3月施設見学(1)
シンガポール国立遺産局(National Heritage Board)下の遺産保護センター(Heritage Conservation Centre) 3名
漆関係の分析機器導入のための漆研究目的に関する意見交換と調査機器類の調査のため来訪。分析科学研究室を見学し、各担当研究員による業務内容の説明を受けました。
研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
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シンガポール国立遺産局(National Heritage Board)下の遺産保護センター(Heritage Conservation Centre) 3名
漆関係の分析機器導入のための漆研究目的に関する意見交換と調査機器類の調査のため来訪。分析科学研究室を見学し、各担当研究員による業務内容の説明を受けました。
凸版印刷株式会社 2名
海外事業推進部で海外の遺跡保存にも貢献する活動しているので、見学したいと来訪。文化遺産国際協力センターの担当研究員による業務内容の説明を受けました。
南蛮漆器とは、16世紀後半以後日本に到来したポルトガル人やスペイン人らの発注を受け、17世紀前半までの間に京都の蒔絵工房での制作のうえ欧米に輸出された独特の様式を持つ漆器です。こうした漆器の存在は国内では昭和10年代頃から知られるようになり、1970年代頃からは、かなりの数が日本に逆輸入され現在全国の博物館・美術館コレクションとなっています。また近年の調査では、スペインやポルトガルのキリスト教会などには、今なお多くが伝えられていることが分かってきました。この数年は、南蛮漆器に焦点を当てた展覧会も国内外で頻繁に開催されていますので、実際に目にされた方も多いのではないでしょうか。
さて、南蛮漆器の特徴は、西洋式の器物を日本伝統の蒔絵や螺鈿技術で装飾した姿にあると言えますが、文様や材料、製作技術に対する美術史や文献史学、また有機化学、木材学、貝類学や放射線科学といった多面的な研究によって、この漆器は単にヨーロッパと日本との要素だけでなく、東アジア・東南アジアや南アジアといったアジア各地の要素も持ち合わせた大航海時代ならではの特徴的な文化財であることが明らかとなってきました。
こうした南蛮漆器の多源的性格を具体的に跡付け、認識を共有することを目的として、この公開研究会は2017(平成29)年3月4日と5日の二日間にわたり当研究所で開催され、国内外の専門家11名による12本の報告と熱心な討論が交わされました。またこの研究会には、海外(欧米・アジア)から延べ25名、国内各地から延べ160名と多数の参加があり、南蛮漆器に対する国内外の高い関心が改めて実感されました。
3月14日、研究プロジェクト「近・現代美術に関する調査研究と資料集成」の一環として、松澤宥アーカイブに関する研究協議会を行いました。
松澤宥(1922-2006)は、独自のコンセプトによる作品とパフォーマンスで知られ、東洋的な宗教観、宇宙観、現代数学、宇宙物理学等を組み入れながら思考を深め、そこから導き出された思想、観念そのものを芸術として表現した、日本だけでなく、国際的にみても「コンセプチュアル・アート」の先駆的な存在として語られる重要な人物です。この研究協議会は、一般財団法人「松澤宥プサイの部屋」(理事長松澤春雄氏)が取り組んでいる同アーカイブの概要とその整備活動について、関係者と共有し、研究資料としての価値を確認するために開催したものです。まず以下の発表・報告をしていただきました。嶋田美子氏(美術家)「松澤アーカイブ構築にむけて 現況2017年3月」、細谷修平氏(東北芸術工科大学映像学科研究補助員)「松澤宥関連フィルムの調査及びデジタイズの現状報告」、山村みどり氏(当研究所特別研究員)「草間彌生書簡―松澤宥アーカイブを通して見えて来る草間彌生像」、富井玲子氏(美術史家、ポンジャ現懇主宰)「アーカイブ研究における松澤宥アーカイブの位置」(以上、発表順)。またこの後に行われたディスカッションでは、戦後日本美術の専門家を交えて、松澤宥アーカイブ整備の課題、日本の戦後美術から現代美術の作家アーカイブズの散逸防止、さらには作家アーカイブズ収蔵専門機関の必要性などについて意見交換が行われました。
