研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査X‐今後の保存整備に向けた調査

東門再構築後の現場確認
中央伽藍の危険箇所調査

 東京文化財研究所では、カンボジアにおいてアンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ寺院遺跡の保存整備事業に技術協力しています。新型コロナウイルス感染拡大の影響により現地渡航が困難となっていましたが、APSARA側の要請に応えて、十分な感染防止対策のもと、2年弱ぶりに令和4(2022)年1月9日から1月24日にかけて職員計3名の派遣を行いました。今回は、修復工事中の東門関係のほか、中心伽藍の危険箇所への対応など、現地での速やかな検討が必要な事項に関して現地調査および協議を行いました。
 令和元(2019)年に着手した東門修復工事については、令和2(2020)年4月以降はオンラインで具体的な修復方針を協議しながらAPSARA側が工事を継続し、令和3(2021)年1月には頂部まで再構築が完了しました。今回は、リモートでは把握しきれなかった施工精度や仕上げの詳細等を現場で確認し、改善のための助言を行いました。今後さらに協議のうえ、手直しや追加工事が進められる予定です。
 一方、中心伽藍においては、不安定な石材の崩落や、木造の応急補強材の老朽化、樹木による影響など、複数のリスク要因があり、見学者の安全確保と遺跡の更なる損壊防止のため、早急な対策が求められています。このため、APSARAのリスクマップチームと合同で調査を行い、対策の基本方針や応急措置の優先順位を検討しました。ドローンを用いて塔の上部などの高所も確認し、撮影した写真から3Dモデルを作成して塔の現状を記録しました。
 さらに、以前に正面参道での考古調査で採取した土試料の分析も、同じくアンコール遺跡群で修復支援を継続中の韓国文化財財団(KCHF)の協力により実施しました。同国の援助で整備中の実験施設でKCHFの専門家の指導のもと、粒度分布や測色等の調査を行い、参道の基盤を構成する土層に関するデータを取得しました。この場を借りて、KCHFの寛大な協力に感謝を申し上げます。
 このほかにも、遺跡の修復に携わる各国チームと現場や研究会で交流するなど、現地での協力活動の意義を再認識する機会となりました。同時に行った、外周壁の発掘調査、およびタネイ関連彫刻類遺物調査については、それぞれ別稿にて報告します。

アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査X―外周壁遺構の発掘調査

雨季の東門
出土した外周壁基底部と旧地表面

 別稿にて報告のあった令和4(2022)年1月9日から1月24日にかけての派遣事業の一環として、タネイ寺院遺跡外周壁遺構の発掘調査を行いました。APSARAと共同で修復中の同寺院東門は、既に再構築作業が完了していますが、現状では門付近の地表が周囲より低く、雨季に雨水が滞留することが以前から問題になっています。寺院建立当初からこのような地形だったとは考えづらく、本来は何らかの形で排水が考慮されていたと推定されました。このため、今後の東門周辺の排水計画策定に向けて、旧地表のレベルおよび状態確認を目的とした発掘調査を実施しました。
 発掘調査は、門の南北に接続していた外周壁跡(撤去された時期や理由は不明)を対象に、北東角とそこに至る途中で壁基部のラテライト材が現地表に露出している部分の、計3か所で実施しました。調査の結果、現地表下約30cmの地点でアンコール時代の地表面を確認し、東門周囲とほぼ高低差はなく平坦な地形だったことがわかりました。特に排水溝等の痕跡もなく、当時は地中浸透などの自然排水に依っていたと考えられます。
 現状では門の北方に地面の高まりがあって排水の妨げとなっているため、今後まずはこの付近の表土を取り除き、雨水の滞留状況が改善されるかを確認することとしました。寺院建物の修復と並行して、このような周辺整備作業も進めていく予定です。

アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査X―保管彫像類の調査

破損したドヴァラパーラ像
調査風景

 令和4(2022)年1月9日から1月24日にかけての現地作業の一環として、これまでにタネイ寺院遺跡で発見され、他所で保管されている石造彫像類の所在および現状に関する調査を行いました。アンコール遺跡群の遺物については、フランス極東学院(EFEO)が発見当時に作成した記録がありますが、その現状については体系的な調査がされてきませんでした。
 今回は文化芸術省所管のアンコール保存事務所の協力のもと、同所に保管されている遺物の実物と台帳記録類の照合作業を行いました。EFEOの台帳に記載されたタネイ関係遺物は全部で30数点あり、このうち16点の所在を確認することができました。所在不明の多くは神像の手足などの小断片ですが、像高2m前後と大型の門衛神ドヴァラパーラ像のうち3体は頭部が失われているほか、観音菩薩像1体も激しく損傷しており、内戦期の盗掘や破壊によるものと考えられます。このほか少なくとも2点の彫像がプノンペン国立博物館に保管されていることが、現地でのフランス人研究者からの情報提供により判明しました。
 加えて、最も盗掘が頻発した平成5~6(1993~94)年頃に同事務所が遺跡現地から回収した彫刻類などのうちにもタネイから運ばれたものがあることがわかり、今回は仏陀座像7点、ナーガ欄干7点、シンハ像2点を確認しました。これらの像が寺院内のどこにあったのかなどの情報を集めるととともに、所在不明の遺物の捜索をさらに続けたいと思います。
 一方、令和元(2019)年に行った同寺院東門の解体作業中に発見された観音像頭部は現在、シハヌーク・アンコール博物館に保管されており、これについても改めて3Dモデル作成用の写真撮影を実施しました。残念ながらこれに対応する胴体部は見つかっていませんが、あるいは今も遺跡内のどこかに人知れず埋没しているのかもしれません。
今後は機会を見て、他施設での調査も行っていきたいと考えています。

