研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


10月施設見学

文化遺産国際協力センターの取組について説明を受ける様子

 東京学芸大学 9名
 10月5日、当研究所で行っている国内外の文化財研究や文化財保護協力といった最新活動に対する理解を深め、今後の学習に活かすために来訪。企画情報部の資料閲覧室、無形文化遺産部の実演記録室及び保存修復科学センターの保存科学研究室を見学し、各担当研究員による業務内容の説明を受けました。また、文化遺産国際協力センターでは、当研究所の国際的な取組について、研究員による説明を受けました。


企画情報部「第49回オープンレクチャー モノ/イメージとの対話」の開催

会場の様子

 企画情報部では、10月30日(金)、31日(土)の2日間にわたって、オープンレクチャーを当所セミナー室において開催しました。日頃の研究の成果を広く一般に講演の形で発信するものとして毎年行われており、今回で第49回を迎えました。本年は当所研究員2名に加え、外部講師2名を迎え、各1時間余の講演が行われました。
 第1日目は、皿井舞(企画情報部主任研究員)「仁和寺阿弥陀三尊像と宇多天皇の信仰」、増記隆介(神戸大学准教授)「十世紀の画師たち―東アジア絵画史から見た「和様化」の諸相―」。皿井は宇多天皇が造立した阿弥陀三尊像について、その図像的特色とこれが宇多天皇を中心とする宗教史的歴史的背景といかに関わっているかを述べ、増記氏は中国における10世紀頃の山水画の変化を史料から読みとり、その日本への影響について考察されました。第2日目は、安永拓世(企画情報部研究員)「与謝蕪村の絵画に見る和漢」、吉田恵理(静岡市美術館学芸係長)「池大雅の山水画を考える―二つの「六遠図(りくえんず)」を手がかりに―」。安永は江戸時代の代表的な画家である与謝蕪村の絵画において「和」と「漢」が彼の表現の中でどのように意識され、混交され、実作品にどのように表れているかを述べ、吉田氏は蕪村と並ぶ江戸画家・池大雅が描いた「六遠図」を中心に、それが中国の絵画理論を源としながらもユニークなものであること、日本的「文人画家」としての大雅の絵がどのように形成されていったかを諸作品の筆法、また作品に関わった人々との関連によって講演されました。
 第1日目は138名、第2日目は109名の多くの聴衆を迎え、アンケートに回答いただいた方のうち、「大変満足した」と「おおむね満足だった」が合わせて8割以上と好評をいただきました。

/ 小林達郎)

国際シンポジウム「日本美術史研究の現在―グローバルな視点から」への参加

 様々な分野でグローバル化が課題となっている中で、美術史学においても「世界美術史」や「グローバル美術史」への試みがなされるようになっています。そうした状況を踏まえてハイデルベルク大学東アジア美術研究所の主催により、国際シンポジウム「日本美術史研究の現在―グローバルな視点から」が10月22日から24日まで、ハイデルベルク大学のカールジャスパー・センターで行われました(http://sharepoint2013.zo.uni-heidelberg.de/zo-conference-hub/conf-iko/histories-of-japanese-art/SitePages/Home.aspx)。同シンポジウムは石橋財団がハイデルベルク大学への日本からの日本美術史客員教授派遣する支援をする「石橋財団日本美術史客員教授制度」の創設10周年を記念したもので、1「世界の創出―空想の日本」、2「東アジアからの輸出美術品の拡散」、3「20世紀初頭の芸術界における日中関係」、4「日本美術と公衆の語り」、5「欧米における東洋美術品収集と世界美術史の形成」、6「戦後美術の同時代性」、7「国際展における「日本」」の7つのパネルによる構成で、22名の研究発表と各パネルでの討論、クリスティン・グート氏(ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館)Christine Guth (Royal College of Art and V&A Museum, London)とタイモン・スクリーチ氏(ロンドン大学)Timon Screech (SOAS, London) の2名による基調講演が行われました。当所から山梨が招かれて参加し、パネル5で「ダーウィン著『種の起源』と世界美術史の始まり」(インゲボルグ・ライヘル氏、フンボルト大学、Ingeborg Reichle , Humboldt University, Berlin)、「ドイツ帝国における東洋美術品収集と世界美術史の状況」(ドリス・クロワッサン氏、ハイデルベルク大学、Doris Croissant , Heidelberg University)に先立って「美術商林忠正―欧米と日本の異なる「美術」概念のはざまで」というテーマで発表しました。3日間の発表と討論を通じて、大航海時代以後、人、物、知識・情報の移動が激しくなり、日本美術品や日本美術史についても様々な地域で異なる語りがなされてきたことが明らかになりました。シンポジウムの報告書は2017年に刊行される予定です。


染織文化財の技法・材料に関する研究会「ワークショップ 友禅染 ―材料・道具・技術―」の開催

染色に関する講義

 無形文化遺産部では平成27年10月16日、17日と文化学園服飾博物館と共催で友禅染に関するワークショップを開催しました。今回のワークショップでは桜美林大学の瀬藤貴史先生をお招きし、近世以降の代表的な染色技法である「友禅染」を取り上げ、近世より受け継がれた材料(青花紙〈あおばながみ〉や友禅糊、天然染料など)と近代以降の合成材料(合成青花、ゴム糊、合成染料)、それぞれの材料に合わせた道具について比較しました。
 1日目は、友禅染の材料や道具の生産をとりまく現状を映像も併せて説明し、その上で、青花紙と合成青花の比較しながらの下絵描き、真糊〈まのり〉に蘇芳と消石灰を併せた赤糸目〈あかいとめ〉による糸目糊置き、地入れを行いました。2日目は天然染料と合成染料について学んだ後、合成染料による彩色、蒸し、水元〈みずもと〉の作業を行いました。蒸しの待ち時間にはゴム糸目による糸目糊置きを体験しながら、真糊とゴム糊の工程の違いについても学びました。ワークショップの終盤には、それぞれの考える受け継ぐべき「伝統」についてディスカッションを行いました。
 今回のワークショップを通じて、材料の変化と道具、技術の関わりについて、実際の作業を通じて理解し、さらに、後世へ受け継ぐべき技術とその保護について参加者の皆さんと討議し問題を共有することもできました。
 今後も無形文化遺産部ではさまざまな技法に焦点をあてる研究会を企画していきます。


