研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


清宮質文資料の受贈

清宮質文《早春の静物》 1977年 茨城県近代美術館蔵
今回寄贈された清宮質文資料の一部

 清宮質文(1917~1991)は、静謐で詩的な心象世界を木版画やガラス絵で表現した作家として知られています。その抒情豊かな作品に魅了される方も多いことでしょう。
 この度、清宮が遺した手記・日記および写真等の資料を、ご遺族より東京文化財研究所にご寄贈いただきました。手記の中には、作家自製のノートである「雑記帖」「雑感録」「画題控」が含まれています。それらは制作の合間になかば息抜きのように作られ、綴られたもので、清宮の器用で几帳面な一面をしのばせるとともに、作品にひそむ思索の軌跡をたどる上で貴重な一次資料といえるでしょう。整理のため、公開までしばらくお時間をいただきますが、今回の資料受贈が清宮質文研究の進展に大きく寄与することを願っています。


WordCamp Kansai 2024への参加

WordPress.org(https://ja.wordpress.org/
WordPressで構築した「東文研 総合検索」(https://www.tobunken.go.jp/archives/

 東京文化財研究所では、平成26(2014)年にウェブコンテンツ管理システムであるWordPress(https://ja.wordpress.org/)を利用した文化財情報データベースを開発し、運用を継続しております(https://www.tobunken.go.jp/archives/)。WordPressはブログ管理システムとして開発されましたが、当研究所では開発や運用の柔軟性を評価し、データベースを公開するシステムとして利用しています。
 そのWordPressの開発者や利用者が一堂に会するカンファレンスとして平成18(2006)年に始まったWordCamp(https://central.wordcamp.org/)は、現在までに65ヶ国で、1,200回を超えて開催されています。この度、令和6(2024)年2月24日に神戸で開催されたWordCamp Kansai 2024(https://kansai.wordcamp.org/2024/)にて、「WordPressコンテンツのリニューアルと採用システムの選定について」と題し、当研究所のWordPressの10年間の運用で生じた課題とリニューアルに向けた要件の整理などについて文化財情報資料部主任研究員・小山田智寛が発表を行いました。発表後、

  • 開発会社に外注しようとしても難しい
  • どのような体制で運用しているのか
  • (WordPressの)バージョンアップの際にトラブルはないのか

といったご質問やご感想をいただき、活発な意見交換をすることができました。
 インターネット上で情報公開を行うことが当たり前となった今、当研究所で運用しているシステムについての課題や運用のノウハウなどは、分野を超えて広く共有できるものと考えております。今後も、このような情報を発信することそのもので得た知見について共有する機会を持つように努めてまいります。


無形文化財を支える原材料-上牧・鵜殿のヨシ刈りに参加

篳篥の蘆舌に使われる太いヨシ
集めて束ねられたヨシ

 無形文化遺産部では、無形文化財を支える用具(付属品を含む楽器、小道具、装束等)やその原材料の調査・研究も行っています。
 大阪府高槻市の淀川河川敷、上牧かんまき鵜殿うどの地区のヨシは、かねて雅楽の管楽器・篳篥ひちりきの蘆舌に適していると言われてきました。しかし荒天とコロナ禍でヨシ原焼きが2年続けて中止され、ツルクサが繁茂したため、令和3(2021)年9月頃よりこの地域のヨシが壊滅状態になりました。この状況を改善するため、鵜殿のヨシ原保存会と上牧実行組合をはじめ、地域住民、高槻市、雅楽関係者等が協力して、ヨシ焼きやツルクサ除去を継続的に行っています。無形文化遺産部では、当該地のヨシの生育環境やその特性について調査を進めており、2月2日~3日に行われたヨシ刈りに参加し、ヨシの現状や利用について情報収集を行いました。このたびのヨシ刈りは、篳篥の蘆舌用ヨシなどが実行組合の方々によって刈り取られた後、蘆舌には適さない細いヨシをヨシ紙やヨシのタオル等に利用するために企画されています。今年のヨシは昨年より状態が良いものの、篳篥の蘆舌の需要に十分に応えるまでには至っていないようです。当日は、ヨシの需要拡大に取り組む企業や、ヨシ原の自然環境への理解を深めようという個人・団体の方が集まり、各日60名以上の参加となりました。地域の人々や企業のヨシへの理解が深まることと、雅楽関係者の篳篥の蘆舌原材料としてのヨシへの理解が深まることは、結果として雅楽継承の両輪となります。無形文化遺産部では、ヨシそのものの特性や篳篥蘆舌の原材料としての適性について調査を進めるとともに、原材料をはぐくむ地域の環境についても注視しています。


