研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


2018東アジアイコモスワークショップでの報告

ワークショップが開催された国立古宮博物館(ソウル)
景福宮でのエクスカーション(ソウル)

 平成30(2018)年12月21日、韓国ソウル特別市の古宮博物館において、2018東アジアイコモスワークショップ「新たな交流と協力に向けて:東アジアイコモスにおける文化遺産の保護・管理に関する最新の取り組み」が開催されました。このワークショップは韓国イコモス国内委員会の主催、韓国文化財庁の後援によるもので、日中韓3か国の文化遺産保存に関する方針や手法について概観し、これらの活動へのイコモスの関与や貢献のあり方を検討することを目的としました。
 このワークショップで、東京文化財研究所の世界遺産関連業務について報告するよう韓国イコモス国内委員会及び韓国文化財庁から依頼されたことから、「世界遺産条約の望ましい履行のための東京文化財研究所の活動」と題した報告を行いました。この報告では、世界遺産委員会に関する調査研究や用語集の出版、研究協議会の開催など当研究所の活動について紹介、これらの活動は、世界遺産推薦や保護の実務に携わる自治体関係者への情報提供を主な目的とし、実施にあたっては文化庁とも連携していることを説明しました。また、当研究所の友田正彦も日本イコモス国内委員会の立場でワークショップに参加、苅谷勇雅・日本イコモス国内委員会副会長と連名で同委員会の活動について報告しています。
 韓国の関係者も、自治体関係者への世界遺産条約関連の情報提供について課題を感じているとのことです。また、世界遺産への関心の過熱によって引き起こされる「政治化」の問題は、日中韓に共通しているようでした。今回のような近隣諸国との専門家交流が、それぞれの国における専門性の高い推薦書の作成や、世界遺産の適切な保全につながることを期待します。

「じんもんこんシンポジウム2018 歴史研究と人文研究のためのデータを学ぶ」での発表

発表の様子(橘川)
「東文研 総合検索」の概略(スライドから)

 平成30(2018)年12月2日、情報処理学会の研究会の一つである「人文科学とコンピュータ研究会」が主催する「じんもんこんシンポジウム2018(jinmoncom.jp/sympo2018/)」の企画セッション「歴史研究と人文研究のためのデータを学ぶ(www.metaresource.jp/2018jmc/)」にて、橘川英規、小山田智寛が、東京文化財研究所のデータベースについて報告いたしました。この企画セッションは、情報処理学会等では、まだあまり認知されていないデータベースを紹介し、より活発なデータの利用を促進するために開催されました。発表では、「東文研 総合検索(www.tobunken.go.jp/archives/)」のシステムの概略および画像データベースの中で最も登録件数の多い「ガラス乾板データベース」、昭和11(1936)年より刊行している『日本美術年鑑』を元にした「美術展覧会開催情報」と「物故者記事」について紹介いたしました。
 セッションでは当研究所の他、国立国会図書館、渋沢栄一記念財団、東京国立博物館、東京大学、青空文庫のそれぞれの組織が公開している様々なデータベースが紹介され、参加者の注目を集めました。当研究所でも今後は文化財情報のデータベースを公開して運用するだけでなく、データベース自体の紹介にも注力し、調査・研究に役立てていただきたいと考えています。

