研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


調査録音「あずまりゅうげんきん」第2回の実施

収録準備の様子
収録時の様子(左から九代目藤舎蘆船氏、藤舎蘆高氏)

 令和6(2024)年2月16日、無形文化遺産部は東京文化財研究所の実演記録室(録音スタジオ)で、あずまりゅうげんきんの調査録音(第2回)を行いました。
 東流二絃琴は、細長い板に張った二本の絃を弾じつつ唄う楽器・二絃琴の流派の一つです。明治の初めごろに初代とうしゃせん(1830-1889)によって創始され、東京を中心に伝承されてきました。しかし今日では伝承者が極めて少なく、一般に参照できる視聴覚資料の曲目も限られていることから、調査録音を実施しています。
 第1回録音では初代蘆船作の6曲をとりあげましたが、伝承曲には、後の世代の作品も含まれます。第2回では、『岸の藤波』『つの花』『菊の寿』『花の雨』『松風の曲』『船遊び』の6曲を収録しました。1曲目は四代目蘆船(1869-1941)、2曲目は三代目蘆船(?-1931)作と伝わっています。また4曲目は初代蘆船作の歌詞へ、後の演奏家が旋律を補い、再び弾き継がれるようになったとのことです。前回よりも成立年代に幅のある収録曲からは、レパートリーにおける演奏技法や曲想の多様さが窺われました。いずれも東流二絃琴「あずまかい」の九代目藤舎蘆船氏、藤舎こう氏による演奏です。
 無形文化遺産部では、今後も演奏機会の少ない芸能や、貴重な全曲演奏の記録作成を継続していく予定です。

調査録音「あずまりゅうげんきん」第1回の実施

収録時の様子(左から九代目藤舎蘆船氏、藤舎蘆高氏)

 令和5(2023)年11月29日、無形文化遺産部は東京文化財研究所の実演記録室(録音スタジオ)で、あずまりゅうげんきんの調査録音(第1回)を行いました。
 東流二絃琴は、細長い板に張った二本の絃を弾じつつ唄う楽器・二絃琴の流派の一つです。神事に使われる八雲やくもごとをもとに、明治の初めごろ、初代とうしゃせんが東京で創始しました。夏目漱石『吾輩は猫である』に三毛子の飼い主として二絃琴の師匠が登場するように、明治中期にはかなりの流行を見せたといいます。昭和48(1973)年3月には、藤舎すい(のちの六代目蘆船)・藤舎せつ(のちの七代目蘆船)が国の「記録作成等の措置を講ずべき無形文化財」に選択され、平成14(2002)年3月には八代目蘆船が台東区無形文化財に指定されました。しかし今では伝承者が極めて少なく、一般に参照できる視聴覚資料の曲目も限られていることから、調査録音を実施することとしました。
 第1回では、『窓の月』『ほととぎす』『初秋はつあき』『砧』『四季のえん』『隅田川』の6曲を収録しました。いずれも初代蘆船の作品で、明治18(1885)年刊『東流二絃琴唱歌集』に詞章が掲載されています。東流二絃琴「東会あずまかい」の九代目藤舎蘆船氏、藤舎こう氏による演奏です。
無形文化遺産部では、今後も演奏機会の少ない芸能や、貴重な全曲演奏の記録作成を継続していく予定です。

実演記録「宮薗節(みやぞのぶし)」第九回の実施

実演記録収録準備の様子
実演記録撮影の様子(左から宮薗千よし恵氏、宮薗千碌氏、宮薗千佳寿弥氏、宮薗千幸寿氏)

 令和5(2023)年10月31日、無形文化遺産部は東京文化財研究所の実演記録室で、宮薗節の記録撮影(第九回)を行いました。
 国の重要無形文化財・宮薗節は、江戸時代中期に上方で創始され、その後は江戸を中心に伝承されてきました。今日では、一中(いっちゅう)節・河東(かとう)節・荻江(おぎえ)節とともに「古曲」と総称され、演奏の機会もあまり多くはありません。無形文化遺産部では、平成30(2018)年より、実演記録「宮薗節」を継続的に行っており、伝承曲を省略せずに全曲演奏でアーカイブしています。
今回は、宮薗節のレパートリーの中でも「新曲」に分類される十段の中から、《薗生(そのお)の春》と《椀久(わんきゅう)》を収録しました。前者は、明治21(1888)年に宮薗節独立を記念して作られた作品で、宮薗節には珍しい華やかな三味線の替手(かえで)が入ります。後者はさらに新しく、昭和24(1949)年に作られた作品です。大坂新町の豪商・椀屋久兵衛(わんやきゅうべえ)(通称椀久)と新町の遊女・松山の悲恋の物語で、ここでは椀久の物狂いの様が描かれます。演奏はいずれも宮薗千碌(せんろく)(タテ語り、重要無形文化財各個指定いわゆる人間国宝)、宮薗千よし恵(ワキ語り)、宮薗千佳寿弥(せんかずや)(タテ三味線、重要無形文化財各個指定いわゆる人間国宝)、宮薗千幸寿(せんこうじゅ)(ワキ三味線)の各氏です。
 無形文化遺産部では、今後も宮薗節の古典曲および演奏機会の少ない新曲の実演記録を実施予定です。

