研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


平成21年度事業の自己点検評価

 4月21日に独立行政法人国立文化財機構外部評価委員会の研究所調査研究等部会が東京文化財研究所において、6月3日に同総会が東京国立博物館において開催されました。前者は、東京と奈良の文化財研究所が平成21年度に実施した事業の実績をまとめ、それらを自ら点検し、評価したものに対して、外部評価委員の先生方から意見等をいただく会です。また、後者は、調査研究をふくめ、機構の事業全体と財務について意見をいただく会です。自己点検評価の対象となった東京文化財研究所の事業は41件です。自己点検評価では、そのすべての事業について、年度計画を100%達成し、充分な成果をあげ、中期目標を達成しつつあると判定しました。外部評価委員の先生方からは、両研究所の事業に対して次のような意見をいただきました。
 1無形文化遺産の研究をはじめとした文化財の基礎的な研究、保存修復に関する先端的、かつ開発的な研究などにおいて、国の文化財行政に資する充分な研究成果を上げている。2東アジア諸地域や西アジアにおいて、文化財保護に関する国際協力が精力的に行われている。その活動の成果を、日本国民のみならず、相手国の国民にも充分に知ってもらえるように努力してほしい。3個別の調査研究の成果は素晴らしいものが多いが、それらが一般の人たちにもっと伝わりやすい形で、かつ全体を総括した形で発信されることが望ましい。4今後は、セクションやジャンルを越えた研究、東京と奈良の両研究所が協力して行う研究、文化財研究所と博物館とによる共同研究、独立行政法人の特質を活かした研究などに積極的に取り組んで欲しい。
 他にもたくさんの意見をいただきました。自己点検評価の結果、外部評価委員の先生方からのご意見は、今後の事業計画の策定や法人運営の改善に役立てます。


佐藤多持氏所蔵資料の受贈

佐藤多持氏と第22回知求会展出品作
《水芭蕉曼陀羅》(1978年)

 企画情報部では、2004年に逝去された日本画家、佐藤多持氏の所蔵していた資料の一部を、多持氏の奥様である美喜子氏よりご寄贈いただきました。多持氏は墨線による大胆な円弧で水芭蕉を抽象的に表現した「水芭蕉曼陀羅」のシリーズにより、戦後日本画の新生面を拓きました。この度いただいた資料は、多持氏所蔵の資料のうち美術雑誌、および多持氏が仲間と昭和32年に結成したグループ「知求会」をはじめとする諸団体の目録類等です。ひとまず研究所への搬入を終え、今後は整理作業を経て、戦後日本美術の貴重な資料として閲覧・活用できるよう努めて参りたいと思います。


韓国国立文化財研究所での研修

重要無形文化財伝授会館での聞き取りの様子(重要無形文化財刺繍匠保有者、韓尚洙氏)

 「無形文化遺産の保護に関する日韓研究交流」にもとづき、無形文化遺産部の俵木が、6月28日から7月8日まで韓国国立文化財研究所無形文化財研究室を訪問し、韓国の無形文化遺産保護についての研修を行いました。過去2年の研修において、韓国における無形文化遺産に関する記録のアーカイブ化の状況を調査してきましたが、今年度は、とくに韓国文化財庁が関係諸機関の製作する記録物について集約的なデータ管理を行っている現状と、そのために定められた「文化財記録化事業標準データ製作指針」について、関係者に聞き取りを行いました。また、韓国の無形文化財保護制度の特徴の一つである伝授教育制度について、文化財庁および保有者(任実筆峰農楽保存会)から現状や問題点の聞き取り調査を行いました。


第4回伝統的修復材料および合成樹脂に関する研究会「膠(Ⅰ)」

研究会会場の樣子(1)
研究会会場の樣子(2)

 保存修復科学センター伝統技術研究室では、6月21日(月)に当研究所の会議室において「膠(Ⅰ)」と題する研究会を開催しました。膠材料は種類も多く、日本のみならず世界的にも古くから広く使用されてきた伝統的な材料の一つです。現在では伝統的な和膠の生産も希少となり、物性を含めた実態については不明な点が多くあります。今回の研究会ではこのような背景を踏まえて、まず当センターの早川典子が修復材料としての膠の物性について概要を述べ、引き続き国宝修理装こう師連盟の山本紀子先生から、装こうにおける膠の用い方という題材で装こう修理をされている技術者の立場からのお話をいただきました。さらに東京芸術大学の関出先生からは、画家というお立場から材料研究の成果について御講演いただきました。そして最後にかつて国立民族学博物館で膠づくりの取材を行われた愛知県立芸術大学の森田恒之先生からは、映像をまじえて膠づくりの工程の解説をいただきました。講師の先生方のお話は、それぞれのお立場での話題提供であっただけに説得力もあり、さらに会場では関先生にお持ちいただいた膠材料を見学することもでき盛会でした。


