研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


香川・妙法寺への与謝蕪村筆「寒山拾得図」復原襖の奉安

妙法寺本堂に復原襖を建て込む作業
妙法寺本堂に奉安された与謝蕪村筆「寒山拾得図」復原襖

 令和3(2021)年8月の活動報告でご紹介したとおりhttps://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/910046.html、香川県丸亀市の妙法寺にある与謝蕪村筆「寒山拾得図」は、かつて拾得の顔がマジックインクで落書きされ、寒山の顔の部分に損傷を受けましたが、昭和34(1959)年に東京文化財研究所で撮影したモノクロ写真から、損傷前の描写が明らかになります。
 当研究所では、このモノクロ写真と、現代の画像形成技術を合わせて、損傷を受ける前の襖絵を復原し、襖に仕立てて妙法寺に奉安する共同研究を立ち上げました。
 まず、現在の「寒山拾得図」を撮影した高精細画像に、モノクロ写真の輪郭線を重ね合わせ、損傷前の復原画像を形成し、実際の作品と同様の紙継ぎになる大きさで和紙に画像を出力するところまでを当研究所でおこないました。次に、現在の本堂に建て込めるように襖に仕立てる事業は、妙法寺にご担当いただきました。襖に仕立てる作業は、国宝修理装潢師連盟加盟工房である株式会社修護が担当し、襖の下地は、国指定文化財に用いられるものと同等の仕様、技術、材料で施行し、引手金具もオリジナルの金具を模造して使っています。
 また、建具調整には黒田工房の臼井浩明氏のご協力を得て、本堂に実際に襖を建て込むための建て合わせや微調整を入念におこない、令和4(2022)年11月22日、無事に復原襖を妙法寺本堂へ奉安することができました。
 実際に襖として建て込まれると、その大きさや表現は圧巻で、蕪村の筆遣いや絵画空間が目の前によみがえったかのようです。このように古いモノクロ写真を用いた絵画の復原は当研究所としても初の試みで、90年以上蓄積されてきた膨大なアーカイブ活用の今後の指標ともなるでしょう。


【シリーズ】無形文化遺産と新型コロナウイルス フォーラム4「伝統芸能と新型コロナウイルス―これからの普及・継承―」の開催

地歌三弦演奏(右:岡村慎太郎氏、左:岡村愛氏)
座談会(右から櫻井弘、布目藍人、江副淳一郎、仲嶺幹の各氏)

 無形文化遺産部では、令和4(2022)年11月25日、東京文化財研究所セミナー室にてフォーラム4「伝統芸能と新型コロナウイルス―これからの普及・継承―」を開催しました。
 まず、当研究所無形文化遺産部・石村智、前原恵美、鎌田紗弓が、伝統芸能と教育に関する海外の事例、コロナ禍における伝統芸能の現状とこの一年の経過について報告しました。
 続いて、それぞれ異なる立場や枠組みで伝統芸能の普及や継承に取り組んでいる事例について、櫻井弘氏(独立行政法人 日本芸術文化振興会)、布目藍人氏(公益社団法人 芸能実演家団体協議会)、江副淳一郎氏(凸版印刷株式会社、文化庁「邦楽普及拡大推進事業」事務局)、仲嶺幹氏(沖縄県三線製作事業協同組合)からご報告を頂きました。そして事例報告の間には、文化庁「邦楽普及拡大推進事業」採択校で邦楽指導に当たられている岡村慎太郎氏と岡村愛氏による地歌三弦『黒髪』『橋尽し』が演奏されました。
 事例報告者と石村、前原による座談会では、伝統芸能の普及・継承に関わる様々な立場の取り組みにおいても、コロナ禍以前から内在していた需要拡大の問題がコロナ禍で顕在化したことを改めて共有しました。また、伝統芸能の普及の上にこそ継承が成り立つとの認識から、様々な立場、枠組みで多様な年代の伝統芸能のニーズに対応しつつ、その情報を共有することで全体として幅広い需要を的確につかみ、シームレスな伝統芸能の普及拡大に繋げる一歩となる、との意見で締め括りました。
 なお、このフォーラムはコロナ対策のため、席数を半数に限定して開催しましたが、当研究所ウェブサイトで令和5(2022)年3月31日まで記録映像を無料公開しています(https://www.tobunken.go.jp/ich/vscovid19/forum_4/)。また、年度末に報告書を刊行し、当研究所ウェブサイトで公開する予定です。