箏の構造調査を多角的に―邦楽器製作技術保存会、九州国立博物館と連携―

撮影したX線CT画像を確認する様子
170cm超の箏は設置も一苦労

 無形文化遺産部では、伝統芸能の「用具」である楽器の調査研究も行っています。このたび、国の選定保存技術「箏製作 三味線棹・胴製作」の保存団体である邦楽器製作技術保存会、東京文化財研究所と同じ国立文化財機構の九州国立博物館と連携して、江戸時代後期から大正期にかけて製作されたと考えられる箏(個人所蔵)の構造調査を開始しました。楽器製作によって演奏者と観客を繋いできた知見と視点、博物館科学の文化財内部を非破壊調査する技術と視点、無形文化財の楽器学や音楽史研究の視点を総合し、箏の構造を多角的に明らかにしようとしています。
 8月29日に九州国立博物館で箏のX線CT撮影を行いましたが、撮影直後に画像を確認しているところから、さっそくこの連携ならではの気づきもいくつかありました。例えば、箏の内側の底に切り込みが見つかると、それがかつてその工程に使われていた鋸の刃が入りすぎた跡と推測されたり、その跡を一部だけ埋木で補っているように見える点について意見を交わしたり。
 この調査はまだ始まったばかりですが、異なる立場からの見解を持ち寄ることで、箏の製作技術や意図、その集大成としての箏の構造について、新たな側面が見えてくるのではないかと期待が膨らみます。今後は、撮影した画像の詳細な検討を進めるとともに、この箏の出自を精査し、製作者が同じ可能性のある他機関所蔵の箏と比較することで、構造や製作技術の特徴を明らかにしたいと考えています。

浅田正徹氏採譜楽譜(通称「浅田譜」)原稿のデジタル画像公開

専用端末による画像閲覧の様子
原稿の追加修正例(清元譜第39編「三社祭」)

 無形文化遺産部では、無形文化財研究の基礎となる貴重な資料を整理し、一般に公開しています。このたび、浅田正徹氏(あさだ まさゆき、1900-1979)採譜楽譜原稿について、当研究所資料閲覧室でのデジタル画像公開が始まりました。
 浅田譜は、幅広いジャンルの三味線音楽における声(浄瑠璃、唄)と三味線伴奏の旋律を書き記したもので、刊行期間は23年にわたります。原稿原本は慎重な取り扱いを要するため、これまでは製本版(原稿をもとに複写・製本したもの)のみを公開していました。しかし、令和3年度に清元節、令和4年度に一中節・宮薗節などの原稿のデジタル画像化が完了し、7月から全ジャンルの原稿画像データを資料閲覧室でご覧いただけるようになりました。これにより、原稿の紙を切り抜いて声の節回しを細かく修正した跡など、複写には反映されなかった細部まで随意に検討できます。
 閲覧を希望される方は、資料閲覧室利用案内をご参照のうえ、専用端末を事前予約してください(なお本資料は著作権保護期間内のため、原則として、デジタル画像からの複写はできません)。なお、浅田譜原稿の所蔵リストはこちらからご覧いただけます。研究者、演奏家、愛好家など、多くの方々のご利用をお待ちしています。

浅田正徹氏採譜楽譜(通称「浅田譜」)原稿のデジタル画像化

楽曲別に整理されている『浅田譜』原稿

 浅田正徹氏(あさだ まさゆき、1900-1979)による採譜は、三味線音楽における声(浄瑠璃、唄)と三味線伴奏の旋律を書き記した資料として知られています。採譜の対象は、清元節を中心に、一中節・宮薗節など複数のジャンルにわたります。無形文化遺産部は、その貴重な原稿を芸能部時代にご遺族から一括してご寄贈いただき、整理・保存してきました。資料の概要は、『無形文化遺産研究報告5』に「〔資料紹介〕浅田正徹採譜楽譜」として報告されています。
 浅田譜の製本版(原稿をもとに複写・製本したもの)は諸機関に所蔵され、閲覧できるようになっています。これに加えて当研究所にのみ残る原稿を長く利用できるよう、デジタル画像化を進め、このたび清元節採譜原稿のデジタル画像化を完了しました。
 口承に基づく無形文化財、とくに節回しの多彩な声楽を書き記すことは、機器が発達して録音や画像編集が手軽になった今日でも容易なことではありません。原稿からは、浅田氏が紙を切り貼りしたり、ときには破棄して一から書き直したりしながら、何度も改訂を重ねたことが分かります。デジタル画像を利用することで、慎重な取り扱いを要する原稿原本を傷めることなく、改訂過程に関する研究を今後進められます。
 なお、デジタル画像化の進展を併記した所蔵原稿一覧は、令和4(2022)年2月1日付で無形文化遺産部のホームページに掲載されました。調査研究の進展とともに、随時更新していく予定です。

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