文化遺産国際協力コンソーシアムによる令和3年度シンポジウム「海と文化遺産-海が繋ぐヒトとモノ-」の開催

シンポジウム「海と文化遺産-海が繋ぐヒトとモノ-」ポスター
登壇者によるフォーラム「海によってつながる世界」の様子

 文化遺産国際協力コンソーシアム(東京文化財研究所が文化庁より事務局運営を受託)は、令和3(2021)年11月28日にウェビナー「海と文化遺産-海が繋ぐヒトとモノ-」を開催しました。
 人々の営みや当時の社会、歴史、文化を物語る証人として、海に関わる文化遺産が世界各地に残されるとともに、近年では最先端の技術や分析手法を通じて、海を介して運ばれてきたモノの由来も具体的に解明できるようになってきました。本シンポジウムは、海に関わる文化遺産をめぐる国際的な研究や保護の動向、世界各地における海の文化遺産にまつわる取り組みの事例や日本人研究者の関わりを紹介するとともに、この分野での国際協力に日本が果たしうる役割について考えることを目的に開催されました。
石村智(東京文化財研究所)による趣旨説明に続き、佐々木蘭貞氏(一般社団法人うみの考古学ラボ)による「沈没船研究の魅力と意義―うみのタイムカプセル」、木村淳氏(東海大学)による「海の路を拓く―船・航海・造船」、田村朋美氏(奈良文化財研究所)による「海を越えたガラスビーズ ―東西交易とガラスの道」、四日市康博氏(立教大学)による「海を行き交う人々―海を渡ったイスラーム商人、特にホルムズ商人について」、布野修司氏(日本大学)による「海と陸がまじわる場所―アジア海域世界の港市:店屋と四合院」の5講演が行われました。
 続くフォーラム「海によってつながる世界」では、周藤芳幸氏(名古屋大学)と伊藤伸幸氏(名古屋大学)が加わり、東西の海と陸を介した交流、船と技術、地中海世界や新大陸世界での海域ネットワークの様相、海と文化遺産に関する国際協力をテーマとした4つのセッションで活発な議論が展開されました。
 最後に、山内和也氏(帝京大学)が閉会挨拶を行い、人間が海へと漕ぎ出し世界を繋げてきたことを示す物証である、海にまつわる文化遺産を保護することの重要性が改めて強調されました。
 シンポジウムをオンライン形式で行うのは初めての試みでしたが、世界11か国から約200名の方にご参加をいただき、盛況な会となりました。コンソーシアムでは引き続き、関連する情報の収集・発信に努めていきます。
本シンポジウムの詳細については、下記コンソーシアムのウェブページをご覧ください。
https://www.jcic-heritage.jp/20211209symposiumreport-j/

特別展「ポンペイ」展示作業への協力

「マケドニアの王子と哲学者」の展示作業風景

 現在、東京国立博物館では特別展「ポンペイ」(令和4(2022)年1月14日〜4月3日)が開催されています。これに先立って行われた展示作業にて、出品される作品(壁画、モザイク、大理石像)の状態確認調査に協力させていただきました。
 ポンペイは、イタリアの南部にある都市ナポリの南東約23kmに位置するローマ時代に築かれた都市です。紀元後79年、ナポリとポンペイの中間にそびえるヴェスヴィオ火山が大噴火を起こすと、街は瞬く間に火山灰と土砂に埋もれました。時は流れて1748年に再発見されると、本格的な発掘調査がはじまります。すると、当時の建物や壁画、美術品などが次々と出土しました。今回の特別展では、これら出土品を数多く所蔵するナポリ国立考古学博物館より約150点が来日し、多くの来館者を魅了しています。
 展示作業中は、普段の業務ではなかなか携わることのない展覧会場の設営過程を間近で見ることができました。本来であれば、作品の輸送段階から現地専門家が随行します。しかし、コロナ禍ということで来日することが叶わず、作業は博物館職員や美術品輸送展示の専門家に委ねられました。「来館者にとっていかなる展示環境を提供することがベストか」を考えつつ、作品を傷つけないよう細心の注意を払いながら進められる作業は容易ではありません。展示品の中には、総重量が数百キロを超える壁画も含まれていました。普段何気なく見ている展覧会も、このように多くの方々の取り組みがあってこそ成り立っているのだと改めて気付かされる機会となりました。

セインズベリー日本藝術研究所とのオンライン協議

オンライン協議の様子
セインズベリー研究所提供の海外の日本美術の展覧会情報(総合検索)
アシュモレアン博物館の図録Tokyo: Art & Photography