菩薩像における条帛の着用・非着用の問題について―薬師寺金堂薬師三尊像に関する考察の手がかりとして――第6回文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子

 仏像は様々な服を身に着けています。菩薩像や明王像が、上半身にたすき状にかける「条帛」と呼ばれる布製の着衣もそのひとつですが、条帛に関する研究はこれまで積極的にはされてきませんでした。
 令和4(2022)年11月28日に開催された文化財情報資料部研究会では、黒﨑夏央(当部アソシエイトフェロー)が「菩薩像における条帛の着用・非着用の問題について―薬師寺金堂薬師三尊像に関する考察の手がかりとして―」と題して発表を行いました。
 奈良・薬師寺金堂に安置される薬師三尊像は、日本の仏像を代表する作例でありながら、7世紀末に藤原京の薬師寺で造立されたのか、それとも8世紀初めに平城京で新たに鋳造されたのか、未だ定説を見ていません。法隆寺金堂壁画や宝慶寺石仏群をはじめ、これまで薬師寺像と比較されてきた同時代の菩薩像がみな条帛を着けるのに対し、薬師寺像が条帛を着けないことは、同像の制作背景や制作年代に関わる造形的特徴として注目されます。本発表では薬師寺像の考察を見据えて、7世紀に制作された日本および中国の塼仏や、中国の石窟における菩薩像の作例について、条帛の有無という観点から概観しました。中国で制作された塼仏における菩薩像は、上半身を裸形であらわすインド風の表現が採られていますが、藤原京で薬師寺像が造立されたのと同じ頃に日本で制作された塼仏には条帛が着けられており、現在の薬師寺像では古い形式が採られていることを述べました。今後はその背景について、歴史的・思想的な観点から考察を深めることが課題です。
 研究会はオンライン形式で開催され、所外からも仏教美術史を専門とする方々にご参加いただきました。質疑応答では、条帛そのものについて、7世紀後半の入唐僧や国際情勢について、同時代の作例との関連性についてなど、様々な観点から活発な議論が行われました。今後の研究を進めるうえで貴重なご意見をいただくとともに、薬師寺像の持つ問題性の大きさを改めて共有する場ともなり、充実した研究会となりました。


前田青邨文庫の受入

「前田青邨文庫」の一部
女史箴巻を見る前田青邨(『文化』第246・247号、1974年10月から転載)

 日本画家前田青邨(1885-1977)の旧蔵資料「前田青邨文庫」を、青邨の三女・秋山日出子氏から、日出子氏の長男である秋山光文氏(お茶の水女子大学名誉教授、目黒区美術館館長)のご紹介により、令和4(2022)年10月11日付で東京文化財研究所にご寄贈いただき、11月8日に感謝状を贈呈しました。
 この文庫は、113種類275点(図書109種類270冊、カセットテープ3本、レコード1組2枚)の資料からなり、甲冑など武具の故実書、歴史物などの江戸期版本や、幸野楳嶺の画集、「梶田半古自筆画稿」の題簽が付された折本、日本美術院の後輩である小林柯白、酒井三良らの小品集などが含まれており、今後の前田青邨研究において欠かせない資料といえます。
 また、この文庫には、カセットテープ「青邨『女史箴』再見談」が収められております。これは昭和49(1974)年に、青邨の女婿で東京大学文学部教授であった秋山光和氏(光文氏の父、当研究所名誉研究員)の斡旋により北鎌倉の青邨邸にて行われた小林古径・青邨筆「臨顧愷之女史箴巻」の調査、青邨本人への聞き取りの記録です。この調査には東北大学の亀田孜氏・原田隆吉氏とともに、当時の東京国立文化財研究所の辻惟雄・関千代・河野元昭らの各氏が参加しており、当研究所の活動記録としても、とても重要なものです。このように、青邨の作品・作家研究に必須であることはもとより、当時の文化財調査のあり方を示す資料として、広く今日の文化財研究にとっても有用といえます。
 今回ご寄贈いただいた「前田青邨文庫」は資料閲覧室にて公開します。また図書資料は、ゲッティ研究所との共同事業におけるオープンアクセス対象の資料とし、一方、カセットテープやレコードなどはデジタル化し、長期にわたって研究に活用できる処置を施したいと考えています。この文庫が、前田青邨や近代日本画、さらには文化財の研究に寄与できれば幸いです。


