研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


4月施設見学

ロビー展示の説明を受ける様子

 台湾 國立台北教育大学大学院 13名
 4月3日、学生の研修の一環として、当研究所の取組及び研究成果を学ぶために来訪。企画情報部の資料閲覧室、無形文化遺産部の実演記録室及び保存修復科学センターのロビー展示「近代文化遺産の保存と修復 東京文化財研究所の関わり」を見学し、各担当研究員による業務内容の説明を受けました。また、文化遺産国際協力センターでは、当研究所の国際的な取組について、研究員による説明を受けました。


企画情報部研究会の開催―世界遺産の現状と課題について

第37回世界遺産委員会での「富士山」記載の瞬間

 4月21日に開催された企画情報部研究会では、「世界遺産委員会における諸課題とその解決、及び世界遺産条約の文化財保護への活用に向けての試論」と題し、二神葉子(企画情報部)が報告を行いました。報告者は2008年から世界遺産委員会を傍聴し、審議内容の分析を行っています。
 世界遺産に対する一般の関心は高く、多くの観光客が世界遺産を訪れます。しかし、世界遺産関連の書籍の多くは個別の遺産に関する内容で、世界遺産委員会やその課題を具体的に示す日本語の論考はあまりありません。
 研究会では、世界遺産一覧表への推薦から記載までの流れや、世界遺産委員会での審議方法について確認し、締約国から選ばれて議論に参加する21カ国の委員国、専門的な立場から委員会に対して助言を行う諮問機関や、事務局であるユネスコの世界遺産センターそれぞれが抱える課題を指摘しました。また、文化財保護の専門家としての世界遺産条約の活用についても意見を述べました。
 世界遺産条約の本来の役割は、保護の枠組みを整え、文化遺産・自然遺産を将来に引き継ぐことです。一覧表記載への推薦書には保護に関して記述しなければならず、一覧表への記載の過程は、保護の枠組みの確認や整備の過程でもあります。このことを利用して、効果的な文化財保護の国際支援が可能であると考えます。国内でも、世界遺産委員会の動向を知れば、推薦書や保全状況報告を効率的に作成できることが期待されます。このような理由から、世界遺産委員会や世界遺産条約に関する調査研究を今後も行っていきたいと考えています。


東文研総合システム(TOBUNKEN Research Collections)英語版の公開

東文研総合検索英語版

 企画情報部では、当所の資料閲覧室では所蔵する図書情報をはじめ、各研究部門のプロジェクトが作成するデータベースも外部へ公開し、文化財研究に不可欠な研究情報を「東文研総合システム」http://www.tobunken.go.jp/archives/より発信しております。2015年4月30日、「東文研総合システム」の英語版を公開いたしました。ページ右上の「日本語・English」のボタンで、ページを日本語版・英語版に切り替えることが可能です。
 本事業は、イギリス・セインズベリー日本藝術研究所(Sainsbury Institute for the Study of Japanese Arts and Cultures; SISJAC)と共同事業「日本藝術研究の基盤形成事業」(Shaping the Fundamentals of Research on Japanese Art)の成果の一端です。
 今回の英語版公開に伴い、具体的には、以下の点が機能追加されました。
 *「文化財関係文献」(References on Cultural Properties)への「海外関連情報(SISJAC採録)」(Japanese Art Related Information outside of Japan (compiled by the Sainsbury Institute for the Study of Japanese Arts and Cultures))の追加。
  http://www.tobunken.go.jp/archives/文化財関係文献(統合試行版)/
 これまで公開していた美術関係文献ほか5データベースに加えて、今回、SISJACが採録した海外で発表された日本美術関係文献(718件、おおむね本事業の始まった2013年以降発表のもの)が追加されました。
 *「情報の検索」の「近現代美術展覧会・映画祭開催情報」(Information on modern-contemporary art exhibitions and film festival)検索ページの追加。
 http://www.tobunken.go.jp/archives/情報の検索/近現代美術展覧会・映画祭開催情報/
 SISJACが採録した、欧米圏を中心とした海外で開催され、英語で紹介されている展覧会及び映画祭(520件、おおむね本事業のはじまった2013年以降開催のもの)を収録しています。
 なおセインズベリー日本藝術研究所との共同事業は、東京文化財研究所がインターネット上で公開している「美術関係文献データベース」に、SISJACが海外における日本芸術に関する情報を収集して公開することにより、日本国内外における日本芸術研究の基盤形成に貢献することを目的としています。今後、順次データを増やしていく予定ですので、ご活用くださいましたら幸いです。