 令和3(2021)年12月2日に、イギリスのセインズベリー日本藝術研究所と共同研究「日本芸術研究の基盤形成事業」についてのオンライン協議を行いました。東京文化財研究所では平成25(2013)年よりイギリスのセインズベリー日本藝術研究所(以下、セインズベリー研究所)との共同研究を推進しています。セインズベリー研究所のサイモン・ケイナー所長からは新型コロナウイルス感染症の影響による困難な状況の中、事業を継続できていることに対して感謝の意が伝えられ、セインズベリー研究所の理事会でもこの共同研究が重要な国際協働事業であると評価されているとの報告がありました。昨年と同様にオンラインでの協議を行いましたが、この1年間では、継続的なデータベースの更新作業に加えて、東京文化財研究所が刊行している『日本美術年鑑』に掲載している美術界年史(彙報)の記事を英訳し、Art New Articlesとして、東京文化財研究所のウェブサイトに検索可能な状態で掲載することを新たに開始しました(Art news articlesの公開について)。現在は平成25(2013)〜同27(2015)年の3年分の英語版が公開されていますが、今後も翻訳・更新・公開作業を継続して、日本美術に関する国際情報発信を進めていく予定です。
 またセインズベリー研究所には、海外で開催された日本美術に関する展覧会の情報を東文研総合検索にご提供いただいています。情報共有と研究交流の一環として、セインズベリー研究所の林美和子氏にアシュモレアン博物館で開催されたTokyo: Art & Photography展の展覧会評を『美術研究』436号(令和4(2022)年3月刊行予定)にご寄稿頂きました。海外の美術展覧会を見に行く機会が激減するなか、海外の状況を知ることができる貴重な記事となっています。ぜひご覧ください。
 オンラインでできることも増え、その長所を活かした取り組みも行っていますが、それでも作品調査や、講演を行い、一般の聴衆と意見交換することなどは現地に行かないと不可能です。2年前まで実施していた、研究員が実際に現地を訪問して研究協議と講演を行うような研究交流は、来年度以降に状況を見ながら再開する方針です。

黒田清輝油彩画作品の撮影と光学調査

写真撮影の様子
彩色材の調査

 黒田記念館には、黒田清輝を中心とした画家による絵画作品が収蔵され、展示公開されています。その中核をなす黒田清輝による油彩画は、現在149点を数えます。現在、黒田記念館は東京国立博物館の一部となり、これらの作品も東京国立博物館の所蔵となっています。
 令和3(2021)年10月から12月にかけて、これら黒田清輝の油彩画全点について、東京国立博物館職員の立ち合いのもとに、高精細カラー写真撮影・赤外線写真撮影・蛍光写真撮影を行いました。また、《智・感・情》、《読書》、《舞妓》、《湖畔》の4作品については蛍光X線分析による彩色材料調査を併せて行いました。
 黒田清輝は19世紀末にフランスに留学して油彩画を学び、デッサンやクロッキーによる基礎に立脚しつつ、戸外での写生を重視する作風を身に着け、帰国後は日本近代絵画の主流をなすに至りました。しかしながら黒田清輝の画風は、留学期と帰国直後、さらには日本での地位の確立以降と、彼の立場や環境にともなって変化しており、一様ではありません。今回の写真撮影では、これまで高精細カラー写真撮影や赤外線写真撮影、蛍光写真撮影が行われていなかった作品まで含め、黒田記念館に収蔵される全ての油彩画を同一手法かつ同一のライティングで撮影したことに意義があります。高精細カラー写真によって浮かび上がる筆触、赤外線写真や蛍光写真によって写し出される下絵の存在や顔料の重なり方、そして蛍光エックス線分析によって得られる彩色材料に関する情報を総合的に評価していくことで、彼の作品が実際にどのように作られたのか、より深く知ることが可能となるでしょう。今回撮影された写真は、近代日本における油彩画の先駆者であった黒田清輝の油彩画の実像に迫るために、欠かせない資料となるはずです。
 なお、これまでに一部の油彩画作品については東文研ウェブサイト(「黒田清輝の作品について」https://www.tobunken.go.jp/kuroda/japanese/works.html) にて既に公開しています。また、報告書『黒田清輝《智・感・情》美術研究作品資料 第1冊』(2002年)、『黒田清輝《湖畔》 美術研究作品資料 第5冊』(2008年)などでもご覧頂けます。今回の撮影・調査結果については、随時、ウェブサイトにて公開していく予定です。

【シリーズ】無形文化遺産と新型コロナウイルス フォーラム3「伝統芸能と新型コロナウイルス―Good Practiceとは何か―」の開催

The Shakuhachi 5による演奏『スペース 3本の尺八のための』
座談会の様子

 無形文化遺産部では、令和3(2021)年12月3日、東京文化財研究所セミナー室にてフォーラム3「伝統芸能と新型コロナウイルス―Good Practiceとは何か―」を開催しました。
 午前は、当研究所無形文化遺産部・石村智、前原恵美、鎌田紗弓が、ユネスコの「Good Practice」の捉え方、コロナ禍における伝統芸能の現状とさまざまな支援について報告、新たに選定された国の選定保存技術や若手・中堅実演家の動向(蒼天、The Shakuhachi 5)を取り上げて話題を提供し、尺八演奏が披露されました。
 午後は、企画・制作者(独立行政法人 日本芸術文化振興会、兵庫県立芸術文化センター)、実演家(能楽シテ方観世流、日本尺八演奏家ネットワーク(JSPN))、保存技術者(藤浪小道具株式会社(歌舞伎小道具製作技術保存会))および文化庁「邦楽普及拡大推進事業」事務局(凸版印刷株式会社)からの事例紹介が行われました。座談会では、コロナ禍の最中にあってもwithコロナを見据え、伝統芸能の現状や取り組みを客観視し、情報共有するとともに、こうした機会を継続的に持つこと自体も「Good Practice」であるとして、締め括りました。
 なお、このフォーラムはコロナ対策のため、一部関係者のみの参加となりましたが、当研究所ウェブサイトで令和4(2022)年3月31日まで記録映像を無料公開しています。また、年度末に報告書を刊行し、当研究所ウェブサイトで公開する予定です。