静嘉堂所蔵の二つの重要作品―「妙法蓮華教変相図」と「春日曼荼羅」―文化財情報資料部第7回研究会の開催

文化財情報資料部研究会の様子

 文化財情報資料部では、平成30(2018)年12月27日、外部から二人の発表者をお迎えし、第7回研究会を開催しました。第1題目は、共立女子大学の山本聡美氏より、「病苦図像の源流―静嘉堂文庫蔵「妙法蓮華経変相図」について」、第2題目は、成城大学の相澤正彦氏より、「静嘉堂文庫美術館本「春日曼荼羅」に見る高階画風をめぐって」と題して発表をいただきました。奇しくも今まであまり紹介されることのなかった、しかしながら注目すべき静嘉堂の2点の所蔵品にかかる発表となりました。
 山本氏は、静嘉堂文庫蔵の見返しに変相図を描く『法華経』が、その巻末願文から南宋の12世紀中頃に活躍した天台僧道因を主導に40名ほどの結縁によって作成され、制作期が紹興10(1140)年に絞られるものであることを紹介され、その比喩品の中に、薬の鉢をもらっている「病苦」のことが描かれ、さらにこの法華経には、この経を謗ることによって受ける人道の苦の中に、侏儒やせむし、口臭などの記述があり、その中には、当変相図に描写があるものがあることを紹介されました。日本の平安時代末から鎌倉時代に描かれた国宝の「病草紙」の源流が『法華経』のテキスト、そしてこの静嘉堂本にみられるような描写内容から生み出されたイメージの二段階があるのではないかと考えられること、また大きくは「病草紙」の成立には12世紀の日本と中国、その中の法華経信仰、僧侶と在俗の信者をベースする場について考えなければならないとの興味深い考察を示されました。
 相澤氏は、静嘉堂文庫美術館の14世紀の制作と考えられる「春日曼荼羅」が、春日社の景観に加え、通常の春日宮曼荼羅にはMOA美術館本を除いて他には例のほとんどない十社の神とその本地仏、神鹿を描き、短冊形にそれぞれの建物の名を書き込んでいる特異な作例であることを紹介されました。ことに興味深いのは、補筆の多いMOA美術館本に対して、オリジナルをよく残し、しかも良質の顔料を用いて、繊細で優れた描写で神や仏を描かれていることで、宮内庁三の丸尚蔵館蔵の「春日権現験記絵」を描いた、高階隆兼を代表とする高階画系の作であることが推察されることを詳細なスライドによって紹介されました。また、このような春日宮曼荼羅は、日吉山王宮曼荼羅との共通性から、この軸を広げ、神を勧請することによってその場を春日とする機能を持つものとして考えられるのではないかという踏み込んだ考察を示されました。
 当日は20名以上の外部からの聴講者が参加され、意義ある研究会となりました。

「アジア太平洋の無形文化遺産と自然災害に関する地域ワークショップ」開催報告

女川町における「獅子振り」の実演の見学

 平成30(2018)年12月7日から9日にかけて仙台市で開催されたアジア太平洋無形文化遺産研究センター(IRCI)主催の「アジア太平洋の無形文化遺産と自然災害に関する地域ワークショップ(Asia-Pacific Regional Workshop on Intangible Cultural Heritage and Natural Disasters)」に、共催機関として本研究所から山梨絵美子副所長をはじめとする7名のスタッフが参加しました。このワークショップは、平成28(2016)年度よりIRCIが進めてきた事業「アジア太平洋地域の無形文化遺産と災害リスクマネジメントに関する研究」のまとめとして開催されたものです。なお本事業の実施にあたっては本研究所無形文化遺産部が協力し、これまでベトナム・フィリピン・フィジーにおける現地調査にもスタッフを派遣してきました。
 今回のワークショップでは、アジア太平洋地域の8か国から文化遺産や災害リスクマネジメントの専門家を招き、そこに国内外の専門家を加え、自然災害からどのようにして無形文化遺産を守るかについて報告と議論をおこないました。また2日目には本研究所無形文化遺産部の久保田裕道の案内で、宮城県女川町へのエクスカーションを実施し、東日本大震災からの復興において無形文化遺産が果たした役割について、その実情を参加者に見てもらう機会を持ちました。
 このワークショップにおける議論を通じて、無形文化遺産と自然災害との関係についてのとらえ方が国や地域によって異なるようであることが印象に残りました。例えば日本の専門家は、無形文化遺産が被災したコミュニティの絆を取り結び、復興に向かう力の源となるという側面を強調していたのに対し、海外の専門家の何人かは、伝統的な知識の中には自然災害を予測したり、あるいはそれに備えたりするためのものが含まれているという点を強調していました。ユネスコの「無形文化遺産の保護に関する条約」では無形文化遺産の分野の一つとして「自然及び万物に関する知識及び慣習」が挙げられ、伝統的な知識は無形文化遺産であるという認識が一般的です。一方で日本の文化財保護法においては、伝統的な知識は無形文化財のカテゴリとしては明確に位置づけられていません。
 もちろん日本においても、津波石碑のように自然災害に関する民俗的な記録や知識は注目されてきましたが、無形文化遺産と自然災害との関係という文脈において語られることは少なかったかもしれません。今回のワークショップを通じ、国や地域によって考え方に違いがあることを知り、またそうした違う考えの人たちと議論することができたことは、私たちのものの見方を広げる上でも有意義な機会であったと思います。