東京美術倶楽部との売立目録デジタル化事業がスタート

東京美術倶楽部との協定書調印式の様子

 売立目録とは、個人や名家の所蔵品などを、決まった期日中に売立会で売却するために、事前に配布される目録です。こうした売立目録には、その売立会で売却される美術品の名称、形態、写真などが掲載されており、美術品の伝来や流通を考えるうえで、非常に重要な資料となります。ただ、一般の出版物ではないため、売立目録を一括で所蔵する機関は、全国的にも限られています。
 東京文化財研究所には、明治時代後期から昭和時代までに作られた合計2532冊の売立目録が所蔵されており、その所蔵冊数は、公的な機関としては、日本一です。また、明治40年(1907)の設立以来、長年にわたり美術品の売立会や売却にかかわってきた東京美術倶楽部でも、多くの売立目録を発行し、所蔵してきた経緯があります。
 東京文化財研究所では、従来から、こうした売立目録の情報について、写真を貼り付けたカードなどによって資料閲覧室で研究者の利用に供してきました。しかし、売立目録の原本の保存状態が悪いものも多いため、このたび、東京美術倶楽部と共同で、売立目録をデジタル化しようという事業がスタートしました。
 この事業では、東京文化財研究所と東京美術倶楽部で所蔵する売立目録のうち、昭和18年(1943)以前に作られたものを、全てデジタル化し、その画像や情報を共有することで、貴重な資料を保存しようとするものです。
 こうした売立目録の画像や情報がデジタル化されれば、東京文化財研究所が所蔵する貴重な資料データベースについて、さらなる充実を図ることができると期待されます。


『地域アイデンティティと民俗芸能―移住・移転と無形文化遺産―』の刊行

第9回無形民俗文化財研究協議会報告書

 2014年12月6日に開催された第9回無形民俗文化財研究協議会の報告書が3月末に刊行されました。本年の協議会のテーマは「地域アイデンティティと民俗芸能―移住・移転と無形文化遺産」。人々の移住や移転に伴って民俗文化がどのように伝承され、どのような役割を果たしてきたのか、過去の具体的な事例を通して報告・議論いただきました。東日本大震災を機に、民俗文化が持つ人々のアイデンティティのよりどころとしての価値があらためて問い直されていますが、被災地域だけでなく、全国の過疎高齢化が進む地域における今後を考えていく上でも、有意義な議論になったのではないかと思います。
 PDF版は無形文化遺産部のホームページからもダウンロードできますのでぜひご活用ください。


女川町竹浦地区祭礼調査

高台移転工事の進む集落を背景に港での獅子振り

 無形民俗文化財研究室では、東日本大震災によって移転・移住等を余儀なくされた地域の無形文化遺産を記録するために、民俗誌の作成を目的とした調査を進めています。現在の調査地の一つが、宮城県牡鹿郡女川町です。東北歴史博物館と共同で4月29日に調査に入りました。訪れた竹浦(たけのうら)地区は、震災直後に六十戸ほどの集落がまとまって秋田県仙北市に避難することができましたが、その後仮設住宅ができるようになると約三十か所に分散せざるを得ない状況になりました。ばらばらとなったコミュニティを結びつける数少ない機会が、正月の獅子振り(獅子舞)と、この祭礼です。神社から担ぎ出された神輿は、新たになった港の岸壁に渡御し、そこで獅子振りも行われました。高台移転工事が進む中、集落の景観も変わろうとしています。祭りや芸能など無形文化遺産を軸に、かつての暮らしの姿を記録してゆくことが、コミュニティの結束と復興に役立つことを願っています。