文化・遺産・気候変動国際共催会議への参加

キリバスでは海水面上昇により国そのものが水没することが懸念されています(撮影:2014年2月)

 現代を生きる私たちにとって気候変動は重要な解決すべき問題のひとつです。令和3(2021)年10月~11月に国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)が開催されたのも記憶に新しいことと思いますが、今や国際社会が強調してこの問題に取り組んでいます。
 気候変動の問題は文化遺産の保護にも深く関わっています。例えば気候変動に関連するといわれる大型台風や大雨によって文化遺産や博物館が被災することが懸念されています。さらには海水面の上昇によって、沿岸部や標高の低い場所にある文化遺産は消滅してしまうおそれもあります。こうした問題に関連して、東京文化財研究所は平成25(2013)年度に「気候変動により影響を被る可能性の高い文化遺産の現状調査」を文化庁の文化遺産保護国際貢献事業(専門家交流)として実施し、とりわけ気候変動の影響を受けやすい大洋州地域のツバル、キリバス、フィジーの3か国で調査を行ったこともありました。
 そして今回、令和3(2021)年12月6日~10日にかけて、「文化・遺産・気候変動国際共催会議(International Co-Sponsored Meeting on Culture, Heritage and Climate Change (ICSMCHC))」がオンラインで開催されました。この会議は国連教育科学文化機関(ユネスコ)、国際記念物遺跡会議(イコモス)、国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が主催し、文化遺産と気候変動の問題を総合的に議論する世界初の国際的な機会となりました。会議には世界の各地域から100名以上の専門家が参加し、日本からは筆者の石村智(無形文化遺産部音声映像記録研究室長)と東京海洋大学教授・イコモス国際水中文化遺産委員会(ICUCH)委員の岩淵聡文氏の2名が参加しました。
 この会議の開催に先立ち、令和3(2021)年9月~10月にかけて3回の準備会合がオンラインで開催されて論点の整理が行われ、その成果は会議直前の12月1日に「白書(White Papers)」と題する報告書にまとめられました。そして会議はこの報告書の論点に基づいて進められました。
 テーマとして論じられたのは、①「知識体系:文化・遺産・気候変動の体系的関係」、②「インパクト:文化と遺産の喪失、ダメージ、適応」、③「解決:可能な変化と代替となる持続可能な未来における文化と遺産の役割」の3つで、それぞれのテーマに沿って「公開パネル」「ワークショップ」「ポスター発表」が行われました。「公開パネル」では、あらかじめ選ばれた専門家により議論が行われ、その模様が動画配信されました。「ワークショップ」ではオンライン会議システムを用い、参加した専門家による議論が行われました。しかし参加するすべての専門家が一度に議論を行うことは難しいため、参加者は5~10名のグループに分かれてそれぞれ議論をおこなうというグループディスカッションの形式がとられました。そして「ポスター発表」では、専門家がそれぞれウェブサイト上にポスターを掲載し、またその質疑応答や議論を行うためのコアタイムがオンライン会議システムを用いて開催されました。
 会議で論じられたトピックは数多くあり、またそれぞれのグループで様々な議論が行われたため、現在事務局がその取りまとめを行っており、最終的な報告書は2022年前半に刊行されるとのことです。
 会議に参加した筆者の感想としては、文化遺産の中でもとりわけ無形文化遺産が果たす役割に期待されていることを感じました。テーマ①で論じられた「知識体系」においても、気候変動を議論するにあたって、「科学的知識(scientific knowledge)」だけではなく、「土着的知識(indigenous knowledge)」および「地域的知識(local knowledge)」を重視すべきとの声が多く聞かれました。これらはいわゆる無形文化遺産としての「伝統的知識(traditional knowledge)」に相当するものと考えられますが、とりわけ気候変動が文化遺産にもたらす影響について考えるにあたって、その文化遺産が所在する地域コミュニティの知識を組み込むべきであるということが主張されました。それに加えて、こうした「土着的知識」や「地域的知識」の中にこそ、気候変動の問題を解決する鍵が含まれているのではないかという期待も多く表明されました。
 今回の会議の主催団体のひとつであるイコモスは、文化・遺産・気候変動の問題をさらに突き詰めていくための体制を構築すべく、今後も事業を進めていくとのことです。私達も引き続きこの動きを注目していきたいと思います。

ユネスコ無形文化遺産保護条約第16回政府間委員会のオンライン傍聴

ミクロネシア連邦におけるカヌー文化の現地調査の様子(2018年8月)