研究会「ネパールにおける無形文化遺産の現状と課題」の開催

研究会の様子

 平成30(2018)年12月10日に研究会「ネパールにおける無形文化遺産の現状と課題」を開催いたしました。研究会では、ネパール国立博物館のJaya Ram Shrestha館長とYamuma Maharjan学芸員をお招きし、ネパールの無形文化遺産の現状と課題について話していただきました。また本研究所からは石村智・久保田裕道(無形文化遺産部)が、本研究所が実施するネパールの無形文化遺産の調査について報告しました。加えて、ネパールの都市景観の保全に携わってきた森朋子氏(札幌市立大学)からコメントをいただきました。
 ネパールには多様な民族と宗教が共生しており、それにまつわる豊かな無形文化遺産が存在します。しかし平成27(2015)年4月に発生した大地震により、多くの地域が甚大な被害をこうむり、それにより伝統文化も少なくない影響を受けました。また近年進む急速な近代化により、伝統文化もまた変容を余儀なくされています。そうしたネパールの無形文化遺産の現状を知り、また研究会に参加いただいた国内のネパール研究者の間においても情報共有をし、ネパール人専門家と交流する場とすることができ、有意義なひと時となりました。
 なお本研究会は平成30年度文化庁委託文化遺産国際協力拠点交流事業「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」の一環として実施されました。

研究会「大陸部東南アジアにおける木造建築技術の発達と相互関係」の開催

研究会の様子

 東京文化財研究所では、平成28(2016)年度より、東南アジアの木造建築をテーマとした研究会を3回にわたって開催してきました。第1回および第2回においては、考古学的情報から既に失われた古代木造建築の実像に迫るというアプローチを採りました。今回、平成30(2018)年12月16日に開催した第3回では、「大陸部東南アジアにおける木造建築技術の発達と相互関係」のタイトルで現存する建物に目を向け、本地域の木造建築技術の特徴と、その発展過程および地域内外での影響関係を探ることを目的としました。
 フランソワ・タンチュリエ氏(インヤー・ミャンマー学研究所)からはミャンマ―およびカンボジアについて報告をいただきました。両国に現存する木造建築では、水平材をほとんど使用しない単純な構造によって多重の直線屋根を支えるという形式が共通して見られ、特にミャンマ―の場合は、多く彫刻が施された装飾的な屋根が特徴的です。
 一方、ポントーン・ヒエンケオ氏(タイ王国文化省芸術局)からはタイについて報告をいただきました。タイでは、地域や時代によって木造建築の特徴が変化していきますが、水平梁と束を多用する構造によって曲面の屋根を作る形式が広く認められます。
 最後に大田省一氏(京都工芸繊維大学)に加わっていただき、会場からの質疑も交えてパネルディスカッションを行い、国境を越えた東南アジア木造建築史の構築をメインテーマに意見を交わしました。
 本研究会の内容は、2019年度に報告書として刊行する予定です。

英国、セインズベリー日本藝術研究所での協議と講演

講演の様子

 イギリス・ノーフォークの州都であるノリッチ(Norwich)にあるセインズベリー日本藝術研究所(Sainsbury Institute for the Study of Japanese Arts and Cultures; SISJAC)は、欧州における日本の芸術文化研究の拠点のひとつです。このSISJACと東京文化財研究所は、平成25(2013)年より「日本藝術研究の基盤形成事業」として、日本国外で発表された英文による日本芸術関係文献のデータをSISJACから提供いただき、当研究所のウェブサイトで公開するという事業を共同で進めています。そうした事業の一環として、毎年、文化財情報資料部の研究員がノリッチを訪れて、協議と講演をおこなっており、平成30(2018)年度は江村知子、安永拓世の2名が11月13日から16日にかけて滞在し、その任に当たりました。
 協議では、SISJACから提供いただいたデータへのアクセス件数の問題や、データの入力に関する英文の特殊文字およびローマ字表記の表記揺れの問題などが議題となったため、当研究所からは、アクセス件数の概算値を報告し、今後の入力方針を確認しました。
 また、11月15日には、安永がノリッチ大聖堂のウェストン・ルームにおいて「与謝蕪村筆「鳶・鴉図」に見るトリプルイメージ A pair of scroll paintings: The triple images of Yosa Buson’s “Kite and Crows”」と題した講演をおこない、同研究所のサイモン・ケイナー(Simon Kaner)所長に通訳の労をとっていただきました。この講演は、SISJACが毎月第三木曜日に開催する一般の方向けの月例講演会の一環でもありましたが、今回は80名ほどの参加者が、いずれも熱心に聴講しており、現地での日本美術に対する関心の高さがうかがわれました。

