研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


「美術工芸品を中心とする文化財情報の国内外への発信にかかる基盤形成事業」の実施に 関する協定の締結

OCLC WorldCat 検索結果画面

 東京文化財研究所は、2016年6月27日、国立西洋美術館と「美術工芸品を中心とする文化財情報の国内外への発信にかかる基盤形成事業」の実施に関する協定を締結しました。国立西洋美術館は実業家松方幸次郎のコレクションを基に1959年に設立され、その所蔵品データベースは、美術史研究で求められる要件を兼ね備えたものとして、国内外の専門家にその規範となるものと高く評価されています。このたびの協定の目的は、国立西洋美術館がもつ情報発信の手法と経験を活用して、当研究所がインターネット上で公開している日本国内の文化財情報の発信を強化することにあります。協定締結に基づく最初の事業として、当研究所が編集発行する『日本美術年鑑』に収録されてきた「日本国内で刊行された展覧会カタログに掲載された文献の情報」を、世界的な図書館サービス機関OCLC (Online Computer Library Center, Inc.) に提供することを計画しています。このような事業により、海外における日本美術に関する研究情報へのアクセ ス環境の改善に取り組んでいきます。


第40回世界遺産委員会への参加

会場となったイスタンブール・コングレス・センター
審議の様子

 第40回世界遺産委員会は2016年7月10日からトルコのイスタンブールで開催され、当研究所からは2名の職員が参加しました。
 国立西洋美術館を構成資産に含む「ル・コルビュジエの建築作品」は2009年以来3回目の審議で、今回は諮問機関が世界遺産一覧表への記載を勧告していたため、翌日の審議がほぼ確実となった7月15日夕方には、関係者の間でも記載への期待が高まりました。しかし、15日夜から16日未明にかけての軍によるクーデター未遂の影響で、16日の審議は中止、1日遅れて17日に記載が決議されました。審議時間短縮のため記載勧告案件では委員国の発言が認められず、この推薦に対する各国の意見を聞けなかったのは残念です。
 ところで、今回の世界遺産委員会での審議対象の推薦から、諮問機関による中間評価が関係締約国へ通知されるようになりました。評価を受けて締約国は推薦書を改訂し、最終評価に臨むことが可能です。締約国の対応は分かれました。推薦を取り下げる締約国がある一方、推薦書を大幅に改訂して審議に臨み、諮問機関の勧告を覆して記載が決議された例もあり、今後も推薦とその評価のあり方を巡っての議論が続くと思われます。
 なお、委員会の会期は7月20日までの予定でしたが、17日でいったん中断されました。委員会は2016年10月24日~26日にパリのユネスコ本部で再開され「紀伊山地の霊場と参詣道」を含む世界遺産一覧表記載資産の軽微な範囲の変更や、作業指針の改訂などに関する審議が行われる予定です。


ミクロネシア連邦ナン・マドール遺跡の世界遺産登録と我が国による国際協力

巨石で構築されたナン・マドール遺跡の人工島
ミクロネシア連邦政府の担当官と共に、遺跡の保存管理計画を議論する

 7月10月から17日まで開催された第40回ユネスコ世界遺産委員会において、ミクロネシア連邦のナン・マドール遺跡が世界文化遺産(同時に危機遺産)に登録されました。この遺跡は、玄武岩などの巨石で構築された大小95の人工島によって構成される、太平洋地域において最も規模の大きな巨石文化の遺跡のひとつで、同国にとって世界遺産への登録は長年の夢でした。
 2010年に同国は、ユネスコ太平洋州事務所を通じて我が国に対し、この遺跡の保護に関する国際協力を要請しました。それを受けて文化遺産国際協力コンソーシアム(以下、コンソーシアム)が2011年2月に協力相手国調査として現地調査をおこない、その成果を『ミクロネシア連邦ナン・マドール遺跡現状調査報告書』として上梓しました。以後、コンソーシアムおよび東京文化財研究所・奈良文化財研究所が中心となり、国際交流基金などの助成のもと、同遺跡の保護のための人材育成・技術移転の事業をおこなってきました。そのなかで、長年にわたって同遺跡を研究してきた片岡修・関西外国語大学教授をはじめ、東京大学生産技術研究所、国立研究開発法人森林総合研究所、NPO法人パシフィカ・ルネサンス、(株)ウインディー・ネットワークなど、産学官にわたる様々な機関および個人の参加・協力を得ることができました。
 コンソーシアムの理念のひとつは、日本が一丸となって国際協力に取り組むことができるように、文化遺産保護に関わる幅広い国内関係者が連携協力するための共通基盤を構築することです。このナン・マドール遺跡の保護への協力事業は、まさにこの理念のショーケース(好見本)としてふさわしいものでしょう。そしてその成果が、同遺跡の世界遺産登録までつながっていったのだと思います。
 しかしこの遺跡は同時に「危機遺産」としても登録されました。それは、遺跡の多くの部分で崩壊が進行していることに加え、それを保護していくための計画や体制がまだまだ十分とは言えないからです。この遺跡は、今後もまだ多くの専門家の協力を必要としているということを示しているのです。


