研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
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講演の様子
サテライト会場の様子
令和3(2021)年3月25日に、東京文化財研究所副所長・山梨絵美子による講演「白馬会の遺産としての『日本美術年鑑』編纂事業」を行いました。当研究所が刊行している『日本美術年鑑』(以下、年鑑)は、現在は2年前の1年間の美術界の動きを1冊にまとめたもので、「年史」「美術展覧会」「美術文献目録」「物故者」によって構成されています。当研究所での刊行は1936(昭和11)年からで、戦中戦後の困難な時期にも継続されて今日に至っています。年鑑の独特の構成は、美術評論家で黒田清輝や久米桂一郎とも親交の深かった岩村透(1870-1917)の発案になるもので、その後の経緯と変遷について、山梨の近代日本美術史研究者としての視点や、永年の経験をふまえて講演が行われました。美術展覧会の増大や「美術」の範囲が拡大している昨今では、様々な問題もありますが、継続するための課題についての問題意識を共有し、当研究所のような公的機関が年鑑の刊行を継続する意義について強調され、講演を終えました。新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、講演会はオンラインで行い、参加者はサテライト会場とした研究所内のセミナー室や、各自の職場や自宅から講演を視聴しました。また講演の映像を4月30日までの期間限定で、東京文化財研究所Youtubeチャンネルで公開しました。山梨は3月末日をもって当研究所副所長を退任、4月からは客員研究員に着任され、今後も当研究所の活動に協力して頂きます。
久米桂一郎日記データベース、明治32(1899)年1月4日の条
黒田清輝《佐野昭肖像》 東京国立博物館蔵
洋画家の久米桂一郎(1866~1934年)は、盟友の黒田清輝(1866~1924年)とともに日本近代洋画の刷新に努めた画家として知られています。その画業を顕彰する東京、目黒の久米美術館には久米の日記が残されており、すでに『久米桂一郎日記』(平成2年、中央公論美術出版)が公刊されていますが、同美術館と当研究所の共同研究の一環として、3月25日より同日記の内容を、下記のURLにてCMSのWordPressを用いたデータベースとしてウェブ公開を始めました。
https://www.tobunken.go.jp/
materials/kume_diary
日記はフランス語で記された箇所もあり、本データベースには明治25(1892)年までに記された仏文と、客員研究員の齋藤達也氏による邦訳も載せています。また、すでにウェブ上で公開している黒田清輝日記のデータベースと連携させ、記載年月日が重なる記述については、黒田・久米の日記の双方を参照できるようにしました。たとえば明治32(1899)年の正月を黒田と久米は静岡の沼津で迎えていますが、1月4日の日記に久米は「黒田佐野ノ像ヲ写ス」、黒田は「佐野の肖像をかく」と記していることがわかります。「佐野」とは黒田や久米と親交のあった彫刻家の佐野昭(1866~1955年)。この時、黒田が佐野を描いた肖像画は、令和元年度に黒田記念館(東京国立博物館)の所蔵品となっています。黒田と久米の日記の記述、そして現存する作品が結びついた興味深い例といえるでしょう。
なお、同じく久米美術館との共同研究の成果として、『美術研究』第433号に塩谷純・伊藤史湖(久米美術館学芸員)・田中潤(客員研究員)・齋藤達也「書簡にみる黒田清輝・久米桂一郎の交流(一)」を掲載しました。これは久米美術館と当研究所が所蔵する、黒田と久米の間で交わされた書簡をリスト化し、その概要を総覧できるようにしたものです。久米日記のデータベースと併せ、日本近代洋画研究の便となれば幸いです。
イシャリ撮影時の留意点の解説
注口土器の撮影実習
縞帳の撮影実習
文化財の記録作成(ドキュメンテーション)は、文化財の調査研究や保護、さらには活用を行う上で必要な情報を取得する行為です。特に、写真からは、文字のみでは伝えきれない詳細な情報を読み取ることができ、適切な撮影条件を設定することで、より多くの情報の記録が可能です。