仁和寺孔雀明王像の表現と技法―文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子

 平成30(2018)年11月27日の文化財情報資料部では、今年度第6回となる月例の研究会を開催しました。今回は、東京藝術大学非常勤講師の京都絵美氏をお迎えし、「絹本著色技法の史的展開について―仁和寺所蔵孔雀明王像をめぐる一考察」と題して発表をいただきました。仁和寺の所蔵する孔雀明王の画像は、制作期が北宋時代に遡るとする見解もある作品で、孔雀の羽に動きさえ感じさせるダイナミズムと日本の仏画とは対照的に独特のリアリズムを表わした国宝のきわめて優れた作品です。
 京都氏は、美術史研究でも業績を重ねる一方、数々の優れた作品を発表されている作家でもあります。京都氏は仁和寺自性院源證が、江戸時代の安永8年(1779)に透き写しの技法を取り入れた模本を紹介して比較し、また、日本画の画絹の絹継ぎが縫ってつないでいるのに対し、中国画は縫い目のないこと、さらには、画絹素地に施される「にじみ止め」によって同様の描写によってもその表現性に多様な変化が生じることを、実際の多くのサンプルによって示されました。美術の表出性―美しさは「かたち」に宿っており、その「かたち」を支えているのはリアルな物質的技法であるといえるでしょう。しかしながら、これはこれまでのオーソドックスな美術史研究においてはアプローチが難しかった点です。京都氏は支持体、線描、彩色、色材について分析して興味深い知見を示され、今後のさらなる研究が期待されました。

ユネスコ無形文化遺産保護条約第13回政府間委員会への参加

会場の外観
「来訪神:仮面・仮装の神々」記載の決議のときの議場の様子

 平成30(2018)年11月26日から12月1日にかけて、インド洋に位置する島しょ国モーリシャスの首都ポートルイスにてユネスコ無形文化遺産保護条約第13回政府間委員会が開催され、本研究所からは2名の研究員が参加しました。
 今回の委員会では、日本から提案された「来訪神:仮面・仮装の神々」の代表一覧表記載について審議が行われ、29日に「記載」との決議がなされました。これは、平成23(2011)年の第6回政府間委員会で日本の「男鹿のナマハゲ」の提案に対し、既に代表一覧表に記載されていた「甑島のトシドン」との類似性を指摘され、「情報照会」の決議を受けたため、「男鹿のナマハゲ」をはじめ、沖縄県宮古島の「パーントゥ」や鹿児島県悪石島の「ボゼ」など国指定重要無形民俗文化財(保護団体認定)の10件を構成要素としてグループ化し、「甑島のトシドン」の拡張提案としたものです。そのため日本からの代表一覧表記載の無形文化遺産の数は、以前と変わらず21件です。しかし、国内においてはより多くの遺産がユネスコ無形文化遺産となりました。
 今回の委員会で審査された他の遺産のうち、とりわけジャマイカが提案した「レゲエ音楽」が代表一覧表に記載されたことは特筆すべきです。「レゲエ音楽」は、当初は評価機関(Evaluation Body)により「情報照会」と勧告され、今回の記載の決議は見送られる可能性がありましたが、委員国による議論の結果、「記載」と決議されるに至りました。
 なお、今回の委員会から2022年まで日本は委員国を務めます。今回の委員会でも、本研究所が取り組んでいる「無形文化遺産の防災」の事例と、アジア太平洋無形文化遺産研究センター(IRCI)が取り組んでいる「アジア太平洋地域の無形文化遺産と災害リスクマネジメントに関する研究」の事例が日本代表団から紹介されるなど、緊急状況下にある無形文化遺産の保護について、日本の取り組みが一定の貢献を果たしていることが強調されました。今後も我が国が政府間委員会で存在感を示すことが期待されます。
 一方で政府間委員会の進め方に関する懸念も感じられました。近年は、評価機関による「情報照会」の勧告を委員会が「記載」に覆すことが多くなりましたが、今回もそのようなケースが散見されました。また条約の運用指示書が認めていない手続きの実施が委員会で決議される事例もありました。事実、こうした委員会の進め方に対して、一部の締約国からは懸念が示されており、今後の委員会の進め方に課題を残したといえるでしょう。