 令和3(2021)年12月13日から18日にかけて、ユネスコの無形文化遺産保護条約第16回政府間委員会が開催されました。委員会はスリランカでの開催が予定されていましたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、前回同様のオンライン開催となりました。ただ、前回の審議時間が各日3時間の短縮版だったのに対し今回は6時間で、アジェンダ(議題)も通常と同様です。当日は、パリのユネスコ本部にPunchi Nilame Meegaswatte議長(スリランカ)と事務局職員だけが集まり、それ以外の委員国、締約国、認定NGO等の代表団はオンライン会議システムで参加しました。審議の様子はインターネット中継され、その模様を東京文化財研究所の2名の研究員が傍聴しました。
 今回、日本から提案された案件はありませんでしたが、「緊急に保護する必要のある無形文化遺産の一覧表(緊急保護一覧表)」に4件、「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表(代表一覧表)」に39件の案件が記載され、「保護活動の模範例の登録簿(グッド・プラクティス)」に4件の案件が登録されました。ミクロネシア連邦、モンテネグロ、コンゴ民主共和国、コンゴ、デンマーク、セイシェル、東ティモール、アイスランド、ハイチの9か国の案件は、初めての一覧表記載となります。
 これらの案件のうち、ミクロネシア連邦が提案し緊急保護一覧表に記載された「カロリン諸島の伝統的航海術とカヌー作り(Carolinian wayfinding and canoe making)」は、当研究所による文化遺産保護の国際協力事業と関連した案件です。当研究所は平成28(2016)年5月のグアムでの第一回「カヌーサミット」の開催や、平成30(2018)年9月のミクロネシア連邦の伝統航海士との日本での交流など、太平洋島しょ国における無形文化遺産としてのカヌー文化の保護に取り組んできました。今回の記載は、このような当研究所の取り組みの成果の一つともいえます。また、ハイチが提案した案件「ジュームー・スープ」は、次回審議される予定でしたが、特例で今回審議され、代表一覧表に記載されました。令和3(2021)年8月14日に同国で発生した地震により大きな被害を受け、復興の途上にあるハイチの人々を、この案件の記載で勇気付けたいという同国の思いと国際社会の配慮によるものです。無形文化遺産が被災者を勇気付ける役割を果たしうることは、平成23(2011)年の東日本大震災でも指摘されましたが、今回の事例で再確認しました。
 今回の政府間委員会では、令和3(2021)年に開催された「無形文化遺産保護条約の一覧表記載方法について検討するグローバルな検討の枠組みに基づいた全締約国が参加可能な政府間ワーキンググループ会合(Open-ended intergovernmental working group meeting in the framework of the global reflection on the listing mechanisms of the 2003 Convention)」の成果についても議論されました。無形文化遺産保護条約の運用における具体的な手続きは「運用指示書(Operational Directives)」に記述されていますが、条約の運用開始から十数年が経ち、「運用指示書」に記述のない様々な事例も生じています。例えば、緊急保護一覧表に記載された案件の代表一覧表への移行や、一覧表に記載された案件の削除の手続きは「運用指示書」に記述されておらず、政府間委員会での個別の判断にゆだねられてきました。そこで、これらの問題について包括的に議論するワーキンググループが平成30(2018)年に設立され、さきに述べた令和3(2021)年の会合の成果を踏まえた運用指示書の改定案が提出されました。改定案は来年の締約国会議への提出が決まりましたが、さらに議論を煮詰めるため、ワーキンググループの任期は令和4(2022)年まで延長されています。
 今回の委員会はオンライン開催という制約にもかかわらず、議事はスムーズに進行しました。委員国をはじめとする各国代表団やユネスコ事務局の相互の信頼と協力があってのものですが、加えて議長のリーダーシップによるところが大きかったように思います。母国スリランカでは残念ながら開催できませんでしたが、議長は時折ユーモアを交え参加者を和ませつつも真摯にその任にあたり、その姿勢には感動を覚えました。次回の開催国は、新型コロナウイルス感染拡大の状況を見極めつつ、後日正式にアナウンスされることになりましたが、無事に現地で開催できることを願っています。

「第16回無形民俗文化財研究協議会」の開催

総合討議の様子

 令和3(2021)年12月17日に、第16回無形民俗文化財研究協議会「映像記録の力―危機を乗り越えるために―」を、感染拡大防止のため最小限の関係者のみで開催いたしました。
 現在も新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響が続いており、無形民俗文化財の関係者は従来通りの活動が出来ない状況にあります。2年続けて祭りが開催出来ないとなると、技術の継承やモチベーション維持の点などで問題が生じ、多くの文化財に継承の危機が迫っていると思われます。
 こうした危機を乗り越えるための試みのひとつとしては、映像の活用が挙げられます。集うことが制限されるコロナ禍では、対面せずに人とつながることが出来る映像技術が普及しました。また、伝承における映像記録の有用性が再認識され、さまざまな記録映像が作成されたり、撮りためられていた映像の活用がなされるようになりました。
 そこで今年度の協議会は、そうした映像記録の諸問題を考える場とし、東京文化財研究所から2名、行政・研究者の立場から5名が、自治体、民間、学術機関での映像・メディアによる保存・活用の取り組みについて発表を行いました。その後、2名のコメンテータとともに総合討議が行われ、活発な議論が交わされました。
 この協議会の模様は、動画視聴ページ(https://tobunken.spinner2.tokyo/frontend/login.html)にて、令和4(2022)年1月14日~2月14日まで、動画配信をしています。また、協議会のすべての内容は令和4(2022)年3月に報告書として刊行し、後日、無形文化遺産部のホームページでも公開する予定です。

