文化財映像記録作成の手引き』として公開しました。しかし近年の映像をとりまく環境の変化、とりわけデジタル機器の発展はめざましく、その内容のアップデートが期待されています。また上記の手引きは主に民俗芸能を撮影対象として念頭に置いていましたが、工芸技術や民俗技術など、他の種類の無形文化遺産についても適用できるものも期待されています。
 そこで新たに『無形文化遺産の映像記録作成のてびき』を作成すべく、本研究所では平成30(2018)年より「無形文化遺産映像記録作成研究会」を開催し、その内容を検討することといたしました。今回の研究会はその二回目となります。
 今回の研究会は、前半には近年注目が高まっている4K/8Kの映像技術について、その可能性および文化財・文化遺産の記録への応用について考えるべく、専門家である金森宏仁氏(株式会社Over 4K)に発表をしていただきました。その中で、4K/8Kの技術によって映像が高精細化するだけでなく、色の再現性(色域・輝度)などにおいても向上がなされることが指摘され、文化財を記録する上でも重要な意味を持つことを理解することができました。
 後半では、『無形文化遺産の映像記録作成のてびき』の内容を検討すべく、その章立てについて参加者全員で討議をおこないました。その中では、無形文化遺産の対象によって記録作成の方法が異なることに留意すべきであることや、過去に撮影された映像記録のメディア(フィルムや磁気テープなど)の保存と活用についても留意すべきなど、参加者から様々な提言がなされました。こうした意見を参考とさせていただきながら、本研究所では『無形文化遺産の映像記録作成のてびき』の作成を進めていきたいと考えています。


「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣(その11)

対象建物から採取した試料の調査風景
階段状に各時代の仕上げ層を削り出した試料

 文化庁より受託した標記事業の一環として、平成31(2019)年2月22日~28日の間、カトマンズ・ハヌマンドカ王宮アガンチェン寺周辺建物群について、現地考古局の許可を得て、蛍光X線分析装置等を用いた仕上げ層の成分分析調査を実施しました。
 これまでの痕跡調査から、当該建物は幾度もの増改築が重ねられていることが判明しています。特に、壁面仕上げの塗り重ねの履歴および後補部材の見え隠れ部などに残された仕上げ層は、建物の変遷を探る上で重要な資料であり、これまでも塗り重ねられた各層の仕様や色味などについて調査を継続してきました。
 今回は、仕上げ層の材料を特定することで、時代と共に変化する仕様の相対的な編年を把握し、増改築の履歴に関する考察に役立てることを目的に、蛍光X線分析装置およびラマン分光測定装置を用いた科学的な分析を行いました。
 調査対象とした仕上げ層の断片は、最大で10層の仕上げ層を含みます。各時期の仕上げ層および下地層を階段状に削り出して分析を行いました。
 調査の結果、古い壁画層の赤色彩色部ではベンガラと微量の金が確認され、また、後年に塗り重ねられた水色の仕上げ層からはラピスラズリに非常によく似たスペクトルが得られました。得られたデータの詳しい分析はこれからですが、このような高価な材料の使用は、この建物が、王家の重要な儀礼・居住の場として、17世紀の創建以来継続的に使われてきたことを窺わせる結果と言うことができます。
 また、調査対象建物においては、これまでの痕跡調査の過程で増築壁の背後に壁画が見つかっていますが、この壁画は創建当初に程近い時期に遡る可能性があり、今後、今回のような科学的手法を含めた更なる調査および適切な保存措置の検討が求められています。
 今後も引き続き、建物自体に秘められた歴史の解明に努めるとともに、これらの貴重な物証を保存しながら、いかに建物の修復を進めていくか、ネパール側と協力しつつ検討を進めたいと思います。


バガン(ミャンマー)における煉瓦造寺院外壁の保存修復と壁画調査(2)

(現地若手専門家を対象にしたワークショップ)
モンユェ寺院群 No. 1寺院

 平成31(2019)年1月14日〜2月3日までの期間、ミャンマーのバガン遺跡群内Me-taw-ya(No. 1205)寺院において、平成30年7月〜8月にかけて実施した作業を継続し、壁画保護のための雨漏り対策を主な目的とする煉瓦造寺院外壁の保存修復を行いました。バガンでは、平成28(2016)年の地震で被災した箇所の修復が今なお続いており、現地の専門家からは現状に即した修復プランの立案方法や、保存修復方法について指導して欲しいとの要望がありました。これを受けて、現地の保存修復士(計5名)ならびにエンジニア(計5名)を対象にしたワークショップを実施し、彼らが抱える問題に耳を傾けながら解決策について議論を行いました。
一方で、壁画の技法や図像に関する調査を実施しました。バガンでは最盛期の13世紀の作例を中心として詳細な情報収集に努めました。また、アミン村やアネイン村など17~18世紀の壁画が多く現存するチンドウィン川沿いの村々を訪問しました。現在確認されている壁画については今回の調査でほぼ完了となり、今後は得られた結果を保存修復方法へ反映させていきます。
  今回、現地の専門家より話を聞いた結果、諸外国により繰り返し行われる国際文化財保護事業には、実際は導入することの難しいものが多く、震災後の保存活動についても根本的な問題の解決につながるものは少ないとの声が聞かれました。これまでもこうした点に配慮しつつ事業を進めてきましたが、改めて実用的な改善策の提示と継続可能な保存修復技術の伝達に努めていきたいと考えています。


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