平成28年度文化庁文化遺産国際協力拠点交流事業「大洋州島しょ国の文化遺産保護に関する拠点交流事業」の一環として、3月22日に本研究所で「カヌー文化研究会」を開催しました。本研究会では、本事業の相手国拠点機関である南太平洋大学(University of the South Pacific)から日本に招へいした4名の専門家(Peter Nuttall氏、Alison Newell氏、Samual London-Nuttall氏、Kaiafa Ledua氏)に研究報告をしていただきました。彼らは、風力などの再生可能エネルギーを用いた「持続可能な移動手段(sustainable transportation)」の開発において、大洋州の伝統的な航海カヌーの技術を活用する可能性を探る研究を推進する一方で、フィジーの古代カヌーの復元および実験航海にも携わっています。本研究会ではそうした彼らの取り組みについて発表していただきました。
本研究会では日本の専門家3名からも研究報告をしていただきました。南山大学人類学研究所所長の後藤明氏からは小笠原諸島におけるハワイ式アウトリガー・カヌーについて、映像作家で無形文化遺産部客員研究員の宮澤京子氏からはカヌーに関する映像記録の方法について、海洋ジャーナリストで東京海洋大学講師の内田正洋氏からは日本におけるカヌー・カヤック文化の興隆について、それぞれ発表していただきました。そして最後に、発表者および参加者を交えての総合討論が行われました。本研究会には専門家を中心に20名あまりの参加者があり、熱のこもった議論と情報交換を行うことができました。
本研究会の後、4名の招へい者は沖縄県を訪問し、本部町にある国営公園沖縄海洋博記念公園の海洋文化館を視察しました。海洋文化館は1975年の沖縄海洋博覧会の時に日本国政府パビリオンとして設立されたもので、当時収集された大洋州の民族資料のコレクションは世界有数の規模であり、とりわけカヌーのコレクションで著名です。ここで学芸員の板井英伸氏からの解説を受けながら、今では現地でもほとんど見ることのできないカヌー資料の調査をおこないました。また名護市内では、沖縄の伝統的木造漁船であるサバニを復元しているグループの工房を訪問する機会を得、情報交換をすることができました。
大洋州だけでなく、日本列島を含む環太平洋地域の広い範囲には、かつてカヌーを駆るという文化が共有されていました。近代以降、こうした文化は各地で次々と消滅していきましたが、近年こうした文化を復興しようという「カヌー・ルネサンス」ともいうべき運動が各地で展開されています。それは例えばフィジーでのカヌー復元であったり、沖縄でのサバニ復元であったりします。今回の一連の事業は、こうしたカヌー文化の復興において大洋州と日本が連携できる可能性を示す、有意義なものであったと思います。
2015年9月から調査を続けてきた千葉県匝瑳市木積の藤箕製作技術の報告書と映像記録が、3月末に刊行されました。
この事業は、災害等により技術が失われた場合に復元を可能にする技術記録とは何かを検討するため、文化財防災ネットワーク推進事業の一環として行われました。伝承者の方々に協力をいただきながら、原材料の採集・加工から箕づくりまでの一連の工程を、7時間弱におよぶ映像と、文字・図版による報告書に記録しました。
今後は映像や報告書の検証を行い、よりよい技術記録の可能性を探っていきたいと考えています。なお、報告書のPDF版およびDVDの映像は、東京文化財研究所無形文化遺産部のホームページにて2017年6月中旬頃に公開予定です。
イラン・イスラム共和国は、アケメネス朝ペルシアの王都ペルセポリスや、その繁栄ぶりから「世界の半分」と称賛されたイスファハーンなど、世界有数の文化遺産を有しています。
東京文化財研究所ではこのたび、モハンマド・ハッサン・タレビアーン博士(イラン文化遺産手工芸観光庁副長官)およびモハンマド・ベヘシュティ・シラージー博士(イラン文化遺産観光研究所所長)をお招きし、3月29日に「イラン文化遺産セミナー」を開催しました。日本人専門家の講演とあわせて、お二人には同国の歴史文化的背景と文化遺産保護についての興味深いお話をいただきました。
セミナー終了後、東京文化財研究所、イラン文化遺産手工芸観光庁、イラン文化遺産観光研究所の三者の間で趣意書を取りかわし、今後5年間にわたって、イランの文化遺産を保護するため様々な学術分野において協力することを約束しました。