虫糞から文化材害虫を特定する分子生物学的解析

DNAを識別子として文化財害虫の同定を行う方法
建造物から虫糞を採取する様子

 文化財に顕著な物質的損失を引き起こし、その価値を著しく減ずる文化財害虫による被害は文化財保存における普遍性を持った深刻な問題のひとつです。文化財が害虫に蝕まれたときに、少しでも早く発見し対策を講じることはとても重要なことです。しかし、実際の現場では厄介なことに生体は見つからず虫糞だけしか残されていないことが多々あり、これでは専門家であっても加害種の特定が難しいという状況がありました。そこで生物科学研究室では、虫糞から抽出したDNAを識別子として文化財害虫の同定を行う研究を進めています。
 令和3年度の成果として、文化財に多く用いられている竹を加害する主要な害虫について虫糞から種を特定する手法の確立に成功しました。成果の概要は、まず竹材害虫を採集してDNAを抽出して、種固有の塩基配列を決定します。この情報を生物種の外部形態とDNA情報を統合してデータベース化している国際データベースへ登録を行います。そして、実際に竹材害虫の飼育容器や屋外の建造物から採取した虫糞からDNAを抽出して、塩基配列を決定します。この情報を国際データベースと照合して、種の特定を行うという方法です。これまでは虫糞に含まれる僅かなDNAの抽出やそこに含まれる他の生物のDNAの干渉など、塩基配列を決定するまでのプロセスで多くの課題がありました。しかし、「特異的プライマーによるPCR法」によって、ようやく実際の建造物から採取した未知の虫糞を使って、加害種を特定することに成功しました。詳しくは保存科学誌の第61号に掲載されます。
 今後は、多岐にわたる系統の文化財害虫の虫糞から種を特定できるように、特異的プライマーの開発を進めていくとともに、手法の標準化や簡略化など検出システムの基盤を整備して、現場で使いやすい検査方法となることを目指して研究を進めていきたいと考えています。

バガン遺跡(ミャンマー)における技術支援に係る経過状況の把握

良好な状態を保つ保存修復箇所(中・上段部)と、未修復箇所に育った草木

 東京文化財研究所では、ミャンマーのバガン遺跡において同国宗教文化省 考古国立博物館局バガン支局の職員を対象にした煉瓦造寺院の壁画と外壁の保存修復方法に関する技術支援および人材育成事業に取り組んできました。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大及びミャンマー情勢の悪化に伴い、現地における活動ができない状況が続いています。そこで、本事業の対象として保存修復を進めてきたMe-taw-ya寺院及びLokahteikpan寺院の状態を把握するため2ヶ月おきにオンライン会議を開催し、現地職員によって撮影された写真を参考に維持管理に係る助言を続けています。
 令和3(2021)年12月19日の会議では、Me-taw-ya寺院の現状について報告があり、活動休止後約2年間が経過した現在も保存修復箇所が良好な状態を保持していることが伝えられました。バガン遺跡では、目地漆喰の補修や寺院の雨漏り対策が繰り返し行われてきましたが、その多くは1年も経たずに修復材料が傷んでしまうという問題に悩まされ続けてきました。2021年は特に雨量が多く、例年にはない甚大な被害が出たとの報告も受けています。
 本事業では、こうした現地専門家が抱える悩みに寄り添い、その対策を講じるべく研究を続けてきました。新しく導入した修復材料は、最も古い施工箇所では5年が経過しています。文化財の保存修復では作業そのものも重要ですが、その後の経過状況を見守ることも重要です。現地での活動ができない今の状況は非常にもどかしいですが、複数年にわたる保存修復の効果を確認できたことは大きな成果といえます。
 1日も早く、現地での活動が再開できることを願いつつ、引き続きできる限りの協力を続けていきたいと思います。

ネパールの被災文化遺産の復旧支援に向けた事前調査

調査開始前のシヴァ寺基壇南東隅部
解体調査によって露出した基壇内部の当初と思われる構造

 平成27(2015)年4月25日にネパールを襲ったマグニチュード7.8の地震により、首都カトマンズを含む広範な地域が被災し、世界遺産を含む多くの文化財も被害を受けました。東京文化財研究所は、文化庁委託事業などを通して同年11月から被災文化遺産の保護に関する調査・支援を続けてきました。今回は、国際協力機構(JICA)からの要請を受けて筆者が派遣され、令和3(2021)年12月5日~17日の間、カトマンズ・ハヌマンドカ王宮内シヴァ寺の基壇の部分的解体調査を行いました。
 シヴァ寺は17世紀建立と伝えられる平面規模5メートル四方程度の重層建物で、上記震災によって上部構造が完全に倒壊しました。当研究所は平成29(2017)年6月にも同寺院の基礎構造を確認するための発掘調査を行いましたが、今回は本格的な復旧に必要となる構造補強検討のための基礎的資料を得るため、残存する煉瓦造の基壇内部の構成および状況確認を目的とした調査を実施しました。
 調査の結果、基壇の上層部や外周部には各種の煉瓦が雑に積まれていて後代の補修時のものと思われるのに対し、下層部および内部には規格の揃った煉瓦が整然と積まれていることがわかりました。これら創建当初と推測される部分は比較的安定した状態を保っており、以前の発掘調査結果とも一致します。
 このほか、上部構造の石材同士の接合部に用いられていた接着剤や、基壇を構成する煉瓦の目地に充填されていたモルタルの成分分析も予定しています。これらの成果が、ネパールの震災復旧支援の一助となり、ひいては現地における歴史的建造物への理解増進に資することを期待しています。

第55回オープンレクチャーの開催

講演風景(小林)
講演風景(安永)