「第56回オープンレクチャー かたちを見る、かたちを読む」の開催

「第56回オープンレクチャー かたちを見る、かたちを読む(チラシ)」
講演風景(江村知子)
講演風景(吉田暁子)

 文化財情報資料部では、令和4(2022)年11月8日に、「第56回オープンレクチャー かたちを見る、かたちを読む」を開催しました。毎年秋に一般から聴衆を公募し、日頃の研究成果を講演の形をとって発表するものです。令和2年以降、新型コロナウイルス蔓延に鑑み、外部講師を交えて2日間にかけて行うという例年の形式を縮小し、内部講師2名による1日のみのプログラムとし、聴衆も事前の抽選により50名に限定して開催しました。東京文化財研究所セミナー室を会場とし、内部の聴講者のために会議室をサテライト会場としました。
 本年は、文化財情報資料部部長・江村知子による「遊楽図のまなざし ―徳川美術館蔵・相応寺屏風を中心に」、および研究員・吉田暁子による「岸田劉生の静物画 ―『見る』ことの主題化」の2講演を行いました。
 江村からは、近世初期風俗画の代表作として知られる相応寺屏風について、高精細画像によって細部の描写を紹介し、描かれた意匠や建築物の特徴、また塗り重ねなど細部の描写の特徴について報告しました。吉田は、大正期に描かれた岸田劉生による《静物(手を描き入れし静物)》などの静物画を題材に、光学調査によって新たに得られた画像に基づき、作品完成後の加筆について、また描写の特徴と画論との関係について述べました。
 アンケート回答者の八割以上の方から、「満足した」「おおむね満足した」との回答を頂きました。


機那サフラン酒本舗鏝絵蔵に使用された彩色材料の調査

機那サフラン酒本舗鏝絵蔵
剥離・剥落箇所

 新潟県長岡市にある機那サフラン酒本舗鏝絵蔵は、大正15(1926)年に創業者である吉澤仁太郎(よしざわ・にたろう)からの発注により、左官・河上伊吉(かわかみ・いきち)が仕上げを手掛けたものです。鏝絵は木骨土壁の軒まわりや戸を中心に配されており、漆喰を主材に盛り上げ技法を用いながら大黒天や動植物を立体的に表現しています。また、赤色や青色の彩色が施されており、色彩によるコントラストが立体的な視覚効果を生んでいます。
 これらの鏝絵は、雨風にさらされる過酷な環境下に置かれていますが、今日に至るまでに経過した約100年という時間を考えれば比較的良好な状態が保たれています。鏝絵を構成する主要な材料である漆喰が持つ特性や左官技術の高さに加え、この鏝絵を大切に守り伝えようと尽力されてきた方々がいたからこそと言えるでしょう。
しかし、それぞれの鏝絵を個別に観察してみると、局部的に漆喰や彩色の剥離・剥落といった傷みがみられます。そこで、所有者である長岡市の依頼のもと、令和4(2022)年11月11日に現地を訪問し、近い将来必要になると想定される保存修復に向けた事前調査の一環として、彩色や漆喰のサンプリング調査を行いました。サンプリング調査は「破壊調査」とも呼ばれるように対象物の一部を採取して行うものです。「破壊調査」と聞くと、「=よくないこと」というイメージを持たれる方も多いかもしれませんが、決してそうではありません。なぜなら、表層面からだけでは得ることのできない信頼性の高い情報を得ることが可能となり、それに伴い保存修復の安全性と確実性をより高めるからです。
 大切に守られてきた鏝絵蔵を次の100年に繋げていくことを念頭に、本調査の分析・解析結果を有効に活用しながら、具体的な保存修復の立案に役立てていきたいと思います。


