研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
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6月15日から6月20日まで、所長鈴木、副所長中野、管理部高栁、企画情報部勝木は、中国新疆地区における遺跡の視察を行いました。新疆は中国西北部に位置し、その土地の多くは砂漠です。かつてこの地にはさまざまなオアシス都市国家が栄えていました。今回視察した遺跡の多くはそのころにつくられたものです。
今回、トルファンでは交河故城、ベゼクリク石窟、アスタナ古墳群、高昌故城を、クチャではスバシ仏教寺院遺跡、クムトラ石窟、キジル石窟を、そしてウルムチでは新疆ウイグル自治区博物館をそれぞれ視察しました。また各地で文化財保護の関係者とも交流する機会に恵まれました。短期間ながら、新疆地区における遺跡の保存状況を知り得たことはたいへん有意義でした。
丸川氏研究会
有形、無形の文化財に関する調査研究を多様な分野で行ってきた当研究所には、調査研究の成果として培われた資料が蓄積されています。企画情報部では国立情報学研究所特任准教授の丸川雄三氏を客員研究員としてお招きし、当研究所がこれまで蓄積してきた資料のデータを有効に活用できるよう、広く公開する方法を検討しています。その一環として6月23日に丸川氏に「連想でひろがる美術資料の情報発信」と題してご発表いただきました。検索者が指定した複数のデータベースを横断検索する連想検索システムや、それを応用した展示の例などが紹介され、当研究所が持つデータを用いた連想検索のデモンストレーションも行なわれました。データのもととなるモノとしての資料の収集、保管についても考えつつ、電子空間での情報公開の方法についてこれからも検討を重ねていく予定です。
大徳寺五百羅漢検討会
企画情報部では、美術史研究に欠くことのできない画像資料の形成とその発展的利活用を目指し、「高精細デジタル画像の応用に関する調査研究」というプロジェクトを立ち上げ、調査研究を進めています。本プロジェクトの一環として、奈良国立博物館と研究協定を結び、本年5月に大徳寺蔵「五百羅漢図」の調査・撮影を行いましたが(詳細は活動報告2009年5月の記事をご覧ください)、本調査によって得られた研究成果をさらに深めるべく、研究協議会が6月15日に開かれました。奈良国立博物館より、谷口耕生氏、北澤菜月氏、井手誠之輔氏(奈良博客員研究員・九州大学教授)に来所いただき、当部からは田中、津田、城野、鳥光、土屋が参加しました。
5月の調査後、撮影画像一点一点に画像処理を施すことで、調査時には不鮮明であった銘文もほぼ判読可能な状況となりました。今回の協議会は、これら補正処理を施した画像をもとに、銘文の確認とそこに記された年紀、絵師、寄進者等の解釈、また来たる秋の第二次調査、および次年度以降予定している報告書の方針を立てるべく、終日討議が重ねられました。とりわけ、画像処理の過程で明らかとなった本図銘文の「欠失」の要因等について城野から報告があり、本調査が極めて重要な意義を有することが再確認されました。
本調査および協議会の成果の「速報」は、先にお知らせした奈良国立博物館開催の「聖地寧波 日本仏教1300年の源流~すべてはここからやって来た~」(http://www.narahaku.go.jp/exhibition/2009toku/
ningbo/ningbo_index.html)の会場にてご覧いただけることと存じます。
大徳寺蔵「五百羅漢図」にほどこされた銘文の全貌、ひいては本図制作の背景が明らかになりつつあります。
今井泰男師による謡の録音
宝生流の能楽師で、流派最長老の今井泰男師に、番謡(囃子なしで一番の謡曲を通して謡うこと)の録音を初めてお願いしたのは、2005年度のことでした。無形文化遺産部では、師による宝生流謡曲百番(現行は180曲)の収録を目指し、毎月2回ほどのペースで記録作成を行っています。6月29日に録音した『放下僧』で、収録数は83曲になりました。