 文化財情報資料部では、毎年秋に広く一般の聴衆を募って、研究者の研究成果を講演する「オープンレクチャー」を開催しています。令和3(2021)年は新たに「かたちを見る、かたちを読む」のテーマのもと行われました。例年2日間にわたって外部講師を交えて開催してきましたが、昨年同様、新型コロナ感染防止の情勢から、内部講師2名による1日のみのプログラムとし、令和3 (2021)年11月5日に、抽選制による30名限定の定員にて、検温、マスク、手指の消毒に配慮して開催いたしました。
 本年は、文化財情報資料部日本東洋美術史研究室長・小林達朗による「皆金色阿弥陀絵像の出現とその意味―転換期の時代思潮の表象」、および主任研究員・安永拓世による「香川・妙法寺の与謝蕪村筆「寒山拾得図襖」―画像資料を活用した復原的研究―」の2講演が行われました。
 小林からは、鎌倉時代の阿弥陀絵像にほどこされた金泥・金箔による皆金色という表現について、時代的思潮の転換、とくに天台本覚思想の出現にともなう阿弥陀への認識とのかかわりを中心とした講演がされました。また、安永からは、香川県丸亀市の妙法寺に伝わる「寒山拾得図襖」(重要文化財)の経年による破損部分について、当研究所がかつて撮影したモノクロ写真および新たに撮影した高精細画像をもちいた復原の試みが紹介されました。
 聴衆へのアンケートの結果、参加者の85パーセントから「満足した」「おおむね満足した」との回答を得ることができました。

世界遺産条約の履行に関する最近の国内外の動向―第6回文化財情報資料部研究会の開催

研究会のまとめ

 世界遺産条約を日本が批准して30年近くが経ちました。令和3(2021)年には「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」「北海道・北東北の縄文遺跡群」が加わり、日本の世界遺産は現在25件を数えます。令和3(2021)年11月30日の第6回文化財情報資料部研究会では、二神葉子(文化財情報資料部文化財情報研究室長)が、世界遺産の推薦や決定、保護といった、世界遺産条約に基づく最近の国内外での活動について報告しました。
 令和3(2021)年7月に中国・福州及びオンラインで開催された拡大第44回世界遺産委員会では、諮問機関に世界遺産一覧表への記載を勧告されなかった推薦資産の多くが、世界遺産委員会で記載を決議されました。例えば、ハンガリーなどが推薦した「ローマ帝国の国境線:ドナウリメス(西側部分)」は、ハンガリーの脱退で世界遺産委員会直前に資産範囲が大きく変わり、文化遺産の諮問機関であるICOMOSが評価不能としたものの記載が決議されています。ただ、この推薦に関しては、ICOMOSが過去に実施したテーマ別研究の結果と、推薦を受けてICOMOSが行った現地調査に基づく勧告の内容とに齟齬があり、勧告への対応について関係締約国間の調整がつかなかったことがハンガリーから指摘されており、ICOMOSに対する委員国の反発を生んだ可能性もあります。拡大第44回世界遺産委員会に関して、このような世界遺産一覧表への記載推薦に関する問題とともに、推薦書の予備的審査などの改善策も導入されたことを報告しました。
 世界遺産委員会の動きとは別に、国内では令和2(2020)年から、文化審議会世界文化遺産部会による日本の世界遺産の推薦や保護の在り方に関する検討が行われています。この検討内容についても、ウェブ公開されている資料に基づき報告を行いました。
 研究会では、国内における世界遺産推薦や保護に関する活動の課題を中心に議論が行われ、広範な関連情報発信の必要性も感じられる機会となりました。

Art news articlesの公開について

本文末尾の「(Japanese)」にて日本語の記事にリンクしている

 東京文化財研究所では、昭和11(1936)年より日本の美術界の活動を一年ごとにまとめた『日本美術年鑑』を刊行しております。同年鑑は「東京文化財研究所刊行物リポジトリ – 『日本美術年鑑』(リンク1)」から一冊ずつPDFファイルでダウンロードできますが、当研究所のウェブデータベースで掲載された情報を直接検索いただくこともできます。
 さて、同年鑑をもとに構築されたデータベースの一つである「美術界年史(彙報)データベース(リンク2)」は、昭和11(1936)年から現在に至るまでの美術界の動向を主要な展覧会や美術賞、美術館や文化財に関係する出来事から追うことのできる資料の一つです。この度、平成25(2013)年より共同研究を行っているイギリスのセインズベリー日本藝術研究所(Sainsbury Institute for the Study of Japanese Arts and Cultures; SISJAC)のご協力を得て、同研究所スタッフの林美和子氏に同データベースの平成25(2013)年、平成26(2014)年、平成27(2015)年分の記事を英語に翻訳いただき「Art news articles(リンク3)」として公開することができました。今後、翻訳の進捗に合わせて随時、データを追加して参ります。
 同データベースの英語訳は、これまでの日本の美術界の歩みを海外に伝える上で大きな助けとなるものです。しかしそれだけではなく新たな情報発信のためのボキャブラリーとしても大いに役立つと考えております。日本語と英語の記事の双方を容易に利用できるよう記事単位でリンクを作成しましたが、訳語の単位でも双方を連携できるような改修を検討しておりますので、継続的にご利用いただければ幸いです。

古典芸能に関わる文化財保存技術の調査―能装束製作―

機にかける経糸を継ぎ調整する(経継ぎ)
様々な緯糸を使い製織する
裁断し仕立てる

 無形文化遺産部では文化財の保存技術について、調査研究を行っています。文化財保存技術のうち、能楽に関するものとして、「能装束製作」について調査を行いました。能楽は舞台で上演されますが、上演に際しては能面や能装束等が必要不可欠です。芸能そのものに加え、それを支える技術も無形の文化財の継承に欠かすことができません。
 「能装束製作」の技術については、令和2年度に佐々木洋次氏(京都府)が国の選定保存技術の保持者に認定されています。佐々木氏は明治30(1897)年に創業した「佐々木能衣装」の4代目として、京都・西陣の伝統的なジャガードと手織り機を用いてオーダーメイドで能装束を製作しています。能装束には様々な形があり、上演される作品に合わせて選ばれる紋様なども多様です。舞台上で映えるよう、煌びやかな意匠が凝らされているものも多く、製作には能楽師からの繊細な要求に応える高い製織技術が求められます。
 今回の調査では、佐々木洋次氏に聞き取り調査を行い、能装束製作の各工程について写真や動画で記録を行いました。その成果の一部を『日本の芸能を支える技』パンフレットの一冊として、今年度刊行することを予定しています。