滋賀県における曳山金工品修理技術の調査

修理のために取り外された曳山の金具(車軸軸先金具)
作業を行う辻清氏

 無形文化遺産部ではこれまで文化財の保存技術に関する調査研究を行ってきました。有形・無形の文化財を後世に伝えていくためには、文化財そのものだけではなく、文化財を保存修復する技術、それに用いられる材料や道具の製作技術なども保存・継承されてゆく必要があります。こうした技術を我が国の文化財保護法では「文化財の保存技術」と呼び、そのうち特に保存の措置を講ずる必要があるものを「選定保存技術」として選定し、保存・保護の取り組みが行われています。しかし国によって保護の対象となる技術は、全体の中ではわずかな割合に過ぎません。国に選定されていない技術についても目を配り、調査研究の対象にすることも、本研究所の重要な役割と考えています。
 平成30(2018)年度は滋賀県教育委員会と共同で、滋賀県選定保存技術「曳山金工品修理」の保持者である辻清氏の調査を行っています。氏は、国の重要無形民俗文化財に指定され、ユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」の構成要素でもある「長浜曳山祭」で用いられる曳山の錺金具などの金工品を修理する技術の保持者で、これまで数多くの曳山の修理に携わってきました。現在は、滋賀県日野町で行われる「日野曳山祭」(県指定無形民俗文化財)で用いられる金英町曳山(芳菊車)の金工品の修理に携わっており、私たちはその作業の様子を調査し、映像で記録させていただいています。
 いうまでもなく、曳山祭を実施するためには曳山の存在が必要不可欠です。そのため、曳山祭という無形の文化財を保存・継承していくためには、曳山を修理する技術も保存・継承していかなければなりません。しかしそうした技術の後継者が不足していることも事実です。私たちの調査研究は、こうした技術を記録保存という形で後世に残していくこともひとつの目的ではありますが、普段あまり注目されることの少ないこうした文化財の保存技術に光を当て、その重要性を指摘することも目的のひとつと考えています。

「文化財修復の現状と諸問題に関する研究会」開催報告

総合討議中の様子

 近年、文化財に対する注目が増しており、活用も積極的に推進されています。それに伴い、修復対象とされる文化財も増加しており、その中で、従来の修復方法や修復に対する概念では対応できなくなってきている事例も多くなってきました。このような現状を踏まえ、平成30年(2018年)11月22日に、「文化財修復の現状と諸問題に関する研究会」を開催しました。今までの修理の概況に関して共有した上で、現在の修復の際に認識される問題点を文化財各分野の専門の先生方からご紹介頂きました。
 歴史資料のご専門の佐々木利和北海道大学客員教授からは、東京国立博物館、文化庁、国立民族学博物館と歴任されてきたご経験から「美術工芸品修理への思い」と題された、歴史資料の保存について、また民俗資料保存の問題点などについてご講演頂きました。文化庁地主智彦調査官からは、「近年の歴史資料修理の成果と課題」について、詳細な事例報告を含んだ現状のご報告を頂きました。東京国立近代美術館の北村仁美工芸室長からは、「文化財修復の現状と近年の問題点 〜「十二の鷹」を中心に〜」とのタイトルで、近年のご所蔵品の修復の詳細とその中における問題をご提起頂きました。京都府の中野慎之主任からは、修理にあたり、実際にどのような協議が行われ、どのような意思決定が必要かについてご報告頂きました。総合討議においてもたくさんのご質問を頂き、活発な質疑応答が行われました。総勢104名の方がご参加下さり、終了後のアンケートでも、文化財修復に関する大きな情報交流の場が今後も継続することを期待されていることが実感されました。本研究会の内容は、来年度報告書として刊行予定です。

南イタリアにおける石窟壁画の調査

サン・アントニオ・アバーテ地下教会
サンタ・マリア・デッリ・アンジェリ地下聖堂

 平成30(2018)年11月12日〜11月20日までの期間、南イタリアのプーリア州において岩窟教会壁画に関する調査を実施しました。この調査は、文化庁より受託した「トルコ共和国における壁画の保存管理体制改善に向けた人材育成事業」の一環として、調査結果をカッパドキア地方の岩窟教会壁画を対象に実施している研修事業に反映させることを目的にしたものです。
 今回訪れたのは、マッサフラにあるカンデドラ地下聖堂やサン・アントニオ・アバーテ地下教会、ポッジャルドにあるサンタ・マリア・デッリ・アンジェリ地下聖堂やサンティ・ステファニ・ディ・ヴァステ地下聖堂など、いずれもビザンチン様式の石窟壁画を有します。調査は、壁画技法や使用されている材料、また描かれている周辺環境に配慮しつつ、その状態や保存管理の現状に着目しながら行いました。その結果、保存管理の点で共通する問題を抱えていることや、イタリアでは実施されているがトルコでは実施されていない取り組みがあることなどが明らかとなりました。
 この調査には、研修事業でもご協力をいただいているフィレンツェ国立修復研究所の専門家に同行いただき、収集した情報をまとめています。来年度の6月に予定している研修事業では今回の調査結果を反映させながら、類似する壁画が異なる国ではどのような状況にあるのかを伝え、保存管理について考えていきます。