実演記録「平家」第六回の実施

日吉章吾氏
録音技術を担当したスタッフ

 無形文化遺産部では、継承者がわずかとなり伝承が危ぶまれている「平家」(「平家琵琶」とも)の実演記録を平成30(2018)年より「平家語り研究会」(主宰:薦田治子武蔵野音楽大学教授、メンバー:菊央雄司氏、田中奈央一氏、日吉章吾氏)の協力を得て、実施しています。第五回は、令和6(2024)年2月8日、東京文化財研究所 実演記録室で《すずき》の撮影を実施しました。
 《鱸》は、平清盛の舟に鱸が飛び込んだエピソードを、熊野権現の守護を受けた平家一門の繁栄の前触れとして語ります。この詞章から、《鱸》は祝儀曲として好んで演奏されます。またこの曲は、短いながら基本的な旋律型を一通り含んでいるため、手ほどき(入門用の曲)としてもしばしば用いられます。今回の実演記録では、《鱸》を菊央氏、日吉氏、田中氏に分担して演奏してもらい、記録撮影しました。
 また、今回の記録撮影では、東京藝術大学教授亀川徹氏のもとでスタジオ録音を学ぶ学生の方々にも手伝っていただき、実演記録「平家」が、伝統芸能の記録撮影に欠かせない音響技術の実践の場ともなりました。
 今後とも無形文化遺産部では、伝統芸能の記録にかかる技術を、志をともにする方々と共に磨きながら、実演記録を重ねていきます。


実演記録「宮薗節」第一回~第九回の映像(冒頭部分)の公開

公開されている映像(左から、宮薗千よし恵氏、宮薗千碌氏、宮薗千佳寿弥氏、宮薗千幸寿氏)

 宮薗節は、国の重要無形文化財でありながら、今日では演奏の機会があまり多くはありません。そのため、無形文化遺産部では、平成30(2018)年より、実演記録「宮薗節」を継続的に行っています。このたび、第一回~第九回の映像について、冒頭部分を当研究所ウェブサイト上で公開しました(https://www.tobunken.go.jp/ich/video/から選択してください)。
 実演記録「宮薗節」では、宮薗千碌氏、宮薗千佳寿弥氏(いずれも国の重要無形文化財「宮園節」保持者[各個認定]いわゆる人間国宝)らによる演奏で、伝承曲を省略せずに全曲演奏でアーカイブしており、これらの貴重な映像は東京文化財研究所視聴ブースでご覧になれます。なお、視聴ブースには限りがありますので、事前に資料閲覧室にお問い合わせの上ご来所ください(https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/library.html)。
 無形文化遺産部では、実施した音声・映像記録について、今後も可能な範囲で公開していく予定です。


調査録音「あずまりゅうげんきん」第2回の実施

収録準備の様子
収録時の様子(左から九代目藤舎蘆船氏、藤舎蘆高氏)

 令和6(2024)年2月16日、無形文化遺産部は東京文化財研究所の実演記録室(録音スタジオ)で、あずまりゅうげんきんの調査録音(第2回)を行いました。
 東流二絃琴は、細長い板に張った二本の絃を弾じつつ唄う楽器・二絃琴の流派の一つです。明治の初めごろに初代とうしゃせん(1830-1889)によって創始され、東京を中心に伝承されてきました。しかし今日では伝承者が極めて少なく、一般に参照できる視聴覚資料の曲目も限られていることから、調査録音を実施しています。
 第1回録音では初代蘆船作の6曲をとりあげましたが、伝承曲には、後の世代の作品も含まれます。第2回では、『岸の藤波』『つの花』『菊の寿』『花の雨』『松風の曲』『船遊び』の6曲を収録しました。1曲目は四代目蘆船(1869-1941)、2曲目は三代目蘆船(?-1931)作と伝わっています。また4曲目は初代蘆船作の歌詞へ、後の演奏家が旋律を補い、再び弾き継がれるようになったとのことです。前回よりも成立年代に幅のある収録曲からは、レパートリーにおける演奏技法や曲想の多様さが窺われました。いずれも東流二絃琴「あずまかい」の九代目藤舎蘆船氏、藤舎こう氏による演奏です。
 無形文化遺産部では、今後も演奏機会の少ない芸能や、貴重な全曲演奏の記録作成を継続していく予定です。


令和5(2023)年度保存科学研究センター新規導入機器

 保存科学研究センターでは令和5(2023)年度に「ミクロトーム」「生物顕微鏡(偏光・位相差・微分干渉観察付)」「赤外線顕微鏡」を導入しました(図1)。これら新規導入機器についてご紹介します。
ミクロトーム
 試料を正確に切断する装置です。例えば、紙や布がどのような素材でできているか分析する時、試料を切断して断面を顕微鏡観察することがあります。従来は、剃刀など鋭い刃物で切断したり、樹脂に埋め込んで研磨したりしていました。しかしこれらの方法では、試料が変形する・樹脂に埋もれてしまい試料が観察しづらい・操作に熟練を要する、などの問題がありました。ミクロトームによりこれらの問題が解消し、紙や布の素材判別が容易になりました。実際の断面観察結果例を図2に示します。木材や漆器など有機物からなる文化財全般に適用できます。
生物顕微鏡
 偏光観察は結晶構造の観察に、位相差顕微鏡は微小構造の観察に、微分干渉顕微鏡は細胞や生体組織の観察に、それぞれ有効な観察法で、普通の顕微鏡観察では見えなかったものが見えるようになります。例えば、文化財に付着したカビや細菌の観察、紙や織物の繊維観察、文化財に用いているでんぷん糊や膠などの観察などに威力を発揮します。
赤外線顕微鏡
 赤外線カメラは文化財観察によく用いられますが、その顕微鏡版です。書画等で用いられる墨線やある種の染料がはっきり視認できるようになるため、素材の判別や、絵画の下地の観察などに利用することができます。
 これらの装置を用いて文化財分析を今後も進めていきます。