このような文化財の記録としての写真撮影の実務について、令和3(2021)年3月12日に東北歴史博物館(宮城県多賀城市)において、宮城県博物館等連絡協議会加盟館を対象に、標記のセミナーを開催しました。セミナーは東京文化財研究所、東北歴史博物館及び宮城県博物館等連絡協議会の共催で、同協議会の令和2年度第2回研修会でもあります。開催にあたっては、マスクの着用、参加者間の距離の確保、換気など、新型コロナウイルス感染防止対策が取られました。
当日は午前中の講義に続き、午後は縄文時代晩期の注口土器、伝統的なタコ釣りの仕掛けであるイシャリ、縞帳(縞模様の着物地の見本帳)など、東北歴史博物館の収蔵品を用いた撮影実習を行い、当研究所専門職員の城野誠治が講師を務めました。実習の参加者の皆様にはカメラを持参いただき、ライトやレフ板などの機材は館にお借りしました。実習で特に強調したのは、光の扱いの重要性です。館の方が手作りしたレフ板にライトを当て、反射させた光で被写体を照らし、観察を妨げる濃い影を消す手法など、いずれも既存の、あるいは安価な機材で実現できるものでした。参加者の皆様は熱心に実習に取り組まれ、学んだことを同僚にも伝えたい、業務で使ってみたいとのご意見を多くいただきました。
多くの有益な示唆を与えてくださった共催機関の皆様、参加者の皆様に深く感謝いたしますとともに、今回の経験を生かしてセミナーを開催していきたいと考えています。
特設ウェブサイト
宇陀紙の製造(映像)
補修紙の製造(映像)
東京文化財研究所では平成2(1990)年より在外日本古美術品保存修復協力事業を進めており、ヨーロッパ、北米、オーストラリアなど各地の美術館が所蔵する385点の絵画や工芸作品の保存修復をおこなってきました。当初の計画では令和2(2020)年度にこの修復事業で修復した作品を里帰りさせ、修復の技術、材料や道具などとともに紹介する展覧会を開催することを計画して準備を進めてきましたが、新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、展覧会は延期することとなりました。
人やものの移動が制限される状況下でもできることとして、このたび特設ウェブサイトを制作・公開しました。このサイトでは、展示を予定していた日本美術の作品紹介、作品を所蔵する欧米の美術館の紹介、そしてこれまでに修復を行った作品のリストを検索可能なデータベースの形で公開し、報告書がすでに刊行されているものについては、その本文を閲覧できるようにしました。さらに文化財の修復に必要な伝統的な材料は数多くありますが、その中から、掛軸の表装で最背面に用いられる総裏紙として使われる宇陀紙と、本紙(絵や書が書いてある作品の紙)に欠損箇所を補修するための補修紙について、映像で紹介しています。これらは国の選定保存技術に認定されているものです。日本の伝統文化と自然環境の中で、さまざまな知恵と工夫が結集して伝統的な技術が継承され、文化財が守られているということをご理解いただける映像作品になっています。ぜひご視聴ください。なお本展覧会の準備およびウェブサイトの制作は、日本博事業として実施しました。
https://www.tobunken.go.jp/exhibition/202103/
報告書の表紙
東京文化財研究所では、明治期から昭和期に発行された2,565件の売立目録を所蔵しており、公的な機関としては最大のコレクションとなっています。そうした売立目録については、平成27(2015)年から東京美術倶楽部と共同で、売立目録のデジタル化をおこない(2015年4月の活動報告https://www.tobunken.go.jp/
materials/katudo/120680.htmlを参照)、令和元(2019)年5月から「売立目録デジタルアーカイブ」として公開を開始しました(2019年4月の活動報告https://www.tobunken.go.jp/
materials/katudo/817096.htmlを参照)。また、このデジタルアーカイブを広く知っていただくため、令和2(2020)年2月25日には「売立目録デジタルアーカイブの公開と今後の展望―売立目録の新たな活用を目指して―」と題した研究会を開催し、所内外から4名が発表したほか、研究会に参加した各地の学芸員や研究者とディスカッションや質疑応などをおこない、大きな反響を得るとともに好評を博しました。(2020年2月の活動報告https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/822921.htmlを参照)。