「トルコ共和国における壁画の保存管理体制改善に向けた人材育成事業」における大学調査

油絵修復ラボでの意見交換の様子
教育設備に関する調査風景

 文化庁より受託した標記事業の一環として、平成30(2018)年11月4日~9日にかけて、文化財保存修復学科を開講するトルコ国内の大学に往訪し、各校の教育システムに関する調査を実施しました。今年度は、本事業の基幹プロジェクトである研修「壁画保存に向けた応急処置方法の検討と実施」にご協力頂いているアンカラ・ハジ・バイラム・ヴェリ大学(前ガーズィ大学)芸術学部文化財保存修復学科に加え、アンカラ大学芸術学部文化財保存修復学科、イスタンブール大学文学部動産文化財修復学科に伺い、各大学の教員から教育方法に関するプレゼンや教育設備に関する説明を受けるとともに、意見交換を通して文化財保存教育現場での現状の課題の明確化とその共有を試みました。
 各校とも大学組織の長所を活かし、他学科や関係自治体との共同プロジェクトを進めることで、設備面や人材面の不足を解消する工夫が見られました。また、いずれの大学の教員も、期間の長短はありますが文化財保存修復に関する欧米諸国での技術研修を経験した専門家であることがわかりました。一方で、トルコ国内に存在する様々な文化財に対応するには、さらなる教育システムの増強が必要不可欠であることも明らかになりました。
 今回訪問した大学の卒業生の多くは、壁画保存のための研修受講者が所属する国立保存修復センターに就職しており、受講者のバックグラウンドに関する理解を深めるために本調査の成果が活用される予定です。

モントリオール(カナダ)での日本絵画作品調査

モントリオール美術館での調査風景

 海外の博物館・美術館等の施設が所蔵している日本古美術作品は、日本文化を紹介する大切な役割を担っています。ところが海外にはこれらの保存修復の専門家が少ないことから、適切な処置が行えず、展示・活用ができない作品が数多くあります。そこで当研究所では作品の適切な保存・活用を目的として、在外日本古美術品保存修復協力事業を行っています。この度、修復協力への要望が強く、その意義が大きいと考えられるモントリオール美術館所蔵の作品調査を行いました。同館は、モントリオール(カナダ)に所在し、1860年にモントリオール美術協会として設立され、カナダでは最も古い美術館です。現在は、古代から現代まで43000点以上の作品が所蔵されており、その中には日本の美術工芸品も多く含まれています。
 調査は、平成30(2018)年11月26日から28日にかけて、文化遺産国際協力センターの加藤雅人、元喜載、文化情報資料部の江村知子、米沢玲の4名が美術館を訪問し、美術史的な作品価値、修復の必要性と緊急性の観点から日本絵画作品15件(17点)、染織品3件の調査を実施しました。
 今後、調査で得られた情報を同館の学芸員、保存修復担当者と共有し、作品の保存・展示に役立てていただきたいと考えています。

ケルンにおけるワークショップ「漆工品の保存と修復」の開催

漆塗りの実習

 海外の美術館や博物館に所蔵されている日本の漆工品の保存と活用を目的として、平成30(2018)年11月26日から30日にかけて、ケルン市博物館東洋美術館(ドイツ)にてワークショップ「漆工品の保存と修復」を開催しました。東京文化財研究所は、同美術館の協力のもと平成19(2007)年より本ワークショップを毎年実施しています。本年は、作品の保管や取り扱いにおいて必要となる知識や技術を中心とした基礎編を実施し、世界各国より6名の保存修復技術者が参加しました。
 講義では、漆の化学的な構造と性質、漆工品の構造や加飾技法、主な損傷や劣化、適切な保管環境などについて取り上げました。また、日本における保存修復の事例も紹介し、修復の理念と工程について解説をしました。実習では、木製スプーンに漆塗りを施すことで漆の性質をより深く理解できるよう努めました。また、損傷部分の養生やクリーニングといった応急的な処置も行い、修復の際に使用する道具の選択や作製方法などについても触れました。最終日にはディスカッションも行われ、西洋・東洋における保存修復の倫理や理念の違い、本ワークショップで得られた知識・技術の活用法など、活発な意見交換が見られました。
 海外の保存修復の専門家に、漆工品に関する基礎知識や保存修復技術を伝えることにより、国外の漆工品がより安全に保存され活用されていくことが期待されます。