宮内庁三の丸尚蔵館との共同調査研究

宮内庁三の丸尚蔵館所蔵作品の共同調査の様子

 東京文化財研究所と宮内庁は、平成27年3月30日付けで「宮内庁三の丸尚蔵館所蔵作品の共同調査研究に関する協定書」を締結しました。これは、宮内庁三の丸尚蔵館所蔵作品のうち、今後の修理対象となる作品、あるいは美術史上重要な作品について、材料の分析調査や高精細画像撮影調査等を行い、作品の素材あるいはその使用方法等について解明することを目的としています。
 この協定書に基づき、平成27年4月6日~15日にかけて第一回目の共同調査が宮内庁三の丸尚蔵館において実施されました。絵画資料3作品について、企画情報部・城野誠治による高精細画像撮影、および保存修復科学センター・早川泰弘による蛍光エックス線分析が実施されました。
 共同調査研究期間は平成32年3月までの5か年を予定しており、年2~3回の調査が実施される見込みです。


英国文化財保存修復学会(ICON, The Institute of Conservation)での発表

講演風景
ポストワークショップ風景

 2015年4月8日から10日に、The Institute of Conservation(英国保存修復学会。通称ICON)のBook and Paper Groupにより学会「Adapt & Evolve: East Asian Materials and Techniques in Western Conservation(適合と発展: 西洋の文化財修復における東アジアの材料と技術)」が、ロンドン大学ブルネイギャラリーを主会場として開催されました。
 学会は、ロンドン市内にある関係諸機関の視察、会議(発表およびパネル質疑)、各種ワークショップからなる充実したものでした。増田勝彦名誉研究員(現、昭和女子大学教授)、早川典子主任研究員、加藤雅人国際情報研究室長が、国際研修「紙の保存と修復」(JPC)、在外日本古美術品保存修復協力事業、文化財修復材料の適用に関する調査研究などのプロジェクト成果に関連して報告を行いました。また、翌日に行われたポストワークショップでは、早川典子主任研究員と楠京子アソシエイトフェローが、日本の修復分野における伝統的な接着材について解説し、特にデンプン糊に関しては製法の実演と実技指導を行いました。
 主催者によれば世界各国から300名ほどの参加者があったとのことですが、質疑応答中の座長から会場への質問で30名以上がJPC修了者であることが判明し、さらにその他にも当研究所主催のワークショップ修了者も確認できたことから、当該分野における当研究所が担ってきた役割の大きさが伺えました。また、今後も日本から情報発信を続けるよう、多くの参加者から要望がありました。


選定保存技術の調査—錺金具・金襴・杼

錺金具の製作
金襴の製作
杼の製作

 文化遺産国際協力センターでは、選定保存技術に関する調査を行っています。選定保存技術保持者の方々から実際の作業工程やお仕事を取り巻く状況や社会的環境などについてお話を伺い、作業風景や作業に用いる道具などについて、企画情報部専門職員・城野誠治による撮影を行っています。2015年4月には京都で錺(かざり)金具、金襴、杼(ひ)製作の調査を行いました。
 森本錺金具製作所では四代目森本安之助氏より社寺建造物の錺金具や荘厳具などの製作についてのお話を伺い、銅板を型取りし、文様を彫り、鍍金(金メッキ)し、仕上げていくという錺金具の一連の製作工程を調査させて頂きました。
 表具用古代裂(金欄等)を製作している廣信織物では、廣瀬賢治氏より西陣織の現状についてお話を伺い、金糸を緯糸に織り込んでいく金襴の製作を取材させて頂きました。またこうした製織に必要不可欠な杼(織物の経糸の間に緯糸を通す木製の道具)を製作されている長谷川淳一氏より、さまざまな種類・用途の杼についてご説明頂き、実際の作業工程について調査させて頂きました。
 文化財はそのものを守るだけではなく、文化財を形作っている材料や技術も保存していく必要があります。この調査で得られた成果は、報告書にまとめるほか、海外向けのカレンダーを制作し、日本の文化財のありかた、文化財をつくり、守る材料、技術として発信していく予定です。


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