和泉市久保惣記念美術館での講演とリートベルク美術館のシンポジウムでの発表

2つの展覧会図録
和泉市久保惣記念美術館での講演会
リートベルク美術館でのシンポジウム(YouTubeでの配信画面)

 すぐれた日本東洋の古美術コレクションで知られる和泉市久保惣記念美術館で「土佐派と住吉派 其の二―やまと絵の展開と流派の個性―」展(令和3(2021)年9月12日〜11月7日)が開催されました。この展覧会では桃山時代の土佐光吉から近代に至るまでの、土佐派・住吉派の作品が一堂に会され、それぞれの絵師が守り継いだものと、革新していったものが、浮かび上がる企画となっていました。本展にあわせて10月16日に行われた講演会にて、同館の館長河田昌之氏とともに、文化財情報資料部・江村知子が「海を渡った住吉派絵画—ライプツィヒ民族学博物館蔵「酒呑童子絵巻」を中心に」と題して発表しました。当研究所ですすめている在外日本古美術品保存修復協力事業や、海外に所蔵される日本美術作品について紹介し、天明6(1786)年に制作されたと考えられる住吉廣行筆「酒呑童子絵巻」について解説しました。この展覧会には住吉廣行の長男の弘尚が、父の作品に倣って制作したと考えられる「酒呑童子絵巻」(根津美術館蔵)が出陳されており、その対照性についても明らかにしました。
 またスイスのリートベルク美術館ではヨーロッパの美術館に所蔵される物語絵画を集めた《Love, Fight, Feast – the World of Japanese Narrative Art》展(令和3(2021)年9月10日〜12月5日)にあわせて10月23日に国際シンポジウムが開催され、江村は《A Great Tale of Exterminating Ogres: Shuten-dōji Handscrolls of GRASSI Museum für Völkerkunde zu Leipzig》と題して基調講演を行いました。この展覧会で住吉廣行筆「酒呑童子絵巻」が初公開されたこともあり、絵巻全体の内容と作品の特色について明らかにしました。シンポジウムはチューリッヒの会場と、東京、ダブリン(アイルランド)、ニューヨーク(米国)をつないで、オンライン形式で行われ、インターネットで配信されました。
https://www.youtube.com/watch?v=36FC6IOS_o0&t=1160s
 新型コロナウイルス感染症の影響もあり、参加者全員が同じ場所に集まることはできませんでしたが、多くの研究者と意見交換する貴重な機会となりました。発表で取り上げた住吉廣行筆「酒呑童子絵巻」については、研究資料として『美術研究』435号に掲載する予定です。

被災文化財(工芸技術)に関する現地調査-珠洲焼―

地震で破損した作品(珠洲市提供)
2022年6月19日石川県能登地方の地震における震度と各工房での被害状況(珠洲焼map及びJ-RISQ地震速報より作成)

 珠洲焼は、12世紀中頃から15世紀末にかけて珠洲市および能都町東部(旧内浦町)で生産されていた陶器です。釉薬を用いずに還元炎焼成されることで灰黒色に発色する特徴があります。昭和51(1976)年に珠洲市や商工会議所の努力で再興事業が始まり、平成元(1989)年には石川県伝統的工芸品に指定されました。現在、珠洲市内では、工房や個人の陶工を合わせて約50名が活動しています。
 令和4(2022)年6月19日に発生した能登半島の地震では、珠洲焼の工房への被害が確認されました。そこで、被害状況とその後の対応について把握するため、無形文化遺産部と文化財防災センターが共同して、現地調査(令和4(2022)年9月6日、10月24~25日)を行いました。現地調査は、珠洲市産業振興課、珠洲市立珠洲焼資料館、珠洲市陶芸センター、珠洲焼の陶工の団体である「創炎会」のご協力のもとで実施しました。
 今回の地震による揺れが特に大きかったのは、正院、直、飯田地区でした。当該地に立地する工房では、作品の破損だけでなく、制作に欠かせない薪窯が毀損する被害が報告されています。地震の翌日、珠洲市産業振興課は全工房と陶工へ電話をかけて被害状況を確認し、被害の様子を写真で記録するように指示しています。その後、「創炎会」篠原敬会長が中心となり、より詳細な被害状況把握のためのアンケートを実施しました。アンケート結果をもとに、珠洲市担当職員は、被害があった工房を訪問し、復旧に必要な情報の把握を行いました。現在、そうした情報を総合し、一部の窯の復旧には石川県の「被災事業者再建支援事業費補助金」への申請が検討されています。
 今回の事例では、陶工同士の横のつながりである「創炎会」というコミュニティの大切さと、有事における迅速な被害状況の把握と記録の重要性を感じました。
 今後も、無形文化遺産部と文化財防災センターでは様々な現地調査を通して工芸技術の防災について考えていきます。

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