中国美術館(北京)での国際シンポジウムへの参加

中国美術館 胡偉副館長による発表

 平成28年7月6日~7日に中国美術館(北京)で開催された国際シンポジウム「国家美術蔵品保存修復国際検討会」に保存科学研究センター・早川泰弘が参加し、研究発表を行いました。中国美術館は近現代美術作品を中心に10万点近くの収蔵品を有する中国最大の美術館で、数年前には保存修復センターも併設されています。このセンターで「国家美術蔵品(National Art Collection)」の保存修復を行うにあたり、海外の保存修復機関との連携も進められています。
 今回の国際シンポジウムには、日本、アメリカ、イギリス、フランス、イタリア、ドイツ、香港、台湾から14名の保存修復の研究者や技術者が招聘され、2日間にわたって計19件の発表が行われました。保存修復の理念に関する内容から、絵画を中心とした美術品の修復例や最先端の科学調査結果まで幅広い内容の発表があり、活発な討議が行われました。東京文化財研究所からは、最先端の科学技術を活用した日本絵画の材質調査に関する発表を行いました。聴講のために中国国内の30以上の公立美術館の館長らも参加しており、中国が美術品の保存修復に関する理念の確立や技術の習得を積極的に進めていることがよくわかります。


「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣(その2)

現地専門家との現場検討

 文化庁委託「文化遺産国際協力拠点交流事業」による標記支援事業の一環として、引き続き、ネパール現地への派遣を実施しています。
 カトマンズ・ハヌマンドカ王宮における主な調査対象建物であるアガンチェン寺(17世紀中頃建立)は、その損傷状況からみて応急的な保護対策を速やかに講じることが必要と判断されました。具体的には、「屋根頂部の雨漏り対策」「建物内部軸組の構造補強」「崩落しかけた外壁面の支持」「落下物からの参拝者や観光客の安全確保」につき、本事業チームの日本人専門家が現地専門家の協力も得ながら計画を作成し、考古局に提案しました。これに基づいて応急補強作業が実施の運びとなり、設計の詳細な検討や作業中の技術的助言のため、平成28年(2016)5月28日~6月4日、6月13日~19日、7月3日~9日の3次にわたり、当研究所から専門家を派遣しました。
 今回はあくまで応急措置ではありますが、現地専門家や職人と直接意見を交わしながらこのような作業を行うことは、目に見える形での貢献にとどまらず、本事業が目的とする現地への技術移転という意味でも有意義なものとの手応えを感じました。今後もさらに、歴史的建造物の本格修復に向けた調査等を進めていきます。


バガン(ミャンマー)における雨漏り対策を目的とした煉瓦造遺跡の外壁調査と応急処置方法の検討

Mae-taw-yat寺院外観
水硬性石灰による充填実験

 平成28年(2016)7月18日~29日までの期間、ミャンマーのバガン遺跡群内Mae-taw-yat寺院(No.1205)において、煉瓦造寺院外壁における損傷傾向の調査および修復材料の検討と施工実験を行いました。これは、前年度まで行っていた同寺院内壁に描かれた壁画の保存状態調査を通じ、漆喰層の剥離・剥落の主な原因が雨漏りにあるとの検証結果を受けて実施したものです。
 現場作業には、欧州より煉瓦材保存修復の専門家にも加わっていただき、ミャンマー宗教文化省 考古国立博物館局バガン支局職員とともに、様々な角度からパガン王朝期に製造された焼成煉瓦の特性について検証を行いました。その結果を踏まえ、ミャンマーの熱帯雨林気候にも配慮した修復材料の選定と、雨漏り対策を目的とする応急処置方法の施工実験を行いました。今後は経過観察をしながら、遺跡における外観美にも配慮した材料の改良を続けてゆく予定です。また、寺院内壁に含まれる水分の分布状況を把握するために、デジタル水分計を用いた多点測定や、外壁の応急処置前の状態を記録するためデジタル4Kビデオカメラによる記録撮影を行いました。
 本事業は暫定的な処置に留まらず、恒久的な処置方法の確立を目指しています。バガンの将来を見据え、かつ現在のミャンマーにおける文化財保護情勢に見合った無理のない方法を検討するとともに、若手専門家の育成にも取り組んでゆきます。


ベルリンにおけるワークショップ「日本の紙本・絹本文化財の保存と修復」の開催

基礎編における掛軸の取扱い実習
応用編における掛軸の修復実習

 本ワークショップは、海外に所在する書画等の日本の文化財の保存活用と理解の促進を目的に毎年開催しています。今年度は、平成28(2016)年7月6~8日に基礎編「Japanese Paper and Silk Cultural Properties」、7月11~15日に応用編「Restoration of Japanese Hanging Scrolls」を、ドイツ技術博物館の協力のもと、ベルリン博物館群アジア美術館を会場に実施しました。
 基礎編には9カ国より15名の修復技術者及び学生が参加しました。参加者は、糊、膠、岩絵具、紙等の文化財に使用される材料についての基礎講義を受け、書画制作技法の実技実習及び掛軸の取り扱い実習等を行いました。応用編では国の選定保存技術「装こう修理技術」保持認定団体の技術者を講師に迎え、7カ国より9名の修復技術者に対し、掛軸の保存修復に関して、実技を中心に実施しました。参加者は、掛軸の上下軸の取り外しや取り付け等の実習と、講師による裏打ち等の実演を通して、掛軸修復に関する知識とそれに裏付けられた技術に触れました。両編ではディスカッションを行い、内容の質疑に加えて日本の修復技術や材料の応用例等の技術的な意見交換も見られました。
 海外の保存修復の専門家に日本の修復材料と技術を伝えることにより、海外所在の日本の有形文化財と無形文化財の保存と活用に貢献することを目指し、今後も同様の事業を実施していきます。


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