研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


北海道立北方民族博物館における研修会「文化財写真入門―文化財の記録としての写真撮影実践講座」の開催

レンズの焦点距離による写り方の違いについての解説
撮影実習:アンブレラを使った被写体へのライトの当て方

 文化財の記録作成(ドキュメンテーション)は、文化財の調査研究や保存、活用に必要な情報を得る行為です。記録作成の手段のうち写真は、色や形状といった視覚的な情報の記録に不可欠ですが、情報を正確に記録するには留意すべきことも多くあります。
 そこで、文化財情報資料部文化財情報研究室では、令和4(2022)年6月2日に北海道立北方民族博物館(網走市)において、北海道内の文化財保護の実務に携わる方を対象に、同館と東京文化財研究所の共催で標記の研修会を開催しました。開催にあたっては、マスクの着用、参加者間の距離の確保、換気など、新型コロナウイルス感染防止対策が取られました。
 当日は、午前中の文化財の記録作成の意義や文化財写真に関する講演の後、午後の部の最初に、文化財写真の目録の作成方法について実例を交えて紹介しました。次に、写真撮影について照明の扱い方を中心に解説し、使用済のスチレンボードとアルミ箔を使ったレフ板作りを参加者全員で行いました。さらに実習として、参加者が持参したカメラで照明に留意しながら館の収蔵品である木彫りの熊を撮影し、最後に、写真の撮影や整理に関する質疑応答を行いました。
 文化財写真の撮影で多くの方が悩んでいるのが影の扱いです。今回の研修会では、自作のレフ板や比較的安価な機材を使い、文化財や作品の性質に応じて適切な位置に光を反射させることで、一つのライトでも自然な濃さや向きの影になる手法をお伝えしました。また、これまでにも多くのご質問をいただいた写真の整理や目録作成について、Windowsの基本機能やExcelを使った方法をご紹介し、実践的な内容になるよう心がけました。
 本研修会は新型コロナウイルス感染症拡大の影響などにより、当初の予定より2年遅れでの開催となりました。根気強く開催をお待ちくださり、また多くの有益なご示唆をお与えくださった共催館の皆様、参加者の皆様に深く感謝いたします。


肥後琵琶の伝承および関連資料の現状調査

善光寺で奉納演奏する後藤昭子氏

 わが国では、文化財保護法に基づき「音楽、舞踊、演劇その他の芸能およびこれらの成立、構成上重要な要素をなす技法のうち、我が国の芸能の変遷の過程を知る上に重要なもの」を「記録作成等の措置を講ずべき無形文化財(芸能関係)」に選択しています。令和3(2021)年3月時点で31件が対象となっていますが、そのうち24件は個人の持つ技法を選定しているため、当該者の逝去によって全ての技法が実質的に途絶えている状況です。一方、団体の持つ技法を選定している7件のうち、歌舞伎下座音楽の杵屋栄蔵社中は、リーダーであった三世杵屋栄蔵氏の逝去(1967)により求心力を失っているものの、ほかの6件(鷺流狂言、肥後琵琶、琉球古典箏曲3団体、和妻)は各団体が技法を継承しているとされます。
 無形文化遺産部では、「記録作成等の措置を講ずべき無形文化財(芸能関係)」のうち、肥後琵琶の継承に関わってきた肥後琵琶保存会やその後継者、琵琶を含む肥後琵琶関連資料について、昨年より情報収集をはじめ、今年に入って本格的な調査を開始しています。このたび6月22~24日にかけて第二回調査を実施しました。今回は、前回調査に引き続き、山鹿やまが市立博物館に所蔵されている肥後琵琶奏者・山鹿やましか良之氏(1901.3.20-1996.6.24)の遺品調査を行いました。資料は、山鹿氏が愛用した生活用品から写真、琵琶に至るまで多岐にわたり、その件数は84件(点数はさらに多い)に及びました。また、今回の調査最終日は、偶然にも山鹿氏の命日にあたったため、山鹿氏に師事した後藤昭子氏をはじめ、ごく近しい人たちの間で営まれた法要と琵琶の奉納演奏の場に同席させていただく機会を得ました。
 なお、本調査については、三度目の調査を行ったのち、年度内に肥後琵琶の伝承および関連資料の現状調査に関する報告書を刊行予定です。


アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査Ⅺ‐東門周囲および中心伽藍の整備

東門再構築後の補修作業
東門周囲仮排水路敷設に伴う考古調査
中心伽藍東塔の危険箇所 応急補強置き替え

 東京文化財研究所では、カンボジアにおいてアンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ寺院遺跡の保存整備事業への協力を継続しています。令和4(2022)年6月12日から7月3日にかけて、修復中の東門の手直し工事の確認、東門周囲の排水路敷設に関する考古調査、および中心伽藍の危険箇所調査のため、職員2名、客員研究員1名の派遣を行いました。
 東門修復工事については、同年1月の派遣時に確認した要補修箇所について、5月からAPSARAが先行して手直し作業を開始していました。今回はその作業状況を確認すると同時に、石材の欠損箇所の補修や彫刻等の仕上げ精度についてAPSARAとさらなる協議を行いました。これによりいくつかの追加作業が生じたものの、6月末には、ほとんどの作業が完了しました。
 また、以前より、東門周囲地表の排水状況改善が課題となっていましたが、APSARAとの協議の結果、東門の西側から北濠へと達する仮設の排水路を設けることとなりました。このため間舎裕生客員研究員を派遣し、排水路敷設に伴う考古調査を行いました。東門やテラスが建設された当初の地盤面を傷めないよう確認しながら水路を掘り進め、延長約30mの仮設排水路が完成しました。10月までの雨季の間、現地スタッフと協力しながら、その効果を経過観察する予定です。
 中心伽藍においては、APSARAリスクマップチームとの協議で対策の優先度が最も高いとされた中央塔と東塔について、建物周囲に足場をかけ、詳細な危険箇所調査を実施しました。これらの危険箇所に既設の木製補強は虫害等による劣化が著しく、以前から耐久性のある材料での更新が求められていましたが、今回、APSARAの要望によって、応急的に足場用単管で木製補強を置き替えることとなりました。不均衡な荷重伝達による石材の欠損や亀裂の状況を確認しつつ、必要最小限の補強となるよう、現場でAPSARAスタッフと議論しながら、中央塔1カ所、東塔3カ所について補強の更新を実施しました。また、これらの危険箇所に見学者が立ち入らないよう、見学路に仮設柵を設けて安全対策を行いました。
 さらに、APSARA観光局がタネイ寺院遺跡を含む一帯をめぐる自転車ツアーを企画していたことから、同局ともワーキングセッションを行いました。見学施設の整備についてアイデアを交換し、遺跡の保護と見学者の安全確保、見学者への遺跡理解を促進する方法等を検討しました。今後、本遺跡にふさわしい保護と観光の両立のあり方について、整備の過程の中でさらに議論を深められればと思います。


to page top