東京文化財研究所では、平成23(2011)年度からブータンの版築造伝統的建造物に関する調査研究について、同国内務文化省文化局(DOC)と協力してきました。その契機は2009年と2011年に発生した地震によって伝統的工法で建てられた建物に大きな被害が生じたことで、公共民間を問わず建造物の耐震性能向上による安全性の確保と、現在も住宅建設等に広く用いられている伝統的工法の保護継承とをいかに両立させるかが喫緊の課題としてクローズアップされることとなりました。
型枠内で土を突き固めて壁体を構築する版築造の建造物を対象に、その構造性能の把握分析と伝統的建築技法の解明という両分野で調査研究を継続してきましたが、民家を文化財として保存するための制度的枠組みも整いつつあることから、2016年度からは版築造の古民家建造物における基本的な形式分類と編年指標の確立を目的とした調査を科学研究費補助金(基盤研究B「ブータンの版築造建造物の類型と編年に関する研究」:研究代表者亀井伸雄所長)により実施しています。
平成29(2017)年3月4日から16日にかけて行った共同現地調査では、ティンプー県及びプナカ県内で計16棟の古民家について実測調査等を行い、痕跡の観察や住民への聞き取り等とあわせて、当初形式や建築年代、過去の改造履歴等に関する考察のための情報収集に努めました。
またこの間、本研究所とDOCとの協力関係をさらに強固にするため、両者代表による研究協力協定書への署名も行いました。有形無形の伝統文化を大切に守り続けていきたいというブータンの人々の思いに寄り添いつつ、歴史的建造物の文化的価値の明確化に寄与することができるよう、引き続き調査研究を続けていきたいと思います。
2015年4月に発生したネパール・ゴルカ地震によって被災したカトマンズ盆地内の歴史的集落の多くで、現在も復興に向けた取り組みが続けられています。しかし、その過程で伝統的な建物が取り壊されて現代的な建物が新築されてしまうなど、必ずしも文化的価値の保全と復興とが両立しているとは言えないのが現状です。その背景には、たとえ住民を含む関係者が望もうとも、そもそも歴史的集落を文化遺産として保全するための体制が十分に整っていないという問題があります。
保全制度の確立に向けては、ネパール政府の関係当局も決して手をこまぬいている訳ではありませんが、保全を実施するのは最終的には対象の集落を所管する地元行政による部分が大きく、保全のためのガイドラインを作成する主体についても同様です。そこで前報の通り、昨年11月末、カトマンズ盆地内の世界遺産に含まれる歴史的街区や同暫定リスト記載の歴史的集落を管轄する6市に呼びかけて、それぞれの現状と課題を共有するとともに、わが国の保全制度についても情報提供するための会議をネパール現地で共催しました。
これに続いて今回、3月4日から12日にかけて、上記会議でも中心的な役割を担った各行政の担当者ら8名を日本に招聘し、歴史的集落の保全制度(伝建制度)に関する実地研修を実施しました。輪島市黒島地区や南砺市五箇山相倉集落など北陸・中部地方の重要伝統的建造物群保存地区等を訪問して地元の行政担当者や関係者から説明を受けるとともに、参加者それぞれが所管する歴史的集落または街区が抱える課題や現状と比較しながら活発な意見交換が行われました。
ネパールの歴史的集落の復興において、本研修の参加者が核となって適切な保全体制を構築していくことを目指しながら、今後も技術的支援を継続していきたいと考えています。
日本の古美術品は欧米を中心に海外でも数多く所有されていますが、これらの保存修復の専門家は海外には少なく、適切な処置が行えないため公開に支障を来している作品も多くあります。そこで当研究所では作品の適切な保存・活用を目的として、在外日本古美術品保存修復協力事業を行っています。2017年2月28日から3日の日程で、文化遺産国際協力センターの加藤雅人、江村知子、元喜載の3名がライプツィヒ民族学博物館を訪問し、日本絵画作品9件11点の調査を行いました。
同館にはヨーロッパ以外の世界中の美術工芸品、民俗資料葯20万点が所蔵されており、その中には日本の絵画作品も含まれていました。明治のお雇い外国人として来日していた医師・ショイベの旧蔵品や、1878年の第3回パリ万博に日本から出陳されたという履歴のある絵画作品など、歴史的価値の高い日本絵画作品と言えます。同館の日本絵画作品はその存在があまり知られていませんでしたが、美術史観点から重要な作品も含まれていました。今回の調査で得られた情報を同館の担当者に提供して、作品の保存管理に活用して頂く予定です。そしてこの調査結果をもとに作品の美術史的評価や修復の緊急性などを考慮し、修復の候補作品を選定、協議し、事業を進めていきます。