そこで、同研究会の内容を中心に据えつつ、当研究所の重要なコレクションとして長年閲覧に供されてきた売立目録の意義や、デジタル化の経緯についての内容を追加し、5年間の売立目録デジタル化の成果を研究報告書として刊行しました。その内容には、事業概要として「売立目録デジタルアーカイブの概要 安永拓世(東京文化財研究所主任研究員)」、論考として「彫刻史研究と売立目録 山口隆介(奈良国立博物館主任研究員)」、「土方稲嶺展(於鳥取県立博物館)での売立目録の活用と展開 山下真由美(細見美術館学芸員)」、「売立目録の「見かた」と「読みかた」―工芸作品を例とした売立目録デジタルアーカイブの活用について― 月村紀乃(ふくやま美術館学芸員)」「売立目録デジタルアーカイブから浮かび上がる近世絵画の諸問題 安永」、報告として「東京文化財研究所における売立目録収集と公開の歩み 中村節子(東京文化財研究所資料閲覧室元職員)」、「売立目録デジタル化事業におけるシステムの役割について 小山田智寛(東京文化財研究所研究員)」を収録しています。
同報告書は、年度末に全国の主要な博物館・美術館・図書館・大学等には寄贈分を発送しましたので、ご興味のある方は、近隣の図書館などで閲覧していただければ幸いです。
研究会の様子
保存科学研究センターの研究プロジェクトである「保存と活用のための展示環境」では、照明に関する研究の総括として令和3(2021)年3月4日に『「保存と活用のための展示環境」に関する研究会―照明と色・見えの関係―』を開催しました。これまでは博物館・美術館等の展示照明に焦点を当てた、文化財の保存を考えた照明のあり方に関する事例報告が主でしたが、今回は少し視点を変え、これまであまり文化財の分野では触れられてこなかった、保存とは少し異なる観点の照明について専門の先生方よりご報告いただきました。
まず、これまで本プロジェクトの中心で研究を進めてこられた佐野千絵氏(東京文化財研究所名誉研究員)に保存科学研究センターにおける照明研究の流れを導入としてお話しいただきました。次に、視覚科学・視覚工学・視覚情報処理・色彩工学をご専門とされる溝上陽子氏(千葉大学大学院工学研究院)、建築光環境の評価手法の開発についての研究をされている吉澤望氏(東京理科大学理工学部建築学科)、視覚情報処理や色彩・照明工学・画像処理に関して研究を進められている山内泰樹氏(山形大学大学院 理工学研究科)にご講演いただき、多岐にわたる内容となりました。
コロナ禍で緊急事態宣言が出され、120名入るセミナー室で最大30名の収容という制約の中、対面での研究会は非常に有意義なものとなりました。参加者からは、対面で話を伺えて有意義だった、照明に関する理解が深まった等の意見が寄せられ、満足度の高い研究会になったことが伺えました。一方、今回の研究会は新型コロナウイルス感染拡大防止のため、関東近郊の美術館・博物館等に限定して研究会の案内をしました。そこで、研究会の内容を録画し、東京文化財研究所のYouTubeチャンネルで期間限定公開をすることにしました。今回、参加できなかった遠方の方々にもこの機会に広く視聴していただければと思います。
期間限定公開(令和3年5月10日~7月30日)
https://www.youtube.com/watch?v=UQp68KyNvVQ
開梱作業風景
海外の美術館、博物館には多数の日本美術品が所蔵されています。しかしほとんどの館には日本美術品の修復を手掛けることのできる技術者がいないため、劣化や損傷が進行しているにもかかわらず適切な処置を講じることができずにいます。在外日本古美術品保存修復協力事業では海外にある作品を調査し、その中から文化財的な価値が高く、かつ修復の緊急度も高いと判断した作品を所蔵館と協議の上で一度日本に持ち帰り、国内で万全な体制のもと修復を行ったのち返却しています。
カナダで最も古い美術館であるモントリオール美術館は、1879年の開館以来移転や拡張を経て現在では45,000点以上の作品を所蔵しており、その中には日本の作品も数多く含まれています。平成30(2018)年に実施した現地調査の結果にもとづき、今回、同館所蔵の「熊野曼荼羅」(絹本着色掛軸、一幅)および「三十六歌仙扇面貼交屏風」(金地着色屏風、六曲一双)の2件を対象として保存修復を行うこととしました。
作品の搬送に所蔵館担当者が随伴できないなど、新型コロナウィルス禍の影響を受けつつも、令和3(2021)年3月に無事日本へ作品を輸入することができました。今後、現状調査ならびに高精細画像撮影を含むドキュメンテーションを皮切りに一連の保存修復作業に着手する予定です。