研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


片野四郎旧蔵の羅漢図について―第8回文化財情報資料部研究会の開催

研究会風景
羅漢図

 令和3年(2021)2月25日、第8回文化財情報資料部研究会が開催され、米沢玲(文化財情報資料部)と安永拓世(同)が、光明寺(東京都港区)が所蔵する羅漢図についての調査報告をそれぞれ行いました。
 報告を行った羅漢図は昨年の調査によって見出されたもので、明治28年の『國華』74号掲載の作品紹介の記事により、美術鑑定家・片野四郎(1867~1909)が旧蔵者であることが判明しました。米沢は「片野四郎旧蔵の羅漢図について―図様と表現の考察―」と題して城野誠治(文化財情報資料部)が撮影した高精細画像と赤外線写真を交えながら作品を紹介し、図様について、天部像を礼拝する羅漢とその従者であること、画面の上方には極楽浄土を象徴する迦陵頻伽と共命鳥が描かれていることを報告しました。また、表現については中国大陸で制作されたと考えられ、作品の様式的検討から元時代の作例である可能性を指摘しました。安永からは「片野四郎旧蔵「羅漢図」の近代における一理解」として、旧蔵者である片野四郎と父・片野邑平の事績、そして片野親子と交流した人々に関する詳細な報告がなされました。片野四郎は江戸青山の紀州藩邸で生まれ、帝国博物館美術部に勤務するなど我が国の黎明期における文化財行政に深く関わった人物で、古美術品の収集にも熱心でした。本羅漢図は、邑平の没後に売却され侯爵・井上馨が購入したことが売立目録や他の資料との照合から判明します。さらに安永は、本羅漢図がその構図によって平安時代の画家・巨勢相覧の作であることが伝承されていたことを指摘し、近世から継承された近代的な羅漢図の理解という側面についても考察を加えました。 
 当日の研究会はオンライン併用で開催され、コメンテーターとして梅沢恵氏(神奈川県立金沢文庫)・塚本麿充氏(東京大学)・西谷功氏(泉涌寺)をお招きし、それぞれの専門的見地から貴重なコメントをいただき、質疑応答の場では活発な意見交換がなされました。作品の保存状態や制作地・年代に関する諸問題は残されているものの、図様と表現の検討に加えて、伝来や近代的な羅漢図の理解という多方面からの報告がなされ、非常に充実した研究会となりました。


「斎藤たま 民俗調査カード集成」の公開

 無形文化遺産部では、2月1日より「斎藤たま 民俗調査カード集成」の公開をはじめました。本データベースは、民俗学者 斎藤たま氏(1936~2017)が作成した調査カードをアーカイブしたものです。https://www.tobunken.go.jp/materials/saito-tama
 たま氏は1970年代から日本全国の野辺歩きをはじめ、現在わかっているだけでも北海道から沖縄まで2500を超える地域を訪ねて民俗調査を行ってきました。その調査対象は植物、動物、まじない、遊び、言葉、年中行事、人生儀礼など多ジャンルに及び、聞き取り内容を整理した調査カードは総数およそ4万7千枚に及びます。いずれも暮らしに身近で、ややもすると見逃しがちな民俗を対象にしているのが特徴であり、現在では失われてしまった民俗事例も数多くあります。
 これらのカードは、たま氏の書籍を数多く刊行している論創社に預けられていたもので、たま氏の研究をされてきた民俗学者・岩城こよみ氏の仲介により、2017年に東京文化財研究所でお預かりすることになりました(詳しい経緯については 狩野萌2018「〔資料紹介〕斎藤たまの調査カード」『無形文化遺産研究報告12』を参照)。
 無形文化遺産部ではこの貴重な仕事を後世の私たちが十全に活用できるようにするため、カード画像の閲覧や、キーワードや分類、地名による検索ができるシステム作りを進めてきましたが、このたび、ご遺族のご厚意により、その成果の一部を公開することが叶いました。カードの整理作業は現在も続けており、毎月15日頃を目途に順次、内容を追加・更新していく予定です。
 調査カードに記されたひとつひとつの情報は些細で小さなものにすぎません。しかし、それが集積された時に見えてくる世界はきわめて豊かです。このアーカイブの公開により、たま氏の功績にふたたび光があたるとともに、豊かな民俗世界の実態について、さらなる理解が深まることを期待したいと思います。


令和2年(2020)度第2回古墳壁画保存対策プロジェクトチーム会議のオンライン開催

 令和3(2021)年2月16日に東京文化財研究所と奈良文化財研究所による古墳壁画保存対策プロジェクトチーム会議を開催しました。古墳壁画保存対策プロジェクトは国宝高松塚古墳壁画と国宝キトラ古墳壁画の恒久保存を目的とした、二研究所が長年主軸となって推進してきたプロジェクトであり、現在は4つのチーム(保存活用班、修復班、材料調査班、生物環境班)に分かれて調査研究を行っています。今年度2回目であるこの会議は、新型コロナウイルス感染症拡大防止として発出された緊急事態宣言下での開催であったため、東京文化財研究所、奈良文化財研究所、文化庁をオンラインでつないで開催しました。
 会議では、古墳発掘調査区の三次元復元モデルの作成や壁画の状態確認、非接触による壁画の光学分析、キトラ古墳壁画保存管理施設および国宝高松塚古墳壁画仮設修理施設の温湿度や微生物のモニタリング結果について各班から報告があり、それらをもとに慎重な議論が進められました。会議で集約された報告内容は、令和3(2021)年3月23日に開催された第28回古墳壁画の保存活用に関する検討会で公表され、検討会委員から今後の研究や活動の方向性についてご指摘やご助言をいただきました。
 検討会の配布資料や議事録につきましては、文化庁HPに掲載していますので、興味のある方は下記リンクよりご覧ください。
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kondankaito/takamatsu_kitora/hekigahozon_kentokai/index.html

 高松塚古墳壁画の修理は令和元(2019)年度末で完了し、公開するのに適した新しい施設の設置が検討されています。仮設修理施設から新しい公開施設への移動に伴う、壁画への負荷や環境変化など検討する事項は数多くありますが、これまでの両壁画の恒久保存に関する調査研究と併せて、プロジェクトチームで検証していく予定です。


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