被災資料を保管している旧相馬女子高校の環境調査

除塵清掃の様子

 東北地方太平洋沖地震救援委員会救援事業、福島県被災文化財レスキュー事業等では、旧警戒区域の双葉町、大熊町、富岡町の各資料館から搬出した資料の一時保管施設として、旧相馬女子高校(相馬市)の校舎を再利用しています。大型資料や特に重い資料を除いて、搬出資料はすでに福島県文化財センター白河館仮保管庫に収納され、除塵清掃、整理記録後に展示に活用されていますが、一時保管が想定よりも長期化したため、平成27(2015)年10月15日に、保存環境についてあらためて調査をおこないました。設置されていた温湿度、照度測定用のロガーを回収するとともに室内の表面温度測定や遮光の状況を調査し、資料が生物被害を受けていないか目視調査をおこないました。資料のある教室には乾式デシカント方式の除湿器が設置されており、梅雨~夏の相対湿度の高い時期にも教室内は高湿度にならず、2月下旬~8月中旬にはおおむね50~60%rhとなっており、資料にカビが生えやすい環境ではなかったことがわかりました。照度が高めであること、窓際から1mまでの温度が外部の影響を受けやすいことがわかりました。なお、カビの発生が疑われた一部の資料については除塵清掃作業を行いました。今後も一時保管場所の環境の整備方法について、基礎的なデータを元に検討していく予定です。


シルクロード世界遺産登録に向けた支援事業:キルギス共和国における専門家育成のためのワークショップ

小型UAVを操縦する研修生

 文化遺産国際協力センターはユネスコ・日本文化遺産保存信託基金による「シルクロード世界遺産登録に向けた支援事業」に2011年より参画しています。この事業は中央アジア5か国が目指すシルクロード関連遺産の世界遺産一括登録への支援を目的とし、日本及び英国の複数の研究機関が共同で実施しています。2014年、カザフスタン及びキルギスが中国と共同申請した「長安・天山回廊」はシルクロードとして世界遺産に登録されましたが、ウズベキスタンとタジキスタンによる共同申請、トルクメニスタンによる単独申請が今後も予定されています。また、5か国間の緊密な協力による持続的な文化遺産マネジメント体制の構築が今後の課題として残されています。このため、ユネスコは2014年から2017年にかけて同事業の第2期を実施することとし、継続して支援を行うことを決定しています。
 キルギスを対象とした支援を担当することとなった文化遺産国際協力センターでは、10月2日から10日にかけて考古・建築遺産を対象とした文化遺産ドキュメンテーション技術の向上と遺産のマネジメントプラン作成に向けたワークショップをキルギス南部のウズゲン市で開催しました。まず、GNSS(衛星測位システム)受信機とGIS(地理情報システム)ソフトウェアを用いた遺跡分布図の作成手法及び小型UAV(無人航空機)による航空写真と3次元モデル生成ソフトウェアを用いた考古遺跡の地形測量や建築遺産の高精細3次元モデル作成に関する講義とフィールド実習を実施しました。その後、文化遺産マネジメントプラン作成の模擬演習をグループワーク形式で行いました。
 文化遺産国際協力センターの本事業への参画は今年度で終了となりますが、今回のワークショップで利用したGNSS受信機や小型UAV等の機材はユネスコからキルギス側に供与されています。これらの最新機材を活用した文化遺産ドキュメンテーションが、今後キルギスで進展することが期待されます。


ICOMOS年次総会・諮問委員会・学術シンポジウムへの参加

 2015年10月26日から29日にかけて福岡で開催されたICOMOSの年次総会・諮問委員会・学術シンポジウムに参加しました。ICOMOS(International Council on Monuments and Sites)は、1964年に記念物と遺跡の保存と修復に関する国際憲章(ヴェニス憲章)が採択されたことを受け、文化遺産の保護と保全に尽力する国際的なNGOとして1965年に設立されました。以後、ICOMOSは、建築家、歴史家、考古学者、美術史家、人類学者など、さまざまな分野の専門家が交流する場として機能してきました。近年では、UNESCOの諮問機関として世界遺産の推薦書の審査にあたっていることでも知られています。
 これまでICOMOSの総会は3年に一度開催されていましたが、昨年イタリアのフィレンツェで開催された総会においてICOMOSの規約が改正されたことに伴い、今年からは諮問委員会にあわせて年次総会が開催されることになりました。今回の年次総会では、ICOMOSのこれまでの活動が報告され、よりよい組織のあり方について意見が交わされ、ICOMOSが専門家集団としてより適切に機能する方策が模索されました。また、「RISKS TO IDENTITY: Loss of Traditions and Collective Memory」というテーマで学術シンポジウムが実施され、有形の文化遺産だけでなく、その無形の価値の保存と継承に関して、多くの事例が紹介され、議論されました。
 本研究所では、今後もこうした国際会議に参加し、文化遺産保護に関する国際的な動向の把握に努めたいと考えています。


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