【図1】新規導入機器の写真

ミクロトーム
生物顕微鏡
赤外線顕微鏡

【図2】名塩雁皮紙の断面

メスで断面出し
ミクロトームで断面出し

メスで断面を出すと、大量に含まれる粘土鉱物が刃物で押されて雁皮繊維を覆い隠し、本来の姿が失われてしまう。ミクロトームで断面を出すと繊維間の隙間が確認され、繊維の中空構造なども損なわれていない。


カンボジア人専門家招聘「カンボジア・アンコール・タネイ寺院遺跡東門修復竣工記念 技術交流事業」の実施

史跡整備事例(鴻臚館跡)の視察

 東京文化財研究所文化遺産国際協力センターでは、カンボジア王国の世界遺産アンコール遺跡群・タネイ寺院遺跡において、カンボジア政府アンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(アプサラ機構)と約20年間にわたって協力事業を継続しており、令和4(2022)年11月には、両者が協働で進めてきた同寺院遺跡東門の全解体修復工事が竣工したところです。
 これを記念し、令和4(2022)年2月13日~19日にかけて、アンコール遺跡群の保存整備を担うアプサラ機構等の職員を日本へ招聘する技術交流事業を実施しました。今回、来日したのは副総裁のキム・ソティン氏と遺跡保全考古局長のソム・ソパラット氏、および昨年までアプサラ機構と当研究所との協力事業担当を務めたセア・ソピアルン氏(現サンボー・プレイクック機構所属)の3名です。
 14日に「カンボジア・アンコール・タネイ寺院遺跡東門修復竣工記念 研究会 」を当研究所で開催した後、15日~18日にかけて、九州地方、関西地方を巡り、国指定重要文化財建造物保存修理工事現場(旧オルト住宅・旧長崎英国領事館本館ほか9棟・聖福寺大雄宝殿ほか3棟)や史跡整備の事例(国指定史跡鴻臚館跡)等のスタディツアーを行いました。
 研究会やスタディツアーを通じ、遺産保護の研究や現場に関わる両国の専門家が顔を合わせて熱心な議論が交わせたことで、お互いの国の文化遺産の特徴や修理手法、整備方法等の相互理解がさらに深められた有意義な機会となりました。
※本事業は、文化財保護・芸術研究助成財団の助成を受けて実施しました。


バハレーンにおける歴史的なイスラーム墓碑の3次元計測(第2次)

アブ・アンバラ墓地での調査
再利用されるアブ・アンバラ墓地の墓碑

 東京文化財研究所は長年にわたり、バハレーンの古墳群の発掘調査や史跡整備に協力してきました。令和4(2022)年7月に現地を訪問してバハレーン国立博物館のサルマン・アル・マハリ館長と面談を行った際に、モスクや墓地に残されている歴史的なイスラーム墓碑の保護に協力してほしいとの要請がありました。現在、同国内には約150基の歴史的なイスラーム墓碑が残されていますが、塩害などにより劣化が進行しています。
 この要請に応えた協力活動として、令和5(2023)年には写真から3Dモデルを作成する技術であるSfM-MVS(Structure-from-Motion/Multi-View-Stereo)を用いた写真測量を行い、バハレーン国立博物館所蔵の20基、アル・ハミース・モスク所蔵の27基の3次元計測を完了しました。作成したモデルは、広く国内外からアクセスできるプラットフォームである「Sketchfab」に公開し、墓碑のデータベースとして活用されています。
 令和6(2024)年2月9日から15日にかけて、バハレーン国内の他の墓地にも対象を広げた3次元計測調査を再び行いました。同様に写真測量を行い、アブ・アンバラ墓地の47基、アル・マクシャ墓地の2基、ジェベラット・ハブシ墓地の11基、ジドハフ・アル・イマーム墓地の3基の計測を完了しました。これらの墓碑は、過年度と異なりイスラーム教徒の墓地内に位置しており、一部の墓碑は現代の墓に再利用されていました。
 墓碑の寸法、形状、碑文に関する情報が合わさった3Dモデルによる100基以上のデータベースはこれまで例がなく、墓碑の記録保存に加えて、本調査の成果がイスラーム墓碑研究にも役立つことが期待されます。


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