国際研修「ラテンアメリカにおける紙の保存と修復」2022の開催

実習風景

 『国際研修「ラテンアメリカにおける紙の保存と修復」』は、平成24(2012)年度よりICCROM(文化財保存修復研究国際センター)とCNCPC-INAH(国立人類学歴史機構 国立文化遺産保存修復調整機関、メキシコシティ)との3者共催でCNCPCにて実施しています。令和4(2022)年度は11月9日から22日にかけて、アルゼンチン、ウルグアイ、コロンビア、スペイン、チリ、ブラジル、ペルー、メキシコの8カ国から計9名の文化財保存修復専門家を研修生として迎え、開催しました。
 東京文化財研究所が前半の5日間(9日から14日)を、後半の5日間(16日から22日)はCNCPCが担当しました。日本の紙保存技術の基礎をテーマとした前半では、技術の保護制度に関する解説から始まり、道具材料など材料学、国の選定保存技術「装潢修理技術」の基本的な情報までを講義形式でまず紹介しました。また、これに続く実習では、装潢修理技術のうち海外文化財にも適応性が高い技術や知識を、裏打ちなどの作業を通して伝えました。後半はラテンアメリカにおける和紙の応用をテーマとして、材料の選定方法から洋紙修復へのアプローチ手法までを、メキシコやスペインの専門家らが教授しました。
 新型コロナウイルス感染症の拡大以降初の対面開催でしたが、参加者の協力のもと基本的な感染対策を徹底し、無事に研修を終えることができました。本研修を通じて参加者が日本の伝統技術のエッセンスを掴み、自国の文化財保護へと役立てていくことを期待しています。


ブータンの伝統的石造民家の保存に向けた予備調査

コープ集落の全景(西より望む)
MOU署名式(左:友田東文研センター長、右:ナクツォ・ドルジDoC局長)

 東京文化財研究所(東文研)では、文化遺産としての保護対象を伝統的民家を含む歴史的建造物全般へと拡大することを目指すブータン内務文化省文化局(DoC)を支援し、遺産価値評価や保存活用の方法などについて調査研究の側面からの協力を行っています。新型コロナウイルス感染症の世界的蔓延に伴う渡航制限により、令和2(2020)年1月以降はオンラインによる協力実施を余儀なくされてきましたが、本年7月に日本、9月にはブータンの渡航制限措置が大幅に緩和されたことを受けて、現地での共同調査を再開することで DoCと合意し、11月5日から15日にかけて東文研職員3名に奈良文化財研究所職員1名を加えた計4名の派遣を行いました。
 今回の現地派遣は、ブータンの東部地域にみられる石造民家建築を主な対象に、その適切な保存活用の基礎となる学術的な総合調査の前段階として、当該地域の集落や民家の基本的な特徴や有効な調査方法を把握・検証することを目的としました。首都ティンプーから比較的アクセスのよい東部中央寄りのトンサ県(Trongsa Dzongkhag)とブムタン県(Bumthang Dzongkhag)を中心に、これまでの政府の調査記録や各県からの情報提供等をもとにDoC遺産保存課(DCHS)があらかじめ選定した集落と民家について、実測や写真測量、住民への聞取り等の調査を行いました。集落形態にも地域ごとの特色があり、中でもトンサ地方南方の特に険しい山間地域にあるトゥロン(Trong)とコープ(Korphu)の両集落は尾根づたいに民家が建ち並び、農村でありながら都市的な集落形態をみせる点が独特です。また、トゥロンの民家はほぼすべてが石造なのに対し、コープでは石造民家と版築造民家が混在し、かつ版築造民家がより古い形式を留めていることが確認できました。他の民家でも、版築造を後に石造で増改築したものが散見されることから、少なくとも今回の調査地域では民家に用いられる構造が版築造から石造へと変遷した様子が窺えます。また石造民家には非常に複雑な増築を繰り返してきたとみられる事例があり、版築造に比べて石造では増築や改修の頻度が高い可能性が考えられます。調査方法に関しては、乱石積の複雑な目地を現し、形状の歪みも多い石造民家では、今回用いた写真測量による記録が効率よく、きわめて有用であることが確認できました。
 調査終了後、ティンプーのDoC庁舎においてブータンの建築遺産保護協力に関する覚書(MOU)の署名式を執り行うとともに、DCHSとの協議を行い、今回の調査結果や今後の協力事業の方向性などについて意見交換を行いました。来年度以降、DCHSとの協働のもと、ブータン東部地域で石造民家建築を対象とした調査研究活動を本格的に展開していく予定です。


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