研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
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「伊達政宗騎馬像」(1935年完成、絵葉書より)
研究会の様子
小室達(1899~1953)は、宮城県槻木町(現、柴田町)出身の彫刻家であり、仙台城に設置されている「伊達政宗騎馬像」(1935年完成)の作者です。同作は、観光地のシンボルとして有名ですが、作者自身の制作活動は、これまで広く知られていません。
令和元(2019)年8月26日、文化財情報資料部では、野城今日子(当部アソシエイトフェロー)が、「彫刻家・小室達 基礎研究」と題した研究発表をおこない、遺されたアルバムや日記などの資料をもとに、小室の生涯と作品を整理した上で、代表作の「伊達政宗騎馬像」について考察しました。
小室は、戦前の東京における団体展で作品を発表した一方、地元の宮城県では、郷土の名士たちの肖像彫刻や銅像、木彫作品を制作し、活動を展開しました。その中で地元の権力者や有識者との関係を培い、支持を得たと考えられます。また、「伊達政宗騎馬像」の制作時には、地元の郷土史家の意見をできるだけ取り入れ、「平和事業」をおこなった伊達政宗の姿を表したことを今回の発表で明らかにしました。
現在、東京で活躍した彫刻家の動向は明らかになりつつありますが、小室のように、地方において制作活動を展開させた彫刻家は、作品や、詳細な動向が確認できる例が少ないため、今後さらに研究を深めていく必要があります。
なお、今回は、コメンテーターとして小室の資料を所蔵する、しばたの郷土館の小玉敏氏をはじめ、大分大学の田中修二氏、台東区立朝倉彫塑館の戸張泰子氏ら近代彫刻史の専門家を招き、東京、宮城における小室の作品の相違点や、「伊達政宗騎馬像」の作風について活発な意見交換がされました。
国宝平安仏画ウェブコンテンツトップページ
普賢菩薩像の化仏
東京文化財研究所は東京国立博物館の所蔵する仏教絵画について共同で調査研究を行っています。その成果公開の一環として、令和元(2019)年8月20日より、東京国立博物館所蔵国宝平安仏画4点(普賢菩薩像、虚空蔵菩薩像、千手観音像、孔雀明王像)に関するウェブコンテンツ(www.tobunken.go.jp/heian-tnm/)公開をはじめました。
絵画は一見平面に見えますが、実は絹や紙といった支持体に色料が複雑に重ねられた複層的なもので、それらが光を受け、層に反射もしくは透過した光の複合体を目でとらえて、私たちは絵画イメージを形成しています。そこには、絵が描きあげられる過程や、完成後にその作品に起こったことの痕跡が積み重なっています。
それらをとらえるためには、顔料の粒子の大きさや形状、画絹の織り方や経糸・緯糸の太さとなど、材料や、それらの層の重なりに関する情報が重要な手がかりとなります。そうした絵画の深層を、作品に触れたり、分析のための試料を採取したりすることなく把握する方法として、光学的調査は最も有効なものの一つです。当研究所は、その前身である帝国美術院付属美術研究所が1930年に開所して間もなく、美術工芸品の光学調査をアジア諸国に先駆けて開始し、今日まで継続してきました。このたびの共同調査も光学的調査法に基づくものです。
平安仏画には仏の衣や瓔珞に細かく繊細な文様を施すなど、現世を超越した仏の世界を一幅の絵に表す入念な描写が見られます。しかし、作品保護のため、それらをとらえられるほど作品に近づいて見られる機会は稀です。このたびのウェブコンテンツでは、作品の高精細写真をご自身のPCやタブレット端末でご覧いただくことができます。現在、公開しているのは、全体からある程度の細部を拡大して見ることができる可視光による写真のみですが、詳細な細部や、赤外線や蛍光、X線による写真、絵画材料に含まれる元素の蛍光X線分析の結果も順次公開する予定です。今後の展開にどうぞご期待ください。
基礎編終了後、参加者を囲んでの集合写真
応用編における作品調査実習
令和元(2019)年8月14日から23日にかけて、ワークショップ「染織品の保存と修復」を国立台湾師範大学の文物保存維護研究発展センターにて開催しました。東京文化財研究所は同大学と締結した共同研究の一環として、海外に所在する日本の染織品の保存と活用を目的に平成29(2017)年より本ワークショップを毎年共催しています。日本および台湾から保存修復技術者や染織品関連の研究者を講師に迎え、基礎編「日本の染織文化財」を14日から16日に、応用編「日本の染織品の修復」を19日から23日に実施しました。基礎編には10カ国11名、応用編には5カ国6名の保存修復技術者、学芸員、学生らが参加しました。
基礎編では日本の有形・無形文化財の保護制度、服飾材料学、日本の代表的な染織品に関する講義を行ったほか、着物を畳む、展示するといった取り扱い実習も行いました。また、和紙で着物のモデルを作製し、着物の構造を理解できるよう努めました。応用編では、染織品の劣化や染料の科学分析、清掃・洗浄などに関する講義や実習を行いました。加えて、裂を絹布に縫いとめて補強する処置や保存収納用のたとうの作製なども行い、参加者が日本における染織品の保存修復についての理解を深める機会となりました。両編を通じて、展示や保存修復事例などを共有するとともに、保存修復の考え方や材料、方法などに関する意見交換が活発に行われました。
このように、日本の染織品とその保存修復に関する知識を海外の保存修復の専門家に伝えることで、在外の日本の染織文化財のよりよい保存と活用に寄与することを大いに期待しています。
現地における関係者との活用方法の検討
今回調査の対象とした集落の一つ(プナカ県ユワカ村)
東京文化財研究所では、平成24(2012)年よりブータン内務文化省文化局遺産保存課(DCHS)と共同で版築造建造物を対象とする建築学的な調査研究を行っています。本年度より文化庁の文化遺産国際協力拠点交流事業を受託し、同国の歴史的建造物の保存活用のための技術支援および人材育成を目的とした事業の一環として、令和元(2019)年8月20日から28日まで、当研究所職員および外部専門家計11名を現地に派遣しました。
DCHSの職員と共同で行った調査では、ティンプー県、プナカ県およびハー県の歴史的民家建築を対象として、その保存修理の方法、持続可能な活用および文化遺産としての価値評価の三つの観点から検討を行いました。保存修理の方法および活用については、これまでに把握した民家建築の編年指標に基づいて選定した3棟の保存候補民家を対象として、版築壁の耐震補強や木部の補修の方法を検討するとともに、所有者の意向を取り込みつつ、文化遺産としての価値の担保を前提とした活用の方法を検討し、DCHS職員、現地の建築設計者、所有者などを巻き込んで議論を行いました。民家の文化遺産としての価値評価については、それぞれの保存候補民家が所在する集落を中心に悉皆的な調査を行い、民家の分類の方法および文化財指定のための基準を検討しました。
また、ブータン内務文化省文化局にて今回の交流事業に関する覚書(MOU)を締結するとともに、DCHSとの協議を行い、今回の調査の結果やブータン側の展望や課題などについて意見交換を行いました。
今後も現地で調査やワークショップを行い、ブータンの実情に即した歴史的建造物の保存活用の方法について現地の関係者とともに検討を重ねていく予定です。