謡の技法は時代によって少しずつ変化します。今井泰男師は、大正10年(1921)3月生まれで、現在88歳。明治大正期を生きた名人たちの技芸を受け継ぎながら、今なお舞台で旺盛な活躍を続けている師の謡の全貌を収録することは、卓越した技の記録というだけでなく、能楽の伝承を考えてゆく上でも大きな意味を持つ、と考えています。
石崎センター長による講義
この研修は、毎年実施している「美術館・博物館等保存担当学芸員研修」の修了生を対象に、資料保存に関する最新の研究やトピックスをお伝えするもので、今年は6月22日、69名の参加者を得て開催しました。
今回は資料保存の現場をとりまく、最近の2つの大きな流れをもとにテーマを設定しました。ひとつは、地球温暖化が懸念され、省エネ化があらゆる所で求められている現在における内外の文化財施設の取り組みについて、石崎保存修復センター長が講義を行いました。
また、大学における学芸員課程が改訂され、3年後より「資料保存環境論」が必須となります。これは今後、学芸員には資料保存に関する自然科学的な知識が例外なく要求されることを意味します。これを踏まえ、保存環境論のうち「温湿度」「空気環境」「照明」に関する最新の基礎に関する講義をそれぞれ、犬塚主任研究員、佐野保存科学研究室長、そして吉田が担当しました。
どちらの内容も、参加者の皆様にとっては、自身のフィールドに直接かかわる問題だけに、真剣そのものでした。と同時に、我々にとっても保存環境を研究する機関の人間として、責任ある研究と情報提供を心掛けねばならないと実感した今回の研修でした。
唐子図引き取り
修復前の調査
保存修復科学センターでは、平成21年度の在外修復事業の一環として、今年もベルリンのドイツ技術博物館内のアトリエにて絵画の修復作業を始めました。修復している作品は昨年度から継続している朱衣達磨図(ケルン東洋美術館所蔵)と今年度始まった唐子図(ベルリン国立アジア美術館所蔵)の2点です。修復アトリエの広さの関係から同時に二つの作品の修復作業はできませんが、修復作業者同士うまく連携しながら修復作業を進めました。今年は、ベルリンも若干日本の梅雨のように雨が多く湿度が高い日が多くむしむしした日が多かったようです。今回の修復作業は7月8日でいったん終了となります。なお、達磨図に関しては今回の修復で終了の予定です。
日本語の研修
文化遺産国際協力センターでは運営費交付金「西アジア諸国等文化遺産保存修復協力事業」およびユネスコ日本文化遺産保存信託基金「バクダードにあるイラク国立博物館の保存修復室復興」を基に、イラク人保存修復家を日本へ招へいして、文化財の保存修復にかかる人材育成・技術移転のための研修を実施しています。本年度は、イラク国立博物館よりスィーナー・C・A・アルティミーミー氏、ファドゥヒル・A・A・アラウィ氏、モハンマド・K・M・J・アルミマール氏、バーン・A・M・A・アルジャミール氏の4名の保存修復専門家を招へいし、2009年6月19日から9月18日までの3ヶ月間にわたり、主に染織品の保存修復実習と文化財保存修復や材質分析に必要な機器に関する研修を開始しました。本研修では、女子美術大学、奈良文化財研究所、静岡県埋蔵文化財調査研究所など、国内の大学・保存修復専門機関の協力を得て行います。
新しい支持体の作成の様子
壁画片の接合作業
平成21年5月13日から6月12日まで、「タジキスタン国立古物博物館が所蔵する壁画片の保存修復」の第5次ミッションが派遣されました。昨年度のミッションに引き続き、タジキスタン北部のカライ・カフカハ(シャフリスタン)遺跡から出土した壁画片の修復作業を、タジク人研修生4名と共同で行いました。今回のミッションでは、壁画片の接合、貼付されたガーゼの取り外し作業を指導し、タジク人研修生に実践してもらいました。また、これまでにクリーニングと接合作業を完了した壁画片1点を新しい支持体に固定する作業(マウント)を行いました。接合部分を含め、全体を保持するための裏面からの補強には、炭素繊維で織られた三軸織物(サカセ・アドテック社製)を使用しました。従来、支持体には、石膏や木材などを用いていましたが、今回は、炭素繊維と合成樹脂を用いて、より軽量で取り扱いのしやすい支持体の作成方法を採用しました。これら一連の作業をタジク人研修生と一緒に行い、技術移転を図り、現地の人材育成にも貢献しています。