バガンの歴史的煉瓦造建造物の保存修復に関する現地ワークショップ開催および第1回国際調整委員会への参加

バガンにおけるワークショップの風景

 東京文化財研究所では、ミャンマーで平成28(2016)年8月に発生したチャウ地震以降、これによって被災したバガン遺跡群の歴史的煉瓦造建造物について、その保存修復作業の質的向上を主な目的とする研究調査活動を文化庁委託事業(奈良文化財研究所より再委託)により行ってきました。本事業の成果を現地の専門家と共有するため、平成30(2018)年11月13日にヤンゴンのミャンマー技術者協会、翌14日にはバガンのミャンマー宗教文化省考古・国立博物館局(DOA)支局において、それぞれワークショップを開催しました。
 このワークショップでは、当研究所職員および外部専門家が歴史的煉瓦造建造物の建築技術・構法、構造上の特性、および伝統的モルタル材料の成分分析の三つのテーマについて発表を行い、現地側各機関の専門家からは目下バガンで実施中の保存修復作業等に関する発表が行われました。そしてこれらを踏まえて、両国の専門家の間で質疑と意見交換を行いました。
 今後は、本事業の成果を纏めた報告書を刊行し、これまでの研究調査によって得られた情報をさらに保存修復に活用してもらいたいと考えています。
一方、11月17・18両日には第3回技術調整フォーラムおよび第1回国際調整委員会(ICC)がバガンにおいて開催されました。宗教文化大臣が議長を務めた本会議は、バガン遺跡群の保存修復に携わっている国内外の各機関が情報交換を行うとともに、相互の連携を促進することを目的とするものです。当研究所職員からは、東文研および奈文研が実施している関連協力事業の概要について報告しました。

第8回国際美術図書館会議での発表

発表の様子
アムステルダム国立美術館の美術図書館

 日本および世界中に数多くの図書館がありますが、欧米諸国には、美術に関する図書や資料を専門とする美術図書館があり、2年に一度、国際美術図書館会議が開催されています。平成30(2018)年10月4,5日にオランダのアムステルダム国立美術館で開催された第8回国際美術図書館会議において、「東京文化財研究所の情報発信: OCLCセントラル・インデックスへの日本美術文献の情報提供」The Contribution of the Tokyo National Research Institute for Cultural Properties: Art Bibliography in Japan for OCLC Central Indexと題した口頭発表を行いました。当研究所では、日本国内で行われた美術展覧会の情報や展覧会図録の文献情報を収集しています。昭和5年(1930)以降、平成25(2013)年までの展覧会図録所載文献、約5万件についてOCLCセントラル・インデックスに情報提供を行いました。日本の美術展覧会カタログは、専門性が高いものの、一般的な雑誌論文などに較べてその情報発見の機会が限られていましたが、今回の取り組みにより、世界中のOCLC利用者に、新たな資料発見の機会を提供することができました。この会議は欧米諸国が主体となっていますが、発表後にはアジア地域からのこうした取り組みは、美術図書館の国際連携を強化するために重要であるとの反響が寄せられました。この情報提供は継続的に進めており、最近平成26(2014)年の文献情報、約2800件を追加提供し、さらに今年中に平成27(2015)年の文献についても情報提供を行う予定です。