保存担当学芸員フォローアップ研修

間渕客員研究員による講演の様子

 保存担当学芸員研修修了者を対象に、保存環境に関する最新の知見等を伝えることを目的とした表題の研修会を6月21日に行いました。まず、地球温暖化防止などの観点から、最近急速に普及が進んでいる白色LEDについて、吉田が最新の技術動向を紹介したのち、改築を機に、展示室に導入した根津美術館副館長の西田宏子氏に、そのいきさつについてご講演いただきました。続いて、間渕創客員研究員が、自身の研究テーマでもある文化財施設における微生物調査法に関して、また佐野千絵保存科学研究室長が、木材から放出される有機酸の調査方法について取り上げました。今回は、多くの文化財施設にとっても関心の深い内容でもあり、例年よりも多い約100人が参加しました。フォローアップ研修は毎年行っており、学芸員のニーズにも応えながら、最新かつ重要な情報をこれからもお伝えする場にいたします。


大エジプト博物館保存修復センター 人材育成研修の開催とセンター開所

IPM研修 実習の様子

 文化遺産国際協力センターでは、国際協力機構(JICA)が行う大エジプト博物館の付属機関である保存修復センターの設立と稼働に向けた技術支援プロジェクトへの協力を続けています。
 その一環として、5月14日から22日の日程で、日本人専門家3名を講師として現地へ派遣し、「IPM研修」を保存修復センター内で開催しました。IPMとはIntegrated Pest Managementの略で、ここでは文化財の有害生物被害の防除などを行う総合的管理をさします。研修前はIPMの考え方は保存修復センター職員には殆ど知られていませんでしたが、研修終了後、エジプト人が独自にモニタリングを行うなど継続的な管理活動に結びついています。
 6月14日には、スーザン・ムバラク現大統領夫人が出席して、保存修復センターの開所式が行われました。現在の職員数は、保存修復専門家と他職員あわせて120名を超え、今後も増員が考えられています。また既に、センター内に数千点の遺物が運び込まれ、保存修復作業が少しずつ始まっています。
 今後も、センターの本格的稼働に向けて、多様な専門家各個人のレベルにあわせた効果的な人材育成への協力を引き続き進めていきます。


トルコ・カッパドキア石窟教会壁画の保存修復に関する基礎調査

ギョレメ国立公園全景
修復されたエル・ナザール教会

 文化遺産国際協力センターでは、「西アジア諸国等文化遺産保存修復協力事業」の一環として、国際的な保存修復支援が予定されているトルコ・カッパドキアに点在する石窟教会壁画の基礎調査を6月19日~29日にかけて行いました。ギョレメ国立公園からチャヴシン、ゼルヴェの谷、オルタヒサル地域一帯を中心に、9世紀~13世紀頃の壁画が残る石窟教会等の遺構約20件を対象に保存状態を調査しました。現地専門家や、ユネスコが招聘した国際保存修復専門家とともに、壁画そのものに加えて、それが描かれた石窟自体の岩盤や地質の問題についても調査を行うと同時に、将来的なモニタリングの方法などについて議論し、今後の保存修復に向けた助言を行いました。


タジキスタンにおける壁画断片の保存修復と人材育成(第8次ミッション)

新しい支持体の成形
壁画を支持体に設置

 5月16日から6月22日まで、文化庁委託文化遺産国際協力拠点交流事業の一環として「タジキスタン国立古代博物館が所蔵する壁画断片の保存修復」の第8次ミッションを実施しました。
 壁画は本来、建物の壁面と一体となって安定しているものですが、これを博物館に展示するためには、壁面に代わる支持体が必要です。今次ミッションでは、支持体の軽量化とともに、その取り付けにあたって、できるだけ壁画に負担をかけないことを目指しました。タジク人研修生が主体となり、日本人専門家の指導のもと、カフィルカラ遺跡の仏教寺院址から出土した壁画2点を支持体に設置(マウント)し、博物館に展示しました。タジク人研修生は新しい支持体の成形、壁画の設置に積極的に取り組みました。
 第9次ミッションでは、カライ・カフカハI遺跡出土の壁画断片のマウントを行います。またこの期間中に併せて、壁画のマウントに関するワークショップを実施する予定です。


第19回アンコールの救済と発展に関する国際調整委員会技術委員会

 標記の会議(ICC)が、6月8日~9日にカンボジアのシエムリアップで開催され、アンコール遺跡やその周辺で活動するカンボジア内外の様々な分野の専門家が活動報告を行いました。当研究所は、植物の石材への影響に関するタ・ネイ遺跡での調査について報告しました。
 周辺環境や植物と石材の劣化との関連については、最近ICCでも関心を集めていますが、「遺跡の木を切ると石が劣化するので切ってはいけない」などと極端に単純化され理解されています。また、成果を急いで、自国だけでの実績に基づいた保存処理が行われることもあります。当研究所の発表は、このような環境との関連が強い問題に対しては、現地での長期的な調査が必要、と締め括りましたが、同様の調査を行う海外のチームから共感を得ることができました。


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