ゲッティ・リサーチ・ポータルへの東京文化財研究所刊行物の情報提供

ゲッティ・リサーチ・ポータルの検索結果表示画面

 東京文化財研究所ではアメリカのゲッティ研究所と共同研究事業を推進しています。平成29(2017)年5月に、当研究所所蔵の明治期の展覧会目録や美術雑誌のデジタル版をゲッティ・リサーチ・ポータル(GRP)から検索・閲覧できるようになり、アジア諸国からは初めての情報提供元となりました。そしてこのたび当研究所刊行の『美術年鑑』昭和11 (1936) 年版〜平成25(2013)年版の 70冊、『美術研究』1〜419号、『保存科学』1〜57号のデジタル版についても、GRPから検索・閲覧できるようになり、当研究所からの提供タイトル件数は636件を超えました。これらの刊行物は、これまでも当研究所のウェブ・サイト(東文研総合検索 http://www.tobunken.go.jp/archives/、PDF版『保存科学』 http://www.tobunken.go.jp/~ccr/pub/cosery_s/consery_s.html)や機関リポジトリ(https://tobunken.repo.nii.ac.jp/)で公開して参りましたが、バーチャル美術図書館として世界中に多くのユーザーを有するGRPから検索・閲覧が可能になったことで、当研究所による文化財研究の成果への海外からのアクセスの可能性を飛躍的に増やしました。さらにこの共同事業の一環として、現在、当研究所所蔵の貴重書である、明治・大正・昭和期の博覧会・展覧会資料のデジタル化を進めており、これらについても2019年6月末までに、GRPに情報を追加する予定です。

第52回オープンレクチャーの開催

講演会の様子

 文化財情報資料部では、平成30(2018)年10月26、27日の2日間にかけて、オープンレクチャーを東京文化財研究所セミナー室において開催しました。毎年秋に一般から聴衆を公募し、外部講師を交えながら、当所研究員がその日頃の研究成果を講演の形をとって発表するものです。この行事は、台東区が主催する「上野の山文化ゾーンフェスティバル」の「講演会シリーズ」一環でもあり、同時に11月1日の「古典の日」にも関連させた行事でもあります。
 本年は第1日目の26日に、「文化財データベースの作成とその意義について」(文化財情報資料部研究員・小山田智寛)、「雪村周継と臨済宗幻住派―大雄山法雲寺を起点に―」(筑波大学助教・水野裕史氏)、第2日目の27日に「裸婦に表わされた地域性―藤田・常玉・陳澄波を例に」(東京文化財研究所副所長・山梨絵美子)、「伝統を現代につなぐ:斉白石が描いた花鳥のかたち」(京都国立博物館主任研究員・呉孟晋)の4題の講演が行われました。両日合わせて一般から134名の参加を見、アンケートの結果、回答者のほぼ9割から「大変満足した」、「おおむね満足だった」との回答を得、好評を博しました。

平蒔絵とされる技法で用いられる金属材料の形状―文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子

 平成30(2018)年10月2日に開催した本年度第5回文化財情報資料部研究会では、金沢大学の神谷嘉美氏より、「平蒔絵とされる技法で用いられる金属材料の形状―南蛮漆器での事例を中心に」と題した発表が行われました。
 平蒔絵技法は安土桃山時代に始まった蒔絵技術の一つです。それまでの主流であった研出蒔絵技法や高蒔絵技法に比べ、絵漆で描いた文様の上に金銀粉を蒔く簡略な技法であり、高台寺様式の蒔絵作品や、欧米への輸出品としてヨーロッパ人の注文により京都で造られた南蛮漆器などに利用された技法であると考えられています。
 今回の発表は、国内外に所蔵される17世紀代の南蛮漆器や南蛮漆器類似作品から落下した塗膜片に加え、自身で制作された蒔絵漆器などを比較事例として、それらに使われている金属粉の形状を走査型電子顕微鏡(SEM)による詳細な非破壊観察を行ったうえで、その由来材料などを検討、報告されたものです。
 その結果、南蛮漆器では金属塊を削った蒔絵丸粉が使われているものもありましたが、金箔由来の粉が使われている作例が初めて確認され、それが主体となっていた可能性すら推測されました。このことは、江戸時代初期輸出漆器の制作技術や制作者・工房の実態に対する再検討をせまると同時に、いわゆる消粉蒔絵の出現経緯や歴史を考えるうえでも重要な事実です。
 当日は、重要無形文化財保持者(蒔絵)の室瀬和美氏や在京の漆工史研究者にもご参加いただき、報告された金属粉がどのような素材に由来する粉であるのか、職人絵に描かれた蒔絵師との関係や実証的な蒔絵技術史研究の必要性、さらには蒔絵の定義自体に関する問題点など、盛んな議論が行われました。
 本発表では、電子顕微鏡による落下塗膜片への観察手法が、漆器制作技術、特に蒔絵技法の検証に高い有効性を持つことが示されました。今後は報告諸事例の確実な位置づけや意味づけに向けた更なる分析事例の蓄積と検討が大いに期待されます。また金属粉は漆工芸のみならず絵画にも広く利用された材料の一つであることから、本研究の深化は絵画技法史の実態解明にも寄与する可能性があるものだと言えるでしょう。

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